一橋大学「連合寄付講座」

2010年度“現代労働組合論I”講義録

第11回(6/18)

政権与党下での労働運動:今の時代状況をいかに捉えるか

ゲストスピーカー:高木郁朗(教育文化協会理事)

 これまでの講義では、労働組合が企業の中で、働く現場で、労働者が働く上でのワークルールをつくるために、どんな活動をしているのかという話が中心だったと思います。今日は、労働組合の活動がそれぞれの企業レベルではなく、日本の労働者全体の様々な問題を政治的に解決していくために、何をしているか、あるいは何をしようとしているかについてお話します。
労働組合は、ディーセントワーク(働きがいある人間らしい仕事)を実現していくためのワークルールをつくることをめざしています。
働く上でのルールのつくり方はいろいろあります。労働者は、労働組合へ参加することにより、経営者との交渉を通じて、労働者自身がワークルールづくりに参加しています。
交渉以外に協議があります。交渉と協議は、どこが違うのでしょうか。交渉は、労働組合法で明確に定められたものです。交渉がまとまらなければ労働組合がストライキなどのかたちで実力を行使することになります。協議のほうはこれよりは弱くて、話し合いでまとまらなければ最終的には経営者が決定していくことが多いと思います。基本は交渉でおこないます。しかし、実際には日本の企業の中ではいろんなことが協議で決められています。労働組合は、交渉と協議という2つのやり方で、企業ではワークルールを決めていくということが基本ですが、企業内の取り組みだけでは、限界がありますので、社会的にも政治的にも、活動しなければいけないというのが今日のテーマです。
昨日(2010年6月17日)、民主党と連合の間で、参議院選挙に向けて政策協定が作成されました。政策協定は、民主党の菅直人代表と連合(日本労働組合総連合会)の古賀会長との間で締結されています。菅氏は、内閣総理大臣でもありますが、ここでは民主党の代表として、この協定に署名しています。政策協定の最後に「この協定に基づいて、連合が民主党の選挙を支援します」と書いてあり、民主党と労働組合である連合との間における政策上の一致を前提とし、連合が民主党を支援することになりました。
今日の朝日新聞に政策協定に関する記事が掲載されています。一番大切なところは書かれていませんでしたが、書かれていたことは、「連合が消費税を上げろ」と言ったということです。連合は、消費税だけを考えているわけではありません。このように書かれていると、連合は、何のために財政を強化しなければいけないかをまったく抜きにして、税を上げるか下げるかばかりを議論しているようです。マスメディアは全体的に、労働組合と政党の関係については、マイナスイメージばかりを報道しており、労働組合の取り組みを正確に伝えていないと思います。
労働組合の活動の基本は、団体交渉を軸にしてワークルールをつくり上げていくことです。イギリスやドイツは産業レベルで交渉します。日本では企業レベルで交渉します。このような形でルールをつくり上げていくのが労働組合の活動の基本ですが、それでは限界があります。そこで労働組合は、1つひとつの企業や産業で交渉するだけではなく、政治のレベルにも登場します。一国の政策をきちんとつくり上げることに活動の大きな重点をおいています。しかし、労働組合はそれだけをしているわけではなく、基本は企業や産業における交渉によるルールの形成です。これがあくまでも基本です。しかし、そこには限界があり、限界を乗り越えていくために政治活動を重視しています。
2009年8月の総選挙で、長い間政権の座にあった自民党政権が崩壊し、民主党を中心とする政権に交代することになりました。その交代劇の中で、連合など労働組合の役割はとても大きかったと思います。そこで、今日は、2つのことを考えてみたいと思います。1つ目は、「なぜ労働組合は、政治活動、あるいは政策活動を重視するのか」ということです。それから、2つ目に「労働組合は、どのような政策内容を、どのような方法で実現しようとしているのか」ということです。この2つの点をしっかり把握することが大変重要です。

