はじめに ~組合を結成した経験から
こんにちは。連合で副事務局長をやっております高橋均です。ざっと見ると私の子どもより下の世代ですね。私は1947年に生まれました。団塊世代の第一号でして、今年ちょうど60歳になります。皆さんのご両親よりもちょっと世代が上だろうと思います。1970年に大学を卒業して、今で言うところのフリーターをやって、ぶらぶらしていました。結婚したいと思っている女性がいて、「結婚しよう」と言ったら、相手の両親から反対をされました。「就職してないやつに大事な娘をやれるか」と言われました。それもそうだなと思って、たまたま見つけた中堅の旅行会社に入社をしました。
なんとか入社ができたおかげで結婚をしました。すぐ子どもができました。1972年当時、私の給料は手取りで約4万3000円でした。2Kで風呂なし、トイレはありました。そのアパートの家賃が1万6500円。すぐできた子どもと3人で、生活は大変でした。当時、南こうせつの「神田川」が大変流行りました。流行ったのはみんな風呂がなかったからです。
子どもが今でいう超未熟児で、1300gぐらいしかなくて、日赤病院に救急車で運ばれました。看護婦さんから「お父さんの給料いくらですか」と聞かれました。4万3000円は当時でもちょっと安かったので、「4万8000円」とサバを読んで嘘をついたんです。そしたらその看護婦さんから「4万8000円ですか。低所得者には県から補助が出ます。」と言われました。
私はものすごく恥ずかしかったです。自分の給料が安かったことではなく、そういう嘘をついたことに対して、ものすごく嫌悪感をもったことを覚えています。これはなんとかしなければならないと思いました。田舎の親父からたまに米を送ってもらうか、小遣いをもらわないと生活ができませんでした。それでも一生懸命頑張りました。
12月のボーナス支給の時に会社の専務が、「高橋君、君がんばったね」「はい」。当時、私は営業をやっていました。「今度のボーナス、君、色つけといたからね」と言われて大変うれしい思いをしたことがあります。当然労働組合もありませんでしたが、大変うれしい気がしました。同期の人間が5人ほど私の家へ来まして、「おい、お前ボーナスいくらもらった?」。そのとき、私は9万9000円もらったんです。「おれ、9万9000円。お前いくらもらった?」「おれ9万9000円」「おまえは?」「おれも9万9000円」「お前は?」「おれも9万9000円」「なんだよー」というふうに思いました。つまり、知らないということはこういうことか、比較をする力を持たないと、ほんとにダメだなと思いました。なんとかしなきゃいけないと、みんなで相談をして1年近くかけて労働組合をつくりました。
1974年の1月に組合を結成しました。1973年には、皆さんが歴史で習ったオイルショックが起きました。スーパーマーケットからトイレットペーパーがなくなりました。大変なインフレでしたから、「団結ガンバロー!」といって労働組合で一生懸命会社と交渉しました。給料は7万円になりました。「労働組合っていいなー」と思ったのを記憶しています。気がついたら定年まで労働組合の役員をやってきました。
1.「労働者になる」ということ
(1)労働者とは誰のこと? ~雇われて賃金で生活している者
皆さん、労働者ときいてどんなイメージをお持ちでしょうか。今日授業を受けておられる方の大半は卒業したら、どこかに就職をされると思います。「サラリーマンって労働者?」という疑問があると思います。労働基準法にも労働組合法にも労働者の定義が書いてあります。
「労働者とは職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」です。給料をもらって生活している人を労働者と言います。みなさんも大半は大学を卒業したら、就職して、労働者になります。
会社に入るときには、会社と「労働契約」を結びます。自分の労働力を契約した会社に売るわけです。物は切り離して売れますが、人間は自分の働く能力と体と切り離して、別売りするわけにいかないので、毎日体ごと会社に行って労働力を提供するという仕組みになっています。そのときに皆さんが結ぶ、会社と個人の契約を「労働契約」と呼んでいます。
(2)入社する時、労働者は使用者と対等な契約を結べるだろうか?
