一橋大学「連合寄付講座」

2008年度“現代労働組合論I”講義録

Ⅰ ホワイトカラーの働き方と労働組合

第8回(5/30)

ホワイトカラーの処遇とキャリア(3):
情報サービス産業における労使の協議と交渉

ゲストスピーカー: 杉山豊治 情報労連政策局長

はじめに

 私は「情報産業労働組合連合会(情報労連)」中央本部で政策局長をやっています。情報労連はNTTグループやKDDIグループなどの通信会社、情報サービス会社などで働いている人たちを組織する産業別労働組合です。

 1982年に、当時のKDD、KDDIになる前の「国際電信電話株式会社」というところに入社しました。当時、国際テレックスという通信手段があり、そのソフトウェア開発などをやっていました。その後、いまから15年ほど前に、ようやく世の中にパソコンが出てきました。インターネットが出てきて、各会社のフロアにパソコンが並び始めた時代です。いろいろな職場でパソコンを入れてネットワークで結びますが、使い方がわからない、どうやってうまく使ったらいいのかというIT活用のサポートをする仕事をしていました。お客様は銀行が主で、銀行に常駐してサポートをしていました。10年前に労働組合から労働組合専門の仕事をやりなさいと言われて、組合の専従になりました。4年ぐらいで職場に帰ってエンジニアの仕事に戻るつもりでいたのですが、そのまま10年間労働組合で政策の仕事をしています。一番の得意分野はエンジニアでしたが、ここ数年、労働法制に携わっていましたので、いまはそちらがメインかもしれません。昔取った杵柄ではありませんが、現場を知っているということを活かしながら、省庁や業界との交渉のために、情報サービス業で何が課題になっていて、何をしないといけないかを伝えるために、データを集めたり分析する仕事をしています。

 今日のテーマは、「ホワイトカラーの処遇とキャリア~情報サービス産業における労使の協議と交渉」です。情報サービス産業は新しい産業ですので、現時点ではキャリアと処遇の仕組みが未だ確立していません。いま業界がダイナミックに動いていますので、今後どう業界が動いていくか、どうしたらよい方向に展開していくのかということを、理解してもらえたらと思います。

 5つの項目についてお話しします。1つ目は情報労連について、どんなところが加盟していてどんなことをしているか。2つ目は情報サービス産業の動向。皆さん情報サービス産業といってもあまり明確なイメージが湧かないかもしれませんので、どういう産業があって、現在どのぐらいの規模なのかも含めてご説明します。3つ目は、IT人材の展望と戦略についてです。世界はどういう状況で動いていて、日本はどんな戦略を持っていて、具体的にはどんなことが展望されているのかを紹介したいと思います。この業界は非常にきついというイメージがあって、新3K職場「きつい、帰れない、結婚できない」とよく言われています。そのため、この業界を目指す人がなかなか増えません。今後の戦略を説明させていただくと、その辺が徐々に解消されて、逆に創造性がたくさんあって、やりがいがあって、個々人が持っている能力をフルに発揮できる業界にいま変わりつつある、というところをぜひ理解してもらえればと思います。

 4つ目は、もう少し広い意味で情報サービス業界における政策課題と対応について説明します。最後は、「ソフトワーカーの労働実態調査」について話します。

1.情報労連について

 情報労連に加盟している組合は228あります。通信業としては主にNTTグループ、KDDIグループです。残念ながらソフトバンクだけは入っていません。通信建設業というのは、馴染みがないかもしれませんが、通信というのは線をひかなければつながりません。皆さん携帯電話をお持ちになっていますが、携帯は必ず基地局に電波が飛びます。基地局と基地局の間は線で結びます。その線を結ぶ作業をしている会社が協和エクシオや日本コムシスなど約100社ほどあります。今日のメインになります情報サービス業としては、業界最大手がNTTデータ、NTTコムウェアというNTTグループ内の会社に加えて、日本ユニシス、伊藤忠テクノサイエンス(CTC)、アイネスなど、日本の情報サービス業の売り上げを上から順番に並べていくと、ほぼ大手が加盟しています。

 情報労連は通信業、通信建設業、情報サービス業がメインの産業別労働組合です。一時期どんな労働組合でも業種でも一緒にやろうという運動をやりまして、その時にいろいろな労働組合が入ってきて、セメダインや高清水酒造という秋田の酒造の労働組合などが入っています。全体の組合員数はだいたい22万4千人です。

