一橋大学「連合寄付講座」

2008年度“現代労働組合論II”講義録

II 非正規雇用と労働組合

第11回(12/19)

人生の「リスク」について考える-生活保障と労働組合

小島 茂(連合総合政策局長)

はじめに
  みなさんこんにちは。連合で政策を担当している総合政策局長の小島です。総合政策局は、社会保障、年金、医療などの社会保障分野、経済政策、あるいは金融・財政政策、税制、環境、教育など、労働関係以外の政策を担当しています。どの政策でも基本は労働、あるいは雇用との関連いうところがベースになります。連合が結成される前は、労働4団体、すなわち、総評、同盟、中立労連、新産別という4つの労働団体がありました。私は、その中の総評という労働団体に勤めていました。総評で9年ほど仕事をした後、連合の前身の民間連合で2年、そして今の連合で20年間仕事をしていますので、トータル31年、労働組合で仕事をしてきました。その間1年間、国家公務員の仕事もしました。橋本総理時代に中央省庁の再編を進めるために「行政改革会議」が1996年の暮れに設置され、1年間その事務局に連合から出向していました。身分上は公務員という資格でした。各省庁に加え、経団連の本部から、あるいはトヨタ、新日鉄、東芝といった大手企業からも人が集まって行政改革会議の事務局が構成されていました。働き場所は4つ変わったということです。みなさんもこれから卒業した後、生涯1つの企業、職場に勤めるというのはきわめてまれになるかと思います。職場が変わっても、その働き方や生活をどう安定させるかが重要なことです。これはなかなか個人の力だけではうまくいかないので、そのために、今日お話しする年金や社会保障などの制度があることをご理解いただきたいと思います。
  出産、育児、病気、失業、老後生活など人生の中で様々なリスクがあります。それらに対応するために、社会的なセーフティネット、社会保障があります。まず、これらの制度の全体像をお話します。次に、労働組合のもつセーフティネット機能についても少しお話したいと思います。3つめには、日本の社会保障制度の大きな柱である年金や医療、雇用保険の概要についてお話をします。4つめに、今の日本の社会的なセーフティネットが十分機能しているかどうかについてお話します。最後に連合が掲げている社会保障制度改革、そしてそれをどう実現していくかについてお話をします。

1.人生のリスクへの対応
  日本も経済危機、世界的な同時不況の影響を受けて、特に非正規労働者の人員整理が大きな問題となっています。新卒者の内定取り消しといった問題も起きています。厚生労働省の調べでは2009年3月末までに各企業が計画している人員削減が3万4~5000名と言われています。ソニーは、日本と外国を含めて、正社員と非正規社員8000名ずつ、1万6000名を削減する考え方を打ち出しています。キャノンも大分工場での請負・派遣の人たち1200名、それから大手の電機や自動車メーカーにおいて、期間従業員や派遣従業員を削減することが明らかになっています。さらに、厚生労働省の調べで、来年の新卒の内定取り消しが、11月末現在では全国で331名です。実際はもっとあるだろうと思います。今雇用が大変深刻な問題となっています。今のところは、パート、派遣、期間従業員など非正規労働者の人員削減が進んでいます。今後、景気動向がさらに深刻になるとさらに正社員の雇用調整、削減というところまで手をつけなければすまないという状況にいま来ているのではないかと思います。
  この雇用問題をはじめ、私たちが日本で生活する上でさまざまなリスクがあります。生涯を通じたさまざまな段階のリスクにどういう対応をしているか、それを支えるセーフティネットとしてどういう制度があるのかということを概括した表が下記の表です。

 例えば、出産時のリスクですが、妊産婦が病院をたらい回しにされ、結局、妊婦が亡くなってしまうということがこの東京で起きました。そういう出産に伴うリスクに対しては、社会的には産科医療の制度がありますが、それらが十分に役割を果たしていないという問題があります。病気やけがをして、診療所や病院などにかかって治療してもらう時、それを支えているのが医療保険制度で、窓口での支払いが治療費総額の3割で済むという仕組みになっています。退職後の生活保障としては年金があります。会社の倒産や人員削減で失業せざるを得ないというときには、雇用保険から失業手当が給付されて、当面の生活を支えることができます。その他、不当解雇や賃金引き下げ、長時間労働、過労死、内定取り消しという問題もあります。法律上、不当な場合はこれらを認めないといった法律もありますが、これらを徹底するために、労働組合が交渉して、その労働者の雇用や労働条件を守る取り組みをしています。この労働組合の役割も広い意味では社会的なセーフティネットの一つの機能と見ることができます。