1.政権交代~労働組合が「政権与党」に

 政権交代がほぼ1年前にあり、鳩山内閣が誕生しましたが、その後、菅内閣に交代しました。鳩山内閣であれ菅内閣であれ、労働組合が支持する政党が政権与党になったのは、日本の歴史の中で、初めてのことです。短期的には、政権与党だったことはあります。たとえば、1947年に成立した片山内閣、1993年の細川内閣、1994年の村山内閣などのように、非常に短い期間ですが、政権与党になったことがあります。しかし、それは政権与党といいながら、実は安定的な多数ではありませんでした。片山内閣の時に、労働組合が支持していたのは社会党でした。当時の社会党は衆議院の467議席のうち、143議席しか議席を持っていませんでしたが、第一党だったので片山内閣になりました。細川内閣の時は、7党1会派が連立して組閣しましたが、決して安定した議席を得ていたわけではありませんでした。少なくとも安定的な過半数で労働組合が支持する政党が政権与党の座についたのは、今回が日本の歴史上初めてのことです。

(1)欧米の場合
ヨーロッパやアメリカでは、労働組合が支持する政党が政権与党になるのはめずらしくありません。先進国の中では、日本だけが労働組合が支持する政党が安定的に政権の座についてきませんでした。その点では、日本は非常に特殊な歴史を持っていました。
イギリスでは、1945年以降の65年ぐらいの間で政権与党は、だいたい労働党が半分、保守党が半分です。アメリカの場合も、これまで、民主党と共和党の政権担当期間は、ほぼ半々でしたので、半分の時期は、労働組合が支持している政党が政権を握っていたことになります。アメリカの労働組合は、だいたい民主党を支持しており、オバマ政権は、リーマンショック以降、自動車産業への対応について、労働組合と話し合い、最終的には、救済策を決めました。
さらに、労働組合の支持する政党が長期に政権をとっていた例は、スウェーデンです。1930年代以降、非常に長い期間、労働組合の支持する社会民主党が政権の座にあり、福祉国家をつくってきました。ドイツでも1970年代以降をみると、だいたい半々ぐらいです。
一方、日本では、マスメディアが民主党は労働組合に支配されている悪い政党であるかのような報道をすることが少なくありません。しかし、これは二重に間違っています。その理由の1つは、民主党は決して労働組合に支配されてはいないということです。労働組合と何もかも一緒にやっていこうという国会議員は民主党の中にはほとんどいません。民主党は、政党として独立しています。2つ目の理由は、労働組合と政党が関係を結ぶのは悪いという考えは間違っており、歴史的に見ても、国際的比較から言ってもあたり前のことです。このようにマスメディアの報道内容には、いろいろな問題がありますので、私たちは、メディアに対して客観的に見たほうが良いと思います。

(2)労働組合法に見る労働組合と政治
もともと、労働組合と政治との関係はどういうものでしょうか。日本の労働組合法のなかに、「労働組合とは何か」という規定があります。それを引用したいと思います。第2条に「労働組合とは、労働者が主体となって自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体をいう」とあります。労働組合法上の労働組合の考え方は、基本的には、労働条件の維持・向上を目的にして労働者の組織している団体ということです。
第2条の最後(4項)に但し書きがあり、「主として政治運動又は社会運動を目的とするもの」は労働組合ではないといっています。要するに、労働組合法は、労使関係を通じて、労働条件をつくっていく、労働条件を形成していく、ワークルールをつくることが労働組合の基本だということをいっています。
しかし、労働組合法は、政治活動については、主たるものでない限り、労働組合の活動のなかには政治活動があるということを認めています。どの程度、政治運動、社会運動をするのかは、労働組合自身の考え方です。したがって、労働組合の基本的な機能であるワークルールをつくるということを忘れさえしなければ、必要な限りで政治活動をすることは労働組合にとって決して違法ではありません。
また、労働組合が社会運動を主たる目的にするのではないというのは、その通りです。たとえば死刑廃止運動を掲げて運動をするのは、NPOとしてするのは、かまいませんが、労働組合で死刑廃止運動だけをするのは、おかしいと思います。
しかし、仮にある労働組合が賃金を上げる場合は、直接にはその企業で賃金を上げますが、それが全体としてまとまっていくと社会全体の賃金水準が上がり、人々の生活水準が上がっていきます。そうすると、個別的には企業の中の交渉になりますが、全体がまとまると、日本社会の生活水準を上げていく社会運動であるという言い方もできます。したがって、労働組合法が労働条件の維持・改善と社会運動の関係をまったく切り離して考えているのは、法律上問題があると思いますが、労働組合法では、主たる活動を政治活動や社会運動としていなければ、それを労働組合がすることを認めているのだと理解できます。

