一橋大学「連合寄付講座」

2009年度“現代労働組合論I”講義録
Ⅰ労働組合とは何か

第12回(6/26)

連合は労働政策立法へどのように関与したのか
-経済・雇用危機への対応における連合の政策立案・実現運動

ゲストスピーカー: 長谷川裕子(連合総合労働局長)

1.今、何が起きているのか:派遣法改正をめぐって

 連合で総合労働局長をしている長谷川です。今日は、今、何が起きているのかということと、労働者に関する法律に、労働組合がどのように関わって法律を改正したり、新しい法律を作るのか、という話をしたいと思います。
 今朝は、民主党との政策協議に行ってきました。連合は主に民主党と支持関係がありますので、国会開会中は、2週間に1回、民主党と政策協議を行っています。今朝のメインテーマは、労働者派遣法でした。
 労働者派遣法の改正案は、2008年秋の臨時国会に政府案が提案されましたが、未審議のまま継続審議扱いとなり、臨時国会は終わりました。2009年1月に通常国会が開会しましたが、法案審議はされず、そのままになっています。
 ところが、皆さんも2008年末の年越し派遣村の様子をテレビ等で見たと思いますが、派遣労働者が解雇や雇い止めによって家も金もなくなってしまうということで、大きな話題になりました。この問題の諸悪の根元が、労働者派遣法にあると指摘されたわけです。
 しかし国会では、派遣法改正案は審議されない状態が続いていました。なぜかと言うと、今、政治は衆参が逆転しているからです。衆議院は自民党と公明党が多数ですが、参議院は民主党、社民党、国民新党と共産党が多数になっていて、ねじれ現象を起こしているのです。このため、法案が衆議院で与党の賛成多数で可決して参議院に送られても、ここで「ダメなものはダメだ」と否決されます。今回の派遣法がちょうどそのいい例でした。
 改正案では、与党は日雇い派遣の禁止を盛り込みましたが、大きな改正はそれ位でした。それに対して、参議院の野党側は、民主、社民、国民新党、共産党も含めて、「政府案だけでは不十分だ」「問題は登録型派遣にあるのではないか」「製造業派遣を規制すべきだ」と主張しました。民主・社民・国民新党の3党は、対案の内容を議論しましたが、なかなかまとまりませんでした。私自身は、「日雇い派遣の禁止」はマイナス法ではないので、法案を修正して成立させた方がいいのではないか、と個人的に思っていました。しかし、野党協議が優先して、法案審議はできませんでした。
 このため、連合は、3野党共同案をできるだけ早く出してほしいと要請しました。なぜかと言えば、日雇い派遣から撤退しようとしていた派遣会社から、この様子なら日雇い派遣を続けられるかもしれないという動きが、グッドウィルなどで出てきたからです。
 ようやく、先週月曜日に3党協議がまとまり、「製造業派遣の禁止」「一般業務は常用派遣に限る」といった労働者保護や均等待遇なども盛り込んだ民主・社民・国民新党3党の派遣法改正案ができました。そして、今日のお昼に3野党がこの共同法案を提出したというニュースが入りました。これで、派遣法の議論が開始されるだろうと思います。しかし、7月5日に国会解散があるのではないかということで、今国会は非常に落ち着かない状況です。解散になれば、3野党が今日出した法案も、与党の法案もすべて廃案になります。
 この10年間、労働法に対して、製造業派遣の解禁、裁量労働制の導入、有期契約の契約期間延長など、様々な規制緩和がされてきました。労働は柔軟なほうがいい、多様なほうがいいとされてきたわけです。結果として、労働者だけが非常に不利益を被りました。
 しかし、ここ約1年間は国会の勢力図が変わったことによって、労働法の規制緩和にストップがかかっています。それどころか、もっと労働者保護が必要だということで、政府の安心社会実現会議の報告書や骨太方針の中にも、「わが国で重要なのは雇用」とか「労働」という言葉が戻ってきています。労働法がどうなるかは、政治との関係の中で重要であると思います。労働法が生きるのか、だめになるのかは、国民の政治意識にかかっていると言えます。国民が本当に自分たちを守る法律を作ろうと思ったとき、どのように選挙や政治に関わるのかということが非常に重要であると、私はここ1年間特に感じています。
 今日は、ようやく派遣法が労働者保護のための法律になるという見通しが立ったものですから、私はとても期待をしています。野党でまとめた今回の法案をぜひ実現して欲しいと思い、今もテンションが高いので、なんとかそれを下げようと努力しているところです。

