一橋大学「連合寄付講座」

2008年度“現代労働組合論I”講義録

Ⅰ ホワイトカラーの働き方と労働組合

第2回(4/18)

開講の辞「一橋大生に学んで欲しいこと」

ゲストスピーカー:草野忠義 社団法人教育文化協会理事長

「労働組合の役割、労働運動の意義」

ゲストスピーカー:古賀伸明 連合事務局長

開講の辞「一橋大生に学んで欲しいこと」

草野忠義(社団法人教育文化協会理事長)

1.はじめに ~連合のこれまでの歩み~

 みなさんは「連合」とは何かをあまりご存じないと思います。連合としていくつかの大学で寄付講座をやっています。先日、他の大学で連合を知っている方に手を挙げてもらったら、170名ぐらいの中で5名くらいでした。でも労働組合を知っている方は、けっこう多かったです。

 労働組合というのは、一人ひとりでは経営側との交渉力が弱い人たちが、団結をして、同等、対等の立場で話をしましょう、交渉しましようという組織です。

 1945年、第二次世界大戦の敗戦後、マッカーサーGHQ総司令官が日本を民主化するために労働組合をつくれという推奨政策をとります。企業単位の労働組合が企業の中に続々とできてきて、戦後の労働組合がスタートします。会社と交渉したり、その企業で働く労働者の権利を守るという点に関しては企業単位の労働組合で十分できます。

 しかし、企業単位の労働組合だけでは、働く人たちやその家族の生活とか権利を総合的に守ることは十分にはできません。政策の問題、特に政治面における人権の問題などを含めて考えると、労働組合も企業単位ではなく産業別にする必要があります。私は日産自動車の出身です。自動車産業には「自動車総連」というトヨタ、ホンダ、マツダ、三菱などの企業別労働組合が集まってつくった産業別組織があります。古賀事務局長は松下電器、パナソニックのご出身です。電機業界には、日立、三菱電機、NECなどを含めた「電機連合」という産業別組織があります。

 これだけでは不十分です。日本の全体の労働組合が一つにまとまらなければいけないという動きが出てきます。イデオロギーの問題や、政党との関係などによって、一緒になる、いやまた別れてしまう、また一緒になるという、再編と分裂を繰り返してきたのが日本の戦後労働運動の前半の姿です。

 これではだめだということで、私たちの先輩たちが必死に努力をして1989年に日本の労働組合を統一しました。それが今の連合だということでご理解をいただきたいと思います。

 現在680万人が連合の組合員です。労働組合の組織率とは、全労働者の中で労働組合員がどれだけいるかという数字です。戦後、労働組合がどんどんできて組織率は上がっていきますが、1970年代以降は残念ながら低下の一途をたどっています。現在は18.1%です。働く人の5人に1人だけが労働組合員です。 

 この数字は厚生労働省の統計発表で、2007年6月現在の数字です。1年前が18.2%でしたから0.1ポイント落ちました。しかし、実は組合員は増えています。2006年から2007年にかけて久しぶりに組合員が増えましたが、景気の回復によって働く人が増えたので組織率は下がっています。長年続いてきた組織率の低下になんとか歯止めがかかって、これから組織率を上げていくという動きにつながっていくのではないかと私は思います。

 パートタイマーや派遣労働者、契約社員、請負労働者などの非正規労働者が働く人たち全体の3分の1を超えています。いま35%ぐらいです。その中でも大変多いのがパートタイマーです。パートタイマーは私どもの努力不足もあって組合員が非常に少ない状況です。私が古賀さんの前に事務局長をやっているときは、パートタイマー全体に対する組合員の比率は2.5%ぐらいでした。それが今どんどん増えてきて、4.5%から5%の間ぐらいまで来ています。全体から見れば非常に少ない数字ですが、ここ2年ぐらいで急速に増えています。これから組織率が上がっていくことを期待しています。

2.寄付講座開設の趣旨

 これから社会に出て職業人になっていく学生の皆さん方に、労働組合や労働運動について知ってもらいたいと思います。働くということはどういうことなのだろうか。第一線でいろいろな業種で働いている人たちに、今職場ではどんなことが問題になっているのか、そして働く人たちはそれらの問題にどう対応しようとしているのか、あるいは労働組合はどう解決しようとしているのか、ということをぜひ知っていただいて一緒になって考えていただきたい。そういう思いでこの寄付講座を開設いたしました。

