一橋大学「連合寄付講座」

2008年度“現代労働組合論I”講義録

Ⅰ ホワイトカラーの働き方と労働組合

第7回(5/23)

ホワイトカラーの処遇とキャリア(2):
電機産業における労使の協議と交渉

ゲストスピーカー:新谷信幸 電機連合中央執行委員、組織推進センター長兼総合研究企画室長

はじめに
 私は「電機連合」という電機産業の労働組合の連合会で仕事をしています。電機産業は昔の労働集約型産業から知識集約型の産業に大きく変わってきており、ホワイトカラーの比率が非常に高い産業になっています。電機連合は日立や三菱、東芝などの大手から中小も含めた組織です。

 今日のテーマはホワイトカラーの処遇とキャリアです。処遇を考えるにあたって、現行労働法の枠組みの中で労働条件はどのように決定されるのかということを簡単にお話しした後に、電機産業においてどのように賃金や労働時間が決定されるのかということをお話ししたいと思います。その後キャリアについて、労働組合がどういうスタンスで取り組みを進めているのか、具体的事例を報告したいと思います。

サラリーマンとして生活を始める労働者A君はどうする
 今日は簡単な設問を用意しています。「サラリーマンとして生活を始める労働者A君はどうする」というのがあります。これを見ていただいてA君になったつもりで回答いただきたいと思います。私が読みますので、皆さん直感でいいですので、○×を書いてみて下さい。

  1. A君は大学卒業後、大手企業B社に入社した。A君はB社との間で労働契約を締結した。労働契約は両当事者の合意で成立し同意がないと変更できないから、A君の労働契約で決められた賃金などの労働条件については今後もA君の同意がないと変更できない。
  2. B社で働き始めたA君は、集合研修を終えて、配属された職場での新入社員研修に取り組んでいる。そんなある日、会社のイントラネットにある人事部のHPで就業規則というものを見つけた。労働条件や職場規律などを規定した会社の文書のようだ。研修先の先輩に聞くと、就業規則というのは会社が作るが、それを作成する際や変更する際には、労働組合は意見を述べることができるが、労働組合が反対した場合は変更できないとのことだ。
  3. B社にはB労働組合があり、研修期間中にB労働組合の役員から説明の時間があった。A君たち新入社員はB社の労働協約にある「ユニオンショップ条項」に基づきB労働組合の組合員になるそうだ。労働組合費を給料から天引きされるというが、賃金や労働時間は労働基準法で守られているし、賃金制度や労働時間制度は「会社」の制度であるから、労働条件改善に対する労働組合の関与は少ないと思う。
  4. 入社から6ヶ月が経ち、A君たちの研修もOJT(On The Job Training)が中心となっている。就活の中で、B社は社員のキャリア開発に熱心と聞いていたが、新人研修にも力を入れているようだ。キャリア開発は人材への投資であるので、会社の経営管理に基づく投資計画として実施されると思うが、経営上の問題であるので労働組合の関与は少ないと思う。

 どうでしょうか。会社に入った後の姿を少し想像できましたか。皆さん何年かすれば企業に就職される方が多いと思います。会社に入ると労働契約というものを結んで、労働条件がどんどん決まっていきます。労働組合がその労働条件の決定にどういう役割を果たしているのかをこれからお話しします。

1.現行労働法における労働条件決定システム
 労働条件は国の法律で最低基準を決めています。憲法第27条に一番重要な条文があります。「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」というのが入っています。労働組合については第28条に「勤労者の団結の権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」と定められています。これを労働三権と言います。

 憲法第27条の具体的な法律として、労働基準法があります。「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」と最低基準を法律で定めたものが労働基準法です。労働基準法は日本国において働くすべての労働者に適用しています。外国人労働者であっても適用されます。

