同志社大学「連合寄付講座」

2019年度「働くということ-現代の労働組合」

第5回(5/17

公務労働の現状と公共サービスの役割
―公務関係労組の取り組み―

ゲストスピーカー:小迫 敏宏 全日本自治団体労働組合(自治労)現業局長

1.自己紹介

 皆さんこんにちは。私は1995年、出身地である呉市の市役所に入職しました。2001年に呉市職員労組執行委員、2010年からは自治労広島県本部現業評議会議長、2015年からは自治労中央本部現業局長を務めております。私は市役所に入った当初、デタラメな職員だったので、呉市職員労組から「組合役員をやって生活態度を改めろ」と言われました。これが組合役員になったきっかけです。その後、自治労の仕事に埋没したのですが、その経緯をお話しします。呉市役所に、勤務態度があまりよくない女性職員がいて、その人が不幸にも癌になってしまいました。病気療養休暇を1年間取得できるという制度はあったのですが、自治体当局は、その人の勤務態度を理由に8ヶ月しか認めなかったのです。私は当局に詰め寄りました。なぜこの人にだけそんなことをするのか、労使で納得して作った制度なのにと。しかし結果的に、職員労組がその決定を覆すことはできませんでした。悔しくて、悔しくて。私はすぐにその人のいる病院に向かい、「力不足であなたの権利を守ることが出来ませんでした」と詫びたところ、その人は涙を流して「私一人のために、ここまで闘ってくれる労組があるとは思いませんでした」という言葉をかけてくれました。それから私は、もう二度と市役所で、地方公共団体で、こういう不利益がないようにしたいと強い想いを持ったわけです。

2.自治労とは

 自治労は1954年に結成され、現組合員数は約79万人です。元々は地方公務員だけで組織していたのですが、今は、民間の労働者や非正規労働者も地方の公共サービスを担っていますので、公共の職場で働くそういった仲間も組織しています。組合員の職種は、一般行政職員、保育士、看護師など極めて多様ですが、その多くは地方公務員です。ご存知のとおり、公務員は団結権、労働協約締結権、争議権の労働基本権が制約されています。いわば、国は公務員を労働者として認めていないのです。その理屈は、公共の福祉のための働く者なのであって、その代わり、労働条件の保障のため、第三者機関である人事院・人事委員会勧告制度があるではないか、ということです。
 さて、非現業と言われる一般行政職員にも団結権はありますが、労動組合を結成することは出来ず、職員団体の形になります。これは、当局と交渉することは出来ますが、団体(労働)協約は締結できないということです(但し、条例・規則・法令に抵触しない限り書面協定は締結可)。争議は禁止されています。一方、ごみ収集や給食調理など現場で働く現業職は、労動組合を結成できますし、団体交渉権も協約締結権もあります(条例・規則・法令に抵触する協定も可。この場合、当該首長が条例改正案を提出)。しかし争議は禁止されているため、ストライキをしたら刑事罰です。

 このように、日本の公務員は労働三権が制約されています。これは世界的には非常に珍しいことです。他の先進国では、そういうことはありません。ILOもこれまで11回にわたり、公務員の労働基本権の回復に向けて労動組合と協議するよう、日本政府に勧告しています。これに対し日本政府の言い分は、先ほど申し上げた通り、人事院勧告制度が適正に機能しているから、公務員に特段の不利益は無いというものです。対して自治労は、ILOにも労働基本権の回復を訴えています。

3.現業職員とは

 給食調理員、清掃員、道路維持管理員、公園管理員、用務員などの職員のことを現業職員と呼びます。では、何をもって現業職員と呼び、非現業職員とは何が違うのでしょうか。地方公務員法57条には、「単純労務に雇用される者は別の法律で定める」という定めがあります。その単純労務が何かを定めるのは、何と1951年に出され、翌1952年には失効している政令(「單純な労務に雇用される一般職に属する地方公務員の範囲を定める政令」)で、未だにそれが使われているのです。例えば「守衛、給仕、小使、運搬夫及び雑役夫・・・清掃夫・・・炊事夫・・・」と。今で言うと、小使(こづかい)というのは学校用務員、清掃夫というのは清掃員、炊事夫というのは給食調理員のことです。

 私は、この政令には大きな問題があると思っています。地方公務員の色々な職種のうち、「技術者、監督者及び行政事務を担当する以外の者」をもって現業職、ということになっているのです。そして中には、この条文を使って「現業職員は政策提言なんかしてくれなくて良い。あなたたちは単純労働で雇用される者なのだ。現場の意見を政策に反映することはない」と言うような自治体があります。一例を挙げますと、今、「ふれあい収集」というごみ収集をやっています。ごみを出しに行くことの出来ないご年配の方がいると、家の中にどんどんごみが溜まっていく場合があります。いわゆる「ごみ屋敷」問題です。そこで、現業職員がそういった家に行って回収する。これが「ふれあい収集」で、この発想は現場から出たものなのです。この視点は、そういった現状を見る現場の者しか気が付かなかったはずです。現業であろうが非現業であろうが、すべて住民福祉のためにやっていることで、どういう住民サービスをしたら良いか、現場の者を含め皆が議論すべきなのですが、それを阻む自治体があるというわけです。
 しかも、「小使」という言い方。人権については先進的だと言われる日本で、そういう差別的表現を使っているのです。そして、「小使」的な仕事は民間委託で良いではないか、という安易な合理化を強行に推し進めている状況があるのです。

