林:今日は連合から古賀会長、山本副事務局長にお越しいただきました。冬学期のまとめとして、修了シンポジウムを開催します。まずは、古賀会長から、連合は現代をどう捉えているか、連合はどんな社会をめざしているのかについて、お話しいただきます。その後に受講生のみなさんから質問を受けたいと思います。
1.連合は現代をどう捉えているか
古賀:今年のキーワードを2つあげよと言われれば、1つ目は「コミュニティの再生」をあげたいと思います。職場や地域、家庭、様々なコミュニティが崩壊をしてかなりの年月が経ってしまいました。もう1度コミュニティを再生する必要があります。いわばそれらの社会的なひずみが政権交代につながっていると思います。
2つ目は持続可能性です。持続可能な社会、あるいは持続可能な自分たちという意味での「持続可能性」を上げたいと思います。「今」「現在」も大事ですが、それが持続可能なのかということを常に考えながら、運動を進め、生活をしていかなければなりません。
連合は1989年11月21日に結成されました。それ以前の日本の労働組合のナショナルセンターは大きく4つ(総評、同盟、中立労連、新産別)に分かれておりました。運動路線やイデオロギーに違いがありました。しかし、働く者が力を貯え、力を合わせるためにはナショナルセンターが1つにならなければならないということで、連合を結成しました。1989年には、世界史的に大きな出来事がおこりました。連合結成の12日前にベルリンの壁が崩壊し、次々と共産主義国家が市場経済に転換をしていきました。それは、ソ連邦の崩壊にまでつながりました。まさに東西冷戦構造が終焉し、市場経済、資本主義経済、あるいは社会政策が大きく転換する時期が20年前でした。
冷戦構造の終焉と、ヒト、モノ、カネ、情報が国境を一瞬のうちに超えるITの発達によって、世界市場が単一化して、グローバリゼーションが激化していきました。それから20年経った今はどういう状況なのかということについて考えてみたいと思います。
象徴的なのは2008年秋のアメリカの金融危機に端を発した世界同時不況です。これは決して景気循環の一局面ではありません。市場にすべてを任せれば秩序が整うのでしょうか。すべてを民間に任すべきで、政府は小さければ小さいほどいい、という新自由主義、市場経済万能主義、自己責任主義が世界を席巻しました。そして最終的にはカジノ型金融資本主義が暴走していく中で、この世界同時不況が起きたと見ています。
20年前に経済政策、社会政策が大きく転換したのと同様に、私たちは、今、新しい経済政策、社会政策をつくらなければならない時代に向き合っています。これは日本だけではなくて、世界全体が直面している課題です。
競争や効率、経済性だけを価値観とする社会においては、人は生きていけません。社会性や共に生きる共生、共につくり出す協働、そういう価値観のバランスがとれている社会を私たちは創らなければなりません。労働組合はその役割と責任の一端を担っています。
新自由主義や市場経済原理主義の大きな特徴は、規制緩和の推進です。経済政策はかなり規制を緩和しても耐えうると思いますが、社会政策の規制緩和は、一方でセーフティネットをきちっと張った上で規制緩和する必要があります。しかし、実際には、規制緩和することによって大きな影響を受ける人たち、地域にどう手当をするのかという政策をまったく考えずに労働市場の規制緩和が進みました。その結果、この10年、非正規労働者が急増していきました。
日本政府は、これまで、独自に貧困率を発表したことがありませんでしたが、2009年の政権交代の後、政府として初めて、我が国の貧困率を出しました。日本の貧困率は15.7%で、OECD加盟国の中でワースト4です。年収200万円以下の層が1000万人を超えました。この10年をみると、100万円刻みの統計で、1000万円以下の層は200万円以下の層だけが増加して、他の全階層で減少しています。かつて日本社会は、分厚い中間層が社会の安定、そして発展の基盤でしたが、そうではない社会になってしまいました。1年に3万人以上の人が自殺し、それが11年も続くような国は先進国の中で日本以外にありません。この10年ぐらいの政府の政策により、社会全体の構造が歪んできている、というのが私たちの時代認識です。
2.連合はどんな社会をめざしているのか
連合は5つの理念を基礎に、政策や運動を展開しています。