 ここに「人たるに値する生活を営む」ということがあります。これ以上下回ると人間として生きていけない、生存権がおびやかされるので、労働基準法に違反すると刑罰が科せられます。労働基準監督署という行政官庁がその取り締まりの任に当たっています。警察権限もあります。賃金の未払いや最近話題になっているマックの店長の残業代未払いも労働基準法違反です。違反すると罰金と刑罰が科されます。次の図にはその労働基準法の下で、自分たちの労働条件はどう決まっていくのかが書いてあります。

 皆さん会社に入ると、1人ずつ会社との間に労働契約を結びます。労働者が千人いれば千個の労働契約が生まれるわけです。その千個を一つずつ管理すると大変ですから、それを統一的に管理するためにつくる文書が「就業規則」です。日本特有の仕組みです。会社がつくります。作成するときと変更するときに、労働組合か、労働組合がないところは労働者の過半数代表の意見を聞けということになっています。実は意見を聞くだけでいいのです。労働組合がそれに反対の意思表示をしても、そのまま通ってしまいます。就業規則というのは非常にくせ者です。労働契約の中身を、会社がつくる就業規則が書き換えていくのです。本来契約は両当事者の合意で中身が決まるわけですが、労働者本人が同意しなくても就業規則が労働契約の中身をどんどん書き換えていくという効力があります。公平、統一性を保つためという理由で、この就業規則には強い機能が与えられています。最高裁の判例で、二つの強い効力が与えられています。その一つが、本人が知らなくても就業規則の変更によって、契約の中身を書き換えてしまうという効力です。もう一つは、労働者が同意しなくても就業規則の中身を書き換えることが合理的であれば労働者は拒否できないという強い効力が与えられています。

 これは私たちの生活の中ではなかなか考えられない効力です。例えば皆さんが賃貸マンションに住んでいるとします。大家さんとの間で賃貸契約を結んでいると思いますが、本人の知らないうちに中身が変わってしまうということはあり得ません。しかし、就業規則によって本人の同意がなくても労働契約は変更されてしまうので、先ほどの1の設問は誤りということになります。一番よくある事案に退職金問題があります。高齢化の中で企業の業績が悪化して会社の存続のために退職金を下げるということがあります。就業規則でやりますと、その内容が合理的なものであれば、本人の同意をとらなくても退職金の引き下げは可能です。ですから入社の時には2000万円もらえると思っていた退職金が就業規則を書き換えることによって1800万円になるということが平気で通ってしまいます。

 ここに登場してくるのが、労働組合です。労働組合と会社は労働協約を締結します。これは会社と労働組合という、法人と法人の間の契約です。この内容を文書にまとめたものを労働協約と呼んでいます。皆さんが将来就職される会社に労働組合があるかないかで何が違うかというと、労働協約で決定される部分があるかないかです。これがいったいどういう働きをするかというと、ここに(上図参照)矢印がぐっと出て就業規則の頭を押さえています。労働組合と会社の間で結ばれる労働協約は、就業規則とどういう効力関係にあるかは労働基準法に書いてあります。皆さんのお手元のスライドの労働基準法第92条のところ、「就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない」と書いてあります。ですから、労働協約で決めた中身は就業規則の中身を拘束するのです。つまり、組合が合意しないと就業規則の中身を書き換えられないことになっています。ですから会社に就職する場合でも、労働組合があって、労働協約がきちんと締結されている企業ですと、非常に労働条件が安定するということです。企業の勝手な思いで労働条件が勝手に変更されないという、安定をもたらします。これが労働組合の機能ですし、労働組合法という法律で労働組合を保護する意味です。労使で労働条件を話し合って、それを文書にしてきちんと労働条件をつくっていきなさいというのが、国が労働組合を保護する意味です。

2.電機連合の賃金政策
 電機連合は賃金に対する政策を非常に古くから持っています。1967年、今から40年前に第1次賃金政策をつくりました。2001年につくった第5次賃金政策が一番新しいものです。来年の夏に第6次に改訂します。これは世の中の仕組み、産業構造などの変化に対応して賃金制度がどんどん変わってきているからです。

