一橋大学「連合寄付講座」

2007年度“現代労働組合論I”講義録

第7回(6/1)「直面する課題と労働組合の対応」

「ワークルールの確立と労働組合」

ゲストスピーカー:長谷川 裕子(連合 総合労働局長)

 こんにちは、連合の総合労働局長をしています長谷川裕子と申します。私は、元々、八王子の小さな郵便局で働いていました。そこで10年ほど仕事をしました。その後、「全逓信労働組合」という郵便局の組合の中央本部で婦人部の役員を6年やり、中央執行委員として交渉部や企画部の仕事をしました。それから、「連合」に行ってちょうど8年になります。連合ではもっぱら労働法を作ることをやっています。
今日は「ワークルールの確立と労働組合」というテーマでお話したいと思います。
  ワークルールとは、要するに、働くときのルールのことです。皆さんが大学を卒業して就職しますね。社会や企業にはいろんなルールがあります。そういうルールをどのようにして確立していくのか、そういうルールをつくるときに労働組合はどのように関与していくのか、なぜ働く人たちのルールをつくるときに労働組合が参加するのか、ということについてお話ししたいと思います。

1.労働三法の国会審議
  今朝の新聞に、「社保庁改革法案が衆議院厚生労働委員会で採決され、その後に、『労働三法』の審議が行われる」というニュースが出ています。この「労働三法」というのは 「最低賃金法」、「労働基準法」、そして「労働契約法」のことです。この三つの法律がどのような形で成立するのかは、これから社会に出て働く皆さんにとっても非常に重要な意味を持ちます。
  例えば皆さんがマクドナルドでアルバイトします。マクドナルドのアルバイトの賃金は何を基準に決まっていると思いますか。マクドナルドの賃金はほぼ全国どこでも地域の最低賃金プラス100円と言われています。沖縄の最低賃金は610円ですから、100円足すと1時間当たり710円。東京の最低賃金は719円ですから、それに100円足すと819円。これがだいたいマクドナルドの賃金で、最低賃金の金額の影響が大きいと言われています。
  最低賃金とは、使用者が労働者を働かせるときに、最低これだけは払いなさいというものです。最低賃金額は、東京の中央最低賃金審議会に、公益代表と使用者代表、労働者代表が集まって、「さて今年の最低賃金はどれくらい上げようか」と議論して決定します。この何年間は、せいぜい1円とか2円の引上げで、バブルの崩壊したあたりは0円、つまり引き上げなし、というときもありました。この最低賃金が先進国で一番低かったのがアメリカでした。その次が日本でした。日本の新聞でも報道されましたが、最近アメリカで最低賃金が一気に引き上げられました。おそらく日本円で1000円ぐらいになると思います。そうすると日本の最低賃金が先進国で最低になってしまったのです。今日から衆議院厚生労働委員会で、この最低賃金を1円とか2円ではなくて、アメリカのように1時間あたり100円ぐらい上げる必要があるのではないかという議論が始まりました。最近の日本ではいわゆる「非典型労働者」が増加しているので、最低賃金の金額を引き上げて正社員でなくても生活できる賃金が得られるようにしなければならないという状況なのです。
  最低賃金なんて、僕とか私には関係ないということではなくて、とにかく企業に入ったときの賃金が最賃の影響を大きく受けるということだけはぜひ知っていていただきたいと思います。

