ワークルール確立に向けた取り組み-労働規制緩和にいかに歯止めをかけるか-
1.はじめに
皆さんこんにちは。連合本部で副事務局長を務めております村上陽子と申します。
今日はこのような機会を頂き、本当にありがとうございます。今、先生からもありましたように「働く上でのワークルールはどのように作られているのかということ」と、私たち連合や労働組合が「どのようにして、そこに関与しているのか」ということを中心にお話しをしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
2.自己紹介
はじめに、自己紹介ですけれども、私は連合本部の職員として働き、その後に、連合の役員になっておりますが、「なぜ連合に入ったのか?」をよく聞かれるので、まずそこをお話ししていこうと思います。
皆さんは、これから就職活動をすると思います。私は大学生の頃、教育学部に所属しておりました。その頃は4年生の10月にならないと内定を出してはいけないという時代でした。
私も当時、就職はどうしようかと色々迷っていました。子どもに関わる仕事ができないかと家庭裁判所の調査官という仕事を考えたり、映画をテーマに卒業論文を書いたこともあり、映画の配給会社の仕事に関心を持ったり、出版社に就職しようかと思ったり、迷っていた時期でした。
その頃に、大学の先生から戦前のドイツの映画の上映会をやるから来ないかと声をかけていただき、参加しました。上映会後に、先生方と食事をする機会があり、「あなたはどこに就職したいの?」と言われて、「出版社を考えているんですけど」と言ったら、大学の先生が「僕の友人が出版社をやっていて、これまでも卒業生を紹介してきているんだけれど、受けてみない?」と言われて。こんなご縁で、医療関係の出版社に就職しました。その会社で、雑誌編集の仕事などを4年間やっておりました。
メディカル系の出版社ということもあって、「過労死」の問題に出会いました。1993年頃でしたが、「過労死」という言葉が初めて出てきた頃で、そういう記事に触れる中で大変興味を持ちました。
また、当時、労働組合の連合が1989年に結成したばかりで、政治の世界でも注目をされていた頃でした。「山が動いた」というのは当時の社会党の土井たかこさんの言葉でしたけれども、そういう野党が躍進しているような時代で、日々「連合」という文字が新聞に出ていたので、その存在を身近に感じていました。
さらに、雑誌編集の仕事では、医師や看護師、薬剤師など、いろんな専門家に取材を行っていましたが、私には医療関係の知識がなく、自分も何か専門性を持ちたいと思ったところがありました。
そうした経緯があって、転職を考えるようになり、連合の求人広告を偶然見つけて、その時の「世の中を変えてみないか」というキャッチフレーズが目に留まり、採用試験を受けて、中途採用として連合本部に入ったという経緯です。これまでの寄付講座に登場された講師は企業に就職されて労働組合の専従役員になった方が多かったと思うんですが、私はちょっと違うルートで労働組合の活動に関わっています。
3.労働組合の種類について
では、具体的にどのような仕事をしているのかということですが、これまでの講義の中で、おそらく企業別組合の取り組みをかなり聞かれたのではないかと思います。「企業別組合」「産業別組合」「連合」では役割が違います。
図表1 労働組合の種類
資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
まず企業別組合は、その職場や企業の中でのルールを作っています。労使協議をして、賃金はどうしていくのか、労働時間はどうするのかなどを話し合っています。
また、職場の安全衛生について労使で取り組みをしていたり、職場の風通しを良くするためのレクリエーション活動も、とても重要な取り組みです。
そして、同じ産業の企業別組合が集まって産業別組合を作っています。それぞれの職場だけでは解決できない課題、産業全体で解決しなくてはいけない課題を産業別組合が取り組んでいます。
では、連合は何をするのかということなのですが、連合は、それぞれの職場で働く人たちや産業で働く人たち、全国の皆さんに共通している課題の解決や、より良い制度を作るということに取り組む団体です。
そこで、今日のお話は「働く皆さんに関わる雇用関係の法律の課題や、労働者全体に関わる政策の話」になります。具体的に、働く現場で共通して出てくる課題について、政策にまとめ上げて、世論喚起をして、国会に働きかけるといった取り組みを行い、実現していくということが中心です。また、政府から提案されるような課題もあるので、それに対して、それは行き過ぎではないかといったことがあれば、そこに歯止めをかけるといった、一定の条件をかけていくような取り組みも行っています。
4.公正なワークルール