 これをライフステージごとに見ていきますと、上の図にあるような形でさまざまな制度、年金や医療、児童福祉などのサービスがあります。生まれるときには、お母さんのお腹にいるときから妊婦検診があります。生まれたときに、まず医療制度のお世話になります。お父さん、お母さんが働いている場合には、小学校に入る前に、保育所などの保育サービスを受けるなど、児童福祉分野の制度で支援をされます。障害になった場合は障害者福祉サービスの支援を受けることになっています。年をとって退職した後の生活保障のための年金制度、元気に働いている間に病気や事故で障害を負ってしまった場合には障害年金で生活支援をするという仕組みになっています。いまはいろんな理由で収入がない場合は、最後の砦として、生活保護制度があります。あるいは労働災害や失業に伴う保障として、労災保険や雇用保険制度があります。生涯を通じて、こうしたさまざまな制度とは切っても切れません。それによって我々の生活が支えられています。
  日本のこれらの社会保障の中心は5つの社会保険制度になります。社会保険は強制加入、一定の要件を満たす人すべてが加入するという仕組みで、加入した場合は毎月保険料を支払って、その保険で該当する理由が生じたときに、その制度から給付を受けるという仕組みです。現在、日本では、医療(健康)保険、年金保険、介護保険、雇用保険、労災保険の5つの制度があります。一番新しい制度は2000年4月に始まった介護保険制度です。高齢になりますとさまざまな介護が必要になりますので、介護保険でサービス提供をします。そのほか、児童福祉、障害者福祉などの社会福祉サービスがあります。そして、労働関係や就労支援等の法律があります。こういうものによって私たちの生活が守られているということになります。

2.労働組合の社会的セーフティネット機能の強化
  法律、制度とともに労働組合としても、セーフティネットの機能の一翼を担っています。不当な解雇やリストラ、人員削減、あるいは最近の内定取り消しといった問題について、労働組合として経営者団体や企業といろんな協議・交渉を行って、不当なものをやめさせるという取組みをやっています。最近は特に30代の男性が長時間労働を強いられて、過労死や過労自殺が増えています。メンタルヘルス・精神疾患も大きな問題になっています。これらの問題に取り組んでいくのも労働組合の重要な役割です。
  労働基準法は労働時間を週40時間、1日8時間と定めていて、これ以上長く働かせてはいけないと規定されています。しかし実際は、この法定労働時間を越える残業をして、長時間働いているのが現状です。労働基準法36条には、労働組合と経営者が労使協定を結んで初めて時間外労働が認められることになっています。これを「三六協定」と呼んでいます。1日何時間、週何時間、1カ月何時間という形で上限を決めた「三六協定」がないと、企業は法定労働時間を越えて残業をさせてはいけないこととなっています。労働組合にとっては、この協定をどういう内容で結び、どうきちんと守らせるかということが大きな課題です。日常的な取り組みがなければ長時間労働を防ぐことができないと思います。

 最近はパートや派遣労働者が増えています。雇用労働者の4割近くまでが非正規労働者になっています。非正規労働者の賃金、労働条件はまだまだ低いので、これらを改善することも労働組合の課題です。労働組合があれば改善できることがありますので、組合に入っていない労働者のみなさんを労働組合の仲間にしていくかが私たち連合にとっても大きな課題です。仲間が幅広く、多いほど問題を解決することができます。
  少し見づらいですが、右の棒グラフがパートや派遣など非正規労働者数です。2007年で1738万人です。年々増えています。左が正規労働者の棒グラフですが、これは傾向としては年々減っています。2007年の非正規労働者の比率が33.7%で、直近ですともう少し増えていて、37%程度になっています。
  次の図はパート労働者の一般労働者に対する賃金比率です。年代別でみると、若いときにはそんなに格差がありませんが、40代50代になると正社員の半分以下、4割程度しかない。これは時間当たりの賃金をとっています。パート、非正規の生活を続けていくと、なかなか生活の安定が図れないという現実があります。パート労働者の賃金をどう改善するかということも労働組合の大きな課題です。