 今の第5次賃金政策について基本的な考え方をご紹介します。電機連合の賃金体系の基本は、生活保障と労働対価という二つの原則を賃金の決定要素としています。私たち労働者は会社から給料をもらって自分の家族を養っていきますので、生活をする糧として賃金があるわけです。それに加えて賃金には働くことの対価、代償としての性格もあります。賃金の持つこの二つの要素の両方を考える必要があります。生活保障がないと、つまり労働の対価としてだけで賃金水準が決まってしまうと、非常に低い水準になる可能性もありますので、生活保障を確保することを労働組合の基本的なスタンスとして持っています。

 賃金政策の基本は、生計費及び仕事と能力を決定基準とします。それに、成果主義的要素を加味した職群・職能賃金制度を基本とする、というのが私たちの考え方です。

 具体的な賃金の項目としては、生活基礎給、職種・職能給、仕事(職務)給があります。大企業の正社員になるとこういう賃金の項目が出てきます。こういう賃金の基本項目は一般職、管理職、専門職ごとに分かれています。

 ライフステージ、キャリアステージ別に賃金体系を考えていきます。ライフステージとは会社に入ってから退職するまでの長い職業生活を言います。家族をつくって子どもがだんだんと大きくなって生計費もいろいろかかる時期、また会社の仕事も新入社員で仕事を覚える段階からだんだんと能力を伸ばしていって、いろいろな成果、業績を上げる時期を迎えますが、そういったライフステージ、キャリアステージに合わせて私たちは第1ステージ、第2ステージ、第3ステージというステージごとに賃金の構成を考えています。

 第1ステージの部分というのは、キャリアで言うと成長期、徐々に仕事を覚えて能力を伸ばしていく時期ですが、当然この間はライフステージからいっても家族をつくる、世帯を形成する時期ですから生計費も非常に重要な要素としてこの中に入れています。かつ生計基礎給という考え方に職能給、仕事給を足して、これが急激に立ち上がっていく設定をしています。

 企業によって第2ステージに切り替わる時期は違いますが、30歳から35歳くらいです。生計基礎給が賃金全体の中に取り込まれていって、仕事給なり職能給を基準とした賃金になっていきます。

 第3ステージは、管理職や専門職になっていく時期ですので、これはもう仕事と働き方に見合ったそれぞれの処遇ということになります。こういう賃金体系のイメージを持っています。

 一橋大学の皆さんは事務、企画、営業といった職種に入られる人が多いと思いますが、電機産業にはSEとか設計などの技術系の職種や技能系の職種もあります。こういった職種ごとに賃金のモデルを描いています。こういう仕事を経て、なかには管理職に登用されたり、専門職になるというモデルもあります。

賃金制度の歴史的変化 ~職能資格制度から成果主義的賃金制度へ
 賃金という制度がどう変わってきたか、簡単にお話しします。
 1950年代に定期昇給や年功賃金が出てきまして、ついこの前まで日本の賃金制度の主流だったのが職能資格制度でした。職能というのは職務遂行能力で賃金を決定するというやり方です。人が持っている仕事をする上での能力で賃金を決定します。社内的な基準で職能資格を割り当てて、この資格に到達する能力のある人は賃金がいくらという決め方です。このように能力に着目した賃金が1990年代初めまでの主流でした。

 1990年代後半以降それが変わりました。今は職務、役割というものに着目した賃金制度が多くなってきています。変わった理由は低成長です。大きく成長しない時代になって、ポストがだんだん不足してきています。賃金の決定基準を人の能力から、仕事を基準にしたものへとどんどん切り替えているというのが、電機産業に限らず日本の企業の賃金制度の主流になっています。

 職務給のイメージは役割グレード制で表現されます。グレード1、グレード2、グレード3とその人の仕事が変われば賃金が上昇していきます。そのグレードの中は箱になっています。この箱の中で賃金の上限と下限が決まっています。仕事のグレードが変わらなければずっと同じ箱の中にいます。仕事や役割が変わらないと次のグレードに移れないという仕組みです。昔あった年功賃金のように、年がたてばずっと上がっていくのではなくて、仕事やグレードが上がらなければそのままです。

