草野忠義(社団法人教育文化協会理事長)
なぜ連合を結成したのか
連合とは労働組合の全国的中央組織「ナショナルセンター」です。第二次世界大戦後、日本の労働運動はさまざまな紆余曲折があり、分裂と再編を繰り返してきました。そして、ナショナルセンターが4つあるという、ある意味では異常な状態にありました。労働者一人ひとりの力は弱いのだから、団結して、相対的に強い経営側と対峙していこうというのが労働組合の原点です。だから、ナショナルセンターがバラバラでは力が削がれるということで、統一しようという動きが1965年くらいから始まって参りました。それから25年たって、やっといまの連合ができました。今年で18年目を迎えます。
その際、連合の労働運動を外から、あるいは側面から支える組織として、3つの外郭団体をつくりました。その1つは、連合は政策問題に力を入れなければ労働者の生活を守れないし、その維持向上ができないということで、シンクタンクとして、「連合総研(財団法人連合総合生活開発研究所)」をつくりました。2つ目は、「財団法人国際労働財団」です。これは、ODA(政府開発援助)を使って、発展途上国の労働組合の皆さんとお互いに情報交換をしたり、あるいは日本の経験が役に立つのであれば、日本の経験をお話して、それぞれの国に焼き直して定着させていただくなどの活動をしています。3つ目は、労働運動として、教育や文化にも力を入れていく必要があるということで、「社団法人教育文化協会」をつくりました。この教育文化協会が、労働組合の内外、とくに近年、外部の人たちへの教育に力を入れております。
学生の皆さんに労働運動を知ってもらいたい・・・
それはなぜかと言えば、労働運動を進めていく中で、自分たちが殻に閉じこもりすぎているのではないかという反省をするようになったからです。自分たちからは外が見えない。外の人から見ると内が見えない。あの人たちは塀の中で何か自分たちだけで勝手なことをやっているのではないか。こういうふうに見られてしまうのではないか。もっともっと外に打って出る必要があるのではないか。その中でも、とくに若い人たちに労働組合や労働運動をもっと知ってもらいたい、実際に働くということがどういうことなのか職業生活をやってきた人たちから皆さん方にお伝えをしたい、そういう思いからぜひ大学でこういう講義を持たせていただけないだろうかと考えました。そして、3年前から日本女子大学で、昨年から京都の同志社大学で、そして3つ目がこの一橋大学にお願いをして快く受けていただきました。今年度の後期からは埼玉大学でも行う予定です。この4つの大学での寄附講義を通して、若い大学生の皆さんに働くとはどういうことなのかをぜひ学んでいただきたいし、労働組合や労働運動はどういうものなのか、働く上で労働法制を知っていることがいかに大切かということをぜひご理解いただきたいと思っています。この講義をきっかけに、学生の皆さんと労働組合との接点ができれば大変ありがたいと思っています。ぜひ皆さんから注文を出していただいて、少しでも良い講義にしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。古賀伸明(連合事務局長)
1.プロローグ
私は30数年前に大学を卒業して企業に入りましたが、もう30年弱、労働組合に携わっております。その中で、いくつかの学びがありました。
1つは、対話の重要性、話し込むことの重要性です。よく「コミュニケーション不足」という表現を使うことがありますが、私はコミュニケーション不足というのはただ単なる対話不足や報告不足ではないと思います。考え方の違う人、価値観の違う人と様々な角度から議論をしながらその違いを少しずつ埋めていく、あるいは違いを認め合う、そういうところまで話し込んでいく、それができていないことをコミュニケーション不足というのだと思います。したがって、コミュニケーションというのは、非常につらく苦しい作業です。ついついコミュニケーションという作業から逃げ出したくなります。私は、さまざまな運動や組合活動の組織運営において、とことん話し合う、話し込むということが非常に重要だということを学んできました。