通常は、会社が示した条件で契約を結びます。会社が示した条件が「就業規則」です。この就業規則に基づいて個人、個人が契約します。ところが、この就業規則というのは会社が一方的に決めることができます。就業規則には、月に何日、いくらで働いて、休みは週に2日で、どこで働いて、年金や健康保険はこうなっていて、退職金はこうなるよ、などが書かれています。これに同意しないと入社ができません。しかし、いくら会社が提示した条件が不満でも、この会社に入ろうと思ったら、目をつぶって入るしかありません。入社するときには選択権がありません。だから、入社のときの面接試験は、だいたいみんなを嘘つきます。みんなマニュアルで勉強していくでしょ。僕も面接受けましたよ。「君はなぜ我が社を選んだのですか」といわれて、「旅行業は国際的視野でできる将来性のある産業だと思って、入社を希望いたしました」と言いました。「とりあえず、どこか就職しないと結婚できないから」とは言いませんよ。そのときに経営者は、「君はいくらほしいか」というふうには聞きませんでした。もし面接官が聞いたら、私は「いただけるだけで結構です」といったでしょう。もしそのときに「10万円」といったら、私は入社できません。つまり、入るときには会社が一方的に決めた条件で契約を結ばざるを得ないということです。つまり社員になる、労働者になるという入り口では、残念ながら不満足な契約でもやむなく労働力を売り続けなければならないという立場になるわけです。だいたい使用者と対等な契約は結べないのですね。ここのところはきちっと押さえていただきたい。
皆さんもアルバイトをしていると思います。居酒屋や山崎製パン、コンビニ。皆さんの中で、時給を自分で交渉して引き上げた人はいますか。会社が言った内容で働かざるを得ないでしょう。入社したときにはそういう内容になっています。会社が決めた就業規則に同意するしか選択肢はないわけです。
2.なぜ労働組合が必要か
では、労働組合とは何か。不満だけれども、不満な個人が集まって労働組合を作って、会社と団体契約を結ぶわけです。入社した時に結んだ個人契約を、できるだけ自分らの希望に添うような形で、団体契約として結びなおします。これを通常、「労働協約」といいます。最初は不満足な内容で契約を結んで入社しますが、労働組合を作ることによって会社と対等な関係になって、団体契約、労働協約を締結して、契約を結びなおすのです。
会社に就職して働き出すと、不満や悩みがいっぱい出てきます。不満がいっぱいあるとき、もうやってられないよと思ったとき、皆さんの選択肢は3つしかありません。とりあえず我慢して働く、こんな会社辞めてやる、3つ目は労働組合を作ってみんなで会社と交渉をする、ということです。
「労働組合を作ってみんなで会社と交渉をする」というのが、日本では1945年に第二次世界大戦が終わるまでは罪になっていました。みんなでまとまる、労働組合をつくることは団結権、そして、集団で交渉することを団体交渉権、不満なときはストライキをやることを団体行動権といいます。憲法28条に「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」と書いてあります。この憲法の規定によって、罪ではなく、私たち労働者の権利になりました。
会社と個人の契約に民法の原則である契約の自由を適用すると、物の売り買いと一緒で、労働者の労働条件はいくらで雇おうが勝手となります。それを放っておいたら労働者は低賃金で買いたたかれてしまいます。元々経営者と比べて労働者の立場が弱いのだから、労働者が一緒になって交渉することを認めよう、合法化しようということでできたのが労働基本権を定めた憲法28条です。これに基づいて、私たちは不満であれば労働組合を作って、有利な労働条件に変えていくことができるわけです。
