一橋大学「連合寄付講座」

2009年度“現代労働組合論I”講義録
Ⅰ労働組合とは何か

第14回(7/10)

【論点整理・まとめ(対談)】今、労働組合に求められる役割とは

ゲストスピーカー: 逢見直人(連合副事務局長)
林大樹(一橋大学社会学部教授)
司会:高田一夫(一橋大学社会学部教授)

1.はじめに

【高田】これまで、現代労働組合論Ⅰでは「労働組合とは何か」ということで進めて参りました。今日は論点整理として、「今、労働組合に求められる役割とは」何かということについて、シンポジウムを行います。
  今日は、ご挨拶の後、三つのトピックについて、順にお話をいただきます。最初のトピックは「雇用労働者・労働組合を取り巻く環境の変化をどう捉えるか」ということです。二番目のトピックは「労働組合をめぐる今日的課題は何か」です。これについては、さらに二つに分かれていて、ひとつは「企業別労働組合・産業別労働組合の役割と課題」をどういうふうに考えるか。もうひとつは、「ローカルセンター・ナショナルセンターの役割と課題」です。三番目のトピックは、「直面する課題に対して、連合・労働組合はどう取り組むか」です。これらについてお話いただき、時間が許せば、最後に皆さんと議論をしたいと思います。それでは林先生からお願いします。

【林】最初に逢見さんの紹介をさせていただきます。逢見さんは二重の意味で私の先輩です。ひとつは、同じゼミの先輩でした。また、ボート部でも2年先輩で、大変お世話になりました。
  逢見さんは本学の社会学部を卒業後、当時のゼンセン同盟、今はUIゼンセン同盟という産業別組合に入られて、ずっとその中で活躍されてきました。特に政策関係をご担当されてこられましたが、現場の組織化や交渉などの経験も幅広くされています。その後、ナショナルセンターの連合に行かれて、現在は副事務局長としてご活躍されています。
  今日の流れは、逢見さんがお話をして、それに対して、私からコメントなり質問なりをする形で進めて行きます。よろしくお願いします。

【逢見】皆さんこんにちは。私は本学の出身で、卒業したのは1976年ですから、今から33年前です。私のゼミ教官、津田眞澂先生の労働問題の授業は、この26番教室でやっていました。そういう意味で非常に懐かしい教室でお話をさせてもらうことを、大変光栄に思っています。私は大学卒業後、そのまま労働組合に入って、ずっと33年間こういう仕事をしています。
  今日は夏学期のまとめということで、これまでの講義の内容が1つにうまくまとまればいいなと期待しています。

