みなさん、こんにちは。今日は自動車産業の概要について少しお話しした後、日産自動車の労使の関係とワーク・ライフ・バランスに関する労使の交渉、協議についてお話ししたいと思います。はじめに、簡単に自己紹介をいたします。
私は1989年に短大を卒業して日産自動車に入社し、今年で勤続20年目になります。最初の配属先は、神奈川県にある「相模原部品センター」という部品の物流基地で、東京ドーム9個分の敷地の中に、30万点以上の部品を保管し、日本だけでなく世界各国からの部品注文を受ける仕事につきました。その後、2年ほど本社の秘書室に異動しましたが、それ以外は、一貫して部品関係の仕事に携わっています。1993年から常任委員(=労働組合の専従役員)になるまでの10年間は、「アフターセールス商品開発部」で、ディーラー・オプション向けのオーディオやナビゲーションなどの商品の企画開発の仕事をしていました。
2004年9月から労働組合の専従役員になり、労働組合とは何かを一から勉強し今日に至っています。 私が担当している東京支部には約1500名の組合員がいます。現在の役職は支部執行委員長ですので、その1500人を束ねて意見を代弁する代表者をしています。また、日産労組の全体の活動を決める意思決定機関のメンバーの一人でもあります。普段は職場に近い東京支部で組合員の皆さんのために活動しています。
1.自動車産業について
まず、自動車産業の概要についてお話します。平成17年の日本の人口は約1億2,800万人で、そのうち、就業人口はおよそ6,356万人になります。さらに、この中の約8%にあたる495万人が自動車関連産業の就業人口になります。皆さんは自動車と聞くと、トヨタや日産、ホンダなどの自動車メーカーを思い浮かべると思いますが、自動車関連産業の内訳を見ていただくと、495万人のうち、製造部門、つまり実際に自動車をつくっている部門(=メーカー)で働いている人は82万人しかいません。この他に、トラックなどの貨物運送業、バス・タクシーなどの旅客運送業、駐車場の経営などの利用部門が一番多く約264万人、自動車の小売業や整備業があわせて105万人など非常に裾野の広い産業となっています。
次に産業の規模ですが、平成17年の全製造業の製品出荷額は約296兆円でした。2007年度の日本の国家予算は約82兆円ですので、製造業だけでその4倍の売上げている事になります。その中の約16.5%にあたる49兆円が自動車産業の製品出荷額です。自動車販売が不調だと伝えられている最近でも、この出荷額は年々増加の傾向にあります。
2.日産自動車と日産自動車労働組合について
(1)日産自動車について
次に日産自動車についてですが、日産自動車は、主に自動車やフォークリフト、船舶の製造と販売、およびこれらに関連する事業を行っています。従業員数は約33,000人。管理職を除いた従業員数は約29,000人になります。関連会社を含めると、日産グループに勤務する人は約18万人になります。事業拠点は国内15カ所、海外41カ所、販売会社は国内137社、海外が43社となっています。2007年度の売上高は約10兆8,000億円です。
今回のテーマは「ホワイトカラー」の働き方ですので、ホワイトカラーを定義するために、日産自動車の人事制度と人員比率についてお話したいと思います。日産自動車は、コース別キャリア制度を導入しています。事務・技術系(ホワイトカラー)は、総合型プロコース、専門型プロコース、車両生産に直接携わる、テクニシャン型プロコースの3つのコースがあります。人員構成は、事務・技術系、生産関係それぞれ約半々になっています。数年前までは事務・技術系が4、生産関係が6で、生産現場に携わる方が多くなっていました。男女比率では、男性が90%、女性が10%弱と圧倒的に男性比率の高い企業ですが、生産現場にも3年前から女性の登用をはじめ、現在は約230名の方が働いています。
(2)日産自動車労働組合について
次に日産自動車労働組合についてお話します。日本の労働界は4段構造になっていて、日産労組は、企業グループ別組織の日産労連(加盟組合数:約420 組織人員約15万人)、産業別組織の自動車総連(組織人員約70万人)を通じて、日本の労働組合のナショナルセンターである連合(組織人員約700万人)に加盟しています。
