同志社大学「連合寄付講座」

2019年度「働くということ-現代の労働組合」

第4回(5/10

非正規労働者の処遇改善に向けた取り組み

ゲストスピーカー:泉澤 匡範 イオンリテールワーカーズユニオン中央書記長

1.自己紹介

 皆さんこんにちは。まずは簡単に自己紹介させていただきます。私は大学を出て、地元の信州ジャスコに入社しました。その後3年目に親会社のジャスコと合併し、私も全国転勤をすることになりました。新潟や東京の店で勤務をして、2003年に労組専従にならないかという話を受け、そこから16年間、専従として組合の仕事をしています。その前も非専従で支部長をやっていました。当時のイオン労働組合では競合店の視察をする「まるごと国内流通視察セミナー(まる国)」という活動を日本中で頻繁にやっていました。お客さんの少ない時間帯は投入人員数も商品陳列の量も少なくして、お客さんの増える直前になると人員も商品も多くするという、つまり「適品・適時・適量」が利益を拡大する秘訣なのですが、一番上手く回しているのが競合店のイトーヨーカドーさんでした。同社に行って、時間帯別の食品製造オペレーションを朝から晩まで皆で見て、自分たちに欠けているのは何かを皆で考えて改革プランを作るという取り組みが「まる国」です。自分の勤める店が常に黒字でいられるようにするためであり、つまりそれは、労働条件引き上げの原資を我々で産み出すということになります。これは、労働界では極めて先進的で稀な取り組みでした。私は他店の「まる国」に参加し感銘を受け、ぜひ自分の店でもやりたいと思い、店長や労組の幹部に提案しました。その実行力が買われて、専従になったというのが私の経歴です。

2.当会社・当労組の紹介

 さて、イオンという会社は、260年ほど前の江戸時代に呉服の行商をしていたのが創業のはじまりとされており、明治時代に岡田屋という呉服店を構えたのが源流です。1960年代に、流通革命がトレンドになって日本全国に百貨店やスーパーマーケットが出来てきたのですが、その時に、岡田屋・フタギ・シロの3スーパーが合併しジャスコになりました。そして、地方の百貨店・スーパーに声をかけて一緒になって、ジャスコの規模は拡大したわけです。私が就職したとき、売上高は5番手でしたが、2001年には小売業日本一になり、グループの規模が大きくなりました。2008年には会社を分割し、持株会社をイオン、小売業をイオンリテールとしました。
 イオンリテールから独立した会社もあり、マックスバリュ各社やイオンバイクといった会社は、元々イオンリテールの事業部だったのを分社化したものです。計15社ありますが、出向者で回しているという会社が多く、それぞれに労組を分離するのは難しいため、イオンリテールワーカーズユニオン(ARWU)が15社と労使交渉を行なうという変則的な形をとっています。この15社の従業員のうち90%が組合員で、約13万人います。うち80%がパートタイマーです。専従役員も77人おり、単一労組としては、JPやNTTと並んで大きい労組だと思います。代表者は永島智子という女性です。

3.労働組合の役割とARWUの主な活動

 労組についての私なりの解釈を申します。皆さんは現在アルバイトをされていると思いますし、これから就職したら色々な悩みにぶつかると思います。困った時、例えばコンビニの店長さんとなら毎日顔を合わせており、文句も言えますが、イオンの社長にパートの人の声は届かないわけです。また最近は、ツイッターなどメディアに露出させて解決することもあるようですが、大半は力関係の大きな差があって、経営者と話をすることも難しく、泣き寝入りすることもあり、1人では何も出来ないことが多いです。ですが、労働者が団結すると経営者と交渉し、解決することも可能になります。労働者の代表としてそれをするのが、労組の最重要の役割だと思います。
 労組が交渉しないとなかなか労働条件は良くなりません。例えばイオンリテールですと従業員数も多いので、仮にパートの時給を一律1円上げるとしたら年間1億円かかります。簡単な話ではないのです。経営者が労働条件を引き上げるとしたら、法改正があったとき、競合他社の労働条件が上がり追随せざるを得ないとき、労組から交渉を持ちかけられたとき、この3つです。従業員の意志で何かを変えたいと思ったら、基本的には労組を通じてやるしかないのです。
 また、上部団体には連合やUAゼンセンがあります。連合は、日本の労働者の代表という存在で、都道府県ごとに地方連合会があって、ここに関係する役員が、都道府県毎の最低賃金審議会に入って交渉しています。組織が大きくなると、そして団結すると、出来ることが増えます。ARWUだけでは最低賃金は上げられませんが、例えば連合千葉として交渉すると、千葉県の最低賃金を上げることが出来ます。もっと言えば、日本全体の枠組みを変える、つまり法改正などのための社会運動・社会貢献活動といった、単一の労組では出来ない大きなことも出来るようになります。例を挙げると、当労組の直属の上部団体であるUAゼンセンは、最近ニュースにも出ている悪質クレームについて取り組みました。流通業・サービス業で働く人で、このためにメンタルの具合が悪くなる人が多くなり、問題になってきました。まずはアンケートを5万人分集め、メディアを通じて社会的に関心を持ってもらいました。その後、さらに署名176万筆を集めて厚労大臣に提出しました。これらの取り組みの結果、法制化の必要があるというところまで来ています。また、毎年北朝鮮拉致被害者救済運動もやっています。そういった社会的課題のために政治活動も行なっています。
 ARWUとしての主な活動としては、例えば、職場の巡回。働くうえで危険な箇所がないか、困っている人がいないか見回ります。また、非専従役員の教育。加えて、冒頭に「まる国」という活動を紹介しましたが、労使で生産性を上げることが労働条件を上げる鍵ですので、職場改善セミナーを労使共催で企画したりしています。職場のコミュニケーションも大事ですので、運動会などレクリエーション活動もしています。もちろん、春闘をはじめとする労使協議・交渉や、その他広報活動、福利厚生などもやっています。一番大事なのは、各店舗の生産性を上げることであり、そのために店舗で困り事がないようにすることです。

