一橋大学「連合寄付講座」

2008年度“現代労働組合論I”講義録

Ⅰ ホワイトカラーの働き方と労働組合

第6回(5/16)

ホワイトカラーの処遇とキャリア(1):
鉄鋼・造船重機・非鉄産業における労使の協議と交渉

ゲストスピーカー:神津里季生 基幹労連事務局長

はじめに
 私が所属する「基幹労連」は、いわゆる基幹産業の労働組合の連合会です。正式名称は、「日本基幹産業労働組合連合会」という組織です。略称で、基幹労連と言っています。

 いま企業の統合、再編が大変多く行われています。私たち労働組合の世界でも統合、再編が行われています。基幹労連もできて5年になる組織です。鉄鋼労連と造船重機労連、非鉄連合の3つが統合してできた組織です。組合員数はおよそ25万人です。連合の中では7番目の規模の組織です。皆さん方の世代だと、鉄鋼労連や造船重機労連といってもピンとこないのかもしれません。少し前までは、鉄鋼労連といえば、毎年春の賃上げ交渉をリードしてきた組合でした。造船重機労連も同じ役割をはたしてきた組合です。非鉄連合も昔の総評(連合のできる前のナショナルセンターの一つ)の議長を出した組合です。歴史と伝統のある3つの労働組合が一緒になってできたのが基幹労連です。

 しかし、自分たちの組合員の地位を高めることに力を発揮しない限り、いくら歴史と伝統があってもしょうがない。鉄鋼業や造船重機業界、非鉄業界はこの20年来ご案内のとおりで、このまま行ったら日本の国の中では生き残れないぞという辛酸をなめてきた産業ばかりです。考え方がある程度同じで基幹的な産業であれば、一緒になって大同団結をしようということになってできたのが基幹労連です。

 私はやはり労働組合は数が力だと思います。「額に汗して働く者がより多く集まって、団結して力を発揮する」というのは昔も今も同じことです。それぞれいいことを考えていてもバラバラではしょうがないということで団結して25万人の組織をつくりました。

 基幹労連は鉄鋼、造船、重機、非鉄産業の大小さまざまな300ぐらいの労働組合の連合体です。大きな労働組合としては、新日鐵、三菱重工、三菱マテリアルなどの組合が参加しています。

 この基幹労連で私は事務局長という仕事をしています。組合によって、書記長といったり事務局長といったりします。委員長や会長がトップです。事務局長は政府でいえば官房長官みたいなものです。だいたいのまとめ役、情報を一括管理してこれを切り裁いて、お前はあれやれ、これやれという仕事です。

労働組合との出会い
 私がどういう経路をたどって、いま基幹労連の事務局長をやっているかをお話しします。大学を出て、1979年に新日本製鐵に入りました。会社に入ったときに、労働組合の役員をやって、基幹労連の事務局長をやるなんて予想だにしていませんでした。

 皆さんもそうだと思いますが、普通、会社に入って、労働組合の組合員になるなんてイメージはまずないと思います。まず入るのは会社ですから。日本の大企業の労働組合の多くは、「ユニオンショップ協定」を結んでいます。従業員イコール組合員、管理職は別として、入り口の所はほぼ100%組合員になります。

 私も79年に入社して兵庫県姫路市の広畑製鉄所に3年と少しいました。経理や人事の仕事をしました。意識していたわけではありませんが、組合員にもなりました。3年3ヵ月して本社に転勤になりました。今度はビルの鉄骨や鉄筋、護岸工事のための鉄鋼の部材を販売する建材販売部で営業を担当しました。組合員でしたが、労働組合を強く意識することはありませんでした。

新日鐵本社労組支部書記長に
 ところがある日、私が所属していた新日鐵本社労組建材・鋼管支部の書記長をやらないかという話がありました。支部の書記長ですから、仕事をやりながら、組合の仕事をやります。今私は基幹労連の専従ですから、会社からは一切給料をもらっていません。組合員の組合費から集めたお金の一部を私の給料にして頂いているという立場、専従役員です。他方、給料を会社からもらって、勤務時間内は他の社員と同じように仕事をし、勤務時間外に組合活動をするのが非専従です。当時の私がやらないかといわれたのは非専従の役員です。仕事をしながら労働組合の役員をやらないかと言われたわけです。私は上司からの話もあったということと、労働組合に対してあまり拒否感がなかったので、はい、わかりましたと受けました。実はたまたまその職場において若手がその年次で私しかいませんでした。そういう事情だし、おれが当然やらなければと、素直に役員(非専従)になりました。それが1983年のことです。

