はじめに
私は連合で総合労働局長をしています。連合の常任役員のうち、3人が女性です。1人が国際担当で、もう1人が男女平等を担当しています。連合の中で、女性が総合労働局長として労働法を担当するのは珍しいことです。社会変化の現れではないかと思います。
今日は、職場の中で実際にどういうことが起きているのか、労働組合と使用者がどのような交渉をして、企業内のワークルールをつくるのか、法律と企業内のワークルール、労働協約とはどんな関係にあるのか、などについてお話ししたいと思います。
私は1950年生まれですから、誕生日が来ると58歳です。高校を卒業してから、小さなクリーニング屋さんで少しだけ働いて、その後入学金と受験料を貯めるためにまたすぐ働き始めて、その次の年に法政大学の夜学に行きました。その後、学校にいるより結婚するほうがいいと思い、結婚しましたが、二人ではなかなか食えなくて、結局24歳の時に郵便局に就職しました。それが1974年10月でした。八王子の小さな特定郵便局で窓口の仕事を10年ほどやりました。ある日、組合本部に来ないかと言われて、郵便局の労働組合である「全逓信労働組合」(全逓)の中央本部で働くようになりました。
中央本部の婦人部副部長をしていたときに、「男女雇用機会均等法(以下、均等法)」をつくろうという運動が起こりました。男女平等を実現しようという時期でした。募集採用の男女平等、女性にも門戸開放を、ということに取り組みました。今は郵便局の自転車で外務労働をやっている女性がいますが、私が入った頃は女性を募集していませんでした。それから大きな地域郵便局、例えば国立や立川郵便局の夜間交代勤務のある職種にも女性は採用されませんでした。深夜勤務ができる人に限定して採用していましたから、女性は排除されていました。
結局、均等法を制定する運動を32歳から10年ぐらいやりました。今からちょうど8年前の49歳の時に連合本部に移り、雇用法制対策局の次長、局長、そして総合労働局長として働いてきました。
私の仕事は労働法とか雇用政策です。この8年間に、会社分割に伴う「労働契約承継法」とか、企業が倒産したときに労働者が労働債権を確保できるよう労働債権の地位を上げるとか、労働基準法の改正、労働契約法、高年齢者雇用安定法、障害者雇用促進法だとか、そういう法律をつくることに携わってきました。そういう法律をつくるときにどういう問題に遭遇して、どういうふうに問題を解決しようとしてきたのかを話してみたいと思います。
労働基準法を自分のものに
私が、社会の先輩として、労働組合の役員として、ぜひ皆さんの日常生活に取り入れてほしいなと思うことは、労働法の中で、一番大切な法律である労働基準法をしっかり自分のものにすることです。私は最初、法律をよく知らなかったので、ものを言うときにたくさん失敗しました。郵便局長にいくら言っても、「長谷川さん、それはどこにも書いてありません。あなたが言っていることは違いますよ」と言われるわけです。
例えば、局長に「4時間について15分の休息をとれるはずですから、15分の休憩をください。休息をするときには休憩室で休ませてください」と言ったときに、局長から「4時間について15分の休息なんてどこにも書いてない」と言われ、「そんなことないですよ。労働基準法で決まっているじゃないですか」「労働基準法のどこに書いてあるのですか」とやり合いました。労働基準法を調べたら書いてありません。おかしいな、労働組合の労働講座で4時間について15分の休息があると教えられたのに、と思って、よくよく調べてみたら、労働協約の中に4時間について15分の休息を取ることができると書いてあるじゃないですか。「申し訳ございませんでした。労働基準法ではなくて労働協約でした。協約で確認されているので、4時間について15分の休憩を、午前と午後にください」とやり合ったことがありました。何が労働基準法に書いてあるのか、何が労働協約に書いてあるのか、何が就業規則に書いてあるのかということを知らないといけないのだなということを深く反省しました。それからは労働基準法をいつもバッグの中に入れていました。
私は「労働基準法は難しい法律ではない。自分たちがこの社会で働いているときに非常に大切な基本となる法律なので、いつも自分のそばにおいておきなさい。みなさんが自分の大好きな小説を読むように基準法を読んでください」とことあるごとに言っています。ぜひ皆さん、この社会で働く限りは労働基準法を、自分の大好きな小説を読むように読んで下さい。働くときの最低限のルールは何かということをぜひ知ってほしいと思います。
1.職場のトラブルと解決
労働基準法やいろいろな法律がどんなところで役に立つのか。労働法は私たちが生きていくための武器だと思っています。なにか職場で困ったことがあったとき、それを助けてくれるものだと思います。職場の中でどういう問題があるのか、レジュメに事例をあげておきました。