では「労働契約ってなんだろう?」という話ですけれども、労働者と使用者との間では労働契約を結んでいます。この労働契約も、通常の契約と同様に基本的には「契約自由の原則」があてはまります。
例えば、皆さんスマホを契約していますよね。買うか、買わないのかは強制されるものではなくて、皆さんが自由に決めるものですし、誰と契約するのか、どの会社のものを買うのか、どこで買うのかは基本的に自由です。契約内容も自由ですし、契約方法、契約内容を変更するのも自由です。
図表2 労働契約について
資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
しかし、労働契約については契約自由の原則を修正しています。なぜ、契約自由の原則を修正しなくてはいけないのかという理由は、労働力は溜めることができないからです。売り惜しみができず、今日の労働は、今日売らなくてはなりません。また、物の売買と違い、相手との経済力や交渉力に大きな格差があります。さらに、労働者は生身の個人であることからも、契約自由の原則は修正しなくてはいけません。
「契約自由の原則」に関する修正の仕方は、大きく2つあります。1つは労働組合を作ることを保護し、会社側と対等に交渉し、交渉力の格差を縮小することです。これが、憲法28条で保障される勤労者の団結権や団体交渉権になります。もう1つの方法が、憲法27条の勤労条件の最低基準を法律で定めるということになります。ちなみに、諸外国でも同様に、労働契約については契約自由の原則を修正しています。
図表3 契約自由の原則について
資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
5.労働立法のプロセス
では、労働者保護に関する主な法律がどのように決まっているのかということです。法律は国会で決められますが、労働関係の法律に関しては、厚生労働大臣の諮問機関である審議会で議論をしてから法律を提出しなくてはいけない、ということが決まっていますので、そのプロセスを踏んで行っています。
私たち労働組合はこの審議会に参画して意見反映をしていき、出てきた法案に関して、不十分な点や課題に対する働きかけを行い、より良い法律になるように取り組みを行っているということです。
図表4 労働立法の流れ
資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
具体的には、厚生労働大臣の諮問機関として「労働政策審議会」というものがあります。厚生労働省は、元々「厚生省」と「労働省」という役所があり、厚生省が医療、年金、介護などを担当し、労働省が労働関係のことを担当していた中で、省庁再編で統合しています。
この労働政策審議会は「三者構成」が特徴です。具体的に、公益の代表者(大学の先生やシンクタンク、弁護士、ジャーナリストなど)、労働者の代表者(労働組合の推薦により選出)、使用者の代表者(会社の経営者や人事担当役員など使用者団体の推薦により選出)が、同数で参画しているというのが特徴的な審議会になります。
他省庁の審議会は、こういう構成はあまり取っていないため、外部の研究者やコメンテーターの方からは「こんな形でやっていると、(審議に)時間がかかってしょうがないじゃないか」、「もっと簡単にやったらどうか」、「スピード感を持ってやったらどうか」というコメントが出てくることもあります。しかし、公益の代表、労働者の代表、使用者の代表が入ることで実効性あるルールができるという考え方を私たちは大切にしています。
図表5 労働政策審議会と三者構成原則
資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
労働分野には関連する法律が多くあり、一箇所で議論していては大変なので、「労働政策審議会」は、各テーマごとに分科会や部会が細かく分かれています。それぞれ公・労・使の三者が同数で入っています。例えば、「労働基準法」に関しては「労働条件分科会」で議論しています。
私たち連合本部の委員は必ず労働政策審議会に入ることにしていて、他にも産業別労働組合の方にも入って頂きます。小さいところだと、3人ずつの部会もありますし、5人~6人や、最も大きな分科会では8人ずつで構成しているものもあります。
実際に法律ができるまでには、労働政策審議会での議論が1年ぐらい時間がかかるものもありますし、短いものでも3ヶ月とか4ヶ月、半年くらい議論するものもあります。
次に、私たちがどうやって具体的な議論に臨んでいくのかという点です。法律改正の動きの有無に関わらず、政策は毎年更新をしています。労働政策や税制、介護保険、DX化などのテーマにについて、会議の中で議論をして決めています。その会議には、産業別労働組合の皆さんに参加して頂き、目指すべき方向を決めています。そして、方針を確認した上で、法制度の改正に関わる審議会の議論に臨むというプロセスになります。
