私が20代の頃、学生は学生運動をやっていた時代ですが、私は真面目に工場で働いて労働運動をやろうと職安に行き、工場に就職しました。そこで、労働組合と出会って、職場の労働組合の青年部の活動などをしながら20代を過ごしました。ちょうど30年前、労働組合の専従の仕事に就きました。その企業を退職して労働組合に就職をしたといったほうが分かりやすいかもしれません。それから30年間、いわば労働組合のプロフェッショナルとして、活動をしてきました。労働組合というのは学生の立場からはわかりにくいと思いますので、もう少し理解していただけるような話をしたいと思います。今日は、会社の倒産に対する労働組合の対応という切り口から、労働組合の役割についてお話しします。
1.JAMはどんな労働組合か
まずJAMの紹介をします。変わった名前ですよね、イチゴジャムかリンゴジャムかとよく言われます。10年前の1999年に、2つの大きな労働組合が合併して結成された組織です。企業と企業が合併して名前を付けるときに、もめないように2つの名前をくっつけたりする場合もありますが、私たちは名前を募集して、JAMにしました。ジャムとは、Japanese
Association of Metal, Machinery, and Manufacturing Workers.です。アソシエーションという単語は、日本で労働組合を英訳したときにほとんど使いません。非常に珍しいです。Mは金属と機械と製造、この産業分野の労働組合ということで3つの意味を込めたMです。法人登記については、当時、アルファベットで登記ができませんでしたので、登記の名前は、「産業別労働組合ジェイ・エイ・エム」としています。アルファベットの「JAM」が正式名称です。
JAMには全国に約38万人の組合員がいます。JAMは連合のなかで5番目に大きな産業別労働組合です。1つの特徴は中小企業の組合が多いことです。JAMは約2000の企業別労働組合が集まっています。そのうちの60%が100人以下の組織で、30人以下が約25%です。比較的有名な大企業の組合も入っています。例えば、セイコーエプソン、シチズン、ニコン、クボタ、コマツ、農業機械では井関農機やヤンマーです。京都の島津製作所の労働組合もJAM加盟組織です。ノーベル賞を受賞した田中耕一さんは島津労組の組合員でした。受賞した当時、ノーベル賞をとった人を一般社員にしておくわけにはいかないということで、役員待遇にして研究所付きに変わりました。このように、JAMには機械金属メーカーの比較的大きな組合もありますが、半分以上は中小企業の労働組合です。
2つ目の特徴は、全国に地方組織を持っていることです。全国に17の地方組織があり、東京に本部があります。本部に約30人、地方に約140人の計170人の専従役職員を擁しています。
専従者は、企業別労働組合の役員を経て、出向で来る人が30人ほどいますが、多くはJAMとの雇用関係があります。私も含めて、労働組合が雇用しています。最近、JAMでは新規採用をしていて、今年は4人を採用しました。とはいえ、やはり社会や世の中、職場、企業ということがまったくわからないままに労働組合に入っても、組合の活動はできません。そこで、社会経験をもつ25~30歳ぐらいの人を採用しました。50代後半の世代が専従者の多くを占めているため、できるだけ若い人に労働組合で働いてもらおうと思っています。
170人のJAMの職員は何をしているのでしょうか。JAMに加盟している労働組合のことを単位労働組合、略して単組といいます。単組の場合、約300~500人の規模の組合は専従者を置くことができます。専従者は、会社の仕事をしないで労働組合の仕事をするため、会社を休職していますので、労働組合から賃金をもらいます。
しかし、約85%を占める300人以下の組合では、専従者はいません。そのため、JAMのスタッフが地域で単組の役員を集めて会議や研修会を開催したり、日常のいろいろな活動上の指導をする役割を担います。
労働組合のないところでの労働組合づくり(組織化)も専従者の仕事です。例えば、地方連合会に労働相談の電話が来ます。それで労働組合をつくりたいということになり、地方連合会からJAMを紹介されて、組合を結成する準備をします。人を集めて組合を結成し、会社に結成を通告し、団体交渉をします。これも労働組合の専従者の仕事の1つです。また、産業別組織に加盟していない企業別労働組合には、ぜひJAMに入って連合に参加しましょう、と呼びかけています。
