今日のテーマは、「苦情処理・労働紛争と労働組合」です。社会の中で働いていれば必ずどこかで何らかの紛争に直面する可能性があります。職業生活というのは非常に長いです。私も30年以上働いていますけれども、ほとんどの人が30年、40年働きます。働いている時に出会う可能性のある紛争を解決する様々な方法を知っておくことは、とても大切なことだと思います。
1.労働紛争
(1)労働紛争の具体例
[1]解雇
「労働紛争」と言ってもよくわからないのでしょうから、皆さんがイメージしやすいように、具体例をいくつか紹介します(資料8)。
まずは解雇です。みなさんは、ぜったい解雇されないと思っているかもしれませんが、この世の中には解雇はたくさんあります。「明日からもう来なくていい」とか言われることがあります。また「会社の経営状態が大変になったので30日後にはみなさんを解雇します」とか言われて、一斉に何十人、何百人を解雇することもよくあります。
具体例を紹介します。春田さんという人が、夏山産業という会社から解雇の通告を受けました。春田さんは解雇されるような理由は何も思い当たりません。何か法的な対応ができないだろうか(資料8、事例1)。
だいたい解雇された人の頭の中は真っ白になります。思いもよらないことなので、「え!どうしよう」と思ってしまいますから。家に帰ってから、なぜだろう、何か悪いことをしただろうか、遅刻は何回したか、欠勤を何回やったか、何回仕事でミスしたかと考えるわけです。しかし、どう考えても理由が思い当たらない解雇があります。また、会社が理由を説明したときでも、どう考えても納得ができないこともあるでしょう。この場合、誰に相談して、どのように解決するかが重要です。
解雇に関する主なルールは労働基準法の中にあります。例えば、妊産婦を解雇してはならないとか、労災休業中の者は解雇してはならないなどがあります。今から3年ほど前に、労働基準法18条の2項として、合理性や社会的な相当性のない解雇は無効とするという項目が加わりました。非常に抽象的なので、これだけではなんのことかわかりにくいでしょう。解雇が有効か無効かの結論は最終的には裁判で決着をつけるしかありません。しかしお金や時間などの問題もありますから、すべての人が裁判所で争えるわけではありません。けれども、裁判所に行かなくても解決することだってできるのです。
解雇の通告を受けた人は、まず会社に行って、会社に対して「解雇の理由は何ですか。理由を明示してください」というところから行動が始まります。10人以上の企業であれば、就業規則があります。労働基準法では、就業規則の中には解雇についての事由を定めなければならない、としています。労働者の能力不足などが原因の解雇や懲戒解雇、経済的理由による解雇などの規定が就業規則に書いてあって、会社が示した解雇理由が就業規則に沿っているかどうか見ることも必要です。解雇の理由が就業規則に沿っていない場合はもちろんですが、会社が「就業規則にも書いてあるとおり、この規則に照らしてあなたを解雇します」と言う場合でもまだ会社と話し合いたいときには、労働紛争処理機関に行って相談することになります。
労働紛争処理機関や労働組合に相談することも大切です。私は労働組合の役員ですから、組合員が解雇されたときはすぐ窓口を開きます。理由がない、またはおかしな理由の不当な解雇については会社に解雇を撤回させることが、労働組合の非常に重要な役割です。労働組合のないところでは、それを自分でやって、納得できない時は、紛争処理機関に行くことになります。
[2]転勤・配転・出向・転籍
次の事例は転勤です(資料8、事例2)。これはおそらくみなさんも経験すると思います。
また具体的な例を紹介します。磯野電機では、従業員である舟沢さんに、現在の勤務先である千葉支店から仙台支店に転勤させたいと思って、舟沢さんに「仙台支店に転勤してほしい」と伝えました。そのときに、舟沢さんが、「いや私は行けません」と言いました。それでも会社は、「会社にもいろいろ事情があるので、あなたは仙台に行ってもらう」と転勤命令を出しました。この場合はどうなるでしょうか。