1つ目は「連帯」です。市場の論理に支配されず、社会の真ん中には常に人間がいます。連帯、支え合いという協力原理を社会の中心に据えることがいま求められています。
2つ目は「公正」です。私たち自身の働く労働条件の公正さのみならず、社会のあらゆる分野で公正に物事が行われているかを検証しなければなりません。
3つ目は「規律」です。一分野の規律だけではなくて、すべての組織の規律、社会の規律、あるいは様々な世の中のルールに対する規律です。
4つ目は「育成」です。人を育成する社会、何かを育て育む社会ということです。
最後5つ目は「包摂」です。排除するのではなくて、みんなでお互いに包み込むということです。この5つが連合の政策理念です。
そして、私たちがめざすものは、その5つの理念を基礎にしながら、厚みのある中間層を基盤とした社会を構築したいということです。
厚みのある社会ですから、重層的なセーフティネットを構築していきます。失業し、雇用保険の失業給付を受け、そのまま生活保護受給者になっていくのではなくて、その間に新たなセーフティネットをきちっと張る必要があると考えています。そして、中間層をもう1度取り戻すためには労働条件や処遇の底上げ、そして所得再配分機能の強化が求められます。税の所得再配分機能の強化や社会保障制度の機能強化が大きな課題です。
加えて、グローバリゼーションが激化していく中では国際的な枠組みの構築も必要になります。世界連邦政府をめざす必要はありませんが、一定の国際的な枠組みや国際的な協力原理が必要です。いま世界の経済・社会政策の議論の場は、G7からG8へ、そしてG20に変わってきました。G20の第1回目はワシントンで、2回目はロンドンで、3回目は2009年9月にピッツバーグで、4回目は2010年6月トロントで開かれます。2010年4月には、はじめてG20労働大臣会合がワシントンで開かれることになっています。
特筆すべきことは、2009年9月に行われたピッツバーグのG20のサミット首脳声明の中に、「質の高い仕事を回復の中心におく」という項目が位置づけられたことです。 持続可能な成長のために新たな枠組みを模索しますが、その新たな枠組みはあくまでも質の高い仕事を中心におかなければならないこと、そして、政労使三者機関であるILO(国際労働機関)の重要性、あるいはILOによる監督がうたわれました。
私たちの求める社会像は、「労働を中心とした福祉型社会」です。これは連合結成10年を機に私たちがめざす社会像を整理しようということで生まれた言葉です。働くことの尊さ、働くことに対して最も重要な価値を置く社会、すべての人に働く機会が与えられ、公正な労働条件が保障され、そして何かあったとき、例えば病気になった、産業構造の変化で失業する、会社が倒産する、そういった時には次につながるようなセーフティネットが張られた社会を「労働を中心とした福祉型社会」と私たちは呼んでいます。そしていま日本に求められるのは、すべての働く人が尊厳ある労働、働きがいのある人間らしい仕事という、ILOが提唱する「ディーセントワーク」の実現です。
ILOは、1944年にアメリカのフィラデルフィアで開催された、ILO総会で「フィラデルフィア宣言」を発しました。この宣言には、2つのポイントがあります。1つは「労働は商品ではない」、もう1つは、「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」ということです。後にILOは、「世界中のすべての働く者にディーセントワークを」と提起しました。しかし、現在、世界を見た時に、本当にディーセントワークが実現できているでしょうか。日本でも、年収200万円以下の非正規労働者が、1000万人以上います。この10年で正社員が約300万人減り、非正規が約460万人増えています。雇用形態の違いによって大きく処遇が異なっています。非正規労働者の処遇をどう改善していくかが、私たちの運動の大きな課題です。
連合は2年に1度、定期大会で運動方針を決定し、活動を進めています。2009年10月に定期大会を開催し、「すべての働く者の連帯で、希望と安心の社会を築こう!」ということを確認しました。いま、労働組合の組織率は18.5%です。労働組合に組織された人たちだけの利益追求ではなく、持続可能性のある日本社会をつくるためにも、すべての働く人たちと連帯して、全体の幸せを追求することが大切だと思います。すべての働く者が連帯をして運動を強化しなければならないと思います。