2.職場のトラブルと解決
  私は郵便局に勤めたとき既に結婚していました。それからしばらくして妊娠したんですね。妊娠すると、月に1回ぐらい病院に検診に行きます。局長に、「私は妊娠したので妊婦検診に行きたいのですが、いいですか」と言ったら、「そんな制度なんかあるはずないじゃないか」と言われてしまいました。「いや、あります。私はちゃんとそれを協約でも見ましたし、就業規則にも書いてあるので、できるはずです」とやり取りした末に、郵政省の就業規則の中にちゃんと書いてあったことが分かったので「明日妊婦検診に行っていいよ」ということになりました。しかしこの結論が出るまで、ほぼ1日かかりました。ちなみに、妊婦検診に行った時間を賃金カットするところもあるし、妊婦検診の時間を勤務時間として扱って賃金を支払うところもあるし、会社によって違います。労働協約や就業規則にどうなるか書いてありますよ。
 私が「妊婦検診に行きたい」と言っても、「ダメだ」と言われたときに、これはトラブルとなるわけです。
 私はたまたま自分の妊婦検診のことを話しましたけれど、連合には、いつもたくさんの労働相談が寄せられています。一番多いのは解雇です。世の中、解雇なんてめったにないと思ったら大間違いなんですよ。解雇は他人事ではなくて我が身のことだと思っておいてください。例えば、私の職場の部下で1人男性がいますが、彼は外資系金融会社を1年で解雇されています。彼は「自分が解雇されるなんて夢にも思わなかった」と言っています。
 急に「社長から明日から会社に来なくていいと言われたけど、こういうことってあるんでしょうか」という相談がよくあります。こういうことが法律上許されるのかというと、そうではありません。解雇するときには法律にちゃんとルールが書いてあるのです。労働基準法では、解雇するときには、30日前にちゃんと予告しなさいとか、合理的な理由や社会的にみんなが納得できるような理由がなければ解雇は無効とされています。ですからみなさんがこのようなトラブルを相談に行けば、「これは不当解雇ですから、ちゃんと社長さんと話して、もう1回働けるようにしましょう」と答えてくれると思います。
 賃金、つまりお給料についての相談も多いです。
バブル崩壊後によくあったことですが、会社の経営状況が非常に悪くなったので合理化をやりたいと使用者が考えた時に、最初にやるのが賃金カットです。賃金の3割とか、4割をカットするというのはよくあることです。連合での労働相談の経験では、解雇と賃金カット、それから倒産の相談がたくさんありました。「倒産したのですが、私の賃金はここ何ヵ月間かもらっていません」や「半分ぐらいで我慢してくれと言われて支払われたのですが、残りの未払い賃金は受け取れないのでしょうか」などの相談がありました。
 それから女性の場合は、経営者から「あんたもう結婚したのだから家でちゃんと主婦やったほうがいいよ」と言われ、職場に居づらくなるという労働相談をよく受けます。
 勤務時間中に怪我をしてしまったトラブルもありますね。「営業をしているときにたまたま自転車に乗っていて、ぶつかって怪我してしまったけれど、この怪我は労災補償の対象となるのかどうか。全部自分で負担しなくちゃいけないのか。休んでいるときの給料はどうなるのか」という相談もあります。
 これらの相談の答えは、労働基準法や労災保険法、労働安全衛生法など、労働に関する法律がたくさんありますけれど、そういうところに書いてあります。労働法とは、「使用者は何々をしてはならない」「使用者は労働者に対してこういうことをしなければならない」ということを書いた法律だと思ってください。労働法の代表選手は、労働基準法です。ぜひ皆さんに労働基準法を読んでほしいと思います。私はいつも職場に若い職員が入ったときに、「労働基準法を電車の中で、小説を読むように読みなさい。法律だと思って読んではダメですよ」と言います。「1日1個だけ覚えればいい。そうすれば読んだという記憶が残るから、何か自分の職場で困ったことが起きたときに、『まず労働基準法を見よう』と自然に思うようになります」と言っています。みなさんも、労働基準法をぜひ読んでみて下さい。
 職場の使用者も労働者もトラブルは避けたいわけです。誰も好き好んでトラブルを起こそうと思う人はいないわけです。トラブルの予防と解決のルールをつくることがこのワークルールだと考えております。

3.労働法の基本
 次に労働法の基本についてです。「労働三権」とは、「団結権」と「団体交渉権」「団体行動権」のことです。憲法28条で保障されています。
 私は労働組合の役員ですから、自分の労働条件は、団結権を使って、仲間と組合を作って団体交渉を通じて労働協約を締結して決めるのが基本だと思っています。労働者は一個人では弱いわけですから、集まって、「賃金はどれくらいがいいかな」「労働時間はどれくらいがいいかな」と相談して要求書を使用者に出し、交渉して合意したものを労働協約に締結し、労働条件を高めていくことが必要です。
 戦後、我が国の労働者の生活は非常に向上しました。労働組合を作って団体交渉をして、労働協約を締結し、賃金や労働環境の改善を進めてきたからです。だからみなさんも、この労働三権を非常に大切だと思ってほしいと思います。最近、「個の確立」「自立」とか言って、労働組合に入らなかったり、団体交渉をしないことが多いですが、みんなで団結して団体交渉して協約を締結することの重要性をぜひこの機会に学んでほしいと思います。