2.経済・雇用危機の発生:労働者保護のルール作

 労働法や労働者が生きていくための様々なルールについては、政府案、野党案、その前段の政労使三者構成の審議会、いろんな段階で労働組合の役割があります。今日は、その役割についてお話しをしながら、皆さんにも労働法に対する関心を強めて欲しいと思います。
 直近で成立した改正雇用保険法について話しながら、雇用のセーフティネットとは何かということと、労働組合がどのように法律の成立に関与したのかについて、お話しします。
 2008年9月のリーマンショック以降、景気が非常に悪化して、労働者をめぐる雇用・失業状況は本当に厳しくなっています。例えば、派遣労働者は派遣切りされました。期間を定めて雇用契約をしている人たちは雇い止めされました。ある日突然「景気が悪くなったから、明日から解雇です」「もう来なくていい」ということが起こったわけです。派遣労働者や有期契約労働者は社宅に入っていましたが、同時にその社宅からも出て行けと言われました。なぜこんなことがわが国で起きるのだろう、というようなことが、2008年10月に起きました。連合の47ある地方組織のひとつである連合静岡が、派遣切りの労働相談を受け、どうしたらいいのかと問い合わせてきたのが、最初でした。そのうちに、福岡や埼玉からも連絡が来て、「何か大変なことが起きている」と言っているときに、新聞やテレビで派遣切りを報道し始めました。
 解雇や雇い止めなどで失業したとき、日本には雇用保険という制度があります。労働者は雇用保険に入っていれば、失業したときに次の仕事が見つかるまで、一定の間失業給付を受けられます。しかし、仕事を失った非正規労働者は、失業給付を受けられませんでした。彼らは雇用保険に入っていなかったのです。雇用保険に入っていなければ、失業時に給付も受けられませんし、次の能力開発訓練も受けられません。
 私は2008年12月31日に年越し派遣村で労働相談をしましたが、本当に悲惨な状況でした。若い30代の人が派遣切りにあって、住むところも仕事もない。そのうえ、雇用保険に入っていなくて、失業給付も受けられない、健康保険にも入っていない労働者がたくさんいたという事実です。このような惨憺たる状況が、年越し派遣村で明らかになりました。
 こうした事態に、連合は、何をすれば一番いいのか検討して、政府に政策要求をしようと、急いでいろんな政策をとりまとめました。

3.連合の政策対応

 連合は政府に対して、家を失った労働者に対する住宅の提供や雇用保険に入っていない労働者に対する貸付制度の創設、失業した労働者に対して次の仕事が見つかるまでの能力開発訓練の実施などを求めて要請書を出しました。11月13日に厚生労働大臣に要請、12月4日には高木会長と麻生総理大臣が会って第二次補正予算に対する政策要請をしました。
 それから、扶助制度の創設です。日本のセーフティネットは、一番上に雇用保険があって、2番目が何もなくて、3番目に生活保護でした。ヨーロッパの場合は、2番目のところに扶助制度を持っているのですが、日本はこれがありません。扶助制度とは、生活に必要な生活給付に能力開発訓練を組ませて、再就職支援をして新しい仕事に就かせるという制度です。これは雇用保険未加入者が対象です。日本では、雇用保険に入っていない人たちには、今は生活保護しかないのです。
 連合は、このような扶助制度を創設すべきだとこれまでも政府に要請してきましたが、実現しませんでした。そこで、私は経団連に「今回の派遣切りとか期間工の雇い止めは、使用者の責任が重大でしょう。あなた方が雇用の柔軟化を進めてきたわけで、これをどう責任をとるのですか。雇用保険にも入っていないのですよ」、と持ちかけました。
   この結果、今回の雇用危機に対して、経団連は今までと違う対応をしました。今まで扶助制度は要らないといっていた経団連がいち早くこれに乗って、労使合意の中に盛り込まれました。2つ目に雇用創出をしようということが入り、2009年1月15日に連合と経団連の「雇用安定・創出に向けた共同宣言」ができました。
 その後、連合の古賀事務局長が各所に要請に行ったり、参議院予算委員会で参考人として意見陳述をしたことにより、2009年度予算の第一次補正予算でこの第2のセーフティネットができました。しかし、準備が間に合っておらず、実施は8月からです。
 今回の政府案は、対象者に生活資金を月10万円給付し、あわせて能力開発を行うというものです。しかし、東京で単身者が生活するには、最低15万円が必要と言われています。10万円ではアパートを借りられないので、あと5万円を貸し付けにして、「10プラス5」にするというものです。
 3月25日には、総理大臣と、日本経団連・日本商工会議所・全国中小企業団体中央会と、連合の三者で、政労使合意(「雇用安定・創出の実現に向けた政労使合意」)も行いました。
 派遣労働者は、ほとんどが組合員ではありません。つまり、連合のメンバーではありません。しかし、地方連合会が労働相談を受けてこの大変な事態に気づき、連合本部にいろんな要請をしてきたことから、今述べてきたような対策を打つことになりました。