 私たちはこういった成果主義賃金制度については決して反対しません。労働の対価という意味で言えば、仕事に対応する賃金を公平、公正に払って頂くということが重要なわけです。その公平、公正な支払いができれば労働者の納得が高まると考えています。そのために仕事の基準、職務の評価をきちっと決める必要があります。その職務がいったいどんなものなのか、それを個人にどういう役割で割り当てるのか、業績をどのように評価するのか、といった評価のシステムです。人事考課のシステムとセットでないとこれはうまくできません。このシステムを全体としてとらえることが大事だと思っています。運営するにあたっては目標面接制度、目標管理制度が重要です。これは年度の初めに1年でこのような目標にチャレンジしますという目標を立てます。それを上司との間で面接をしながら自分の目標を立てて、1年たったときにそれがどこまで達成できたか、というのを上司と面接をして本人の納得を得ながら決めていくというシステムです。こういう制度も当然入れないとうまくいかないということです。

 私たちの組合員の意識もそういう変化になっています。電機連合の組合員1万人を対象にした調査を5年に1回ずつやっていますが、能力や実績があれば同期入社や後輩が自分より昇進してもかまわないという方が年々増えています。私たちの電機産業の中でも2000年から2004年、2005年にかけて各社の賃金制度が大きく変化しています。

企業レベルの賃金制度改定
 日立は年功型の賃金制度を撤廃し、「成果・能力主義」に基づいた新しい賃金制度を導入、三菱電機も成果主義を取り入れた賃金制度を導入し、30歳を超えた社員の定期昇給を廃止するなどの動きが新聞でも報道されています。

 その中でも具体的な事例を一つご紹介します。これは2004年4月に賃金制度を改訂したA社です。従業員数2万8千人という大手企業です。年平均の給料が767万円という企業です。5つの観点で制度変更をしました。

(1)能力に対応した資格制度を廃止し、役割・職務価値に着目した制度を導入する、(2)年功的な要素を廃止する。30 歳までは加算するが、それ以降は加算しない、(3)賞与支給基準は成果・業績対応性を強化する、(4)制度運営システムとして、評価の公平性・納得性・透明性を高める、(5)能力開発への支援を充実させる、というものです。

 賃金制度を変更するときは、労働組合と会社の間で専門委員会をつくります。この会社では労使の専門委員会を2001年9月からスタートさせています。改定の3年以上前です。その専門委員会を11回やっています。さらに小委員会を12回やっています。労働組合の中では、2001年10月以降、大会や中央委員会で8回報告をして、決定にあたっては、労働組合の最高決議機関である大会に2度かけています。全組合員に制度改定内容を配って、こういう方向で賃金制度が改定されますが皆さんいいですか、というコンセンサスをつくっていくという手続きを踏みます。

 労働組合がない企業ですと、当然この手続きは踏みません。会社でいろいろな制度をつくって何月何日からこうなりますと流しておしまいです。労働組合がある場合は、このようにこの制度はいったいどこが問題で、どこをどうすればもっとうまくいくのかについて労使で話します。

電機産業としての賃金決定
 次に各社の労働組合が、産業としてどのように賃金を決定するのかというメカニズムについてお話しします。
 私たち電機連合は、産業横断的に賃金を決めようとしています。これは入社した企業によって賃金がそれほど大きく変わらない、つまり同じ事務職で入ったのなら、事務職としての賃金はだいたい同じくらいになるような産業横断的な賃金決定を目指しています。私たちは60万人強の組織ですが、その中の大手主要の15組合が中心になり、賃金相場をつくっていきます。それを中堅、中小、未組織へと波及効果を及ぼすというやり方で電機産業における賃金決定を主導しているわけです。賃金についての具体的な交渉は各社ごとに行います。松下は松下で、日立は日立で、東芝は東芝で交渉しますが、バラバラにならないように私たちが統一闘争というバンドを括りまして、その中で賃金の相場決定を進めています。