4.ワークルールを構成・規律するもの
 ワークルールを構成・規律するものとして、「憲法27条」や「労働基準法」「労働協約」「就業規則」「労働契約」があります。

(1)憲法27条と労働基準法
  「賃金、就業時間、休息、その他勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」という憲法27条の2項を受けて、労働基準法があります。労働基準法13条は「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効になった部分は、この法律で定める基準による。」と定めています。例えば、労働基準法32条は労働時間について週40時間を上限と定めています。契約の自由だからといって、労働者と使用者が週43時間働く、という契約を結んだとします。これは労働基準法32条に違反するわけです。「私は働いたっていいですよ」と週43時間で労働契約を結ぶとすると、これは労働基準法に違反しますので、この43時間は無効となって40時間に修正されるというのが、労働基準法13条です。

(2)労働協約と就業規則、労働契約
 労働組合法14条によって、労働組合が使用者と交渉して書面で作成したものが「労働協約」だと定められています。労働者と使用者がいろいろ交渉して作成した取り決めの中で、一番優先されるのが労働協約です。
 次は「就業規則」です。私は就業規則を本当はあまり好きではありません。それは、労働協約は使用者と労働組合が団体交渉をして合意したものですが、就業規則は使用者が一方的に作成できるからです。
就業規則については、まず労働基準法89条に定めがあります。常時10人以上の労働者を使用する使用者は就業規則を作成し、行政官庁(労働基準監督署)に届け出なければならないと書いてあります。労働時間や賃金、退職金、解雇事由、制裁などについて就業規則に書きなさいとなっています。その内容が法律などに違反していないかを労働基準監督署がチェックしますが、就業規則は使用者が自分で一方的に作れます。それから労基法90条では、使用者は作った就業規則について事業場の労働者の過半数代表の意見を聞き、労働者の過半数代表の意見を添付して労働基準監督署に届け出ることになっています。しかし意見を聞くというのは、「労働者の意見を聞きました。労働者代表はこう言いました」とそれだけの話です。労働者代表が反対したら交渉しろとか、協議しろとは書かれていません。したがって、就業規則は使用者が一方的に決められるもので、非常に大きな問題をはらんでいると私は見ています。

(3)裁判例(判例)
 労働者と使用者の間で起きたトラブルを解決するためには、労働基準法や労働協約、就業規則、労働契約をいろいろな角度から解釈し考慮する必要があります。我が国の場合は裁判の「判決(最高裁の判決は特に「判例」と呼ばれます)」がたくさん積み重ねられてきました。
 例えば解雇は、労働基準法18条の2項に、解雇は客観的に合理的な理由や社会的相当性がなければ無効となると書いてあります。でもこの規定はついこの前まではありませんでした。2003年に労働基準法を改正してこの規定を作ったのですが、ここで書いてあるルールは、もともとは最高裁の判例に書かれていたことなのです。だから以前は、解雇されたときに労働相談に行くと、「これは訴訟すれば勝てると思いますから訴訟しますか」と聞かれる。そのときになぜ勝てるか聞き返すと、「今までにこういう判例があるので、それを適用するとこれは不当解雇です。おそらく解雇は無効になると思います」と説明されます。解雇についての判断基準は判例に書かれていただけなんですね。例えば、解雇に関しては「日本食塩事件」「高知放送事件」とかいろんな判例があります。ところが判例というのは裁判官や弁護士、労働法の研究者はよく知っていますけれども、一般の人はわからないです。私も連合に行く前までは、「解雇権濫用法理」なんて判例のルールは全然知りませんでした。そして判例を読むと、解雇するときにはちゃんと合理的な理由だとか社会的な相当性がなければできませんよ、と書かれています。それが「解雇権濫用法理」です。
 このように積み重ねられて定着した判例を法律化して誰でも分かるようにすることは紛争を予防する上でも、紛争の早期解決のためにも重要であると思っています。