今日は、「賃金のデジタル払い」と「曖昧な雇用・フリーランスの保護」を取り上げながら、その具体的なお話ができれば、と思います。
図表6 分科会および部会の構成
資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
6.最近のトピックス①「賃金のデジタル払い」
まず1つは「賃金のデジタル払い」です。
具体的には、キャッシュレス化やデジタル化対応の中で、いわゆる「○○ペイ」のようなキャッシュレス口座に賃金を振り込めるようにしたらどうか?という声が2016年~2017年の間に出てきました。
このお話をすると「まあ、いいんじゃないの?」という声も多いのですが、労働基準法では「賃金支払いの原則」が決められています。
それは「賃金は通貨で払いなさい」ということ、そして「労働者に直接支払うこと」、「その全額を支払うこと」、「毎月1回以上」、「一定の期日を定めて支払うこと」です。
賃金のデジタル払いを考える際に問題になるのが、「通貨」で「全額」をという点です。通貨で支払うことを原則としつつも、銀行等の預金口座と証券口座に振り込むことで支払っても良い、ということが例外して認められてきました。これ以外に例外を認めるのかどうかという点が焦点となりました。
銀行と「〇〇ペイ」などの資金移動業の監督官庁はいずれも金融庁なのですが、銀行は「許可」がなくてはいけない一方、資金移動業は「登録制」なので、比較的参入障壁が低く、万が一、資金移動業が潰れた時に「賃金」が戻ってくるのかという点が問題です。
賃金は私たちの生活の糧で、とても大事なものですから、資金移動業が潰れた時はどうなるのか、ということを労働政策審議会などでかなり議論しました。最初から反対という訳ではないですが、やはり「この部分の安全性がはっきりしないと賛成はできない」「どんな会社にも認めるわけにはいかない」ということで、安全性が一定程度は担保できるような制度にしました。使用者側も労働者側に振り込んだはずの賃金が、正しく労働者の手元に行くことにならないと安全性には繋がらないという認識で、労使が一致して、厚生労働省や金融庁に対して規制(仕組み)を作るべきだと議論しました。
図表7 賃金支払いの原則に関わる議論
資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
7.最近のトピックス➁「曖昧な雇用・フリーランスの保護」
次のテーマは「曖昧な雇用とフリーランスの保護」です。これは今後、重要な課題になると思います。例えば、Uber Eats等で働く方は労働者なのか否かが今後問われるでしょう。仮に労働者として扱われない場合、法律に基づく最低賃金が適用されないとか、仕事がなくなった時の失業給付がないとか、仕事中にケガをしても労災補償がないということになります。
就業形態が多様化する中で、システム・エンジニアの方も独立して働く方は結構いらっしゃいます。ただ、本当に個人で仕事を受けて、個人で独立性を持って事業としてやってらっしゃる方も、もちろんいらっしゃるでしょうけれども、ほとんど同じ会社からの仕事を受けていて、仕事の受諾の可否の自由がなく、かなり専属的にやっている方は「労働者」なんじゃないか、あるいは労働者に近いのではないかという問題意識を私たちは持っています。企業に雇用されているのであれば、受けられた保護があったにも関わらず、労働者として扱われない働き方のために、仕事が無くなっても、その保護が受けられないというのが問題点です。
つまり、労働基準法上の労働者であれば受けられる保護が、労働基準法上の労働者でないが故に、その保護が無くなるという話です。契約の名称が労働契約ではなくとも、実際的に労働者性が認められる場合には、労働者として労働基準法等の保護対象として見なされるというのが現状の考え方・運用です。ただ、この労働者性の範囲が狭いのではないかという問題意識を私たちは持っています。
図表8 曖昧な雇用で働く労働者
資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
労働者の定義に関しては「労働組合法」、「労働基準法」、「労働契約法」などで、資料記載のように定義されています。ただ、これだけを見ても、じゃあ誰が労働者なのかを判断するのかは難しいですね。そこで、どうやって労働者か否かを判断するのかが問題となります。この間、映画の撮影現場のカメラマンやNHKの料金集金人は労働者なのかどうかなど、労働基準法上の労働者性を巡る裁判例が数多く積み重ねられ、そうした裁判例の考え方を整理したのが、この基準となります。仕事の依頼に対する受諾可否の自由があるのかなど、使用従属性があるのか否か、また事業者性が強いのか否か等の観点で見ています。この判断基準が本当に妥当なのか否かを、私たちは議論しています。働き方の変化や技術進歩がある中で、この判断基準は昭和61年(1986年)から変わっていないので、それで本当に良いのかどうかということを議論しています。