現在の法律の中に、「転勤」(勤務地を異動すること)や「配置転換」(部門や職場を異動すること、以下のように「配転」と略す場合もある)、「出向」(会社との雇用関係を維持したまま、会社の命令で他の会社で働くこと)に関する記載はありません。労働基準法の中にもありません。しかし裁判所が一定のルールを形成してきました。裁判所の判決によれば、就業規則に会社は出向や転勤、配転を命ずることができると書いてあれば、原則として、会社は就業規則に従って出向命令や転勤命令、配転命令を出すことができます。私が若い頃の70年代は転勤や出向の命令は有効という判決が多かったですが、いろんな判決の積み重ねがありまして、最近では会社の転勤命令がいつも有効となるとは限りません。最近は、妻や子供の病気、両親の病気で転勤できないという労働者については、裁判で、その転勤命令を取り消せというものが出ています。ただ最近でも、育児や介護を理由にしたものはまだそれほど勝っていません。しかしこれらは社会の変化の中で、裁判の判決も変わっていくことを示しています。
出向や配転も就業規則にどのように記載されているかは重要です。自分の会社の就業規則を見ておくことも必要ですし、どうしても自分が転勤などできないときにはきちんと会社と交渉することも重要です。しかし、労働組合のあるところとないところでは違います。私のいた郵便局では労働協約で、転勤後でも通勤時間が90分以内の場合は転勤命令を出せるが、90分を超える場合は転勤命令は出せないことになっています。また、本人の了承を得ることにもなっています。ただし、「転籍」(会社との労働契約を終了させて、他の会社に籍を移し、新たな労働契約を結ばせること)については、就業規則にどう書かれていても、かならず本人の同意が必要です。本人の同意なくA社からB社に移すことはできないことになっています。
配転や出向や転籍はトラブルになることが多いです。労働紛争処理機関にいくといろんな事例があって教えてくれますので、あなたの場合はこの事例とよく似ているから会社にこう言ったらいいのではないかといったアドバイスも受けられます。
[3]賃金
次は賃金の話です。
具体例です。会社の経営がすごく悪くなったので、ボーナスを前年の半額の30万円にする。そのうち20万円は現金で渡すけれども、残りの10万円は商品券で渡す(資料8、事例3[1])。これはいいのかどうか。これはダメです。労働基準法に、賃金は全額現金で支払うこと(銀行振込みも可)と書かれていますので、30万円のうち10万円を商品券で払うというところはダメです。
次の例(資料8、事例3[2])もよくある相談です。従業員が退職金債権を金融業者に譲渡したという通知を受けた場合、会社はこの従業員の退職金を資金回収に来た金融業者に支払うことができるか。これはできません。賃金は本人に直接払うのが原則であり、労働者自身が「自分ではないこの人に払ってくれ」と言っても会社は労働者本人に払います。
従業員が会社から住宅ローンを借金していて、その残金について退職金と相殺して精算する(資料8、事例3[3])ことも原則としてダメです。ただし、労働者自身の自由意志で相殺を会社と取り決めているときは例外です。例えば、就業規則にそう記載されていて、かつローンを組む時に会社との契約があるときなどです。
賃金を年俸制に改めたので、年2回に分けて支給する(資料8、事例3[4])というのはどうでしょうか。原則としてこれもダメです。労働基準法では、賃金は毎月支給するとしています。
[4]労働時間
次は「労働時間とは何か?」です。
ビルの警備員が巡回監視の合間に認められている仮眠時間。この仮眠時間中は、仮眠室に待機し、警報が鳴れば対処しなければならない(資料8、事例4[1])場合、仮眠時間は労働時間になるのかどうか。これは長いこと裁判で争われましたが、たとえいつも寝ていても「トラブル発生時には対応せよ」などということになっていれば労働時間に含まれるとの判決(大星ビル管理事件、2002年2月28日最高裁判決)が出ましたので、賃金が支払われます。
阿部さんが日曜日であるにもかかわらず上司の許可も得ずに、勝手に出てきて仕事を行った場合(資料8、事例4[2])、これは休日労働になるかどうか。これは非常に微妙です。ほんとうに仕事だったのかどうかが問われます。本来、時間外労働や休日労働は上司が命令して初めてできるわけです。通常本人の判断でやっていて常態化しているという場合には、おそらく休日労働の賃金が支払われるでしょう。休日出勤しても、自分の趣味やサークル、NPOのことなどをやっているということであれば、休日労働になりません。ケースバイケースの判断です。私のいた郵便局でも、日曜日に半分は趣味の仕事をやっていて、半分はほんとうに仕事をやっている場合があって、休日労働になるかという争いがありました。