(4)労働契約と就業規則、労働協約の関係
 次は労働契約と就業規則、労働協約の関係についてです。労働者は使用者と労働契約を締結していますが、実際にその契約の中身である具体的労働条件を定めているのは就業規則と労働協約の場合がほとんどです。労働協約は、組合があるところにしかありませんから、組合のないところには労働協約は存在しません。一番強いのが労働協約、その次が就業規則、個別に取り決められた労働契約という関係になります。そして、これらは労働基準法に定められた基準に違反する(を下回る)ことはできません。違反した条件は無効となり、労働基準法に定める基準が適用されます。これらは労基法13条や92条、労組法16条に定めてあります。例えば、労基法92条1項に「就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない」とあるのは、使用者が一方的に決められる就業規則が労働協約を下回ってはダメだと言っているのです。労基法93条は「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分については無効とする」、労組法16条では、「労働協約に定める労働条件その他労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする」とそれぞれ定められています。
 ある職場の労働協約で週労働時間を38時間と定めたとします。これは労基法の40時間より労働条件がいいわけですから、労基法との関係で問題はありません。ところが、労働契約で自分は週43時間とすると定めた場合、これは基準法にも違反するし、協約にも違反しています。週43時間は無効となり、一番強い労働協約が適用されて、週38時間に修正されます。
 私は労働組合の役員ですから言いますが、やはり労働組合があるところは労働条件がものすごくいいです。大企業の多くに労働組合があります。例えば、前回来られた新谷さんの所属する電機連合の中には、日立、東芝、富士通、松下、サンヨー、シャープも入っています。自動車の場合もトヨタ、日産、ホンダをはじめ自動車会社のすべてに労働組合があって、賃金や労働時間の交渉をやっています。そして、労働条件を労働協約で定めています。

(5)過半数代表
 次に「過半数代表」について触れておきます。労基法90条では、使用者が就業規則を作ったり変更したりするときに過半数代表に意見を聞くことを義務づけています。この過半数代表については、法律の中に定めがあります。
 例えば、労働基準法では週40時間を超えて働かせてはならないとなっています。ただし、「三六協定」があれば、40時間を超えて働かせてもいいこととなっています。三六協定は事業場の労働者の過半数を組織する労働組合があるときは、その組合と、過半数組合がないときは過半数を代表する者と締結することになっていて、この協定を結べば、週40時間を超えて働かせることができます。過半数代表の選び方についてはなるべく民主的に選びなさいとだけ書いてあって、選挙で選べとか細かくは書いてありません。だから多くの職場では、例えば、食堂で「この人を過半数代表にしますけどいいですか」「はーい」という感じで決めています。ひどいところは、総務部長が総務課の職員のところに来て、「○○さん、○○さん、三六協定の時間外労働を今月は60時間で結びたいのでハンコ押して」と言って、「はーい」とハンコを押して協定書が作成されることもあると聞いています。
 今、議論となっているのは、「過半数代表が真に事業場の代表なのか」ということです。過半数代表というのは、使用者が勝手に決めていいわけではありません。元々は労働基準法ができたときに、労働基準法の三六協定の締結や就業規則の意見聴取に登場しました。しかしこの役割は次第に拡大されて、いまや、法律上に過半数代表が出てくるのは80項目ぐらいあります。
 過半数代表が出てくる例としては、まず、会社が倒産したときです。これには会社更生法が適用になります。倒産時の未払い賃金などの労働債権については、過半数組合がある場合は過半数組合、過半数組合がないときは過半数代表からの意見を聴けということになっています。また、高年齢者雇用安定法は、60歳定年制をとっている事業主に対して、定年を延長するか、定年を廃止するか、あるいは再雇用制度をとることによって、労働者が年金開始年齢まで働くことができるようにしなければならないと定めています。再雇用制度をとるときには本来は希望する人全員を60歳から年金開始年齢まで雇用しなければならないのですが、どんな人を再雇用するか基準を決めたら選別してもいいとなっています。選別をするときの基準については、過半数組合があるときは過半数組合、過半数組合がないときは過半数代表者と協定を結びなさいとなっています。このようにいろんなところで過半数代表というのが出てきます。
 過半数代表者と労働組合は基本的に違います。労働組合は必ず毎年1回総会を開いて自分たちの代表を選びます。問題があるときにはみんなで話し合って決めます。しかし過半数代表者は違います。最近、過半数代表の登場数が多いので、民主的な過半数代表の選び方が必要なのではないかと議論されています。
 そして、「雇用就業形態の多様化」が進み、いま職場には正社員だけでなく、パートタイマーや契約社員、派遣、請負などいろんな名称の非正規労働者がいます。ところが過半数代表の選出母体となる労働者は、派遣と請負以外の直接雇用関係のある労働者はすべて対象となります。いろいろな働き方をすれば、考え方や利害の違いも大きくなってくるのに、過半数代表者はみんなの意見を反映できる制度にはなっていません。雇用就業形態の多様化をきちっと反映していないじゃないかという指摘もされています。連合はそれに対して、職場における民主的な過半数代表の選び方について考え方をもっています。「労働者代表制」を作るべきだということです。興味のある方は連合のホームページで見られますので、是非見てください。
http://www.jtuc-rengo.or.jp/roudou/seido/roudoukeiyaku/houshin/daihyousya_houan.html