 以来、労働組合の役員をずっとやり続けています。ただ、その時点では非専従役員です。仕事をやりながら組合の役員をやっている人はたくさんいますから、こういう深みにはまるというか、専門的にやるとは思っていませんでした。  

 非専従で役員をやっているときは、仕事が終わってから組合の会議をやり、会議が終わったらまた職場に戻って残業するみたいなことを1年ぐらいやっていました。

 その当時の本社労組の専従役員は6人いました。組合費から人件費を払うので、組合員数500人に1人くらいの専従を置くのが通例です。当時の新日鐵本社労組の組合員は2500人くらいだったと思いますが、6人の専従役員がいました。

 今の本社労組の組合員数は少なくなって、専従は2人しか置いていません。鉄鋼の会社はどこも相当の合理化をしてきました。まずは、現場、製鉄所のラインです。現場の労働者の合理化がどんどん進みました。鉄鋼産業の組合は現場中心ですから、現場からするとホワイトカラーや管理職のほうは現場に比べると全然合理化されていないと感じるわけです。労働組合の一般の組合員から見ると、管理職は多いし重役も50人くらいもいたので、管理職については全然合理化されていないではないかという声があがりました。新日鐵の組合は、合理化することで生産性が高まって成果配分が上がるのであれば、合理化に賛成してきました。行き過ぎた合理化には反対するけれども、生産性が上がって成果配分、つまり給料が上がり、職場の人のやりがいも上がるということであれば、合理化はいいという組合です。ただ、現場ばかりに合理化が集中して、管理職や役員がこんなに多いのはいったいどういうことだという議論が、86~87年の円高ショックの頃に高まり、その後はホワイトカラーの合理化も相当進んできました。

 合理化と同時に分社化も進みました。新日鐵という会社は基本的に鉄鋼会社で、外国から鉄鉱石を輸入して、溶鉱炉でドロドロに溶けた鉄をつくり出して、それを固めて鋼にして、薄くのばしてそれを売っています。しかし、鉄鋼だけではなく、いわゆる新日鐵グループでいうと、化学物質、タール、炭素・石炭関係のいろいろな副産物があるわけです。化学関係の会社は相当昔から分社をしてきましたが、いろいろな分社化を進めて一つの新日鐵グループとして力を発揮しようという話になったわけです。そういうことも相まって、人数が少なくなって今本社労組は専従が2人となっています。

 当時6人いた専従役員の中に、職場に戻りますという人がいました。当時大学を出て専従役員になった人は、だいたい4年から6年いて職場に戻るというのが普通のパターンでした。いつか職場に戻らないと、仕事のこともわからなくなってしまいますから。いかに事務屋(人事、経理、営業など)といえども世の中進んでいますから、ある程度組合のことも経験したら、これも君のキャリアになるよということで、4年か6年したら戻るというのが通例です。それで、戻る人がいたわけです。奇遇ですけれど、その人は一橋大学の先輩です。今、関連の会社の社長をやっています。私がまだ職場の仕事もしながら労働組合の役員をやっているときでしたが、組合の会議に出ると、非常に弁舌爽やかな方で、労働組合に今欠けていることはこういうことだとか、いろんな方針を熱く語って、ああこういう世界もあるのだなということを思ったものです。皆さんの中にはこれから民間企業に入られる方も大勢いらっしゃると思うのですが、組合の仕事は面白いですから、もし何か機会があったらぜひ前向きに受けてください。

 いろいろ組合は苦労が多いです。職場の人から文句を言われますから。でもさっき言ったように非専従の役員である間は同じ職場の仲間ですから、俺だって文句言いたい、ということをみんなから集めてそれを執行部に言うのです。それが仕事みたいなものです。一方では、組合はこんなことを考えていると、今度の春闘の要求・方針はこうだと、みんなに説明し、みんなを納得させます。仕事もやりながらで大変です。多少の手当を出してくれる組合もあるかもしれませんが、ほとんどないです。ボランティアです。もしも巡り合わせでそんな機会があったら前向きに受けてもらったらいいと思います。