3.3つの関係団体

 連合だけでは十分にできないことをやるために、3つの関係団体をつくりました。1つ目は、労働組合は政策問題に強くならなければならないということで「連合総研」というシンクタンクをつくりました。そこでは経済政策、税制改革、社会保障制度の問題、非正規労働者の問題などについて研究し、発表し、政策を提言しています。それを連合が運動として取り組み、政策の実現を図ろうとしています。

 2つ目は「国際労働財団(JILAF)」です。特に国際関係の労働組合の窓口として活躍しています。最近では、特に発展途上国の労働安全衛生問題に力を入れて取り組んでいます。また途上国には児童労働、小学校に行けなくて家族のために働かされている児童がたくさんいます。そういう人たちが学校に戻り勉強できるように、教材を提供したり、現地の先生を雇って、学校に戻る前の教育を行う活動もやっています。

 そして3つ目の「教育文化協会」は、日本の労働組合の次のリーダーを育てるために「Rengoアカデミー」という研修を開催しています。また皆さんのようにこれから職業人になられる方々に働くことの意味を考えてもらうために、私たちの実体験を伝える寄付講座もいくつかの大学で行っています。連合は、北海道から沖縄まで47都道府県に地方組織を持っています。例えば東京であれば、連合東京という地方組織があります。各地方組織から高等学校や中学校に出向いていって、働くということを知ってもらう活動も教育文化協会が窓口になって行っています。「私の提言」という論文募集も毎年やっています。応募要領は5月末にホームページに掲載します。組合員でなくても誰でも応募できます。昨年、寄付講座の受講生からも応募いただいて、優秀賞と奨励賞を取られました。この講義に参加している一橋大学の皆さんもどしどし応募していただけるとありがたいです。

4.問題提起

(1)ロナルド・ドーア先生の講演から

 皆さん、ロナルド・ドーア先生をご存知ですか。現在、イギリスのロンドン大学名誉教授です。もう80歳を超えられていますが、日本語はペラペラ、日本のことにきわめて詳しい方です。日本語でもいくつか本を書いています。中公新書の『働くということ』や岩波新書の『会社は誰のためのものか』は、新書としてはベストセラーに近い売れ行きを示した本です。このドーア先生が、先月、同志社大学の名誉博士になられ、その学位贈呈記念講演会がありました。その中から冒頭の部分を紹介します(レジュメ参照)。

 ドーア先生の問題提起は、経済や経営のありようは、いったいこのままで良いのだろうか、というものです。

 アメリカにビジネススクールがあります。ビジネススクールは元々専門学校として始まったものです。これを大学に導入するにあたって、大学のほうから猛烈な反対が起きました。真、善、美を追究するのが大学であって、テクニックを教えるのは大学ではないという考え方です。ヨーロッパで大学が始まったのは、基本的には宗教や哲学からスタートしています。 

 当時、ビジネススクールを大学に持ち込んだときの主張が、経営者というのはテクニックだけ覚えればいいのではない、そこには哲学が必要であり、倫理が必要であり、良心が必要なのだ、だから大学でこれを教える必要がある、と。こういうことが当時言われました。その後のアメリカのビジネススクールはどうなっているのだろうかとドーア先生は疑問を呈しておられました。私は非常に格調の高い講演だったと思っています。

(2)東京大学・神野直彦教授の講演から

 もう一つは、東京大学の神野直彦先生が、連合総研の20周年記念シンポジウムの特別講演で話された内容をレジュメに記載しました。連合総研のホームページで全文を読むことができますので、ぜひ読んでいただきたいと思います。 

 神野先生は9・11のことを初めに話されました。9・11というと私はすぐアメリカのワールド・トレード・センターへのテロ攻撃を頭に浮かべます。ここでは、それより遙か前の1973年9月11日の出来事からお話を始められました。この日に、チリのサルバトーレ・アジェンデ大統領が大統領宮殿で軍部のクーデターによって殺されました。その直前に大統領宮殿のバルコニーから国民に訴える演説内容から神野先生の特別講演はスタートしました。私もチリに行ったときに、アジェンデ大統領が殺された大統領宮殿の階段の踊り場を見学してきたことがあります。

