一橋大学「連合寄付講座」

2009年度“現代労働組合論II”講義録
労働組合の課題と取り組み

第11回(12/18)

「労働・生活・社会の激動とリスクマネジメント
―新たなセーフティネットの再構築に向けて」

ゲストスピーカー:小島茂(連合総合政策局長)

1.人生のリスクへの社会的な対応

(1)社会保障制度とは

 今日のテーマは「労働・生活・社会の激動とリスクマネジメント」ということで、「新たなセーフティネットの再構築に向けて」の連合の政策の取り組み、社会や人生を通じたリスクマネジメントについて、制度的な話をしたいと思います。
 まず、様々な危機に対する社会的な対応があります。人生におけるリスクとして、たとえば、出産にともなうリスクを回避するために、産婦人科、助産所などの医療サービスの提供という制度があり、これは医療保険でカバーされています。
 それから、育児におけるリスクもあります。共働き世帯、あるいは1人親世帯に対する支援としては、保育サービス、児童手当、あるいは児童手当に代わる「子ども手当」のような社会的な支援策が用意されています。
 また、病気や怪我をしたときには、治療に必要なサービスを医療保険でまかなうという制度もつくられています。
 老後における生活保障としては、年金制度が用意されています。介護が必要になった場合には、介護保険制度でサービスや支援をしています。
 労働分野におけるリスクといえば、企業倒産による失業があります。その場合の生活保障としては、雇用保険の失業給付があり、失業した場合に一定の所得補償をしています。業務上のけが、病気、あるいは死亡に対しては、労働者災害補償保険(労災保険)が準備をされており、治療代、あるいは遺族に対して見舞金が支払われる制度です。
 そして、貧困に陥るという場合には、最後のセーフティネットと言われている生活保護制度があります。そして、これら公的制度を補うために、私的な生命保険や個人年金などがあります。
 また、労働に伴う賃金の不当な切り下げ、賃金未払い、残業しても残業代が出ない、あるいは長時間労働のために過労死をするような問題も生じています。それらは当然、労働基準法上は認められないことです。しかし、現実にはありうるので、それをどう防ぐかというところに、労働組合の役割があります。これは社会保障制度を補完するというよりは、法律や制度をどう運用していくかということです。この点が、労働組合の役割として最近特に求められています。

(2)生涯にわたって支える社会保障制度

 ライフサイクルに対応して、どのような社会保障制度が適用されるかを図解した資料を配布しています。

 まず、出産に伴うサポートとして、母子保健があります。これは子どもが生まれる前から母体保護、あるいは健康を守るということで用意されています。生まれてからは、子どもの健康診断、予防接種などの制度もあります。
 病気や怪我をした場合には医療保険制度があります。
 社会福祉分野では、0歳から小学校に入るまでの保育サービスも、児童福祉の分野で法律上位置づけられている制度です。保育所については、自治体の市区町村が責任を持ってサービスを提供する仕組みになっています。
 それから、40歳以上、実際には65歳の高齢者を対象にした介護サービスが、介護保険制度として整備されています。障がい者福祉分野では、生まれながらに障がいをもった人たち、あるいは途中で障害になった人に対する障がい者福祉サービスが準備されています。
 年金については、65歳以上の退職後の老齢年金など、老後の所得保障が中心になりますが、中途障がい、あるいは生まれながらにして障がいを持った方については働くことが困難ですので、20歳から障がい年金が準備されています。
 労災・雇用保険も、働いているときに事故にあった、あるいは失業した場合には、労災保険、あるいは雇用保険でカバーされます。
 こう見ると、私たちのくらしは、生涯を通じて何らかの社会保障制度によって支えられていることがわかります