日産労組は、本部と7支部、1地区から成り立っており、組織人員は約29,000人になります。本部には労働企画局、総務財政局、総合組織局があり、労働企画局が窓口となって会社と政策・制度について協議を実施しています。私のような組合専従役員は63名おり、全員が日々組合員のために働いています。女性の専従役員は私を含め2名です。2年前までは6名いたのですが、だんだん少なくなっています。
(3)日産の労使関係について
次に日産自動車と日産労組の労使関係についてお話したいと思います。日産労組は綱領に基づき、組合員の経済的、社会的、政治的な地位の向上をめざして7つの運動の基本方針にそって活動を進めています。その中でも今日のテーマである労使交渉時に核となる運動の基本方針は次の3点となります。まず1つ目が、「立党の精神を忘れぬこと」です。組合の使命は組合員の賃金、労働条件を安定させ、生活を改善させていくことにあるということを忘れてはならないということです。二つ目は「現実的であること」です。労働組合が観念論や近視眼的になっては組合員の利益を守ることはできません。常に長い見通しと的確な判断、現実を見つめ、現実にしたがって、問題解決をはかることが必要だということです。3つ目は「相互信頼を理想とすること」です。不信と争いの中からは真の幸福は生まれません。労使が互いに自制し、信頼関係を維持し、さらに深めていくこと、そのためにはそれぞれの立場における責任を果たし、お互いに信頼に値する組織になるよう努力することが必要だということです。日産労組と日産自動車は、長い歴史の中で培ってきた相互の信頼関係を明確にするために、労働協約を締結し、その前文のなかで、日産自動車と日産労組の信頼関係について以下のように謳っています。これは、労使双方が相互の信頼関係を大事にしているということだとご理解いただければと思います。
<労働協約前文>
『「日産自動車株式会社」と「日産自動車労働組合」とは、労使が対等の立場にたち、互いの責任を全うすることにより健全な労使関係を確立し、生産性向上に協力して取り組み、会社の永続的発展、従業員の雇用の安定及び生活の維持向上を図ることを目的として次の通り労働条約を締結する。』
【参考】効力の順位 ①法令>②労働協約>③就業規則>④労働契約
3.ワーク・ライフ・バランスとは
ワーク・ライフ・バランスという言葉から何を思い浮かべますかと聞くと、女性のための育児支援だったり、仕事をほどほどにして余暇を楽しんだり、介護の支援ではないかという返事が返ってきます。私は、ワーク・ライフ・バランスとは、安定した雇用の中で、仕事にやりがいをもって日々を過ごし、それに見合う賃金を会社から提供され、さらに私生活の充実につなげていくというサイクルがすべてうまく回っている状態が、ワーク・ライフ・バランスがとれている状況と位置づけています。つまり、仕事と私生活の満足度を上げ、それぞれの質を高めて、組合員と会社がwin-winの関係を持ちながら、生活の安定を確保していく活動だと考えています。働く人すべてがそれぞれのステージに合った仕事と生活の調和のとれた生活をしていきましょうという取り組みです。
皆さんは、労働運動の原点とも言える、「8時間は労働に、8時間は睡眠に、8時間は自由」と言うスローガンを聞いたことがありますか。1886年、アメリカの労働者が長時間労働の是正を求めて、「8時間は労働に、8時間は睡眠に、8時間は自由に」と訴え、8時間労働を要求して、ストライキを実施したとことが出発点になっています。その統一行動を行った日が5月1日だったので、5月1日を国際的な労働者の祭典の日(=メーデー)としています。現在の日本の労働基準法も1日8時間、週40時間を基本的な労働時間と定めています。雇用の確保を大前提に、人が人として尊厳を保った労働と生活の実現を求めていくことこそが労働運動の原点であり、ワーク・ライフ・バランスを求める原点だと私たちは考えています。
4.ワーク・ライフ・バランス改善の取り組み
(1)雇用の確保
日産自動車にとっての大きな転換点は1999年のルノー社との業務提携でした。日産自動車は1970年代後半から本格的な海外進出を開始し、自動車以外に繊維、機械、化学などにも参入し、多角化経営を行っていました。しかし、1991年のバブル崩壊以降、株式市場の低迷や設備投資の減速、個人消費の落ち込みなどで経済環境が悪化し、日産グループは大幅な減益となりました。その後も低迷が続き、1993年には座間工場での車輌生産を中止するなどの構造改革に取り組みましたが、1994年には過去最大の赤字に転落しました。1995年は一時的に持ちこたえますが、1997年度の決算で再び赤字に転落します。このころから企業の存続をかけて提携先を模索していくことになります。