4.改正雇用保険法への対応

 今回の緊急雇用対策に並行して、雇用保険制度の不十分な点について再整理が必要だということで、雇用保険法の見直しも行いました。
 雇用保険は、加入時に様々な要件があります。しかし、それらは長期安定雇用の正規労働者のためのものでした。日本には、終身雇用・長期安定雇用の正社員のためのセーフティネットはありましたが、非正規労働者についてのセーフティネットはほとんど整備されておらず、その決定打が雇用保険制度でした。
 雇用保険は、失業時に給付される「失業等給付」が基本です。この中に「求職者給付」があります。そのほかに「教育訓練給付」、早期に再就職した人に給付する「就職促進給付」があります。「雇用継続給付」は、60歳以上の高齢者を雇っている場合などに給付するものです。育児・介護休業をとったときの「育児休業給付」「介護休業給付」もあります。

<雇用保険制度の概要>

雇用保険 失業等給付 求職者給付 一般求職者給付
高年齢求職者給付
短期雇用特例求職者給付
日雇労働求職者給付
就職促進給付 就業促進手当
教育訓練給付 教育訓練給付
雇用継続給付 高年齢雇用継続給付
育児休業給付
介護休業給付
二事業

○給付日数(離職理由が倒産・解雇等の場合)

被保険者期間
離職時年齢
1年未満 1年以上
5年未満
5年以上
10年未満
10年以上
20年未満
20年以上
30歳未満 90日 90日 120日 180日
30歳以上35歳未満 90日 180日 210日 240日
35歳以上45歳未満 90日 180日 240日 270日
45歳以上60歳未満 180日 240日 270日 330日
60歳以上65歳未満 150日 180日 210日 240日