 労使協議は、4レベルで行ないます。事業所(店舗)レベルでの事業所労使協議会、県単位の事業部レベルおよびカンパニー(例えば近畿カンパニー)レベルでの地区労使協議会、本社レベルでの中央労使協議会です。事業所レベルで解決できない案件は、その上のレベルに上げます。例えば、店の階段の補修といった案件は事業所労使協議会で完結させますが、発注システムのトラブルなどは全社共通の仕組に関わることなので中央労使協議会で。セールスに係る案件については、カンパニー単位で組立てしているので、地区労使協議会で話し合います。

 生産性向上のための主な労使共催の企画としては、政策発表会があります。これは元々、店長以上の会社側幹部だけでやっていたのですが、従業員も会社の政策を理解しないと上手く回らないので店舗の組合代表も参加させて欲しいと言ったのです。これを3年連続でやっておりまして、労使1,400名が一堂に会して、社長から直接、会社の方針を聞きます。また、労使共催レシートキャンペーンというのもありまして、従業員が店舗で買い物をしたら商品券が当たるというイベントです。正確ではありませんが、売上高への効果が年30億円くらいあるのではないかと言われています。
 ARWUの大きな特長としましては、海外の労働運動にまでタッチしていることです。イオングループはかなり早い時期から海外展開しており、メインは中国とASEANです。ASEANは結構過激な労働運動が盛んなため、すぐにストやデモになって、これがエスカレートすると暴動で工場が燃やされたり、死者まで出たりということもある地域なのですが、そうなると会社自体が駄目になって雇用が維持できないわけです。話し合いで問題解決することが大事なのだということを、カンボジアやマレーシアの従業員に説明しました。会社の中に労組を組織して、定期的に労使でミーティングして課題解決するというのが大事なのだと伝えました。これを1~2年かけてやりまして、日本の安全衛生委員会のスキームをレクチャーしながら困り事をヒアリングして、店長には具体的な解決提案をしました。我々が仕掛けた結果、カンボジア、インドネシア、マレーシアでは、現地従業員組合が出来ました。去年、イオンカンボジア労組では初めて日本のような春闘が実施されました。こういうのは非常に珍しい取り組みで、ASEANにおける民主的労働運動のモデルケースのようになっており、UAゼンセンは、イオンモデルを拡げようということで試行錯誤しているそうです。

4.パートタイマーへの組合範囲拡大

 当社が発足した1969年当初は、パートタイマーがおらず正社員だけでしたので、労組員も正社員だけでしたが、そのうちにだんだんと世の中にパートタイマーが出てきました。当社でも、子育てが落ち着いて1日に4時間くらい働くという層が増えてきました。当社の従業員に占めるパートタイマーは、1990年は53.9%でしたが、1996年は64.5%、2014年には80.8%と、どんどん増えてきました。

 当労組のルールでは正社員=組合員でしたので、2000年頃に、従業員に占める組合員比率が15%を下回ってしまいました。労組は、全従業員が団結して皆の声だということを盾に会社との交渉力を持つのですが、そもそも従業員の代表になっていないではないか、という事態になったわけです。それで、組合員の範囲を拡大することが課題になったのです。また、店舗の雇用を維持するには、生産性を上げないといけないのですが、そのためには皆のチームワークややる気が大事だけれども、春闘で掲げるのは組合員の労働条件だけで、パートタイマーの労働条件は、労使ともおまけのようなものという扱いをしていました。レクリエーションも、パートタイマーは組合費を払っていないから対象外でした。しかし、パートタイマーを置き去りにしていては不満・不公平感は募るし、店の生産性自体も良くならない、という事態になりました。
 こうした背景に加え、2004年のパートタイム労働法改正もあって、当労組としても、パートタイマーの処遇改善をメインテーマとしないといけないと考え、その人たちの声を聞くには組合員になってもらうという計画を立てました。人数が多かったので、3年計画でやって行こうということになりました。第1次(2004年)は、パートタイマーのうち職場のリーダー格の人に個別面談して組合員になってもらいました。第2次(2005年)は社会保険加入者、第3次(2006年)は雇用保険加入者を対象として、5万人強のパートタイマーに労組加入してもらいました。これで組織率が70%になりました。労組に加入してもらった以上、労働条件を改善しないといけませんから、毎年の春闘の要求書の中にパートタイマーの処遇改善を盛り込みました。出来る限り、正社員の労働条件と同等にしようというものです。