2.労働組合が政治とかかわる理由

(1)労働組合の存在自身が政治制度に左右される
では、なぜ労働組合は、政治活動をするのかという最初のテーマについてお話します。
理由の1つめは、労働組合の存在は、政治的な条件によって左右されることがあります。
たとえば、イギリスでは、1799年から1800年の間に団結禁止法という法律がつくられました。これは労働組合をつくってはいけないという法律で、これを政治的に決めてしまうと、労働組合の存在自体が否定されてしまいます。それでも労働組合がなくなってしまうわけではありませんが、活動がとてもやりにくくなります。
日本でも第二次世界大戦前は、実質的にはイギリスと同じ状況下にありました。たとえば1900年に治安警察法という法律がつくられました。この第16条で、ストライキをすることは犯罪であると明確に書かれていました。もう1つ、行政執行法(1900年)という法律がありました。これには予防拘禁という、あらかじめ犯罪に関与しそうな人を捕まえることができる制度がありました。ですから、たとえばストライキを扇動しそうな人がいると、予防拘禁で逮捕することができました。こういう形で、労働組合の活動を弾圧する法律が日本でも実際に長い間ありました。
結果的に、日本の労働組合が公認されたのは第二次世界大戦後のことです。1920年以降は、積極的に認められたわけではありませんが、国際的な関係で1920年から1940年まではある程度は認められるようになりました。積極的に認められるようになったのは、日本が第二次世界大戦に敗北した直後で、1945年12月に労働組合法が制定され、初めて労働組合の存在が認められました。
今日では、日本を含めて先進国では労働組合の存在はあたり前のことですが、歴史を見ると、そうでない時期もありました。労働組合が社会の中で役割を果たしていくためには、団結しにくくするような法律を廃止させ、積極的に労働組合の存在を認めさせることが不可欠です。
現在も保守的な政治家たちの間には、「労働組合は治安を乱す勢力なので、活動を制限すべき」という考え方があります。これは日本だけではありません。アメリカでもブッシュ政権とオバマ政権は労働組合に関する考え方が非常に違います。
日本は、労働組合法上労働組合がつくりやすい国ですが、アメリカはつくりにくい国です。なぜかというと、ある企業で労働組合をつくろうとすると、その企業で全従業員が投票をして、過半数の支持が得られないと合法的な労働組合はできないという仕組みになっています。オバマ政権になってから、従業員の過半数の組合支持の署名で労働組合を認証する「従業員自由選択法案」が連邦議会に提出されています。会社の中で投票をすると、どうしても社長や幹部の目が光っているので難しいですが、署名なら会社の外で自由に集めることができます。
労働組合を少しでもつくりやすいような社会にするか、つくりにくい社会にするかということは、労働組合が支持している政党が政権の座にあるかどうかで、非常に大きな違いがあります。ですから、世界の労働組合のリーダーたちは、労働組合に対して敵対的になる保守政党ではなく、リベラルな政党を支持していく傾向があります。