 レジュメの3ページの☆印のところに宇沢弘文先生のお手紙を引用しています。宇沢先生は神野先生の恩師で、高名な経済学者です。神野先生がこれを雑誌『世界』に書いたとき、すぐに宇沢先生から手紙が来たそうです。その手紙を公表していいですかと本人に聞いて、結構ですよということで、神野先生はお話をされていました。ここだけはぜひ皆さんにお目通しをいただきたいと思います。

 「1973年9月11日、つまりサルバトーレ・アジェンデが暗殺された日、私はシカゴにいました。たしか、かつての同僚たちとの集まりに出ていたとき、たまたまチリのアジェンデ大統領が殺されたという知らせが入った。その席にいた何人かの、小さな政府論を広めている、あのフリードマンの仲間たちが、歓声を上げて喜び合った。私は、その時の彼らの悪魔のような顔を忘れることは出来ない。それは、市場原理主義が世界に輸出され、現在の世界的危機を生み出すことになった瞬間だった。私自身にとって、シカゴ学派との決定的な決別の瞬間だった。」

 もちろん、経済学や経済理論についていろんな考え方があるのは私も承知していますが、私たちは国民のため、働く人たちのための経済はどうあるべきかについて、労働組合の立場から常に考えています。このような主張に対して、いつも心から評価しているものですから、今日は紹介をさせていただきました。 

 当然、異論もあると思いますが、こういうこともひとつ頭に入れ、今後の講義について一緒に勉強させていただきますように心からお願いを申し上げまして、開講式にあたっての私の挨拶に代えさせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。ありがとうございました。

「労働組合の役割、労働運動の意義」

古賀伸明(連合事務局長)

 皆さんこんにちは。こうして学生の皆さんにお会いしたときに、自分が学生時代に何を考えていたのだろうとよく思い出して考えます。まああんまり勉強はしてなかったですけれど、これからどう生きるかとか、これからの自分の人生はどうなるのか、そんなことを一生懸命考えながら、あるいは友だちとディスカッションしていたような、そんな思いが蘇ります。

 今、日本で働いている人は6千数百万人います。そのうちの85%強、5560万人強は「雇用労働者」、すなわち誰かに雇われて賃金をもらって生活している人です。働くとか、労働者とは何だろうか、労働組合とは何か、そして、現在の日本の労働組合の組織や役割、現状、最後に、私たちを取り巻く環境の変化や、それに対して労働組合としての連合がどんな意識を持って運動を進めていこうとしているのかについて話をしたいと思います。

1.労働組合とは

 雇われて賃金で生活する人たちを労働者と言います。労働基準法とか労働組合法の中では、労働者というのは職業の種類を問わず使用者に使用されて賃金で生活をしている者と定義されています。個人が会社に入って働くことになれば当然労働者となります。それは使用者が定めた就業規則に個人が同意することで、その人の労働の価値を会社が買う、あるいは個人が売るということになるわけです。皆さんが会社に入るときに、おそらく就業規則を見せられてサインをしたりします。就業規則は、経営側、使用者が一方的に決められるものです。したがって、就業規則は使用者と労働者が対等に決定しているものではありません。

 労働基準法は、賃金や労働時間、職場の環境、基本的な労働条件に対してこれ以下ではダメだ、これ以上でないとダメという最低基準を規制しています。残念ながら労働基準法そのものが私たち・皆さん方にとって満足のいくものかについては大きな課題です。労働基準法は最低限の定めで、それを下回れば法律違反です。したがって最低限の労働基準法を守れば良い、もちろん法律上はそうです。しかし、職場や現場ではいろいろな問題や不満があります。それを解決しなければならない。使用者と対等な立場に立って交渉し、労働条件や職場環境を良くしていくために、集団として「数」を組織しながら対等性を担保するのが労働組合です。

 1人で異議を唱えても、当然ながら使用者の方が強い。したがって、労働組合という集団組織をつくり、対等な立場で、使用者と個人の契約から、使用者との団体契約(労働協約)を結びます。

2.日本の労働組合の現状と役割

(1)日本の労働組合の種類と役割

 日本の労働組合の特徴は企業ごとに労働組合がある点です。したがって、1つの会社で働く人が全員で1つの労働組合をつくるということが特徴です。企業ごとに従業員を組織化する「企業別労働組合」です。そして、企業別に労働条件や職場環境の向上、あるいは雇用の安定、そして地域社会との関係について活動をしています。これが日本の労働運動や労働組合の基盤となっています。