私は組合のない会社で、組合を作って活動しましたから、組合のない時代とある時代、いわば使用前・使用後を両方経験しています。私が現場にいたのはもう30年前から20年前ですが、いまとほとんど変わりません。連合には無料でかけられる労働相談ダイヤルがあります。全国47都道府県に地方連合会、そして420箇所の主要都市に地域協議会という事務所を置いています。フリーダイヤル「行こうよ連合に」0120-154-052にかけますと最寄りの事務所につながります。一橋大学からかけると立川にある連合東京三多摩地協というところにかかります。北海道でかければ連合北海道にかかるという仕組みになっています。
年間1万件近い相談があります。内容は、解雇や賃金未払い、労働基準法違反。20年前、30年前とほとんど実態は変わっていません。労働組合が交渉に行きます。本人に代わって中小企業のおやじのところに交渉に行きます。「あなた、これは労働基準法違反ですよ」と中小企業の社長に言うと、「何を言っているんだ。うちは労働基準法に加盟してない」とかなんとか訳のわからないことを言う経営者がいっぱいいます。
こんなことがありました。「君、転勤をしてくれたまえ」「東京から静岡に転勤してくれ」と言われました。「はい、わかりました」と準備をして、翌日行きますと、「ごめん、一字間違った。福岡だった」。
あるいは転勤を命ずるときに、ちょっと前に内示をします。「今度ここに行ってくれ」と。冬場寒いときに、たまたまトイレで隣り合わせになって、「寒くなったねー」と人事部長から言われて「寒くなりましたねー」「君、カキが好きかね」「ええ、大好きです」。これが広島転勤の内示だったこともあります。皆さん、馬鹿みたいだと思うでしょう。そんなことあり得ないと思うでしょう。しかし、今なおこういう実態は、労働組合のないところではいっぱいあります。残業したくないのに無理矢理残業させられる、年次有給休暇がとれない、残業代が支払われない、といったことが今でも続いています。「冗談じゃねぇー」となぜ言えないのか。社長は怖いのです。社長が理不尽に「お前クビ!」と言ったら終わりなのです。会社の社長、上司は怖いのですよ。怖くて当たり前なのです。だから、みんな一緒になってまとまって物を言おうというのが労働組合です。労働条件が不満なときにはストライキもします。
会社は、毎日ストライキをやっています。どういうことかというと、私は旅行会社の出身なので旅行会社の事例をあげます。カウンターで、ヨーロッパ・イタリア10日間25万円というツアーを「ちょっと負けてくんない。15万円にしてくれ」と言っても、「いやぁそれはちょっと無理ですよ」。絶対にうんといってくれない。これ会社のストライキです。会社は毎日値段交渉の時にストライキをやっているわけです。「売らない」というのは会社のストライキです。そういう意味で、不満なときは労働組合も「働かない」と我々の力を見せていくことが大変重要です。転勤問題も労働組合は会社とルールを作ります。例えば「住居の移転を伴う場合には2週間前に本人に通知する」、あるいは「介護や子育てなどで家庭の事情があればそれに配慮する」とか、そういうルールを決めます。労働組合と会社で、賃金や残業のルールも決めます。1日何時間、月に何時間以上の残業はさせませんというルールをつくります。年次有給休暇もとれるようにルールを作ります。労働条件を労使でルール化していきます。組合のないときには会社の一方的なやり方に従うことを余儀なくされていましたが、それを変えていくのが労働組合の機能です。
3.様々なレベルの労働組合 ~単組から国際組織まで
旅行業を例に挙げます。例えばJTB。JTBというのは約2万人の従業員を雇用する世界一大きい旅行会社です。それから日本旅行、近畿日本ツーリスト、HIS、いろいろあります。例えばJTBに入った、あるいは日本旅行に入ったとします。JTBユニオン、日本旅行労働組合、近畿日本ツーリスト労働組合という労働組合が会社単位にあります。これを「単位労働組合(単組)」といいます。しかし、HISには組合がありません。千人ほどでつくったことがありますが、会社につぶされました。