2.情報サービス産業の動向

 情報サービス産業の売上高は右肩上がりで上がっています。業界としては伸びています。そこそこいい業界であるということです。

 ソフトウェア開発や計算事務等情報処理など、情報サービス業といってもいろいろな業務があります。ソフトウェア開発とは、お客様からこういうシステムをつくってほしいと言われたものをいろいろなハードウェアを集めてソフトウェアをつくり込んで、お客様のニーズに応えたソフトを出すという受託開発です。計算事務というのは、例えばある会社で社員の給与リストをつくるとか、お客様の管理リストをつくるとか、統計をとるなど、いろいろな事務作業を請負って自社のコンピュータでその処理を行ってアウトプットを出すなどの業務です。システム等管理運営受託とは、例えば、システムは24時間動かしていますので、それが夜中に壊れたとき面倒を見るなどの業務です。データベースを提供するサービスや各種調査などもあります。

2006年で一番伸びているのがソフトウェア開発です。日本の情報サービス業は、お客様からこういうシステムをつくってほしいというのを受けてつくり込みをして提供する仕事がいまのところメインです。欧米諸国を見るとだいぶ変わってきていて、どちらかというとデータベースサービスが多いです。サーバーを用意しておいて、お客様からそこにアクセスしてもらって、ほしいデータを提供するというサービスです。パッケージソフトもあります。よくCMでやっている「大蔵省」という経理の財務管理ソフトなどがあります。会社によってはこれを使って財務管理を実際しています。このようなアプリケーションをつくり込む作業が欧米の方ではメインになりつつあります。

 ソフトウェア産業を資本金規模別に見ると、資本金の高い方が、1事業所あたりの年間売上高も高くなっています。資本金が高いということは人が多い、人が多いということは受け入れられる分量が大きい、そこで売上げが上がるということです。1000人抱えているところと10人抱えているところでは受注できる業務量が違いますので、当然の結果です。

 情報サービス産業の事業所数と従業者数を見ると、事業所数は全体的なトレンドとして上がってきています。2000年度を100とすると2006年度で146.4です。どんどん会社が増えています。新たに個人で起業する方、会社から独立してこういう仕事をする方が絶えずたくさんいるということです。従業員数を見ると、これも2000年度を100とすると131.9です。際だって増えてはいませんが、全体的なトーンとしては増える方向で動いています。産業全体を概観したときに、売上げも増え、事業所数も増え、働いている人もゆるやかながらも増えているととらえていただければいいと思います。

 日本におけるオフショア開発の規模について見ると、右肩上がりとなっています。「オフショア開発」とはあまり聞き慣れない言葉だと思いますが、例えば、あるソフトウェアをつくるために私がその制作に1ヵ月働くと30万円か40万円もらわないとペイできませんが、発注するお客様にすると結構な値段になります。それをいま同じソフトをつくるのであれば中国へ行って中国の人につくってもらえばどれだけか、インドの人につくってもらえばどれだけかという議論になります。国と国の賃金レベルの差がかなり出てきます。日本で日本人に発注するなら、中国へ行って安い値段でやってもらったほうがいいということで、諸外国に開発の拠点を持って行くという流れがあります。それがオフショア開発です。以前、一番流行ったのが中国で、次にトレンドが向いたのがインドで、最近はベトナムと言われています。オフショア開発の拠点にどんどん受注がいくと人件費が上がってきますので、いつまでも拠点として成立するのは難しいわけです。

 全産業平均の労働時間について厚生労働省の毎月勤労者統計を見ると、2005年実績は、所定内では1872時間、所定外が156時間となっています。所定内というのは例えば9時から5時までで週休二日の勤務であれば、その決められた労働時間の時間数で、所定外は残業時間です。所定外は156時間とは、だいたい平均して月10時間強は残業しているということになります。それに比較して、情報サービス業の所定内は1866.8時間で、平均に比べて低いです。普通は9時に始まって5時に終わっているとすれば、情報サービス業は4時50分に終わっている計算になるわけです。ただ、残業は311.2時間と、非常に残業が多い産業です。締め切りに追われる、開発納期に追われるなどの関係があります。その代わり残業代はつきますので、その分残業代をもらっている人が多いということになります。