 それから、次の図は、長時間労働が進んでいるということを表したものです。上の折れ線グラフが、年間の総労働時間です。これはもう2002年から年間2000時間をオーバーして年々増えている状況です。今後、景気後退でこれがどう変わるかということですが、おそらくあまり変わらないだろうと思われます。非正規の方が人員削減されて、正規だけで仕事をするとなると、正規労働者は長時間労働を強いられるということになりかねません。
  下の折れ線グラフは有休の取得率です。これも年々低下しています。長時間労働が進行していて、特に30代男性が過剰な長時間労働を強いられています。

 週50時間以上働く人の比率を先進各国と比較すると、28%と日本がダントツで多いです。その結果、さまざまな脳疾患、精神疾患などを患うことも多くなり、過労死、過労自殺の数も年々増えています。日本の年間の自殺者が3万名を超えている状態が10年も続いています。自動車事故で亡くなる方は1年間8000名を切っているという中で、過労自殺などを含む自殺者が、3万名を超えているという異常な状況です。これは是正しなければならないと思っています。

3.社会保障制度(医療制度、年金制度、雇用保険制度)の概要
  農業社会の時代から工業化、産業化するという歴史的な経過の中で、今のような社会保障制度ができてきました。元々こうした制度がない時代は家族による扶養が基本でした。自分の親あるいは子どもは家族で、地域でみるといった社会でした。それから徐々に工業化し、都市化する中で核家族化が進むと、家族だけで子どもや親の面倒をみられなくなりました。政府を通じて、保険料や税金を納めて、国の年金や医療制度から給付を受けるという制度に変わってきました。かつての家族的扶養から社会的扶養への移行が今の社会保障制度の原理です。最近は、家族の規模が小さくなっていますので、家族による扶養能力は低下しています。これを社会的な仕組みで支えなくてはだめだということで、社会保障制度があるということを理解していただきたいと思います。
 
