一橋大学「連合寄付講座」

2009年度“現代労働組合論I”講義録
Ⅰ労働組合とは何か

第4回(5/1)

グローバリゼーションと労働組合

ゲストスピーカー:中嶋 滋(ILO理事、連合・国際代表)

 皆さんこんにちは。金融経済危機に端を発した世界的な雇用・社会危機に対して、国際労働組合運動がどのような対応をしているか、ということに焦点を当てながら、グローバル化された社会と労働組合の関係について、一緒に考えてみたいと思います。

メーデーの歴史
  今日5月1日は、メーデーです。1886年当時、アメリカのシカゴでは、1日の労働時間は13~14時間が当たり前でした。こうしたなか、労働者があまりに過酷な労働を強いられているという現実に対して、「8時間は寝る時間、8時間は働く時間、残りの8時間は俺たちが自由にできる時間だ」と、8時間労働制の要求を掲げてゼネラル・ストライキが行われました。街に出てデモンストレーションをして、8時間労働制の確立を要求したのがメーデー誕生のきっかけになりました。デモは非常に大規模だったため、使用者側は、その要求を受け止めて8時間労働制にすると約束しました。ところがその直後、ヘイマーケット事件が起きます。労働者が多く集まっていた広場で、武装した警官によって労働者のデモ行進が弾圧され、流血の惨事になったのです。その後、使用者側はいったん約束した8時間労働制を反故にして、態度を豹変させました。それに対して、当時のアメリカの労働組合運動の中心人物であったサミュエル・ゴンパーズは、1889年に開催された労働組合と社会主義者の国際的な組織(第2インターナショナル)の総会で、アメリカ労働者を支持して連帯行動をしてほしいと要請をしました。
  1889年は何の年でしょうか?
 ちょうどフランス革命から100周年です。フランス革命100周年を記念して、国際的に労働組合の活動や自由と平等を求める活動を強めようという会議が開かれました。サミュエル氏はそこで、8時間労働制の確立を求める国際的な闘いに向けて、アメリカの闘いを支援してほしいと要請したのです。それを受けて翌年1890年から、メーデーが始まります。その意味で、メーデーは8時間労働制の確立と大きくかかわる国際的な取り組みの歴史です。
  日本で第1回メーデーが開かれたのは1920年です。上野公園に約1万人が集まり、第1回メーデーが行われました。実は5月1日ではなく2日でした。当時はまだ週休2日ではなく、1日の土曜日に労働者が集まるのは非常に難しかったので、1日ずらして2日の日曜日に行われました。
  その時のスローガンは3つあります。「失業の防止」「最低賃金法の制定」そして「8時間労働制」です。1920年に掲げられたこの3つの要求は、今なお私たちが生きている時代も要求として意味を持ち続けています。このことについては後で、世界的な労働組合運動の取り組み状況と比較して、日本の場合について考えます。
  今日の私の話は3つの話題で進めます。皆さんに一番訴えたいのは、3つめの国際活動の重要性の増大についてです。今のグローバル危機に対して、労働組合運動はどのように対応しているのか、紹介します。また日本の場合は、どのようにしたら良いのかを一緒に考えます。その前提として、労働組合運動を取り巻く状況について最初に説明し、次に、どのような領域で何の課題を掲げて活動しているのかを説明します。最後に、この2つを前提にして、今どのような危機を克服しようとしているのか、そして、どのような活動をしているかを話します。