 しかし、非常に従業員が少ない企業では、労働組合をつくるのが難しいです。組織ができたとしても非常に交渉力も弱いです。それを解決するために地域ごとに労働組合(地域ユニオンやコミュニティユニオン)をつくるというやり方もあります。全国47都道府県にある連合傘下の地方連合会には、このような「地域単位の労働組合」が加盟しています。

 3つ目には、働く会社は違っても同じ職業で働く人を組織する労働組合として、「職能別労働組合」という形態もあります。クラフトユニオンとよばれるものです。例えば、大工の集まる全建総連や船乗りの集まる海員組合があります。最近では、介護労働に携わっている人が集まって介護クラフトユニオンを結成しています。

 4つ目は「労働者供給事業組合」です。これは少し難しくなりますが、1985年に労働者派遣法が施行される以前は、職業安定法によって労働組合だけが労働者派遣を認められていたのです。労働組合が使用者と契約を結んで、自分の組合員である労働者を派遣していくということです。例えば、運転手や音楽家、家政婦などの組合があります。組合員数は全国で1万人弱ぐらいです。こういう組合の形態もあります。

 5つ目は「産業別労働組合」です。同じ産業に属する企業別組合が集まって産業別労働組合組織をつくって、その産業の横断的な労働条件の向上を目指し、産業政策を議論して、その実現に向けて行動や運動を展開しています。自動車総連や電機連合、情報労連、流通やサービスの組合など、さまざまな産業別労働組合があります。

 6つ目が「ナショナルセンター」の連合です。連合は、この産業別労働組合が構成組織になっています。私たちの主な活動は、力というのは数ですから、みんなで結集してその数の力を使いながら、いろいろな要求を実現しています。賃金や一時金、労働時間だけではなく、国の政策や制度に関わることも、私たちの生活に影響を与えています。さまざまな政策・制度を改善するために活動するということもナショナルセンター連合の非常に大きな役割です。その大きな役割があるからこそ、大きな力、大きな数を組織する集団として存在をし続ける必要があります。

(2)組織形態の特徴

 日本の労働運動・労働組合は企業別労働組合が基盤となっています。企業別組合の長所は何でしょうか。一緒の会社で一緒に働いています。したがって労働組合と使用者は、労使という関係において情報の共有レベルが非常に高いです。お互いに情報を交換する。会社の情報も組合に提供していく。情報の偏りによる摩擦は非常に少ない。労使が同じ釜の飯を食っていることからいえば、日常的に労使の親和性が高いということが言えます。

 しかし、短所もあります。あまりにも親和性が高くなると、つまりあまりにも労使が親しくなると、いわゆる馴れ合いになってしまったり、あるいは企業の外のことに対して敏感さに欠けるような部分が出てきます。その企業別労働組合の欠点をカバーするために集まった産業別労働組合や連合が、それぞれの立場で役割を果たすことによって、労働運動全体として力の相乗効果を発揮しなければならないと思っています。

 企業別労働組合が主軸となっているのは、ほぼ日本だけといっても過言ではありません。欧米の労働組合のほとんどは産業別労働組合や職能別労働組合が基盤となっています。

 日本の企業別労働組合の多くがユニオンショップ制をとっています。これは、管理職などあらかじめ除外した人を除く社員は組合員であるという労働協約です。したがって組合員でなくなれば社員でなくなります。入社をして一定期間の見習い期間を経て、正社員として登用されると自動的に労働組合員になります。もちろん日本でもオープンショップ制でやっているところもあります。これは組合に入る、入らないは本人の自由です。大企業の大半はユニオンショップ制をとっています。日本の企業別労働組合の中ではユニオンショップ制が非常に多いと理解していただいてよいと思います。