そして、JTBとか近畿日本とかいろんな旅行会社の労働組合が集まって、「サービス連合」という組合をつくっています。このように同業の組合が集まって作った労働組合を「産業別労働組合(産別)」といいます。日本にはこの産業別労働組合がいっぱいあります。例えば、日立や東芝、松下、NEC、富士通といった電機産業の組合は「電機連合」。トヨタや日産、ホンダといった自動車産業の組合は「自動車総連」。JRの組合。地下鉄や東武、東急といった「私鉄総連」。高島屋、伊勢丹などの「サービス・流通連合」。大学の近くにあるバーミアンとか、サイゼリア、そういう外食の組合が加入している「UIゼンセン同盟」。生命保険会社、あるいは損害保険会社の組合。キッコーマンや日本ハムなどの労働組合が加入している「フード連合」。化学や石油、NTTや電力、公務員、郵便局、学校の先生、鉄鋼や造船、ヤマトや日通のようなトラック会社など、様々な産業に産業別組合があります。このような産別が集まって連合という「ナショナルセンター」を作っています。日本だけではなくて、アメリカはAFL-CIO、イギリスはTUC、ドイツはDGBと各国にナショナルセンターがあります。それが世界で集まって、「国際労働組合総連合ITUC」を構成しています。153カ国1億7000万人の組合員が入っております。このように皆さん一人ひとりが企業に就職して、そこに労働組合があれば、組合員になります。そして、それが産業別組合に入り、さらに連合に加盟をし、連合が国際的な労働運動とのつながりをもっています。
会社単位の組合ではなくて、企業横断的に労働組合に入っているところも業種によってはあります。例えば船員は「全日本海員組合」。日本郵船の船に乗っていようが、商船三井の船に乗っていようが、海員組合というところに参加しています。必ずしも会社単位にだけ組合があるわけではありません。あるいは、一人でも入れる労働組合が地域にはいっぱいあります。連合にも地域ユニオンというのがあります。
組合に入ると、組合費を払います。みんなの意見をまとめるために全国の代表が集まったら交通費もかかります。印刷物を出して、こんなふうに労働条件が決まったとお知らせをするのにもお金がかかります。組合員数が多くなると、とても仕事をやりながら片手間に組合の仕事ができなくなるので、労働組合の活動に専念する人、組合費で組合の仕事に専念する人間が必要になってきます。こういう人たちを「労働組合専従」といいます。私は、連合650万の組合員の組合費で生活しています。組合費は月にだいたい賃金の1.5%ぐらいです。新入社員で入ったら月額3千円ぐらいです。平均すると1人あたりの組合費は月間約5千円です。5千円払って、それぞれの企業別の組合が活動している。そのうち約1割が産別に行き、そのうちさらに1割が連合に来ています。つまり連合は組合員1人あたり月に50円の組合費をいただいています。だいたい組合員が500人ぐらいいると、1人専従者を置いています。組合費は、税金や年金保険料や雇用保険料と同じように、会社に給料から天引き(チェックオフ)してもらって、労働組合がまとめて受け取ることが一般的に行われています。
4.日本の労働者の現状
(1)雇用労働と様々な労働
労働基準法や労働組合法によれば、「労働者」は雇われて賃金で生活している者をさします。「労働」というと雇用労働が主流ではありますが、それ以外にも協同労働(労働者協同組合で働くこと)やNPOにおける労働、ボランタリーな無償労働、有償ボランティアの労働、家事労働などがあります。このように労働には様々なタイプがあります。しかし、私たち労働組合が扱ってきたのは、主として雇用労働に的を絞って対応してきました。つまり、雇用されている労働者、中でも比較的大企業に働いている正社員を対象にしてきました。
(2)「組織率」低下と「雇用・就業形態の多様化」の関係
2006年の雇用者総数が5517万人です。日本の人口が約1億2700万人で、子どもやお年寄りを除いて5517万人が誰かに雇われて生活しています。1994年と比較して238万人増えています。組合員の合計が1004万人。94年に比べると組合員は266万人も減っています。組織率は組合員数の合計を雇用者総数で割算して計算します。2006年は18.2%です。なぜ94年と比較したかというと、94年が日本で労働組合員数が一番多かった年だからです。雇用者の数が90年以降大変増えています。割算の分子が減って分母が増えるわけですから、組織率は右肩下がりが続いています。