皆さんは自分には解雇なんてあり得ないと思っているでしょう。実は解雇はよくあることです。連合の中で私は年に2回ほど電話労働相談を担当します。「社長から明日から来なくてもいいよと言われたんですけれど、どうしたらいいでしょうか」という相談がよくあります。これはまさに解雇です。そんな時にどうしたらいいのか。何も自分は悪くないのに、なぜ会社に来なくていいと言われたのか。人間はそういうときに、びっくりするわけですから、混乱します。解雇、さてどうしようかと。
私が連合に来た99年は、日本の会社の倒産が増えていたときです。当時、賃金を引き下げることがよく行われていました。会社の経営状態がよくないから今までの賃金を2割下げたい、3割下げたいということがよくありました。1回決めた賃金が下がるなんていうことはおそらく皆さん想像できないかもしれません。しかし、実際にはよくあります。景気が悪くなって会社の収益が落ちてくると、賃金の2割カットとか3割カットとかの話が必ず出てきます。皆さんに向かって、「企業業績がよくないから我慢してほしい。賃金を2割下げればなんとか会社の経営を維持できるので、2割下げたいと思います」と言われたときに、皆さんならどうしますか。今まで10万円もらっていた人が8万円になります。どうしますか。これはよくあることで、「労働条件の不利益変更」と言います。こういうことを使用者が一方的にできるのかという問題があります。
最近は企業の合併だとか、事業譲渡などがしばしば行われています。そのときに自分はどっちの会社に行くのか。新潟鉄工に会社更生法の適用があったとき、ある部門については営業譲渡することになりました。ふつうは会社更生法が適用される会社になんていたくないから、営業譲渡されるところに行きたい。さて何人行けるか。その部門で50人働いていたとすると、50人全員が新しい会社に行けるかというと必ずしもそうではありません。企業の中では必ずこういうことが起きます。ある都市銀行と地方銀行が合併しました。この合併の時に労働条件はどうなるか。事前に労働条件を調整すればいいですが、調整できなかった場合には、複数の労働条件があるわけです。A銀行から行った人はそのままA銀行の労働条件、合併したB銀行から行った人はB銀行のままの労働条件。そういう問題をどう扱えばよいのか。
営業に行く途中で自転車とぶつかって骨折してしまった。よくあることです。仕事をしていて交通事故が起きたときに、誰が責任をもつのか。労災補償は誰がするのか。休んでいるときの給料は誰が払うのか。職場で、こういう問題はしょっちゅうあるわけです。こういうときに、自分が納得できるような解決をどうすればできるのかということについてやはり知っておくことが必要です。そのためには、労働基準法やいろいろな法律を知っておくことが重要です。
私は昔、子どもを産んだ後、体調が非常に悪く、その上、仕事が原因で頸肩腕症候群になりました。1977年頃の郵便局の窓口の機械は、今のパソコンのように簡単なタッチではなく、すごい力を入れなければ動きませんでした。頸肩腕症候群になって、右手の薬指がほとんど使えなくなって、包丁も持てなくなったし、ふとんの上げ下ろしもできなくなって、1ヵ月ぐらいの病気休暇に入りました。その時に私の病気はなぜ起きたのかということを考えました。機械が非常にきつかった。もっと良い機械だったらこんなふうになるはずがなかった。頸肩腕症候群は公務災害だと申請したことがありました。そのようにして自分が病気になったときにそれが私傷病なのか、公務上の病気なのかでは扱われ方が全然違います。もしそれが公務災害、職業上の病気であれば、その人が休んでも賃金保障もされますし、その後も継続して働くことができます。そうでない場合は何の保障もありません。退職した後の生活の見通しが立ちません。労働法を知っておいて、使用者と交渉することが自分の身を守ることだということを、こうしたトラブルの事例から気づくことができると思います。職場にはトラブルがたくさんあり、そのトラブルを解決するために労働者を保護する法律があることをぜひ知っておいてください。
2.どうすれば予防、解決できるか
私は郵便局に入ってすぐ全逓信労働組合を知ることになります。労働組合は私が産前産後の休暇に入るときや、妊娠中の母性の保護のことなどを教えてくれました。病気になったときにも、例えば何日間休めるかとか、休業補償がどのくらい受けられるのか教えてくれたのも労働組合でした。労働組合が昔からあって、労使関係が確立している職場ではルールができあがっています。もしできあがっていないときはワークルールを整理することが非常に重要だと思います。ここでどうすれば職場のトラブルを予防、解決できるかについて、3点挙げます。
(1)ワークルールを整備、確立する
1つはワークルールを整備、確立することです。まず日本で働く労働者すべてを最低限守る法律は労働法です。労働法をきっちり整備して確立することです。最近ではパート法や労働契約法、労働契約承継法、雇用対策法などいろいろな法律が整備されてきて、新しい課題にも対応しています。