(3)公的な社会保険、社会福祉サービス、雇用・就労支援

 次に、社会保障制度の機能、役割ということを中心的にお話したいと思います。
 日本の社会保障制度は、5つの公的な社会保険制度が中心となっています。これが日本の社会保障制度の大きな特徴です。
 国によっては、医療保障制度は保険料を徴収していません。例えば、イギリスなどは基本的に全部税金でまかなっています。日本は医療保険制度で保険料を全国民が負担して、必要な人に給付するという仕組みになっています。
 社会保険制度の中で1番新しい制度が介護保険制度です。基本的には、65歳以上の高齢者の介護サービスをこの保険で提供することになっています。加入して保険料を負担するのは40歳以上の国民となっており、65才以上で介護が必要になった場合にはこの保険の給付を使う仕組みです。
 社会福祉サービスには大きな3つの制度があります。そして、労働関係では、雇用・就労支援として労働基準法、あるいは最低賃金法のような様々な労働関係の法律で労働者を保護する仕組みになっています。
 子育てや親の介護などは、もともとは家族扶養が基本でした。しかし、現代社会は家族による助け合いだけでは、十分に対応ができないので、国の制度として、年金、医療制度、介護保険制度がつくられています。いわば、家族扶養から社会的な扶養へという流れが基本にあります。
 ですから現在は、政府が国民から税金や社会保険料を集めて、公的な制度を通じて必要な人に、必要なサービスを給付する仕組みになっています。

(4)社会保障制度の目的と機能・役割

 社会保障の目的と機能・役割をひとことで言うと、健やかで安心できる生活を公的な制度として保障するということです。このような考え方が日本できちんと整理されたのは戦後、1950年の社会保障制度審議会の建議においてでした。
 社会保障の目的は3つあると思います。1つは、「国民の生活の保障」あるいは「生活の安定」、2つ目は、その制度を通じて個々人の自立した生活ができるように「自立支援」をすること、3つ目は、「家族機能の支援」です。
 現在、核家族化が進んでいますので、共働き世帯の場合、自分の家庭だけでは子どもの保育をできません。子どもを保育所に預けて、保育サービスを受ける必要があります。また、年老いた親の介護も必要です。これは介護保険サービスや介護施設などでサービスを受けることになります。それによって初めて、その家族の機能や一家団欒が維持できます。この家族機能の維持という役割も、最近特に強調されています。
 社会保障の機能・役割は、大きく4つに整理できます。第1に「社会的安定装置(社会的セーフティネット)」機能です。これは貧困者や失業者の増加にともない社会不安や犯罪も増えかねませんので、貧困者や失業者の増加を防ぐという機能が社会保障制度にあります。第2に、社会的不平等や貧困、格差を是正するための「所得再分配」機能を持っています。第3は「リスク分散」です。これは医療保険、介護保険制度など個人の備えだけでは不十分ですので、社会全体で支えるという意味でのリスク分散という機能を持っています。そして、第4に、「社会・経済の安定・成長」を促す機能です。社会保障によって生活が安定すれば、仕事に専念でき、経済成長に寄与するということで、社会全体の安定につながるということです。