1999年3月、日産自動車はルノー社と業務提携を行ない、カルロス・ゴーンがルノー社から派遣されてきました。この年の10月、日産の再建をめざす3カ年計画「日産リバイバルプラン(NRP)」が発表されました。その中には日産の村山工場や日産車体の京都工場の閉鎖をはじめ、多角化事業の売却を含めた資産売却、日産グループ全体で2万1千人の人員削減など組合員の雇用と生活に大きな影響を与える施策が含まれていました。その後、NRPをめぐる労使協議が本格化しますが、日産労組は雇用の確保を大前提に、次の方針を堅持して、労使交渉にのぞみました。
会社と労組のトップが中央労使協議会で交渉し、特に人に関わる課題については個別の分科会なども設け協議しました。さまざまな論議はありましたが、最終的には赴任条件や通勤条件、住宅の売却、購入など、ほぼ組合要求通りの解決をはかることができました。 これまでの経緯について非常に簡単に触れましたが、このNRPをめぐる労使の交渉については、当時、日産労組中央執行委員長として交渉にあたった萩原 現自動車総連事務局長が、同志社大学の寄付講座で「労使交渉の最前線から」をテーマに講義をされた時の講義要録が教育文化協会のホームページ
(http://www.rengo-ilec.or.jp/seminar/doshisha/youroku03_2007.html)に掲載されています。なぜ日産が赤字に陥ったのかという具体的な話から、ゴーン社長との会見の模様など生の声も伝えていますので、お時間のある方は、ぜひ、ご一読ください。
(2)人事制度の改革
さて、日産自動車はどうしようもない赤字の状態から「3年間で有利子負債をゼロにする」と対外的に表明しました。そして実際には、2年で有利子負債をゼロにするという、V字回復を果たしました。このV字回復の原動力となったのが目標意識改革である「コミット・ターゲット文化」でした。コミットというのは必ず達成する目標です。これが達成できて評価はゼロ。ターゲットは到達目標で、これを達成してはじめてプラスの評価を得られるという目標意識です。このコミット・ターゲット文化によって、達成時期と達成目標に対する評価が明確になり、個々人が立てる目標がよりシビアになっていきました。これに合わせて、人事制度についても、安定・画一的な年功要素の強い昇格制度から、個々人が企業に貢献する価値をベースに、会社と社員がニーズを高めあいながら尊重しあう関係をつくっていく制度へと変換を進めることになりました。
日産労組は、会社との労使協議の骨子を決める際、できる限り組合員の意見を反映しています。組合員全員に「HOTLINE」と呼んでいる機関紙を配布し、協議内容の報告・反響集約というサイクルをくり返しながら協議を進めています。新たな人事制度を入れるときも、具体的な協議に入るまえに、まずは会社からの提案を組合員に報告し反響を集約しました。2002年当時、組合員の反響は、概ね制度改訂を前向きに受け入れるという方が60%にのぼっておりましたので、労働組合として会社の提案を受けいれ、互いに制度構築を進めていくというスタートを切ることになりました。
4回にわたる労使協議とトライアル実施期間を経て、新たな制度は、賃金・一時金を決める報酬制度と、キャリアと役割を位置づけるキャリアコース別役割等級制度の2本立てとなりました。これによって自分の評価と賃金の位置づけが明確になり、キャリアについても自己選択ができるようになりました。制度を導入して4年目になりますが、毎年労使がそれぞれアンケート調査を実施し、その中から課題・問題点を抽出し、改善に向けた人労使検討委員会を実施しています。
以前の制度と比べて大きな特徴は、学歴、性別、年齢、勤務年数などを考慮の対象としないことです。
2007年度に実施したアンケート結果では、人事制度を良いと評価する人は約50%でした。制度を導入した効果として評価が高いのは、「自分の役割や強み弱みが明確になった」ことです。逆に課題としてあげられる代表的なものは、「部門や個人による目標設定のばらつき」や「評価者のばらつき」など、主に運用面になっています。中でも特に問題となっているのが、目標達成のストレスです。自己の目標達成を追い求めるあまり、チームワークで仕事を進める職場風土が希薄になってしまったことや、個々人にかかるストレスが心の病を引き起こす一因となることが、新たな課題として明確になってきました。