5.労働組合とワークルールの関わり
(1)企業内での労働組合の活動
 次は労働組合とワークルールの関わりです。日本の労働組合のほとんどは企業別組合です。企業別組合は2つの方法でワークルールの作成に関わっています。
 1つは「団体交渉」です。労働組合法上の団体交渉をやって労働条件を決定していきます。もう1つは日本以外の国ではあまり見られない慣行ですが、「労使協議」です。
労使間のコミュニケーションの方法をみると、一般に、賃金や労働時間は団体交渉でやりますが、能力開発や福利厚生は労使協議でやっています。日本はそういう意味では団体交渉と労使協議をうまく使いながら、組合と使用者の関係を作ってきました。これは非常に珍しいと言われています。団体交渉の背景には、団体行動権、争議権があります。みなさんはおそらくストライキを見たこともないと思います。私は郵便局に1974年に入局しましたが、次の年は賃上げ要求でストライキをやりました。交渉がうまくいかないと、交渉がうまくいくようにバックアップする手段としてストライキを打つぞと使用者に迫ります。ストライキを打つか、賃金を上げるか、せめぎ合いながら交渉をするわけです。だから、70年代にはよく国鉄や私鉄も止まっていましたし、普通の民間企業でも今日は工場のAラインを止めるとか、明日はBラインを止めるとかが行われていました。労働組合法の中で保障されているストライキ権を行使したわけです。最近は労使関係が成熟しまして、ストライキ権を行使することは非常に少なくなっていますが、ストライキは労働組合の重要な権利であることには変わりありません。

