総労働時間の短縮とワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取組み
1.はじめに
みなさん、こんにちは。全国生命保険労働組合連合会(以下、生保労連とする)から参りました、中島麻紀子と申します。よろしくお願いします。本日は、生命保険業界における働く現場での現状や考え方を、総労働時間の短縮とワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取組みという観点からお話をしたいと思います。
2.自己紹介
それでは、簡単に自己紹介をさせてください。私は、1994年に千代田生命保険相互会社に一般職で入社しました。保険業は、お客様から保険料をお預かりして、万が一の時に保険金をお支払いするという事業なのですが、その保険料を資産運用する仕事があり、資産運用の部門(資金債券部)で、主に債券等の売買を取り扱う事務をしていました。その後はずっと本社勤務で、経理部や物品の発注管理を行っていたのですが、これまでの会社人生の中で大きなイベントが2つありました。
まず1つ目は、会社が2回破綻したことです。千代田生命保険相互会社が破綻し、米国のAIGグループに買収されました。エイアイジー・スター生命株式会社という外資系の生命保険会社になったのですが、その後、リーマンショックの影響により、親会社のAIGグループが経営危機となり、米国のプルデンシャル・グループに子会社を売却し、ジブラルタ生命保険株式会社に変更となりました。ジブラルタ生命保険株式会社は元々存在したので、合併された形になります。従って、私は転職経験が無いにも関わらず、2度社名が変わったことになります。
激動の会社人生の中で経験した、もう1つの大きなイベントが、エイアイジー・スター生命株式会社の時に、一般職から総合職へ転換したことです。一般職は事務職で、転勤が無く、仕事内容も変わらず、給料が頭打ちでした。他方、総合職は転勤の可能性はありますが、様々な仕事を経てキャリアを積み、管理職登用の可能性がある職種でした。エイアイジー・スター生命株式会社は、社内試験を受けて、一般職から総合職へ転換できる制度がありました。総合職になれば転勤の可能性はありますが、管理職を目指すことができ、給料が上がります。魅力的な仕事だったこともあり、上を目指せるようになったことで、仕事へのやる気が上がりました。
ここからは組合活動についてお話しします。千代田生命保険相互会社にはユニオン・ショップ制度があり、入社の際に全員が労働組合へ加入しました。その後、会社は破綻しましたが、労働組合はそのまま残りました。その後、私は会社の仕事をしながら組合役員をすることになります。2014年から3年間は非専従役員として中央執行委員になり、2018年からは専従役員になりました。専従役員とは、会社の仕事を一旦休職して、労働組合の仕事に専念するということです。非専従役員の時は、会社の仕事を持ったまま組合の仕事を行うので、会社の仕事と組合の仕事の両立が大変でした。その後、2020年に生保労連に出向して、生保労連の専従役員として現在に至ります。
3.生保産業の概要と生保労連の組織構成と取り組み
本日は、まず生保産業についてお話しします。続いて、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取り組みについてお話しします。最後に、私が仕事をしていく上で感じていることを、学生のみなさんへお話しします。
3-1 生保産業の概要
まずは生保産業についてですが、保険業は金融業界の一つであり、大勢の人があらかじめ保険料を支払い、もし誰かが亡くなった時や、ケガや病気、事故に遭った時に、必要なお金を支払う仕組みを持っており、相互扶助の精神に基づいた制度となっています。
保険には生命保険(生保)と損害保険(損保)があるのですが、生命保険の特徴は、お客さまと長いお付き合いをすることにあります。万が一家族が亡くなった時に、悲しみの心情を取り除くことはできませんが、せめて経済的な負担をカバーしたいということが生保産業の社会的意義です。2019年度の保険金支払額は、合計で約19兆円となっています。参考までに、国の社会保障給付費が約124兆円なので、生保産業は約2割弱程度となっており、公的な社会保障でカバーしきれないところに生保産業が対応出来ているのではないかと思います。
3-2 生保労連の組織構成と取り組み
続いて生保労連についてご説明します。生保労連は、生保産業の中の19労働組合が加盟しています。組合結成が1969年で、2019年10月には組合結成50周年を迎えました。総組合員数が24万名超で、組合加入者のうち72%が営業職員です。営業職員は女性が多く、総組合員数のうち、約9割弱が女性となっています。
生保産業内での生保労連の取り組みとして、生保労連に加盟する単位組合と情報交換を行い、活動支援を行っています。また、日本経済に向けた取り組みとしては、例えば、国の政策実現に向けて、税制等の問題へ提言すべく、生保労連の考え方に賛同してもらえる国会議員とやり取りを行っています。また、この寄付講座のように、学生のみなさんとお話しするなど、より良い社会実現に向けて何ができるのか、といった観点での取り組みも行っており、産業の枠を超えた取り組みとなっています。生保労連は労働組合ですので賃金交渉を行いますが、他にもワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取り組みも、総合的な労働条件の改善・向上における大きな柱として取り上げています。本日は、ワーク・ライフ・バランスの取り組みの一部についてご紹介します。
4.なぜワーク・ライフ・バランスが必要なのか?
