一橋大学「連合寄付講座」

2009年度“現代労働組合論II”講義録
労働組合の課題と取り組み

第5回(11/6)

正規・非正規労働
事例研究①自動車総連の取り組み

ゲストスピーカー:西原 浩一郎(自動車総連 会長)

1.自動車総連とは

 みなさんこんにちは。自動車総連の西原と申します。
  自動車総連はいわゆる自動車産業に関わる様々な企業を組織する労働組合の集まりです。自動車メーカーや自動車の部品を作る部品サプライヤー、全国の自動車販売会社、部品や車両を運ぶ輸送会社、ファイナンスやリース会社などを組織する労働組合が加入しています。さらに、自動車に限らず、実はパン屋や印刷会社、ハイヤー・タクシー会社なども組織化しています。
  組合員数は75万7000名です。民間の労働組合ではUIゼンセン同盟の次に大きい組合です。全トヨタ労連や日産労連などの11のグループ労連と、部品労連という部品サプライヤーの労働組合の12労連から構成されています。部品労連は独立系のサプライヤーとして存在している部品メーカーの労働組合の集まりです。
  自動車総連は大企業の労組の集まりであるとよく報道されます。もちろんトヨタやホンダ、日産などの大手自動車メーカーの組合はすべて加入しています。しかし、全体を見ると、自動車に関連する様々な業種・規模の企業の労働組合が集まっています。従業員数でみると、中小企業レベルの300人以下の企業の組合が約7割、500人以下は8割を占めます。全部で1100を超える企業単位の労働組合が加入していますが、ほとんどが中小企業の労働組合です。車体・部品や販売、輸送、一般などの各種の業種を含めて、圧倒的多数は中小企業です。

2.自動車産業における雇用動向

非正規労働者の分類について
  2008年9月のリーマンショック以降、世界金融危機や世界同時不況が深刻化するなか、自動車産業における派遣労働者や期間従業員の雇用問題や派遣切り、年末年始の派遣村について、連日のようにマスコミが報道しましたので、ご記憶のみなさんが多いと思います。今日は、その自動車メーカーの製造部門で働く非正規労働者について話します。
  非正規労働者は大きく直接雇用と間接雇用に分けられます。直接雇用の場合、企業は労働者を直接採用して労働契約を結びます。間接雇用は人と契約するのではなく、企業が派遣会社や請負会社と派遣契約や請負契約を結びます。
  直接雇用には、雇用形態として、期間従業員、パート・アルバイト、定年後の再雇用者などが挙げられます。
  期間従業員は「期間従業員募集、月23万5000円、寮完備」と採用広告がよく出ていますが、企業が直接面接して採用し、3か月や6か月の短期契約を結び、それを繰り返します。
  定年後の再雇用者は、様々な契約の仕方がありフルタイムで働いている方や、パートあるいは短時間の労働時間で働く方もいます。年金の支給開始年齢の引き上げにともない、国も60歳以降、最終的には65歳まで採用するように法律で定めています。それにあわせて、定年を65歳にするところもありますし、定年後の再雇用者として、60歳で定年退職した後、もう一度契約をし直すケースもあります。
  間接雇用としては、雇用形態として、派遣労働者と請負労働者がいます。派遣は、派遣会社から派遣されてきた労働者に対して、会社が直接指揮命令をします。請負は、仕事単位で発注し、請負会社に雇用された労働者は、その任された仕事をします。自動車会社は、請負会社の労働者に直接「こういう仕事をしなさい」という指揮命令ができません。いわゆる「偽装請負」は、請負契約を締結しているのに、実際は現場で請負会社の労働者に指揮命令をしていたケースであり、違法です。
  派遣の場合は、派遣会社に電話で「何人を、いつまでに派遣していただきたい」と依頼して、期間を定めた派遣契約を結びます。小規模企業にとっては、募集採用にあたって広告を出し面接をするという採用にかかる手間とコストは大変なものです。この点、派遣は採用も社会保険の手続きも派遣会社が行います。派遣は経営者にとってコストのかからない非常に使い勝手のいい制度として拡がりました。
  自動車産業はもともと生産変動が非常に大きな産業です。車の開発には一車種あたり数百億円の投資が必要ですが、売れるか売れないかはまったくわかりません。需要変動が非常に激しいのです。今ハイブリッド車のプリウスやインサイトが非常に売れています。市場のニーズにあった車を出せば一気に生産は拡大します。しかし、市場における競争で一気に売れなくなることもあります。季節変動があり、特にボーナスの時期は当然に車が売れやすい。昔は田舎で、就職や大学の入学時に車を買うなんていう時代がありました。そのときは3月に車が売れました。3月や秋は需要期で、販売が非常に伸びます。ちょっと先の需要を見込みながら毎月の生産計画を立てていきます。
  したがって、ずいぶん前から、季節従業員や期間従業員という直接雇用の非正規労働者が自動車会社で働いていました。季節従業員は農家の方で、冬の農閑期に自動車会社に出稼ぎに来ます。その時期は春に向けて車を多く生産しなければいけない時期なので、タイミングが合いました。生産変動へのバッファーとして非正規労働者が活用されてきたのです。以前は期間従業員が基本でしたが、派遣法の規制緩和(製造業への対象拡大)によって派遣従業員に移行してきました。
  自動車会社では生産が遅れたとき、基本的には残業や休日出勤で調整します。労働者は少なめにかかえて、生産量が増えたときにも残業と休日出勤でカバーします。組み立てラインの場合は昼と夜の二交替制で働くパターンが基本です。2つのチームが昼と夜に同じ仕事をします。仕事が減れば昼だけとなり、夜の仕事を辞めます。半分の人が余剰になりますが、昼の仕事に回したり、あるいは他の工場へ応援に送るなどで対応してきました。たとえば、A工場で売れる車を、B工場で売れない車を生産している場合、B工場からA工場に人を派遣します。工場間で応援して余剰人員を吸収してきました。それをオーバーする部分は、非正規労働者を採用して対応してきました。