2.雇用・労働を取り巻く環境変化とその影響

(1)非正規労働の増大、低所得・貧困層の増加

 ここ数年、雇用・労働を取り巻く環境も大きく変化していますが、それが日本の社会保障に及ぼしている影響について話をしたいと思います。特に非正規労働者の急速な増大が、様々な社会的問題を起こしています。
 2008年のパート、派遣、請負といった非正規労働者の数は約1,760万人、全雇用労働者のうち非正規労働者の比率は、約3分の1で、34%と急速に比率を高めてきています。
 労働組合の組織率は、非正規労働者の比率が高まるのに反比例して、下がってきています。2007年、2008年はかろうじて18.1%で持ちこたえていました。2009年の組合組織率は18.5%に上がり、34年ぶりに組織率が回復したと報道されました。
 これは、この間、連合をはじめ労働組合が、パートや派遣労働者も含めて、非正規の皆さんを組合員の仲間に入れていく取り組みをしてきたことの結果ではないかと思います。もうひとつは若い人のなかにワーキングプアと言われる労働者が増えているので、不安定労働、あるいは低賃金労働を是正し、自分たちの権利を守るために、積極的に自ら労働組合をつくる動きも出てきているからだと思います。この2つのことから、組合組織率が今年若干ではありますが、上向いたということではないかと思います。
 また、完全失業率は、2009年の10月末で5.1%です。最悪の時は2009年の7月で5.7%でしたので、若干改善していますが、必ずしも雇用状況は上向いているわけではありません。これは仕事を探そうと思ってもなかなか就けないので、仕事を探すことをあきらめてしまう人たちも増えているという面もあります。そういう人たちは失業率のデータには出てこないという影響もあり、失業率は見た目では下がっていると指摘されています。引き続き雇用環境は厳しい状況にあります。去年はリーマンショックの後で採用内定の取り消しが社会的に問題になっていました。今年は、初めから新卒を雇わないという企業が増えています。
 一方では、非正規労働者の増加に伴って正規労働者の数が減少してきた結果、残された正規労働者には長時間労働が強いられています。特に30代男性が長時間労働にさらされており、過労死、あるいは過労自殺などの問題も指摘されています。それだけ労働現場の環境が厳しくなっていると思います。また、日本では年間の自殺者が3万人を超えるという悲惨な実態が12年も続いています。
 非正規労働者、あるいはワーキングプアが増えたということもあって、生活が困窮し、生活保護を受けざるを得ない世帯が、2009年の4月に既に120万世帯、人数にすると150~160万人に達しています。ただ、本当に必要な人が生活保護制度を受けているかというと、必ずしもそうではなく、予算もかさむので、自治体の窓口で相当制限されているというのが現実です。それだけ日本社会は現在、貧困問題が深刻な問題になっているのです。

(2)セーフティネットの問題点

 非正規労働者、不安定雇用労働者、あるいはワーキングプアといった人が増えている結果、社会保険制度では、どのような問題が起きているのでしょうか。

[1]年金制度の問題

 日本の年金制度は20歳以上のすべての国民は国民年金に民間の労働者であれば厚生年金、公務員であれば共済年金、それらのどれかに加入しているということになっています。つまり、厚生年金、あるいは公務員の共済年金に加入していない人は、第1号被保険者という位置づけで、国民年金に加入するという仕組みです。日本では、これをもって、国民皆年金制度と呼んでいます。
 国民年金では、自営業者が、第1号被保険者の本来の対象だったのですが、実際には自営業者は3割弱しかいません。半分以上が雇用労働者で占められています。そして、その雇用労働者とは、フルタイム雇用者のほか、短時間労働者など、フルタイムでない労働者、あるいは求職活動をしている失業者です。この、国民年金に加入している雇用労働者の半分は、本来は厚生年金に加入すべき人たちなのですが、実際は厚生年金に入れず、やむなく国民年金に入っているのが実態です。
 しかも、これら国民年金に加入している雇用労働者は、不安定で低賃金ですので、保険料を十分に払いきれません。国民年金の保険料は、2009年度は毎月14,460円の定額払いになっていますが、月10万円程度の収入では毎月保険料を払いきれません。国民年金の保険料を納めるべき人が納められないので、納付率は、1990年代の85%から2008年の62%にまで下がっています。年代別には、若い人ほど納付率が低くなっています。一番低い25歳から29歳の年代の人たちは、納付率が50%を切っています。12か月のうち、6か月も納めてないということです。
 国民年金は40年間保険料を納め続け、65歳から月額6万6千円ぐらいの金額が受給できます。保険料を半分しか納めていないとその半分しか受け取れません。なかには保険料を納めきれなくて無年金になってしまう層も出てきますので、保険料の未納問題はこれから大きな問題となります。