1.労働組合運動を取り巻く状況

 グローバル化の進展により、各国間の相互依存関係が深化しています。国境の壁がどんどん低くなり、人やモノ、カネが国境を越えて非常に速いスピードで大量に行き来しています。労働組合運動は、それに大きく影響されています。
  ここ数日テレビをつけると、新型インフルエンザ・ウイルスの話が出ています。あれには驚きました。メキシコで数週間前に起こったことが、もう世界各地に広がっているのです。今日も横浜の高校生が、メキシコでの研修旅行からの帰国後に疑いがあるということで、検査を受けていました。グローバル化された社会では、一瞬にしてひとつの問題が世界中を駆けめぐります。
  昨年9月に起こったリーマンブラザーズの破綻も同様です。金融危機が一挙に世界中を駆けめぐり、それが金融・経済全体に及び、そして実体経済にまで及びました。今はそれが雇用・社会危機にまで及んでいます。
  このような環境のもとで、労働組合は春闘において、賃金や労働条件を改善する要求を掲げて、会社側と交渉しています。労働組合は、メンバーとなっている組合員の雇用の安定を図り、賃金や労働条件の維持・改善を追求することが基本的な使命です。ところが、組合がそのような要求を出すと、会社側はグローバル化された世界の中で企業の国際競争力を強めないと企業がつぶれてしまう、賃上げに応じていたら競争力が弱体化してしまう、と賃上げに簡単には応じません。企業の労使関係のあり方が、国際的な状況に大きく影響を受けざるを得なくなっています。賃金引き上げという最も基礎的な課題の1つをとっても、一国内で自己完結できず、ほかの国との関係を抜きにして決めることは困難です。
  そういうなかで、国際機関や政府間会合による政策決定に対して、労働組合が要求して政策を提言することは、非常に重要になってきています。国際機関とは、WTO(世界貿易機構)やIMF(国際通貨基金)、世界銀行などです。政府間会合はG8やAPEC(アジア太平洋経済協力会議)など、一定の共通性を持つ政府の代表が集まる会合です。各国が共同で、どういう形で物事に対応していくのかを相談するのが、政府間会合です。
  労働組合運動のなかで、国際活動の重要性は増しています。その重要性をきちんと認識して、期待された役割を果たすためには、国際労働組合組織に加わり、全体に確認された方針を共同の取り組みとして促進していきます。

国際労働運動の組織
  国際労働運動は、どのような組織によって進められているのでしょうか。2006年にICFTU(国際自由労連)とWCL(国際労連)が統一され、これを基礎に重要な位置を占めていたフランスのCGTなど8つの独立の労働組合が加わり、ITUC(国際労働組合総連合)ができました。
  これが事実上、唯一の国際的な労働組合運動のセンターです。ここに157の国・地域から、312のナショナルセンターが結集しています。組合員の数は1億7000万人です。このほかにWFTU(世界労連)という組織もあります。ちなみに、私が務めているILO理事を例に説明しますと、労働側の代表が14人、使用者側14人、政府代表28人の計56人で、理事会が構成されています。労働側代表14人を選ぶのに、加盟183カ国の労働代表が1人1票を持って、選挙をします。14人はすべてITUCが推薦する人です。そのことに現れているように、ITUCは「実質上唯一の」と言いうるわけです。
 

2.国際活動の主な領域

 このITUCを中心とする国際労働組合運動の主な領域とは何でしょうか。
ITUCは、人権や労働組合権の確立、ジェンダー平等の実現、環境保護、反戦・平和、ディーセント・ワークの実現を挙げています。
ILO(国際労働機構)は、第一次世界大戦後のパリ講和会議において、1919年に設立されました。労働の世界での社会正義をとおして恒久平和をめざす組織です。国際労働基準をつくり、それがきちんと守られているかどうかを監視することが役割です。
  次にOECD-TUACです。OECD(経済協力開発機構)は、先進工業国30カ国が加盟する経済協力のための組織です。ヨーロッパを中心に、アジアでは日本と韓国、太平洋ではニュージーランドとオーストラリアしか入っていません。圧倒的多数はヨーロッパの国々です。OECDのなかにTUAC(Trade Union Advisory Committee労組諮問会議)が置かれています。この組織を通じて、OECDをはじめとする国際機関や政府間会合への政策提言・要請を行っています。また、OECD-TUACの働きかけによってつくられた「OECD多国籍企業ガイドライン」がきちんとOECD加盟国やに適用されているかどうかを見ています。
  もう1つはGUFs(国際産業別組織:Global Union Federations)で、産業別の課題に取り組んでいます。GFA(Global Framework Agreement:グローバル枠組み協定)を締結して、企業のあり方や企業活動が、人権や環境に優しく労働組合権を尊重・遵守し、汚職に関与しないか、を監視し、それらの政策や課題が、着実に企業活動の中に生かされるように取り組んでいます。
  これまでの話は、次の図を見て理解してください。ITUCの加盟組織は、日本の連合など157の国・地域における312の労組ナショナルセンターです。その下のITUC-AP(アジア太平洋地域組織)は、ITUCの地域組織としてあります。OECD-TUACには、30カ国における58の労組ナショナルセンターが加わっています。国の数とナショナルセンターの数が合わないという疑問が当然ありますが、歴史的経緯、運動方針や政権との関係などから分立・競合し、複数のナショナルセンターがある国があるために、国の数と組織の数が合わないことになります。
  GUFには10組織があります。連合に加盟している主な産業別組織はそれぞれのGUFにも加盟しています。有名なところでは、自動車総連や電機連合などが加盟する国際金属労連(IMF)、教育関係では日教組が加盟するEI、公務員の関係ではPSIなどです。GUFには、ナショナルセンターではなく、各国の産業別組織が加わっています。
 ITUCとOECD-TUAC、GUFsが共同でつくる組織がGlobal Unionsで、さまざまな取り組みを共同で行っています。ILOで国際労働基準をつくるときには、ILOの労働側グループと緊密な連携をとって、意見を反映させます。条約・勧告を適用させる活動も重要です。違反がある場合には、ILOの監視機構である結社の自由委員会、条約勧告適用専門家委員会、総会・基準適用委員会に、提訴や報告などをし、当該国政府が早急に改善するよう働きかけを強めます。