2.雇用労働者・労働組合を取り巻く環境の変化をどう捉えるか

【高田】では、第1のトピックです。雇用労働者・労働組合を取り巻く環境の変化をどう捉えるかについて、逢見さん、林さんそれぞれにお話いただきます。

【逢見】最初に、配布資料の日経新聞・経済教室の連載記事『ゼミナール』(2009年6月5日)のコピーを見て下さい。ここでは労働組合をテーマに、「労働組合の存在感が希薄化している。背景には雇用者に占める組合員の割合を示す組織率の低下と『春闘』の形骸化がある」と書いてあります。組織率の低下と春闘の形骸化が、労働組合の存在感の希薄化とどのように結びつくのか、あるいは本当に希薄なのかどうかについて、話していきたいと思います。
  まず、記事に指摘された2つの問題、「組織率の低下」と「春闘の形骸化」には、取り巻く環境の変化ということが絡んでいるので、それを事実で追ってみていきます。
  最初に「組織率の低下」についてです。組織率は、最大の頃は50%を越えた時代がありましたが、2008年で18.1%です。確かに組織率はずっと低下傾向にあります。一方、組合員数は、2008年では1,006万5,000人です。ピーク時は1,200万人強ですから、減ったとしても約200万人です。しかし、雇用者数は増えていて、今5,565万人です。働いている人の約85%は雇用者で、日本は先進国の中でも世界に冠たる雇用社会、つまり就労者に占める雇用者比率が非常に高いという特徴があります。この雇用者の中で、非正規の割合が非常に高くなっているのですが、その非正規の組合員化になかなか手が回らない。あるいは、産業構造の変化に手が回らずに、雇用者は増えているのですが、組合員数は増えていないという課題があります。ただ、組織率の低下は、この辺りでだいたい歯止めがかかったのではないかと思います。ここ数年、組合員数は1,000万人台をキープしています。
  パートタイム労働者の推定組織率は、2003年の3%から2008年の5%へと着実に増えています。組合員数は61万6,000人とまだ低いですが、組織化の努力が結果として表れています。
  もうひとつ「春闘の形骸化」についてです。春闘とは、年に一度、労働者が一斉に賃上げ要求をする闘争で、要求するのはベース・アップです。ベース・アップというのは和製英語です。この場合「ベース」は、だいたい組合員の平均賃金を基礎にして、その基礎に対して一律何%「アップ」しろ、という要求をして実現していくのがベース・アップ、ベアともいいます。
  そういう仕組みを1955年に作って、それを春闘方式と呼んでやってきました。これは、経済が高度成長の時代は一律何%賃上げということでよかったのですが、経済が成熟して低成長になると、一律に上げるということがだんだん困難になってきます。今年の春の賃上げ集計結果からもそれがわかります。今は春闘をどういうふうにやっているかというと、例えば、賃金引き上げでは、①「個別賃金方式」と、②「平均賃金方式」があります。
  ①個別賃金方式というのは、賃金体系のある1点の年齢ポイントの賃上げを決め、それに応じて全体をならしていけば、配分が決まるというやり方です。35歳とか30歳のポイントのところで、いくら上げるかという交渉をして、あとは自動的に他のところにも分散してやっていくという方法です。これにはさらに「A方式」と「B方式」があります。A方式は純粋に引き上げ額で交渉しますが、B方式は、1年1歳という賃金カーブ維持分(いわゆる定期昇給相当分)も含めてやる交渉方式です。例えば、35歳A方式、30歳A方式、35歳B方式、30歳B方式と、それぞれ交渉の仕方が違います。
  ②平均賃金方式は、組合員の平均賃金をいくらにして、それに対して一律いくら引き上げるかというやり方です。
  例えば、A方式35歳600円、30歳700円、これは、去年の35歳と今年の35歳、去年の30歳と今年の30歳でそれぞれ600円と700円上がっているということです。定昇も含めるB方式では約6,000円上がっています。
  平均方式では、2009年の引上げ率は1.69%です。2008年に比べると確かに引き上げ率は下がりましたが、賃金は上がっている。労働条件の維持向上という点でいえば、こういう厳しい不況の中でも、しっかり取れている所は取れているのです。
  ですから、「春闘の形骸化」といっても、中身を詳細にみて何が形骸化なのか、きちんと考えていかないといけません。高度成長期の春闘と比べれば確かに賃上げ率は下がっていますが、より緻密な賃金の交渉方式になっているといえると思います。

【林】私も、「組織率の低下」と「春闘の形骸化」と、それだけをもって、労働組合の存在感が希薄化しているとは言えないと思います。春闘というのは大変よくできたシステムで、それはいまでも維持されていて、こういうご時世でも春闘の賃上げは行われているのです。
  ただ、春闘の社会的影響力が低下しているとは言えるのではないでしょうか。以前は春闘の賃上げ相場が決まるとそれが大企業、さらには中小企業へと次々に波及する。それがさらに、かつては米価、すなわち農民への報酬にも影響しましたし、最低賃金にも波及するということで、春闘の社会的影響力は格段にあったと思います。また、それが労働組合の存在価値にもつながっていたと思うのですが、そのあたりはどうでしょうか。

【逢見】それは確かにあります。春闘の波及メカニズムは、まず大企業の中のパターン・セッターがあって、そこが最初に賃金相場を決めます。昔はそれが鉄鋼でした。今は自動車で、自動車の中でも最大のトヨタに移っています。その次に、電機、鉄鋼、造船などの同時要求で同日一斉回答する金属グループあって、そこがパターン・セッターとほぼ同じ時間帯に賃上げを決めて、そして他の産業に波及していきます。
  このように、国際競争を受けている民間産業がパターン・セッターの役割を果たして、その次に電力、情報通信、私鉄とかの公益企業、それから地域の中小企業に波及していく。中小企業の経営者もそのときの春闘相場を意識して決めていく。また、公務員の人事院勧告、未組織労働者、さらに最低賃金に波及します。
  そうやって全体に波及していきますが、最初の上げ幅が以前より小さくなることにより、波及効果が下にいくにつれて、徐々に上げ幅が小さくなってしまい、結果として、最低賃金の引き上げが非常に少なくなり、先進国の中でも最低水準だという課題があります。
  また、見える・見えないということでいえば、以前は、春闘は見えたのです。それはストライキがあったからです。国鉄、いまのJRや私鉄がまとまってストをやりました。ストライキがあると、通勤通学等に影響があるので、いやがうえでも国民の中に見えたわけです。今はそれがなくなってしまったこと、なくなったことは別に悪いことではないですが、そういう意味で春闘が見えなくなっているということはあります。しかし、だからといって、それが直ちに労働組合の希薄化につながることではないと思います。