 2016年には法改正で社会保険適用拡大があり、社会保険に加入しなければならない労働時間・収入要件が引き下げられました。この影響で組織率が下がるのではないかという予測を労使で立てました。つまり、パートタイマーの中には、社会保険に入ると手取り額が減るから、それを回避しようとして、社会保険・雇用保険に加入しなくても良い月87時間以未満にまで労働時間を下げる人が出てくるのではないかという予測です。そうすると、当労組の労組員の範囲は雇用保険加入者(月87時間以上)でしたから、これに伴って組織率も落ちて、従業員の過半数を割り込むではないか。そういう事態を防ぐため、もう一度、組合加入活動を行いました。

 さらに、当社では2012年くらいから労働力不足に悩んでおり、パートタイマーの定年は正社員同様65歳ですが、それで辞めてもらっては店も困るので、シニアアルバイトとして再雇用するケースが多かったのです。しかし、シニアアルバイトは組合員ではなく、最低賃金法の適用外ということもあって、65歳前に比べて時給や福利厚生などの条件が大きく下がるという問題が頻発していました。この人たちの処遇改善も一緒にやらないといけないということもあり、「名実ともに従業員過半数の組合であるように」、「組合員だった人が組合から外れて労働条件が下がるということが無いように」、「今まで組合員でなかったので目配りしていなかった人の課題解決もしよう」、という3つの考えの下に、全従業員(短期契約の学生・季節限定のアルバイトを除く)に組合員になってもらうべく、約5万人向けに加入活動をしました。その結果、現在ではほとんどの従業員が組合員になっています。
 せっかくパートタイマーの皆さんには組合員になってもらったので、組合活動に参加してもらいたいし、話を聞く機会がないと課題がつかめないのですが、勤務時間の短い人が多い。よって、気軽に手軽に参加できるような時間の短いイベントを、回数を増やして実施することにしました。また、相談事やトラブルというのもあるのですが、そのほとんどが職場における上司・同僚とのコミュニケーションに関する課題で、店舗レベルで解決しないといけない問題です。よって、かつては中央労使協議会がメインでしたが、今は事業所労使協議会での解決を重視し、支部(店舗)役員の課題解決スキルなどの教育を進めています。

5.今後の取組み
 80年代の社会は男女の性別による役割分担意識が残っており、女性は結婚したら寿退社するのが当たり前でしたが、その後、子育てが落ち着いたらパートで働きに出るというのが主流で、パートタイマーが拡大しました。1986年に男女雇用機会均等法ができ、徐々に男女平等の意識が芽生えてきまして、当社でも結婚・出産後も働き続ける正社員女性が増えてきました。パートタイマーでもリーダー格の人がどんどん出てきましたので、女性が働き続けるための制度拡充や、そのステップアップ、処遇改善という課題がメインになってきました。2004年にパートタイム労働法改正があり、同一労働同一賃金という言葉も出てきたのですが、当社は先駆けてパートから正社員に転換できる制度を2004年にはつくっていたため、現在、5,000名くらいが正社員に転換して活躍しています。2008年には、パートも含む全従業員の定年を65歳まで延長しました。

 さて、流通業を取り巻く環境は大変な激変期にあります。1つは、少子高齢化に伴う労働力不足です。2つ目に、働き方改革関連法・同一労働同一賃金という法改正です。従業員の大きなウェートを占める非正規社員の処遇を大幅に見直さないといけません。当社は大半の見直しが終わっているので大丈夫だとは思いますが、これから制度改正などに相当お金をかけなければいけない会社が多いと思います。皆さんも就職先を選ぶとき、初任給も大切ですが、それよりもむしろ休みがきちんと取れるか、残業はどのくらいかということに関心が高いと思います。企業もそういうところを充実させることができる会社に生まれ変わらないといけない。そして3つ目。小売業はアマゾンなどeコマースにシェアを奪われています。これにどう対抗するか。最後に4つ目。第4次産業革命が起きています。AIやロボットの技術、こういったものはどんどん取り入れて、働き方改革や生産性向上を進めていくべきですが、そこで働いていた人はこれからどういう仕事をするのか考えないといけません。おそらく、向こう5~10年で流通業は大きく変わりますし、対応できない企業は淘汰されます。会社とともに、意識も働き方も改革を推進すべきだと思います。

以 上

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