3.取り巻く環境の変化

 次に私たちはどういう環境の中にいるのかを、皆さんと考えていきたいと思います。

(1)グローバリゼーションとIT社会の進展

 1980年代後半から90年代初頭にかけて、冷戦構造が終焉しました。それまでは東西といわれたアメリカ、当時のソ連という二つの大国のなかで世界のバランスが保たれるという冷戦構造が終焉し、一気に単一世界が出現しました。ちょうど時を同じくして、ウインドウズをはじめとしてIT化を中心とする技術革新がどんどん進展していきます。グローバリゼーションとIT社会の進展、それをもたらした技術革新がすさまじい勢いで浸透していく中で、私たちの働く現場も大きく変化をしていきました。グローバル企業はもちろん、さまざまなレベルで国際競争が激化してきています。一方では、働く現場も非常に創造的な仕事をする人とマニュアル通りに仕事をきちっとこなせばよい人というふうに、仕事自体が二極分化していく時代に入ってきました。このように、グローバリゼーションの進展の中で、経営側は国際競争力強化のために雇用構造を変化させています。

(2)雇用構造の変化

 5560万人強の人が雇用されています。雇用者比率はおそらく世界ではかなりの差をつけてトップです。こうしたことから、日本は「雇用社会」とよくいわれますが、そのうちの1700~1800万人がパートタイマー、アルバイト、有期社員、派遣労働者という非正規雇用労働者です。特にここ10数年、例えば1997年から2007年の10年で非正規社員の数は570万人強増えました。ところが正規社員は420万人減少しました。フリーターの数は2003年で217万人、それが2006年で187万人と減っていますが、2007年、2008年とほとんど変化はありません。このフリーターは、就職氷河期といわれた時期に就職のできなかった若年層が含まれます。その中にはもう35歳を過ぎている人たちもいます。雇用構造が大きく変化しています。もう一つは、女性労働者の比率が高くなっており、現在、全労働者の42~43%を女性労働者が占めています。

(3)就業意識の多様化

 働く人たちをめぐる環境の変化にともない、働く人たちの就業意識の多様化が進んでいるのは事実です。その会社に定年までいるのではなく、自分の能力ややりたい仕事をするために会社に入るんだ、だからその会社でやりたいことができなければ他の会社へ行ってもかまわない、という人たちもどんどん増えています。私たちは非正規労働者がこれだけ増大したことは日本の社会全体のひずみだと思っていますが、中には正社員よりもむしろ派遣で働きたい、という人も過去に比べればかなり増えていると思います。

(4)人口減少・少子高齢社会

 いま日本は世界に類を見ないスピードで少子高齢社会が進展し、人口減少時代に突入しました。2030年に1億1500万人強に日本の人口は減るだろうと予測されています。しかも、60歳以上が2006年と比べて1000万人に増えていきます。それを前提に日本社会全体として安定かつ安心した社会システムをどうつくっていくか。当然のことながら、労働力も不足していきます。そういう中で生産性を維持し、向上させるためにはどうしていくのか。社会保障制度も支える側がどんどん減り、高齢者が増えていくときに、年金・医療・介護をどうしていくのか。ほとんどの社会システムはこの人口減少・少子高齢社会に向けてつくり直さなければならない状態になっています。

(5)地球環境保護や循環型社会への要請の高まり

 地球環境保護、循環型社会への要請の高まりは、もういうまでもないことだと思います。私たちは効率、利便性を追求していく中で、その代償を支払わなくてはならないという原則的なことを忘れがちです。その最たるものが地球環境問題です。今年のG8サミット(北海道の洞爺湖)は日本が議長です。ここで非常に大きな課題としてこの環境問題が採り上げられます。そのことも想定して、洞爺湖という自然の中に場所を設定したということであろうと思います。どう循環型社会をつくっていくかということも非常に重要な問題です。

(6)外交・安全保障、エネルギー・食料・水

 外交・安全保障、エネルギー・食料・水は、日本にとっての基本的な問題、あるいは私たちが生活していく上での基本的な問題です。日本に食料を輸出している国、日本が輸入している国が少しでも輸出規制をすれば、一発で日本の私たち自身の食料はなくなってしまいます。先進国で自給率が40とか45%とか言っている国はどこもありません。全体の食料が少なくなり、食料危機が訪れれば、いま日本に輸出している国もそれをストップさせるというのは十分あり得る話です。水やエネルギーの問題も非常に大きな課題となっています。

4.運動・活動の現状と課題

 このように私たちを取り巻く環境の変化の中で、いま私たちは日本という国でお互いに生きているし、勉強しているし、働いています。こうした環境の中で、労働運動・労働組合の課題は何だろうか。そのために私たちはどういう方向に進もうとしているのだろうか。最後にその点についてお話したいと思います。