次は、仕事が始まる前の朝の体操や朝礼は労働時間なのかどうなのか。判断のポイントは「作業の準備に必要な行為、義務か」ということです。例えば、更衣室で作業着に着替える時間は労働時間に含まれるか否かが争われた裁判があります。これは三菱重工業長崎造船所事件(2000年3月9日最高裁判決)で、ここでは更衣時間も労働時間であるという判断が出ました。会社が作業着に着替え保護具を身につけることを義務付けていたからです。私も昔郵便局にいたときに、更衣時間をめぐって局長とよく争いになりました。子どもがいるので、いつもぎりぎりで出勤します。始業時間ぴったりに来て、それからロッカー室で着替えるのですが、大きい局だとロッカー室から自分の執務室に行くまでに少し時間がかかります。「始業時間までに門から入ったのだし、着替えも労働時間のうちでしょう」といっても、「着替える時間は労働時間ではない」と遅刻扱いされることがよくありました。
[5]雇い止め
次は臨時社員の話です。
具体例です。臨時社員で採用されて、6ヵ月の契約期間を5回更新して、36ヵ月働いてきました。この人は正社員の人と同じような仕事を担当してきたし、入社する時には「まじめに働けば必ず正社員にしてあげる」という口約束もあったわけです。ところが、最近経営状況が悪化してきたので、非正規の人たちの契約更新はしないと会社側が決めた場合、どうなるのかということです。6ヵ月などの短い期間の契約を何回も更新をしたあとで、雇い止め(契約期間満了で雇用を終了させること)をすることはよくあります。このような雇い止めは有効か無効かという争いがあります。これはまず、「まじめに働けば正社員に登用される可能性がある」と言っていたことは、更新の可能性を匂わせていたことになります。裁判所が、こうした事実から臨時社員が契約更新についての期待を持つことに合理性があると判断すれば、雇い止めは無効となります。しかし、最近は、雇い止めが無効になって、そのまま雇わなければならないこともある、ということがだんだん知られてきたので、経営者は労働者に期待を持たせないやり方をするようになっています。例えば「契約は来年の3月までですね。更新するかどうかはその時期になった時に判断します」というようなことを言うわけです。このような場合は、雇い止めが有効になる可能性が高いです。反対に「次も雇うからずっとうちで働いてよ」というような場合には雇い止めは無効になります。
(2)個別紛争
労働紛争は大きく2つに分けることができます。「個別紛争」と「集団紛争」です。これまでお話した事例は個別紛争です。1人ひとりの労働者と使用者の間に生じた個別の紛争のことです。5つしか例を出せませんでしたが、実際はいろんなパターンがあります。これらの紛争を見る時には、労働基準法に違反しているか、男女雇用機会均等法に違反しているか、その他の法律に違反しているか、法律には具体的な規定はないけれども裁判例を見ると問題があるのか、と整理をしながら紛争解決機関に相談することが重要です。
個別的労働紛争で最も多いのが解雇です。次に多いのが、労働条件の不利益変更で、それに雇い止めが続きます。労働条件の不利益変更とは、例えば、月給の30万円を4割カットして18万円に賃下げするなど労働条件を切り下げることです。賃金を下げるということはみなさんあまり想像できないかも知れませんが、バブル崩壊後いろんな企業が賃金を下げました。私が連合に行ったのは1999年でしたが、そのころの労働相談は、解雇と賃金引き下げが非常にたくさんありました。労働時間に関するものもあります。バブルですごく景気がよかった頃は週38時間労働のところも結構ありました。それを週40時間に延長分の賃金増額なく延長することも不利益変更です。それから、国鉄がJRになったときに、それまで100%だった産前産後休業の補償を無給にしました。あの時はびっくりしました。こんなことがあるのかと思いました。これらの労働条件の不利益変更が争いとなれば個別労働紛争です。
個別紛争の解決手段に関する法律がいくつかあります。1つは「個別的労働紛争解決促進法」という厚生労働省が管轄している法律です。これは2001年10月にできました。これは「個別的労働関係紛争」を労働条件その他労働関係に関する事項についての個々の労働者と事業主との間の紛争と規定しています。
また「労働審判法」という法律が去年の4月から施行されました。労働契約の存否その他労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争を扱うと規定されています。
(3)集団紛争