例えば、この4月に施行された改正「パートタイム労働法」があります。これをつくるのに20年ぐらいかかっています。この法律の中に、パート労働者と通常の労働者の処遇を同一にしなければならないという規程ができました。パート労働者が非常に増えていて、その働き方がどうなのかということが社会問題になったということと、パート労働者たちが訴訟を闘いながら実際に均等待遇を確立してきたことが法律にも反映されてきました。この法律改正でパートタイム労働者が保護されることになったといわれています。
「労働契約法」は、労働者と使用者の契約関係について最低限のことを規定した法律だといわれています。
2001年に商法に会社分割が定められ、現在は会社法に条項が引き継がれています。この法律を使って会社を2つに分割する場合や3つに分割することがあります。分割をするときに労働者の雇用をどうやって守るかが問題になり、「労働契約承継法」がつくられました。企業は必ずしも労働者に優しいわけではないですから、会社分割をしたときに、自分の好きな従業員はこっちの会社、自分の嫌いな従業員はあっちということがよく行われます。あっちの会社にいたらそれはドボン会社で半年後にはつぶれてしまうことがあります。あっちの人たちの雇用は保障されないが、こっちは保障されるという、そういう不公平も起きてくるわけです。労働契約承継法は、分割される事業に主として従事する労働者の雇用は承継会社に承継されることで、労働者の雇用や労働条件を保護する法律です。このように社会の変化に応じて新しいワークルールをつくるとか、既存のワークルールを整備することがとても重要です。
(2)労使関係をつくる
2つ目は、労使関係をつくることです。労働組合に加入するとか、労働組合をつくるということです。
皆さんは、労働組合はダサくて古くて、なんかよくわからない組織だと思うかもしれません。私はこの58歳の今まで元気で、女性でも働き続け、女性だからということで差別されることなくここまで来られたのは、労働組合があったからだと思います。労働組合がいろいろな処遇改善や男女平等などの取り組みを常にやってきたからです。組合があるところでは、組合に加入して問題を解決していくことが一番重要です。もし組合のない企業に就職して、いろいろな問題があったときには、労働組合をつくる必要があると思います。労働組合をつくって、みんなで力を合わせて労働条件を改善するということが重要だと思います。
私の場合は全逓信労働組合という有名な大きな労働組合があったわけです。しかし、特定郵便局で働いている人の中には、全逓の組合に入ってない人が多かったです。私が特定郵便局に就職したときには、隣の局に組合員が1人しかいませんでした。困ったことがあった時に、その組合員に相談していました。やはり特定局の中でも組合をつくらないとダメだなと思いました。組合に一緒に入って特定局をもっとよくしようと、10年間くらいそこで運動してきました。1人の力では何もできないのですが、何人か寄ると知恵がついてきて、こういうことをやってみよう、こういうふうに直してみようと職場のルールをつくってきました。その意味で、労働組合に加入したり、つくるということはとても大切なことです。
私は、24歳のときに中途採用で入社しました。当時の私の給料は24歳の人と同じではありませんでした。私の前歴の職歴換算を当時60%しか見てくれませんでした。だから同じ年齢の人と比べて、私はその6割ぐらいしかもらえませんでした。組合がそれを少しずつ直してくれました。前歴換算を70%にする、80%にする、最後は同じ本給になりました。このように労働条件を改善していくということを組合はよくやります。私は職場のワークルールをつくる、そのために労働組合に加入する、労働組合をつくるということが非常に重要だと思います。
(3)紛争解決制度を整備する
「個別労働紛争解決促進法」に基づいて、2001年10月、都道府県労働局に労働相談や斡旋を行うところが設けられました。何か問題があったらここへ相談に行くといいです。これは無料です。
今から2年前に各地方裁判所の中に労働審判制度がつくられました。ここも労働問題をもっぱら扱っているところですので、何か労働問題で紛争が起きたときには、この労働審判を使うことも重要です。日本の労働者は非常に自己の権利を主張することが弱く、なかなか紛争解決制度に紛争を持ち込まないと言われていました。しかし、最近は都道府県労働局や労働審判に持ち込むことが増えています。もし、将来、皆さんが職場で何かトラブルがあったときには、こういうところに持ち込んで自分の問題をきっちり解決することが必要だと思います。
かつて私が高校を卒業してすぐに採用されたクリーニング屋さんで、給料は当時18,000円でした。入社の時に言われていた金額より3,000円少なかったのです。それで1回目の給料をもらった時に、「最初に言われた給料より3,000円少ないのはおかしい。労働基準監督署に言いにいっていいか」と言ったら、社長が「すぐ3,000円払う」と言って、3,000円上がりました。しかし、同時に採用された他の3人の給料はぜんぜん是正されなかった。今思うと、自分だけさっさと3,000円引き上げてしまったことを、すごく反省しています。やはり問題があったら、かならずどこかに相談するとか、訴えるということが重要なことだと思います。