2つ目は、一人の人間の弱さです。ちょうど私が労働組合の専従役員、すなわち労働組合の活動に専念し、給料も組合費からもらうということになった20数年前は、「サラ金」の全盛期でした。組合員の中にもサラ金にお金を借りて、大変な借金を背負う、そういう人の相談に組合の役員としてのりました。その大半は、どうしてこんな人がサラ金に手を出すんだろうという人たちでした。一人の人間というのは何かちょっとしたきっかけで、そういうところにスッと流されてしまう、一人の人間の弱さ、というものを私自身も含めてつくづくと感じる経験でした。ご存じのように人間というのはお互いに支え合うことで社会を形成する、組織を形成する、補いながら支え合って、その組織や社会の発展に一人ひとりが何らかの関わりを持つ、それが社会や組織だと思います。一人ひとりの人間はやっぱり弱い、自分自身を含めて弱い。そういう中では、仲間とか、あるいはよく言われるコミュニティということの重要性をつくづく感じた経験も幾度かしてきました。
3つ目は、意思決定のあり方と、その決断・判断のタイミングの重要性です。何かものを決めるときとか、判断するとき、決断するときに重要なのがタイミングです。日常生活でもそうですよね。常に何かを決めなければならないわけです。どこに行くのか、どうするのかとか。いざとなったら右か左かとか、行くか退くかとか決めなければならない。しかし、決めることも重要ですが、私はむしろ決断のタイミングが重要だと思います。組織とか集団を指導していく立場に立てば立つほど、タイミングよく判断・決断をしなければ、仲間に無用な混乱が起こってしまう。タイミングを常に考えながら物事を遂行していく、そんなことを学びました。
4つ目は、行動とか実践とか、アクションの重要性です。日本はいま大きなパラダイム・チェンジをしなければならない時期だと思います。今進んでいる大きな環境変化に対して、仕組みやシステムを変更したり、私たちの行動とか意識を変えることによって、次のステージに進んでいかなければならない。何かにトライしてみる。それも新しいことにトライしてみる。今までの延長線上でない、今までやってきてないことにトライしてみる。行動を起こしてみる。そして、失敗してもその中から何かを学び次に進んでいくという、トライ・アンド・エラーの繰り返しが、重要ではないでしょうか。
私自身はこれまでの労働組合の活動、運動の中からこれらのことを学んで来ました。それを次に役立てていきたいと思っています。みなさんもぜひどこかの時点で少し自分自身を振り返り考えてみることによって、自分が他の人から何を学んだのか、その学びの中から、次のステップをどう描いていくのか、そういう時間を持っていただいたら良いのではないかと思います。
それでは、プロローグはこれくらいにして、本題に入ります。今日は、この時代をどうとらえるかと、労働運動や労働組合の基礎的な知識、そしていま労働運動、労働組合がどんな課題に直面しているかということを概括的にお話したいと思います。
2.取り巻く環境の変化
取り巻く環境の変化はたくさんあると思いますが、私はいま常に頭の隅に置いておかなければならないことを8つに整理しています。
まず、「グローバリゼーションの激化」。1980年代後半から90年代の初めに、いわゆる冷戦構造が終焉しました。そして世界が単一市場化し、ちょうど時を同じくしてインターネットを中心とする「IT社会」がどんどん進展していきました。まさに、グローバリゼーションは私たちの働き方や生活に大きく影響を与えてきましたし、今後も進展していきます。日本は世界に類を見ない高齢社会、しかも「人口減少・少子高齢社会」に突入しています。生活、あるいは社会保障の問題、システムを大きく変更しなければなりません。そして私たち働く側にとっても、「雇用構造の変化」が進んでいます。また「働く側の意識の多様化」が、この10年、これからも新たな変化として付け加わっていきます。少し視点を変えれば、「地球環境保護や循環型社会への要請の高まり」が日本だけでなく世界的に大きな問題なっていくでしょう。「外交とか安全保障の課題」はこれまで以上に政治の大きなアイテムになっていきます。私たちの生活基盤である「エネルギーとか食料とか水」の問題も、これまた世界全体の問題としてどうしていくのかということを考えなければなりません。これらがいま私たちの周りで起こっている、進行している環境の変化です。
3.時代認識・・・この時代をどうとらえるのか?