定期大会では、3つの運動の力点を確認しました。1つは雇用の安定です。雇用を守り、雇用を創っていくことです。5%台で失業率が推移していますが、企業は、雇用調整助成金を使いながら200数十万人の雇用を維持しています。厳しい雇用環境の中で、何よりも新しい雇用をどう創っていくかが求められています。
2つ目は地域に根差した運動を展開して、社会連帯の輪を拡大しようということです。連合は、47都道府県に地方連合会を組織しています。そのもう1つ下の単位である地域協議会を強化しながら、地域で働く人だけでなく、地域の住民と一緒になって様々な運動を展開し、社会連帯の輪を拡大していきたいと思います。
そして、3つ目はすべての職場に集団的労使関係をつくっていこうということです。労働組合組織率は18.5%ですから、とにかく組合をつくり、組織を拡大していくことによって、集団的労使関係を確立していかなければなりません。個別労使紛争がこれだけ多いからこそ集団的労使関係、すなわち労働組合が社会を安定させる1つのセクターとして重要性を増しています。職場に労働組合をつくることが一番いいのですが、労働者代表制を法的に整備して、すべての職場に集団的労使関係をつくることも考えるべきだと思います。
3.労働を中心とする福祉型社会の再定義とは
学生:いま再定義に向けて議論されている「労働を中心とする福祉社会」の実現とは、どういうものかを教えて下さい。特にその中で労働を中心としたという言葉がありますが、何のための労働なのかも聞かせて下さい。
古賀:私自身は「労働を中心とした福祉型社会」というイメージを変える必要はないと思います。働くことの尊さは、働く者の集団として変える必要はありません。ただ、「労働を中心とした福祉型社会」というフレーズが、一般に理解されるのかどうかです。いまのところそれを実現するための政策パッケージも、まだ十分に完成していません。体系的にわかりやすく再定義すると政策パッケージも整っていくので、いま作業に入っていくところです。
なぜ「労働を中心とした」なのかというと、働くことを通じて社会に参画するとか、少しでも人の役に立つということ、そして自分自身を成長させていくということの尊さは普遍的なものではないか、それを大事にしようよということを訴えたのです。そのために働くことを中心にし、働くことの尊さを見つめなおそう。働くことの環境整備についても入ってきます。
4.すべての人が中間層にならなければならないのか
学生:すべての人が中間層にならなければならないのでしょうか。また、国際会計基準とILOについての考え方を教えて下さい。
山本:私たちのめざすべき社会像は「労働を中心とした福祉型社会」です。私たちは、現在の社会に対して危機意識を共有する必要があると考えています。今のままで20年、30年過ぎたらこの日本社会は社会としての統一性を失ってしまうと思います。人の住める社会ではなくなってしまう危険性があるのではないかと考えています。持続可能な社会に直ちに移行しなければなりません。その移行すべき「持続可能な社会」を「労働を中心とした福祉型社会」という言い方で表現しています。
「働くことに最も重要な価値を置き、すべての人に働く機会、公正な労働条件、職業能力開発の機会が保障され、仕事と家庭生活、子育てが両立でき、必要に応じて社会保障が受けられる、セーフティネットが張り巡らされた社会」、これを私たちは「労働を中心とした福祉型社会」と言ってきました。
しかし、さらにもう1歩踏み込んで、今日的な雇用状況の下で、社会保障や年金、医療をめぐる状況を考えたときに、より具体的なものにしていく、包括的な内容にしていく必要があると考えてきました。
人は多様な就労形態を通じて働くことによって社会貢献し、自己実現を果たします。その意味での労働は、今日的に言えばディーセントワークです。
いまダボス会議が開かれています。フランス大統領のサルコジさんが「近代化の過程で、大切な価値観が失われてきた。貯蓄がグローバル化し、金融がすべてになってしまった。金融という、努力なしに儲ける投機的活動は雇用も生み出さなかった。その1つに会計基準という大きな問題がある。時価体系によって1分1秒では変化するはずのない企業価値が株価とともに変化するようになってしまった。いまの株価を重視するあまり、企業の将来価値が下がってしまう状況を招いた。会計基準は大きな問題だ」と言っています。この国際的な会計の基準の新しい枠組みをどうつくるかということも、1つの重要なテーマです。各国のリーダーの中ではほぼ共通の認識になってきています。