(1)医療制度・医療保険制度の概要

 みなさんが病気などをしたときには、医療保険制度を利用します。民間のサラリーマンは健康保険組合か、政府管掌健康保険のどちらかに入っています。公務員は共済組合に入っています。それ以外の一般の自営業者等は市町村が運営している国民健康保険に入っています。日本は皆保険制度で、すべての国民がいずれかの医療保険制度に入っていることになっています。保険料を支払い、病院にいった場合、窓口では必要な費用の3割分を支払って、あとの7割は医療保険から病院に支払うという仕組みになっています。患者が病院に入院したり、治療を受けた場合、例えば10万円かかったとしたら、本人の負担は3万円で、あとの7万円は医療保険が払うという仕組みになっています。10万円まるまる自分で払うということは大変です。10万円ならなんとかなっても100万円の場合はどうするか。大手術をしたら30万円は自己負担で、あと70万円は保険から出ます。30万円でも払えないという場合、一定額、いまは約8万円の自己負担額を超えた分は、高額療養費として医療保険が負担してくれます。お医者さんは、この医療保険者から支払われた給付と、患者の3割負担で賄っています。市町村の国民健康保険は自営業者や無職の方、年金受給者、高齢者が多いために保険料収入が少ないので、国が必要な支払い額の半分近く税金をつぎ込んで支援しています。
  現役は3割、子どもは2割の負担でよいのですが、高齢者はこの4月からスタートした、あまり評判のよくない後期高齢者医療制度によって、原則1割負担になっています。みなさんも自分はどの医療保険に入っているか、お父さんやお母さんの加入しているものを確認してみてください。私は連合に雇われておりますので、政府管掌健康保険の被保険者です。これは2008年の10月に政府運営から公法人の全国健康保険協会へと名前が変わりましたが、実質的には同じ仕組みになっています。
  社会保険制度がなくて全部自分で負担するとなると、どれだけ貯金をしなければならないか、あるいは借金をしなければならないかという問題が出できます。アメリカでは4600万人もの人たちが医療保険に入っていないので、相当悲惨な状態に陥っています。かつてクリントン政権の時に公的医療保険制度の導入に挑戦したが挫折したことがあり、同制度の導入はオバマ政権にとって大きな課題だと思います。
  医療保険からの給付はどのようなものがあるか。まず、治療費や手術費、薬代など、現物給付として医療機関や薬局から直接サービスを受けるものがあります。出産一時金、これは子ども一人を産むと、いまは一時金として35万円が受け取れます。埋葬料は本人が亡くなった場合のお葬式代で5万円が出ます。これらは現金給付です。
  医療保険をめぐる大きな問題は、市町村の国民健康保険の問題です。これは、各市町村が運営している医療保険制度です。国民健康保険はいわば民間サラリーマン、公務員を除いた自営業者の人たちが入るのが本来の市町村の国保です。しかし、実際は年金受給者や失業している人、中小零細の雇用労働者などが多数を占めています。自営業者は15%程度しかいません。あと半分は無職で収入のない人、そして4分の1が雇用労働者、特に中小零細企業に勤める労働者、非正規労働者などが国民健康保険に入っています。この人たちの収入がどれくらいかというと、所得なしが3割、年収100万円未満が2割、100万円~200万円が25%、200万円以下の人で7割になります。いわばこういう収入の少ない人たちが国民健康保険の加入者です。そして、保険料を毎月払えないという人たちが年々増えています。加入世帯の2程度が保険料を滞納しています。さらに、3ヵ月や6ヵ月程度の保険料滞納者は、じつは保険証は持っているが3ヵ月しか有効でないという短期保険証で、3ヵ月ごとに市町村の窓口に行ってもらわなければならない。そのたびに保険料を納めてくださいよという催促を受けることになります。それがいま120万世帯あります。さらに1年程度保険料を納めていないと、保険証を取り上げられてしまって、保険証が使えません。医療費をいったん全額払って、後から市町村に請求して7割分を本人が受け取るという資格証明証交付という世帯も34万世帯あります。この人たちはいわば無保険ということになって、病気になってもなかなか病院にかかれないということになります。こういう世帯の子どもは、治療費を払えなくて病院にかかれないという実態が出てきているので、与野党一致で、無保険の世帯の子どもに対して、まず短期保険証を発行しようという法律が、今日(12月19日)午前中の参議院の本会議で成立しました。そこまで、国民健康保険の無保険問題が深刻になってきているということです。

(2)年金制度の役割と概要
  年金制度には、国が運営している公的年金制度と、個別の企業が運営している企業年金、それから生命保険会社等が運営している個人年金の3種類があります。広い意味での年金制度とは、一定の金額を定期的に給付、受け取れる制度を言っています。特に問題があるのは公的年金制度です。日本は国民皆年金制度で全国民が加入することになっています。今平均寿命が日本は男女平均で80歳を越えており、女性が男性よりも7年程度長生きしています。公的年金の意義は、長生きするリスクに備えるということです。退職したあと20年30年長生きをする費用を賄うとすると、自分で貯蓄するといくらかかるかという問題があり、個人だけでは賄いきれません。現役時代によほど高い収入がないと、十分に貯蓄に回せないということになってしまいます。やはり社会全体で支える仕組みが必要で、それが社会連帯で助け合う仕組みとしての公的年金の役割です。