 日本全体の動向をみると、非正規労働者は年々拡大傾向にあります。3人に1人が非正規労働者です。しかし、比率でみると派遣労働者はそれほど多く増えていません。非正規のなかで多いのはパートとアルバイトで働いている人たちです。
  自動車産業の雇用の動向をみてみましょう。表は主な100組合、これらは自動車メーカーや販売、部品などの大手組合や、地域のバランスのもとに選ばれた100社をもとに、自動車総連全体のトレンドをつかんでみようというものです。これをみますと、2004年6月から2008年6月まで、正社員と非正規労働者はともに増えています。労働組合は再雇用を要求し、定年退職後の高齢者の雇用を増やしてきました。
  問題は派遣です。一気に3倍にまで増えていますが、請負は一定の数値でとどまっています。2008年6月時点でみると、非正規の比率は25.1%でしたが、リーマンショック以降減少します。2009年6月時点で、正社員は若干伸びていますが、期間従業員と派遣は大幅に減少しています。非正規の比率は14.2%にまで下がっています。

3.非正規労働者問題に対する取り組み~金融経済危機以前

(1)変化と変動をベースにした産業構造
  非正規労働者の皆さんに対する労働組合の対応、あるいは企業への要求は、2008年の秋の前後で180度変わりました。それぞれの局面における取り組みの基本となる視点が、かなり変わりました。
  自動車産業における非正規労働者の拡大については、規制緩和やグローバル競争の結果としての非正規の拡大という大きな社会的な流れと、もう一つは自動車産業の特性が関係しています。自動車ほど世界的競争の激しい産業はないと思います。特に日本は有力な多数のメーカーが存在感をもっています。これほどまでに競争を取り巻く環境が厳しく、あるいは存在感が大きい国はないと思います。一社が潰れてもあまり影響がないくらいの状況です。
  カルロス・ゴーンが来る直前の日産自動車がまさに倒産の危機に陥った99年、私は経済産業省を訪ね、自動車産業に対する公的資金とさまざまなサポートを、労働組合の立場で要請したことがあります。そのときに「西原さん、日本は日産がなくなっても困りませんよ」と言われた言葉を忘れられません。確かにそうですね。日産という大きな企業が倒産すれば、社会的に雇用の問題が出てきますが、別に日産がなくなっても、トヨタやホンダ、スズキ、マツダ、三菱などがあって、国民の皆さんは車を買えるわけです。自力でやるしかない、と改めて思いました。競争環境のなかで、ちょっとした経営戦略の失敗によって自動車会社は一気に奈落の底に落ちます。そのかわり立ち直りもすさまじく速い。それが自動車産業の魅力であり、チャンスであり、リスクであると思います。自動車産業は、変動や変化をベースとした産業構造を持っています。