 各社で経営側と賃金交渉をします。A社の事例ですと、S群の5等級だったら、いま34万4千円を34万6千円にして2000円上げてほしいという要求をします。これが個別企業における賃金要求です。さらに労働組合の交渉ですから、回答が不満な場合ストライキをやるぞということを掲げて交渉します。

 電機連合は、大手15組合については非常にハードな統一闘争をやっています。統一の中身は日程の統一と要求内容の統一、そして回答内容の統一、回答に不満な場合のストライキの統一、こういったところを統一して、日立も東芝も松下もみんな同じ日に要求を出して、要求内容がみんな同じで、回答内容もみんな同じに揃えます。もし会社の回答内容に不満な場合は、ストライキの内容もみんな揃えるというやり方で統一闘争を組んでいます。こうやって電機産業としての労働条件を横断的に引き上げていくというやり方をしています。

 春闘中に闘争指示を出します。今年の春闘の場合、15の大手組合は、3月12日を回答指定日として、午前11時30分までに回答を引き出せということを私たち電機連合本部から各組合に対して指示を出しました。具体的には、各組合は、500円の水準改善を確保したうえで、1000円以上の水準改善をめざせ、産業別の最低賃金152,000円をとれ、といった内容の指示です。

 ここで、ベアと定期昇給について触れておきます。定期昇給は1歳年をとったときに上がっていく部分です。定期的に上がっていく部分です。ベアというのはベースアップの略です。ベアは賃金のカーブを上に全部持ち上げることです。今年の春闘の報道の時に、トヨタが1000円アップ、日産が7000円アップと報道した新聞がありましたが、これは完全に混乱していまして、日産が7000円というのは定期昇給も含めて7000円、トヨタはベースアップの部分だけで1000円ということです。

 電機連合が要求の対象にするのはこのベースアップの部分だけです。ここを1000円にしてくれということです。今年の春闘では、エンジニアの賃金でみますと、松下は32万9300円、これはだいたい30歳ぐらいのイメージです。東芝では30万4200円、他社もだいたい30万円から31万円前後で揃っています。中には少し低いのがありますが、これを賃金改善の1000円とか800円で揃えます。こういう揃え方で電機産業では賃金の横断的引き上げを図っています。

 ボーナス(一時金)は例えば日立では4.91ヵ月、三菱で5.83ヵ月、シャープで5.26ヵ月です。一時金の決め方として業績連動算定方式がありますが、これは営業利益がいくらだったらボーナスがいくら、という形で決める方式で、業績と支給算式を労使で確認します。

 では賃金のカーブがどうなっているのかを簡単に説明しましょう。電機連合は60万人の組織ですが、そのうちの40万人分の個別の賃金データを各社の各労働組合から毎年もらいまして、賃金実態調査を行っています。民間で40万人の賃金データを持っているのは電機連合だけです。国レベルでは「賃金センサス」という「賃金構造基本統計調査」がありますが、抽出調査で100万人ぐらいだと思います(2006年は161万人)。われわれは40万人分のデータを毎年とっています。

 1990年と2004年の電機連合賃金実態調査に基づく賃金カーブがあります。大卒の男性の賃金カーブです。いわゆる初任給といわれる22歳の時の賃金を1にしたときに、40歳、50歳になったときに賃金が何倍になっているかという賃金カーブですが、1990年と2004年のカーブにはほとんど差がありません。産業構造が変わり賃金制度も変わったとよく言われていますが、じつは賃金の年齢カーブというのはまだほとんど動いていないのです。制度が変わったばかりでまだその効果があまり出ていないということもあります。50歳ぐらいまでに2倍ぐらい上昇します。結果として年功型に動いているということになります。高卒男性技能職のカーブも2倍以上になっています。この高卒の年功カーブは日本的な特徴です。