そもそも、ワーク・ライフ・バランスの実現は、何故必要なのでしょうか?本日は、社会・会社・個人という、3つの切り口から考えてみたいと思います。
まず、社会にとっては、働く人を増やす必要性があります。現在、少子高齢化により労働人口が減少しており、これまで仕事と家庭を両立できずに仕事を諦めていた女性にも、再び労働市場へ参入してもらう必要性が出てきました。そもそも、女性だけが家事・育児・介護を担当することが問題で、男性も仕事人間ではなく、家事・育児・介護に参画できるよう、ワーク・ライフ・バランスを実現する必要があります。
次に、会社にとっては、社会的責任への対応や人材確保の必要性があります。社員が働きすぎによって過労死や過労自殺を引き起こしたりすれば、たちまちブラック企業のレッテルが貼られてしまいます。そうなれば、会社の信頼が失墜し、良い人材も集まらなくなってしまいます。
最後に、個人にとっては、生活時間を充実させ、自己実現をするためです。プライベートな時間を確保し、家族や恋人、友人と過ごし、趣味を楽しんだりすることが人生を豊かにするために必要です。また、自己研鑽に時間を使うことが仕事に良い影響を与えます。これまでは就職した会社において長時間働くことで、会社の中で役立つ知識を身に付けることが重要でしたが、IT化やAIの出現により、これからは会社の中だけで役立つスキル・知識はAIに代替されてしまいます。従って、会社の外で知識や見識を身に付けることが、これからの時代におけるキャリア構築にとって不可欠だと思います。
そして、一番重要なのは、働きすぎによって心身の健康を害することがないよう、ストレス解消し、リフレッシュすることです。人生において何をするにせよ、心身の健康が無ければ、何もすることができません。健康だからこそ、やりたいことができると思います。
5.生保労連の具体的な活動内容について
5-1 ワーク・ライフ・バランスの実現と実態
生保労連ではワーク・ライフ・バランスの実現という目標に対して、具体的に何をすべきなのかをイメージできるよう、目指す姿を掲げています。誰もが多様な価値観が尊重され、安心して個性や能力、創造性を発揮している状態、生産性の高い働き方と生活時間の充実の相乗効果を通じて、誰もが責任を分かち合い、ワークとライフ、双方の充実が図られている状態というイメージを持っています。そのような職場にしていくために、5年間の中期取組み方針を策定し、取り組みを進めています。中期取組み方針では、2つの柱を掲げており、職場におけるジェンダー平等とワーク・ライフ・バランスの実現という、相乗効果を発揮することが大切だと考えています。
ジェンダー平等という言葉は、以前は男女共同参画と言っていました。女性の社会参画は当たり前になってきていますが、日本の会社はまだまだ男性中心で、経営陣や管理職など、重要な意思決定をする場にいる女性の数が少ないのが現状です。組織は同じ価値観の人たちばかりだと、何かを決める時に反対意見が出てこず、間違った決断でもそのまま進んでしまうリスクを伴います。多様な価値観を持つ人が、個性や能力を発揮できる会社や職場こそが強い組織であり、数少ない女性管理職を増やすことが重要だと思います。
女性管理職が少ない理由として、先ほども申し上げた通り、主に女性が家事・育児・介護を担っている状態のため、女性の負担が大きすぎました。従って、ジェンダー平等や、男女平等参画という観点からも、総労働時間の短縮や家事・育児・介護を両立させるための支援制度の充実、パワハラやセクハラ等のハラスメント減少によるワーク・ライフ・バランスの実現が重要になってきます。
しかし、会社の取り組みに対して、組合員がその制度を活用しきれていないのが実態です。そのため労働組合は、会社に対してワーク・ライフ・バランスの実現に向けて、様々な要請を行っています。生保労連は生命保険協会(生命保険会社が加盟する団体。労働組合のカウンターパート)と、2017年に「働き方改革に向けた生保産業労使共同宣言」を取り交わしています。
本日の具体的なお話の1つは、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて有効な取り組みである、コロナ禍で一気に広がった「テレワーク(在宅勤務)」について、もう一つは女性だけが家事・育児・介護を担当するのではなく、男性も参画できるよう、「男性の育児休業取得促進に向けた取組み」の状況についてお話しします。