(2)企業外での労働組合の活動
  企業外での労働組合の活動には、「産業別労使懇談会」があります。例えば電機産業では、産業内の労働者と使用者のいろんな意見交換会があります。電機の主だったところの社長や労務担当重役と労働組合との意見交換会もあります。電機だけでなく自動車業界やいろんな産業で行われています。ここでは、例えばグローバル化の中で労働条件はどうあるべきか、日本は労働時間が長いけれども短くするにはどうしたらいいのかなどが議論されています。
  政府との関係では厚生労働省の「労働政策審議会」があります。ここでは、労働関係の法律の制定や厚生労働省の労働政策について議論をします。これはILOに従って、学識経験者からなる公益委員と労働者代表、使用者代表による三者で構成されています。委員会には、本審とその下部に分科会や部会が設置されています。各分科会や部会も三者構成になっています。私は、いま厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会委員(主に労働基準法関係の審議を行う)などをやっております。
  例えば、労働政策審議会の下には能力開発分科会があります。ここでは昨年の暮れに「第8次能力開発計画」を作りました。90年代以降、企業がコスト削減の中で、人材育成費を大きく減らしています。今まで企業は従業員を育てるために、人材投資をやって企業内で従業員の教育や訓練をしてきました。企業内に学校まで持っているところがありました。しかし不況によるコスト削減として、人材育成費が少なくなってしまいました。そうして10年間たったら、従業員の育成がうまくいかなくなっていたことがはっきりしてきました。最近いろんな会社の製品リコールが起きています。人材育成をこの10年間怠ってきたことも大きな原因の一つでしょう。能力開発分科会では、企業が人材育成をやると同時に、国も労働者の人材育成を進めていこうと議論しました。大学や高等職業訓練所の役割も議論されました。その議論をへて第8次能力開発計画が出来上がりました。ヨーロッパではこういう能力開発は全部税でやります。日本は税金の投入がなくて、「雇用保険三事業」として、使用者の払う雇用保険料の中からこれらが賄われています。しかしこれでは間に合わないので、今後は、どうやって能力開発を国の施策として展開していくかが重要な課題になってきます。
  このように、労働組合は社会的にも活動します。

6.労働、雇用に関する傾向 
(1)労働紛争の傾向 
  「労働紛争」には「集団的労使紛争」と「個別的労働紛争」があります。集団的労使紛争は非常に少なくなっています。その一方、個別的労働紛争は増加しています。
  集団的労使紛争は使用者と労働組合との紛争です。個別的労働紛争というのは、解雇や雇い止め、労働条件の不利益変更などに対する紛争です。いやがらせを受けて退職させられたとか、セクハラを受けたとかも個別的労働紛争です。個別的労働紛争は爆発的に増えています。電話相談も入れると100万件くらいあると言われています。

(2)進む「多様化」
  正規労働者が少なくなってきて、非正規労働者が増えています。正規労働者は期間の定めのない正社員や正職員などの直雇用の労働者です。非正規労働者というのは有期雇用の契約社員やパートタイマー、請負や派遣という働き方をしている労働者です。私は労働政策審議会職業安定分科会民間労働力需給制度部会(現在は「労働力需給制度部会」)の委員もしています。ここは派遣事業者の認可と労働者派遣法の審議をしているところです。最近、偽装請負、違法派遣が非常に問題になっています。働いても、働いても貧乏で、手取り10万円を切ってしまう「ワーキングプア」と言われる非正規労働者が増えています。
  この部会でもこの問題が取り上げられ、議論になっています。先日は派遣で働く人たちのヒヤリングをしました。ヒヤリングをした3人とも女性でしたが、3人とも大卒でした。
 1人は、就職活動がうまくいかなくて、紹介予定派遣で入りました。6ヵ月間、紹介予定派遣で働いて、その後2年間は契約社員です。しかし、2年終わった後にどうなるかというのは保障されていないのです。
 もう1人もなかなか仕事が見つからなくて、紹介予定派遣で入りました。いま紹介予定派遣の2ヵ月目です。紹介予定派遣なので6ヵ月働いたら、正社員で雇ってほしいと言っていました。
 もう一人は、すごく気の毒な人でした。1回正社員で勤めましたが体をこわして退職したそうです。やめたら、もう正社員の仕事が見つからない。それで派遣で働き始めます。しかし、なかなか正社員になれないわけです。紹介予定派遣で働いて、6ヵ月過ぎても正社員にしてもらえなかった。正社員で働くために、いまハローワークで能力開発の訓練を受けていますと言っていました。
 大学を卒業してきた3人が、正社員で働けなかったわけです。それぐらいいま非正規労働者が増えているわけです。この非正規の人たちの労働条件は、最低賃金のところに張り付いています。バブルが崩壊したときには1000円を切っていましたが、最近派遣労働者の賃金は上がってきましたので、980円とか、1000円、1500円となってきました。しかしこれでも、なかなか1人で生活できるような状況ではありません。
 なぜ、非正規労働者がこれほどまで増えたのでしょうか。1つは労働者派遣法の改定が後押しをしたのです。派遣法は1985年に専門的な技術を持つ人だけを対象に始まった制度です。しかし1999年にポジティブリスト(派遣を特定の職種だけ認めること)からネガティブリスト(原則自由にして、派遣を認めない職種を定めること)に変えました。一般派遣で、職種は何でもよくなりました。そうしたらあっという間に、派遣業界が急成長して、派遣労働者が増えてしまいました。
  もう1つが、労働基準法の有期契約の改定です。これは、私自身、今でも不愉快で、問題だったと思っています。以前、労働基準法で有期契約は原則1年でした。それを2003年の改正で3年に延長しました。その時に、研究者たちは、有期契約は1年より3年のほうがいいじゃないか、短期より中期だから3年の間雇用が保障されるんだ。と主張しました。専門的な労働者については例外として5年まで延長しました。
法律の改正が非正規労働者を大量に生み出す結果になったのだと思います。