集団紛争は、労働組合や労働者集団と使用者との間に生じた集団的労使紛争のことです。例えば労働組合が団体交渉を要求しても、使用者が団体交渉を拒否するという例です。
最近、私が経験したのは、A観光労働組合の事例です。投資ファンドという言葉を最近ニュースなどでよく耳にしますね。この投資ファンドがA慣行会社の株式を買うことで経営の実権を握って、A観光会社に役員を派遣しました。今までA観光会社と労働組合はとてもいい労使関係でした。しかし、投資ファンドは短期利益を追求しますから、人件費の切り下げを始めました。ボーナスのカットを提示してきて、紛争が起きました。労働組合がA観光会社と団体交渉をやってもなかなかうまくいかないのはなぜかと調べてみると、その投資ファンドから来た役員が「労働組合との約束なんか反故にすればいいんだ」と発言していることが明らかになりました。その投資ファンドと団交しようと申し入れたのですが、団体交渉は拒否されました。労働組合法では、使用者は労働組合から団交を申し込まれたら正当な理由がない限り応じなければならないと規定されています。そこで組合は東京都地方労働委員会に不当労働行為救済の申し立てを行いました。労働委員会は「団体交渉に応じなさい」「ボーナスを払いなさい」という命令を出しました。
集団紛争に関しては、「労働組合法」に規定された「労働委員会」による紛争解決制度があります。これは労働組合法上の不当労働行為審査手続などがあり、不当労働行為は労働組合法7条に規定されています。7条では労働者が労働組合員であることや労働組合を結成したこともしくは労働組合の正当な行為をしたことをもって不利益な取り扱いをすること、使用者が労働者の代表と団体交渉をすることを正当な理由がなく断ること(団交拒否)、労働組合の運営に介入することは不当労働行為であると規定しています。使用者がこのような不当労働行為を行った場合には、組合は労働委員会に訴えれば、そこで解決されます。そのほかに、「労働関係調整法」が集団的紛争を対象としています。争議が起こった時、もしくは争議が発生するおそれがある時に、労働関係調整法を使って、あっせん、調停、仲裁を受けることができます。70年代から80年初めまでは、集団紛争の数が多く、不当労働行為の審査手続きや労働関係調整法をつかったあっせん、調停、仲裁が頻繁に行われましたが、80年代になってからは、集団紛争が減少し、個別紛争が増加しています。
(4)権利紛争と利益紛争
労働紛争を別の観点でみると、「権利紛争」と「利益紛争」に分けることができます。権利紛争は、法や契約で定められた権利や義務の存否や内容に関する紛争です。解雇は労働基準法18条の2項に記載されています。これを使って有効か、無効かを争うことは権利紛争です。要するに、法律に照らした場合の労働者の権利についての紛争です。
利益紛争は、紛争の対象について権利義務関係を定めた法的ルールが存在しない場合に、相互の合意によるルール形成をめざす紛争です。賃上げ交渉が決裂して発生した労働争議などが該当します。
2.労働紛争の現状
(1)個別労働紛争の現状
地方裁判所における労働民事事件新規受付数(資料1)を見ると、地方裁判所における労働事件の件数の推移がわかります。現在の日本の労働裁判(通常訴訟、仮処分を含めて)件数は年間新規受付が3千件くらいです。2005年までずっと右肩上がりで増え続けています。
厚生労働省の個別労働紛争相談件数(資料2)を見ると、2005年の総合労働相談件数は90万件に達しています。90万件の相談のうち、民事上の個別労働紛争が17万6千件あります。一般に、我が国では毎年約100万件の労働相談があると言われています。ところが、そのうち裁判となるのは約3千件です。つまり、「トラブルのうちほとんどが労働者の泣き寝入りで終わっているではないか」という批判がされたわけです。この状況を放置できないとして、個別的労働紛争解決促進法が2001年10月にできました。
民事上の個別労働紛争の内容は、解雇、労働条件の引き下げ、出向・配置転換、退職勧奨、その他労働条件、セクシュアルハラスメント、女性労働問題、募集・採用、雇用管理、いじめ・嫌がらせ、その他です。件数が多いのは解雇と労働条件の引き下げ、出向・配置転換です。