 情報サービス産業に対する認知度・イメージについては、あまりお示ししない方がいいかとも思いましたが、正確な産業のありようを知ってもらいたいと思います。情報サービス産業協会という、業界団体の実施した調査を見ると、情報サービス産業を「日本の社会や経済を担う基幹産業である」と思う人は31%、どちらかというとそう思う人は60%、合計で90%以上の人が基幹産業だと思ってくれています。「活力があり成長度が期待できる」という点でも90%を超える認識があります。ただそういうイメージがある一方で、本当に悔しいけれども、「人を大切にする産業である」と思う人は100人中1人しかいません。現在のところは非常に大変な職業だ、必要だから伸びると思われているが、働くという点では、少しきついのではないかというのが、正直な感想になっているのだと思います。仕事や労働環境については、どちらかというと「長時間労働や残業が少ない仕事である」と思う人が100人中4人、「どちらかというとそう思わない」人が55万人となっています。仕事と家庭の両立というのがいま流行っていますが、これができる労働環境かというと、さすがにそう思わない人が多くなっています。「給与水準が高い仕事である」は、6割程度の人がそう思っています。「技術者として長く活躍できる」かというと、半分いかないのでそんなに長くいけるとはあまり思われていませんが、そんなに少ないわけでもありません。これは実は学生を対象に行ったアンケートです。皆さんと同じような方々に出したアンケートの結果です。

3.IT人材の展望と戦略

世界のIT産業の人材戦略

 世界的にIT事業というのは、欧米や中国、インド、ベトナムをはじめいろんなところでやっています。特に発展途上国と言われているところは、資本をたくさん投下しなくても教育をすることによって、IT人材を養成することができます。製造業のように非常に大きな投資を必要とする産業をいまから追いかけるよりも、知識集約型と言われているIT産業にかなり踏み出している国が多いのではないでしょうか。IT人材は新興国が供給源です。インドや中国はオフショア開発で、安くやってもらう拠点だったわけです。そこで教育をして経験が積まれると、より高度なソフトウェア開発ができるようになるわけです。いつまでもオフショアとして安く使われるだけでなく、自分たちもより高付加価値の仕事を受注できるようになってくるわけです。そうなってくるとインド、中国の一番の強みは人口です。日本が1億人いて、その中で情報サービス業に携わっている人はたかが知れています。中国に13億人、インドに11億人の人々がいます。日本と同じ比率でIT産業に携われば莫大な人材を抱えることとなります。その中にはきわめて優秀な人が、優れた教育によって、どんどん表に出てくる可能性があります。そういう意味では、中国やインドの世界的なメガプレイヤー化は目前というのが、世界の共通認識です。日本はより高付加価値職種へのシフトが言われています。コマンドを打って一所懸命ソフトをつくるというよりは、経営戦略や会社の経営とITをどう結びつけるかとか、高度なレベルの仕事に変わっていくと言われています。単にIT技術だけの国との差別化を図って、日本のIT産業を発展させようというのがいまのトレンドです。

 世界のIT産業がめざす高度IT人材像については、世界各地でいろいろな方向性が出ています。欧米は、基礎的なソフトウェアをつくり込む人が新興国に多いことを踏まえた上で、高度な業務に特化した人材を養成していこうという流れです。新興国は、それぞれの発展段階に応じた人材戦略を持っています。オフショア開発の拠点として、安い労働力を提供しますので、ぜひこちらでやってくださいという基本戦略を持ちつつ、賃金水準が上がるとより高いレベルの仕事に変えていくという流れがあります。

 そんな中で、欧米では、低価格型だけでない高度な業務についてもインド等、海外の人材資源を活用しようとしています。もうオフショアだけでなくて、多少高度なところも安い人件費のインドなどで開発しようとしています。逆に言えば、それができる人材を集中的に育てるという戦略です。もう一つ欧米が進んでいるのが、産業界と教育界の横断的な取り組みによる新たな産学連携の模索です。例えば、産業界が求めるIT人材を高校教育、大学教育の中で育てて、その人たちが産業界に入って活躍し、そこである程度やったらまた教育機関に戻って次の人材を育てるという、教育の仕組みをつくり上げています。

 インドは最近すごく発展しましたので、もともとものすごく安かった人件費が結構高くなってきました。先ほど見たように日本では100人中1人しか情報サービス産業を「人を大切にする産業」と見ていませんが、インド人は非常にグレードの高い産業として受け止めています。それに見合う処遇を常に求めています。インドは国家戦略としても、そういう人に高い処遇を与えて招き寄せていて、結果として人件費が高くなってきています。人件費が高くなってくると、先進国と同じような課題に直面します。人材の競争力評価が必要となります。実際に調べてみて驚きましたが、日本よりもはるかに優れた評価の仕組みを持っています。IT人材がどういう能力があって、どういう競争力があって、どういうことができるかを分類し、評価する仕組みをつくって、それを国家プロジェクトとして進めています。