次に、私たちはこの時代をどうとらえれば良いのかを5つの視点から提起したいと思います。
1つ目は「これまでの経験則だけでは答えがでない時代」に入っているということです。当然のことながら、歴史はきわめて大切ですし、経験も非常に重要なものです。歴史を徹底して学び、諸先輩の、いや私たち自身の経験を常に振り返る必要があることはいうまでもありません。しかし、過去や歴史だけを見つめていても次のステージへの回答は出ない時代に入っているのではないかという問題意識です。歴史や経験を学び、そしてそれを自分たち、私自身が消化して、そこに新しい知恵と新しい行動を付け加えなければ次のステージへの答えは出ない、そんな時代ではないかと思います。
2つ目は、「あらゆる仕組みとかシステムとかを組み替えていかなければならない時代」だということです。今ある仕組みとかシステムは、当然のことながら様々な議論の中で築き上げられた経過があります。したがって、良いとか悪いとか、あるいは0か1かと、単純にデジタル的に割り切れるものではありません。しかし、よく考えれば仕組みやシステムというのはその前提、土台があるはずです。土台というのはそのときの環境です。その上にそれに適合した仕組みやシステムを築き上げるのは当然のことです。それが当然のことであれば、その土台や環境が変化すれば、仕組みシステムも変化しなくてはならないということになるのではないでしょうか。
3つ目は、「私たちの働き方・暮らし方・生き方も変化させなければならない時代」に入っているということです。私は、今の日本は成熟社会の中でどんな暮らし方をするのか、各種産業も大きな産業構造の転換をどうはかっていくのか、懸命に模索が続いている転換期だと思います。成熟社会とは、多様性に富むと同時に、個人の自由と個性についての欲求水準がどんどん高くなっていく、そのように奥行きの深い社会であると言われています。そんな時代に、働く職場で、家庭で、あるいは地域、この日本の社会の中で、グローバリゼーションも含めてどんな暮らし方をするのか、生き方をするのか。一方では産業構造もおそらく大きく刻々と変化をしていくでしょう。付加価値構造が変化をしていきます。そういう中で私たちはどんな働き方をするのか、働き方も変化変革しなければならない時代だということです。
4つ目にはそのような情勢の中で、さまざまな組織や集団が、そして私たち労働運動、労働組合もその役割とあり方が問い直されています。このような変化の時代だからこそ、これまで見いだせなかった「組織や人の新たな可能性を探し出す絶好のチャンス」ととらえるべきだと思います。
最後に「人と人との連帯や絆を再構築していく時代」ではないかと考えています。
この5つがこの時代をどうとらえるか、私が時代認識として整理している項目です。
4.日本の労働組合の現状と役割
(1)労働組合の種類と役割
日本の労働組合は、第二次世界大戦後、急速に発展してきた組織の1つです。発展した大きな要素の1つは、当時の占領軍、マッカーサーが日本を非軍事化し、民主国家にするための民主化政策の1つとして労働組合の結成を奨励したことにあります。終戦直後の2、3年のうちに今で言う労働三法はすべて制定されています。日本の労働組合の特徴は、「企業別労働組合」が労働運動の基盤として発展・発達をしてきたということです。企業別労働組合は、企業ごとに従業員を組織化し、組合員にします。企業別労働組合の重要な役割は、その企業別組合の組合員、メンバーシップの雇用の安定とか、労働条件の向上を求めて、会社側、経営側と交渉をしていく、あるいはほかの企業別労働組合と協力することで、働く者、あるいは企業間の賃金など労働条件の比較を行いながら、自分たちの雇用の安定とか労働条件の向上を進めることです。もちろん企業別労働組合の中にはそうした活動だけでなく、たとえばボランティア活動を独自に行うとか、地域社会との関係を強化するとか、様々な活動をしているところもあります。それに加えて、そこに働く一人ひとりの日常的な悩みに答えていく、ということも企業別組合の大きな役割になっています。
しかし、従業員が非常に少ない企業では労働組合を結成、組織することがきわめて難しい、あるいは組織できたとしてもその交渉力が弱いところがあることも実態としてあります。私たち連合は各47都道府県に地方連合会を置き、その下に地域協議会を設置しています。いま地域協議会は全国に約400あります。そこで、地方連合会や地域協議会のレベルに地域ユニオン、コミュニティユニオンを結成して、中小企業で働く人たちが加入できる、一人でも加盟できるようにしています。それが「地域単位の労働組合」です。