3.労働法の基本
(1)労働権と労働基本権
労働法は労働者を守るための法律です。この法律の骨格を知っていただきたいと思います。まず憲法27条1項で、労働者の働く権利、「労働権」を保障しています。27条2項で、賃金、労働時間等の労働条件の最低基準を法律で別途定めると規定し、「労働基準法」があります。基本的な労働権と労働者保護の考え方が憲法の中できっちりと規定されています。そして、憲法28条では労働者に「団結権」と「団体交渉権」「団体行動権(ストライキ権)」を定めています。これが「労働基本権」です。これは非常に重要な権利です。労働者にはこういう権利があるのだということをぜひ知っていただきたいと思います。
(2)労働基準法
「労働基準法」は憲法27条2項を受けて制定された労働条件の最低基準です。最近、労働基準法が最高基準だと思っている人がいます。労働基準法は6時間以上働くと45分の休憩を与えることを使用者に義務づけています。1日8時間労働のときも45分休憩というのはどこの会社でもあります。それは最低基準です。しかし、組合があるところは、それプラス15分です。それを労働協約で決めるわけです。団体交渉をへて労働協約で休憩時間を60分にするということは、プラス15分を労働組合が獲ち取ったことになるのです。したがって労働組合の役割は労働基準法の最低基準を更に引き上げることです。労基法より下回った労働条件で働かされていたらそれは労基法の基準まで引き上げられます。労働基準法は最低基準法だと理解していただきたいと思います。
労働基準法を施行するために、労働基準監督署があって、労働基準監督官がいます。賃金が約束通り支払われていないということであれば、労働基準監督署に申し出ればいいし、最低賃金より低い賃金で働かされていたら労働基準監督署に訴えれば、労働基準監督官がその事業所を臨検して、改善命令が出されます。この労働基準監督署と監督官の役割についてもぜひ知っておいていただきたいと思います。
(3)労働組合法
憲法は27条で労働者の労働権を保障し、最低労働基準を定め、28条で団結権、団体交渉権、団体行動権を定めています。「労働組合法」は、これらに基づいて組合が使用者といろいろな団体交渉をして、労働条件を決定することを保障している法律です。最近は、労働組合法が皆さんの目にふれることはあまりないかもしれません。私たちが若いときはストライキが頻繁に起こっていました。労働組合法を使ったさまざまな行動、「労働関係調整法」を使った紛争処理なども行われていました。
(4)労働法は誰に適用されるか
労働法はすべての働く労働者に適用されます。使用者以外は全員に適用されます。そこをよく理解していただきたいと思います。「高年齢者雇用安定法」という法律あります。これまでは多くの会社で60歳が定年でした。年金支給開始年齢が65歳に繰り上げられ、それまで霞を食べて生きていけるわけではないです。すると何らかの所得保障、あるいは何か働いて給料がないと皆生きていけないので、高年齢者雇用安定法には3つの方法をやりなさいと書いてあります。1つは定年延長をやりなさい、もう一つは定年制をやめなさい、3つ目は再雇用制度をつくりなさいと。いったん60歳で定年退職して、それから年金開始年齢までにもう一度雇用しなさいというのが再雇用制度です。この3つのうちのどれかを企業はやりなさいとなっています。ほとんどの企業はこのうちの再雇用制度を選んでいます。このときに、まず希望する者全員を再雇用しなさい。しかし、労使協定で何らかの基準をつくってもいいですよ、要するに選別していいですよ、ということになっています。選別の基準は労使協定で定めなさいと高年齢者雇用安定法には書かれています。その時に労使協定をどうつくるかというと、その事業所に過半数の組合があれば、その組合と交渉して決めなさい、過半数組合がないときは、過半数代表と協定を定めなさいとなっています。ところが、従業員というときには管理監督者も含まれます。労働組合は管理監督者まで組織していないので、過半数を組織する労働組合は管理監督者の雇用問題にもタッチせざるを得なくなります。その時に、連合の中でも、どうして組合員ではない人の雇用のことまでやらなければならないのだとか、労働組合の権限を超えているのではないかという声もありました。しかし、法律の中では過半数代表との労使協定があれば、基準をつくってもいいというふうに書いてあるので、その法律に則ってその基準づくりをすることになります。その意味で労働法は誰に適用されるかと言うと、管理職も含めて事業所の労働者に適用される法律であるということを知っていただきたいと思います。
4.ワークルールとは何か
(1)ワークルールを構成・規律するもの
