総労働時間の短縮とワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取組み
1.自己紹介
皆さんこんにちは。全国生命保険労働組合連合会(以下、生保労連)から参りました米田です。生命保険業における働く現場での現状や、それに対する考え方について、総労働時間の短縮とワーク・ライフ・バランス(以下、WLB)という観点でお話したいと思います。
簡単に自己紹介をさせてください。私は2004年に太陽生命保険に入社しました。最初は東京の町田支社に配属となり、ここで営業支援業務に携わりました。2年目に本社の証券運用部債券運用課に異動となりました。保険業はお客さまから保険料を預かり、万が一の時に保険金でお返しするという事業ですが、その保険料を資産運用する必要があります。私はその部署で国内・外債券や為替の運用を約7年半担当した後に、運用企画部に異動となりました。資産運用の計画を立てる部署です。
さて、太陽生命に入社すると、ユニオン・ショップ制度ですので、すぐに全員、組合員になります。日本の大手の会社はユニオン・ショップ制度を取り入れているところが多いです。その後、私は会社の仕事をしながら組合役員をすることになり、2012年に中央執行委員、2013年からは半専従役員になりました。これは、例えば月20営業日のうち10日は組合の仕事という役割です。その後、2017年に生保労連に出向という形で専従役員となり、現在に至ります。
2.生保産業について
保険業は金融業界の1つですが、大勢の人が予め保険料を出し合って、もし誰かが亡くなったり、ケガや病気、事故に遭ったりした場合等に、必要なお金を支払う仕組みを持っており、まさに相互扶助の精神に基づく業です。保険には生保と損保とがありますが、生保の一番の特徴は、お客さまと長いお付き合いをさせていただく、ということです。
学生さんにはまだ馴染みがないかもしれませんので、生保がどのくらい社会のお役に立っているのかをお話させてください。万が一の場合、例えば、ご家族が亡くなられた場合、悲しみといった心情面はとても取り除くことなどできませんが、経済的な負担だけでも何とかカバーさせていただきたいというところが、生保事業の意義です。2017年度の保険金支払実績は、合計で約20兆円でした。参考までに申し上げますと、国の社会保障給付費が約121兆円ですから、生保はこの2割弱です。公的な保障でカバーしきれないところに貢献できているのではないかと思います。
保険の加入を保険ショップや銀行の窓口で行なうというチャネルも増えてきましたが、やはり一番多いのが営業職員という経路です。営業職員は主婦の女性が多く、自宅や職場に訪問して、対面で販売しています。お客さまと同じ目線で話せるということもあり、主婦の職員が多いのだと思います。対面販売が多いのは、生保は商品自体が難しく、インターネットで理解するのはなかなか難しいからです。先ほどお話したように、生保はお客さまと長い付き合いになります。最初が肝心ですから、対面で説明する必要があります。また、皆さん不幸なことというのは想像したくないもので、保険に自ら入ろうとする人は、なかなかいません。営業職員を通じ、潜在的なニーズ喚起をすることで加入いただくのがベストだと思われます。なお、生命保険会社は日本に41社※あります。(※2019年4月時点)
3.生保労連について
生保労連には生保産業の中の労働組合19組合が加盟しています。結成が1969年で、2019年10月には結成50周年を迎えます。総組合員数は24万名超で、うち73%が営業職員です。先ほどお話したように営業職員は女性が多いため、女性比率が非常に高く、総組合員数のうち86%が女性です。
生保労連の生保産業内の取組みとしては、普段、太陽生命の労働組合といった単位組合と情報交換して、活動支援を行なっています。日本経済・社会等に向けた取組みとしては、例えば、国の政策実現に向けた提言や、税制の問題について提言するために、国会議員と関係を築き、やり取りをしています。また、今日もそうですが、学生の皆さんとお話する等、より良い社会にするために何ができるのかという観点で、産業の枠を超えた取組みも行なっています。
労動組合ですので賃金交渉もありますが、WLBの実現に向けた取組みも、総合的な労働条件の改善・向上における大きな柱として取り上げています。今日はこの取組みの一部を紹介します。
4.WLBの実現に向けた取組み
生保の仕事を大別すると、営業の仕事および企画・事務等の仕事があります。前者は営業現場や支店の仕事で、後者は本社の仕事と考えていただければ良いと思います。私が経験した資産運用は企画・事務の仕事ですが、今日は営業の仕事における、総労働時間の短縮の話をします。と言いますのも、WLBについては社会的な要請の高まりがあり、組合も会社も力を入れており、本社部門はかなりWLBが進んでいます。ほぼ残業も無くなってきていますし、有給休暇も取れる環境が整ってきました。課題は営業現場の方です。今、生保労連も営業現場の総労働時間の短縮に取り組んでいます。中でも、個人営業の方にスポットを当ててお話します。
