一橋大学「連合寄付講座」

2009年度“現代労働組合論I”講義録
Ⅰ労働組合とは何か

第5回(5/8)

労使交渉の現状と課題[1]-賃金・労働時間

ゲストスピーカー:矢木 孝幸(電機連合総合研究企画室 事務局長)

はじめに

 みなさんこんにちは。電機連合の矢木と申します。
  いきなりですが、みなさんは、野球やサッカー、バスケットボールなどのゲームで、プレイをするのと観戦のどちらが楽しいですか。私は、プレーヤーです。社会というフィールドでいつもプレイをしています。その仕組みについて、あとで説明しますが、今日お話ししたいのは、みなさんがすぐにプレーヤーになるということです。みなさんが、あと数年して就職したときのために、ぜひとも今日は学んでもらおうと思って来ました。

 さて、私は東芝に就社しシステムエンジニアをしておりました。その後、縁あって東芝の労働組合の役員になって東芝労働組合の中央執行委員を経て、東芝グループ連合という労働組合連合会の事務局長をしたあと、現在は電機連合の中央執行委員をしています。
  今日の講義では、最初に企業別労働組合と産業別労働組合について話をします。それから、団体交渉や労使協議、労働時間や賃金の話をしたいと思います。

1.企業別労働組合とは?

 例えば、日立や東芝、三菱電機という会社には企業別労働組合があります。東芝グループ全体で言えば、世界中に約20万人の従業員がいます。日本国内では、例外はあるものの管理職以外は組合員です。企業別労働組合とは、これらの一人ひとりの従業員が属する組合です。それに対して、私が今、直接的に在籍する産業別労働組合は、電機や自動車という産業別に構成されている組織で、その上部団体に連合という組織があります。
  連合では、例えば厚生労働省にいろいろな政策制度を要求しています。連合の力の源泉はどこにあるのかというと、数の力です。連合には約660万人の組合員がいます。そのうち電機連合に約60万人が加盟しています。電機連合には、総合電機といわれる東芝グループや日立製作所、三菱電機と、重電といわれる安川電機や明電舎など電機・電子・情報産業に関係する労働組合が入っています。

 この写真は、ある労働組合の結成大会のものです。なんと61年前の1948年の写真です。この労働組合は誰がつくったのかといえば、企業で働いている人たちです。1948年当時に何があったのか、ということに思いを寄せてみましょう。終戦まもなくで、昼食を食べることができず、朝と晩しか食べられなかった時代もあったと大先輩達からは聞いています。たいへんな苦労を重ねる中で、働き手が自らの生活の向上を目指して労働組合を結成したこの頃が日本の民主主義のある意味での黎明期かもしれません。
  私達はこの黎明期のことは、人に聞くなり本を読まなければわかりません。民主主義という仕組みの中で、働く者が団結して構成する労働組合という組織の役割は依然として重要だということです。今後とも「日本をどうするのか」が問われることが多くあるかと思いますが、「働く者を守るために、労組組合が積極的な役割を果たすべきだ」ということは、これからの21世紀の時代にも通用する考えかもしれません。

 次のスライドはメーデーです。喰って行けないから、喰えるだけの賃金を貰いたい、と訴えています。1948年ですから、食糧不足のために当然ながら工場の食堂もほとんど機能していません。よく見ると「旅行者外食券食堂」とあります。たぶん外食券というのがあって、それがあると食堂で食事ができたのでしょう。

ここで産業別労働組合と企業別労働組合という2つの組織を比較してみたいと思います。
欧米は産業別労働組合が中心で、日本は企業別労働組合が多いと教科書に載っています。

この差は何でしょうか。
  例えば、日本の企業別労働組合においては、労働組合の組員は従業員です。
  一番簡単な例を引き合いに出すと、「労働組合はストライキをすることができる」と教科書には書いてあります。これは簡単に書いてありますが、実際は非常に難しいことです。日本で労働組合がストを打つとき、労働組合の一人ひとりにちゃんと参加してもらうことがなぜ難しいか。1つの理由はお客さんがいるからです。お客さんが待っていると思う責任感のある働き手が多いからです。例えば、新聞スタンドに行くと新聞が置いてあるのが当たり前で、牛乳スタンドに牛乳が置いてあるのが当たり前です。でも、その背景にはいろいろな働き手が、その商品を購入してくれる消費者というお客さんのために、働いているからにほかなりません。日本ではむしろこの意識が、ある意味で帰属意識ですが、非常に強く、企業が社会的責任を果たしているということを、従業員そして組合を結成する際には、その組合員が企業単位に強く結ばれた方が良いのではとの考えがスタートにあります。
  慣行化された労使慣行もあって、生涯雇用や年功制度の影響が強いために、日本は企業別労働組合になりました。これらは、日本型経営の三種の神器のひとつと言われています。今は少し変わってきていると言われますが、依然としてその慣行があります。
  先ほど、いずれみなさんはプレーヤーになりますと言った理由は、実はこの企業別労働組合の多くでは「ユニオン・ショップ協定」が締結されているからです。試用期間が終われば「ユニオン・ショップ協定」では、例外もありますが、管理職以外の従業員は必ず労働組合員になります。この「管理職以外の」という意味は、会社の直接の利益をコントロールしている使用者は組合員になれない、ということです。また、「チェック・オフ協定」が会社と組合で締結されている場合には、給料から組合費が天引きされることになります。