 高卒技能職を1としたときの大卒の賃金の倍率をみますと、大卒の賃金の上昇率が高卒の技能者に比べて若年者は高くて、40代後半になると下がってきています。大卒の高齢者の賃金の伸びが高卒の技能職に比べて下がってきていますし、大卒若手の賃金の立ち上がりが早いということもここから見えてきます。

 次はボーナスの交渉です。労働組合はボーナスの交渉もします。その時に大手15組合の企業の営業利益率と15組合が交渉で獲得したボーナス金額のそれぞれの加重平均をグラフ化すると、非常に相関関係が強いことがわかります。ボーナスというのは業績配分ですから、営業利益という企業の本業の儲けをどう分配するかということを労使で決めます。営業利益の影響を非常に受けます。2002年はマイナス2.3%で赤字でしたが、ボーナスは平均して年間125万円を勝ち取っています。単なる業績配分であれば赤字になればボーナスなし、分配するものがないということになりますが、労働組合は生活給や生計費ということを当然考えなければなりませんし、住宅ローンの支払いもできなくなりますので、交渉でボーナスを勝ち取っています。

ワークライフバランスへの取り組み
 あと重要な労働条件として労働時間とか勤務制度があります。電機連合はワークライフバランスについて取り組みを進めてきました。

 労働基準法をはじめ国が定める労働基準がありますが、労働組合はその最低限の法律ができるのを待っていては組合の意味がありません。法律ができる前にもっと先取りをして労働条件の改善をしていくことが重要になります。

 私たち電機連合は産業別労働組合の中では実は非常に女性に優しいと言われている労働組合です。例えば育児休業制度というのがあります。法律ができたのは1992年ですが、私たちは1990年に大手を中心にして育児休業制度を確立しています。育児期間中の短時間勤務制も1992年にやっています。介護休業が義務化されたのは1999年ですが、われわれは1992年にすでに介護休職制度を導入しています。このように労働組合は法律に先行する形で労働条件の改善を図っています。

3.ホワイトカラーのキャリアと働き方
 電機産業は自動車や鉄鋼、造船といったほかの製造業と違ってホワイトカラーの比率が非常に高い産業です。昔のニュース映画などを見ると、工場にラインがあってそこに労働者がついてビスやネジを締めているような映像が流れていました。そういう物づくりは国内でもやっていますが、中国や海外でつくる割合が高い製品も多く、日本ではその設計、開発を担当するという産業の構造になっています。電機連合の組合員の7割半ぐらいがホワイトカラーです。これは自動車産業や他の製造業とかなり違うと思います。ホワイトカラーの中でも多いのはエンジニアです。

ワークライフバランスの欠けた長時間労働
 この人たちがどういう働き方をしているか。2006年にワークライフバランスの研究会を電機総研でやりました。脇坂明さんという学習院大学の先生に主査になっていただきまして、大規模な調査を行いました。その中で、電機連合の組合員6000名ぐらいのサンプルで非常に詳細な調査を行いました。具体的には、朝何時に起きて、自宅を出るのが何時で、会社に着くのが何時で、会社を出るのが何時で、自宅に着くのが何時で、何時に寝るかを調べました。それを労働者の属性別に分析しました。ホワイトカラー、特に男性の事務営業職、技術系の方の寝る時間が24時をまわっていました。朝起きるのが6時ですから、非常に夜更かしです。帰宅する時間がだいたい9時です。寝るのが12時です。帰宅してからご飯を食べて風呂に入ってテレビでも見て、寝るまで3時間ぐらいしかかありません。ワークライフバランスといっても、どこにもバランスがとれていないです。世界でも24時を超えてから寝る国民はあまりありません。日本のホワイトカラー労働者は帰宅時間が遅い夜更かし型です。