私たち労働運動、労働組合は、社会の共通資本であり、社会が社会として機能するためのいわば公共財であると考えています。皆さんは大学を卒業したあと、何らかの形で職に就きます。しかし、どういう職業人になろうと、社会というものがあり、初めてその営みは成立します。いまその社会そのものが壊れようとしています。立場は違っても、必要最小限、社会人としてしっかり頭にいれておいてほしいことの1つが、労働組合は社会の公共財であるということです。単に労働者にとって労働組合が必要だということに留まらず、経営者になる人にとっても、人を雇うということはどういう責任と意義があるのか、それに伴ってどういう役割を果たさなければいけないのかが重要です。
古賀:すべての人が中間層にならなければならないのかという疑問が提起されました。私は日本社会にとって中間層の存在は極めて重要であると思います。一部のスーパーエリートだけが社会を引っ張る社会は不安定な社会です。中間層の厚みこそが社会の安定帯となります。
ただ、中間層ということを年収だけからとらえて、全員が同じ年収とならなければならないと言っているのではありません。いまのように年収200万円以下の層が1000万人以上になると、日本の雇用労働者がだいたい5500~5600万人と言われていますが、雇用労働者の20%を超える人々の年収が200万円以下となります。その層が増えていくということは、すべての雇用労働者の年収がどんどん下がっていくということにもつながっていきます。そのような年収の分布で本当にいいのでしょうか。私は違うと思います。もう少し中間的なところの厚みがあるべきだと思います。
国際的な会計基準と連動するのは、ヒト、モノ、カネ、情報が一瞬に国境を越えるカジノ型投資ファンドのようなもので、これに対しては、国際的枠組みでの規制が必要です。
また、本社は日本であり、世界各国に工場や会社を持っている多国籍企業の労使関係を健全なものにするために、労働に関する世界的な枠組み協定を結ぶことも必要となります。日本で最初に枠組み協定を結んだのは、高島屋百貨店で、2008年結びました。
ご承知のように1989年以前は、一方はソ連邦を中心とする共産主義国家で、他方はアメリカを中心とする資本主義国家でした。冷戦構造が第二次世界大戦終了以降続いて、核戦争の抑止力としての核戦力だけで世界の秩序を保ってきました。冷戦が終焉して、1989年以降、民族対立や貧富の差に起因する対立が起こっていきました。そういう面からも新しい世界の秩序づくりが求められています。
5.連合がめざす雇用形態は
学生:前政権の出した白書の中に、「規制緩和を進めていくと非正規労働者の比率が下がり、女性の社会進出が進み、福祉社会は可能だ」と書いてありました。先ほどの山本副事務局長の話の中で、「多様な就労形態を通じて」ということを伺いましたが、民主党政権に対して連合は、雇用形態に関してどのような働きかけを行っていくのか、また、どのような雇用形態、どのような労働社会をめざしているのかを伺えたらと思います。
山本:私たちは、男女平等参画社会で、いろんな人達がそれぞれの状況に応じて多様な働き方を通じて社会参画ができる社会をめざしています。
その前提となっているのは、同一価値労働同一賃金です。今の日本社会は同じ仕事でもその仕事が男性正社員によって担われているのか、女性正社員によって担われているのかで賃金に大きな格差があります。あるいは雇用形態によって非常に大きな格差があります。それはおかしいのではないでしょうか。
それから最低賃金です。働かなくても生活保護で給付される金額と、毎日8時間、1年間働いて得られる年収との間に逆転現象が起きていますが、それはモラルハザードにつながりかねません。そこで、生活保護給付を下げることでバランスをとるのではなく、働いている人の最低賃金を上げることでバランスをとっていく必要があると考えています。私たちは、それをベースにしながら、多様な働き方を認めるべきだと思っています。
労働契約を結ぶときの大原則は「期間の定めのない雇用」と「直接雇用」であると考えています。その原則を前提に、規制緩和が行き過ぎた労働者派遣法をいま見直していますが、大きく改正されつつあります。労働者の生活と権利を保障しながら、そうした原則に基づいて多様な働き方が可能となるような社会にしていく必要があるのではないかと思います。