(1)格差社会の是正

 日本はどんどん格差社会になってきてしまっていると思います。労働現場の非正規の問題はやはり非常に大きい問題です。日本経済は2002年を底にして緩やかに景気回復局面が続いていますが、働く者の賃金は9年連続して低下しています。加えて2006年の統計資料では年収200万円以下の人たちが1000万人を超えています。5560万人の中の1000万人を超える人々です。数年前まで、私は日本で「ワーキングプア」などという言葉が日常的に使われるなんて思ってもいませんでした。しかし、働いても働いても生活できない人、いわゆるワーキングプアという言葉が日常茶飯事で使われています。それが一面では、働き方の格差が所得の格差となって現れ、それがただ単にそこで終わるのではなくて、将来の希望に対する格差にまで広がってきています。年収の低い人の子どもたちは教育を受けられないような実態になっていく可能性が十分あります。この格差社会をなんとか是正する必要がある。そして格差というより、貧困層の増大としてとらえる必要があるとも考えています。ただ単に格差がついているというよりも全体が下がっているのです。このことを解決、是正するために我々としては大きな力を割いていかなければならないと思います。連合として、現在の国の政策を転換させることに取り組んでいかなければなりません。法律の改正、あるいは産業別、企業内の組合でも働くことに対する配分を増やしていく、そんな取り組みを並行して進めなければならないと思っています。

 日本のさまざまな課題の根元に、コミュニティの崩壊があると思います。家族のコミュニティ、職場のコミュニティ、そして地域社会のコミュニティ、これらのコミュニティをもう一度再生して互いに助け合って生きる、あるいは支え合って生きるということを再構築する必要があるのではないか。共に助け合う共助の強化を労働運動、労働組合の活動としてやらなければならないと思っています。

(2)組織拡大・強化とすべての労働者が連帯するネットワークの構築

 活動するためには数が重要です。私たちと一緒に労働運動、組合活動をやっていく仲間を1人、2人、3人と増やしていかなければなりません。組織拡大、そして組織強化をしていく。そのために、私たちは地道に仲間を増やす努力をしていかなければなりません。残念ながら現在の労働組合組織率は18.1%です。ようやく下げ止まったかなと思っています。私たち連合の組合員は13年ぶりに10万人強増えました。

 加えて、労働教育も重要です。私たちの仲間を増やしていくということを第一義としながらも、私たちは組織された人たちだけの幸せや利益を追求するのではなく、すべての働く者の連携、連帯を図っていく必要があります。一番弱い、一番困っている非正規労働者に対する取り組みを強化しようと、昨年の10月、連合の中に非正規労働センターを新設しました。そういうことを積み重ねながら、すべての働く者を視野に入れた運動や活動ができれば、それはまさに国民の共感、国民運動として求心力をもっていくだろうと思います。労働運動を社会運動化していく。NPOや市民団体やボランティア団体とも連携する。一方では全国47都道府県にある地方連合会を強化することによって地域に根ざした運動を展開していく。地域再生や地域のコミュニティづくりを進め、その中で地域における労働組合の求心力を高めていくことも必要だと思っています。

(3)ワーク・ライフ・バランス、男女平等実現、ディーセントワークの確立

 ワーク・ライフ・バランス、男女平等実現、ディーセントワークの確立も非常に重要です。労働分配率がここ数年低下していますので、私たちの働くことに対する配分、分配を求めていく必要があります。賃金のセーフティネットである最低賃金を引き上げる運動にも取り組んでいかねばなりません。非正規か、正規か、雇用形態が違うというだけの理由で同じような仕事をしているのに労働条件にものすごい格差がある。これは不条理であり、均等・均衡待遇も求めていかなければならないと思います。 