 中国政府はハイエンドの人材不足に危機感を持っています。中国は人口が多いので、安い賃金でプログラムのステップを打つという人材はものすごい数がいます。ただ経営と一体となったITの仕組みを考案して提供するだとか、経営の仕組みそのものをIT とセットで考えるといったハイエンドの人材はまだ育っていません。プロジェクトマネージャー(PM)という一つの仕事の全体をコーディネートできる人を育成することに、中国はいま非常に力を入れています。北京の有名な大学では、モデルとなるソフトウェア工学院を設置し、公的教育機関だけでなく民間とも連携して人材を養成しようとしています。実際、中国はあまりにも大学でのソフトウェア開発に力を入れたので、大学教授たちはソフトウェア開発を教えることよりも、お金儲けの方が上手になったというのが実際らしいです。大学教授でもソフトウェアをつくり込んでお金を儲けられない教授は評価されない、というのが新しい問題として出てきているようです。戦略として、大学との連携に非常に力を入れているということが大切なことだと思います。

IT開発手法、人材スキルに関する国際標準化の動向

 IT産業で働いて実際にどこまでできればこの人は標準なのか、どこまでできれば人より優れているのか-毎回横に並べて同じ仕事量でやればわかるのでしょうが-なかなかわかりません。想像していただくのが非常に難しいですが、同じような作文を書いてもらって、どっちの作文が優秀かというのはなかなかわかりません。明らかに誤字脱字などがあればわかりますが、同じような中身で書いているときに、どっちの作文がすばらしいかはなかなかわかりません。よりよいと思われるほうに、よりよい処遇を与える必要があります。そういう仕組みを世界的にもつくっていく必要があるという認識がいろいろな国で芽生えています。イギリスが最初に提案した仕組みとして、「国際標準化機構(ISO)」での取り組みがあります。ここでは、プロジェクトマネージャーがどういう仕事をして、どういう仕事の管理をして、どういうプロジェクト推進をすればいいのか、ということを国際標準化しようと動き出しています。アメリカもこれに賛同して、イギリスとアメリカが主導しています。実はこの開発手法をイギリスとアメリカが主導しているというのは大変なことなのです。外国人が歴史と文化の中でつくり出した開発手法は、日本人がいままで培ってきた日本人独特の開発手法とは一致しません。日本人の特性や文化を無視した標準化がされてしまうと、日本の産業にとっては痛手になってしまいます。したがって、アメリカとイギリスが先行している標準化の作業に対して、日本としてもアプローチして、日本人として損をしないような仕組みを求めていく必要があるというのが課題です。

 人材スキルについて、欧米先進国は、人材の最適配置を通じた効率的な生産体制の確立を推進しています。その人は何ができてどんなものが開発できるかということを、どこの国でも同じように評価できるようにしようという考え方です。ソフトウェア技術者の認証、ランク付けの標準化を国際標準化機構で進めています。

 EUは国境をできるだけ低くして人材流動化を図っています。同じ仕事をしている人がフランスではこの評価だったのに、イタリアに行ったら別の評価になってしまうと、人材は動きません。すなわちフランスで仕事しても、イタリアで仕事をしても、同じ評価で同等の処遇がもらえるということになって初めて人は国境を越えて動きます。EUは、人材の流動化を図る目的で、客観的評価の仕組みに力を入れています。欧米の有力標準化団体は、アメリカとヨーロッパ大陸だけではなくてアジアも含めて世界規模で標準化をやろうとしています。日本人に合うか合わないかはわからないですが、デファクトスタンダード(事実上の標準化)が進んでいます。

わが国における高度IT人材育成に向けた施策

 次に日本の取り組みがどうなっているかをお話しします。日本のIT業界が今後どうなっていくか、基本的なところを考案している、組み立てている段階だと受け取ってもらえばいいと思います。