4.質の高い公共サービスを提供する上での課題

 そういう中で私たちは、地域の公共サービスをより充実させていくのだという強い想いを持ち、日々活動しています。しかし色々と課題もあります。今日はその中でも5つだけ取り上げます。

(1)大幅な人員削減について
 正規の地方公務員の数は、1994年は328.2万人でしたが、2018年は273.7万人になり、約55万人もの人員が減らされました。とりわけ、平成17~22(2005~2017)年の集中改革プランの徹底した人員削減によって23万人も減りました。クビを切ったのではなく、団塊の世代の退職後に補充をしなかったのです。実は昨年、23年ぶりに地方公務員数は増加したのですが、また今年下がりました。
 現業職員については、2000年は258,207人でしたが2018年は108,165人にまで減りました。実に15万人もの人員が減らされ、その内訳は清掃や給食の職員がほとんどです。非現業と合わせると、この間に46万人の減でしたが、うち3分の1もの減が現業職員だったのです。

(2)安易な民間委託の推進
 決して民間委託自体が悪いとは言いませんが、大きな問題があることは指摘しておきたいと思います。トップランナー方式という言葉をご存知でしょうか。交付税の算出根拠について、最も効率的なやり方をしている自治体に合わせる、というものです。地域の事情は考慮されません。呉市などは坂が多く、ごみ収集においても、途中まで軽トラで行って、そこからは歩いて登らなければいけません。東京とは事情が違うにも関わらず、一番安くできているところを基準に算定されるのです。
 市区町村における委託実施状況については、学校給食の調理や学校用務員事務を除いて、大概の業務が委託率ほぼ100%です。例えば、一般ごみ収集は96.9%です。ただ、ごく一部でも民間委託を利用していればカウントしているので、高い数字で表れているということもあります。
 さて、行政サービスを民間委託する場合に留意する事項について、総務省が2015年に通知を出しています。その中に「委託の実施にあたっては・・・個人情報の保護や守秘義務の確保に十分留意し、必要な措置を講じること」とありますが、例えば、先ほどお話した「ふれあい収集」を行なう場合、ごみを出すことも難しいご年配の方の家に行く訳です。そういう方は、短期間入院して不在にすることがありますし、病気で倒れていないか安否確認も行なう必要があります。そういう中で「ふれあい収集」をするのです。これを民間委託している自治体もありますが、そこで問題になるのは、「個人情報の保護や守秘義務の確保」です。つまり、ご年配の方が独り暮らしをしているという情報も、その方が不在だという情報も、ひとつ間違うと重大犯罪につながります。公務員ですと地方公務員法で守秘義務があり、漏らすと刑事罰を受けます。民間委託する場合も、情報を漏らさないという書面は取りますから、受託会社を取り締まることは出来るのですが、問題は、その受託会社で働く個人をどう取り締まるかです。民間の清掃労働者は、離職率が大変高いのです。辞めた人にどう守秘義務を課し続けるのか。こういう議論が全く無いまま、低コストだからという理由で民間委託に舵を切っているのです。また、総務省の通知には「委託した事務・事業についての行政としての責任を果たし得るよう、適切に評価・管理を行うことができるような措置を講じること」という事項がありますが、これが出来ている自治体はほとんどありません。民間委託したら、後は受託会社がやってくれるだろうというのが多くの自治体の姿勢です。
 もう1つ。民間委託した方が安いから効率的な行政運営が出来るというイメージがありますが、それは本当でしょうか。例えば、今年の4月9日の読売新聞では、合併自治体の経費について次のとおり報じています。1995年から2005年まで556の自治体が合併しましたが、2003年度決算の12.41兆円から10年間で10.64兆円になるだろうと総務省は経費水準を推計していました。しかし、2017年度決算は12.03兆円でした。2003年に比べて0.38兆円の減にはなりましたが、見込んでいた1.77兆円の減には至りませんでした。この0.38兆円の削減については、先ほどの「集中改革プラン」の名の下、徹底して民間委託し、人を減らして効率性を生む、と総務省は言ってきました。確かに人件費は減りました。しかし、物件費は増えてしまったのです。この一番の要因は、民間委託が1.5倍になったことです。人件費・物件費の合算では、何と2003年より増えてしまったのです。つまり、民間委託をしたら安く済むという安易な理屈は、成立しないということです。