 私はたまたま巡り合わせでその組合の職場の役員になっていたときに面白いなと思ったのは、仕事だと、その与えられた仕事の中でどうやって力を発揮するかということになります。社会人として常に視野は広く持たなければなりませんが、与えられた仕事にどうしても埋没しがちになってしまうのです。

労働組合は民主主義を体現する組織
 なんのために労働組合があるのか。経営者と労働者は力関係で言うと経営者の方が強いに決まっています。1対1ではとてもかないません。1人じゃダメだから2人、2人じゃ弱いから3人、10人、100人、1000人、1万人と集まることによって力を持つことができます。これは大事なことです。先ほど申し上げたように数が力です。ただ、私はそれだけでもないと思っています。労働組合というのは民主主義を体現する組織です。1人より2人、2人より3人、3人より10人というのは腕力の問題でもあります。1本の矢よりも3本の矢のほうが折れないという昔の故事もありますが、私はもっと大事なことがあると思っています。やはりお互いの知恵を積み重ねるということです。お互いの知恵を積み重ねることによって強くなるというのが労働組合の本来の真実だと思うし、民主主義というのが大事なのはそれがあるからです。知恵をみんなが出し合うことです。例えば基幹労連はちょうど9月から新しい年度に入ります。労働組合はだいたい秋から新年度に入るところが多いです。9月以降2年間をどういう方針でわれわれの日頃の活動をやっていこうかという運動方針を今つくり始めています。これは事務局長の大事な仕事ですが、みんなでよってたかって意見を言います。一応、事務局長は組合の中ではそれなりの幹部なのですが、そんなことで遠慮していたらしょうがないわけです。私がまず原案を出します。原案を出したことに対して、いやもっとこうじゃないか、事務局長ここが足りないよ、という意見をどんどん出してもらいます。意見が出なくなったら労働組合は終わりです。意見が出なくなったら、労働組合は終わり、民主主義も終わり、ということです。意見をどんどん出してもらってたたいてもらいます。どんどんたたいてもらって、いい方針ができるのです。ですから、1人より2人、3人より10人というのはそういう意味です。

 要は広がりがあるから強いということです。これは空間的広がりだけではなくて、時間を超えた広がりというのもあります。時間を超えた広がりを持つというのも労働組合の重要な役割です。これは何かというと、やはり1人の労働者だと目先のことしかどうしても考えないです。もちろん誰でも自分の将来のことは考えます。だけど、一人ひとりの労働者は例えば新日鐵の人事制度、賃金制度をどうしたらよくできるだろうだとか、働く者にとって10年先20年先どういうふうに向かっていけばいいのか、ということはあまり考えません。しかし、労働組合というのは、私もいずれ何年かしたらやめて新しい人に引き継いでもらいますが、新しい人が引き継いでも、突然方針が180度転換されるというわけではありません。例えば、成果配分を伴うという条件付きであれば合理化は受け止める、といった理念は時代を超えて引き継いでいかれるべきものです。

何故専従役員になったか
 私が非専従で組合の役員をやっていて、なぜ専従の役員になったかというと、一つは組0合は面白いなと思ったからです。面白いなと思ったのは、日頃の仕事ではあまり考えないような、わが国の経済はどうあるべきか、わが国の社会はどうあるべきか、みたいなことをしょっちゅう議論しているわけです。それらがある程度分からないと組合員を引っ張っていけません。その時その時のリーダーの気まぐれで会社と交渉するわけにはいかないですから。したがって、わが国の経済はどうなっていくのかということを一生懸命分析するのです。そんな話は仕事では普通しません。たまたま私は営業にいたのである程度そういう仕事もありましたが、それでも普通は一コマ一コマです、特に若いうちは。もちろん管理職になって役員になったりすれば日本経済のことを考えなければいけないでしょうが。そういう議論を聞いて、ああこういう世界があるのだなと思いました。

 それから企業の枠を超えた人とのつきあいがあります。経営側が同じ業界の人間と会うと、あいつら談合やっているんじゃないのと、あらぬ疑いをかけられるわけです。しかし、われわれ労働組合は横の連携が命ですから、これはもう企業の枠を超えて、あるいは産業の枠を超えてつきあいがあります。これは非常に面白いことです。だから、そういう場面になったらぜひチャンスをつかまえてほしいなと思います。