[2]医療保険の問題

 これも本来雇用労働者、サラリーマン、労働者の場合、民間であれば各企業別の健康保険、あるいは、これまでの政府管掌健康保険(政管健保)、2008年10月から全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)になりましたが、そういう健康保険に入ります。また、公務員であれば共済組合の保険に入ります。
 これらの健康保険や共済組合に入れない労働者は、市町村が運営している国民健康保険に入らざるを得ません。今、市町村が運営している国民健康保険に、被用者いわゆるサラリーマンのグループが4分の1入っています。本来はこの人たちはサラリーマン・グループの健康保険に入るべきはずなのですが、中小零細で健康保険を扱っていない事業所に勤めている場合には、市町村の国民健康保険に入らざるを得ないのが実態です。
 世帯別でみると、国民健康保険の加入世帯の半分以上は無職の世帯です。無職の人たちの多くは65歳以上の高齢者で、無職のうち9割ぐらいといわれています。この人たちは、いわば年金受給者ですが、すべての人が月額20万円、30万円の年金を受給しているわけではありません。なかには相当低い、あるいは無年金という人たちもいますので、この国民健保に加入している世帯の年収を見ると、所得ゼロという人が3割弱、27.1%もいます。100万円以下の収入しかないという世帯も2割強います。つまり、100万円以下の世帯で国民健保の加入者の半分を占めています。200万円以下の世帯を入れると、75%ぐらいになります。
 これでは国民健康保険の保険料を納めることができません。滞納世帯も、急速に増加して、今、5世帯のうち1世帯は保険料を滞納しています。長期滞納していると健康保険証が使えないので、病院や診療所にいくと、自分で全額治療費を払わなければなりません。そういう世帯が増えています。
 さすがに無保険で子どもが病気になっても医者にかかれない、というわけにはいかないので、麻生政権の時に、子供の場合は無保険でも救済するという法律が成立しています。このときは、中学生以下までは保険料を納めていなくても医療機関で医療サービスを受けられるようにしました。鳩山政権は、高校生までを対象にしようと検討しています。
 このように、国民健康保険の保険料滞納に伴って保険証が使えない世帯が増えてきています。そういう意味では、今、日本の国民皆保険制度は、大きく崩れてきているということです。

(3)機能不全に陥ったセーフティネット

 これまでの社会的セーフティネットは、第1のネットとして「雇用ネット」があります。ここでは主に正規労働者がカバーされます。
 第2のネットは「社会保険ネット」です。本来、雇用労働者であれば、正規でも非正規でもここのネットでカバーされるはずですが、従来の年金や医療保険が正規労働者を対象にしていたので、非正規の人たちは健康保険や厚生年金から外れてしまい、第2のネットからこぼれ落ちてしまいます。
 第2のネットからこぼれた人のうち、本当に収入がない、貧困だという人は、第3のセーフティネット「公的扶助ネット」でカバーすることになります。ここでは最後のセーフティネット、生活保護制度が準備されています。しかし、生活保護受給世帯が120万件を超え、国も地方も相当お金を使っていますので、厳しく制限しています。この最後のセーフティネットからも排除されてしまう層が相当出ているのが現実です。そういう人たちは、ネットカフェ難民とか、あるいはホームレスというような生活をせざるを得ません。
 そのため、生活できないため、犯罪に走ってしまい、司法ネット、つまり、刑務所が最後のセーフティネットというような、笑えない現実が日本にはあります。刑務所に入っている方の全てが重罪者ではなく、軽い犯罪を繰り返している層が大勢います。高齢者や心身に何らかの疾患を持っている人、あるいは外国人労働者などで、刑務所は全国ほぼどこでも満杯だという状態になっています。
 このように、機能不全に陥った社会的セーフティネットをどう再構築するかが、これからの課題です。

3.積極的雇用政策と社会保障との連携(社会的セーフティネットの再構築)

(1)連合の構想:「三層構造による社会的セーフティネット」

 連合は、積極的雇用政策と社会保障政策との連携による3層構造の社会的なセーフティネットの再構築を提案しています。

 一番上が雇用労働市場です。ここで非正規の皆さんに様々な就業支援や職業訓練などにより、もう1度、正規の労働市場に戻るための支援を積極的に推進したり、最低賃金の大幅引き上げや雇用創出をはかる政策です。これを積極的な雇用労働政策と呼んでいます。
 このような政策推進と連携して、第1のネットのところで、雇用労働者は原則雇用保険、社会保険、健康保険、厚生年金に加入します。そういうように社会保険、労働保険の原則適用する仕組みに変えようというのが第1のネットの制度見直しです。
 そして次に、真ん中の第2のネットとして、新しい制度をつくるべきだというのが連合の考え方です。今は雇用保険に入っている人が失業したときには、雇用保険から失業手当が出されますが、その支給期間は長い人でも1年ぐらいで、加入期間が短いと半年、3か月ぐらいです。それが終了してしまうと、仕事が無ければ収入が途絶えしまいます。そうすると第3のネットである生活保護制度にいきなり行ってしまうので、そうならないように、第1ネットの雇用保険と第3ネットの生活保護の中間に、新しい第2のネットをつくるべきだということです。長期失業者、あるいは雇用保険から外れている非正規労働者たちに対しては、職業訓練や資格を取るプログラムに参加をしていただくことを前提に、職業訓練、職業教育を受けている間、一定の所得保障をするという「就労・生活支援給付」制度をつくるべきだという考え方です。この制度の新設を連合はこれまで強く主張しています。