3つ目には、働く会社は違っても同じ職業で働く労働者を組織する労働組合として、「職能別労働組合」という形態もあります。クラフトユニオンとも呼ばれます。たとえば日本でも現在70~80万人の大工の皆さんとか建設技能を持つ労働者の皆さんが加入している全建総連という組織があります。船員とか航海士が加盟している海員組合もあります。これらは企業ごとではなくて、同じ職能の人が集まってつくる組合です。最近では企業の枠を越えて介護士たちが労働組合(介護クラフトユニオン)を組織する動きも出てきています。
4つ目が、「労働者供給事業組合」です。これは1985年に労働者派遣法が施行するまで唯一の例外として職業安定法により、労働組合だけが労働者派遣を認められていました。労働組合が使用者と契約を結んで労働者を派遣する、このような労働者供給事業の例として、たとえば自動車の運転手や音楽家、家政婦の皆さんの労働組合を挙げることができます。組合員数は全国で1万人前後です。
5つ目は「産業別労働組合」。これは同じ産業に属する企業別労働組合が集まって、産業別労働組合を組織しています。たとえば、先ほど挨拶した草野理事長の出身の自動車では、日産、トヨタ、ホンダとかに企業別組合があります。それらが集まって自動車総連という産業別労働組合をつくっています。同じ産業であることによって、お互いにその産業の位置づけを上げていく、あるいは労働条件を一緒に上げていこうという取り組みを行っています。それぞれ知恵を出し合い、一緒の産業で働く仲間として産業政策をつくり、それを経営側や政府に提言、提起をしていくということもこの産業別労働組合の役割です。産業別労働組合のスケールメリットを利用して共済制度をつくっているところもあります。
そして最後は、私が事務局長を務めているナショナルセンター・連合です。産業別組織が集まって労働組合の全国組織、ナショナルセンターを組織しています。労働組合に加入している働く者全体の労働条件向上や生活環境の改善、労働組合全体の社会的地位の向上を進めています。当然のことながら働くことや生活は国の政策・制度に関わる問題が非常に多くなります。たとえば、税金の問題、教育の問題など、私たちが働き生活していく上で、様々な制度・政策の問題が非常に重要になります。それをナショナルセンターとしてまとめて、大きな力、数としてまとまって要求する、あるいは働く側の立場に立った政策を立て、その実現に取り組む、こういう活動、行動をしています。
(2)企業別組合の組織形態の特徴
ここで、企業別労働組合の組織形態の特徴を少しお話しておきたいと思います。日本の労働運動は企業別労働組合が大半です。しかしそこには、長所も短所もあります。
長所のほうから申します。企業別ですから、一緒の会社で一緒に働いています。したがって、労働組合と使用者側、労使という関係において、情報の共有レベルが非常に高く、情報の偏りによる労使間の摩擦が少ない。労使ともに同じ釜の飯を食っているわけですから、日常的に非常に親和性があるということです。
しかし短所は、あまりにも情報共有のレベルが高く親和性が高いので、少し行き過ぎると馴れ合いになってしまう点です。また企業の中の組織ですから、その外にあることに対してあまり感度がよくなく、自分たち以外のことに対して消極的になってしまいがちになるという、欠点を持っています。企業別労働組合が主軸となっているのは日本だけといっても過言ではありませんので、国際的な評価も様々です。
かつてOECDは、日本の経済成長の原因は3種の神器 -- 企業別労働組合、終身雇用、年功序列賃金 -- にあると高く評価をしておりました。しかし当時から否定的な評価としては労使馴れ合いの体質、もっと言えば、御用組合、という否定的な批判があったことも事実です。
欧米の労働組合は、ほとんど産業別あるいは職種別が中心です。例えば、アメリカではUAW(全米自動車労組)のような産業別組合組織が主軸となっています。
日本の企業別労働組合の多くは「ユニオンショップ制」を取り入れています。ユニオンショップ制というのは、社員は組合員、したがって組合員でなくなれば社員でなくなります。入社をして一定期間の見習い期間が終わり、社員に登用されると自動的に組合員になる、これがユニオンショップ制です。ただ、労働組合が除名決定をしたら社員としての地位まで失うのかどうかについては裁判でかなり判決にバラツキがあることも事実です。労働組合のこの種の制度はあと2つあります。