 基本戦略は、教育機関との連携を進めて優秀なIT人材が自立的にどんどん生まれてくる仕組みをつくろうということです。そのために、一つは産業内において人材育成をどうするか。いままでは入ってきた新入社員に仕事は見て覚えろとか、背中を見て覚えろと言ってきました。そんなことをやっていても効率はよくないので、計画的に長期的にどう人材を育てていくか、その必要性がいま注目されています。もう一つは産学連携、特に大学・専門学校と産業との連携をしっかりとくみ上げて、優秀な人材がどんどん育っていく仕組みをつくって行くというのが基本戦略です。

 人材育成プラットフォームの構成要素としては、1つは「人材需給の好循環メカニズムの構築」です。これは、教育機関から産業で求められている人材に合致した人が産業に上がってくるような仕組みの構築です。もっといえば、情報サービス産業に入って力を発揮したいと思う人が増えるような業界の改善です。

 2つ目は「高度IT人材の具体像(キャリア・スキル)の可視化・共有化」です。これは今日のホワイトカラーのキャリアと処遇というテーマと一番合致するかと思います。これらを可視化、共有化して、標準化する必要があります。

 それから、「人材育成手法の確立」「客観的な人材評価メカニズムの構築」「産学連携による実践的教育システムの構築」「グローバルなIT人材育成メカニズムの構築」「高度IT人材育成のための推進体制づくり」がいま検討されている方向です。

 「客観的な人材評価メカニズムの構築」はこれからです。「共通キャリア・スキルフレームワークの構築」と言われています。いま日本で働いているIT技術者、ITエンジニアと言われている人たちのレベルをしっかりと把握し、認証できる仕組みをつくるというのが、共通キャリア・スキルフレームワークの考え方です。いま現在、実践的に使えるものがないので、その構築がとても急がれています。業界の大きな要請と合致しています。

4.情報サービス業界における政策課題と対応

情報サービス業界の現状

 業界の抱える課題の1つは、時間外労働が全産業平均より多いことです。勤務時間終了後の待機がよくあります。お客様のシステムをメンテナンスしなければいけないので、夜中でもシステムが停止したら来て直してくれと言われることがあります。それに対してどう労働環境を整備するかという問題です。2つ目は多重下請構造による格差です。これは一重受け、二重受け、三重受けとよく建設業界で言われているものと同じような仕組みがあるということです。3つ目は国際競争力をどう高めるかということです。これまで具体的な戦略があまりありませんでした。4つ目がとても大切ですが、不完全な技術者の評価スキームのあり方です。

 こういう課題が放置されたまま何年も来ましたので、業界自体の魅力度が低下し、結果として人材の採用難という現状に至っています。ソフトウェア開発もしくはITと経営との統合には高い潜在能力を持っている人が必要です。しかし、そもそもそういう人がこの業界に入ってこないとなると、この業界は伸びないです。国際競争力も低下します。情報サービスはあらゆる産業の基盤技術になりつつありますので、日本の産業全体の発展にも影響を与えてしまいます。

情報労連がめざす目標(政策課題)

 以上の問題を立て直していくために、情報労連はめざす目標(政策課題)を掲げて取り組んでいます。1つは「ワークライフバランスの実現」です。仕事と生活の調和、仕事と家庭生活の時間配分をバランスよくするということです。それができる産業にしていく、もっと言うと、育児や介護に直面しても女性が働き続けることが非常に求められるなかで、女性が一番働きやすい職場にここ数年で大きく変革していく必要があると考えています。

 2つ目が「公正な取引関係の実現」です。一重受け、二重受け、三重受けという多重構造があったり、お客様とIT業界の会社との契約の問題も不透明なところがあります。それをしっかりとルール化すること、これは現実に進んでいます。

 それから、技術者の評価スキームをしっかりと確立することです。欧米では進んでいると言いましたが、日本でも急いで確立できると、国際競争力は必然的についてきます。そうすれば先ほどの逆で業界の魅力度が上がっていきます。業界の魅力度が上がれば、業界を目指す人材が増えていきます。人材が増えて、ワークライフバランスがとれて、処遇が高くて、仕事も創造性があって面白いとなれば、潜在能力の高い人たちもどんどん集まるのではないかと思います。

 これらを整理すると「1.魅力度の高い産業へ、魅力度向上サイクルの実現」と「2.ライフステージに適合した働き方の実現」となります。2は残業が多くて呼び出しがあって、納期に追われて仕事がきつい現状を抜本的に変えて、女性がこの業界の中で子どもを生み育てて、介護や地域へのかかわりを持ち、それらを両立できる仕事と環境をつくることです。いろいろな人たちが情報産業に勤めてくれるような産業構造への変革を進めています。