○給付日数(離職理由が自己都合・定年等の場合

被保険者期間
離職時年齢
1年未満 1年以上
5年未満
5年以上
10年未満
10年以上
20年未満
20年以上
全年齢 90日 90日 120日 150日

 求職者給付の給付日数は、被保険者期間が1年未満の時は90日です。現在は、1度失業したら再就職まで6ヵ月程度かかりますので、90日では短いだろうと考えています。給付日数は年齢と勤続年数によって決められていますが、本当にこの日数で妥当なのか、議論が必要だと思います。
 給付日数は、離職理由が倒産・解雇の時(会社都合)と、自己都合の時で異なります。自己都合とは、自分で勝手に辞めるときで、その場合の給付日数は少ないです。倒産・解雇の場合は会社都合といって、会社が首を切ったりするわけですので、給付日数は多くなっています。
 雇用保険制度に対する連合の基本的な考えは、現在の制度はセーフティネットとして十分に機能していないので、もっと拡充を図るべきだというスタンスです。
 給付については、現行では、自己都合退職の場合、被保険者期間が1年以上でなければ給付されませんが、これを6ヵ月で受給可能にすべきと考えています。
 適用範囲については、「1年以上の雇用見込み」という加入要件を見直す必要があります。非正規の人が雇用保険の適用を受けられなかったのは、この加入要件があったからです。すぐ辞める人に保険をかけても仕方がない、という企業の論理で、非正規の人たちについては、保険がかけられていなかったのです。
 実はこの要件は、法律には記載されておらず、通達で出ていたので、みんなよくわからなかったというのが特徴です。いずれにせよ「1年以上の雇用見込み」を「6ヵ月の雇用見込み」にすれば、非正規の人たちも雇用保険に入ることができる。したがって、加入要件や給付要件をもっと緩和すべきだという考え方で、審議会に対応しました。
 結果的には、この考え方で審議会答申がまとめられたのですが、法案が国会に提出されてから、民主党はそれでも足りないと言いました。民主党は、労働者になったらみんな雇用保険に入れるべきだという考えでした。これに対して、政府や与党は、事務が煩雑になるので一定のルールは必要ではないかという意見で、ここは今でも議論のあるところです。
 とにかく、加入要件を「1年の雇用見込み」を「6ヵ月の雇用見込み」にするというのが、今回の法改正でできたところです。
 もうひとつ、雇用保険制度には「二事業」があります。雇用保険は、基本的に労働者と使用者が費用を折半して負担して、国庫からも負担するという制度です。しかし、この二事業については、使用者だけが負担しています。
 現在、日本の失業率が6%に止まっているのは、この二事業を使った雇用調整助成金(雇調金)があるからです。例えば、現在自動車産業では、通常は週に月~金を働くところを、金曜日を休業日にして、金土日と休ませています。no work no payの原則から休業日の金曜日分は賃金を払わないということになるのですが、使用者の都合により休業するときには、60%は賃金補償しなければなりません。このため、操業短縮や操業停止のときに、事業主は雇調金の助成を受けて、それを休業分の賃金に充てることで、雇用を維持しています。また、他の企業に労働者を出向させる場合にも、その賃金の一部補填として雇調金を使うというやり方をしています。
 今日、雇調金はこれまでにない規模の支出になっています。つまり、雇調金があるから、正規労働者の雇用が比較的維持できていると言われています。しかし、非正規労働者は、当初、この雇調金の適用からも漏れていました。今は、非正規労働者にも適用されるようになりましたが、ことごとく雇用保険は正規労働者のためでしかなかったということが明らかになりました。

5.労働政策審議会(雇用保険部会)における労使の主張

 労働政策審議会の雇用保険部会で、労使がどういう主張をしたか、みてみましょう。
 例えば、労働者側は、失業前2年間の被保険者期間が12か月未満の労働者は、失業給付を受け取れないはおかしい、と主張しました。さらに、倒産・解雇の場合は、1年間に6ヵ月加入していれば給付が受けられるようにすべきである、給付日数が退職理由によって区分されているのはおかしい、非正規労働者の雇い止めは、会社都合にすべきである、給付日数は180日に引き上げるべきである、という意見を述べました。
 また、失業給付の給付水準は離職前賃金の5~8割ですが、給付日額の上限が7,700円と設定されているので、結果的には少ないと言われています。これも見直すべきだということ、それから、扶助制度、第二のセーフティネットをつくるべきであるということも言っています。
 使用者側が主張したのは、セーフティネットの拡充は必要だが、必ずモラルハザードが起きるので、それについて対応すべきである、ということでした。あとは、ほぼ労働側の意見を受け入れたというのが、今回の雇用保険法改正の議論の特徴です。使用者側が、今回比較的おとなしかったのは、やはり自分たちを反省したのだと思います。
 しかし、使用者側の要望で、雇用保険料率は1年間だけ下がることになりました。来年4月からは、また元に戻すことになっています。
 このようにして、雇用保険法の改正案は審議会を通りました。その後、国会に行ってから、政府案に対して、民主党が修正をかけました。修正意見は「雇い止めの場合は原則として特定受給資格者にする」「施行日を前倒しにすべき」「雇用保険料率の引き下げは行わない」というものでした。結果的には、施行日を3月31日に前倒しするということのみ、法案は修正されました。

6.法改正への対応:労働法の成立過程

<労働法成立過程>
審議会(労働政策審議会・公労使の三者構成)→ 審議会報告 → 法案要綱・審議 → 法律案(閣議決定)→ 国会上程 → 法案審議(衆・参厚生労働委員会) → 本会議採決・成立 → 審議会での政令・省令審議 → 施行