(2)ワークルール(労働法)の制定のために
2つめの理由は、ワークルールに関わることです。ある企業に労働組合があり、組合が経営者側と交渉して、「労働時間を何時間にします」というルールをつくっていきます。しかし、日本社会全体を見てみると、全部の人たちが労働組合に入っているわけではありませんから、1つひとつの企業でつくっていく基準はすべての労働者に適用できるわけではありません。
このことが何を意味するかというと、1つは格差です。社会の中でいろんな格差が出てきて、「ある企業で働いている人は高い賃金を受け取っているが、こちらの中小企業で働いている人は、大企業の正規従業員と比較すると、労働条件は劣悪であることが多いということがあります。この格差を放置したままにすると、経営者は、「あの企業では皆低い労働条件で働いているので、君たちも同じような条件で働いてほしい」と、だんだん労働条件を低くしていく競争が起きていきます。
そこで重要なことは、労働組合がワークルールを社会的な基準にしていかなければいけないということです。国によっては、社会的な労働基準は、法律の形をとらなくてもよいということがあります。フランスの場合には、労働組合に組織されている人たちは、労働者の中の10%以内です。しかし、その10%に満たない労働組合が締結する労働協約を60%以上の人に適用しています。ルールを適用する範囲を広げるというルールがつくられていれば、法律をつくらなくてもいいのです。しかし、日本などの場合には労働に関わるルールを労働者全体に効果があるルールにしていくためには、法律で規制をしていかなければいけません。
法律で規制するためには、全部これでやりなさいという規定をするわけにはいきませんから、労働条件に対する最低基準を立法化する必要があります。具体的には労働基準法です。日本のすべての労働者に適用される最低基準を法律でつくっていくために、政治活動が非常に重要なポイントになります。
ワークルールの確立によるディーセントワークの実現のために、労働者派遣事業法の改正、中小企業での労働時間規制、最低賃金の引き上げなどが具体的にあがっていますが、いずれも日本のすべての労働者に適用される労働条件として、少なくともミニマムの基準を法律で決める必要があります。しかし、労働組合に敵対的な政党が政権与党ですと、ディーセントワークはなかなか実現しません。実現しないどころか、これまで、労働者に不利な法律が次々にできる経験をしていますから、労働組合は、自分たちの支持する政党が政権の座につくように頑張ります。
一番大きな課題になっているのは最低賃金法です。3年前の参議院選挙で民主党が多数になったあとに、せめて生活保護基準よりも上でなくてはならないという考え方が最低賃金法のなかに盛り込まれ、最低賃金法に関する法律が変わりました。まだ政権交代前のことです。これは働くうえでのルールが政治によって大きく左右される事例です。

(3)ソーシャル・セーフティネットをつくり上げるために
3つめの理由は、ソーシャル・セーフティネットをつくり上げることです。セーフティネット(安全ネット)は、サーカスの空中ブランコのように、網を張っておいて、そこから下は落ちないようにすることです。つまり、そこから落ちたら死んでしまうかもしれないので、途中に安全ネットを張り、人の命を救っていくのがセーフティネットです。それを社会的につくっていこうというのがソーシャル・セーフティネットという考え方です。
人間が生きていく上では、病気、失業、寝たきりになってしまうなど、いろんなリスクがあります。たとえば失業したときに何の制度もなければ、収入がなくなり、結局のところ飢え死にしてしまいます。そこでセーフティネットをつくります。たとえば雇用保険制度をつくり、失業したときに保険でまず生活費を保障します。それから職業訓練を受けて、もとの仕事に戻れるようにします。長期にわたると、最終的には日本の場合には生活保護という形で、もう1つ下にセーフティネットがあり、リスクに対応します。私は、多段階のセーフティネットと言いますが、何段階にもセーフティネットを張り、人生のリスクに対応していかなければいけないと思います。
歴史的に見ると、1850年代のイギリスの労働組合は、自分たちでセーフティネットをつくりました。それは、組合員が失業したときには他の組合員がお金を出しあい、失業した組合員を支えあっていました。このような助け合いは、すべての労働者に対してできるわけではありませんので、国の制度としてきちんとつくっていかなければいけません。そこでセーフティネットをつくるために、労働組合は政党と協力して20世紀の初めから非常に長い努力をしています。これが第二次世界大戦後の福祉国家をつくる基本的な運動になりました。したがって、労働組合が第二次世界大戦後の福祉国家をつくる原動力になったことは間違いありません。
日本は世界の先進国の中で最も福祉国家的要素の少ない国です。それを何で実証できるかと言いますと、一人あたりGDP(国内総生産)のなかの社会支出がどれくらいであるかです。GDP全体のなかで1人あたりの社会支出はOECD(経済協力開発機構)平均で25%ぐらいです。社会支出というのは、年金や医療、教育、介護、保育などの費用を全部含めています。福祉国家と呼ばれるスウェーデンでは約30%です。一方で日本はどのぐらいかというと、わずかに18%です。北欧諸国に比べるとGDPに占める社会支出の比率は10%以上も低いというのが統計的に示されています。
つまり、日本は福祉国家的要素が非常に弱いといえますが、それは労働組合が支持する政党が安定して政権についたことがないことが原因です。社会支出の比率の一番高いスウェーデンは、長い間、労働組合と協力する社会民主党が政権について福祉国家を築きあげています。しかし、日本では労働組合の支持政党が安定的な政権与党になったことがなく、今回が初めてです。これが日本を福祉国家にしてこなかった最大の原因であると考えてよいかもしれません。
いずれにしても、セーフティネットをきちんと確立したいと思います。日本では、セーフティネットの機能はもともと弱かったですが、特に21世紀に入ってからは、もっと弱くなりました。たとえば医療保険で、「日本は皆保険の国だ」といわれてきましたが、健康保険を持たないために医者にかかれない人が急速に増えています。このようなことを考えると、セーフティネットのつくり直しは重要なポイントの1つです。労働組合の側からいっても、労働者の長い人生のなかで、遭遇するリスクを考えると、このセーフティネットをつくっていくためには、政治と積極的にかかわらざるを得ないということになります。