図表9 労働者の定義
資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
その上で、曖昧な雇用・フリーランスの人たちの保護をどのように考えるのかという点ですが、労働組合法上の労働者の方が、労働者性の判断基準が広いです。そこで、労働組合法上の労働者であれば、次は、「労働基準法上の労働者か否か」になり、労働基準法上の労働者ということであれば、労働組合法上の労働者としての団結権など労働三権も保証されるし、労働基準法等の適用など全て与えられるということになります。
一方で、労働組合法上の労働者だけれども、労働基準法上の労働者ではない人もいます。例えば、プロ野球選手会の方などです。
労働者かどうかは、1)労働組合として団結し、使用者と対等に交渉できるかどうかという意味合いと、2)最低基準の法律が適用されるかどうかという点の労働者か否かという、2つの課題があります。私たちは1)と2)の両方が大事だと考えていますから、両方とも範囲をできるだけ広く取るべきだと、今解釈されているよりも広く見るべきだということを主張しています。というのも、働く人たちの中で、労働基準法などの適用が受けられる人が少なくなってしまうと、労働者を守れなくなってしまうという問題があるからです。
これは日本だけの課題ではなくて、世界的な課題でもあります。他国でも、労働者性を巡って様々な訴訟も起こっており、できるだけ労働者として保護の範囲に入れていこうという立法の動きもなされているところです。
図表10 労働者の範囲について
資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
8.まとめ
最後にまとめになります。曖昧な雇用・フリーランスの皆さんの労働者性をどのように考えるのかという課題ですが、今、労働者性が認められる方は確実に労働者として取り扱って下さいということ。それから、その労働者性の範囲や基準をもう少し広げてほしいという点があります。この点に関しては、経営側からすると影響も大きいので、賛成できないということかと思います。しかし、世界の動きを見ても、ここは本当に喫緊の課題だと思っています。
2023年の通常国会では、フリーランス保護の法律が成立しています。ただ、この法律はさらに強化していかなくてはいけないと考えています。
例えば、フリーランスで働いている人の「育児休業」などですね。企業に雇用されている人は「育児・介護休業法」という法律があって、お子さんが小さい時には給付を受けながら仕事を休むことができますけれども、その保護から外れてしまうと、一切そういう給付がないという問題があります。「本当にそれでいいのか」という議論があり、ここは政府の議論の俎上にものぼっているので議論が進んでいくのではないかと思います。他にも「失業した時はどうするのか」など、社会的課題は、まだまだ残っており、そうした課題に対する制度も充実させていかないといけないという問題があります。
一方、私たちは法律や制度の改善を求める取り組みだけではなくて、フリーランスのみなさんが繋がるWor-Qという会員制度も作っています。自宅でお仕事されているフリーランスの方は、同じ職場で働く方がいないので、他のフリーランスの方がどういうことを考えているかとか、何を課題だと認識しているのか、あるいは、このような条件を提示されたんだけど、それって本当に正しいのかということを相談する人もいないということがあります。そうした問題を気軽に相談できる組織を作っています。まだまだ会員数は少ないんですけれども、この仕組みを広げていく中で、フリーランスの皆さんの声を集めて、やっぱり法律改正が必要だよねとか、制度のここに不備があるよねといった声を拾い、きちんと社会に訴えていくきっかけにしていきたいと考えているところです。
図表11 曖昧な雇用・フリーランスに対するまとめ
資料出所:「連合寄付講座」講義資料より引用
9.学生へのメッセージ
私たち連合は、働く労働者の皆さんがより良く働けるように、何か困った時には相談対応をしたり、制度改正をできるように、「働く仲間と共に、必ずそばにいる存在へ」というスローガンを掲げて活動を続けているところです。皆さんも働き始めたら、職場に労働組合があれば、是非入っていただきたいと思いますし、労働組合がない職場であっても、何か困ったことがあれば、相談して頂ければと思います。以上で、私の話は終わらせていただきます。ご清聴頂き、本当にありがとうございました。
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