 私たちは「情報サービス業界における魅力度向上サイクル」をつくろうとしています。なぜサイクルかというと、どこから手をつけてもいいということ、順番がないということです。計画的な人材育成ができるところはそこからやればいいし、処遇・評価、労働条件の向上はできるところからやればいいし、これは一つ悪くなれば負のスパイラルになりますが、一つでも変えていくことができれば、好転する正のスパイラルになります。先ほど触れた評価スキームの確立やワークライフバランスの実現をしっかりと行っていくことが、いまこの業界の進むべき方向です。希望する人が増えれば優秀な人材が増え、そこに計画的な人材育成を施せば、企業価値も上がります。そうなれば会社は儲かりますから処遇が上がる、処遇が上がっていく場合もきちんとワークライフバランスをとって、正しい分配をしていく。そうしてルール化していくと、また魅力が上がるということです。

ワークライフバランスの実現

 ワークライフバランスの具体的な点にもう少しふれます。例えば労働組合があれば、その会社との間で労働協約を結ぶ、組合がなくても就業規則を業界の中でルール化しなければいけないと考えています。お客様との関係がありますので、保守契約のルール化の問題も重要です。いまの業界の一般的な例だと、夜中でも呼び出されたりということが平気であります。当然それは必要ですが、タダでやるわけにはいかないので、契約に基づいてやるということを浸透させる必要があります。

 1日の労働時間の制限や1日の拘束時間の制限は重要ですが、これは法制化の問題です。実は日本の労働法制の中に1日の拘束時間は何時間までというのはありません。一つの勤務が終わって次の勤務まで何時間あけなければいけないというルールもありません。企業ごとには労使でルールをつくっている場合がありますが、労働組合がないところではそのようなものがなく、朝からずっと会社にいて、夜は泊まり込んで仕事をしなければならない状態も生じています。そうするとワークライフバランス上の問題が発生します。

 そういう意味では労働組合の果たす役割は非常に大きいです。例えば、何時間働いたら休みを与えなさいとか、メリハリをつけて働くためにはどうしたらよいか、働き方のマネージメントをどうするかなどを会社と労働組合が協議、交渉します。お互いにこの業界をワークライフバランスのしっかりとれた産業に変えるんだという意思をもってやっていくことが必要です。職場風土の改善は労働組合と会社が共同でやっていかなければならないことです。たとえばダラダラ残業の撲滅です。会社に残っていると残業代が出るし、あるいは上司がいるから帰れないということでダラダラ残業が発生します。しかし、そんなことをやっていたら、会社の仕事を早く終えて、自分のことをやりたいという人はこの業界に来なくなってしまいます。したがって、メリハリをつけて、しっかり成果を挙げて、あとは自分の時間をしっかり使うことができるような仕組みを労使でつくっていくことが重要です。

 最後にスキルアップ(人材育成)の問題です。オレの背中を見て育て、みたいな時代ではもうないので、必要な知識、必要な技術を計画的にしっかりと教えて、計画的な経験を積ませて人材を育成するということです。

キャリアと処遇(人材の評価スキームの確立)

 人材の評価スキームを確立するためには「人月単位からの脱却」が重要です。現在情報サービス業界は仕事を受注するときに、この仕事は重いのでいくら、この仕事は軽いからいくらという評価ではなく、この仕事は何ヵ月で何人かけたら終わる仕事量かということで評価しています。だから、とても簡単な仕事だけれど1ヵ月に10人掛かるということで10人月なのでいくら、とても難しい仕事だけれども1ヵ月1人掛ければ終わるということで1人月なのでいくら、ということが根付いてしまっている業界です。そこを変えていくことが一番の課題です。情報サービス業にふさわしい評価基準を確立することが必要です。成果の適正な評価、スキルの適正な評価、処遇とポストの切り離しを行い。どこの会社で働いていても通用する横断的な評価の仕組みをつくらないといけません。「共通キャリア・スキルフレームワーク」というのがいま経済産業省を中心に検討されています。改善したい要素はたくさんありますが、いまそれがつくり上げられようという段階に来ています。それができれば、量が多いからいくらではなくて、例えば、レベルが7つありますので、「レベル7の最高の人をこの仕事には3人とレベル5の人を2人つけます。だから5000万円です」という言い方もできるわけです。「うちはレベル4の人を7人つけます」「それじゃ2000万円だね」というようになってきます。人材の評価が客観的で適正であれば、そういう仕組みができあがっていきます。いままでの人月単位、物量だけの契約から大きく脱却できます。人月の重層構造の中で未だ不透明感がありますが、いま大きく動いていることを理解していただきたいと思います。