(4)経済政策
4つめの理由は、経済政策で、労働者の運命に大きく関わりがあります。たとえば経済成長については、マクロ経済成長をきちんとして、一定の成長を確保しないと雇用機会が減少してしまいます。そういう意味で労働組合は、経済政策にも積極的にかかわらざるをえなくなります。この点は、今回の連合と民主党の政策協定のなかの最初に書かれています。

(5)労働組合の発言権の強化
最後の理由は、労働組合の発言権の強化です。日本では、労働組合が発言権を強化するための制度をつくることに、積極的でありませんでした。国際的には、ドイツの共同決定法が1976年の社会民主党・自由党連立政権でできました。これは、これまでの団体交渉による労働条件決定の枠組みを転換して、企業のあり方を労使が共同決定で決めていくものです。これにより、企業内における労働組合の発言権が制度化されました。現在ではEU(欧州連合)の会社法のレベルで、企業規模50人以上の企業では、「労使の協議をしなくてはいけない」と定められ、協議制度が実現しています。これは、労働者の側からの参加の保障です。

以上をまとめますと、労働組合は、経営者(経営者団体)を相手にして労働条件の確保をはかると同時に、政治面でソーシャル・セーフティネット(ナショナル・ミニマム)、適切な経済・社会政策と発言権の強化(参加)を内容とする制度・政策の実現を課題として活動してきました。ソーシャル・セーフティネット、完全雇用および参加は、福祉国家の中心的な内容です。したがって、先進諸国では、福祉国家をつくるために、労働組合と政党が協力し、労働組合が支持する政党が政治面で積極的な活動をして、福祉国家をつくり上げてきました。

3.労働組合はどのように政策実現をはかるか

(1)労働組合と政党
次に、2つめのテーマである「労働組合はどのように政策実現をはかろうとしているか」ということについてお話します。
これにはいろいろなやり方があります。労働組合自身が政党をつくったケースがあります。今では必ずしもそういう性格だけではありませんが、イギリスでは、労働組合が自分たちの政治的な意見を議会で積極的に反映するために、イギリス労働党をつくりました。ドイツでは、労働組合が社会民主主義政党を支援することにより政策実現をはかろうとしています。
それからアメリカ型があります。日本もそれに一番近いですが、保守的な政党とリベラルな政党があり、労働組合はリベラルな政党を支援しています。リベラルな政党全部を労働組合が支配できるわけではありません。間接的な影響を与えて、政策実現をはかろうとするやり方です。この政党と労働組合の関係の例は、アメリカの民主党とAFL-CIO(米国労働総同盟産業別組合会議、アメリカの労働組合のナショナルセンター)、日本の民主党と連合などがあります。
ただ、政権党になれば、労働組合の政策要求の全部が実現できるというわけではありません。いろいろな失敗例があります。1970年代後半のイギリスのキャラハン内閣の社会契約がその例です。1970年代後半、オイルショック後に物価がどんどん上がる時期があり、それをなんとか抑えないといけなくなりました。労働組合としては賃金を上げたいと思いましたが、賃金を上げると物価が上がってしまいます。どうするかということで、内閣が労働組合との間で、社会契約という契約を結びました。内閣がきちんと物価政策を実施するなら、労働組合は賃上げを自ら抑えるようにするという契約を結びました。しかし、これは失敗で、労働党内閣が倒れて、その後、マーガレット・サッチャーの保守党内閣が長期政権の座につき、市場万能主義になっていきました。
また、場合によっては労働組合が支持政党と対立することもあります。この例は1980年代のフランスのミッテラン社会党政権の時で、政府の経済政策が失敗し、労働組合との間で対立が起こりました。両者の関係は、よいときばかりではないと言わなければいけません。