 労働法関係は、必ず三者構成の審議会で議論されます。これは、ILO条約の中で、労働法関係については、労働者の代表と使用者と政府の三者で話し合いをしなさい、と規定されているからです。私も審議会委員ですが、三者構成の審議会で半年、1年と議論して、最後に審議会報告を作成して、その後、法案要綱ができて国会に上程される、というのが法律の成立過程です。国会上程以降は、国会の中の勢力関係で修正されたり廃案になったりしますので、国会の勢力関係がどういう構図になっているのか、というのが重要です。
 これまでは衆参とも圧倒的に与党が多数だったので、労働法の修正はかけられなかったのですが、現在、参議院は野党が多数なので、法案修正がよく行われるようになりました。
 また、審議会も様変わりしてきています。以前の審議会では、なかなか労働者側の意見は採り上げられませんでした。しかし、現在は、労働者側の意見を採り入れないと国会に行ってさまざまな修正をかけられる状況になっていますので、審議会段階から労働者の意見を聞くというのが、最近の傾向です。このような意味では、現在労働法に対して、労働組合が大きな関与をすることが出来るようになっています。
 そのほかの法律では、労働組合が関与するのはなかなか難しいです。例えば、入管法(出入国管理及び難民認定法)という、外国人をどう入れるかという法律を法務省の審議会で審議しています。この審議会は有識者約20人で審議しており、連合もこの審議会のメンバーに入っていますが、有識者の一人という扱いです。三者構成ではないので、必ず労働組合の意見を聞くようにはなっていません。そういう意味では、労働法の三者構成の審議会は、非常に重要だと思います。