 私の場合は、ちょうど一橋大学出身の、私より6年先輩の人の話が非常に面白くて、彼も含めて当時の執行部から専従の役員をやらないかと言われて、それはもうぜひ、ということでやりました。だいたい専従の役員をやらないかっていうのが一つの大きな壁なのです。1984年当時、専従の役員をやらないかと言われたらちょっと身を引くというか、いやそれはちょっと、というのが結構多かったです。今はもっと多いかもしれないです。私は、あー面白そうですねと言って引き受けました。

 また1990年に、こういう話があるけどお前行ってみないかと言われて、連合を通じて、外務省に籍を置くことになりました。在外の大使館で仕事しないかと言われたのです。タイの日本大使館で3年仕事をしました。私は2等書記官から1等書記官になりました。普通だったら外交官試験を受けて外務省に入らないと外交官にはなれないですが、大使館の場合は、民間人や各省庁からいっぱい行っています。タイの大使館というのは世界各国にある日本の大使館の中でも大きい方です。もちろん一番大きいのはワシントンの大使館、それから中国の大使館、フランスの大使館、イギリスなどが大きいです。タイは当時4番目か5番目か、東南アジアの中では最大の大使館でした。私が行った頃でも現地採用の人も含めると100人位の館員がいました。

 外務省は有力官庁の一つとして、連合といろいろな意味でやり取りがあります。当時連合の事務局長と外務省の人事課長が覚え書きを作って、連合が推薦する労働組合の役員を在外大使館に書記官として派遣することになったのです。私はその4代目でした。一番最初は今連合の会長をやっている高木さんが行きました。連合が推薦する労働組合の役員が大使館に行って書記官の仕事をするというのは、当初はタイだけでしたが、その後増えて、いまは8カ国ぐらいあります。ワシントンも北京もあります。

 タイの大使館に3年間勤務したことが一つのきっかけになって、普通だったら6年したら職場に戻るはずが、職場を離れている期間が少し長くなってしまいました。そして大使館から戻ってすぐに職場に戻るという選択肢はとらず、帰国後しばらく新日鐵労連で働き、その後基幹労連の専従の役員になりました。

われわれをとりまく状況
 次にレジュメに記載している「われわれをとりまく状況」について話したいと思います。労働組合はどういうことを考えて会社側と交渉するのかということの一つの例としてみていただこうと思いました。さっき言ったように基幹労連の新年度の運動方針を今作り始めています。その時に一番最初に考えておかなければいけないことはわれわれをとりまく状況です。地球規模での課題、そしてわが国の課題、労働運動の課題ということです。

(1)地球規模での課題
 会社と交渉するときに、自分のいる企業や自分のいる産業、その将来をどう考えるか、あるいはいまどういう課題があるのか、そういうことがわかっていて交渉するのと、そんなことは何もわからないが、とにかく給料を高くしてくれと交渉するのでは全然意味が違ってきます。迫力も違ってくるわけです。経営者はプロですから、彼らのほうが情報を何十倍もあるいはわれわれが知り得ないような情報を持っていることは事実です。だからといって、何もわからないのに給料よこせ、給料上げろ、労働時間を短くしろと要求しても答えは得られないです。だから産業のことをしっかり勉強するわけです。

 いま資源がどんどん取り合いになっています。これから先の日本にとってのっぴきならないような事態を迎える大変な状況だと思います。日本は資源のない国です。

 鉄鉱石は毎年価格交渉をします。日本の中には一つもありません。ブラジルやオーストラリアなどの外国から輸入しています。今年はなんと価格が65%も上がりました。

 溶鉱炉では石炭を使います。鉄鉱石は、自然の状態では酸素と一緒にくっついていますから還元しないといけません。還元するために石炭を使うのです。燃料としても使います。石炭も毎年価格交渉をします。昔は北海道や九州でとれた石炭を使っていました。しかし、いまはすべて海外からの輸入です。石炭も毎年価格交渉をします。これもなんと3倍になってしまいました。もうえらい話です。

 他方、溶鉱炉を使わないで、スクラップ(使わなくなった鉄)を溶かして再生する方法があります。電気炉と言われます。しかし、スクラップの値段もべらぼうに上がりました。だいたいトン当たり2万円というのが常識でしたが、いまは6万円になっています。