労働基準法13条は「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分はこの法律で定める基準による」と定めています。労働基準法では労働時間は週40時間、1日8時間となっています。それを勝手に週45時間の労働契約を締結した場合は、その契約の労働時間の部分は無効になって週40時間に修正されるということです。
労働組合と使用者が締結する「労働協約」については、労働組合法14条で定められています。書面を作成して両当事者が署名、押印すればこれが労働協約です。組合をつくったときに、使用者と団体交渉を行って、合意したことを書面にし、記名、調印すればそれは労働協約です。書式があるわけではありません。
労働条件について重要なことに、労働基準法89条の「就業規則」があります。職場のワークルールの中に、労働基準法と労働協約があります。就業規則の性格については、いろいろな意見があります。就業規則そのものは社訓だという人もいるし、社則だという人もいまして、定義にはいろいろ見解があります。ただ、労働基準法は89条で就業規則をつくったら、それをちゃんと労働基準監督署に届けなければいけないということと、就業規則に労働時間や働く場所などをきっちりと書かなければいけないということが書いてあります。また、民法623条「雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。」や労働契約法6条「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。」は、労働者と使用者との労働契約について定めています。
雇用関係の法律としては、労働基準法や最低賃金法(労働者をこれ以下の賃金では働かせてはならないという金額を定めたもの)、労働安全衛生法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、パート労働法、労働契約法、労働者派遣法があります。労働者派遣法改正案が来年の通常国会にはいよいよ出てきます。改正労働者派遣法が労働者の保護をどの程度導入するのかが争点になります。
それから、集団的労使関係で言えば、労働組合法と労働関係調整法があります。賃金引き上げや労働条件でストライキを打って交渉することが、ここ10年ぐらいあまり見られなくなりました。しかし、かつては賃金や労働条件問題で、ストライキを背景に労使交渉をしました。また、労使交渉が決裂すると、中央労働委員会の、調停を活用することもありました。中央委員会委員長裁定を出して紛争調整をやっていました。最近はなかなか皆さんの目に触れることもないので、労働関係調整法って何の法律って思うかもしれません。労使で自主的に解決できなかったときの第三者の紛争調整を規定しています。
それから、労働市場法と言われているものには、雇用対策法、職業安定法、雇用保険法、職業能力開発促進法、障害者雇用促進法、高年齢者雇用安定法などがあります。雇用保険法は、今日の日経の1面に大々的にとり上げられていました。皆さんがもし失業した場合にハローワークに行けば失業給付がもらえるようになります。これが雇用保険なのです。国と労働者、使用者の拠出によって運営されています。国庫負担をなくせと言うのが最近の動きです。もし国庫負担をゼロにすると、使用者と労働者の保険料が増えるだけですので、大きな問題だと思います。
個別労働紛争解決法としては、個別的労働関係紛争の解決の促進に関する法律、労働審判法があります。
労働関係の法律は以上の4つに大別することができます。派遣の時は労働者派遣法を見ればいいんだな、失業給付のことで何か知りたければ雇用保険法を見ればいいな、高齢者の雇用については高年齢者雇用安定法を見ればいいな、ということをわかっていただければ幸いです。
次に「判例(裁判例)」「労使慣行」について触れます。職場の働くルールには、今まで述べました法律や労働協約の他に、判例があります。例えば、解雇権濫用法理とか、採用内定法理、試用法理、配転・出向法理、懲戒権濫用法理、男女平等取扱法理などです。これは、様々な人たちが裁判を提訴し、判決が積み重なって判例として確立したものです。職場のワークルールは、法律と協約だけでは足りないところがあります。そういうところは判例が活用されています。
例えば解雇権濫用法理というのは、解雇というのは使用者に解雇権はあるけれどもそれをむやみやたらに使ってはいけませんということです。労働者を解雇するときには合理的な理由と、社会的相当性がなければ解雇できませんという判断基準が裁判で確立しています。男女平等取扱法理というのは女性を差別的に扱ってはいけないというものです。かつて、企業経営が悪化して整理解雇をするときには女性から順番に解雇するという場合がありました。それは女性差別であり容認できるものではないという判断基準が裁判で確立しています。昔、女性だけ、例えば28歳で定年退職、結婚したら退職というものもありましたが、これも女性差別であり多くの女性は裁判で闘って判例を積み上げていきました。