3.労働組合をめぐる今日的課題は何か①:企業別労働組合と産業別労働組合の役割と課題

【高田】社会経済の変化に伴って、労働組合のあり方も変わってきたというお話をしていただきました。では、そうした環境の変化の中で、労働組合が今日的課題として、どういうものに取り組んでいったらいいのかということについてお話いただきたいと思います。
  まず、企業別組合、産業別労働組合の役割と課題について、逢見さんからお願いします。

【逢見】日本の労働組合の大半は企業別組合であるということは、これまでの講義でも話されたと思います。企業別組合の役割は、自分たちが抱えている企業別組合の組合員の雇用と労働条件を守っていく、向上させていくということです。この企業別組合は、ステレオタイプ化した定義でいうと、正規常用雇用のみを組合員にしています。最近は、非正規にも広げているところがあるのですが、全体としてはまだ少数ですので、雇用構造が変化している中、正規従業員のことしか守っていないのではないか、という指摘があります。
  この10年間、1997年と2008年を比べると、正社員数は3,812万人から3,385万人に減り、逆に非正規の人たちが増えています。所得構造も変化しており、2007年に300万円以下で暮らしている人が1,751万人、200万円以下の人が1,032万人と、いずれも10年前より大幅に増えています。
  これらパートタイマーに代表される非正規は、従来は、家庭の主婦などが家計補助的に働いているというものでした。ですから、その人が仮に年収200万とか300万でも、それで家計を維持しているわけではないので、それ自体が所得問題として認識されることはあまりなかったのです。しかしこの10年の変化の中で、例えば、若者でフリーターのように暮らしているなど、それで生計を立てる人たちが出てきました。皆さんの中にも、時給1,000円でアルバイトする人はいると思いますが、それしか収入源がないと、年間2,000時間働いても年収200万円にしかなりません。これでは生計を維持するには足りない。非正規社員が増えてくる中で、実際にこうした低所得者が増えています。
  厚生労働省が「賃金構造基本統計調査」をもとに推計を行った、正社員と非正規の賃金カーブのグラフがあります。これによれば、20代ではあまり差がないですが、30代、40代になるにしたがって、所得の格差は増えていきます。ですから、学生時代にアルバイトとして時給1,000円の職場にいるのは構わないけれども、30代、40代になってもそういうところから抜け出せないという場合には、非常に大きな格差が出てきます。こういう問題を企業別組合と産業別組合、ナショナルセンターが、どのようにして解決していかなければならないのか、ということがあると思います。
  企業別組合は自分たちが抱えている組合員の生活や雇用を守るということが基本ですから、こういう人たちが組合に入っていなければ守りようがありません。一方、産業別組合やナショナルセンターは、そういう人たちを含めて働く人すべての問題を探っていかなければいけないわけです。
  所得の格差、低所得者が増えていることと加えて、所得再分配の低下ということがあります。平均的な所得の半分以下で暮らしている人の割合のことを、相対的貧困率と言いますが、この値が、日本は市場所得で16.5%、再分配後も13.5%と、他の先進国に比べてきわめて高くなっています。問題は、再分配後でもなお貧困率が高いということです。
  これはどこに原因があるかというと、税と社会保険料の取り方に問題があります。特に税です。税には所得再分配機能があって、担税力のある人から多くとって、低所得の人からはあまりとらない。しかし、税を財源にして行う給付の中には、生活保護のように低所得の人に配分するものがあるので、再分配後は格差が縮むはずなのですが、日本はそうなっていない。これは政策的にずっと税の所得再分配機能を低下させてきたことによるものです。意図的に税率をフラット化させてきたからです。
  こういうことについて、「税制に問題がある。だから税制を直せ」というのは、ナショナルセンターの仕事です。政府に対して、政策の転換を求めていくという役割を持っています。労働組合が支援する議員などを通じて発言する。あるいは政府のいろんな会議などで発言し、問題の是正、改善をやってきています。
  それから、セーフティ・ネットという問題があります。今年3月にILOが発表した「失業保険の給付を受けていない失業者の率と数」という資料があります。2008年12月時点の各国データをみると、日本がブラジル、中国に次いでなんと3番目に、失業保険の給付を受けていない失業者の率と数が高いということが明らかになりました。
  年越し派遣村の様子を皆さんもテレビなどで見たと思いますが、たとえば、ああいう派遣切りにあった人たちが、普通だったら失業した段階で失業給付を受けられるはずなのに、受ける資格のない人たちがたくさんいました。多くは短期間の就労で、当時の雇用保険法では1年以上就労しているか、あるいは1年以上就労する見込みがないと雇用保険に入れなかったのです。そのように、失業しても給付が受けられないという問題があったので、雇用保険法を改正して、「1年以上」という要件を「半年以上」に短縮したのですが、そういう問題に対応するのも、ナショナルセンターの役割です。
  こういう人たちのほとんどは組合員ではありません。しかし、組合員ではないから、労働組合はそういう人たちのことを放っておいていい、ということにはならないので、ナショナルセンターの役割として、全ての働いている人たちのために何をやるかということを考えているわけです。
  また、主要国の最低賃金の比較があります。2006年の値で、日本はイギリス、フランスと比べてきわめて低いです。アメリカは、この当時はまだ日本と同じくらいでしたが、その年の中間選挙で民主党が共和党に勝ち、その時の公約で、当時5ドル18セントだった最低賃金を、7ドル25セントに3年で引き上げると決めました。そうなると、日本は他の3ヵ国に比べて格段に低くなります。そこで、それまで1年に数円程度だった最低賃金の引き上げを、2007年、08年は全国平均で14円、16円と2年で30円上げました。東京は2年で47円上がりました。しかしそれでもまだ低いので、これを5年程度かけて引き上げていこうということで、政府と協議しています。これもナショナルセンターの仕事です。
  このように企業別組合、産業別組合、それぞれの役割分担があります。