 そして、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)の観点からすれば、日本の労働時間は恒常的に長時間です。労働時間法制の見直しと私たち自身の働き方を改革していく必要があります。戦前も戦後も一貫して続いてきた日本の男性中心の長時間の働き方モデルを転換しないとワーク・ライフ・バランスは実現できません。ワーク・ライフ・バランスは女性の働き方だけを支援することではない。あくまでも日本の男性を中心とした長時間労働のモデルをどう転換させていくか、そして人口減少・少子高齢化のなかで性別や年齢を問わず、もちろん障がい者も含めてみんなが働くことを通じて社会に参画し、みんなでみんなを支え合う、そんな社会をどうつくっていくのかが問われています。労働時間も、あるいはワークルールについても課題がたくさん噴出しています。残業しても残業代が出ない不払い残業、あるいは派遣法が規制緩和され、それと連動するように違法派遣、偽装請負の問題が出ています。こういう問題も私たちは解決していく必要があると思っています。

 働く者の尊厳とか、働くことの大切さとか、働くことを通じて社会に参画する、そのようなことを私たち1人ひとりがもう一度ふり返り、そのことの意義を見つめていかなくてはならないのではないか。そのための環境整備を労働運動としてもしていかなければならないと思っています。

(4)雇用政策と社会保障の連携による社会的セーフネットの再構築

 医療、介護、福祉、年金、あるいは子育て、この種の制度は今非常に大きな曲がり角に来ています。それは人口減少・少子高齢社会という大きな変化と、もう一方では、働く現場のこれまで述べてきたような課題、それらが相まって、大きな曲がり角に来ています。社会的セーフティネットとしてこれらを整備する必要があります。税制についても私たちは所得再配分機能をより強化すべきだと考えています。透明で公正な税制改革を実現すべきだということを柱に据えながら、現在取り組んでいます。もちろんその根底にあるのは雇用です。積極的な雇用政策をどう生み出していくのかが原点です。広範な取り組みになりますが、政策制度、国会への対応、あるいは省庁、法案に対する対応も連合としての大きな課題となっています。

(5)国際労働運動を通じたグローバル化の負の側面の克服

 グローバリゼーションやIT社会、技術革新というのは日本だけの問題ではありません。したがって、国際労働運動を通じて、グローバル化の負の側面をどう克服していくか、国際労働運動への参画についても連合の大きな役割になっています。ITUC(国際労働組合総連合)は私たちの加盟している国際組織です。唯一の国際的組織といっても差し支えないと思います。労働組合の国際的組織を名乗る団体がもう一つあるのですが、もうほとんど組織の形態をなしていないと思います。国際的な産業別組織「グローバル・ユニオン」は産業ごとにあります。連合は、これらや、政府、労働組合、使用者団体の3者で構成するILO(国際労働機関)と連携をとりながら、国際的な視野でグローバル化の負の側面、国内だけでは解決できないが国内にも大きな影響を及ぼす問題について取り組みを進めています。特に日本としては、アジア域内の連帯の強化ということに役割を果たしていかなければならないと考えています。

(6)政権交代可能な政治体制の確立

 最後に、政治への関与についてです。何度も今まで申し上げたように私たちが働き、暮らし、そして生きる上で、ただ単に企業内労働組合で賃金や労働条件の向上だけを目指していても、それだけでは、働き方、生き方、あるいは暮らし方をよくすることはできません。税金も社会保障も教育の問題もさまざまな課題が労使というレベル以外の所で決まっています。それは何かというと政治の場です。政治のプロセスの中で国の政策が決まります。それなら私たちの働き方、暮らし方、生き方をよくするためには、政治へのコミットもしていかなければなりません。

 私たちは政権交代可能な二大政党的体制を過去から一貫して求めてきました。今の政治の貧困さ、政治のよどんだ体制というのは、政権交代がなし得ていないからです。1993年の一時期10ヵ月か11ヵ月、細川連立政権が成立して政権交代しましたが1年も持たなかった。それ以降は自民党を中心とする与党形成が続きました。したがっていつでも緊張感を保ちながら、何か失敗があれば次の政権がすぐ担えるような二大政党的体制を私たちは過去から望んできました。

 もちろん政権交代だけが目的ではありません。働く者や消費者、生活者の視点からの政策を実現していくために、政党との連携、関わりを持っていかなければならないと思います。そのために各種行動を積極的に取り組んでいかなければなりません。

  ぜひ働くことや働くことを通じて社会に参画すること、あるいは社会の中で私たち1人ひとりがどんな役割や責任を果たさなければならないのかを考えていただければと思います。みなさんがこの寄付講座を最後まで受けていただければありがたいと思います。よろしくお願いします。
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