(2)就労・生活支援給付制度(第2ネット)の概要

 就労・生活支援の期間は、大学等でもう1度専門的な資格を取るために、2年ぐらいの長期的な教育を受けることも視野に入れて、最長で2年ぐらいを対象に考えています。その間、月額10万円ぐらいの生活給付を考えています。こういう制度を利用して、新しい分野への円滑な労働移動を進めていくことが必要だと思います。
 諸外国の制度を見ますと、このような「就労・生活支援給付」制度は、補足的な「失業扶助」という分野に位置づけられます。ドイツ、フランスにもこのような制度があります。スウェーデンは基本的には雇用保険でほとんどカバーして、その雇用保険に入れない人は国の税金で同じような給付を行っています。そのときは当然、教育・訓練のプログラムに参加するという要件があります。日本でもこのような補足的な「失業扶助」の制度をつくるべきだという提案です。
 これら就業支援に対する日本の費用は、国際比較をしますと、対GDP比が極めて低いので、ヨーロッパ並みに引き上げることを要求しています。連合のこのような主張を受けて、政府がこれを一部取り入れている制度があります。それは、麻生政権のときに職業訓練中の生活支援として5千億円弱が予算化された緊急人材育成就労支援基金です。これは連合の「就労・生活支援給付」制度そのものです。それを政府としても取り入れざるを得ないまで雇用問題が深刻になってきたということです。
 また、政府は連合の主張する就労・生活支援給付に該当する訓練・生活支援給付だけではなく、住宅手当という新しい制度も予算化しています。これも麻生政権のもとで3年間の暫定措置ですが、予算化されています。今まで企業の寮に入っていた人が失業して寮から出なければならないということになれば住む場所がなくなります。そのため、新しく住宅手当をつくり、家賃の一部を保障するという制度です。これも日本では全く新しい制度です。
 住宅手当は2009年10月から、訓練・生活支援給付は2009年7月からスタートしています。まだ制度がスタートして間がないので対象者は少ないのですが、一応制度はそろいました。連合としては、さらにこれらの制度を法律上明確に位置づけ、対象者ももっと広げて使いやすくすることを求めています。
 あわせて、最後のセーフティネットである生活保護の運用の改善、あるいは財源確保をきちんと行うべきだと思います。訓練・生活支援給付制度を使っても、働く場所がなくては働けないので、円滑な労働移動と雇用創出、そのための成長戦略などをきちっと国が提示すべきだと主張しています。また、就学援助、奨学金の充実を横断的に整備して、社会全体のセーフティネットをきちんと整えることが必要だと思います。

4.連合の社会保障制度改革の取り組み

 これからは、単にセーフティネットのネットを張るだけではなく、1度落ちてももう1度戻れる、あるいはジャンプをすればさらに高い所に戻れるような、トランポリン型のセーフティネットをどうつくるかがポイントだと思います。
 連合は、全体的な社会保障制度改革の取り組みとして、「制度政策の要求と提言」を2年ごとにつくっています。さらに中長期的なトータルビジョンとして「21世紀社会保障ビジョン」を7年前(2002年10月)につくり、その3年後の2005年にこれを一部手直し、補強しています。それをベースにしながら、制度構築に向けて取り組んでいます。
 労働組合がなぜ社会保障の改革に力を入れているのか。社会保障制度の原理原則は「助け合い」、「社会連帯」がベースです。この助け合いや連帯は、まさに労働組合の基本的な理念でもあります。基本的な連帯をベースにした社会保障制度の改革・充実の取り組みは、労働組合にとっての社会的、あるいは歴史的な役割です。そういう意味で社会保障の取り組みは、連合も相当力をいれて取り組んでいるところです。