ディーセント・ワークとは?
 国際労働組合運動における当面の最重要課題は、すべての人びとに「ディーセント・ワーク」を実現することです。decentという英語には、「適切な・上品な・ふさわしい」という意味があります。ILOの文書によると、ディーセント・ワークは「適切な水準の社会保障、賃金・労働条件が確保された社会的意義のある生産的労働」と整理されます。これは少々長いため、日本では「働きがいのある人間的な仕事」という表現で広く理解を求めています。
 ディーセント・ワークは、ジェンダー平等を基礎にして、4つの目標の促進を通じて達成をめざしています。①労働における基本的原則・権利を促進し、実現する。②男女の適正な雇用、所得を確保する機会を増大する。③社会保護の範囲と効果を強化する。④政労使三者の対話を強化することによって、共通の課題として、働きがいのある人間的な仕事の実現を図っていく。この4つは、相互に補完・強化しあう関係であります。
この4つの目標の第1にある中核的労働基準は、採択された188の ILO条約のなかで最も基本的な4分野8条約です。加盟国は、1998年に採択された宣言に基づいて、批准をしていなくても、これらを尊重・遵守する義務を負います。具体的には、結社の自由、団結権、団体交渉権の保護(87、98号条約)、強制労働の禁止(29、105号)、児童労働の廃絶(138、182号)、平等と反差別(100、111号)です。
 残念ながら日本は、105号と111号をまだ批准していません。批准をしないと、条約勧告適用委員会で、「この条約を批准しているにもかかわらず、国内法をきちんと条約の精神に合うように改正・整備していません。労働行政をそれに見合うように推進していません。法律を改正・整備し、労働行政のあり方を転換する必要があります」という勧告を受けることはありません。批准するということは、それを必ずしなければならない義務を負うので、拘束力が違います。
 次の話題に移る前に、IMFの政府財政支出統計から2007年のGDPに占める社会支出の比率を見てみましょう。先進工業国とアフリカ、中東、アジア太平洋の途上国を含んだ地域、ラテンアメリカ・カリブ海諸国との比較において、大きく社会支出の比率が違うことがわります。アジア太平洋地域は2.2%で最低水準です。先ほどから言っているように、金融経済危機が社会的危機にまで及ぶことが、世界的な傾向としてはっきりしています。もっとも激しく影響が及ぶのは、貧困層です。貧困層の状況を改善するには、社会的な再配分機構がきちんと確立されなければなりません。平たく言えば、集めた税金をどのような分野に支出するのか、それをとおして、生活の最低保障をするのか否かが、問われています。途上国の場合、社会的分野への税金の配分が、非常に少ない状況です。それにより、今回の危機の打撃が貧困層や低所得層に強く働きます。これをどのように克服していくのかが、国際労働組合運動の大きな課題です。