最後に労使慣行でありますが、職場の中には長い間労働者と使用者との間で慣行として行ってきたものがあります。例えば、本当の勤務時間は17時15分までだけれど、17時で帰っていいよ、というのはけっこう昔の慣行でありました。ある時に、使用者側から「その労働慣行はだめだ。勤務時間は17時15分までだからそれまでいなさいよ」と言われて、労働慣行を一方的に変更する問題がよく起きました。そういう暗黙の了解、仕事が終わっていれば17時で帰っていいというようなものが労使慣行です。こんな事例もありました。外務労働者が夕方4時にあがってきて風呂に入る。勤務時間中の入浴です。かつてはよくあったのですが、風呂は私的なことなので、仕事が終わってから入ることにしてください、と慣行を是正することがありましたが、労使慣行は、長い間ずっと継続してきたものが職場の中で秩序として成り立っていたものです。これも職場のワークルールの1つです。
(2)労働契約、就業規則、労働協約、法律の関係
労働協約、就業規則、労働契約は労働基準法など法律に抵触してはならないとなっています。したがって、一番強いのは法律です。その次は労働協約です。もちろん協約は法律に違反してはいけません。就業規則は、労働協約や法律より下回ったものをつくったら、全部それは労働協約や法律のところに戻すことになっています。労働契約も、労働者と使用者とが合意して契約を締結したとしても、それは就業規則や労働協約、法律に違反してはならないということです。労基法13条、労基法92条、労働契約法12条、労組法16条で、これらの優先順位を決められています[労働契約 < 就業規則 < 労働協約 < 強行法規(労働基準法など)]。以下に電機連合がつくった図が掲載されています。一番下に最低限の基準を定めた労働法令があります。そして労働者と使用者で労働契約を結び、使用者は就業規則をつくります。これらがどういう関係にあるかという図です。
私たちが職場の中で安心して働くために何が必要なのかをもう一度復習します。就職する前、就職した後、何が必要かといえば、さっき述べたように労働基準法は小説を読むようにぜひ読んでほしい。それと会社に入ったら就業規則をぜひ見ていただきたいと思います。入社したときに会社からいろいろな書類を渡されます。就業規則は従業員が常に見られるところに置くこととなっています。昔、就業規則はすごく大切なものだと金庫の中にしまっていた中小企業の社長がいましたが、それはダメなのです。就業規則は常に誰でも見られるところに置いておく。だから自分の会社の就業規則は必ず見ておくことです。就業規則の中には懲戒処分のことなどがきっちり書いてありますし、退職金規定、ボーナス規定など賃金規定もありますので、必ず見る必要があります。労働組合があって加入した場合には、労働協約に何が書いてあるかを知っておく必要があると思います。労働基準法と就業規則と労働協約をかならずチェックして下さい。
労働協約にすべての労働条件が書いてある会社は意外と少ないです。特に民間企業は、協約でなくて就業規則にすべて書いて、労働協約には書いていないところもあります。NTTや郵便局などはほぼ就業規則と労働協約の両方にきっちり書いてあります。労働協約に賃金協定から労働時間協定まで全部書いてあります。本当はそのようにした方が良いのですが、珍しいです。会社に就職したらまず労働基準法をしっかり読んで、就業規則と労働協約に何が書いてあるのか見て、自分の会社の全体を知るということがとても大切です。
5.労働組合とワークルールの関わり - 職場に関わることは「労使」で決める
(1)企業内での労働組合の活動
職場に関わることは労使で決めるのが原則です。労使自治が基本です。誰かが労働条件を決めてくれるわけではありません。法律はいつも最低限しか規定しません。最低賃金690円と書かれたときに最低賃金を支払うところはまれだと思います。最賃より100円とか200円とか上回るところが多いでしょう。皆さんが就職するところはもっと賃金が高いでしょう。
労働組合があるところであれば、団体交渉と労使協議があります。賃金や労働時間などの労働条件については団体交渉で決めます。会社の営業計画や事業計画などは労使協議の場で話し合います。3ヵ月に1回くらい労使協議をやって、その会社の事業状況だとか、人事に関する意見交換などを行います。日本の組合は団体交渉と労使協議をうまく活用してきた組織だと私は思っています。私が全逓にいた時は、郵便事業をどのようにしていくのかとか、貯金事業にかかわる扱いをどうするのか、簡易保険にかかわる問題をどうするかということを労使協議の場で議論していました。
労働組合法7条は使用者が労働組合に対して不当労働行為をしてはならないと定めています。労働組合は労組法で守られているわけです。正当な理由なく団体交渉に応じないとか、労働組合の組合員を差別的に扱うということがあれば、労組法7条に違反する不当労働行為になります。憲法、労組法はストライキ権を認めていますので、労働組合はもし交渉が決裂したらストライキするぞと言うことができます。私も若いときにスト権闘争で小さな郵便局で4日間ストライキを打ったことがあります。ストライキに入るのはすごい決意が必要です。ストライキをやらなければ要求を実現できないということであれば、労働組合はストライキ権を行使することが重要です。労働組合の固有の権利です。今年の春闘の中では民間のいくつかの組合でストライキ権を行使したところもあります。