(2)日本の政権交代
日本では政権交代が行われて以降、政策決定システムに非常に大きな変化が起きました。小泉内閣の経済財政諮問会議には労働組合の代表はまったく参加していなかったのですが、政権交代以降はいろんなレベルで連合の代表が参加し、議論が行われるようになっています。
連合は一方で企業のレベルで、しっかりディーセントワークのためのルールをつくると同時に、政治のレベルでは、しっかりした労働を中心にした福祉社会を実現していくことを求めています。鳩山内閣が2009年12月に、新成長戦略の基本方針を出しています。その中で、初めて、「ディーセントワークを実現する」という言葉が登場して、ディーセントワークは、労働組合だけの用語ではなくなっています。
問題はここから先にあります。今後は、労働組合が日本の労働者の求めているものを基礎にして、しっかりした政策を労働組合自身でつくっていかなければいけません。今までは野党でしたから、どちらかといえば政府のすることに反対し、要求するだけですんでいました。しかし、今後は、いろんな形で、労働組合が政党や政府と共同で政策を策定していかなくてはならないことを、労働組合は自覚をすべきだと思います。
たとえば雇用問題です。これが今の日本社会にとって最も重要なことです。では、どういうところで雇用をつくりだしていくのかということが課題です。「雇用をつくりなさい」と言ってもこれはなかなかできるものではありません。これは新成長戦略のなかにあることです。「ソーシャル・セーフティネット」と言っても、たとえば失業したときに、まず雇用保険でネットに引っ掛かって暮らしができます。それでもダメなときには生活保護で次のネットに引っ掛かりますが、ネットに引っ掛かっただけでよいかと言ったら、決してそうではありません。一度ネットに引っ掛かっても、もう一度、雇用の場に復帰できるような仕組みをつくらなければいけません。このようにセーフティネットに引っ掛かるだけではなくて、人間的な仕事の場に復帰する仕組みをつくっていこうというのが「トランポリン型セーフティネット」です。これも政府の新成長戦略のなかで使われている言葉ですが、2009年の政権交代以降、政府の中で使われている言葉が、すっかり変わりました。
トランポリン型と言っても、雇用の場をどのようにつくるかが課題となります。製造業は、安い賃金を求めて中国へ進出していますが、中国では、今、労働条件の向上を求めて労働争議が毎日多く起きていますので、いつまでも低賃金だと思っていたら大間違いです。しかし、経営者にすれば中国に行けば、安い労働力が使えるということで進出して行くので、日本の雇用がなくなっていきます。どうして雇用をつくり出していくかということを考えないといけません。民主党が政権与党の立場にあるのですから、政府に向かって「雇用の機会をつくりなさい」と言うだけでは問題は解決しません。中央政府、地方政府、それから労働組合、いろいろなところが協力し合って、雇用機会をつくりだす活動をしていかないといけません。
すでに国際的には、いろいろな社会的企業の経験があります。「社会的企業」とは、社会的な目的をもった企業です。国際的な定義で言いますと、利潤を排除するわけではありませんが、その利潤は個人の利益としては使わず、社会的な目的のために活動する企業のことです。
社会的なサービス、介護や保育の分野、環境の分野で、労働組合も自分の持っているお金を投資したり、人材を提供したりして、しっかり雇用の機会をつくっていく必要があります。反対する、要求することから、一緒に「創っていく」という方向へ政治活動、政策活動を進めていかなくてはいけません。労働組合の地域の活動をみていますと、そういう方向へ進んでいくように思います。
そういう意味では是非みなさんは、サッカーの観客席にいて、鳩山内閣が良いか悪いか、菅内閣が良いか悪いかということではなく、自分もサッカーのボールを蹴るプレーヤーの1人として、いろんな形で登場していただきたいと思います。そして、労働組合との関わりをもっていただくとよいのではないでしょうか。

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