私たちの仕事は、普通の企業でいうと営業活動です。労働組合用語ではオルグといいます。オルガナイザー、組織化の意味です。時々、無意識のうちにオルグという言葉が出るかもしれませんが、それは組織する、または組織強化を意味します。
2.あなたの会社が倒産したら・・・
さて、今日の本題です。どんなときに労働組合の必要性を感じるのでしょうか。今日は企業の倒産を切り口にして、労働組合の話をしたいと思います。
皆さんのなかで、自分はたぶん民間企業に就職するという人は手を挙げてください。はい、ありがとうございます。公務員という人は・・・。少ないかな。あるいは自営業、自分で商売を始める、親の仕事や会社を継ぐという人もいるかもしれません。今手を挙げて頂いた限りでは、8~9割の人は民間企業で働くということですね。
民間企業に働いて職業生活を送るなかで、滅多に経験することはありませんが、もっとも衝撃的でもっとも深刻な事態は、会社の倒産です。普通の人は、まさか自分の会社が倒産するとは思いません。しかし、ここ数日の新聞紙上を見ても、アメリカのGM
が倒産しました。法的整理に入っています。いま経済は世界的に大混乱の状態です。2008年9月15日、リーマンブラザーズが倒産しました。リーマンの日本法人4社のうち証券会社は、翌日東京地裁に民事再生法の申し立てをしました。倒産です。どんなに立派な会社に就職しても、世界の巨大企業のGMに就職しても、倒産する、そういう時代です。
倒産の種類
「倒産」と一言でいいますが、倒産は法律用語ではありませんので、倒産の公式の定義はありません。ただ、会社更生法の申し立てをしたときや、民事再生法の申し立て、あるいは破産手続きの申し立てをしたときに、その瞬間、その会社は「倒産した」といわれます。あるいは、まだその法的手続きに入ってはいなくても、手形が二度不渡りになると、銀行はその会社との取引停止を命じます。そうすると事実上の倒産です。普通に言うと会社がつぶれるということです。
倒産の類型には、法的整理と私的整理の大きく2種類あります。多くは法的整理を使います。法的整理には4つのケースがあります。一方は、その会社をもう一度立て直すための法律です。企業をもう一度再生させる法律として、会社更生法と民事再生法があります。もう一方は、もうこの会社は終わりで清算をするときに、破産法に基づく破産手続きと、会社法に基づく特別清算という2つの処理の仕方があります。
破産法に基づく破産手続きは、裁判所の監督のもと、破産管財人により債務者の総財産を換価して、債権者に配当(債権の額に応じて分配)することです。債務者というのは倒産した会社のことで、債権者というのは、そこに物を納品していてまだ代金をもらっていないとか、そこにお金を貸していてまだ返済してもらっていない、あるいはそこで働いているが賃金や退職金をまだもらっていない、という人のことです。破産の場合、労働組合としては、どれだけ労働債権(未払いの賃金や退職金など)を確保できるのか、という闘いになります。
会社法に基づく特別精算は、例えば企業グループの中の関連会社を整理するときに使います。非常に少ないです。
一番多いのは再生型で、民事再生法を使った民事再生という手続きです。民事再生とは、裁判所の監督のもと、基本的には債務者本人が事業及び経済活動を継続し、裁判所によって認可された再生計画に従って、事業または経済生活の再建を図ることです。債務者本人というのは、その会社の経営者です。この手続きは個人も使えます。経済生活の再建は、個人に関わるところです。民事再生法は2000年に施行された新しい法律で、まだ10年も経っていません。一般的にいちばん多く使われる再生の方法です。
会社更生法は、大きな会社が倒産したときに使う再建の手法です。裁判所の監督のもと、裁判所が指名した弁護士などの管財人が、会社の事業の経営および財産の処分にあたり、更生計画の認可及びその遂行を通じて、事業の再建を図ります。民事再生法のように債務者本人が行うのとは違います。
私たちは会社が倒産したというとき、この会社は再建できるのか、それとも全員解雇で閉じるしかないのか、どちらなのかをまず見ます。会社更生法の場合は安心です。裁判所が完全に関与して、その会社の更生計画をつくり、法律に違反のないように必要な配分をし、処理をするからです。