企業別労働組合のメリットとデメリット
  企業別労働組合のメリットについて話をします。
  企業別労働組合は、職場のすみずみでいろいろな世話役活動をおこなっています。例えば、生活設計そのものを一番、真面目に教えているのは組合です。企業は営利団体ですから、ある程度は生涯設計について教えてくれますが、組合は企業が熱心にやらないことであっても、組合員の生活向上にむけては、とても細かな気配りをしています。また、賃金や労働条件以外にも健康保険組合や企業年金などについても、企業別労働組合が働き手のことを考えて働きかけをしています。このように企業内組合が職場の隅々まで、目配り、働きかけができることが最大のメリットだと思います。

 企業別労働組合のデメリットは、会社の影響を大変受けやすいことです。例えば、自社の悪いことを宣伝したりはしません。ここは大きな産業別労働組合との違いです。特定の企業に属していない産業別労働組合は、不買運動やボイコットを働きかけることができます。
  ご存知かもしれませんが、発展途上国の一部の国々には依然として児童労働が残っています。未就学の幼い子どもにサッカーボールを作らせます。例えば、1ドルという非常に安い金額でつくらせて、先進国で例えば80ドルまたは100ドルで売ります。そういう事に対して、産業別労働組合は「児童労働させている会社から製品を買うな」とボイコットを訴えることができます。ところが、企業別労働組合の場合は、自社のことを悪く宣伝するよりは、経営サイドにコミットして、そのようなことを止めさせてしまいます。社会的公器としての自らの企業を愛しているということもあります。そうした意味で、企業を超えた社会的なインパクトについて、表面上は弱くなるように見えます。

 ホッファという人をご存知ですか。全米トラックドライバー組合(チーム・スターズ)の委員長だった人です。日本で言うと、引っ越しセンターや荷物運送など運輸関連の産業別労働組合が相当するでしょうか。昔は、アメリカのトラックドライバーの地位は非常に低かったのですが、彼が産業別組合を結成して、その向上を図ります。
  どのように労働条件の向上を図ったか。交渉相手である運輸会社の立場が弱い時はどんな時でしょうか。たとえば生鮮食料品を運ぶ時です。イチゴを運搬している途中で交渉をします。「このドライバーの賃金はあまりにも安いと思わない?」「いや、そんなことはないです」「今からここで車を止めるから、ここでサインをしなければ、イチゴは腐るよ」と、こんな感じです。イチゴという商品が劣化してしまうことを前提にして、労使交渉におけるパワーを持ってやりとりを展開しています。

 ここでイチゴが腐るということについて、ストライキでの賠償責任を負わない、「免責」というポイントが出てきました。
  例えば、ある日本企業がストをやるとします。その企業はもちろんですが、とりわけ辛い思いを共にするは組合員です。それは組合員が所属する企業が、社会的な信頼を失うからです。当然ながら顧客の信頼をなくしますし、ひいては企業の社会的責任の放棄になってしまいます。さらに働いていませんので、給料は当然、支払われず、組合から罷業資金という蓄積を取り崩して組合員に支払うことになっています。短期的にはこのように、ストライキという行為をすることによって、企業も労働組合も損をします。特に重要なのは、労働組合がストライキという判断をした場合であっても、労働組合は賠償責任を負わなくていいという免責の権利、逆にいえば企業は労働組合に対して賠償請求をすることができないという基本的な権利です。これは、19世紀から20世紀、21世紀に至る人類が編み出した労使交渉というものの最適な方法です。