(2)非正規労働者の実態調査
①非正規の比率
  2007年5月、自動車総連は初めて非正規労働者の実態調査を行いました。この調査にあわせてヒアリングを実施しました。対象は、企業別労組の役員や企業の人事部門、経営者、そして非正規労働者からも聞き取りを行いました。
  直接部門と間接部門における全ての非正規の比率を出しました。直接部門は、メーカーの製造関係と販売会社の車のセールスを指します。間接部門は、スタッフや開発部門などです。これをみると、直接部門における非正規の比率は28.8%、間接は23.6%です。直接部門で多いのが派遣の10.6%、期間従業員等が8.6%です。間接部門でも一番多いのは派遣です。逆に期間従業員はそれほど多くありません。非正規労働者は、自動車総連全体の98.6パーセントの企業で働いています。

 次に、業種別雇用状況の表をみてください。メーカーや車体部品、販売を比較すると、メーカーや車体・部品部門では派遣と期間従業員が多く、販売会社では非正規の比率自体が低く、比較的パートが多くなっています。これは、販売会社で自動車を売った後に必要な業務処理のための書類の整理や、新車の洗浄の仕事等にパートやアルバイトが多く採用されていることなどからきています。業種によっても状況はさまざまです。

②非正規労働者を採用する理由
  非正規労働者を採用する理由は、直接部門で一番多いのが人件費を削減するため(52.8%)、あるいは業務量の変化や変動に対する対応(46.8%)です。正規従業員でなくてもできるから、という理由もあります。他方、派遣社員や請負社員の場合は、業務量の変動への対応(72.3%)が圧倒的に高くなっています。もちろん人件費の削減(47.4%)もありますが、業務量の変動に対応するための比率が非常に高いのが一つの特徴です。
  正規従業員の労働負荷軽減のためは24.5%です。これは有給休暇をしっかり取ろう、という労働組合の取り組みです。平均すると年間約20日間の年次有給休暇を自由に取ることができます。すべて取り切る活動をずっと続けていましたが、実際は忙しくて取れず、3月になってまとめて取る人がたくさんいます。その人たちを休ませるために非正規の人を雇うということもあります。これを休暇要員として、組合が非正規を認めてきた部分があります。年休を取ると、その人をだれかがカバーしなくてはなりません。一定の人的なバッファーがないと年休が取れないため、非正規が雇われていたというのも結構多かったわけです。

③非正規労働者の採用にともなう課題
  実態調査で、非正規労働者の採用にともなう課題について複数の項目で尋ねたところ、特に「技能の伝承やノウハウの蓄積が難しい」という比率が非常に高く、トータルすると52.6%になりました。部門でみるとメーカーの92%が技能の伝承に危機感を持っています。
  技能の伝承が難しくなる理由は2つあります。1つは、非正規がどんどん入ってくると正規が入って来ず、若い人がいないために伝える相手がいない、という問題です。もう一つは、技能・技術を持っている管理監督者は、伝えたくても非正規労働者の管理のために時間をとられて、とても技能伝承する時間や余裕がありません。非正規労働者には優秀な方が多いのですが、やはり正規と比べると、その企業への帰属意識が高まることにはなりません。辞める人が多いのです。技能伝承がうまくいかず、ものづくりという観点からみると極めて重大な問題です。
  正社員の場合は計画的に教育します。非正規の場合は即戦力で仕事をしていただくので充分な受け入れ教育をしません。将来のプロモーションを考えての教育もしません。彼ら自身のおかれる状況は厳しい。逆に言えば、彼らと一緒に仕事をすることでチームワークの問題や、さまざまな問題が職場のなかに発生します。全単組で調査をしたのは、こうした問題意識からやりました。
  また、定着率の低さも課題です。非正規労働者の定着度の状況では、有期契約社員(期間従業員)と比べて、派遣や請負が低くなっています。
  なぜ定着率が低いのか。一生懸命に仕事をしても賃金が上がらなければ、モチベーションが上がるはずがありません。業務内容に不満を持っている、職場のコミュニケーションが不足している、労働条件に不満を持っている、雇用が不安定である、などを原因としてモチベーションが下がり、結果として定着率が低くなります。  
  自動車の生産ラインは、非常に拘束感が強く、労働密度の高い大変な仕事だと思います。正社員はいろいろな仕事を経験しながら技能員として育てられ、プロモーションしていきます。単調な労働だけでなく、そのなかで生産ラインを改善したり、さまざまなマネジメントを学び、あるいは開発部門と一緒のチームで仕事をするなど、それらを通じて技能を高め、マネジメント力を高めていきます。計画的に育てられます。ライン作業だけをみれば、こんなにつらい仕事はないでしょう。非正規労働者はずっと同じ仕事を繰り返すだけです。これらの結果、定着率が悪くなります。
  では、なぜ、派遣社員で働くのか、働かざるを得ないのか。連合のアンケート調査によれば、「正社員の仕事につけない」が非常に多いです(回答者の48.6%)。