さらに、このような法的整理に関与せず、会社が任意に行う手続きもあります。任意というのは、債務者と債権者が話し合って、これで折り合いをつけましょう、という話をつけて再建か清算をする場合です。
事例1・大分県の中小企業の倒産
私は今年2月、JAMに加盟している大分県の中堅企業の労働組合の依頼で、春闘の方針を説明のための学習会の講師をしました。学習会終了後、そこの委員長から「うちのすぐ近くに5人だけの組合があって、小山さんにぜひ話を聞いてほしいと言っている。話を聞いてくれないか」と言われました。実は、会社からの正式な話はないが、どうも噂や周りの状況によると会社を閉めるらしい。翌日の朝、全員集まってくれと社長から言われている。どうも全員解雇になるらしいが、どうしたらいいのか、という相談でした。本当に会社が倒産するのか、工場だけを閉鎖して、会社は残して人員整理だけをするのか、よくわかりませんでした。そこで、翌日の朝7時半、会社の正門で会う約束をしました。その委員長とメンバーと一緒に行ったところ、社長が来ました。社長が言うには、「本日付で大分地方裁判所に自己破産の申し立てを致します。従業員は全員解雇します。労働債権についてはほぼ全額払えると思います」と話しました。ただし「あなたたちは部外者だから、この会社の敷地から出て行ってくれ」と言われて追い出されました。
会社の説明会が終わり、組合員が近くのファミリーレストランに集まりました。そこで、会社側の話の内容と最近までの経過について、話を聞きました。その会社は30人ほどの会社ですが、組合員は5人だけで、JAMに加盟していました。会社の嫌がらせのため、組合に全員は入らず、入ったとしても抜けてしまって、元気な5人だけが残って労働組合の活動をやっていました。解雇の場合、退職金はどうなるのか、どれくらいになるのか。退職金制度について聞いたところ、あるかもしれないがよくわからない、という返答でした。一方で、勤続30数年の人の退職金が700万円という話もありました。また、別の人は、定年間近で総務の人に聞いたところ、600万円ぐらいになる、と言われていました。
30人くらいの中小企業ですと、30~40年間働いても退職金は1000万円に及びません。良くて700~800万円程度です。しかし、会社の破産でその700万円ももらえない可能性があります。皆が心配したのは、子どもの大学への入学金をどうしようか、健康保険はこれから使えるのか、などでした。
そこで、皆で集まって、会社からあった話を整理して、今の事態と、今後生活を守っていくためにどうしたらよいのか、について考えました。
会社は、破産法に基づいて自己破産の申し立てをしました。会社が破産手続きに入ると、裁判所がすべてを管理します。工場の中も裁判所が保全をします。保全というのは、物を動かせず、そこでの作業もできずに、人は出入りができません。未払いの材料費を請求する人が来ても、受け付けません。裁判所は弁護士を管財人として任命し、管財人が社長の代わりに会社の財産の管理や整理をして、法律に基づいて分配をして、その会社をなくすのが破産の手続きです。会社の再建は、破産の場合にはゼロではありませんが、ほとんどありません。
会社には、財産や借金があって、銀行からの借金については、抵当権が設定されているはずです。そのため、そこで作ったものを売って資金を回収できます。倒産というのは便利で、売った金を回収することはできますが、買ったものに対する未払金は払う必要がありません。そういう中で、労働債権を把握し、一人ひとりの取り分についても会社と話をしなければなりません。
こういうことがオルガナイザー、つまり専従者のひとつの仕事です。このような場合に「大変だ、大変だ」と当事者と一緒になって言ってはいけません。「よかったじゃないか、この程度で済んだじゃないか。これとこれは大丈夫だから、でもこれはあきらめなさい」というように、無理なものは無理、ということをはっきりと言います。医者と一緒で、治らない病気を治ると言ってはいけませんが、絶望的だと言ってはいけません。「こうすれば、私たちはまだやっていける。あなたも生活していけるよ」ということを話します。