 日本で生活している人は、外国人も含めて20歳になると国民年金に全員加入します。みなさんも20歳になると加入する義務が生じます。その上に、サラリーマンは厚生年金、公務員は共済年金という2階があります。サラリーマンや公務員は国民年金と2階の厚生年金あるいは共済年金の両方に入っています。自営業者は1階の国民年金だけです。この1階の国民年金に入っている人が今約7000万人です。そのうち、第1号被保険者が自営業者など、第2号がサラリーマンや公務員です。第3号は第2号に扶養されている配偶者、簡単に言うと専業主婦(夫)です。
  なぜ、第1号、2号、3号と分かれているかというと、保険料の負担の仕方が違います。第1号は毎月14,410円(2008年度)の国民年金保険料を納めています。第2号のサラリーマングループは、厚生年金の保険料として1階と2階の保険料を合わせて負担しています。厚生年金保険料として納めて、その中に1階分の国民年金保険料が入っているという仕組みです。第3号の専業主婦は国民年金保険料を納めません。それは第2号の納める厚生年金保険料の中にこの第3号の保険料相当分も含まれているという考え方にもとづいています。
  厚生年金は、民間企業に働く労働者が入ります。保険料は賃金に15.35%をかけて、本人と会社が半分ずつ負担することになっています。その中に、先ほどの国民年金保険料分14,410円も含まれているという仕組みです。年金を受け取るときには、受給資格要件として25年加入していることが条件です。25年間保険料を納めないと1階も2階も出ないということです。原則は65歳から受けられるということになっていますが、厚生年金は60歳から65歳まで段階的に引き上げていく仕組みとなっています。
  国民年金が新しい制度に改定され1986年にスタートしたときに、基礎年金という制度ができました。その当時、学生は20歳になっても国民年金に入るかどうかは任意でした。しかし、1991年4月の改正で、学生も20歳になれば強制的に入らなければならなくなりました。その前は、入ってない学生もおり、例えば交通事故などで障害を負ってしまうと、年金から障害年金が一切でないということがあった。各地で元学生だった人が「障害年金を受け取れないというのは不備だ」ということで裁判を起こしました。「国の制度に穴があって不備だ」という判決が出たので、現在では20歳になると学生でも国民年金に加入することを義務づけられています。しかし、仕事をしていなくて収入がありませんので、その場合は就職して収入を得てから保険料を支払うという後払いの学生納付特例制度ができています。これは20歳になって加入して、手続きを取れば勤めてから支払えばいいという制度です。これによって、20歳以上の学生の場合、障害を負った場合、国民年金から障害年金を受け取れる仕組みになっています。したがって、20歳になったら、学生納付特例制度の手続きを、みなさんが住んでいる市町村の窓口で是非済ませてもらいたいということです。

(3)雇用保険制度の概要
  失業した場合の社会的な給付が雇用保険で賄われています。会社に勤めた場合に雇用保険に入ります。国や市町村の役所に勤めている公務員の人は雇用保険には入っておりません。ただし、国立大学の先生方は、もう独立行政法人になって公務員でなくなったので、入っています。公務員は必要ないということで入っていませんが、民間の方は基本的に雇用保険に入るということになっています。
  雇用保険は大きく分けると2つの事業をおこなっています。一つは失業した場合に受けられる失業給付です。求職者給付は失業したからといってもすぐに給付が受けられません。失業して次の就職先を自分で探しているという努力をしている人しか給付を受けられないようになっています。もう一つは、雇用保険の二事業です。雇用安定事業は、例えばいま自動車関係は雇用調整によって、非正規、派遣労働者などが契約解除になっています。さらにこれが悪化し正社員についても人員削減しなければならない状況になった場合に、人員削減をしないで引き続き雇用するために国からの助成金が出ます。こうした雇用をむやみに削減しないための事業があります。また、教育訓練の費用を一部支援する給付金もあります。

 失業給付の額は、基本的な賃金を日額に換算して、5割から8割の間で給付される仕組みになっています。給付日数は、離職理由と雇用保険の加入年数や年齢によって違います。一番長いのは、解雇・倒産等による離職者で、20年以上加入している場合です。45歳から60歳未満の方ですと330日、1年弱の加入期間では受け取れます。1年以上失業状態ですと雇用保険の給付が切れてしまいます。若い人たちも、いったん失業してしまうと新しい職につけないという人たちが増えています。30歳未満ですと、最高でも6ヵ月、180日しか受け取れない。それを超えると失業給付は切れてしまいます。
  一般離職、自己都合でやめた場合はさらに短いです。自分でやめた場合は90日から150日で切れてしまいます。なかには、自己都合なのか会社都合なのか、判断がつかない場合があります。連合は、給付日数の延長や非正規で働いている人も雇用保険が使えるよう要求しています。なお、政府は非正規労働者でも給付が受け取れるよう、法律改正案を国会に提案する予定です。