5-2 テレワークの取り組みとメリット・デメリット
コロナ禍において、政府からテレワークが要請されていますが、生保業界では、営業の仕事や営業をサポートする社員は、あまりテレワークができていません。お客さまに生命保険の商品内容を説明する際は対面であることが重要で、契約書等は直筆のサインが必要になるからです。また現在、オンラインを活用した営業活動も進めていますが、お客さまが高齢の方ですと、お客さま側のオンライン対応が難しいこともあります。
それでは、生保業界ではどのような人がテレワークを行っているでしょうか?主に本社勤務の社員が在宅勤務を中心としたテレワークを実施しています。企画検討や資料作成はお客さまにお会いすることも少なく、部署内での打ち合わせはオンラインで行うことが可能です。また、サテライトオフィスの活用も充実しています。こうしたテレワークには、メリットとデメリットがあります。
在宅勤務におけるメリットは通勤時間の削減にあり、それがストレス軽減や生産性の向上に繋がると思います。また、育児においては、子どもの送り迎えが容易になります。そして、家で仕事している方が一人で集中できることもあります。しかし、在宅勤務の場合、上司が近くにいないので、仕事をサボる社員も出てきます。そのため、在宅勤務の社員は朝、今日は何の業務を行うのか上司に対して報告し、業務終了時にもどのような業務を行ったのかを報告することにより、誰がどのような業務を行っているのかを明確にしています。また、大規模災害が起こった際の本社被災時には、会社に行かなくても業務ができるようになります。日頃から在宅勤務の環境を整えておくことで、災害時に業務をストップしなくて済むようになるのです。
他方、デメリットとしては、社外にパソコンを持ち出すことで、社員以外がパソコン画面を覗く可能性があり、会社の情報漏洩のリスクがあります。また一人で仕事をしていると長時間労働になり、隠れた残業が発生するリスクも生まれます。そして、上司や同僚が近くにいないのでコミュニケーション不足も発生します。これらのメリットとデメリットは相互に関連します。
生保労連では、先ほどのデメリットを課題として取りまとめ、課題解決に向けた取り組み事例を確認しています。例えば、コミュニケーション不足に対しては、オンラインでコミュニケーションが取りやすくなるようなツールの導入を勧めたり、隠れた残業については、パソコンのログイン・ログオフの時間を記録し、労働時間管理を行ったりしています。
5-3 男性の育児休業取得の取り組みについて
続いて、生活時間の充実に向けた、男性の育児休業取得促進の取り組みについてご説明します。改めてのご説明となりますが、ジェンダーとは、生物としての男女ではなく、社会的に作られた規範によって、あるべき男性像・女性像として求められる性差(社会的性差)のことです。生保労連では、そのような性別による役割分担がない、平等な職場作りを目指しています。
育児休業は、育児・介護休業法によって取得が認められています。原則1歳までの子どもを育てる労働者が、男女ともに取得できる制度です。言い換えれば、出産・育児のために会社を辞めなくても、一定期間会社を休職し、その後、復職できる制度と言えます。
これまで育児休業を取得するのはほぼ女性だけでしたが、近年は政府の呼びかけにより、男性の育児休業取得を推進しています。厚生労働省のアンケート調査では、夫の家事・育児時間が長いほど、妻の就業継続率が高いという結果が分かりました。具体的には、夫が平日に4時間以上、家事・育児を担当すれば、妻の継続就業率は75%以上になります。つまり、夫が家事・育児を沢山しているほど、妻が仕事を辞めなくて済むということですね。逆に、夫が家事・育児を全くしていなければ、42.2%の妻が離職していることになります。女性が出産後も継続して活躍するためには、男性の家事・育児への参画が重要になります。
しかし、男性の育児休業取得率は、対象者の7.48%に留まっています。また、男性が育児休業を取得しても、5日未満であったケースは36.3%でした。それですと、休業よりは単なる休暇になってしまいます。一方、女性は83%が育児休業を取得しており、その期間は69.7%が10か月以上です。
生保労連では、中期取組み方針において、男性の育児休業取得率100%を目指すという目標を掲げています。生保業界では、男性に育児休業を取得させようとする企業が多いです。従って、対象者が育児休業を100%取得している場合は、平均取得日数を増やす(育児休業の取得日数が1か月以上の組合員を増やす)、という目標を掲げています。