この会社の場合、管財人が入って、現在は整理の作業をしています。未払い賃金は獲得できると思います。組合員と話していてわかったことは、時間外労働、いわゆる残業をして法定時間外の労働をした場合、25%の割増賃金を払わなければならない、ということになっていますが、この5ヵ月間にその25%の割増はゼロだったということです。その理由は、企業が大変だからということでした。しかし、この際、この分も取り戻すことにしました。今までの未払い賃金は、売掛金などから払えるでしょう。
問題は退職金です。まだその結論は出ていません。最悪の場合、退職金の原資が全然なかったとしても、未払い賃金立替制度というものがあります。国の機関が破産した会社に代わって未払いの賃金の一部を立替えて払ってくれるという制度です。賃金の支払いの確保等に関する法律に定められています。この場合、立替払いの対象になる賃金というのは、月々もらう賃金と退職金です。一時金は対象になりません。45歳以上で仮に370万円の未払い賃金の場合、8割の296万円を国が立替えて払ってくれます。
健康保険も継続して使えます。本人負担分と会社負担分の保険料を自分で払っていけば、2年間はいまの保険を継続できます。この事例では、解雇はやむを得ず、雇用確保をあきらめなければなりませんでした。
事例2・株式会社新潟鐵工所の倒産
次に、もう少し大きな企業の事例を話します。2001年に、私は新潟鐵工所という会社の倒産を担当しました。新潟県出身の人はいますか。新潟では大変に有名な会社でした。3000人の企業です。2500人のJAMの組合員がいました。そこはいろいろなものをつくっていて、鉄道の車輌もあれば、船、漁船などもありました。大型船のエンジンやジェットタービンや工作機械などもつくっていました。もちろん一部上場の企業でした。2001年11月27日、この会社が会社更生法の開始手続きの申し立てをしました。新聞などでは、会社更生法適用の申請という言い方をします。
私は倒産の朝、新潟鐵工所の組合事務所に行きました。東京の蒲田に本社があって、その中に労働組合の事務所もあります。そこには数人の専従役員がいます。私は産業別労働組合の専従者ですから、いろいろな倒産の問題を経験していますが、企業別労働組合の専従者は、組合の代表としてたまたま労働組合の活動をしているだけなので、倒産などという経験はありません。そして、うちの会社だけは絶対に倒産しない、と思っています。
実は、11月27日の10日ぐらい前に私はこう言いました。「新潟鐵工はどうみてもちょっと危ないぞ。JAMには顧問弁護士が大勢いるから、こういう場合はどうしたらいいか、話を聞いて準備した方がいい」。しかし、組合の委員長は「うーん、うちは絶対に倒産しない。新潟県がうちの会社を守る。国の公共事業関係や官公庁との取引もけっこうやっているから、そういう企業は絶対につぶさないはずだ」と言うのです。しかし、倒産しました。「だから言ったじゃないですか」と言って、JAMはいろいろな手を採りました。
倒産当日に、まずやったことは、各工場の労働組合の代表者を夕方までに集め、JAMの顧問弁護士にも来てもらって、まず会社更生法や、どういう問題があってどういう課題があるのかについて、勉強会をすることにしました。当日の夜です。それぞれの職場に戻ったら「みんな安心しろ」と、そして、「企業の再建に向けてみんなで頑張ろう」と言ってください、と話をしながら別れました。
いちばん困ったのは退職金でした。会社がつぶれると、逃げ出す人がいます。組合員もいるし、労働組合に入っていない管理職の人もいます。ネズミがどんどん逃げるように、逃げ出して退職していきます。「税制適格年金制度」という退職金を保全するやり方があります。これは非常に税務上有利な制度ですが、もうじき廃止されます。仕組みとしては、外部の証券会社などにお金を積み立てておきます。全員が一度に辞めたらとても足りませんが、ある程度の金額を積んでいます。そして、退職した人に順次払っていくという制度です。そのため、倒産の場合には早く辞めた人が得することになります。
総務関係の管理職はさっさと辞めてしまいました。退職金をしっかりともらって辞めたのです。早い者勝ちというのはいちばんよくありません。倒産の処理のときに退職金は問題です。新潟鐵工の場合、定年退職で辞めると退職金は約2000万円です。2000万円をもらえるところが、会社が倒産してどうなるかわからないのでは、パニック状態になってしまいます。