2.団体交渉と労使協議について

 さて、経営者と労働者の交渉を労使交渉と呼びますが、労使交渉のなかで、一番重要な交渉のひとつが労働条件を決める団体交渉です。労働組合の代表者として、会社の経営者と論議をします。例えば、「賃金・時給をいくらにするか」とか、今まで週休1日だったのを「2日にします」といったことです。
  団体交渉は、憲法で保障されています。「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」というものです。
  広く世界を見れば、団体交渉が憲法で規定されていない国もあります。たとえばアメリカの合衆国憲法には、労働者の団体権を保障する条項はありません。労働組合の団結が認められたのは、ニューディールの時に労働関係調整法が制定され、労働組合が合法化されました。ちょっと大げさになりますが、ニューディールの時代、政府は、労働組合という機構を使って、お金を労働者にいかに効率的に分配するのかを考えました。富の分配をどのようにするかについて、労働組合を合法化することで社会の仕組みのなかに入れ込んだのです。今回、オバマ政権になって、労働組合に関する法律をまた少し変えています。21世紀になっても、いまだに私達人類は社会を良い方向に変えるように、いろいろなチャレンジをしています。そのことは、みなさんが社会人になるとすぐに感じることだと思います。

 さて、話を団体交渉に戻しましょう。
  次の写真を見てください。春闘では、参加する数千、数万の組合が団体交渉をそれぞれ行っていますが、その様子を撮影することはあまりありませんので、様子を理解してもらうための苦肉の策で、ある企業の団体交渉の古い写真を持って来ました。これは61年前の写真ですが、今もまったく同じようなことが行われています。

団体交渉で何を話しているのでしょうか。
  ここで「就業規則」について説明したいと思います。会社に雇用された人間は、労働契約を使用者と結び、試用期間を経て、正式に会社の従業員となります。就業規則は、会社が労働条件などについて、ルールを決めたものです。たとえば、労働時間は朝9時から夕方5時まで、などと、決められています。内容を変更するときには、基本的に従業員の過半数もしくは組合に意見を聞くことになっていますが、反対の場合は無視しても構わない制度になっています。もし労働組合がなかったら、「今まで2500万円の退職金を払っていたが、来月から2000万円にしたい。納得してほしい」ということが起こるかもしれません。架空の話だと思うかもしれませんが、就業規則は会社が決めているという部分が重要です。
  そこで「労働協約」の登場です。労働協約には、経営者と労働組合がお互いに協議して決めたことが書いてあり、退職金の金額や給与の制度などが決められています。
  日本の労働協約は非常に強い効力を持っています。労働組合法16条は、労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする、としています。

 ちょっと立体的に見てみましょう。次の図を見てください。ベースに労働基準法などの法律があります。法律は最低限の基準です。そして個別の労働契約、つまりみなさんが就社すると結ぶペーパーがあります。ただ労働契約は単純な1枚の紙であるケースが多くて、実際には会社が決めた就業規則にいろいろなことが記載されていることになります。さらにそれより強い効力をもつのが労働協約です。ですから、さきほどの2500万の退職金を2000万にするというように、一方的な労働協約の不利益変更は起きない仕組みになっています。

 さて、実際には、団体交渉のほかに「労使協議」というものがあります。
  労使で話し合いを進めることは非常に有意義です。労使協議を活用すると、経営側の意思が組合側に伝わり、より円滑に話ができます。また、正式な協議以外でも、会社と労働組合は話をすることがたくさんあります。たとえば、苦情処理委員会や労働懇談会という場で、オフレコの話をすることがあります。会社内部での問題解決のこともあれば、業界のことや最近の会社の動向に関することの話をすることもあります。

 少し脱線しますが、海外のお客さんの話をさせてください。
  30年前、ある大きな設備を作りたいという外国の客が来日したそうです。たいへん大きな案件だったので、その客はわざわざ工場を訪問して、技術力や大きな仕事がちゃんとできるかの現地確認をしています。その際に、そのお客さんの特段のリクエストがあって労働組合にも顔を出しました。その時に、組合委員長がその外国人の顧客に、「どんなことがあろうとも、この受注は納期どおりに納めます」と約束したところ、契約が取れたそうです。なぜかというと、営業がどんなにうまい話をしても、現場が生産しなければ納品はできません。ときに工程スケジュールに無理があって、徹夜という作業になるかもしれません。その時、会社と労働組合が共通の認識を持っていることがとても重要です。一生懸命に働いた利益が従業員にも配分されると会社が約束しているからこそ、労働組合がそれに応え、そしてその海外の顧客が信用したということです。これはとても重要なことで、企業別労働組合に期待されていることの1つです。
  ちなみに「新・日本流経営の創造」という経済同友会のアンケートでも、多くの経営者は依然として経営の良きパートナーとしての役割を労働組合に期待しています。