私は今から7年ほど前にドイツとイギリスに調査に行ったことがあります。ヨーロッパの国々は労働事件を専門に扱う裁判所があるので、その調査です。ドイツの労働裁判所では毎年60万件の新規訴訟を受け付けています。ヨーロッパの人たちは紛争が起きたら、さっさと裁判所に行きます。しかし、日本人は100万件の労働相談があっても、たった3000件しか裁判になりません。こういった比較を通じても、「解決してもらえないからしょうがない」と諦めている人たちが日本では多数だということがわかります。
(2)集団紛争の現状
1973年のオイルショックの前後は、集団紛争は1万件ぐらいありました。私は八王子に住んでいますが、当時は、八王子のタクシー会社にはいつも赤旗が立っていました。大和田だとか朝倉の工業団地に行くと、赤旗がしょっちゅう立っていました。あのころは集団的な労使紛争が非常に多かったのですが、現在は千件ぐらいしかありません。なぜ集団紛争が少なくなったのかというと、日本の労働組合と使用者の関係が非常に成熟したからだと言われています。いつまでも労使でけんかしているよりも良好な労使関係をつくったほうがいいと労使双方とも認識しました。その意味では日本の労使関係は世界でも稀にみる、悪く言えば労使協調、よく言えば非常に良好な労使関係だと言えます。労働委員会のあっせんや争議調整の申し立て、不当労働行為救済申し立てについても、オイルショック前と現在を比較すると、件数がずいぶん減っています。
3.労働紛争の特色
(1)労働契約という特殊性
労働紛争の特徴は、労働契約の中で起きるということです。労働契約は圧倒的な力を持つ使用者と圧倒的に力の弱い労働者との契約です。例えば、私は個人的に見ればとても強い女性だと思います。しかし、その私でも、郵便局の局長と交渉するときには圧倒的な力の差があります。局長のほうが限りなく強い力を持っていて、私の方が力をもっていません。局長は仕事や人事などについての情報量も多く、いろんな権力を持っていて、私は持っていません。そういう人を相手にいろんな交渉をするのは非常に難しい、これが労働契約の特徴です。
会社に就職するときに、普通は会社の提示した労働条件で労働契約を結びます。使用者と労働者とは圧倒的に力が違っていますし、労働者は「この会社に雇われたい」と思っているので、労働者に交渉の余地はほとんどありません。使用者は常に自分に有利な条件を出してきます。これも労働契約の特徴です。
入社後、使用者は労働者が提供する労務の内容に対する指揮権を持ちます。業務命令もあります。「いやだな、この仕事やりたくないな」と思っても、「会社の業務命令だからやりなさい」ということになります。
このように労働者と使用者の交渉力の格差が、労働契約締結時も、労働契約を履行している過程にもあるのが特徴です。使用者と労働者に利害対立が生じた場合、問題となる労働者の利益は様々ですし、紛争内容も多様です。100万件の紛争があれば、その内容も100万種類です。似ているものがあっても全く同じだということはないわけです。非常に多様です。
解雇でいえば、解雇の効力に争いがなくても、解雇予告手当の支払いを争う場合があります。セクシャルハラスメントは人格的利益にかかわる紛争だと見ることができます。労働災害死亡に対する損害賠償請求事件は、人間の生命の喪失に関わる紛争です。職場で発生する問題は非常に多様です。
労働契約は継続します。1回、職場に入れば、退職するまで長期の継続的な性格をもっています。労働は日々行われています。それ故に、権利義務関係をあらかじめ具体的に決定していくことが困難です。労働契約の紛争解決のルールは、合理性や民法の権利濫用などの一般条項ルールの活用で対応しています。いつも話題になるのが、解雇の合理性や社会的相当性の判断基準です。基準は時代で揺れることがあり、一般条項ルールで対応することの難しさもあります。
(2)企業活動の中で発生する労働紛争
労働関係は企業活動の中で生じ、1人ではなく多数の労働者がそこにいるわけです。1人の問題であったとしても全体に関わることがある。例えば、出向だとか転籍は、1人の問題が全体の問題に影響するのが特徴です。そして人事管理に関わる手続きがありますので、制度や手続きがどのように運用されているのかについての理解が非常に重要です。後で触れる労働審判は、プロフェッショナル裁判官と労使の審判員で合議します。人事管理に関わる手続きや制度、労使慣行などをよく知っている労使の審判員を加えて、プロフェッショナル裁判官と合議することとなりました。
会社には就業規則や労働協約、労使慣行があります。労使慣行は就業規則や労働協約のように文書化されていなくても、今まで、労使双方が異議なく認めてきた労働条件のことです。法律上はこれも合意された労働条件の一部になります。職場にはこのような労働慣行(労使慣行ということもあります)がたくさんあります。