3.グローバル危機への対応

 今年3月末から4月初めに、G8とG14労働大臣会合、通称、労働・社会サミットがローマで行われました。G20の会合は、昨年11月のワシントン会合に引き続いて、4月2日にロンドンで開かれました。G8とは、アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、フランス、日本、カナダ、ロシアの8つです。これまでは、国際金融政策の分野ならこの8カ国の中央銀行総裁や大蔵大臣が、労働分野なら労働大臣、環境問題なら環境大臣が集まって議論をしました。各国首脳は、それぞれの分野の大臣会合で出た結論をふまえて、首脳会議で向こう1年間の活動の合意を出してきたのです。ところが、G8で合意してもうまくいかなくなってきました。そもそも、G8で合意ができないという事態が生じたのです。
  労働社会分野においてはG14、つまりG8+6カ国を加えて話をしないと、物事がおさまりません。この6カ国とは、アジアから中国とインド、アフリカからエジプトと南アフリカ、中南米からメキシコとブラジルです。いわゆる新興国と言われ、急激に経済力をつけて国際社会のなかで発言力を高めたといわれるこれらの国々を加えて、一緒に膠着している問題の解決に向けて、どうしたら良いのかを相談することになっています。その会議がローマで開かれました。
  会議にむけて、G8+6カ国の計14カ国の労働組合ナショナルセンターの代表は、今の状況をどう見るか、それを克服するために何が必要か、という議論を数ヵ月前から重ねて、労働組合声明というものを練り上げます。それを、議長を務める開催国の担当大臣に要請して、さらに議題や結論について提案するという活動をおこなっています。

現在の世界経済危機に対して
  今回のように、危機が社会的なレベルにまで拡大すると、単に金融の問題が克服されればそれで良いということではありません。逆に言うと、社会的な問題を克服しなければ、本当の意味で金融や経済の問題は解決しないのです。その観点から、労働市場や社会的セーフティネット、景気回復策をどうするのか。賃金デフレのリスクをどのように克服するのか。また、グリーン・ジョブといって、地球温暖化に対してそれを克服する中身を含んだ回復策である必要があります。
  これは、オバマ大統領のグリーン・ニューディールという考え方に結びつきます。ILOやIMF、世銀、WTO、OECDという国際機関が、人びとの生活の危機が克服されるような政策に転換する形で、機能を強化していくことが求められているのではないか。そのことをとおして、効果的で説明責任のある経済的なガバナンスのあり方を構築していくことの重要性を訴えたわけです。
  これに対して、「人々を第一に、危機の人的側面に共に立ち向かう」という総括が、議長を務めたイタリアの雇用労働大臣を中心にまとめられ、採択されました。そこに労働組合側からの提言や要請が反映されています。G20ロンドンサミットの場合も、同じような提言をおこない、首脳声明への反映が実現しています。「回復と改革のためのグローバル・プラン」として、万人のための公平で持続可能な回復の確保に関する提言内容が反映されました。
  ニュースでご覧になった方がいると思いますが、麻生総理はサミットで、ドイツのメルケル首相を批判する演説を行いました。アメリカとイギリス、日本は、金融機関への公的資金のさらなる注入を支持しました。それに対して、ドイツのメルケルを中心とするヨーロッパの人々は、もはや金融・財政の危機ではなく、社会的危機をどう克服するかという次元に達している、そのため社会的側面を重視した回復策を確立しなければならないと主張しました。
  メルケル首相は、G20の会議に臨むにあたって、5つの国際機関(ILO、IMF、世銀、WTO、OECD)の専従の事務総長と事務局長を、2月にベルリンに招聘しました。社会的側面をきちんと組み込んだ回復策のために、国際機関はいかに改革されるべきか、共同した政策について、イタリアのトリモッティ金融・財政大臣と相談してまとめ上げました。これを「メルケル・トリモッティ・イニシアチブ」と呼びます。彼女は社会的側面の重視を訴え、公的資金のIMFへの注入だけでは済まないことを主張したのです。
  それに対して麻生総理は、金融機関への共同の資金投入が問われているときに、それに反対する残念な主張であると批判しました。これは、例えばフィナンシャル・タイムズなどの経済の専門誌の記者から失笑を買った、という一場面がありました。