(2)企業外での労働組合の活動
日本の組合はだいたい企業内労使関係でいろいろなことを決めています。これは日本の労働組合の特徴です。アメリカやヨーロッパは産業別労働組合です。産業レベルには産業別労使懇話会があります。たとえば、電機産業では、各組合の役員と使用者とが産業政策に関する意見交換を行っています。京王電鉄や東京メトロなどの私鉄も産業別労使懇談会があります。お互いに意見交換をしながらその産業の育成と同時にその産業の労働者の地位の向上と労働条件を確保していくという、そういう役割に貢献してきたと思います。
国際的な労働組合の活動やILOについては冬学期の中嶋滋さん(ILO理事)の講義でお話ししますので、そこで勉強してほしいと思います。
6.労働関係法ができるまでと連合の関わり
(1)労働契約法ができるまで
次に、労働法ができるまでと労働組合がどういう関わりを持っているのかということについてお話ししたいと思います。連合はこの間ずっと労働法をつくる作業に携わってきました。労働関係の法律をつくるときには、公益代表と使用者代表、労働者代表で構成された厚生労働省の労働政策審議会で議論することになっています。その中でいろいろな法律がつくられていきます。最近施行された労働契約法について、どういう過程をへて法律ができたのかを話してみたいと思います。
法律ができるというのはそう簡単ではありません。労働契約法は約6年かかっています。今回の改正パートタイム労働法には約20年かかっています。労働契約法は、連合が2001年10月の定期大会で新しいワークルール、労働契約法や労働者代表法、パート・有期労働契約法をつくろうということを決めました。その後、厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会で、解雇ルールや有期労働契約、裁量労働制の議論が始まりました。その中で日本にも労働契約法が必要という流れができました。国会での議論も受けて、2004年4月、厚生労働省に研究会が設置されます。2005年9月に、その研究会が報告書を出しました。その後、労働政策審議会が開催され、2006年の6月に労使の意見が合わなくなって中断しました。2006年9月に再開して議論を始め、12月に建議を取りまとめます。それを受けて、厚生労働大臣は、2007年2月に労働契約法案要綱を労働政策審議会に諮問し、答申が出ました。3月に、政府は閣議決定をして、労働契約法案を国会に提出しました。国会審議をへて、11月に法案が成立し、2008年3月に施行されました。
連合が労働契約法をつくろうと提起したのが2001年で、国会で成立したのが2007年11月です。法律ができるまで約6年かかっています。連合が提起する前に、多くの研究者やシンクタンクなどが、労働契約法の立法化について議論を行っていました。労働基準法だけでは足りないものがある。例えば、今までは労働者がこの解雇は違法だと主張した場合には、裁判で争いました。労働相談も解雇一般に関する法律がなかったので、裁判例や判例法理を活用してしか解決できなかったわけです。その後解雇に関する法律を作るということになり、いろいろ揉めたのですが最終的に解雇については判例をそのまま法律化するということで労使の意見がまとまりました。(解雇規制については2003年の労働基準法改正に盛り込まれ、その条項がそのまま労働契約法に移された)。そのときの国会で労働契約法の調査・研究・検討が附帯決議にもりこまれました。連合が2001年10月に労働契約法をつくろうということを提起してから流れが出てきて、最終的には国会が動いて2007年の11月にできたという経過であります。
(2)法律は必要とする者が必要と言わないとできない
法律というものは、それを必要とする者が必要だということを言わない限りはできません。国民が必要としない法律なんて誰もつくる気はしません。労働契約法が必要だと思う人がいたから労働契約法ができました。パート労働法が必要だという人がいたからパート労働法ができました。男女平等法が必要だと思う人がいたから男女雇用機会均等法ができたのです。