女性の雇用者数は2299万人で、94年と比べて226万人増えています。雇用者全体の41%が女性です。しかし、女性の組織率は12.4%、男性だけだと23.2%です。週35時間未満のパートタイム労働者は1187万人、94年と比較して350万人も増えています。その4分の3は女性です。しかし、パートの組織率はわずか4.3%ですから、女性の組織率は低くなります。94年からフルタイム労働者は112万人減っています。大変な勢いでフルタイム労働者が減り、パートタイム労働者や非正規労働者への置き換えが進んでいます。2002年の雇用者総数に対する正社員の比率は63.1%です。10年前の92年は72.4%でした。おそらく今年は正社員の比率が55%程度になるでしょう。韓国ではすでに非正規の労働者が半数を超えています。われわれは非正規労働者を非典型労働者と呼んでいます。典型・非典型というのはものの量を表す概念ですから、まもなく日本では正社員が非典型労働者になっていくでしょう。
企業規模別に見ると、1000人以上の大会社で働く労働者の46.7%が組合員です。労働組合の数としては1000人以上の企業の約8割に労働組合があります。しかし反対に、99人以下の中小・地場企業で働く雇用労働者は2584万人いますが、組織率は1.1%。全部あわせても28万人しかいません。この10年間に、労働組合に入っていない中小・地場企業の労働者、パートタイム労働者が大変増えました。81.8%、約4500万人が組合に入っていません。連合の組合員数が雇用労働者総数に占める比率は12.1%です。100人の労働者のうち、連合の組合員は12名しかいません。
ILO(国際労働機関)は政労使三者構成で、日本国政府、日本経団連、労働者の代表は連合がやっています。すでに、アメリカでは民間労働者の組織率が1桁台になっていますので、アメリカの使用者団体は、労働組合が労働者を代表していると言えるのかとまで言っています。組合員がどんどん減ってきている現状は、連合が労働者全体を代表できるかという観点からも、連合にとって大変な重大な問題だと受け止めています。
雇用・就業形態が多様化しているとよく言います。しかし、正社員にするか、パートにするか決めるのは会社です。入口で企業側が非正規社員を増やしている結果、非正規社員が増えて、組合員が減るという相関関係にあります。
(3)「雇用・就業形態の多様化」と「給与所得」の関係
国税庁が毎年「民間給与実態統計調査」を発表しています。2005年と94年とを比較しますと、2005年は年収200万円以下の給与所得者の比率が21.8%でした。94年は17.7%です。つまり11年たって労働者の賃金は下がっています。ワーキングプアと言われる方々が増えています。300万円以上はすべての階層で94年と比較して下がっています。年収1000万以上の人も5.5%から4.8%に落ちてきています。
つまり数字だけをみると、ホリエモンや村上ファンドは一部例外としてはありますが、圧倒的多数、皆さんの中にもホリエモンになる人がいるかもしれないけれど、いたとしてもここに一人いるかいないかの話で、圧倒的多数の労働者の賃金、労働条件は下がってきています。非典型労働者、いわゆるパートや派遣の労働者が増えることと、ワーキングプアが増えることはイコールの関係です。新しい貧困の時代が始まっています。
冒頭1970年代の私が若いときの話をしました。みんな飯が食えなかった。いま年収200万以下の人が1000万人、親父が正社員、そして妻、母親が103万円のパートです。娘が派遣で、倅がフリーターというのがいま平均的な家族になっています。家族で貧困を隠蔽し、支えています。まもなく正社員の親父は定年でリタイアします。つまりこのまま、まったく新しい貧困という問題に日本社会が直面しています。日本社会の底が抜けるということ、つまり世代間で支え合うシステムそのものが日本社会からなくなってきています。2年前の郵政の選挙で、若い世代、ワーキングプアと呼ばれる人たちがこぞって自民党に票を入れました。ヨーロッパでも雇用が脅かされて、下層労働者の不満のはけ口として、移民排斥を訴える極右政党への投票が増えています。こういう状況から、民主主義そのものの危機を感じています。