4.機能不全に陥っている社会的セーフティネット
  ここまで年金、医療、雇用保険の制度についてお話ししてきました。次にこういう制度があるけれども、本当に機能しているかどうかについて話したいと思います。

 これはイメージ図です。一番上の雇用ネット、働く場での状況は、先ほどグラフで示したように正規労働者が減って、非正規労働者が4割近いという状況です。なかにはワーキングプアと言われる、不安定雇用、低賃金で生活もままならない人たち、ホームレスやネットカフェ難民といわれる人たちも増えています。中段は、従来の日本の社会保障の中心は社会保険(年金、医療、雇用保険)でした。しかし、基本的に正社員を対象にしており、非正規労働者、パート、派遣労働者はこの社会保険にも入れないというのが現実です。日本は皆保険なので、被用者保険に入らなければ年金や医療保険は地域保険、特に医療は市町村国保に入ることになっています。しかし、そういう人たちは収入が少ない不安定雇用労働者なので、毎月の保険料が納められない。年金も毎月の保険料14,410円を納められない。その結果、国民健康保険から脱落してしまう、つまり無保険状態になってしまって、病気になっても医療保険が使えないという状況になってしまいます。滞納世帯が増えており、短期保険証が適用される、あるいは保険証をもらえない世帯が増えてきました。日本の場合は、さらにそういう人たちを支える公的扶助、第3のネットとして生活保護制度があります。これは収入が少ない、あるいは病気で働けないという場合に、一定の所得保障をして生活を支える仕組みです。生活保護受給者が、全国で117万世帯、150万人まで増えています。いま給付額は2兆円を超えるといわれています。各市町村窓口で相当厳しく受給者を絞っているために、結果的に生活保護で支えられるべき人たちがこの制度からも排除されてしまうということが起こっています。そういう人たちがホームレスやネットカフェ難民になっています。さまざまな要因がありますが、最後に刑務所が、司法のネットとして、最後の砦というような悲惨な現実になっています。重大犯はそれほど多くなくて、実際は高齢者、心身の疾患をもった人たち、外国人などが多く入っています。問題はそういう人たちは第1,2,3のネットで支えられるべき人たちですが、そこで支えきれずにここまで落ちてしまっているのが、日本社会の現実です。今の年金、医療、介護、生活保護制度などが十分に機能していない、機能不全に陥っているのが現実だと認識しています。
  非正規労働者の増大によって社会的問題が拡がっています。この間、給与収入はずっと下がってきており、生活保護世帯や貧困層が増えています。特に若い世代の貧困層が増えています。
  非正規労働者の増大に伴い、年金制度も問題を抱えています。医療保険と同じように国民年金の対象者も本来は自営業者です。しかし、実際は半分以上が労働者で占められています。その多くが非正規労働者や失業者で、国民年金保険料の滞納者が増えています。特に若い25歳から29歳の世代、いわゆるロストジェネレーション世代の人たちはなかなか正社員に就職できない結果、収入が少ないので保険料が納められない人たちも増えています。本来保険料を払うべき人の半分くらいしか納めていません。こういう状態が10年20年続くと、きわめて低い年金しか受け取れない、あるいは年金自体が受けられない人たちが多数出てきます。こういう人たちをどう救うかということが大きな課題になっています。連合はいまの保険制度では国民年金問題を解決できないので、抜本的に税金で賄う仕組みを政策要求として出しています。
  そして、連合は積極的雇用政策と社会保障政策の連携による社会的セーフティネットの再構築を主張しています。雇用ネット、社会保障、そして生活保護だけでは限度があります。まずは働く場で、正規の労働者をどう増やすか。フリーターといったような非正規労働者の人たちにもう一度正規労働者になってもらうために、さまざまな就労支援、職業訓練などを充実させたり、あるいは最低賃金を上げるといった積極的雇用政策が必要と考えています。それと合わせて社会保険はパートや派遣などの人も基本的には全員加入でき、失業した場合には雇用保険給付が受けられるように、社会保険や雇用保険の適用拡大を主張しています。長期失業者やそもそも働くまでにいっていない人たちは雇用保険の対象にならないので、雇用保険と生活保護の中間に、一定の支援策を作ろうとして、「就労・生活支援給付」という新しい制度をつくって、正規労働に戻るためにさまざまな職業訓練などに参加してもらい、そういうプログラムを受けている間は十分に働けないので、一定期間所得保障をしようという考え方を打ち出しています。連合は労働政策と社会保障政策のドッキング、さらに中間に新しい制度を作って支えることを提唱しています。これが、3層構造による社会的セーフティネットの再構築です。その政策の一部は厚生労働省の緊急雇用対策の中に取り入れられています。