3.労働時間について

 ちょっと切り口が変わりますが、国際的に見た日本人の生活リズムとワーク・ライフ・バランスについてみていきます。以下、企業に勤務する方々を「日本人は」という言い方でくくってしまいますので、そのつもりでお願いします。
  さて、これは、「生活リズムの国際比較」のデータです。ドイツやチェコ、スロバキア、エストニア、中国、日本の人が何時に起きて出社し、夕食をいつ食べ、寝ているか、というグラフです。

 実は日本人の働き方が、世界標準というわけではありません。もちろん欧米のホワイトカラーにも、9~17時の勤務時間のところはたくさんありますが、たいていの場合は、朝5時過ぎに起きて、6時過ぎに出社しています。そして、7時にはもう仕事をしています。帰りは午後4時過ぎで、就寝は10時過ぎです。
グラフにもありますように、一番の問題なのは、日本人の職場滞在時間が長過ぎることです。例えば、朝8時に会社に出社すると、午後7時半頃まで会社にいます。俯瞰すれば、多くの日本人は年間2000時間以上働いています。特に問題なのは、休息時間です。仕事時間を10時間とすると、家での休息時間は14時間です。しかし、日本人は12時間しかありません。休息時間が2時間以上も短いのです。
これはヨーロッパでは違法です。それは働き手の休息時間を奪っているからです。ほかの国では違法な状態が、日本では合法なのです。日本国憲法27条は「勤労の権利を有し、義務を負う。賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」とあります。ところが、労働基準法は、この「休息」を「休憩時間」にすり替えています。「8時間は仕事に、8時間は睡眠に、8時間は自分の時間に」というのがメーデーの始まりでした。それを日本人は実現していません。残業はどんどん増えて、個人的に不満がたまっていきます。
みなさんは若いので、どんなに働いても大丈夫だと思うかもしれません。私もコンピュータのシステムエンジニアをやっているときはそうでした。しかし、ちょっと表現が厳しいかもしれませんが、激務が続けば人は簡単に倒れてしまいます。1週間毎日4時間ずつしか睡眠が取れず、例えば、お客さんが待っていて、クレームが入り、営業の人からも圧力がかかる、上司からも圧力がかかる、成績査定は厳密に行われるといった、そのような環境に3カ月も身を置くと、どんな丈夫な人でも倒れてしまいます。
今の日本人にとって、仕事のための時間、家庭のための時間、社会と関わる時間のうち、圧倒的に社会と関わる時間がありません。NGOでボランティアをしたくても、働きすぎの体ではボランティアは絶対にできません。いや、ボランティアをしようという気にもならないと思います。

4.賃金について

最後に、ベースアップの話です。
  年齢を経るにしたがって賃金が上がる、たとえば1歳年をとったら1年先輩の給料と同額をもらうという仕組みを、定期昇給と呼んでいます。それに対して、賃金の底上げを行うのがベースアップ(ベア)です。
  2009年の春季生活改善闘争では、労働組合は、月給30万円の場合に平均物価上昇率0.5%でベア4500円のアップを要求しました。しかし、石油高騰の緩和で一斉にバブルが引いて不況になったため、ベアは結果的にゼロとなりました。それでも定期昇給、すなわち年齢に応じた昇給はしたところが大半です。

 さて、すでにちらっとお話ししていますが、一般的に賃金決定の三原則は、生活保障の原則、労働対価の原則、同一価値労働=同一賃金とされています。
  戦後日本は、焼け野原から高度経済成長を経て、今の時代になりました。みなさんの周りに飢え死にする人はほとんどいなくなりました。
  振り返れば、1948年当時、人々は飢えていても将来に向けての「確かな」一歩を踏み出しています。それは今から50年前の1955年に、経営者団体や労働団体が打ち出した「生産性三原則」です。労使が協力して、生産性を上げようとしました。そして、その成果を公正に配分することを決めました。もちろん時として物価に追随しなければならないという背景もありましたが、賃金の底上げはベースアップという形で行ってきています。
  この生産性三原則がもろくも崩れてしまったのが、今の日本だと私は思っています。

5.おわりに

 さて、おわりにですが、みなさんに期待したいことは、学生の間に自分の考えを育てるような訓練をしてほしいということです。もうすぐ、みなさんは社会人として、仲間入りになります。その時、一番大切なのは、報道を鵜呑みにしないで、自分の頭で物を考えることです。
  最近の学生は新聞を読まないと言われています。もちろん、新聞は読んでほしいと思います。ただ新聞には、新聞の考え方、ものの見方があります。独自の考えを押しつけることがあります。それは、自分の考えなしに、単純に新聞を読んでいるだけでは、新聞に操られてしまいます。まず新聞を読むことは重要なことだということ、そしてそれ以前に、自分の考えをしっかり持つことが前提だということを是非とも認識していただければ幸いです。

ありがとうございました。

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