7.改正法案に対する附帯決議

 今回の雇用保険法には附帯決議がつきました。国会に法案が提出されると、まず法案審議をします。法案で不十分なところについては、修正協議で修正します。その他に、附帯決議をつけるというやり方があります。特に、労働法の場合には、法律の下に具体的内容を定める政令や規則などがたくさんありますので、それらにも国会の意思がきちんと反映されるように、附帯決議がつけられます。「今回の法改正ではうまくいかなかったけれども、次はこういうことを三者構成の審議会で議論して欲しい」という場合にも、附帯決議がつきます。そういうことから、附帯決議は重要な意味を持っています。
 今回の雇用保険法の附帯決議について、主なものをご紹介します。
 1つは、「雇用保険に未加入の非正規社員等及び失業給付の期間終了後においても職につけない者に対して、『求職者支援法案』(民主、社民、国新提出)の趣旨を最大限尊重しつつ、新たに求職中の者の生活支援を含めた雇用対策について早急に検討し実施すること(衆・参)」です。
 要するに、さきほど言いました扶助制度、生活給付と能力開発を一緒にやるというものを早く実施しなさい、という内容です。3月の国会で附帯決議がついたにもかかわらず、7月末実施の見通しが立たないとはどういうことか、今後、問題にしなければなりません。
 2つ目は、「今後、必要なすべての労働者に対して雇用保険の適用を目指し、雇用保険法業務取扱要領によって定められている雇用保険の適用基準については、非正規労働者に対するセーフティネット機能の一層の充実強化のため、更なる緩和を検討すること(衆・参)」です。
 雇用保険では、非正規労働者も「1年の雇用見込み」が加入要件とされていますが、この要件を早くなくしなさい、いうことです。しかも、それが「業務取扱要領」(通達)によって行われているのはおかしいから、これを見直して緩和しなさい、ということです。それで、6ヵ月の雇用見込みに直すわけですが、このことが附帯決議についています。
 3つ目は雇用保険の料率について、「失業等給付などについては、今後、雇用失業情勢の更なる悪化によって安定的な財政運営に支障が出るおそれがあり、現在、本来の負担額の百分の五十五に軽減されている国庫負担の暫定措置については、本来の負担率である四分の一に戻すことを検討すること(衆・参)」というものです。
 一橋大学の田近栄治先生は、財政審等で「積立金があるときは、雇用保険の国庫負担はやめたほうがいい」と言っていました。それに対して、私が「雇用保険に国が負担しないということは、国は雇用政策を放棄するということですか」と言いますと、田近先生は「そうではない。積立金がなくなって、大変なときに国庫負担を入れればいいのではないか」と言いました。そのうち、現在のような状況になったので、そういう意見は語られなくなりましたが、ここ数年、国庫負担についての議論が活発に行われました。この附帯決議も、1年間だけ負担率を下げましたが、これをまたきちんと戻しなさいということです。
 4つ目に、「いわゆるマルチジョブホルダーについて、雇用保険制度の適用・給付に向けた検討を行うこと(参)」です。例えば、母子家庭の母親は朝4~6時まで弁当屋で働いて、一旦家に帰ってきて、子どもにご飯食べさせて、学校に出して、それからスーパーで働いて、夕方帰ってきて、その後、また別なところで働くという、1日に3カ所ぐらいで働いています。このような「マルチジョブホルダー」の雇用保険はどうあるべきなのか、ということです。これに関して、連合が主張するように、日額や給付について検討して、セーフティネットにふさわしいものにしなさい、という附帯決議です。
 このように、審議会における労働側の意見、連合がこの間ずっと言ってきたことが附帯決議に付きました。附帯決議というのは、委員会全員一致です。与野党全員一致でこの附帯決議の重要性を認めたということです。
 今までは、「国庫負担をやめよう」「給付日数をもっと短くしよう」「要件をもっときつくしよう」「モラルハザードがあるから雇用保険をもっと厳しくしよう」と言われ、その通り行われてきたわけですが、現時点では、雇用保険がセーフティネットとして機能していなかったので、「もっと緩和しよう」「もっと使いやすくしよう」という状況になっています。しかし、数年後、日本経済が回復して、失業率が4%程度になったときには、また同じことを必ず言い出すわけです。派遣切りのことも期間工の雇い止めのことも、みんな忘れてしまって、「もう一回戻そう」と、必ずそうなります。労働法はいつもそういうことをくり返しやっているわけです。
 私は、こういうことは決して忘れてはいけないと思います。ヨーロッパの社会保障が非常に手厚いのは、歴史の中でくり返しがあって、みんなで守ろう、連帯しようという中で作られてきたものを忘れないからです。
 これまで、日本の労働政策と社会保障政策は分離していましたが、雇用のセーフティネットがほとんど効かないという事態を受けて、両者の融合が始まっています。今回、雇用保険に漏れた人には生活保護しかなかったというのはとてもショックでした。さらに言えば、雇用保険からも生活保護からも漏れた人が、次に行くところは刑務所だと言われています。再犯がなぜ多いかというと、出所しても仕事がない。暮らせないから、もう一回罪を犯して刑務所へ行くのです。こういう社会でいいのか、ということから、雇用保険と社会保障の融合といいますか、もっと近づける検討を、連合内部でも始めているところです。
 ただ、第2のセーフティネットについては、労働政策的に「働くというところから見たもの」と、社会保障政策的に「生活保護を充実するというところから見たもの」との間で若干の違いがあります。ここはもう少し議論が必要だと思っています。
 また、制度設計でも議論があります。第2のセーフティネットに関する政府案では、生活資金と能力開発のために月10万円給付し、5万円を貸し出すという話でした。10万円は社会保障・生活保障のところで一般財源を使って、能力開発は先ほどの「二事業」を使うということになっています。5万円については、受給した労働者が働いたら半分は返済を免除することになっています。私は給付水準を15万円ぐらいまで上げたほうがいいと思っているのですが、生活保護水準との関係があるので、どうするべきか。これは大議論です。みなさんもぜひ考えて下さい。正規も非正規も含めて、どのようなセーフティネットを張ればいいのかということ、雇用の原則というのは何なのかということを、あらためて考えなければいけないと思います。

8.連合の政策要請の実現(2008年夏~現在)