メンタル疾病の予防策としては、長期化させないことが回復への一番の早道と位置づけ、早期発見、早期治療を基本に、労使で専門のコンサルティング会社と契約し、年に1度一斉に心のチェックを実施しています。これは個人が自分を客観的に見つめる機会となるとともに、専門カウンセラーへの相談を促す制度となっています。心のチェックの結果によって早期発見の件数が増えていますが、逆に長期化や再発件数は減少しています。更に、部門ごとに結果を集計し、どんなばらつきがあるのかを見ています。職場環境に対して多くの人がストレスを抱えているといった結果が出た職場については、職場労使意見交換会を実施して、根本的な原因の解明や改善活動を進めています。
(3)ダイバーシティの推進
人事制度を改定して、個々人の仕事に対するモチベーションが維持向上されてきましたが、一方で、日産自動車の中の人材の多様化も進んでいました。倒産するかも知れない時代に長く新卒の採用を凍結していましたので、これを短期的に解消しようと、国内外問わず、積極的に中途社員採用を実施しました。さらに、ルノー社との人材交流も促進され、2,3年の内に人員構成が大きく変化しました。
また、社会的に女性進出機会が増加し、経済的にも自立した女性が増え、多くの消費行動に女性が関与する機会が増えてきました。そうした背景から日産自動車も従来の男性中心の体質から脱却し、ダイバーシティ(多様性)の高い会社への変革が経営課題となってきました。一方、労働組合としても、誰もが働き続けられる環境の整備、特に出産や育児、介護などの施策の充実を求めていくことが急務となっていました。
そうした一連の状況の中から、ダイバーシティ推進のために、2004年10月に「ダイバーシティ・ディベロップメント・オフィス」という独立した機関を設けて、この問題だけに特化した取り組みがスタートしました。
さて、皆さんは、ダイバーシティという言葉を聞いたことがありますか?辞書を引くと、「多様性」と訳されています。日産自動車ではダイバーシティを、「性別、文化、学歴、ライフスタイルなどを差別することなく受け入れて、ぶつかりあうことで、より大きな価値を創造していくこと」と位置づけています。差別をなくして機会を均等にすることで、より個性を発揮できる環境が生まれ、それぞれが相互作用となって、より大きな成果につながっていくと考えています。
多様化を進める上で最初の課題として採り上げられたのが女性社員の能力開発です。なぜ、最初の課題となったのか?その理由は、二つあります。一つ目は、自動車の購入者に女性が非常に増えてきたことにあります。当事の日産車のラインナップは残念ながら男性をメインターゲットにつくられることが多く、女性が購入したいという車がほとんどありませんでした。またこの頃から大型のセダンよりも、ワゴン車やRV車が売れるようになり、購入時に財布の紐を握る女性の意見が購入の決め手になることが多くなっていました。また、車輌販売の方法も、訪問販売から来店型へと変化していたため、販売店を女性や家族連れが入りやすい店舗へと変革をする必要もでてきました。
もう一つの理由は、労働力の変化です。少子高齢化が進展し、近い将来、男性だけでは十分な労働力を確保できないことがすでに予想されており、性別に関係なく戦力化することが会社の目標となりました。さらに、2007年4月に男女雇用機会均等法が改正されて、企業としての社会的な責任の立場からも、女性の活用を積極的に推進する必要性が出てきました。また、労働組合としては、共働き世帯の増加に伴い、女性が働き続ける環境を担保することが最優先の課題となっていました。そうした背景をふまえて、女性の能力開発に労使が一体となって取り組むこととなりました。
女性の能力開発をすすめるには、女性の労働力の変化をみていく必要があります。右の図は、2001年の日本・フランス・アメリカの女性の労働力率比較を表しています。アメリカとフランスのグラフは台形を描いていますが、日本はM字を描いているため、女性の労働力をM字型労働力率と呼んでいます。ガクッと下がっているのが30~34歳、一番労働力率が高いのが20~24歳で、ちょうど皆さんと同じこれから就職される年代です。就職した後、結婚や出産、育児をきっかけに職を離れる方が増えるため、30代前半が底になります。40代になると子育てが少し一段落し、パートなど別の形で復職する方が増えるという、日本独自の形になっています。アジアではお隣の国、韓国の女性労働力率も同じような形を描いています。働き続ける環境をつくりだすためには、20代後半から30代前半に何か施策をとらなければいけないことが見えてきます。