5.連合の社会保障制度改革の取り組み
  連合は社会保障制度改革に力を入れていますが、これは労働組合の社会的責務だと自覚しています。社会保障制度は「助け合い」を基本とした社会連帯の制度であり、公的な原理にもとづいています。この連帯こそ労働組合の原点であり力です。「連帯」というキーワードを中心に考えた場合に、社会保障制度をどう充実改善させるかということが労働組合に与えられた歴史的、社会的任務だという自覚をもって取り組んでいます。最近の世界的な金融危機、同時不況という状況のなかで、「これまでの競争と効率最優先ではもうだめだ」「市場原理主義は終焉だ」と連合は掲げ、アピールを出しています。「公正と連帯重視の社会に変えていくのだ」ということを強く主張しているところです。みなさんの働く場を作るために、環境、福祉分野を中心に、あるいは日本の食糧自給率を高めるために農林水産業の見直しや振興があらためて必要だとして、日本版グリーンニューディール政策を掲げています。ニューディールはみなさんご存じのように、1930年代の世界大恐慌のときに、アメリカのルーズベルト大統領がテネシー川の開発を中心に公共事業、雇用を作り出すという政策を打ち出しました。いまオバマ次期大統領もグリーンニューディールという表現をして、新しい雇用を作り出すことを掲げています。日本でもこうした対応が必要だということを強調しているところです。
  連合は、年金、医療、介護など社会保障全体のトータルなビジョンを5年ほど前に策定し、「労働を中心とした福祉型社会」を支える社会保障制度のあり方としてとりまとめています。
  連合の社会保障改革やビジョン、三層構造のセーフティネットをどうやって実現するか、政策実現に向けて取り組んでいることをご紹介します。社会保障制度、経済政策、金融政策、環境政策をただ立案するだけではだめで、それをどうやって実現するかが今問われています。政府の審議会にはほとんど連合の代表が入っています。私も社会保障関係の年金部会、医療、介護関係の審議会、金融審議会にも入っています。連合本部は人手不足もあって1人で4つも5つも審議会メンバーを兼任することもあります。このように、連合の代表として審議会に入って、連合の意見を反映させるという形で取り組んでいます。
  連合が直接政府に申し入れることもあります。9月4日には麻生総理に連合の高木会長が緊急雇用対策の要請をおこないました。各省庁にも連合としての要請活動を行っていますし、各与野党にも要請、あるいは定期的な協議を行っています。今朝も、公明党、自民党の政策責任者に対して、緊急雇用対策をきちんとおこなうように要請を行ってきたところです。
  連合は各47都道府県に地方連合会を設置しています。連合東京、連合千葉、連合神奈川、連合埼玉など各都道府県にあります。地方連合会は所属県の知事に申し入れをおこなっています。さらに、連合が加盟する国際的な労働組合組織があります。そういう組織と連携しながら、ILOや環境問題、金融・経済対策に取り組んでいます。全国各地で、労働相談や生活相談を行っています。これだけ非正規労働者が増えていますので、連合として非正規労働センターを立ち上げて、活動しています。そのほか幅広く市民団体や各種団体との連携を図っています。環境問題、NPO支援、災害ボランティアなど、最近では反貧困ネットワークなどとの連携で非正規や貧困層の人たちへの支援活動をおこなっています。さらに、マスコミ等を通じて世の中にアピールをしていくために、今月から夕刊フジの毎週木曜日に連合が非正規問題について答えるコーナーを持っています。