一つは、「クローズドショップ制」。これは特にヨーロッパに見られますけれど、組合員でなければ雇用しない、という形のショップ制。もう一つは、「オープンショップ制」です。組合員になるかならないかは一人ひとりのそこにいる個人の問題、制度としてとやかく言うべき問題ではないという考え方です。日本ではユニオンショップ制が多いですけれども、当然のことながらこのオープンショップ制のところもたくさんあります。
5.運動・活動の現状と課題
(1)格差社会の是正
今日の日本社会において、労働組合や労働運動、連合にとっての運動課題は、大きく3つあります。1つは「格差社会の是正」ということです。働き方の二極化、その格差が所得の格差に連動し、固定化・再生産されて、将来の希望に対する格差までつながりつつあります。低所得層が増加し、いまワーキングプアという言葉が日常的に使われるようになりました。二極化とか格差の問題ではなくて、貧困の問題だという人も出てきています。私たち連合は、これらの格差は市場経済万能主義、あるいは自己責任主義という経済政策・社会政策がもたらした1つの結果ではないかと考えています。すべてのことを市場に任せれば、市場が秩序をつくる、それで良いのだという考え方はあまりにも乱暴すぎます。私たちは、この日本の格差社会を是正していくということがきわめて重要な課題であるとして、各種の運動・活動を展開しています。
いま雇用されて給料をもらって生活をしている人は日本で約5500万人います。家族を含めますとまさに日本というのは世界に冠たる雇用社会といえると思います。その5500万人のなかで、パートタイマー、派遣社員、契約社員あるいは請負を含めて、いわゆる雇用期間の定めのある非正規社員と呼ばれる人たちは1600~1700万人います。この10年で500万人増えています。今後も多様化は進んでいくと思います。賃金をはじめとする労働条件の格差があまりにも大きすぎます。そういう中で、労働の二極化、働き方の二極化が所得の格差に結びつき、そしてその格差が再生産される、固定化をする、高い年収の人しか子どもに教育を受けさせることができない、あるいは収入が低いから結婚もできない、子どもも生み育てられないという悪循環が起こっています。もちろんこれは企業別労働組合だけでは解決できません。経済政策・社会政策を転換するとともに、後ほどふれる公正なワークルールを確立しなければならない問題だと思います。
(2)「不安と不信の日本」からの脱却と、「安全・安心、信頼の日本」の再構築
2つ目は、不安と不信の日本から、安全・安心、信頼の日本の再構築です。年間の自殺者が8年連続して3万人を越えています。数年前まで考えられなかった凶悪犯罪が多発をしています。様々な企業や組織が不祥事を引き起こし、ビジネス・モラルが荒廃しています。昔の日本は、安全で安定して、安心の国というふうに世界各国から言われていました。しかしそうでない国になってしまっています。もちろんこれは国の経済政策や社会政策が大きな要因の1つだと思います。しかし、それと連動して私はコミュニティの崩壊も大きい要因ではないかと考えています。家族のコミュニティ、職場のコミュニティ、そして地域のコミュニティ、すべてが崩壊しかかっています。もう一度私たちは共助、共に助け合う、共に支え合うという社会を再構築しなければならないのではないでしょうか。そのために労働運動や労働組合、あるいはそのメンバーである一人ひとりがどんな役割を、責任を果たしていくべきなのかということが、2つ目の課題です。
(3)公正なワークルールの確立
3つ目は、公正なワークルールの確立です。日本は世界に冠たる雇用社会ですから、雇用が不安定になれば、日本の社会が不安定になります。非正規社員という期間の定めのある雇用が増えています。雇用はあくまでも期間の定めのない雇用が軸となるべきだと思います。企業は株主価値を向上させるために短期の利益を追求する経営ではなくて、すべてのステークホルダー(利害関係者)に等しく配分、分配することによって企業の社会的責任を果たしていくことが問われています。すなわち企業のステークホルダーは株主、従業員、顧客、取引先、そして地域社会も含まれます。すべてのステークホルダーに利益を還元しながらやっていく、それが日本の企業、かつての日本の企業でした。しかし今、すべてとはいいませんが、企業の使命は株主価値の向上にあり、そのためには徹底したコストダウン、そのコストダウンも人件費をどんどん削減をするために期間の定めのある非正規社員を雇い、先ほど言ったような処遇に大きな格差がある、そんな企業が増えてきています。