続いて、日産自動車の女性従業員の年齢分布を見てください。こちらもまったく同じで、20代前半をピークに、そこからいったんガクッと下がり、その先が上がっていくという日本の女性労働力率とまったく同じようなM字型を描いています。
このことを踏まえ、ダイバーシティ・ディベロップメント・オフィス(以下、DDO)
はこの年齢層の退職者に離職理由の追跡調査を実施しました。すると、転職を除くと、結婚や出産、育児を理由に辞められる方が非常に多く、特に2003年から2004年にかけて、育児を理由に退職される方が増えていることがわかりました。当時も日産自動車が育児支援を行っていなかったわけでは決してありません。育児休職制度や就業時間短縮制度、休暇制度はあったものの、いずれも法律の範囲内にとどまっていました。2004年にDDO設置された時に、ちょうど企業に次世代育成の努力を求める10年間の時限立法、「次世代育成支援推進法」が施行されました。これは企業自身に育児施策を進める努力をしなさいという法律です。労働組合と会社で、「仕事と家庭の両立に関する分科会」を立ち上げて、法制度を超えた育児休業制度や育児全般を目的とした休暇制度などを検討し、新たな制度を導入することになりました。
私には10歳の子どもがいますが、出産した1998年当時、育児休職は1歳までが限度で、保育園入園の関係で8ヵ月で復職しました。しかし、現在は先の部会での論議の結果、2歳到達後の4月末まで取得できるようになっています。育児支援制度は、妊娠時から休職できる母性保護休職と産前産後休暇を除くと男女関係なく取れる制度となっています。さらに、 2005年には神奈川県厚木市にあるテクニカルセンターに、「マーチらんど」という保育施設を設立しました。2008年4月現在、入所待ちが出るほど利用率が高い施設です。また、2006年度には育児・介護に関する在宅勤務制度を導入しました。男女とも取得が進んでいて、2007年度実績で、男性5名、女性20名がこの制度を利用しています。それではここで、これらの施策に対して日産自動車の社員がどのような受け止めをしているのか、2005年11月に放映されたビジネスサテライトの特集の一部をビデオでご覧いただきたいと思います。
さて、制度は導入されましたが、運用上の課題は、今も多く残っています。制度を利用する側からすると、「長期間職場をあけることは職場に迷惑をかけることになり申し訳ない気持ちになる」と言った声や、「自分の今後のキャリアに対する不安」の声が非常に多く聞かれます。逆に職場からは、「一人ひとりの業務負荷が高まるなかで、他の人の業務までカバーするのは正直つらいと」いった声が上がってきています。こうした声をそれぞれの立場から理解し、改善していくことが必要です。両者の声を聞きながら、どうしていけば、それぞれにとってよい制度になっていくか、現在は、こうした運用面の改善を中心に労使での協議を進めています。
(4)長時間労働の是正
次に自動車産業全体の総労働時間を見てください。1986年、世界から「日本は働き過ぎだ」との指摘を受けたことを機に、政府主導で年間1800時間台の労働時間の実現をめざして、その当時週48時間だった労働時間を40時間に進める取り組みがスタートします。さらに1992年の時短促進法の制定を受け、自動車産業としても新時短中期計画を策定して、1990年代の半ばに総労働時間1800時間台の実現を目指して取り組み始めます。その結果、1991年は2,237時間だった総労働時間が1993年には2,012時間まで下がりました。しかし、その後、日本の経済状況が悪化し、日産だけでなく多くの自動車産業が存続の危機を迎え、じりじりと増加に転じ、現在では2,100時間台で推移しています。 自動車総連では
総労働時間を削減するために、3つの項目に目標たてて取り組みを進めています。一つ目が「所定内労働時間の削減」です。就業規則で定められている労働時間を所定内労働時間といい、労働基準法の第32条で定められている1日8時間、週40時間を超えない範囲で企業ごとに定められています。自動車総連では、車両メーカー12労組で共通カレンダーを作成し、出勤日を244日、休日を121日と規定して、所定内労働時間が1,952時間となる取り組みを進めています。