7.労働関係法ができるまでと連合の関わり
(1)労働契約法が出来るまで
  冒頭にお話した「労働三法」の一つである「労働契約法案」がどのように作られていったのかをお話ししたいと思います。
 法律は、研究者や国会議員が勝手に作るのではありません。世の中の動きがあって、それに対して、「こういう法律を作るべきだ」という要請があって、「じゃあどういう法律を作ればいいのか」という研究が研究者などによって行われて、その後、三者構成の審議会で審議して、審議会の報告を元にして政府が法案を作るという経過をたどります。

(2)2001年10月 連合、労働契約法案要綱骨子を確認
  連合は2001年10月に、21世紀の新しい労働法が必要だとして、「労働契約法」と「労働者代表法」、「パート・有期労働契約法」の骨子をつくり、定期大会で確認しました。雇用就業形態の多様化が進み、紛争予防や紛争解決のために労働契約法が必要だ、労働者と使用者の関係を規定するちゃんとした法律が必要だと考えたからです。この当時、研究者以外で労働契約法に関心のある人はほとんどいませんでした。労働契約法の制定を求めていたのは、日本労働弁護団と連合でした。パートについてはみんな取り上げていましたが、有期契約労働者の問題を浮上させたのは連合でした。非正規の問題は、有期の問題だと考えました。
  普通の正社員は期間の定めのない雇用です。いったん会社に入ったら、本人がやめると言わない限り、定年退職までずっと働き続けられます。これが大原則です。有期契約というのは3ヵ月、1年、2年とかの期間の定めのある雇用です。有期契約は雇用安定の面で非常に問題です。例えば、1年の有期契約を19回更新して19年も勤めていたけれども、20回目の時に契約更新がされずに雇い止めされた労働者が、雇い止めを無効だとして裁判に訴えたものの負けたこともあります。使用者の言動や契約更新手続きの実態などによって、雇用継続に関する合理的な期待が持てる場合や、期間の定めのない雇用と同様の雇用実態にあると見なされる場合は、契約を更新しなければならないという裁判所の判決があります。しかしこのルールでは、雇用の安定という面では、期間の定めのない雇用にはかないません。そこで、連合は、有期労働契約にできる理由を制限してやたらに有期労働契約を使えないようにする、有期労働契約を使える場合であっても更新の回数を制限する、という法律を作るべきだと提起しました。

(3)2002年~03年 労働基準法改正議論
  2002年に、労働基準法改正の議論がありました。2002年の12月に、労働政策審議会の報告が出され、解雇ルールを労働基準法に定めることになりました。また有期労働契約期間の上限は原則を1年から3年に、高度な専門職については3年から5年に延長されました。そしょて裁量労働の導入要件や導入手続きを緩和して、会社側が裁量労働制を使いやすくすることにもなりました。加えて、政府は裁判で解雇無効であったとしても金で解決できる制度を取り入れようとしたのです。この解雇金銭解決制度は審議会報告には盛り込まれましたが、その後、労働側の反撃で取り下げられて法律化されませんでした。