 鉄鋼業界全体としてのコストプッシュが3兆円です。新日鐵だけで1兆円のコストプッシュです。これが足元で起きている資源逼迫です。新日鐵が作っている鉄は年間3300万トンぐらいです。トン当たり3万円のコストプッシュです。例えば、自動車は鉄でできています。自動車の鉄というのはすごく高級です。ぶつかってもあまりへこまない。だけど、重いと燃費が悪くなるのでできるだけ軽くする。すごく薄く作っています。高張力鋼板といいます。要するに薄いけれど強い、最高品質です。トンあたり7~8万円くらいします。

 新日鐵としては、原材料が上がったからトヨタに購入価格を上げてもらわないと成り立たないわけです。トヨタになんとかトンあたり3万円上げてくださいと話したわけです。新聞情報ですが、2万から2万5千円ぐらいは上げてくれるみたいです。そうすると、トヨタにしてみれば今度は自動車の値段を上げなければいけないということです。自動車はだいたい1台当たり、1トン弱の鉄を使っています。ですから今言ったようなことで言えば、トヨタにすれば自動車1台当たり原材料のところで2~3万円のコストプッシュがあるわけです。これを車を買って頂く皆さんに価格転嫁できればいいけれども、それができるかどうかは問題です。日本の中では自動車の販売台数も減り始めています。トヨタは最高技術ですから海外ではバンバン売れていますが、日本国内では非常に厳しいです。値段が上がっても消費者がそれを買えるだけの購買力を持っていれば大丈夫です。しかし、これから先はほんとうに、資源のない国で、2年たち3年たつと相当厳しい状況が生じてくると思います。
 このように、産業に関することは当然日々情報を集めながら交渉をしていくわけです。

(2)わが国の課題
 私たちは産業人であるとともに国民です。当然納税者です。日本がどうなっていくのかということ、日本の課題は何かということを一生懸命勉強しておく必要があります。

 例えば、健全な二大政党による民主主義の確立です。連合を中心に私たちの支持政党は民主党、そして社民党です。主に民主党です。日本の政治や行政はどう考えてもおかしいです。皆さん、ご存じのように国の借金、国債はいま正確な数字は持っていませんが、600兆円から700兆円に達しているはずです。そのほかの国債以外のいろいろな形の借金も含めると、地方債を含め1千兆円を超えているでしょう。1千兆円を超えるというのはどういうことか。日本の人口1億2千万人がみんなで借金を返そうとすると、1人1千万円返さなければならないことになります。皆さんいま売り手市場だからとにかくいいところへ就職して、将来に備えて財産形成もしないといけないと思いますが、ほんとに皆さん怒らないといけないです。私はもう52歳になります。私も皆さんに申し訳ないと思います。だってこんな借金漬けの国にしてしまったのですから。借金というのはいずれ返さなければいけないです。それを誰が返すのかといったら国民が返すわけです。1人当たり1千万円といっても生まれたばかりの赤ちゃんも、もう仕事ができないおじいちゃん、おばあちゃんも全部含めて1人当たり1千万円ですから、たいへんなことです。

 どうしてこんな世の中にしてしまったのかということについて議論しなければなりません。われわれは一生懸命職場で汗水垂らして働いて税金を納めています。その税金の使われ方を問題にしなければいけません。税金の使われ方があまりにもお粗末です。私はタイで一緒に仕事をしたいろいろな省庁から来た官僚の皆さんと友達になって今でもつきあっていますが、ある人は、「役人は税金は人の金だと思っているからいい加減な使い方をする。これが自分の金だったらあんないい加減な使い方はしない」と言いました。私もその時には返答に窮しました。その人なりの問題意識をもってポロっと本音を言ってくれたのでしょう。いま世の中で問題がいろいろ出てきていることをみればわかります。人から預かった金だからそんないい加減な使い方をしている。どうしてそんな世の中にしてしまったかというと、それはわれわれ国民にも責任があります。役人がいい加減なことをしないためにあるのが政治です。ところが政治も役人と一緒で、政権交代はないし、ズルズル来てしまったのがわが日本です。

 そういうことを考えながら、だからわれわれが支持するこういう人に政治をやってもらうために、選挙に行こうよということもやっています。

(3)労働運動の課題
 労働組合ってどうしてもなかなか普段見えないです。存在感も正直言って薄いところがあります。もう少し顔の見える運動をしなければいけないと思っています。