また、男性にとって育児休業を取得することは大きなメリットがあります。まず、第1に、妻が産後の大変な時に育児休業を取得して、家事・育児に参画することは、妻の育児負担・不安の軽減に繋がります。妻は、夫と一緒に子どもを育てていけるなら、仕事を継続する気持ちになるのではないでしょうか。また、男性にとっても育児経験をすることが仕事に好影響を与えると思います。育児は思うようには進まないので、その経験によって、人間的に成長することができます。
育児休業を取得した男性は、その後も、家事・育児に積極的に参画する傾向があります。父親が育児に積極的に関わり続けることが、子どもの教育や成長に好影響を与えるのではないでしょうか。会社にとっても、育児休業を取得しやすい職場環境であることは、従業員の満足度向上に繋がりますし、若手人材の確保においても大切な視点になると思います。男性が育児休業を取得するために業務の引継ぎを行う際には、無駄な業務を見つけることができる等、副次的な効果もあって、会社の業務効率化にも繋がります。
6.学生のみなさんへ
ここまで、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた、生保労連の取り組みをお話してきましたが、ぜひみなさんには社会に出てからも、仕事もプライベートも充実した生活を送っていただきたいと思います。最後に大変僭越ながら、私が社会に出てから感じているところをお話しします。
学生時代にやるべきこととして、専門分野の勉強を真面目に頑張っていただきたいと思います。社会に出てからも勉強する日々は続きますが、学生時代にあまり勉強しなかった後悔は一生引きずります。本を沢山読むことも重要になると思います。会社に入ってからは、資料作成やメールで仕事の依頼をする等、文章を書くことが多く、文章力があると即戦力になれます。それから、先ほども申し上げましたが、どんなに優秀であっても、体を壊してしまってはやりたい仕事もできません。運動習慣があれば体力がつきますし、ストレスも解消できます。私も学生時代から運動習慣を続け、月に100km以上は走るようにしていることもあり、毎日元気に仕事ができています。
また、少し自分のキャリアを振り返ってお話ししますと、仕事を頑張って成長すれば、一つ上の役職に就いたり、難易度の高い仕事を任されたりして、次のステージがやってきます。次のステージになれば、また一から何とか仕事をこなそうと苦しい思いをすることになり、失敗したり、叱られたりします。それでも頑張っていれば、何となく仕事ができるようになり、また次のステージがやってきます。私は総合職になってから、そのようにステップアップしてきたのではないかと思います。次のステージに来ると、仕事ができないことでへこんでしまう時がありますが、神様は乗り越えられる試練しか与えません。辛い日々が続いても、努力していけば成長し、次のステージにいけると思っています。
社会に出て、キャリアをどうするのか。自ら選択して、決断する場面に必ず遭遇します。会社を辞める、転職する、起業する、大きな決断をすることがあると思います。小さい決断として会社の組合役員をやってほしいと頼まれることもあると思います。組合役員は、自分の仕事をしながら、職場の組合員の不満や要望を聞いて取りまとめ、組合会議に出てフィードバックします。自分の仕事が忙しいと、どうしても引き受ける余裕がなく、やりたくないと思ってしまうかもしれませんが、何かを依頼された時は、困難な道を選ぶ方が良いと考えています。組合役員の仕事は、必ず自分の仕事のプラスになります。私も組合専従にならないかと打診された時、自分の仕事にやり甲斐を感じていたため、明らかに大変な組合専従を引き受けるかどうか、とても悩みました。
しかし、あえて困難な道を選択した方が成長できると思い、引き受けた結果、現在のポジションに就くことができ、こうしてみなさんの前でお話しできています。みなさんもこれから社会に出れば困難なことがあると思いますが、ぜひ新しい取り組みに恐れずチャレンジしてもらえればと思います。
これで私からのお話を終わりといたします。長時間ご清聴いただき、ありがとうございました。
以 上
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