(4)2004年4月~2005年9月 「今後の労働法制のあり方に関する研究会」の設置と報告
  2003年6月に国会で改正労働基準法が成立したときに、「付帯決議」がつきました。この中には労働条件の変更、出向、転籍など労働契約について包括的な法律を作成するために、専門的な調査・研究を行う場をもうけて、積極的に検討を進めた結果に基づいて、法令上の措置も含めた必要な措置を講ずること、労働契約に関する研究会を設置することと書かれました。これを受けて、2004年4月に厚生労働省は、東京大学(当時)の労働法研究者である菅野教授を座長とする「今後の労働法制のあり方に関する研究会」を設置して、労働契約法に関する調査研究を行いました。
  2005年の9月にこの研究会は最終報告をとりまとめましたが、すごく評判が悪くて、いろんな人や団体から厳しく批判されました。
  私たち連合は4つの点が問題だと批判しました。1つめは労働条件の決定、変更を労使委員会に協議させるとか、就業規則による労働条件の不利益変更の合理性判断基準に労使委員会決議を加えることです。理由は、労働条件の変更は現行では2つの方法でしかできないからです。1つは、使用者が「あなたの給料を2割下げたい」と申し入れたときに、労働者が「いいですよ」と言った時、もう一つは労働組合と団体交渉して労働協約で変えた時、この二つしかできません。これ以外に、労使委員会で労働条件の不利益変更を行うことができるようにすることは非常に問題だ、どういう法的根拠があるのかと批判しました。2つめは解雇の金銭解決です。解雇無効であったとしても、金で解決できる制度は先の労基法改正のときに労働側がはね返しましたが、これを再び導入しようとしたので反対しました。3つめは雇用継続型契約変更制度です。労働条件の変更をされたときに、労働者は変更された労働条件をひとまず受け入れて、変更された労働条件の下で働きながら訴訟で闘うというものです。ちょっと複雑で分かりにくい制度ですし、労働者の方は訴訟なんて簡単にはできませんから会社はこの制度を使ってどんどん労働条件を引き下げるようにjなるでしょう。それから、4つめがホワイトカラー・イグゼンプション、残業しても残業代を払わない制度です。

(5)2005年10月~2007年2月 労働政策審議会労働条件分科会での議論
  2005年10月から労働条件分科会で議論がずっと行われました。途中労使の対立があまりに激しくなり、2006年6月に審議会が一時中断しました。2ヵ月後の8月末に再開しましたが、そのときに労使が合意しないものは絶対作ってはダメだ、労使が合意した事項だけ労働契約法に入れましょうということを確認しました。そして2006年12月にとりまとめが行われ、2007年2月に労働契約法案要綱が審議会に諮問されました。

(6)2007年3月~ 法案要綱から国会審議
  法案要綱を作ったら、政府は法案要綱に従って法案を閣議決定するのが普通です。法案要綱から法案を作る時に「与党協」が開かれます。与党協で自民党と公明党の協議が行われて、与党協はホワイトカラー・イグゼンプションの削除を決めました。3月13日閣議決定の法案からはホワイトカラー・イグゼンプションを削除され、現在国会に提出されています。
  労働契約法もまた問題の法律で、法案要綱をそのまま法案にすれば問題なかったのですが、法案要綱から法案にする時に、内閣法制局と厚生労働省の間でいろんな意見交換が行われて、法案要綱の主旨とは違うような法律文をつくってしまいました。それに対して、民主党の国会議員が「質問主意書」を提出して、内閣の統一見解を問うということがありました。衆議院のホームページに、質問主意書とそれに対する回答も載っていますので、ぜひ見ていただければと思います。こういう非常に複雑で長い時間がかかる経過をたどりながら、現在、労働三法が国会で審議されています。法律ができるには、たいへん長い時間と労力がかかります。

(7)規制改革の流れの中で
  最後に、最近の労働法は規制改革、規制緩和の動きの中にあります。規制改革会議などからもいろんな意見が出されております。私は、労働法の規制緩和はすべきではないと思っています。規制緩和をすればするほど労働者は困りますし、いまのような行き過ぎた規制緩和の流れを押し戻すべきだと考えています。
どうもありがとうございました。

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