もう1歩踏み込んで言いますと、ひと昔前まではこの国の社会モデルは男女の性別役割分担に基づいていました。男性は外で働く、その働く男性は正社員、終身雇用、年功賃金で、その賃金は家族が暮らしていける世帯賃金です。女性は家を守り、育児や養老、介護をするという社会モデルで、その下にいろいろな制度ができていました。しかし、現実の家族はそういうものとは違ってきています。私たちは男女がともに社会に参画し、多様な働き方、子育てと仕事の両立ができるように、ワークライフバランスを含めて全体として変えていくべきだと考えています。そのような考え方を可能ならしめる社会制度、あるいは実現するためのプロセスがまさに問われていると思います。
6.解雇規制の緩和についてどう考えるか
学生:解雇規制の緩和についてはどのようにお考えでしょうか。
古賀:いま問題になっているのは、内部労働市場に外部労働市場が強烈に入ってきたことです。これが非正規労働者です。非正規の方たちは内部労働市場の納得性ではなく、まさに外部労働市場の処遇になりました。同じ企業で働いている場合でも、一方が内部労働市場的な処遇で扱われ、他方は外部労働市場的な処遇で扱われています。横断的賃率です。これをなんとか解決し、同一価値労働同一賃金を実現したいと考えます。そして、雇用の原則は期間の定めない直接雇用であるべきだと考えています。これを原則にしながらどんな多様な働き方ができるのか検討していきたいと思います。それは労働法による保護をきちっと伴ったものでなければなりません。
解雇規制はいま日本には解雇権濫用法理を法律化した労働契約法の規定と裁判で築きあげられた整理解雇の4要件しかありません。解雇規制は、人を雇用する使用者にとっては当たり前の責任です。労働を商品のごとく、いらなくなったらすぐ解雇するような働く者と経営者との関係では、持続可能な社会は生まれません。
アメリカでは、経営者はすぐ解雇する、ヨーロッパも同様とか、あるいは日本は解雇規制が強いから労働市場がうまく発達しないと言う方がいます。システムがまったく違うところで、そういうことを言っても社会が混乱するばかりです。非正規が増えたとき、「正規労働者を解雇できないから非正規が増えるのだ」という言い方をした人がいました。今でも、経営者は4要件さえ守れば整理解雇できでます。仮に解雇規制を緩和したら、非正規が増えて不安定な働く者が増えるだけになってしまうと思います。現在の日本の解雇の要件や解雇の規制が強いとは思いません。人を雇って仕事をしてもらうためには当然の規制だと思います。
7.世界同時不況に対して連合は何を取り組んできたか
林:ここであらかじめ出された質問を少し整理して、問題を投げかけたいと思います。1つは一昨年の世界同時不況以来経済社会の大激変の中で、連合は何ができたのか、何をしてきたのかという質問です。2つ目は、地域に根差しての連帯というお話がありましたが、特に地方の組織に求めるようなこと、地方の組織だからできること、中央ではできないものがありますか。3つ目は、セーフティネットの確立に向けて政策提言されているものがありましたらお話しください。
古賀:世界金融危機以降、私たち連合が果たした役割で最大のものは、政権交代です。これまでの政権の政策が日本の雇用、労働のみならず、社会システム全体の質を歪ませてきました。高度成長の時のように生み出したパイを労使で交渉し、分配していれば国民全体が幸せになる社会は終わりました。低成長社会の中では、国の政策・制度が私たちの働き方、暮らし方に直結します。そして、年金の問題をはじめとする社会保障や税金、教育、雇用を含めて政治のプロセスで決定することが多くなっています。そのような状況の中で、私たち連合も政権交代に関わってきました。
ローカルセンター(地方連合会)は、基本的には連合の方針を実施する運動部隊です。もちろんみんなで政策、運動を議論しますが、地方連合会が地域、あるいは地域の働く人と密接に連携しながら、運動展開をしていかなければ労働運動は社会的に広がっていきません。もちろん、連合は、政府や経営者団体に対しては、ナショナルセンターとして、本当の実践部隊として動きます。
政策面では、産業再生機構のようなところにも人を派遣し、連合は、企業再生にも参加しています。政府や地方自治体の審議会にも数百人を送り出しています。