それから、社内預金です。何百万円も社内預金をしている人がいました。社内預金は、倒産したときにどうなるのでしょうか。当時の会社更生法では、優先的に払われることになっていました。今の会社更生法は5年ほど前に改正され、まるまる戻ってくるかどうかの保障はありません。また、旅行の積立金を職場ごとにやっていますが、それも会社の銀行口座に入れておくと、銀行取引停止になりますから、引き出せません。旅行資金の場合、労働債権ではありませんから、会社名義の預金口座に入っていたら戻ってきません。
労働債権というのは力を持っています。法律で特別の扱いです。債権には戻ってくる順番があります。法律にその順番が書いてありますが、倒産したときに管財人が入って、一番優先的に払うのは税金、あるいは社会保険料です。担保権は別個扱いです。銀行が不動産を担保で入れている場合などは、扱いが違います。
支払いの優先順位として、一番が国税などの公租公課、その次が労働債権です。働く人たちの賃金や退職金が優先されます。優先されないのが一般債権者です。例えば、そこの企業に部品や材料を納品したり、ガソリン代や電気代の民間企業の商取引で関与していて未払いのお金は、いちばん最後の扱いです。普通の倒産の場合、一般債権の5%が戻ればいい方です。労働債権はケースバイケースで、いろいろです。
さて、新潟鐵工の場合はどうなったのでしょうか。早い者勝ちで辞められては大変だと思ったので、それを食い止めなければいけません。これは労働協約でやろうということになりました。
会社と労働組合で退職金の8割をカットするという協定を結びました。2000万円の退職金の8割、つまり1600万円を放棄します、という協定です。大変な抵抗がありました。ただし、会社更生計画の中でお金がきちんと確保できたら払うという約束を更生管財人と労働組合が協定しました。結果的には、その数年後に、新潟鐵工はいろいろな企業に営業譲渡しました。IHI、日立製作所や三井造船などの企業に工場ごと一定人数の従業員も含めて譲渡しました。この売却金で未払いの労働債権などを支払い、結果的に100%払われました。退職金も当初8割カットでしたが、最終的にはほぼ100%が払われました。しかし、人員整理はせざるを得ませんでした。約3割の人たちには退職金を払って、辞めてもらうことになりました。今はそれぞれ別の企業に雇用を確保して、働いています。これは新潟鐵工の例です。
法学部の方はほとんどいらっしゃらないということなので、倒産法などをあまり勉強したことがないと思いますが、民事再生法の勉強をする場合にはぜひ、三善工業の事例(2002年)を調べてみてください。私は東京地裁といろいろとやりあって、労働組合がイエスと言えば、東京地裁はこの民事再生手続きの開始の決定をします。労働組合がイエスと言わなかったら、その決定はしない、というところまでいった事例です。
3.産業別労働組合の役割
倒産というのは、職業生活の中でおこる極限的な状態です。長年働いてきてもらえるはずの退職金がもらえない、今まで働いてきた賃金がもらえない、会社を首になるかもしれない、という事態です。大変なことです。いろいろなケースがあるので一概には言えませんが、労働組合はそこで何をするのか、と言えば、やはり最小限の犠牲でこの場を乗り切る手法を考えます。これが産業別労働組合の役割だと思います。
仮に倒産しなくて、皆さんがたまたま就職した会社が経営危機にあるとき、どうしたらいいのか、という問題を次に考えていただきたいと思います。経営危機、会社がつぶれそうだという世間の評判で、最近会社が物を買おうと言っても、現金を持っていかないと売ってくれない、ということが起きます。そういうときに、労働組合があるかないかで、私は事態が全然違うと思います。
労働組合がないとどういうことになるのか。まず情報が入りません。経理にいたら、少しは企業の実態がわかるかもしれませんが、営業職や管理部門にいたら何がなんだかわからない。どうも最近おかしいな、くらいです。では、社長と話をして、今の事態をどう考えるのか、という会話ができるかというと、社長が一社員と話をして対応するなど、企業が大きくなればなるほど、そんなことはありません。
その時に、あきらめて早く逃げようと退職届を出すのは、選択肢のひとつです。あとは流れに身を任せていきましょう、というふうに対応するか。労働組合がなく、一従業員としてその経営危機にある企業で働いていたら、それしかありません。