(3)非正規労働者の課題整理
  以上を踏まえて、①自動車というものづくりをベースとする産業において、このまま非正規の拡大が続ければ、技能の伝承や安全管理、あるいは品質維持や管理監督者の負担が増して、ものづくりへの影響が間違いなく生じること、②定着率の低さは管理監督者の負担増につながること、③非正規社員のモチベーションを維持向上していくことが必要である、と課題を整理しました。
  非正規労働者の最大の問題点は、不安定な雇用です。その結果、生活設計や将来的な生活設計が立たず、非常にリスクを負うなかで仕事をします。仕事によって能力が開発され、訓練されることによって能力が評価されて次のステップにつながらない、つながりにくいことが大きな問題です。非正規労働者に対して最低限の教育、つまり安全教育や仕事に関わる一定の教育はしますが、そのなかでプロモーションしていくことを前提とした教育へのチャンスがありません。同じ派遣を繰り返しても評価はされません。結果として、次の展開が非常に難しい。正社員になれる機会は、大変に少ないのです。

(4)労働組合の取り組み
  これらの課題に対する労働組合の取り組みは、大きな柱が3つあります。これらは金融経済危機以前の取り組みです。

①非正規労働者の比率の適正化
  一般的に非正規労働者の比率が25%以上ではあまりにも高すぎると考えます。しかし、一律に比率を設定するのは難しい。仕事の中身や企業の状況、地域性も関係します。したがって、一律の設定は難しいが、「社内の管理体制や安全問題、管理問題をトータルで見て、ぎりぎりの比率はどこまでかを労使で論議したうえで比率を設定しろ」という指示を出しました。私は20%ぐらいが上限だろうと考えています。一律の設定はしませんでしたが、論議はしました。それまでに非正規労働者の比率の設定をしていた組合は、せいぜい10%くらいしかありません。残り9割の組合は、非正規労働者の比率について論議をしませんでした。今、その議論を拡げているところです。
  非正規労働者の受け入れ等に関わる事前協議についても、10%くらいの組合しか取り組んでいませんでした。これは非正規労働者の受け入れにあたって、どんな仕事に就いてもらうのか、社会保険や処遇はどうなっているのか、についての協議です。労働条件的な部分の協議については、5割ぐらいの組合で取り組んでいましたが、全体を網羅してやっていたのは10%くらいの組合です。
  正社員への登用制度の整備も重要です。期間従業員から正社員への登用の道があります。これをきちんと再構築する。これは約25%の組合でしか取り組んでいません。期間従業員は直接雇用なので、一定の要件を満たしたときには正社員として採用する、という道をもっと拡大する取り組みを進めました。

②非正規労働者の受け入れ体制の整備
  これにはコミュニケーションの向上が重要です。社内ミーティングや親睦会、いろいろな行事に対して、積極的に非正規労働者にも参加を呼びかける。入社後の即退社の防止のために、職場見学や業務内容の詳細な説明、適正評価を受けてやっていける自信をもって職場に入ってもらいたい、と取り組みを進めてきました。