(1)社会保障の機能強化と労働組合の社会的役割

 具体的に社会保障制度の運営に労働組合が直接どう関わるか、具体的な役割についてお話しします。
 非正規労働者が厚生年金、あるいは健康保険、雇用保険に入れないという現実があります。しかし、雇用労働者は基本的に、どういう働き方をしていても社会保険あるいは雇用保険に加入すべきだというのが連合の基本的な考え方です。そこで連合は、非正規、パート、あるいは派遣労働者への社会保険の適用拡大の取り組みを行ってきています。国民年金、あるいは健康保険の保険料の滞納、未納者が増えていますが、それを是正するためにも、非正規労働者を含むすべての労働者が、社会保険に加入することが一番だと思います。
 社会保険の適用要件は、制度的にいくつかあります。現在、通常労働者の労働時間の4分の3以上で働いている人は社会保険に加入する義務があります。週30時間未満で働いている人は社会保険に入る義務がないということなので、連合はその適用要件を週20時間以上、平均労働者の2分の1以上の労働時間、今は年収要件はありませんが、年収65万円以上ある人は社会保険に原則入れるという考え方です。
 東京都や厚生省の調査によると、非正規労働者、パート労働者などが厚生年金に入っている比率は約3割です。あとは3割が第3号で被保険者で、いわば専業主婦の扱い。そして残りの約3割が第1号被保険者で、自分が国民年金の保険料を直接払っている人です。だいたい3割・3割・3割という調査結果になっています。
 しかし、連合の組合を通じた調査(「パート労働者等の社会保険適用調査」2007年5月)では、パート労働者、非正規労働者でも8割近くが厚生年金に加入しているという調査結果で、他の調査と大きな違いが出ています。通常労働時間の4分の3以上働いている場合は、強制適用になりますので、週30時間働くかどうかで1つ大きな違いが出てきます。そこで、週労働時間による加入状況のデーターも取っています。連合の調査では、30時間未満でも4割近くの人が厚生年金に加入しています。この30時間未満の状況を他の調査で見ると、ほとんど厚生年金に加入していません。

(2)社会保険の適用拡大に向けた労働組合の役割

 また、非正規労働者が労働組合の組合員か組合員でないかによっても差が出ています。厚生年金に加入している非正規労働者のうち、組合に加入している人は厚生年金に8割以上入っています。組合に未加入の非正規労働者は7割強で、10ポイントぐらい低くなっています。これも時間別に30時間未満のところでみると、さらに、約25ポイントの差が開いています。30時間未満の短時間労働者でも組合に加入している場合には、約5割の人が厚生年金に加入しています。しかし、組合未加入者は、約3割しか厚生年金に加入していないという調査結果が出ています。
 それだけの差があるのはなぜかということです。考えられる理由として、1つには、労働組合自身が積極的にパート、あるいは契約社員の社会保険適用の取り組みをしているということです。もう1つは、特に最近、スーパー、流通業などでは、正社員よりも非正規社員のほうが多いという職場もあります。そうすると正社員を組合員化しているだけでは、労働協約を結ぶことができません。従業員の半分以上を組織した「過半数組合」でなければ、労働協約の締結権がないからです。ですから、非正規労働者であるパートの皆さんも組合員化しないと「過半数組合」を維持できないということになります。
 つまり、非正規、パートの皆さんも社会保険、厚生年金に適用させるということで、積極的に組合員化をはかることによって「過半数組合」を維持していこうという要因も働いていると思います。
 この2つの大きな要因によって、労働組合が社会保険適用拡大に積極的に取り組んでいると思います。