1944年にILO総会がフィラデルフィアで行われました。そのときの宣言にうたわれた、「労働は商品ではない」、その実現には「労働の尊厳」「人間の尊厳」を考える公正なワークルールが必要でしょうし、いまILOが言っています「ディーセントワーク」(人間の尊厳のある労働)、加えて「ワーク・ライフ・バランス」、私たちも職場と家庭と地域とそれぞれにその役割と責任を果たしていこう、それぞれに充実した暮らし、生き方、人生を送ろうというワーク・ライフ・バランスを追求していく必要があるわけです。
しかし、今政府では「労働ビッグバン」と称して、それらとは逆の、労働分野においても働くことにおいても、すべて規制緩和をすれば、そこで秩序が保たれるのだという学者や経営者がいることも事実です。この分野は連合にとって大きな役割と責任のある課題であり、私たちとしても主軸となった運動を展開していかなければならないと考えています。大きく言えばこの3つがいま私たちのとらえる日本社会、働く現場の課題ではないかと思っています。
(4)組織率の復元・・・深刻な組織率低下の影響
続いては、労働運動の課題、連合の課題を少しお話します。まず初めの課題は組織率の復元です。いま労働組合の組織率は18.2%です。働く人たちの18.2%しか労働組合員がいないという状況です。特に、中小企業では1.3%しか組織されていません。中小企業は従業員300人未満の企業で、日本全体の企業数の9割を占めています。働く人全体の7割を占めます。そこの組織率が1.3%しかない。また、パートとか派遣の人たちがほとんど組織されていません。しかし、この1年間で1%上げまして、今4.3%の組織率です。これらの人たちの組織化をどう進めていくかが私たち連合にとって非常に重要な課題になってきています。企業内組織率の復元も重要です。企業別労働組合が日本の労働組合の基本です。そこへ非正規社員が増えることによって、組合員が過半数を占められず、企業別労働組合が空洞化をしつつあります。労働法が形骸化をするという現象が生じています。非正規社員の組織化に私たちは全力を挙げるとともに、新しい組織形態もどんどん模索していきます。クラフトユニオンや地域ユニオンの強化を進め、組織率を復元していこうとしています。
(5)見えない労働運動・・・労働運動のプレゼンスの向上
次が見えない労働運動という問題です。労働運動の本質は、働く者の賃金を含めた労働条件を向上させる、あるいは働くこと、暮らすことに対しての政策・制度、さまざまなことを政策として立案をして、それを実現していくことです。それをメインとしてやっていかなければなりません。しかし、労働組合、労働運動が果たして情報戦略という面にどれだけ力を割いてきたのか、あるいは労働運動としての行動のあり方ということをもう少し多角的に検討し、戦略的に議論してきたのか、という問題意識が私にはあります。過去からやってきたからこれからもやらなければという流れに押し流されてきたのではないか、もう一度労働運動としても情報戦略や行動のあり方を抜本的に検討する必要があると考えています。それが労働組合以外の人にとって労働組合が見えるということにつながっていくのではないか、そのためには多様な層とつながっていかなければならないと考えています。この多様な層というのは、労働組合以外の人、労働運動以外の人、集団、組織とのコミュニケーションが必要だろうと思いますし、息は長くなりますけれども教育現場での対応、まず大学でこの種の講義をさせていただく、あるいは高校や中学に出ていって、課外授業でいいですから働くということ、それにつながる様々な課題、そして労働組合や労働運動の役割と責任を学生諸君に話していくということも必要だと思います。
(6)働く者の真の連帯・・・企業別労働組合の弱点の克服
次の課題は、働く者の真の連帯、すべての働く人を視野に入れた運動をどう展開していくかという点です。残念ながら18.2%の組織された人間が、18.2%の組織された人の幸せだけを考えていても、80数%は組織されていない人たちです。私たち自身6百数十万、7百万弱の集団ですから、働く者の中では少数の組織です。私たちの力を利用して、働く者のために法律を作らせたり、政策制度を改善させることが、すべての働く者の幸せにつながることも多くあります。そうしたことを運動として展開していく必要があります。
(7)社会運動としての労働運動
特に非典型雇用労働者の労働条件、処遇面に正社員とかなり格差があります。私たちは正社員の、あるいは組織された働く者だけの幸せだけでなくて、すべての労働者の幸せをどう考えていくのかという運動を展開していく、そのことを具体的に行ったときに初めて、労働運動が社会運動と言われるだろうし、国民的運動として広い共感と求心力を持っていくと思います。そのためには私たち自身の意識改革も必要です。加えて私たち以外の団体との連携と労働運動の活性化のために地域運動を活性化していくことが必要です。連合は47都道府県に地方連合会と各地域に約400の地域協議会を配置しています。地域で労働運動をやっていく、地域の事務所に来たら、働くことに対する悩みが解決できる糸口をくれる、働く人がネットワークを結んでいる、そういう地域活動を強化しようとしています。