 基幹労連にしかできないことをしっかり力を入れてやらなければということです。そのために人材を確保し、人を育てなければいけない。自分たちの組織を広げていかなければいけない。今、いわゆる雇用労働者、人に雇われて働いている労働者の労働組合組織率が18.1%です。労働組合の組合員の数はそんなに減ってはいませんが、私たちのような重厚長大産業というのはどちらかというと古いなと皆さん思うかもしれません。他方、新しい産業がどんどんできてきている。そういう新しい産業で労働組合がないところが非常に多いです。したがって、組合組織率が残念ながら低下傾向を脱することがまだできていません。

 基幹労連にしかできないことは何か。ここでは2つの課題を取り上げます。
 1つは労働条件改善の取り組みをさらに万全なものにしていくことです。こんなことは当たり前と思われるかもしれませんが、労働組合である限り、やはりわれわれ組合員の労働条件をいかに守って、いかに良くしていくかというのが最大の仕事です。そのために経営者とも交渉しているわけです。

 2つめは産業政策の強化です。自分たちの生活の基盤、雇用の基盤というのは企業であり、産業です。だから、それをいかに強くしていくかということです。そんなものは経営者の仕事じゃないの、と思われるかもしれませんが、それではだめです。働く者自身がどうすれば自分の企業が強くなるか、自分の産業が発展していくかを考える。これを伴って初めて強い産業になるということです。先ほど原材料の問題にふれました。私たちは考え方をまとめて大臣の所に要請に行ったり、あるいは民主党にこういう政策をちゃんとやってもらいたいと申し入れます。資源のない国において、これからどんどん資源の取りあいになってくるときに、どうやって資源を確保していくかということです。

 皆さんご存じかもしれませんが、どうしてこんなに資源が足りなくなっているかというと、BRICs、なかんずく中国の鉄鋼生産が毎年4千万トン、5千万トンと増えています。それはもう大変な勢いです。新日鐵は大きな会社のつもりですが、たかだか3千万トンちょっとです。それを上回るような量が毎年中国では増えています。そういう世界全体のなかで日本はどうしていくのかということをやはり考えなければなりません。

 中国は非常にしたたかです。中国と日本はあんな悲惨な戦争を繰り返すような関係になっては絶対にいけないです。お互いにしっかりした関係を持っていくようにしなければいけません。中国は日本の外交の先の先を行っているように思います。いまアフリカ諸国とものすごく接近しています。資源外交です。ODAをアフリカに集中しています。日本はアジアの中の日本ということで、ODAの大半はアジア向けです。外交というのは力と力の関係です。ましてや軍事力に頼らないことを国是としている国ですから、軍事力以外でやるべきことをやっておかないと大変なことになります。私たちが産業政策というときには、国の力を頼みにするというのは本意ではなく、自分たちが自立していい鉄をつくる、いい船をつくる、いいアルミや電子製品をつくるということが基本です。しかし、産業政策のないままでは国内の雇用を奪われます。

 もう一つ代表的な事例として地球温暖化対策があります。いま京都議定書の枠組みで動いています。日本は1990年対比でCO2を6%減らすことになっています。2008年から2012年までの5年間にCO2を減らさなければいけません。いまはこの次をどうするのかということが焦眉の課題です。

 今年7月の洞爺湖サミットでは支持率じり貧の福田内閣が唯一何か点を稼げそうだということで、この問題に焦点が当たっています。CO2削減は誰も反対しないだろうから目標を高く掲げようということになるでしょう。重要なのは目標を掲げるのはいいが中身が伴っていないといけないということです。中身を伴っていないことをやってはいけない。われわれ国民は厳しく牽制しなければいけない。指摘、追及しなければいけない。CO2削減で一番問題なのは中身を伴わずに適当に威勢のいい数字を挙げるということです。資源のない日本にとっては自分で自分の首を絞めるに等しいです。

 まずいまある京都議定書の問題です。会議を京都でやったこともあり、議長国の日本は最終的に6%削減しますと大見得を切りました。6%というのは大変な数字です。日本は資源がないですから、輸入で得た資源を大事に使って製品をつくって世の中に送り出している国です。省エネ技術、1トンの鉄をつくるために排出してしまうCO2をいかにして減らすかということでいえば、技術は一番進んでいます。省エネ技術が一番進んでいて、更に6%というのは大変なことです。