③非正規労働者のモラル・モチベーションの向上
  モラル・モチベーションの向上のために重要なことは、教育の実施です。仕事を通じて(OJT)、あるいは仕事以外の教育(Off-JT)を含めて、自動車会社で働いて資格が取れて、このような職業能力がつきますと明示して、きちんと非正規労働者にやってもらえるような取り組みを進めてきました。
  もう一つは、労働環境の整備です。意識の問題も含めて、正規・非正規という雇用形態はあっても、同じ職場の仲間であるという意識改革を徹底的に進めます。そのなかでチームワークを高めていきます。

4.非正規労働者の問題に対する取り組み~金融経済危機以降

(1)金融経済危機の影響

 上記の表は、自動車産業が2008年秋以降の経済危機で受けた影響を表しています。2009年1~3月は減産のピークでした。生産は半減し、輸出は6割減少しました。在庫削減を急激にしたことが、結果的に非正規の問題を引き起こしたと言われています。なぜ、ここまでの急激な減産をしたのか。一つは、売れないからです。当たり前の話です。もう一つは、あまり表に出ていませんが、あの当時、自動車メーカーによっては資金調達が非常に厳しくなっていました。お金がなければ車はつくれず、開発もできません。
  自動車産業は莫大な資金を必要とする産業です。企業によっては銀行からカネを借りる道が閉ざされ、借りられたとしても金利がべらぼうに上がります。資金上の制約のなかで、車が売れなければ在庫がたまるわけです。管理コストが必要です。いかに在庫を落としてキャッシュを持つか。当時は、現金をいかに確保して、次の車を開発するかが問われていました。その時は生き残れても、自動車会社が存続するためには新車の開発が必要です。新車をつくるのには2年、3年、4年という一定の期間が必要です。2008年秋に在庫削減を徹底してやりました。生産を落とせば当然に勤務上の対応は必要です。
  「すぐに非正規の人たちを解雇した、雇い止めした」と言われましたが、実はそれまでにかなりやれることをやりました。残業や休日出勤の取りやめはもちろん、一時休業もやりました。会社には出社するが、仕事はせずに教育をするという非稼働日も設定しました。さらに、昼と夜の二交替で生産をしていましたが、昼だけにしました。そんなことを徹底的にやることによって、在庫を削減して生産を落としました。結果的にその影響を一番端的に受けたのがまさに非正規の方たちでした。
  様々な稼働対応を行っても縮小が追いつきませんでした。まさに市場が蒸発しました。GMやクライスラーが経営破綻しました。世界中の自動車会社が一気に生産を落とし、その結果として非正規労働者が本来構造的に抱えていた問題がまさに露わになりました。彼らの置かれていた状況がいかに不安定で、セーフティネットも含めていかに不十分であったかが明らかになりました。
  期間従業員の給与はそれなりの水準でした。金融危機以前、残業や休日出勤が多い時は年収300万~400万円くらいでした。自動車産業の期間従業員はどちらかと言うと仕事はきついが給与が良いので、求められてきた部分があります。しかし、期間従業委員の多くが雇用を失うという状況になりました。

(2)明らかになった非正規労働の問題点と社会的批判
  そこで、非正規労働の問題点を改めて整理をすると、一つは職を失うということが即生活の危機に直結するという、きわめて不安定な雇用形態だということが明らかになりました。もう一つは、自動車産業として基本的には法令を遵守した対応を行いましたが、強い社会的批判を受けました。法令遵守については、一部の会社が、契約期間の途中で非正規労働者を解雇して問題を起こしました。自動車総連もその企業に対しては当然その撤回を求めました。基本的には契約が満了したので雇い止めしたというかたちになりましたが、企業の社会的責任について、きわめて強い社会的批判を受けました。これを自動車総連としても真摯に受け止めなければいけないと考えています。
  私自身、今回の問題をきっかけに、正規も非正規も含めて、公正な働き方や良質な雇用とは何か、ということが私たちに問いかけられている、と考えています。リーマンショク以前には、正規労働者にとっては長時間労働、つまりワークライフバランス(仕事と生活の両立)の問題がありました。そして非正規労働者についても、リーマンショック以降の状況は異例かつ異質な状況ではありますが、そのなかで改めて本質的な問題が顕在化した、と捉えるべきだと思います。