【林】先週この授業で、UIゼンセン同盟傘下の山田紡績の整理解雇反対闘争のDVDを学生と一緒に見ました。ビデオの中で2カ所、逢見さんご自身が登場されていました。1つは事務所のようなところで、あれだけ大勢の原告団の団結を保ちつつ裁判闘争するのは大変だということを、客観的に振り返っていた場面。もう1つは鉢巻きを巻いて「闘うぞ!」という感じで演説されている場面がありました。その時の経緯を教えて頂けますか。

【逢見】企業の倒産問題が起きたとき、企業別組合だけではとても対応できません。ほとんどの人は倒産が初めての経験で、その時どうしていいかわからないという状況に陥ります。そこで、産別に倒産問題専門の担当者がいて、どう対応したらいいかサポートします。特に90年代から2000年代の前半、「失われた10年」といわれた頃、長期のデフレ不況の時代に多くの企業が民事再生、会社更生という局面にあいました。
  私がいた産業別組合のゼンセン同盟は、繊維と流通産業が中心でしたが、例えばマイカル、長崎屋。倒産ではないですが、産業再生機構の中で企業の再生を図ったという意味では、ダイエー、カネボウがあります。私は、当時そういう問題を専門に担当していました。
  その中の1つが山田紡績で、2000年10月に民事再生の申し立てをしました。地場をもつ中小企業の場合は、地元にだいたい対策を任せます。最初はゼンセン同盟愛知県支部が担当していましたが、年末になって交渉が進まなくなり、会社側がついに解雇を言い渡します。会社の会長が、解雇通知を食堂に置いて「皆さん勝手に持って行ってください」というやり方をしたので、「やり方がひどいじゃないか」と組合員が怒ったのです。また、あそこには就学生で、働きながら短大に通って、資格をとって保育園の保育士になることを目的に九州から働きに来ている人たちがいました。しかし、彼女たちが3月に卒業するとわかっていたにもかかわらず、年末で寮から追い出す、電気も止めるということをしました。そこで、これはもう交渉や話し合いでは解決できないということになり、年末に争議に入りました。その時ゼンセン同盟本部も入ってくれと要請を受けて行くことにしていたのですが、年末年始は、彼らだけでずっと立て籠もり、炊き出しをやっていました。
  年明けの1月10日過ぎに、地域の労働組合を全部集めて、決起集会をやりました。私が鉢巻きを巻いて演説したのはその時です。寒い日で風がビュービュー吹いていました。そのときから全面的な争議行動に入るということで、私は対策委員長として演説をしたのです。
  そういう行動をしながら、一方で、法廷闘争、裁判に切り替えていこうという判断をします。裁判に入ってからは、我われの主張をいかにうまくまとめて裁判官に理解してもらえるか、ということがポイントになりました。特に、当時会社は本当に解雇をしなければならない状況だったのかどうか、ということに対して、会社側は「紡績業は将来性がないから事業を継続しても見込みがない」と主張します。それに対して、財務諸表を分析して、廃業するしかなかったのか、それ以外の方向があったのではないかという反論を作って、裁判所に提出しました。そのように、どうやってわれわれの主張を裁判の中にとり入れていくかという理論武装は、弁護士だけではなくて産業別組合の役員も入ってやることがあります。それがあのビデオの経緯でした。皆さんはあまり労働争議を知らない世代だと思いますので、教育材料としても使ってほしいという意味で、あのようなビデオを作りました。