 残業時間で見たときのワークライフバランスの満足度はどうかという調査もしています。月40時間の残業を境にワークライフバランスについて満足と不満の関係が逆転します。

組合員の意識調査から ~やりがいと動機付け
 組合員の意識調査の中で、自分の職業能力が他社で通用するかどうかを聞きました。自分が他社で通用すると思うか、これは重要なことです。技能系の方は相対的に低く、一番高いのは営業の方です。男性と女性と比べると女性が少し低いです。通用しないと思っている方も4割ぐらいいます。

 これは何に起因するのか。いろいろな要因があると思いますが、その一つが自己啓発、すなわち自分で勉強する意志を持って能力開発に努めているかどうかです。自己啓発を普段からやっているかどうかというのと、自分の能力が他社で通用すると思う度合いの関係について分析してみました。自己啓発を普段からやっている人は自分の能力が他社でも通用すると思う度合いが高く、ある程度やっている、あまりやっていない、全くやっていないとなるにつれて、自分の能力についての自信もだんだん低くなるという結果がでました。キャリア開発というのはもちろん企業がやる部分が当然ありますが、労働者自らも普段から能力開発、自己啓発を行うという意識をもっていないとなかなかキャリア開発は進みません。しかし、帰宅時間が9時で寝るのが24時ですから、いつ自己啓発するのかということになります。そこで、電機連合としては平日のゆとり時間を何とかつくろうという取り組みをしています。毎日は無理かもしれませんが、メリハリをつけて例えば水曜日は早く帰るということにして、たまには奥さんと会社が終わってからミュージカルを観に行くというようなことに気づいてもらおうという取り組みをしています。

 キャリアに対する意識のうち、内部昇進志向を見ると、事務、営業、販売、技術というホワイトカラーの方々はやはり技能職の人たちに比べて内部昇進志向が高いですが、女性は低くなっています。女性技術者は企業で働いていたいという定着志向は高いですが、内部昇進志向は少ないという傾向になっています。

 やりがいを感じる理由というのは職種によってもだいぶ違うようです。技術系ですと、「能力・創意が発揮できる」あるいは「達成感が味わえる」が高くなっています。事務・営業は少し違います。「仕事の意味や使命感が感じられる」が高いです。

 実は昨年までワークライフバランスの研究をやってわかったことがあります。残業時間帯別の仕事のやりがいとワークライフバランスの満足度の関係を見ると、残業時間が月80時間を超える場合は、ワークライフバランスの満足度がずっと下がっています。しかし、仕事のやりがいを感じるというのは全然変化してないのです。これがワークライフバランスを進める上でいちばん問題だと私たちは思っています。つまり、長時間残業している方は仕事が面白くて仕方がないのです。残業時間が長いと、普通はもういいよとなるのですが、面白くて仕方がないという方々にどうやってワークライフバランスという気づきを与えるかというのが、私たち労働組合の使命だと思っています。

 管理職はどういう基準で選抜されるのでしょうか。電機産業はエンジニアがイノベーションを生み出さないと新しい製品さらには企業の発展がありません。例えば、アップルがiPodをつくって爆発的に企業の業績を伸ばしたように、何かそういうブレイクスルーするような製品を生み出すというのがエンジニアの役割です。パフォーマンスの高いエンジニアがどうやったら生まれるかという研究を今やっています。そこで、管理職はどうやって選抜されるのでしょうか。例えば、課題設定能力、シナリオを書ける能力、視野の広さ、リーダーシップ、粘り強さなどの着眼点があげられます。昔は何でも1人でこなしたカリスマ的、集権的なリーダーが求められていました。しかし、いまは非常に守備範囲が広くなっていますので、いろいろな能力を持った専門家集団を束ねる力が必要になってきます。コミュニケーション能力が重要であるとか企業によっていろんな切り口があるようです。