(3)自動車総連の対応
  そのなかでの私たちの行った対応と、これからどうすべきかについて、話したいと思います。
  自動車総連としての統一的な対応は企業への要請です。
  1つは、多くの雇用の確保に向けた努力です。雇用問題があれだけ報道されましたが、労働組合からの申し入れで止めている部分もあります。
  2つめは、正社員への登用です。自動車メーカー全体の期間従業員から正社員への登用は、過去3年間で7000人以上です。このことは一切報道されませんでした。
  3つめは、コンプライアンスの遵守です。契約期間中に契約を切って解雇したという事例が現実に出ました。これはまずい、ということで、対応のチェックポイントを指針としてまとめて企業側に申し入れをして、コンプライアンスの遵守を促しました。
  4つめは、雇い止めされた個人への配慮です。そのうちの1つは福利厚生面での配慮です。自動車メーカーの寮や社宅に入って、そこから工場に通っていた方は、退職するとそこを出なければなりません。通常は約1~2週間で出てくださいと言われます。今回は1~2か月間の延長をするように申し入れて、実行させました。また、田舎に帰らなければいけない人への帰郷のための旅費を支給させました。1~2年は働けると本人が予期していたのに、結果的に早く雇い止めになった方については、特別慰労金をプラスして支給しました。なかなか難しかったのですが、就職の斡旋もしました。相談窓口も開設しました。

(4)トヨタ労組の取り組み
  トヨタ労組の取り組みを紹介します。2009年4月以降に緊急雇用対策室を設置しました。他の組合でも緊急雇用対策室的なものを設置したところが多かったのですが、トヨタ労組の場合は期間満了となる期間従業員に対して、職業紹介などの再就職支援を実施しました。無料職業紹介は労働組合でもできるため、トヨタと日産の労働組合がそれぞれ取り組み、近隣の関係企業に就職斡旋をしました。トヨタ労組では、求職した人の7割がほかの企業の正社員に内定しました。労働金庫と提携し奨学金制度を設けて、職業訓練、たとえばフォークリフトの運転やガスの溶接などの資格を取るのに必要な資金を貸し付けるなど、労働組合として職業能力開発の支援も行いました。

5.非正規労働に関する今後の対応指針

 自動車総連としての今後の対応指針は、第一に、雇用の安定のために直接かつ常用雇用が基本であるということです。派遣などの間接雇用ではなく、直接雇用を基本とし、しかも期間を定めない常用雇用が基本であることを改めて明確にしました。第二に、一時的な生産変動への対応を目的とする非正規労働者の受け入れを否定しないが、さまざまな課題への対応を考えたときに、非正規労働者を拡大させ過ぎないことです。受入時のチェックと、正社員への登用をきちんとやることです。いろいろな生産変動はありますが、人に過度に頼りすぎる生産変動から脱却しなければいけません。それは設備能力やさまざまな生産システムの革新によってなされるべきであり、あまりにも人に頼りすぎていたために、このような事態が起こったことを改めて確認しました。
  同じ職場で働く仲間として、相談窓口を設置し、モチベーションの維持・向上に向けた施策について、もっと積極的に対処していきます。そして、派遣などの間接雇用に頼らず、期間従業員などの直接雇用を基本とすべきであることです。
  実はいま、ハイブリッド車などで生産が上がり、人手が足りなくなっています。ふたたび非正規労働者を採用する動きが出ています。いま自動車総連としてはメーカーに対して、「派遣社員の受け入れはだめだ。直接雇用でやってもらいたい。期間従業員でやるべきだ」と徹底しています。今後は、大幅な減産局面においても自動車総連の方針として、企業間の応援や非正規労働者をより重視した対策をとっていきたいと考えています。