私の例ですが、昼休み休憩が45分、午前中、午後の4時間労働に対して、それぞれ15分の休息がありました。労働基準法にはありませんが、労働協約で決められていました。当時は午前中の15分をお昼休みとくっつけて、お昼休みを1時間とって、午後の15分の休憩を帰りにくっつけて、15分早く帰っていました。勤務時間は8時30分から17時15分でしたが、17時になるとさよならって帰っていました。使用者はそのことを認めていました。それがある時から、ダメだということになりました。午前中4時間のうちの15分休憩は勤務の途中でとりなさい。午後の15分休憩も勤務の途中でとって、帰る時間は17時15分にしなさいと言われました。労働慣行が崩されたわけです。このときに、労使慣行を一方的に取り上げるのはけしからんということで交渉したのですが、最終的には協約の基本にしたがって、勤務時間中にとることになってしまいました。職場の中にはこのような労働慣行がたくさんあります。それがいろんな紛争の火種になることもあります。
4.労働紛争の解決手段
(1)企業内紛争解決システム
労働紛争の解決手段は、第一には当事者の自主解決です。最初から第三者が解決するわけではありません。まず自分で解決することが必要です。例えば、労働契約で月給30万円と合意している場合、使用者からの申し出で、労働者が合意していないのに賃金を下げることはできません。合意して初めてできるわけです。一方的に賃金を切り下げられた時には、元の賃金を払えとか、切り下げを認めるとしてもどこまで認めるか、交渉すること、自主的に解決することが重要です。しかし、自主的に解決ができなかった時に、第三者が関与する紛争処理機関に行くわけです。紛争処理機関には労働組合、弁護士会の仲裁センター、裁判所、行政の紛争処理機関があります。
企業内紛争解決の方法としては、上司との相談が一番多いです。連合総研のアンケート結果を見てがっかりしたことがありました。悩みや困ったことがあったときに誰に相談するかといったら、上司というのが圧倒的に多かった。労働組合というのは少なかったのです。どこの団体が調査しても上司というのが多いです。上司との相談はもちろんインフォーマルなものです。
フォーマルなものとしては、企業内の苦情処理委員会があります。しかし、私は我が国の苦情処理委員会は機能していないと思っています。例えば、今話題の派遣会社、グッドウィルの事例があります。本社に相談窓口があります。ある人がそこに相談したら、それが全部支社に伝わって、結果的にその人は契約の満了日をもって雇い止めにされました。日本の場合、企業内の相談や苦情処理制度はまだ未成熟だと思います。今後、企業内苦情処理制度をどうするかは、労働組合にとっても大きな課題です。ただし、一部の優良な企業では、社内に相談室を持っていて、相談内容を絶対に人事には知らせないという制度を持っているところがあります。そういう企業は人材の流出を防ぐために、そのような制度を作っているのだと思います。しかし、数は多くありません。
(2)行政的解決システム
次に、行政の解決制度です。2001年に成立した個別労働紛争解決促進法で設置されたのが「総合労働相談コーナー」です。各都道府県の労働局にあります。ここでは何でも相談できるようになっています。そこに相談に行くと、これは労働基準法違反かな、安全衛生法違反かな、均等法違反かなといった整理をしてもらえます。紛争解決へ向けて、都道府県労働局長による助言や指導があります。助言や指導をされても解決できない場合には、「紛争調整委員会」があっせんを行います。これは1回でやります。全国にあります。これは繁盛して年々利用件数が増えています。なんで繁盛しているかというと、労働相談がいっぱいあり、労働紛争が増えているということ、そして紛争調整委員会の利用には費用がかからないからです。ただし、他の紛争機関と比べて解決水準が低い、解雇の解決金が非常に低いと言われています。男女雇用機会均等法上の紛争の場合は、均等法17条による助言・指導・勧告や、均等法18条、27条による紛争調整委員会の調停があります。ただここはあまり活発に活動していません。
地方労働委員会も最近では個別労働紛争のあっせんを行っています。労働委員会の場合は、労使も入っていますので、私はここのあっせんはいいのではないかと思います。