組合に入る人が少なくなっているということと、雇用・就業形態の多様化、そしてワーキングプアの増加はみんな連関しています。
5.連合・労働組合の役割
(1)仲間を増やし、賃金を引き上げる
いま連合は、産別でも地方連合会でも、とにかく仲間を増やそう、仲間を増やして影響力を行使していこう、組織率を、せめて20%に回復していこうと提起しています。同時に、パートや有期契約で働いている人たちの待遇をどう改善していくか、格差をどう埋めていくのかが大きな課題です。最低賃金は、都道府県ごと、これ以下で働かせてはならないと法律で定められています。この最低賃金の全国平均が673円です。時間あたり673円で、年間フルに働いたとします。2000時間働いて月に11万2000円です。これでは食えません。1000円でも2000時間働いて200万円ですよ。国民年金保険料は、1万4100円です。673円の時給、11万2000円の月給で1万4100円の国民年金保険料は払わないのではなくて、払えないのです。そういったところに思いを致して、とにかく日本社会でまともにフルに働いても年収200万円以下なんてことはなくそうと、最低賃金や非典型労働者の賃金引き上げに取り組んでいます。
(2)労働者が選択できる多様な働き方を制度設計する
雇用・就業形態の多様化は、働かせ方の多様化にしかなっていません。労働者が本当に選択できる働き方の多様化になるよう、労働組合として集団的に決めることを提起しています。
例えば、賃金。皆さんは実力があるから、成果主義でいいよ、できの良いのも悪いのもみんな平等だったら悪平等ではないかと思われるかもしれません。日本の賃金というのは、22歳で入社しますと、約9割の企業は年齢によって賃金が上がっていくようになっています。しかし、全員一緒ではないです。成績査定があります。しかし、22歳から30歳ぐらいまではほぼ同期でも変わりません。だって、5年6年では出来が良いか悪いかわかりませんからね。しかし、一定の年齢に来たらさまざまなコース設定があってよいのではないかと思います。
例えば旅行会社で言うと、JTBでは全国企業ですから一律賃金にしました。そうしたら、あるローカル都市の人は、こんなにたくさん給料はいらないと言うんです。地域の賃金との関係もあります。私は転勤したくないから地域で頑張りたいとか、いろんなニーズが出てきます。一定のところでいろんな選択肢をつくります。Aコース、Bコース、私はそこそこでいい、Cコース。働き方の選択肢をいっぱい用意し、集団的に制度設計をしていきます。賃金は労働協約で決めていきます。Aか、Bか、Cか、それは個人が選んでください。放っておくと会社が、君はAコース、君はBコースと言う可能性があります。これでは差別の多様化です。本人の選択権がきちっと保障されている、それを労働組合がきちんとチェックをすることが重要です。
10年20年同じ企業で働いていると、同期でも差がついてきます。昔から日本の民間企業は能力主義、成果主義だったんです。同期30人入って、みんな社長になるわけではありません。「あいつが偉くなるのはそうだよな」と、ちゃんと誰もが納得して企業秩序をつくってきたのが日本企業の強みです。最近、オーナー企業でよく不祥事が起きたりします。実力もないのに社長におべっかを使う茶坊主が偉くなる企業はだいたいおかしくなります。実力のある人間はそれなりに遇していく、それが日本企業のよいところで、昔から能力に応じた処遇が行われてきました。能力主義・成果主義といいますが、業種によってはなかなか難しいところがあります。例えば、電車の運転士。これは、安全に定時に運行するのが役割です。決められた時間に決められた場所に停めて、安全に運行する。赤とまれ、青すすめ、前の電車を追い越してはならないというのが運転士の役目。その人にとって最大のモチベーションとは何でしょうか。5年経ったら、5年先輩みたいになるんだな。10年経ったら10年先輩みたいになるんだな。安心してハンドルを握れるということが企業にとって最大のプラスになります。そこでは年功賃金というものがあって全然おかしくありません。その意味で、成果主義ブームについては少し疑ってかかってみたらどうかと思います。