4.労働組合をめぐる今日的課題は何か②:ローカルセンターとナショナルセンターの役割と課題

【林】6月29日の本講義で、長谷川裕子さんから、労働法制に、労働組合はどう取り組んでいるかということで、大変力強いお話を聞きました。ちょうどその日は、国会で派遣法の改正案を民主党、社民党、国民新党3党の共同案として提出したということでした。連合念願の改正案が出せたということで、長谷川さんは大変に達成感をもたれて話をされていました。その後、国会で派遣法改正案がどうなっているか、聞かせていただけますか。

【逢見】今国会の会期は7月28日までなのですが、わかっているのは、7月13日に、臓器移植法案の採決を参議院ですることが決まっているだけです。そこから先は全く不透明です。衆議院が解散するかもしれないし、麻生総理が辞めるかもしれないし、どうなるかわからないというところです。そういう意味では、派遣法は、今後の審議予定は全然立っていないので、今の国会では成立しません。国会が解散すると、国会にかかっている法案はすべて廃案になってしまいます。しかし、それではこの段階での法案提出全く無意味かというとそんなことはなくて、総選挙があって新しい議席が決まる。政権交代があるかもしれない。そういう中で次の政府、内閣が、派遣法をどうするかということをやらなければいけない。これは政党のマニフェストにも書かれますから、次の国会で当然やらなければいけない課題の1つになると思います。
  労働者派遣法について少し説明しますと、普通、雇用関係というのは使用者と指揮命令する人が一緒です。つまり、誰かに雇われて、その雇われた人のもとで、指揮命令を受けて働くというのが普通の雇用形態です。ところが、派遣の場合は、雇われている人と自分が指揮命令を受けて働くところが違うという働き方です。それを認めているのが派遣法で、そういう意味では、非常に例外的な働き方です。ただ、経済・社会環境の変化の中でそういう働き方が必要だと、あるいは雇用のミスマッチを解消するために必要だという観点で、85年に成立し、86年から施行されました。最初は非常に限定的に、専門的な業務に限って認めていたのが、労働市場の規制緩和という流れの中で、99年にはごく限られた業種を除いて、派遣できる範囲がものすごく広がりました。2004年からは、製造業にも派遣を認めるようになりました。
  そういう中で、派遣をめぐるいろんな問題が起こってきました。派遣切りで仕事を失うだけでなく住まいも失う人がでてきたとか、偽装派遣などが多発し、法令違反企業が見受けられるなど、いろんな問題点が出てきて、これを振り子でいうと、あちらに振れていたものをこちらへ振り戻すというのが今回の改正案です。あとはどのぐらいのエネルギーで振り戻すかということです。
  初めて方向が変わった、振り戻す方向になったということ、民主、社民、国民新党の中で案がまとまったということで、基本的にはその方向は変わらないと思います。ただ、どこまで派遣という働き方を認めていくかということについては、まだまだ議論すべき点があります。派遣イコール全部悪だということではないので、やはり派遣が必要な働き方もあるし、それを必要としている事業体、経営者もいるわけです。それらをきちんと勘案しながら、新しい改正案を作っていかなければいけないということだと思います。

【林】ナショナルセンターの役割課題について、もう少しありますでしょうか。

【逢見】連合には、もう1つ、地方組織というのがあります。47都道府県に地方連合会があります。地方組織の役割は、1つは、それぞれの産業別組合のもつ地方組織の間の連絡調整と、もう1つは、相談対応です。いろんなことで困っている人の電話相談などを受けたり、個別労働紛争の解決という役割があります。
  労働紛争には「個別紛争」と「集団紛争」と2種類あります。集団紛争は労働組合と経営者の間で起こる紛争です。もうひとつ、労働者1人ひとりと会社の間で起こる紛争があって、それを個別紛争といいます。
  地方労働局に来ている相談件数は、今は100万件を超えています。そのうち民事上の個別労働紛争が23万6,000件です。個別労働紛争の相談の内訳では、一番多いのが「解雇」、次に「退職勧奨」「出向・配置転換」「雇止め」「労働条件の引下げ」などです。やはり、労働組合がないところで、こういう問題が多く起きています。
  これらの紛争解決の仕方として、行政が窓口になって、労働局が相談にのって解決する仕組みがあります。また労働委員会という組織があって、そこに持ち込んで解決する方法もあります。ただし、労働委員会に持ち込むのは基本的に集団紛争です。1人でも入れる労働組合というのがあるので、そういう個人加盟の組合に加盟してから労働委員会に持ち込むという形をとれば、形式的には集団紛争でありながら、事実上個別紛争を解決することができます。
  もうひとつ、司法の場、裁判で解決する方法があります。以前は、訴訟しか方法がなかったのですが、訴訟だと弁護士を立てて訴状を作ってもらって訴える、そして判決をもらうまで何年も時間がかかる。というと、なかなか敷居が高くてできないという状況でした。そこで、それを解決するために労働審判制度というものを作りました。裁判官だけではなく、そこに労働組合、あるいは使用者から推薦された人も労働審判員として入って解決するという仕組みです。労働審判は、各地方裁判所にあります。ここで迅速に解決する。ほぼ3ヵ月以内で解決する仕組みになっていて、費用もあまりかかりません。
  私も東京地裁の労働審判員をしていますが、労働審判事件の新受件数は年々増加しており、2009年はたぶん3000件を超えるだろうといわれています。こういうところで、多くのローカルセンターの役員が今まで培ってきた知識や経験を生かして、労働審判員として、個別労働紛争解決に当たっています。このように、地方組織には、企業の中で解決できない労働紛争を司法の場で解決する、そのための手伝いをするという役割も担っています。これは労働組合のもつ1つの社会的な役割といっていいと思います。