また、連合は、雇用や労働の面から「第2のセーフティネット」の構築を提起しています。これまでは雇用保険が切れれば、すぐに生活保護に頼らざるを得なかったのですが、その中間にネットを張り、職業訓練を受けながら、生活支援も受ける、次の働く場に移動をしていくという第2のセーフティネットの構築を提起しています。民主党は「求職者支援」という言い方をしています。
子育て関係については、子ども手当が支給されることとなりました。連合はここ数年様々な子育て支援の政策を1つにまとめて、「子育て基金」をつくって実施するべきだと、訴えてきました。実施の可能性が出てきている分野です。
山本:連合は中央段階では政策制度要求を毎年まとめ、その実現のために関係省庁に申し入れをしています。同時に全国で政策・制度要求実現のための運動をしています。ローカルセンターはその地域版です。たとえば、埼玉県なら、埼玉県に対して埼玉に住んでいる働く者たちの切実な要求を取りまとめて、地方連合会としての政策制度要求を申し入れて、政策・制度要求実現のための運動をしています。連合全体の方針を地域で具体化する作業をすると同時に、地域独自の課題も取り上げて、ローカルセンターの役割を果たしています。
8.推薦図書等について
山本:推薦図書は、ぜひ1度お読みになったらいいのではないかと思われる最近出た本を推薦します。1つは北海道大学の宮本太郎先生が書かれた、岩波新書『生活保障』です。これは今日本社会で、これまでのシステムのどこが成立しなくなっており、何をしなくてはならないかということを分かりやすく整理しています。連合がめざしている「労働を中心とした福祉型社会」の中身と相当程度重なるものがあります。
2つ目は、堤未果さんが最近出しました岩波新書『貧困大国アメリカⅡ』です。日本が市場原理主義的な改革をただ突き進んで行ったら、こうなったと思われる実態が書かれています。
3つ目は、佐和隆光さんの岩波新書『グリーン資本主義』です。国連気候変動枠組み条約に関わって、これをどう突破していくのか、あるいはどう対応するのかについて書かれています。問題の所在と争点がどこにあるのかを把握する意味で非常にいいと思います。
さらに、図書ではありませんが、マイケル・ムーアの映画『キャピタリズム』も推薦します。古賀会長とマイケル・ムーアが試写会で対話をしました。
9.一橋大生へのメッセージと座右の銘について
林:それでは古賀会長からの座右の銘、一橋大生へのメッセージをお願いします。
古賀:まず、一橋大生へのメッセージですが、1つ目は、人間一人ひとりは弱いのだということを、感覚として持つ必要があると思います。一人ひとりは弱いものですが、お互いに支え合って生きていきます。一人ひとりが、あるいは集団が孤立していくのではなく、お互い弱さを補いながら生きていきます。学生生活、あるいは社会に出てからも、是非そんな気持ちを持っていただきたいと思います。
2つ目は、アクション、行動が求められています。現代は私たち自身が課題を見つけ、その課題を解決しながら次のステージへの道筋をつくっていかなければなりません。そのときに何かこれまでとは違ったことを行動に移してみる、失敗してもトライ・アンド・エラーを繰り返しながら、次の道筋を見つけていくということが非常に重要です。
3つ目は、もう1度働くことそのものを見つめることが重要だと思います。働くことそのものを自分がどう思い、働くことを通じて何を社会と結びつけ、何を自分自身と結びつけていくのかということです。それがどういう意味を持っているのか、ということを深くみつめる必要があると思います。
その延長線上で、労働組合は、労働運動、働く者の集団として、お互いが切磋琢磨し、あるいは一人でできないことを集団として成していくというような機能を持っています。このような労働組合を再認識していただけたらありがたいと思います。
私の座右の銘は、もうお亡くなりになられた労働運動の研修をされていたある先生から言われたラテン語の「フェスティナレンテ」という言葉です。「ゆっくりと、しかし確実に」。直訳ではないかもしれませんが、その先生は、私に、そのような訳とともにその言葉を3度口にし、励まして下さいました。私は、その言葉を座右の銘にしています。本日はありがとうございました。
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