合併自治体の経費削減推計額と実際の決算額          (兆円)

(出所)講義資料中の「『2019年4月9日読売新聞』より」をもとに作成

(3)地域実情や社会需要への対応
 超少子高齢化や人口減少社会の中、求められる行政サービスは変わってきます。総務省に置かれた「自治体戦略2040構想研究会」の報告では、労働者が今の6割にまで減り、高齢者率も35.7%になるという見通しです。また、天然資源の消費を抑制し、環境への負荷ができる限り低減される「循環型社会」を形成することをめざして制定された「第四次循環型社会推進基本計画」には、ごみ収集にしても、空き家対策にしても、今後は管理を誰がすることになるのか、という問題が取り上げられていますが、今から公共サービスも変わっていかないといけません。これらにどう対応するかを我々の課題と考えています。

(4)大規模災害発生時の対応
 昨年は実に多くの災害がありました。しかし、自治体の職員が55万人も減らされた結果、災害対応もままならないのです。例えば、災害ごみの収集。災害が起こると、住民の皆さんはとにかく家から災害ごみを出したいと思って、道路に山積みしていくのです。これで緊急車両などが入れないことがあります。ですから、災害ごみを迅速に片付けることが人命救助につながるのです。私がいた呉市の場合、直接雇用の職員をまだ90名抱えていますから、通常ごみの収集をした後、災害ごみの撤去に取りかかることができましたが、迅速な対応が難しい地域は数多くあるはずです。避難所運営についても、直接雇用の職員が少ないことで問題が発生しています。今はエコノミー症候群になる確率が高くなるため、体育館でごろ寝してもらうことはしません。しかし、快適なベッドを提供しようにも、職員数が少ないために、なかなか対応できないのです。アレルギー対応食の問題もあります。給食調理員を確保しておき、行政が責任を持って対応することが必要です。

(5)適切な賃金・労働条件の確保
 2008年に給与の総合的見直しがありました。公務員は一律4.8%下げられ、それが地域給に回されました。各地の物価水準に応じて0~20%として、地域給が振り分けられたのです。問題は0%の地区が実に7割以上も占めていることです。例えば東京は20%、広島市は10%ですが、呉市は0%です。こうしたやり方で賃金抑制がなされているのです。

5.課題解決に向けた自治労の取り組み

(1)大幅な人員削減への対応
 自治労は、人員を確保することが地域公共サービスを守ることにつながるのだということを、自治労出身の、組織で擁する国会議員を通じて総務省などへ働きかけています。結果、少しずつではありますが、採用を再開する自治体も増えてきました。

(2)安易な民間委託の阻止
 かつては、自分たちの賃金さえ上げれば良いという運動でした。しかし、地域の皆さんから必要だと言ってもらえなければ、我々の賃金を守ることは出来ないのではないかという議論をするようになりました。その結果、「ふれあい収集」、「環境学習」、「ごみの分別啓発」、「学童保育への給食提供」、「災害時への対応」など、住民目線に立った質の高い公共サービスの充実に向け、自治労は取り組んでいます。

(3)地域実情や社会需要への対応
 「ふれあい収集」の他にも、例えば、急傾斜の場所にあるごみステーションからごみが落ちないよう落下防止柵を直ちに設置するなど、自治労から当局に申し入れ、地域の実情に合った改善をするよう働きかけています。

(4)大規模災害発生時の対応
 「迅速な災害ごみの処理体制の構築」についてお話すると、災害ごみも一般ごみと同じように分別をしています。そのまますべてを焼却炉に入れると炉が壊れてしまうからです。また、職員向けに「自治労ほっとダイヤル」や「自治労心の相談室」を設けています。災害があると、自治体の職員が心を病んでしまうことが多いのです。

(5)適切な賃金・労働条件の確保
 大きな問題なのが、非正規職員の多さです。2016年において、都道府県では12.6%ですが、町村では40.4%が非正規職員で、低い処遇と労働条件で働いているのです。自治労がもう20年早くこの問題に取り組んでいたら、こんなことにはなっていなかったと思いますが、かつては自分たちの賃金のことばかりを主張してきた。この事実を正面から受けとめ、非正規職員の労働条件を改善し、皆に自治労に入ってもらって闘っていく。そういう決意を持って取り組みを進めています。委託労働者の処遇改善・組織化や、いわゆる春闘にあたる「現業・公企統一闘争」の推進も、大きな課題として取り組んでいます。

6.おわりに

 自治労現業評議会の合い言葉はこうです。「この街に生まれてよかった。この街に暮らしてよかった」と言ってもらえる公務員になるのだ、と。日々、地方公共サービスの向上に向けて取り組んでいます。住民の安心・安全・安定的な生活のために、これからも自治労は精一杯がんばってまいります。

以 上

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