5.直面する課題に対して、連合・労働組合はどう取り組むか

【高田】労働組合が、企業別、産業別、さらにそれを超えたローカルセンター、ナショナルセンターと、各レベルでどのような行動をしてきたかということの一端をお話していただきました。非常に地味な活動で、あまり報道されることもないので、皆さんの目に触れたりすることは少ないと思いますが、いろいろやっていますというのが逢見さんのメッセージだったと思います。それでは、3番目のトピックに移ります。現在、直面する課題につきまして、連合・労働組合はどう取り組むか、ということに関して、逢見さんからお話頂きたいと思います。

【逢見】100年に一度かどうかは別にして、今度のリーマンショック以降、世界中が景気の落ち込みにあったわけですが、日本は特に実体経済への影響が非常に大きかったのです。実体経済への影響は、例えば「現金給与総額の推移」を見て頂ければ分かると思います。
  賃金には、所定内給与と所定外給与があります。所定内給与は基本賃金プラス手当(生活手当とか勤務関係の手当が中心)です。一方、所定外給与は、時間外、いわゆる残業や休日出勤したときにもらう手当のことをいいます。
  現金給与総額は、2008年第2四半期以降ずっと、所定外給与が大幅に下がっています。家計という点で見ると、所定内も外も含めた手取り賃金がこの1年弱でどんどん減ってきている。特に、残業がなくなったことによって、家計は相当影響を受けています。
  また、製造業と非製造業それぞれの「経常利益率の推移」からも、実体経済への影響が分かります。製造業は非製造業に比べて、2008年秋以降ものすごい急ピッチで落ち込んでいます。つまり、今度の不況は、製造業に大変大きな影響を与えました。こんな急坂を転げ落ちるような下がり方というのは我われも経験したことがない。私は1970年代の第一次オイルショック、日本が初めてゼロ成長を経験した頃に、大学を卒業して社会人になりました。その頃も不況でしたが、今回は、その頃でもなかったくらい非常に激しい落ち込みです。今まで日本が経験したことのない落ち込みを味わったということだと思います。
  2009年版『労働経済白書』の中で、名目国内総生産に対する「雇用弾性値と賃金弾性値」を分析しています。90年代後半と2000年代初頭と今回と、それぞれ不況の時期で、賃金弾性値と雇用弾性値がどう違ったかを示しています。例えば景気の指標が「1」落ち込んだときに、雇用を減らすか、賃金を減らすか、どういう対応をとるかということで、弾性値が大きければ大きいほど、落ち込みが高くなります。
  過去は、景気後退期において、雇用弾性値が0.31とか0.36とか結構高かったのです。今回はまだ不況が始まったばかりでいつ終わるかわからないですが、後退期1年間だけに限ってみると、賃金弾性値だけが高くて、雇用弾性値が低い。これをどう見るのか。
  「雇用調整の実施方法の上昇ポイント」という資料があります。ここでは、景気後退局面において、どういう手段で雇用調整しているかが分かります。伝統的にやられているのは「残業規制」「休日・休暇の増加等」「臨時、パート等の再契約停止・解雇」「配転転換、出向」「希望退職者の募集、解雇」ですが、過去の2回の不況期を見ると、90年代後半は「残業規制」が多くて、あとはそれぞれ同じくらいずつ、「休日・休暇の増加等」は少ないです。2000年代の初頭は「希望退職者の募集、解雇」も結構ありました。
  今回の不況は、「残業規制」がきわめて大きい。先ほど、今回の不況は賃金弾性値が高くて、雇用弾性値が低いということを確認しましたが、「残業規制」とこれをどのように見たらいいのでしょうか。まだ雇用調整が始まっていない。これから本格化する。不況が始まったばかりで本格的な雇用調整はこれからだというふうに見るのか。あるいは過去にかなりリストラをやってもうリストラも限界、これ以上雇用に手をつけるのは限界というところに来てしまっているのではないか、と見ることもできます。
  さらに「労働分配率の推移」を見ると、労働分配率もずっと下がっていたのですが、ここへ来て急速に上がっています。これは何かというと、企業の経常利益率が極端に落ち込む中で、賃金調整をやっているが、賃金調整だけだと労働分配率は上がってしまう。この状態がいつまで続くか、ということがまさにこれから直面する課題です。