 「システム評価の適正化」や「優秀人材の差別化」も、人材評価を通じてできることです。ソフトウェアはだれがつくっても同じかというとそうではありません。バグというソフトウェアの設計ミスやコーディングミスは必ずあるので、コンピュータは必ず止まるものです。止まらないソフトウェアはありません。必ずミスがあるが、それがどれだけ出るかが問題です。10年間使って3回しか出なかったものと、1年間で5回も6回もミスが出て止まってしまうものとどちらの評価が高いかは明らかです。そういう評価の仕組みを作っていかなければなりません。

多重下請け構造への対応

 多重下請け構造への対応はなかなか難しいところですが、ソフトウェア等の無形知的財産の評価スキームを確立すれば、自動的に改善されるだろうと思っています。客観的にみんながこの人は優秀だと評価できる人が発注すれば、相場観ができます。それを契約すれば、ただ単に丸投げという仕組みはなくなっていきます。情報サービス業界は、そういうことが求められるところです。

ソフトワーカー労働実態調査から

 情報労連がやっている「ソフトワーカー労働実態調査」の2007年報告書からデータを抜粋して持ってきました。これは情報労連が約250の企業のソフトワーカーについて毎年調査しているものです。

 資料に従業員数と女性比率、業種別と企業規模別の平均年齢と平均勤続年数、非正規従業員を雇用している企業の比率、年齢ポイント別賃金比較、資格等級別の所定内賃金レンジ(幅)、資格ごとの取得者数と取得奨励の状況などの統計データが掲載されています。後で見ておいて下さい。(資料参照)

 次は年次有給休暇(年休)の付与日数と取得日数のデータです。年次有給休暇は会社に入ると必ず付与されます。年間20日付与されると、2年間有効なので、使わなければ40日たまります。一番大事なのは、その年休を取れるか、取れないかです。年休はあるが、会社に行って課長や部長に「休みたいです」と言ったときに、「バカ言え」と言われたら取れないわけです。隣の先輩に「年休をとりたいのですが」と言ったときに「おまえ仕事しているのか」と言われたら取れないわけです。年休を自分の権利として取れる、そういう仕組みがあるか、ないかが大切です。それでも取る人はどこへ行っても大丈夫です。

 労働組合がある場合とない場合では、ある場合の方が付与日数、取得日数とも上回っています。労働組合があれば、「労使協議」があります。会社と労働組合が、年休の取得状況を確認し、取れていなければ交渉してちゃんと取れるようにさせます。逆に会社が取れるように環境整備をしているのに、本人たちが取らないのであれば、労働組合は組合員に対してしっかりとることを勧奨します。こういうことをお互いにやる中で、交渉する、これが労使協議です。組合ありの場合で、付与日数が19.4日、取得日数が12.7日です。組合なしは17.2日と9.4日です。注目してほしいのは取得日数です。組合がある場合には、明らかに年休が取れる環境があります。職場環境に関する会社と労働組合の協議の結果としてこうなるという例です。 

 次は年間所定労働時間と年間総実労働時間です。総実労働時間は、所定労働時間と残業を足した年間の労働時間です。労働組合があると2036時間、組合がないと2103時間です。所定労働時間も組合があったほうがやはり短くなります(1849時間と1911時間)。

 最後に、企業規模別に見た労働組合の有無のデータを掲載しています。1000人以上の規模になると67.9%、300~900人だと50.9%、100~299人だと32.2%、100人未満は18.2%に労働組合があります。企業規模が小さくなると組合のある企業は少なくなっていきます。労働組合があれば、年休や労働時間、人事評価、さらには企業や業界をよくするために労使協議を進めることができます。

おわりに

 情報産業自体はこれから非常に大きく伸びていく産業だということは間違いないと言えます。いまはきつい、帰れないとよく言われますが、これからは創造性があって、自分の力が試せて、高い処遇があって、ワークライフバランスが実現する産業へと、いま大きく変わる段階にあります。今日の話で興味を持たれた方はいろいろ調べていただいて、ぜひこの業界に関心を持っていただければうれしいと思います。ご静聴ありがとうございました。

ページトップへ

戻る