仮に経営陣の一員でいる可能性もあります。その時に経営者としてどうするのか。従業員や取引先に迷惑をかけないように、この危機を乗り切ることを考えます。その時に従業員にも協力してもらわなければなりません。企業を再建するためには、どうしたらいいのか。労働組合がないと、経営側にとっても困るわけです。労働組合というのは、ある意味とても便利な存在です。それは後ほどお話ししたいと思います。
では、労働組合は何をするのか。仮に皆さんが就職した会社に労働組合があるとします。その労働組合がJAMに入っていたら、どうも会社が危ない、と組合の委員長から話があった場合、まず企業経営の分析をします。経営の実態はどうなのか、財務状況はどうなのか、最近の売上げはどうなのか、この仕事の見通しはどうなのか、さまざまな経営分析をします。そのための資料は、上場企業では公表されていて、有価証券報告書で取ることができます。いまインターネットで会社の財務諸表等は公表されていますから、分析することができます。上場されていない企業の場合は、JAMは帝国データバンクや東京商工リサーチという信用調査の会社と契約していて、企業情報を有料でとります。そして、問題・課題がありますと、会社と団体交渉をやります。団体交渉、という言葉をしっかり覚えておいてください。
団体交渉の中で、会社の状況について説明を受けます。その前段に労使協議というやり方もあります。会社と話をして情報を得ます。いったいこれからどうなるのだろう、本当にこの企業はいまの人員を維持してやっていけるのだろうか。もしかしたら人員整理をして、3分の1程度の人を減らさなければいけないのか、など会社が言ってくる前に、われわれもきちんと分析をします。
会社の支払い能力について調べるために、会社の財産状況あるいは取引銀行との関係を全部調べます。そして、人員整理しなくても、今の賃金を1割カットしたら経費の削減ができるから、今の事態は乗り切れるなどの分析をします。その時には賃金カットもやむを得ない、という判断をします。
退職金についてはいったいどうなるのか。会社の外部にきちんと退職金が保全される措置がとられているのかどうかなどを調べます。労働組合として、この経営危機の中で会社を再建していくために、労働組合としてもこれだけがんばって働くから、会社にあなた方もちゃんとしなさいよと、新しいスポンサーを探してきて、少しは融資を受けられるようにさまざまな助言もします。
産業別労働組合に入っていると、そういう助言・指導をすることができます。ところが、企業内労働組合もあります。そういうところは会社の言いなりです。俗に御用組合といいますが、会社に言われたら、はい、そうですか、そうですよね、と反論しません。
4.労働組合の機能「団体交渉」
労働組合が強いと会社をつぶす、と言われることがあります。最近、そんな組合があったらぜひお目にかかりたいくらい、強い組合はなくなりました。私はむしろ逆だと思います。労働組合が会社の経営をチェックすると、会社は緊張感を持って企業経営をします。そのチェックがなく、イエスマンだけが社内にいて、会社に文句を言える人がいなかったら、その会社はよくなりません。ある経営者から聞いた話ですが、労働組合はやはり経営者にとって必要だと言いました。「うちの経営陣の取締役や管理職は、私のところには都合のいい情報しか持ってきません。言いにくいことや悪いことをズバリ言ってくるのは労働組合しかないのです。その労働組合がなくなったら、会社は困ります」という社長がいました。
その一方で、労働組合と聞くと、あれは昔の「アカ」だ、絶対に相容れない、という経営者が、特に中小企業にたくさんいます。そういうなかで、経営危機という状況のなかで、労働組合はその会社をどう生かしていくのか、いかにそこで働いている人の犠牲を少なくして対応していくのか。仮に何人かの人員整理をする場合、希望退職募集もします。せめて20ヵ月分の退職金はちゃんとプラスしてくださいとか、そういうことも含めて交渉します。それも含めて、企業の再建に向けた取り組みをします。
仮に皆さんの就職した会社に労働組合がなかったら、経営危機になったときにどうしますか。自分一人で周りの人と話をしても、打つ手はありません。まだ20~30代の若手の社員では、会社の経営について対応することはできません。しかし、労働組合にはできます。たとえ委員長が20代でも、労働組合であれば、会社は交渉に応じなければなりません。
憲法は労働三権を保障しています。その憲法28条に基づいて、労働組合法という法律があります。労働組合法を読んでみてください。第1条だけ読みます。