6.労働組合のある企業へ、そして労働組合への参加を
先ほど産別や単組についてお話しました。しかし、JTBと日本旅行、近畿日本ツーリストは商売ではけんかしているわけです。一歩外へ出れば競争相手です。なぜ、労働組合が同じ産業別労働組合で一緒にやるのでしょうか。日本旅行がおかしくなったほうがJTBはいいんじゃないと思いませんか。JTBが出しているパック旅行はLOOK、近畿日本ツーリストはホリディ、日本旅行はマッハ、ベストもあります。行き先が同じであればツアーの値段はだいたい同じです。ツアーコストの内訳は、飛行機代やホテル代、食事代でしょう。あとはパンフレット印刷費や営業所の賃料、人件費などです。そうすると航空運賃やホテルはJTBだろうが、近畿日本だろうが、変わりません。基本的にここは変わらない。パンフレット印刷費やNTTの電話代も赤字だと安くしてくれるわけではありませんから、これも変わらないわけです。変わるのは人件費だけです。LOOKとホリディの競争は、人件費の安売り競争になります。労働条件を引き下げればいい。どんどん安くしていく。あっちが1万円削れば、こっちは1万5000円削る、というふうになって企業間の競争は、労働条件の安売り競争になっていきます。
そこで、労働組合はカルテルをみんなで結んで、労働条件の安売り競争をやめさせようとします。企業がやると独禁法違反です。労働組合は自分たちの働き方を自分たちで連携して決めていこう、産業別労働組合の加盟組合が同じだけ賃金を引き上げていこう、労働条件をめぐる競争はしないでおこうと取り組んでいます。これが産業別組合の役割です。
HISがなぜ安いのか。社員の多くが入社して3年でいなくなります。どんどん入れ替わります。いまもうHISには人を送らないという学校も増えています。25歳の賃金で営業していると、コストは安くあがります。JTBとHISの賃金が平均で1人300万違えば1000人で30億になります。つまり、放っておくと労働条件は安売り競争になります。下を上げないと上が上がらないのです、これは労働条件決定のメカニズムです。
皆さんはたぶん正社員で企業に入ると思います。パートやアルバイトの人たちの賃金は低い。みなさんが社長をやっていたらどっちを採りますか。同じ仕事やっていたら、賃金の安いパートを採用するに決まっています。一緒になって、下を上げなかったら上は上がりません。初任給を上げたら、全部上げなければいけないのです。だから、労働組合が、パートの人をこれ以上増やさないで自分たちと一緒に運動をやって底上げをしていこう、そして全体をプラスにもっていこうというのが労働組合の役割です。
できたら労働組合があるところに入社されたほうがよいと思います。もしなかったら組合を是非作って下さい。組合作りというのは何にも難しくありません。素人でもできますし、相談してもらえれば、連合にはアドバイザーがいっぱいいます。よく「組合入ってメリットあるんですか」と聞かれます。職場で自由にものが言えるということが労働組合の最大のメリットだと私は思います。労働条件が改善されていくことはもちろんうれしいけれども、それ以上に、自分の人生のうちのかなり長い時間を企業、職場で過ごすわけですから、そこで自分が思ったことを、自由にものが言えなかったら、そんなつまらない人生はないじゃないですか。労働組合として、その機能を発揮していきたいと思います。皆さんも企業に入られて、労働組合をそういう目で見ていただければと思います。私からの報告は以上で終わらせていただきます。ありがとうございました。
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