 今回の一連の雇用対策のように、連合の政策がこれほど政府の施策に反映されたのは、私の経験では初めてです。まず、2008年8月に第一次補正予算で「安心実現のための緊急雇用対策」を組み、10月には第二次補正予算で「生活対策」、12月には2009年度の本予算で「生活防衛のための緊急対策」、2009年4月には第一次補正予算で「経済危機対策」を組んで、現在の雇用対策を持っている状況です。
 これらの政策は、ほとんど非正規労働者の対策ですが、2009年度の第一次補正で「雇用調整助成金の拡充等」を行っています。今、正規の人はこれで救われています。正規の人は雇用調整助成金(雇調金)で救われて、非正規の人は融資制度や生活・就労支援策で救済します。
 少々労働組合の宣伝をしますと、労働金庫という労働者で作っている金融機関があります。今回は、ここが非常に頑張りました。他の金融機関は、返済能力がないということで、非正規労働者にはお金を貸しません。しかし、今回、住宅がないとか、派遣や契約社員で失業した人がハローワークに行って相談すれば、労働金庫が186万円を貸しました。この融資には厚労省の政府保証がついています。まず一番にこの制度が有効でした。そういう意味で、労働組合が、非正規のために役に立ったとすれば、今回の労働金庫の融資制度と雇用保険の積立金です。
 今回、政府の雇用対策やリーマンショック以降の雇用情勢を見て、私が感じたことは、雇用は「期間の定めのない雇用」を原則にすべきだということです。要するに、一度会社に入ったら基本的には定年退職までいられるということです。ものすごくスキルのある人が移動するのは構いませんが、一般的には、期間の定めのない雇用にする。それと直接雇用です。間接雇用は使用者責任が明確ではないので、やはり直接雇用が大原則だと思います。「期間の定めのない直接雇用」を基本にして、雇用のセーフティネットを作っていくことが重要であると思います。
 また、雇用保険も重要だということです。もし、自分が失業したら直ちにハローワークに相談に行くこと。倒産があったり、解雇された、雇い止めにされたという相談は、まずはハローワークです。ハローワークに行けば、様々なメニューがありますので、それを活用することが重要です。また、時間外手当が払われないときは労働基準監督署、この2つはぜひ覚えておいて下さい。倒産したときに皆さんの賃金が未払いだったときには、未払い賃金立替制度があり、政府が一時立て替え払いしますので、そういう相談も労働基準監督署に行けばきちんと教えてくれます。

9.その他、最近の労働立法

 最後に、その他の労働立法について話します。この間、成立した法律に、障害者雇用促進法(一部を除き2009年4月施行)があります。日本は、障害者の雇用が進んでいません。障害者を雇用するところが少ないわけですが、そういう雇用を促進するための法律が改正されました。
 労働基準法(2010年4月施行)に関して、一つには、「ホワイトカラー・イグゼンプション」の導入が検討されましたが、これは国民の反対世論が圧倒的で、この結果、ホワイトカラー・イグゼンプションは国会に上程できずに断念しました。しかし、経営側は、導入したい意向を捨てていませんので、数年後にまた出て来るのではないかと思います。二つ目には、時間外労働が月60時間を超えた場合の割増率を50%以上に引き上げることが、今回の法律改正で決まりました。これは、連合効果だと思っています。
 労働契約法(2008年3月施行)で重要なのは、採用内定取り消しについて、いまは法律がありません。厚生労働省は、ガイドラインを示しているのと判例を教えているだけです。そこで、内定取り消しについて判例で確立している部分を、労働契約法に盛り込むべきだと主張しています。そうすれば、皆さんがもし内定を取り消されたときには、「労働契約法に書いてあるではないか」ということになり、内定取り消しにも合理的な理由が求められます。民主党が政権奪取すれば、おそらく労働契約法の改正第一号は、内定取り消しの規定を入れることではないかと思います。
 最後に、雇用保険制度から、わが国の弱点は何かということがよく分かったわけです。それに対して何をしなければならないかといえば、新しい政策を打ち、新しい法律を作ることです。そのときの視点は、労働者の保護をきっちりと明確にした法律を作っていくことが必要だと思います。
 しかし、労働法というのは、使用者と労働者の意見が必ず対立するところがあります。今回のように一致したというのは、珍しい話でありまして、普段は対立します。なぜかというと、使用者にとってはお金がかかる話もあるし、規制緩和するほうがいいということがありますから、使用者と労働者の攻防戦は厳しくなります。そのため、労働組合と労働者は、きっちりと労働者の雇用や労働条件を守るという視点で、審議会や国会に臨むことが必要であると私は考えています。
 先週まで3週間、ILO総会がジュネーブで開催されました。連合からも担当者が数名出席し、世界の雇用問題を議論してきました。雇用危機に向けて各国政府が努力しようとか、労働者に対してよりよい雇用の機会を作ろうとか、労働者の能力開発をきちんとやろう、ということが盛り込まれた「グローバル・ジョブズ・パクト」(雇用に関する世界協定)が採択されました。日本でもこれをどのように活用するのかということと、政労使がこれをどうやって守っていくのかということは、今後の課題だと思います。
 どうもありがとうございました。

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