6.派遣法改正に対する考え方

 派遣には2種類あります。登録型派遣と常用型派遣です。登録型派遣は、派遣先への派遣期間が派遣元との労働契約の期間と同じです。例えば、日産自動車が派遣会社に「3か月間、人をよこしてください」と言ったら、派遣される労働者との派遣会社との労働契約は3か月間となります。日産の仕事がなくなれば、派遣会社との労働契約も切られて雇用を打ち切られてしまう、これが登録型派遣です。
  一方、常用型派遣の場合、派遣元の派遣会社と派遣労働者は、基本的に期間の定めない労働契約を結んでいます。したがって、日産の仕事がないから来なくて良いと言われても、派遣会社との雇用関係が残っています。一定の雇用保証はあります。しかし、常用型派遣が本当に常用型かというと、短期の契約を繰り返して1年以上雇用されている、あるいはその可能性がある場合も常用とみなされています。本当の常用ではありません。これは極めて大きな問題だと思います。
  それを前提として、2009年1月に自動車総連として、「登録型派遣はもう認めない。やめるべきだ」と表明しました。これは、かなり大きなインパクトがありました。広島で開催された自動車総連の中央委員会の会長挨拶で表明したのですが、直ちに当日の新幹線のテロップで、「自動車総連が登録型派遣禁止表明」と出ました。これは経営側から猛反発をくらいましたが、私たちはこれを撤回する気はありません。登録型派遣はあまりにも不安定です。私たちは「二重の不安定」という言い方をします。登録型派遣は、1つは間接雇用であり、もう1つは短期の契約です。これは派遣先の受け入れ企業や派遣会社が雇用責任を担保できる契約ではありません。どんなに工夫しても、というのが私たちの実感です。登録型派遣はやめるべきだと思います。
  常用型派遣は認めるにしても、本当に常用なのか。短期契約を繰り返して1年以上になれば認められるため、規制を強化しなければいけないと思います。派遣元である派遣会社の雇用責任と、職業訓練やさまざまな雇用安定に向けての対応が必要になるのではないかと思います。
  今、労働政策審議会で、派遣法の改正が民主党や国民新党、社民党の3党合意に基づいて審議されています。登録型派遣や製造業派遣をなくすのは良いのですが、今なくしたら、そこで働いている人の仕事が直ちに失われます。この人たちが他の仕事へ移る移行期間を含めて対応しなければならないと考えています。一定の激変緩和をして、それを条件にやるべきだと思います。
自動車総連は連合に対して、雇用保険や社会保険の適用問題、さまざまな雇用形態に関わる問題の改善に向けて、政策提言をしています。

7.最後に

 もっと介護や農業へ人をシフトすべきだ、という論議があります。これはもちろん本人が希望して、継続的な働き方ができるのであれば非常に望ましいことです。しかし、そのためにはクリアされなければいけない課題があります。1つは介護職の給料が非常に安いことです。日本の平均月給は約30万円くらいですが、介護労働者の平均は20万円を切っています。子供が生まれると、とても介護職は続けられない、とやめる方が非常に多い。介護へシフトするための施策がされていますが、相当に処遇の改善をしないといけません。介護は間違いなく必要で、これから強化しなければいけない雇用の重要な分野です。
  もう1つは、ものづくりの仕事をする人の適性の問題があります。なかには介護で頑張られる方もいっぱいいますが、ものづくりの方はやはりものづくりに戻る方が多いのです。介護の仕事は究極的な対人サービスで、個々の個人、人間とのコミュニケーション、あるいは微妙な機微を理解して、そこで感情的に触れ合いながらサポートする仕事です。ものづくりとはちょっと異質な部分があります。自分はものづくりが好きで、モノを作りあげる喜びや達成感が好きで、ここに来ている、という方もかなりいます。それを大事にしていかなければいけないと思います。
  つぎに契約の変更についてです。自動車の場合、派遣労働者が期間従業員になる例はあまりありません。正規で入社しても、やめようと思ったらいつでもやめられるのに、なぜ非正規のままでいるのかという問題があります。これについて考えられるのは、モチベーションやメーカー自身の問題もあって、企業は非正規の人たちに対して、仕事に興味を持って、いろいろな仕事を経験しながら達成感をもって1つのステップを踏むという、将来に向けての道を示すような仕事の与え方をしていません。その結果、自動車の生産ラインは極めて厳しく、労働密度の高いハードな仕事のため、生産ラインしか見られず、ここで一生働こう、正規になろう、という気になれないのです。先ほどの7000人の正社員化は、かなりの比率で、希望者の多くを正規として受け入れてきたという経過があります。
  しかし今、正規になりたい人は間違いなく増えています。自動車総連としては、この正規登用の道をよりきちんとしたかたちで整備する交渉をやらなければいけないと思います。
ありがとうございました。

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