 動機付けは賃金との関係で重要になってきます、皆さんは給料は多いか少ないかといえば、多い方が当然いいと思うでしょう。ところが、やりがいというのは賃金の高さだけでは決まりません。日本の電機産業の大手企業に勤めている方はだいたいそこそこの給料をもらっていますが、その方がすべてやりがいがあるかというとそうではありません。モチベーションを高めるためには内発的な動機づけに結びつくようなもの、他から承認される、認められるとかということがセットでないとモチベーションは上がりません。人事考課、査定によって賃金を上げたとしても、それだけではホワイトカラー、エンジニアの場合には十分な動機付けにはなりません。われわれの調査、研究では、モチベーションを上げるためには、そうした社会的な認知などがいかに重要かということが示されました。

能力開発に対する会社のスタンス
 もう一つ重要なことは企業のスタンスの問題です。電機連合が行った「若年層における仕事への意欲とキャリアに関する調査」というのがあります。これは、会社が能力開発に対して積極的かどうかという姿勢と、仕事への意欲、やりがい、能力の発揮、仕事全体の満足度との関係を見たものです。これを見て顕著なのは、自分が勤めている会社が能力開発に非常に積極的であると、すべての指数が高いということです。学生の皆さんが会社を選ばれるときに、さっきのA君の設問でもありましたが、その会社が能力開発に積極的であるかどうかは、勤めている労働者の能力開発に重要な要素を占めると思います。

 自分の能力が他社に対して通用するかどうかと、会社の能力開発の姿勢をクロスしたものも同じ傾向が出ています。十分通用するという方、ある程度通用するという方は、自分の会社が能力開発に積極的だと思っている人たちの方に多いです。そこで働く人たちの能力開発に会社を積極的にさせるのは労働組合の役割の一つです。会社に対して能力開発をもっと積極的にやれという働きかけにも力を入れています。

労使協議でキャリア開発支援を取り上げる
 企業レベルの組合は会社と定期的に協議する場をつくっています。労使協議と言います。労働協約でどういう内容を協議するかを決めています。経営方針や生産販売計画、会社の組織を改革するなどいろいろあります。その中で教育訓練、人材育成などの比重は相対的に低いです。これはなぜかと言うと、キャリア開発というのは投資です。人材開発はお金がかかります。機械を買うのと同じことです。人材開発も投資ですから、「企業が自らの責任でやります」、というのが会社側の基本スタンスです。賃金などの分配は労働組合と協議しないとなかなか決まりません。下手をするとストライキをやられてしまうということで一生懸命協議しますが、人材投資については、かつては投資計画というのはまさしく経営権の中身だから組合がごちゃごちゃ言うなというスタンスでした。それをなんとか、労使協議のテーブルにつけさせようと思い、電機連合では2004年にキャリア開発に関する労働協約の統一闘争というのをやりました。2年に1回ずつ労働協約の統一闘争をやっています。働き方に関する労働協約の中身を、日立も東芝も三菱も松下もみんな同じ内容で締結しろということをやっています。2004年にはキャリア開発支援について労使で協議できる場の設定を求める統一闘争をやりました。具体的な労働協約の内容については、B社という従業員数3万4千人の大きな企業の事例について見てみましょう。労働協約の中に、中央経営審議会の附議事項は次のとおりとするとして、「経営方針に関する事項」「生産計画、予算、資金計画及びその実績等に関する事項」「重要な会社職制機構の改廃に関する事項」「人員計画に関する事項」があります。この5番目に「組合員のキャリア開発に関する事項」が入っています。これを勝ち取ったわけです。

 最後に、会社に対してもっとやってくれというだけではなく、労働組合自らキャリア開発に取り組んでいます。「電機連合職業アカデミー」というのをやっています。労働組合の役員が「キャリア開発推進者」としてキャリアカウンセリングできるように養成をしています。2泊3日の研修をやります。現在までに700名の組合役員が研修を受け、カウンセラーとして活動しています。それをレベルアップする研修もやっています。

 もう一つは電機連合の60万人の組合員に対して、キャリア相談や大手企業の研修講座を公開するといった取り組みもやっています。労働組合自らの力で組合員のキャリア開発を進めるという取り組みをやっているところです。

  ご静聴ありがとうございました。

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