  失業率については、2009年4月までの年齢階級別データがありますが、若者の失業率が高いことが分かります。男性15~24歳で4月に9.3%。女性の同年齢層では9.8%です。「求職理由別失業者数の推移」では、非自発的離職が非常に増えています。非自発的というのは、いわば会社の都合で本人は辞めたくないけれども会社側が辞めてくれということで離職を迫られたということです。今後も、雇用・失業問題がさらに深刻化する懸念があります。そこをいかに防ぐかということが課題だと思います。
  さらに、「今後1年間における失業不安」についての連合総研の調査があります。この調査は、不安を感じる割合を属性別に見ています。労働組合加入の有無別にみると、企業規模300人未満で、労働組合に加入しない人の失業不安を感じる比率が非常に高くなっています。全体として組合に入っている人と、入っていない人とでは、入っていない人の不安が高いですが、特に中小企業でそれが顕著に出ています。
  1930年代の世界恐慌のころ、アメリカでやはり大きな失業不安がありましたが、その時に、シドニー・ヒルマンという組合のリーダーが発した「こういう不況の時は労働組合からしがみついて離れるな」という有名な言葉があります。こういうときにやはり労働組合が組合員に対して、失業の不安をどうなくしていくか、組合員の雇用をどう守っていくかが問われるだろうと思います。
  毎年2月に内閣府が行っている「社会意識に関する世論調査」の中の「国民の意識の変化」に関する資料があります。この調査では、「今、悪い方向に向かっているのはどういう分野ですか」という同じ設問を年に1回やっていて、その時々の国民の意識が非常によくわかるデータです。2009年の結果では、「景気」、「雇用・労働条件」の2つがピンと跳ね上がりました。まさに今、国民が感じている不安、特に雇用や労働条件の不安ということに対して、我われはどのように答えていくか。
  「雇用安定・創出の実現に向けた政労使合意」を見て下さい。今年3月23日に政府と経団連、日本商工会議所、全国中小企業団体中央会、そして連合との間で、政労使三者による合意を作りました。ここで、「雇用の安定は社会の安定の基盤であり、我が国における長期雇用システムが人材の育成及び労使関係の安定を図り、企業・経済の成長・発展を支えてきたことを再認識し、雇用の安定に向け最大限の努力を行う必要がある」という認識を、三者合意でつけています。
  この三者合意に基づいて、(別紙)「雇用安定・創出の実現に向けた5つの取組み」として、具体的な取り組み内容について、5項目にわたって確認しています。とりわけ、ここで、雇用調整助成金を大幅に増やすということを、政策決定しました。今およそ200万人が雇用調整助成金を使っているといわれています。これは、企業が仕事はないけれど解雇はしないで雇用を維持するという場合に、企業が賃金を払う代わりにその補填として、雇用保険と政府の財源から、今は9割まで出してくれるというものです。これをやらなければ、たぶん失業率は6%超えているだろうといわれています。今、このようにして、雇用維持のための努力をしているのです。これは、政労使三者の合意に基づいてやっているものであり、労働組合もこの政労使合意、そして政府の政策決定に大きな影響を与えてきました。今の不況をとりあえずそういう形で乗り切ろうということです。
  しかし、いつまでもこういう状態を続けているだけでなく、次に、成長に向けての新たな分野への投資をやっていかなければいけません。そういう成長戦略として、われわれは今、日本版のグリーン・ニューディール政策を、環境とか教育とか、いろんな分野でやろうとしています。雇用創出に向けて、次のステップを踏んでいかなければいけない。
  また、なかなか正規への転換ができない非正規の人たちに対しては、訓練をして、その間の生活保障もしながら次のステップに向けて能力を高めてもらうための給付金も用意しています。景気は底を打ったといわれていますが、雇用は遅行指標なのですぐには戻らない。今後少なくとも1年ぐらいはこういう状態が続くと思います。そういう意味では、これから非常に重要な局面なので、雇用について最大限の努力を払っていく必要があります。