  この秋からは、経済と雇用問題に対して緊急対応の取り組みをしています。今回のさまざまな雇用や派遣切りの問題、それに伴う住宅問題にできちんと対応するようにと11月13日に厚生労働省に直接申し入れました。その結果、空き部屋が1万3000戸あると言われている雇用促進住宅を活用するという方針を政府は打ち出しました。また、麻生総理に高木会長が直接申し入れをしています。そして、12月9日には連合本部で内定取り消し相談ダイヤルをおこないました。地方では、11~12日に解雇・雇い止め緊急ダイヤルを実施しました。各政党や日本経団連などにも要請をしています。今日は、午後から非正規問題のシンポジウムをおこなっています。
  12月9日、10日におこなった内定取り消しについての緊急ダイヤル相談の相談内容と対応についてご紹介します。ひとつの相談は、会社から内定取り消しの電話があったというものです。ご本人にその理由を聞くと、「内定なので、まだ正規の採用ではない。したがって、取り消しの理由を説明する必要はない」と会社に言われたそうです。そして、「自己都合で自分から辞退するという書面を送れ」と会社に言われた。「それは嫌です」と言ったら、「辞退書を出さないなら採用しても4月いっぱいでやめてもらうかもしれないよ」と言われ、これは不当なので受け入れられないということで相談がありました。この問題への対応は、「まずはハローワークに相談してみて下さい。ハローワークからそういう企業を指導したり、悪質な場合は企業名を公開します」と厚生労働省も言っています、というアドバイスをしました。
  二つ目は、「とりあえず採用しますが、当分自宅待機してください。仕事はありません。その間賃金は6割ぐらい出します」と。「ではいつまでですか」と聞いてもわからない。仕事がないから結局解雇ですというのでは、全然仕事が覚えられずに辞めざるを得ないということになってしまいます。
  もうひとつは複数の方から電話がかかってきて、会社から「民事再生の手続きを申請したので内定を取り消します。給与1ヵ月分は補償金として支払います。金額は20万円です」と言われた、というもので、「これは、法的に問題はないのですか」「どうしたらいいのですか」という質問でした。ここは建設会社で、同じような電話が4、5本ありました。ではどうするかというと、内定取り消しは通常の解雇と同じ法的な扱いというのが基本的な解釈で、合理的な理由が必要です。ただ単に「経営が悪化したから内定を取り消します。  解雇します」という話は認められない。合理的な理由、本当に経営危機ということを説明しなければいけないことになっています。加えて、内定取り消しをしないために、どれだけ経営者が努力したかということも問われる。組合があれば事前に協議するといった手続きを取らないと認められません。仮に本当に経営状況が厳しい場合に内定取り消しをするならば、それにふさわしい補償をするべきで、1ヵ月分ということだけでは異論があります。「悪質な場合は企業に対し指導をする」あるいは「企業名を公開する」と厚生労働省が言っていますので、ハローワークに相談をしてくださいとアドバイスしています。学生でも労働組合に入るのは自由です。企業籍がなくても個人加盟の地域ユニオンがありますので、そこに入ってその組合が直接会社と交渉することができます。学生といっても労働組合に入って、会社と交渉することも可能で、いくつか事例もあります。
  以上、今日私がお話しさせていただいたのは、雇用問題に対していま連合をはじめ各労働組合は、真剣に取り組んでいるということです。学生のみなさんも労働問題や労働組合をぜひ身近なものとして感じ、理解していただいて、労働組合が取り組んでいる社会保障等の政策についてご理解頂ければと思います。今日は日本の社会保障制度の充実について労働組合が一翼を担っているという点についてお話しさせて頂きました。社会保障制度はこれからますます重要な課題であるということをご理解いただきたいと思います。ありがとうございました。

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