労働紛争が自分に起きたときに、都道府県の紛争調整委員会に持っていくか、労働委員会にもっていくかよく考えて、いろんなところに相談して、解決方法を決めて下さい。特に労働組合に相談してくれるのが一番いいです。この問題ならば紛争調整委員会に行こう、これは労働委員会に持って行こうと振り分けしてくれます。ぜひそういうときには労働組合に相談してください。
(3)労働委員会
労働委員会は、集団紛争の解決機関です。使用者の不当労働行為、組合に対する支配・介入や、団交を拒否した場合には、労働委員会の不当労働行為審査制度を利用することとなります。ほんとうは個別労働紛争だけど、組合員でなかった人が組合に紛争の相談をしているうちに、組合員になったという場合に、労働委員会に不当労働行為救済を申し立てる場合もあります。
また先ほど触れたとおり、労働委員会で個別労働紛争の相談・あっせんもできます。
(4)司法的解決システム
司法的解決システムは労働審判制度と裁判です。労働審判制度は、昨年4月1日にスタートしました。司法制度改革の中で、日本でもヨーロッパのようなプロフェッショナル裁判官と労使のアマチュア裁判官が一緒になって紛争解決する制度が必要なのではないかということで導入されました。解雇や雇い止めなどに不服がある場合、地方裁判所に設置された「労働審判委員会」に申し立てることができます。「労働審判委員会」に申し立てると、プロフェッショナルの労働審判官(裁判官)と労使団体からそれぞれ推薦された労働審判員2名が審理し、調停案を出します。調停が成立すればそれで終わります。しかし、調停が不調に終わった場合は、審判を確定します。審判の内容が不服であれば、地裁に訴訟の訴えをします。ですから事実上4審制になります。審判やって、地裁、高裁、最高裁。労働審判は、3回以内の期日で結論を出すこととなっており、平均1.5回ぐらいで何らかの決着がついていますので、非常に盛況です。先ほど触れた紛争調整委員会は費用が無料ですが、労働審判のほうは裁判ですからお金がかかりますし、弁護士費用もかかります。将来は、労働組合の役職員が弁護士の代わりに訴訟代理人になれば、弁護士費用がかからずに安く済むので、早い時期に訴訟代理を弁護士でなくてもいいように変えることが重要だと考えています。
当初、だれもこんな制度が日本にできるはずはないと思っていましたから、運動はやってみるものだなと関係者が実感した制度です。
レジメの次の項目の民事通常訴訟というのはふつうの裁判のことです。地裁に訴えを提起すれば訴訟になります。弁護士費用が出せない人は本人訴訟でやっている人もいますが、ほとんどこれは弁護士がつきます。
解雇の時には「仮処分」という制度をよく利用します。通常の裁判で決着を付けるには、最近でこそ少しは短くなりましたが、1年とか2年、3年とかかっていました。そこでまずは解雇された労働者の地位の保全と賃金の仮払いを仮処分で裁判所に認めさせて、これと並行して通常訴訟をやってきました。
時間外手当を支払わないとか、賃金を5万円とか10万円支払わないのは、簡易裁判所での少額訴訟をやったほうが早いことがあります。1回の口頭弁論で終わります。120万円以下の少額のものであれば、簡易裁判所でやった方がいいです。
弁護士会に仲裁センターがありますので、そこに相談に行く方法もあります。私はお薦めしませんが、各県の社会保険労務士会も労働紛争の解決を行っています。社労士会がなぜこうしたことを行うようになったかというと、ADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)というのができて、適切なADR(裁判外紛争解決手続)であれば、各都道府県の社労士会が個別労働紛争の解決を行ってもいいことになったからです。
(5)まとめ
労働紛争解決システムの全体像を見ると、労働行政と裁判所、労働委員会の3つに分けることができます。それ以外にも弁護士会や社労士会がやっているものもあります。紛争が起きた時に、まずは自主的な解決をやってみる、自主的な解決が不可能だった時には労働組合に相談する、労働行政でやったほうがいいのか、裁判か、それとも労働委員会か、いずれがいいのかということを相談して、一番内容にあった紛争処理機関に行くのがいいのではないかと思います。一番だめなのは、泣き寝入りすることです。あきらめて、だまってしまうのはいけないことです。自分の権利は自分が主張して、自分の利益をきっちり勝ち取るということが重要です。
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