今皆さんは男女雇用機会均等法のおかげで女性が差別されることがなくなったわけです。しかし、その男女雇用機会均等法が1985年にできるまでは、女性は28歳で定年退職、寿退職です。30過ぎて民間企業にいたら、なんでいつまでいるんだ、早く辞めればいいのにとか言われていました。最初に私が58歳までこんなふうに働き続けられたのは労働組合があったからと言いました。女でも男でも同じように働いたら同じ給料を得て、そして公正に評価されるようにして、退職金も男と同じように満額をちゃんといただいて、年金も男と同じようにちゃんと得るということが必要なんだということを、女たちは必死で訴えたわけです。女たちのすごい闘いがあって、1985年に男女雇用機会均等法ができました。今皆さんは募集採用が男も女も平等なのは当たり前でしょう。職場に入って、男も女も同じような仕事をするのは当たり前でしょう。男も女も同じように昇格、昇進するのは当たり前だと思っているかもしれません。しかし、1985年以前は当たり前ではなかった。女は28歳になったら辞めると就業規則にも書いてあった。女だったら28歳で定年、主婦になって子どもの手が離れたらパートタイムで働きに出る。パートタイムで働きに出ると最低賃金しかもらえない。それで年金になれば夫は十分にあるけれど自分はこんなに働いてきたのに満足な年金も得ることができない。そういうことに対して女の人たちが声を挙げたわけです。冗談じゃない、なぜ平等に扱えないのかと。それで85年に男女雇用機会均等法ができました。
パートの人たちは、なぜ同じように働いているのに、パートだからと言って差別されるのですか。隣の人は8時間で、私は7時間、たった1時間しか違わないじゃないですか。それなのになぜパートだということでこんなに安いんですか、と言って女の人たちがずっと法律つくれ、法律つくれと言ったわけです。そうして、パート労働法が使用者の努力義務から義務規定になったのは今年の4月からです。育児休業でもそうです。働いている女性に子どもができても保育所に空きが見つからないということが今まではよくありました。待機1年、保育所に入れるには1年かかりますと言われて、みんな辞めていったわけです。子どもはおなかが空くし、おむつも代えてあげないといけない。保育園はない。その時に女たちは育児休業法がほしいと言った。子育ての時に育児休業をとって子育てをしたい、育休後は職場復帰して働きたい、そして、男も育児に参加をと主張した。その結果、育児休業法ができたわけです。
私は育児休業法を知らない年代です。育児休業法がなかった年代なので、自分の子どもが生まれたときには、8ヵ月まで宮城県の田舎の母に見てもらって、8ヵ月過ぎたら東京に子どもを連れてきて、近所のおばちゃんにみてもらって、それを見かねたある無認可保育所の人が長谷川さん1人だったらいいよ、入れてあげるからということで私の娘は無認可の保育園に入れてもらったんです。2歳になった時にやっと公立の保育所に入れることができました。こういうことに対して女たちは市役所に、私たちのことどうすんのよ、と訴えてきたのです。
介護もそうでした。自分の親や夫の親が病気になった時、夫たちは女が親を介護するのは当たりまえというのが社会全体の雰囲気でした。それに対して女たちは、そんなことはない、介護はなぜ女性だけがやらなければいけないのか。私50歳で課長になれると思ったのに、なぜここで辞めなければいけないのか、介護は社会的な問題でしょう、と主張して社会問題として運動をしました。その結果、介護休業法ができたわけです。
男女雇用機会均等法も育児・介護休業法もそうでしたが、男も女も共に仕事をして、共に子育ても介護もしましょう、そういう社会を推進していきましょうという中でこういう法律ができてきたのです。だから法律というのは、社会の要請なのです。ある日突然誰かがつくってくれるものではない。みんながほしい、こうしてほしい、こんなふうにワークルールをつくらなければいけないと運動すると法律ができるのだということを私はぜひ言いたいのです。
7.最近の労働法の流れ
バブル崩壊後、労働法や雇用政策に規制緩和の流れが続きました。労働法は労働者の保護が強いと言われました。政府は労働法の見直しを進めてきました。解雇の規制が強いからもっと解雇しやすいようにしろとか、解雇については金銭解決制度を導入しろとか、労働者派遣法をもっと規制緩和して使いやすくしろとか、労働基準法が定める時間外労働手当を払わなくてもいい制度(ホワイトカラー・イグゼンプション)を導入しろとか、そういうことが言われてきました。昨年12月、政府の規制改革会議が「女性の権利を過度に強化すると企業は雇用を控える結果になる」という主張を行っています。まさに世界の流れや男女平等の流れに逆行するようなことが規制緩和の中で提案されたのです。
労働法はどうあるべきか、ぜひ皆さんも一緒になって考えてほしいです。これまでの労働法とは、どちらかというとブルーカラー(工場労働者)の働き方を典型とした法規制だったので、ホワイトカラーにはなじまないという指摘がありますが本当にそうでしょうか?私はホワイトカラーとブルカラーとを分ける必要はないと思います。
労働法は労働者を保護することが重要ですので、労働者の保護を抜きにした労働法はあり得ません。それと同時に行政がすべてを事前規制するだけではなく、行政の事前規制と司法的救済の両方から考えていかなければならないと思います。労働法については、学校教育、職業教育の中で教えないといけないと思います。
様々な問題を提起しましたが、今後も皆さんと一緒に考え、議論していきたいと思います。
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