フランスのとりくみ
  それぞれの国の取り組みを紹介します。まず、フランスの例です。
「見たか、サルコジ! これがストだ」。これは、1月29日に行われたストのデモ行進のなかで、もっとも拍手喝采を浴びたスローガンとして、ル・モンド紙に紹介されたものです。
  資料は、ル・モンドやフィガロなどのフランスの新聞報道と、ILOの理事会でフランスの理事になっている仲間から聞いた話、さらにILOの経済問題の専門家の情報を基にまとめました。
  このデモは労働8団体の呼びかけによって、1月中~下旬にかけて行われました。それに賛同する政治戦線と社会戦線の人々などが、ネットで連絡を取り合い、地域ごとに会合を持って共同戦線をつくりました。政治戦線とは政党のことで、社会戦線はNGOや労働組合以外の社会的な組織のことです。
  文字通りに新聞のタイトルを訳すと、「人民戦線」となります。組合と政党と社会的な戦線が人民戦線を構成して、サルコジ大統領の新自由主義的な政策は危機の克服に逆行するため、その考え方を変えるべきだと主張し、大きなデモンストレーションを行いました。新聞報道によれば、デモへの支持率は69%で、3月15日に行われた第2波のデモ・ストに対しては74%と、非常に高率な支持をとりました。
  デモに参加した人たちの声を紹介します。まず、生活不安、政府の行き過ぎた統制への批判です。貧困の進行、失業、生活の困窮した仲間への連帯として、スローガンには「Yes, We can」に対して、「No, We cannot」とあります。サルコジの政策は、オバマの政策と全く反対であり、今やオバマが推進して400万人の雇用をつくり出そうとしているグリーン・ニューディールのような政策こそ有用だとあります。
  「フランスは、危機の影響を可能な限り緩和する最も強力な切り札を持つ国の1つである」これはル・モンドの記者の言葉からの引用です。「今回のデモ・ストによって証明された」というのが記者の総括的な見方です。つまり、誤った政策が行われたときに、組合も政党も、そしてNGOやそのほかの社会的な組織も立ち上がってそれを正し、それに異議ありといって直そうとする健全な勢力が社会に存在するという見方です。そのことが危機の影響を可能な限り緩和する切り札になるというのです。
  これを聞いて、日本の現状をどのように感じるでしょうか。写真は1月29日のデモです。CGTやCFTCの旗が見えます。労働団体8団体のうちの代表的な3つの組織のひとつがCGTで、元々はフランス共産党支持です。フランス共産党というのは非常に影響力が強いです。それから、CFTCはフランス社会党支持です。FOはCGTから分裂し、リベラル派で、単純に言えば右寄りの労働組合組織です。
  下の写真の真ん中のNICOLASとは、サルコジのファースト・ネームです。「ニコラス、今度はわかれよ!」と書いてあります。右側の若い女性が斜めに持っているプラカードには「再配分」とあって、再配分が重要だと訴えています。その下には「正義の尊重」とあります。「グランゼコール」とはフランスで最も高い水準の教育機関で、そこの学生がここに結集していることを意味しています。社会戦線にはこうした学生たちの声が反映されています。

アメリカの政策と労働組合
  アメリカの場合は、オバマの有力な選挙母体として労働組合があります。オバマとヒラリー・クリントンとの激烈な大統領指名獲得競争は昨年8月まで続きました。アメリカには2つナショナルセンターがあります。1つはAFL-CIO、もう1つはそこから独立したCTWです。AFL-CIOはヒラリー・クリントンをかついで選挙戦をやりました。それに対して、CTWは最初からオバマ支持でした。もちろんAFL-CIOは、オバマが大統領候補に決まってからは、対共和党との関係で大きな貢献をします。いずれにしても選挙戦をとおして、緊密な関係がオバマ政権とアメリカの労働組合運動との間にできました。      
  オバマは、今回の危機に対してグリーン・ニューディール政策を提起して400万人の雇用創出を打ち出しています。それに呼応して、AFL-CIOはグリーン・ジョブ・センターをつくって運動しています。さらに、公正賃金法が成立しました。ブッシュ時代の労働組合活動に対する規制強化を取り消すべく、建設プロジェクトにおける入札条件に労働条項を含めたり、経済回復諮問会議に労組代表を入れたり、景気対策法案に署名するなど、一連の改革をオバマ政権は行っています。これは、労働組合との緊密な関係が基礎になっています。
  AFL-CIOとカナダのCLCは、両国の政府に対して、共同で政策転換をすると言っています。今朝のニュースでは、3大自動車メーカーの1つであるクライスラーが、破産法の適用を申請すると伝えていました。これまで労働組合運動が勝ち取ってきたクライスラーの医療保険基金の団体は、雇用の維持あるいは企業の再建という観点から、制度変更についての交渉と協議を行い、一定の合意をつくり上げて、オバマ政権の政策に対応していると見られます。
  ご存知のように、アメリカには公的な医療保険制度がありません。私的な保険会社と個人が契約を結ぶのか、あるいは企業が保険会社と契約を結ぶという形で保険制度が運用されています。日本のような健康保険制度はありません。そのため無保険者がものすごく増えています。保険料が払えなくなったら、無保険者です。無保険の場合、医療費が非常に高くなるため、医者にもかかれずに、非常に深刻な社会問題となっています。オバマ政権は組合との協議を基礎にして、医療保険法制をつくることを提起しました。これに対して猛烈に保険会社が反対をしているというのが現状です。