さらに休日のうち118日を共通休日として設定することで、自動車関連事業に携わる中小企業の休日の確保に努めています。2つ目が、「所定外労働時間の削減」です。所定外労働時間は、残業や休日出勤など所定内労働時間を超えて勤務した時間数の合計になります。労働基準法32条では1日8時間、週40時間を超えて労働させてはならないと規定し、これを超えて労働させる場合は労働組合または従業員の過半数を代表する者と協定を結ばなければならないと定めています。この法律が第36条に定められているので通称「36協定」といわれています。所定外労働時間については厚生労働省が一定のガイドラインを示しており、3ヵ月で120時間、年間で360時間までとなっています。
では、ここで、所定外労働時間を削減するためにどのような取り組みをしているのか、、日産自動車の事例を紹介したいと思います。ひとつ目は主に開発部門に導入されている専門型裁量労働制です。これは「業務の性質上、時間配分などを労働者の裁量にゆだねる必要がある業務については、専門型裁量労働制を導入することができる。」という労働基準法第38条の3項に基づいています。裁量労働制のメリットは、「時間配分が労働者の裁量にゆだねられる」ことにあるのですが、実際には、時間配分を含め十分な裁量権を発揮できる機会は少なく、他部門との業務の関連もあり、結果として長時間労働や深夜残業につながりやすい事が課題となっています。この状況を改善するために、次の2の施策を実施しています。
その一つが、「チャレンジ20」です。20週間で20%の業務効率化をして、夜8時には帰りましょうという取り組みです。一昨年に導入して、実際に80%ぐらいの職場が20%の業務効率化に成功し、20時に帰れるようになりました。現在も継続して実施していますが、自動車産業を取り巻く環境変化の影響などもあり、個々の職場によって状況は異なっています。
2つ目が、深夜残業の原則禁止です。22時以降の深夜残業は原則禁止とし、やむを得ず実施する場合には、当日19時までに人事部への届け出る必要があります。労使共通の目標として、2004年実績に対し、毎年25%ずつ削減し、将来的には深夜産業のゼロ化を目指しています。2006年の実績では2004年に対して約66%削減となっています。
取り組み事例の二つ目は、おもに事務職に導入している「時間管理制度」です。やむ終えない場合は、先ほどの36協定の範囲内で上司が部下に時間外労働を命じることができ、命じた時間は認定し賃金を支払う制度です。36協定は法律ですので、上司がこれに違反して協定以上の労働を命じると罰則として、6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金が処せられることになっています。
36協定の締結時間を少しでも削減するために、業務の効率化や負荷の分散化など並行して、次の2つの施策に取り組んでいます。
一つは先ほどの技術職と同じ深夜残業の原則禁止です。深夜残業の削減により全体の残業時間も削減が進み、何より体の負担が楽になりました。2つ目が、「定時退社日の設定」です。週1回もしくは職場の実態に合わせて不定期に設定しています。労使で、定時退社日パトロールも実施しています。最初にパトロールに回ったときは、「帰れ、帰れとうるさい!」という反応でしたが、職場労使で話あって定時退社日を設定してもらうように変更した結果、ほとんどの職場で定時退社日に退社できるようになりました。
定時退社日にどうしても業務の関係で帰れないときには、上司と相談して、残業申請をする職場もでてきました。さらに、職場独自の取り組みとして、定時退社日に「飛んで帰えろうフライデー」というポスターを掲示したり、「今日は帰って野球をみる!」という目標を貼り出すなども実施されるようになりました。