【林】皆さんの中には就活中だったり、あるいはこれから就職活動を控えている人たちがいると思います。今日、逢見さんから出された資料、一番最近の現金給与の動きですとか、経常利益率の推移、特に私もびっくりしましたが、製造業はガクンと落ちているのですが、非製造業はそうでもないのですね。そういうことも含めて、これは皆さんが自分の勤務先を考えるとき非常にポイントになるかもしれないので、こういった資料からよく読み取って頂きたいと思います。それから、逢見さんが提出された「雇用弾性値と賃金弾性値」「雇用調整実施方法の上昇ポイント」「労働分配率の推移」といった資料を見ると、現時点では、雇用調整がまだ本格的には行われていないわけですね。

【逢見】ジワジワと失業率は高まっていますが、2000年代初頭、90年代後半に行われたような雇用調整は、まだ行われていないです。

【林】ということで、雇用調整がこれから来るのか、残業規制はもう行われているので、このあと生首という方向に進むのか、あるいはその手前でなんとか食い止められるのかという瀬戸際かもしれません。そういったことで雇用調整助成金等を使って政府が積極的に雇用政策を進めようとしている、雇用創出を進めている。その基礎になったのが、政労使の合意だったということで、このあたりは労働組合の役割として大変意義のある取り組みをされたのではないかと思います。
  それから、セーフティ・ネットについて、究極のセーフティ・ネットといわれるのは生活保護ですが、その前に労働者の場合は雇用保険がある。ただ日本の場合、先ほどもお話がありましたが、失業しても失業保険が給付されない割合が77%もあるということでした。こういった点についても労働組合が積極的に指摘して取り組みが進められるということでしたが、これは雇用保険法の改正で、少しは前進があったと見ていいでしょうか。

【逢見】はい。今までは1年以上雇う見込みがないと入れなかったのを6ヵ月までは縮めました。

【林】ということで、いろんな前進が見られるということは確かだと思います。セーフティ・ネットというのは公的な制度のことをいうのですが、労働組合の存在自身がセーフティ・ネットになるのではないかと私は考えます。つまり、労働組合は、労働者が決断して自分たちで労働組合を作るとか、労働組合に加盟できるものですから、労働組合を大きくすることで自分たちのセーフティ・ネットを張ることができる、ということを考えました。
  それから、先ほどの政労使合意の文書に、各経営者団体の代表の名前がありますが、特に、日本経団連の御手洗会長は、どちらかといえば、構造改革、規制緩和路線を進めてきたのではないかと思います。旧日経連が、1995年に『新時代の日本的経営』という報告書を出して、構造改革路線に労働市場を流動化させる方向に進んだのではないか、というのが通説となっていますが、私は、95年の文書では、長期雇用を尊重する面をかなり強調していたので、まだあの時点では財界は雇用を大事にするということを意識していたと思うのです。それが御手洗会長になって、どんどん投げ捨てられてきたと思うのですが、今回、このような政労使合意をしたということは、財界も含めて、規制緩和から少し安定の振り子のほうへ向かっているとみていいのでしょうか。

【逢見】政労使合意を作る前に、まず日本経団連と連合との二者合意を作りました。その時に連合として意識したのは、球を投げたときに経団連からどういうふうに返ってくるかということでした。確かに、経団連の中に市場原理主義というか、市場を重視する考え方の人たちもいて、労働市場の自由化、規制緩和をずっと主張していた流れがあったのですが、一方で、長期雇用システムのメリットを認識している人たちもいました。
  そこで、こちらから投げた球は、1つは長期雇用システムの評価と労使関係の安定ということを捨てるのか、捨てないのかということ。もう1つは、雇用の維持を経営のプライオリティとしてどの程度に位置づけているのかということ。この2つを労使の合意として書くのかどうかと投げかけたところ、経団連がそれを書きますと言ってきたので、そういう意味では、意識が少し変わってきたかなという感じがします。特に、昨年秋以降の景気の急速な落ち込みの中で、今回の合意ができたのは価値があると思います。一方で、経済学者の中には、「企業に雇用維持を求めても限界がある。いつまでもできるわけがないでしょう」という人たちもいます。しかし、私は少なくとも経営のプライオリティとして、雇用維持の優先順位を高いほうとして認識することは大事だと思っています。
  アメリカ型の経営というのはemployment at will という、要するに「雇用というのは全く自由だ。いつ首を切ろうとそれは全く自由だ」という考え方に基づいて雇用契約を結んでいます。雇用の維持という考え方は、基本的に持っていません。日本の経営者はそうではなくて、雇用の維持、それが人材の育成につながるということをしっかり認識しているということは、重要なことだと思っています。今回、不況の中でそういう考え方がきちんと合意できたことの意義はあると思います。
  ありがとうございました。

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