「この法律は労働者が使用者との交渉において対等な立場に立つことを促進することにより、労働者の地位を向上させること」。対等な立場に立つことを法律が促進するとあります。そして、「労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出すること、その他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること、並びに使用者と労働者との関係とを規制する労働協約を締結するための団体交渉をすることおよびその手続きを助成することを目的とする」。
労働組合法に基づく労働組合には、特別の権利が与えられています。一個人で同じことをしたらいけないことが、労働組合では許されます。例えば、刑事免責があります。労働組合法1条2項に、「刑法第35条の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であって前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする」。つまり、正当な労働組合の活動については、刑法第35条を適用するとなっています。
刑法第35条とは「法令または正当な業務による行為は罰しない」というものです。正当な行為は罰しない。労働組合が団体交渉をして、朝まで缶詰にして交渉することがあります。そこで暴力行為がない限り、警察は入ってきません。刑法の適用外で、労働組合の正当な活動です。
もうひとつ民事免責があります。「使用者はストライキその他の争議行為であって、正当なものによって損害を受けたことの故をもって労働組合またはその労働組合員に対し、賠償を請求することはできない。」これは労働組合法の第8条です。
労働組合はストライキをします。ストライキまで行かなくても、残業拒否や出張拒否などの争議行為があります。春闘のときに、この賃上げ回答はとても納得できないから、明日から組合員は残業しません、という通告をして残業拒否に入ります。あるいは出張には行きません、と通告することもあります。そうすると、納品が間に合わないときに取引先から会社に賠償請求が来るかもしれません。しかし、その損害について、その行為をやった労働組合や組合員に損害賠償請求をしてはいけません。労働組合法に書いてあります。これは労働組合だけです。そういう特別の権利を、憲法28条に基づいて労働組合法が労働組合に与えています。
さらに、労働組合法は、労働組合をつくった人を会社がクビにすることはできないと書いています。給料を下げるなども同様です。そして、使用者は労働組合から団体交渉の申し入れがあったら、正当な理由がなく拒否することはできません。仮に皆さんが会社に入って、そこに組合がないとき、2人以上いたら労働組合はできますから、労働組合をつくって団体交渉の申し入れすることができます。それを社長は受けなければなりません。これは労働組合の特別の権限として保障されています。
労働組合の組織率は18.1%と下がっています。JAMの組合の若い人でも、労働組合に無関心で、組合の勉強会や組合行事に参加する人は少なくなっています。しかし、倒産や突然の解雇のときに役に立つのは労働組合です。それは法律によって特別な権限まで与えられた労働組合だからです。さらに、その企業別労働組合が産業別労働組合に入っていれば、私たちのような労働運動全般に対するさまざまな経験や知識のある人がアドバイスすることができます。一緒に闘い、仲間をつくることができます。その産業別労働組合は、さらに連合にも入っています。
一人でも多くの働く人が労働組合に結集して、これが労働組合の力になっていきます。その活動が、今日お話した組織の強化や拡大の活動です。今日は皆さんに、現実の企業はどうなっているのか、労働組合がどれほど必要なのか、ということを一緒に考えてもらいたいと思いお話をしました。大変に雑ぱくな話でしたが、今後とも、労働組合に関心をもってもらって、もしよかったらJAMに来てください。あるいは、もし困ったことがあったらJAM
に相談に来てください。そのことを最後に申し上げて、私の話を終わります。どうもありがとうございました。
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