5.社会保障の制度運営への参画と労働組合の新活動領域

 社会保障制度があっても、それをどのように上手く運用するか、あるいはその制度運営に労働組合が参加していくことが必要と考えています。すでに日本の様々な労働組合が取り組み、諸外国の労働組合も取り組んでいますので、連合もそういう位置づけをしているところです。
 諸外国の1つを例にすると、スウェーデンの労働組合は組織率90%を維持しています。その要因は、1つには、組合員が管理をしている失業保険、いわば日本でいう雇用保険を労働組合が担っていて、それを通じて組合の組織化も同時に行っているということです。2つ目には、労働組合自身が組合員に対する職業訓練、就労支援の活動を行っています。
 日本でも、電機連合という連合加盟の大きな産業別労働組合がありますが、ここでは電機産業職業アカデミーを実施しています。日立、パナソニック、東芝などで組織している組合が協力して、企業別に行っている職業研修を企業横断的に活用できるようにしています。電機連合の組合員であれば活用できるように、電機産業職業アカデミーを立ち上げて運営しています。また、トヨタ自動車労組は2009年の4月から、厚労省の認可を受けて無料職業紹介を始めています。トヨタで働いていて解雇された人たちに対する職業紹介も2009年から始まっています。
 これらの他にも様々な形で就労支援の取り組みがありますが、そういうことが、これから新しく労働組合の役割だと考えています。

6.労働組合のセーフティネット機能の役割発揮

(1)労働組合自身によるセーフティネット機能

 社会保障の制度運営にどう参画するか、自分たちがその制度をどう運営するかということですが、これらは、労働組合自身のセーフティネット機能の役割発揮も問われます。
 まず、社会保障制度という国の制度によるセーフティネット機能があります。それと、労働組合自身がセーフティネット機能を持っていますので、その役割を発揮することです。労働組合自身がそれぞれの仲間の雇用を守り、労働条件を改善し、失業した場合には支援することを再認識する必要があることを最後に強調したい。労働組合自身によるセーフティネットの役割発揮がこれからの組合の大きな取り組みの柱になってくるだろうと思います。
 そのためには、まず1つ目に、労働相談とか、様々な生活相談、多重債務にどのように対応するかというような相談業務、あるいは、解雇、賃金不払いに対する支援があります。
 2つ目は、36協定(サブロク協定)です。労働基準法で法定労働時間が定められ、1日8時間、週40時間を超えて残業をさせることができないのが原則です。その法定労働時間を超えて残業させる場合には、過半数労働組合と、週何時間、月何時間残業を認めるという協定を結びます。36協定を結んで、しっかりと時間内に残業を抑える。それで長時間労働を抑制し、過労死と過労自殺を防止するのは労働組合の当然の役割だと思います。
 3つ目は、先ほど話しましたパート等の社会保険の適用拡大の取り組みを通じて、正規・非正規を問わず、賃金、労働条件、社会保険など、様々な均等待遇を実現することです。
 それから4つ目に、これも先ほど紹介しました、労働組合による職業訓練、就労支援という役割もあります。労働組合の原点である連帯、助け合いということがこういう取り組みを通じて、再認識が図れると思います。

(2)労働組合の活動領域(役割)のイメージ

 連合の取り組み、あるいはこれから労働組合が取り組むべき分野を、セーフティネット機能の強化に向けた活動領域として、3つぐらいに整理します。実際には、これらはお互いに重層的に重なり合っています。
 連合としては、まず、①政策・制度の実現ということです。第2のセーフティネットづくりを提言しています。あるいは、政府、厚労省に要請するという形で、政策・制度が実現されるよう活動しています。このような様々な制度・政策の提案とその実現の取り組みです。
 それと合せて、②職場・地域での活動があります。職場段階でのパートの社会保険適用の拡大とか、あるいは地域における最低賃金の引き上げ、職場での労働条件の締結、36協定の締結による労働時間管理の徹底、職業訓練、就労支援などについて、各組合で取り組むことも必要です。
 それからもう1つ、労働組合の大きな活動として、③組織拡大の諸活動があります。これらを三位一体で取り組んで、初めて組織拡大につながるのだと思います。組織化だけやってもなかなか人は増えませんので、全体の重層的な取り組みを行って初めて拡大できると思います。そのような取り組みの成果として、組合の組織率が2009年に0.4%上がって18.5%になったことにつながったと思います。

ページトップへ

戻る