日本の現実
  フランスとアメリカの例を簡単に述べました。では、日本の状況はどうなのでしょうか。ILOは、ディーセント・ワークを危機回復の要石であると位置づけています。今年のILO総会は、危機克服のために何をすべきか、について真剣に議論をする予定です。ILO総会の議題は2年前に決まります。理事会で議題を提案して、それを条約や勧告に結びつくように進めます。今年の議題は、職場におけるHIVエイズの問題です。これは条約または勧告にすることが決まっています。もう一つは一般討議といって、今年直ちに条約や勧告はつくらないけれども、将来つくるための討議を今年から開始しようというものです。それが2つ用意されています。1つはディーセント・ワークの中心であるジェンダー平等で、2つめは、新しい人口動態の下での雇用と社会保護です。
  ところが、危機が進行して社会的な問題、とりわけ雇用の問題が深刻化しました。ILOの非常に控えめな推計でも、この1年間の失業者数は、全世界で5千万人増えるだろうと言われています。1日2ドル以下で生活をせざるを得ない人は、全世界に14億人と言われています。この2ドル以下とは、購買力指数を使っていますから、物価水準をきちんと換算して、アメリカでの2ドルに相当する額、それ以下という意味です。
  こうした状況に対して、どうすればよいのか。特に、雇用確保と雇用のキャリアを失われた人に対する社会保護が重要です。新しい人口動態(少子高齢化)の下での雇用と社会保護の問題は、専門家会議での検討に当面委ねて議題から外し、さらに、ジェンダー平等に関しては、議論の期間を2日間短縮して、その空いた時間に危機克服のための議論を集中しよう、と3月の理事会で急遽決定しました。

  3月の理事会の席上で、上記資料(「失業者で失業保険の給付を受けていない者の比率と人数」)を含めた議案が配られたとき、一瞬会場がどよめきました。「日本はどうなっているのか。あの社会保障制度が全然ないアメリカよりもひどいのはなぜか」という質問がありました。ILO研究所は、特徴的な8ヵ国を選んで資料を出しました。そのため、すべての国のなかのワースト3ではありません。この表によれば、日本では、失業した人で失業手当をもらっていない人が、失業者のうち実に77%もいる、逆に言うと、失業した人の23%しか失業手当をもらっていないと示されています。
  フランスとドイツは、失業しても80%以上の人が失業保険をもらっています。イギリスは6割で、アメリカですら4割以上です。ところが日本は23%しかもらっていません。それは今の雇用保険制度が、週20時間以上働いて1年以上の雇用継続が見込まれる人を対象として、雇う側と雇われる側の双方で雇用保険料を払うことになっているためです。そのため、週20時間以下で1年以下の雇用しか見込めない人は手当がもらえません。ところが、週20時間以上であっても1年以上の雇用を見込めない人が、いわゆる非正規の人です。今回景気が悪くなったときにいちばん先に首を切られた人たちは、そこに属するわけです。さすがに政府も慌てて、この資料がちょうど出されたときに、国会で雇用保険法が改正されました。「1年以上の雇用が見込まれる」という加入要件を「6ヵ月以上」に改正したのです。しかし、それがどの程度の効力を発揮するのか、まだわかりません。いずれにせよ、失業給付ひとつを見ても、日本の社会保護の状況はほかの先進工業国と比べて、かなり劣悪といわざるを得ない残念な状況にあります。
  アメリカやカナダでは、自己責任・個人による責任というものが社会全体に浸透し、社会保障制度が置き去りにされてきました。しかし、そこよりもひどい日本の状況にショックを受けました。こういう状況を見ると、日本が克服しなければならない課題がたくさんあることを感じざるを得ません。この危機のなかで、どのような政策を実現したら克服が可能なのか、ということを今一生懸命に考えて、実現に向けて努力しています。
  長い時間、ご清聴ありがとうございました。

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