さらに柔軟な働き方を進めるため「フレックス勤務制度」も導入しました。一日8時間の勤務時間を朝7時半から夜の10時までの間で自由に設定できる制度です。さらに、1ヶ月の総所定内労働時間を満たせば、今日は6時間、次の日は10時間、その次の日は7時間という働き方も可能です。この制度のメリットは二つあります。1つ目が通勤ストレスの緩和です。通勤ピーク時をはずして出社することで、身体負荷が軽減することができました。2つ目は柔軟な働き方ができることです。仕事の波に合わせて時間の調整ができますので、休みをとらなくても、朝、病院や銀行、役所などに寄ってから出社することもできます。しかし、メリットばかりではありません。当然デメリットもあります。全員が同じ時間に勤務していないので、どうしてもコミュニケーションがとりにくくなってしまいます。さらに全員がいる時間帯で会議を設定しようとすると、なかなか時間があわず、結果として昼休みに会議が設定されるようになってきているのも大きな問題点になっています。
さて、労働時間を短縮するためのもう一つの取り組みが、年次有給休暇(年休)の取得日数の増加です。年休の日数は企業によって異なり、日産自動車は勤続年数によって付与日数を変えています。1年目は17日で、1年ごとに1日増え、上限が20日になっています。年休は、付与された日数をすべて年度内に消化すること=「カットゼロ」が最終的な目標ですが、現実にはまだまだハードルが高く、今年度は、一人平均年間17日以上の取得と年休取得10日未満者のゼロ化を目標にとりくんでいます。年休取得促進を阻む要因のひとつに、職場環境があります。日産自動車も数年前まで、「休むこと=悪いこと」というような風潮があり、また、特に管理職が休みをとらないことで、年休をとりにくい雰囲気を助長していました。年休を取らない人に理由をきくと、「仕事が忙しくて取れない」「休んでいるときに仕事を他の人に任せるのが心苦しい」という理由のほかに、「休みを取っても何をしたら分からない」という個人的な理由も含まれておりました。この3つはいずれも意識を変える事で克服することができると考えています。日産自動車では、まずは取りにくい環境改善のために、年休取得促進日を設定して休みやすい風土作りに努めています。出勤日の祝日に設定されることが多く、部門によっては、年間で17日間、年休取得促進日を設定しているところもあります。改善の効果としては、忙しくて取れないとしていた人も設定された休みをあらかじめ休日と理解することで、仕事のスケジュールを組みなおし、休みが取れるようになりました。また、一斉に休むことで他に人に仕事を任せる必要もなくなります。しかしこれはあくまでも休みやすい環境を作るための方策のひとつで、付与日数の少ない人や自由に休みを取りたい人にとっては、取得促進日はどちらかといえば迷惑でしかなく、「年休は自由に取得することができる」という法律の趣旨から言っても、早く自由に17日以上取得可能な環境を整えたいという目標を持って取り組み進めています。これらは、全て労使の取り組みとして協力しながら実施しています。
以上のように、自動車総連では、総労働時間1,800H台の実現をめざして、STRAT12というプロジェクトをかかげ、2008年から2010年の3ヵ年にわたって、各企業の実情に合わせて、この3つの指標に目標値をもち、取り組みを進めることで、自動車産業全体の総労働時間の短縮を目指しています。
5.今後の課題
以上、ワーク・ライフ・バランス改善の取り組みについて、雇用確保、人事制度、労働環境の整備、長時間労働の是正と4つの事例を紹介させていただきました。
いずれも、今後も継続して取り組んでいく課題ばかりですが、これ以外にも、少子・高齢化対応は大きな課題となっています。このまま少子化がすすめば、さまざまな社会保険制度に大きな打撃を与えます。「年金」は、近い将来給付開始が70歳に引き上げられるといわれているのはご承知の通りです。現在、ほとんどの企業の定年は60歳ですから、段階的に70歳までの定年延長が企業に求められることになるでしょう。ということは、仕事も職場環境も更なるエルゴノミクスを進める必要があります。
また、成果主義要素の強い人事制度の中では、自分の成果が賃金・一時金に反映されますので、評価があがらなければ、賃金が据え置きされるだけでなく、減額もありえます。企業に対し継続して成果を出し続けるには、つねに自己研鑽が求められます。
更に、労働時間を短縮するためには、フレキシブルな勤務体系が有効な施策になりますが、その制度を利用する労働者側のモラルと仕事への責任感がなければ成果につなげることができません。
こうした状況が労働者への過度な負担や不利な状況につながらないに、企業と協力しながら、改善を進めていくことが労働組合の使命だと思っています。
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