 実は京都議定書を作成する議論の場において、日本は実情を考えれば1%ぐらいかなというところから議論は始まりました。ところがEUが8%削減すると言い出して流れが変わりました。これには少しちょっとからくりがあります。1990年が基準です。89年にベルリンの壁崩壊がありました。西ドイツは日本と同じように生産性も高いし省エネ技術も発達していたけれども、東ドイツでは省エネ技術は非常に遅れていました。省エネが非常に遅れているところを取り込んで、その後いろんな東欧の国々が加入してできているのがEUです。ですから条件が全然違うのです。EUが8%で、アメリカが7%で、じゃあ日本は6%かと数字が決まっていきました。アメリカは結果としては自分たちだけのCO2削減なんておかしい、発展途上国も入れないと、中国も入れないとおかしいと言って抜けてしまいました。ところが日本はくそ真面目ですから、残って一生懸命やっているわけです。6%の削減目標に対して、90年と比べてCO2排出はこれまでのところ8%ぐらい増えています。これから14%減らさないといけません。みんなほんとうに減らそうと思っているのでしょうか。日本の政府はどれだけ有効な施策を打ち出しているのでしょうか。

 CO2の公約を守らなかったらどうするかというと、お金で買うしかないわけです。しょうがないから5%ぐらいはお金で返すしかないかなという動きになっています。排出権を買うとなると、1兆円ぐらい払わなければなりません。その3分の2を産業界からということで、鉄鋼業界も数百億円排出権を購入します。鉄鋼産業はそういうことを真面目にやらないと成り立っていかない産業なので、しょうがないから買うわけです。いまはまだそういうことができるからいいですが、これがポスト京都でも京都の時と同じ理屈でただ数字だけを先行させるのでは、もう日本の中で鉄をつくるのをやめましょうという話になります。私たちは、こういう産業の立場で、いまみたいな議論はとんでもないということを政府に対して言い始めています。本格的な議論はこれからです。CO2は削減しなければいけませんが、金で買ってCO2が減るかと言えば、減らないわけです。

 今のままでは日本の中で鉄はつくれなくなって、製鉄所は外国に出て行きます。外国に行くと、日本よりももっとCO2をいっぱい出している鉄鋼メーカーが増えます。そうすると全体としてCO2は増えるということです。そこでセクター別アプローチ、つまり同じ鉄鋼業を世界横断的に見て、日本でいえば当たり前の省エネ技術をみんなが使うようにしませんかということを主張しています。日本の技術を導入すれば鉄鋼業だけでも世界で3億トンのCO2が減ります。

 今、わが国全体のCO2排出量は12~13億トンぐらいです。日本がどんなにがんばっても、減らせるのは全体で1億トン程度です。中国はものすごい勢いで発展していますから日本がこの10年で1億トン減らせるかどうかと言っているときに中国ではだいたい30億トンぐらい増えるだろうというのがIEA(国際エネルギー機関)の推定です。本当の意味で、どうするかという内実を伴った議論をしなければならないということです。
 これらの産業政策を基幹労連はやっています。今挙げたのはほんの一例です。

さいごに
 基幹労連本部には、私のように新日鐵から来ている者もいれば、三菱重工から来ている人間もいます。そういう人たちが本部役員として25人。正確に言うとそのうち企業の組合から来ている人が21人、残る4人は組合に直接入って役員になった人、そしてその他に職員が11人、合わせて36人が専従として働いています。

 いま人が足りないし、新しい人をとりたくても人がとれません。このあいだ初めてリクナビNEXTに採用情報を出しました。日本という国自体、人材が命です。資源がない国ですから。資源がなくても何とかやれてこれたのはやはり人材が力を発揮してきたからです。これから先もそうしなければいけないということです。いい社会、いい国にしていくためにはみんなが価値をつくらなければいけません。国が借金漬けになったのは、価値もないのにどんどんお金を無駄に使ったということです。そういうことはやめて、働いている者1人ひとりが価値を生み出すようにしなければいけません。この価値がマーケットにきちんと評価され、そのことが1人ひとりの働く者の成果、つまり賃上げにつながるということにならないと世の中は成り立ちません。私たちはそういう根っ子の所を考えながら、経営側とも交渉し、政府に対してもモノを言い、役所に対してもいろいろなことを要請する、そういうことが非常に大事な取り組みだと思ってやっています。

  普段あまり皆さんと接点のない労働組合という組織がどんなことを考えているのか、一端を知っていただけたならありがたいと思います。

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