(8)政策制度と政治・政党への関わり
次の課題は政策制度と政治・政党への関わりです。連合としては政策制度への関わりは重要な運動の領域だと思っています。今や私たちが生活していく上で、働く上で、直結している課題が国会の政治プロセスの中で決定されることが非常に多くなってきています。企業別組合を母体にはしているけれども、そこではやれないことが連合の大きな活動領域であると思っています。したがって政策をどうつくっていくかも重要ですし、つくった政策をどう実現していくかも非常に重要になります。政策制度に直結するものが政治ということになれば、政治活動にも取り組まなければならないということとなります。その具体的取り組みとして選挙活動にも取り組みます。いま日本の政治は、1993年に少し変化しかかりましたが、また元に戻りました。すなわち、昔は自民党独裁でしたけれども、今は連立しても自民党が主軸となっています。私は政策的にどうだ、こうだというよりも、政治はいつでも政権交代可能な政党が一方の対極にあって、何か失敗すればすぐ政権が取って代われるという、緊張感ある政治体制が望ましいと考えています。政権交代可能な二大政党的体制をめざすということを、連合の政治方針として掲げています。緊張感あるというのはやはり競争者があるということです。失敗すればすぐ取って代わる、そういう勢力をきちっと据えることによって、お互いの切磋琢磨によって政治も浄化されます。
(9)重要性を増す国際活動
最後になりましたが、国際活動も非常に重要な分野です。グローバル化すればするほど、国際労働運動が重要になります。世界の各地の働く人との連帯、その中で全体の幸せをどう図っていくのかという役割と責任も果たしていかなければなりません。昨年11月に国際自由労連(ICFTU)と国際労連(WCL)が統合して、国際労働組合総連合(ITUC)が結成されました。もちろん連合はこの一員です。したがって、ITUCを主軸にしながら国際労働運動にも参画をしなければなりませんし、特に日本の連合という立場からすれば、アジア地域内との連携をどう図っていくかが重要です。アジアには発展途上の国々もたくさんあります。私たちがリーダーシップをとって、アジア地域内の労働運動を活性化させることも私たちの任務だと考えています。このほかにも国際労働機関(ILO)に日本の労働組合の代表として理事を出しています。また経済協力開発機構(OECD)の中にある労働組合諮問委員会(TUAC)にも人を送り出して、経済政策や労働政策についての議論に参画しています。さらに、現在8カ国の在外日本大使館に労働組合の役員を書記官として派遣して幅広い経験を積んでもらい、帰ってくればその経験を生かして、連合や産業別組織で活躍してもらうということも行っています。
エピローグ
ざっくりした概括をお話させていただきましたので、来週から始まる個別課題の講義に多少なりとも連動して、皆さんに役立てていただければありがたいと思っています。
数年前に連合がつくりました「21世紀ビジョン」の前文に、こんな言葉があります。「労働運動は、抵抗から要求へ、そして要求から参加へ時代と共に発展をしてきた」。戦後間もない頃は、抵抗しながら労働組合の、あるいは働く者の生活を何とかやっていこう、その次にさまざまなことを要求し、欧米に追いつき追い越せということで、生活や労働条件を上げ、そして今や参加。お互いに参加、参画することによって、それぞれの役割と責任を果たしていく。私はこの先にあるのは、やはり「自立」と「共生」という概念を労働運動の1つの方向付けとしてやっていくべきではないかと考えています。労働組合としてきちっと「自立」をしながら、日本社会の中の重要なセクターとして、社会やさまざまな組織と「共生」をしていく。そういう中で私たちの役割と責任を果たしていく。そんな活動を今後も続けていきたいと思っています。
是非皆さんの労働組合に対する、労働運動に対する関心と、そして何か機会があれば多くの局面からのアドバイスもいただければありがたいということを最後に申し上げまして、私のお話に代えさせていただきたいと思います。大変熱心に聞いていただき、ありがとうございました。
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