個人営業関連は、本社-支社-営業機関で構成されます。先ほどお話した営業職員は、営業機関で働いています。営業機関には、お客さまに往訪する営業職員、また、内勤職員として、機関長、総合職、一般職、およびパート・契約社員がいます(図表1)。会社によって違いますが、総合職は概して全国転勤があり、職務も多岐にわたります。一般職は、言わば事務のスペシャリストです。最近は総合職だけでなく一般職から機関長になる人もいます。機関長は営業職員を統括する役割を担っています。実は、この機関長の長時間労働が、生保産業の抱える課題です。
(図表1)個人営業関連の職場と仕事
(出所)講義資料。以下同じ。
職種別の労働時間の実態を見ると(図表2)、一般職は総労働時間も短く、年休も取得できています。しかし、機関長は色々な業務を抱えており、その総労働時間は、連合が一つの目標に掲げている1,800時間を超え、労基法に基づく最大年間法定労働時間2,080時間をも超えています。年休は大体の会社が20日付与していますので、その7割の14日は取るべき、と生保労連は目標に掲げているのですが、機関長は遠く及ばず6日くらいしか取得できていないのです。
(図表2)労働時間の実態
さて、そもそも何故WLBの取組みが必要なのでしょうか。3つの切り口で考えてみました。1つ目は、社会にとって。WLBが進展しないと、日本は大変なことになります。少子高齢化で若い方が減り、このままでは生産力が落ちていきます。国が年金を払う額は増えていきますが、保険料収入は減ります。働く人を増やさないといけませんが、出生率というのは簡単に改善できるものではありません。それではどうすべきか。今まで労働参画していなかった人たちに参画してもらうしかない。それは女性やシニア層の方たちです。生保産業でも、定年が65歳になった会社が増えています。これからは70歳だとか75歳定年に引き上げられる可能性もあります。
2つ目に、会社にとって。WLBは社会的要請が高いです。コンプライアンス、CSRに加え、企業イメージの問題もあります。学生の皆さんも、ブラック企業というレッテルを貼られた会社に就活はしないでしょう。企業の発展にとって痛手です。産業自体の衰退にもつながります。3つ目に、個人にとって。私などは、生保産業という立場、また今は産業別組合の役員という立場に身を置いていますが、学生の皆さんはもっと自分本位で考えても良いのではないかと思います。多様な価値観、多様なライフスタイルがあって良いと思います。健康リスクの問題もあります。長時間残業すると体を壊します。自己研鑽の必要性もあります。しかし中には、好きで仕事をしているのだから良いではないか、という声もあります。昔ならそれでも良かったかもしれません。残業をして、色々な知識やスキル、その会社のスペシャリティを身につけ出世する。会社もそういう人を求めていました。しかし、今はそういう時代ではなくなっています。例えば、かつては太陽生命という会社に入ったら、OJTという形で先輩から仕事を教えてもらい、一生懸命残業し、勉強しました。しかしその仕事が、これからはITの進展やAIの出現で、それらに代替される可能性は十分にあります。そういう中で何ができるのか、というのが大事になります。長い人生で活躍することを考えると、会社の中だけで通用する知識・スキルを身につけるだけでは、皆さんにとってもリスキーですし、会社もそれを求めていません。むしろ、自己成長のために早く帰って、会社以外のところで多様な知識や見識を身につけて欲しい。そういう風に捉えてもらえると、WLBの必要性がしっくり来るのではないかと思います。
ここまでのお話を理解いただいたものとして、生保労連のWLBのこれまでの取組みを紹介します。2008年以来、WLB中期方針を策定しており(図表3)、いま3期目です。めざす姿としては、全ての働く者が健康で豊かに生活するための時間が確保できること、すべての働く者がライフサイクル・ライフスタイルに応じて多様な働き方を選択できることです。これから紹介する生保労連の取組みも、この中期方針に沿ったものです。
(図表3)WLB中期方針
さて、このWLBは労使で取組むことが大事です。賃金交渉においては、敵対しているとまでは言わないにしても労使はカウンターパート同士です。しかし、WLBは労使が協調しないと進みません。2017年12月には、金融産業初の「働き方改革に向けた生保産業労使共同宣言」を採択し、労使で粘り強く取組むということを文書で確認しました。
先ほどお話したとおり、機関長の長時間労働が最大の課題です。各営業機関には営業職員が約30名おり、機関長が統括しています。機関長の仕事は(図表4)、例えば、新商品の研修、コンプライアンス研修、個別指導等といった営業機関内の仕事のほか、支社向けの仕事もあります。一言で言うと、とても大変です。しかし、やりがい、働きがいもあり(図表5)、使命感を持って仕事をしています。営業職員は営業成績に伴う歩合給ですから、機関長は営業職員の生活の責任を負っているということになります。言わば、営業機関という一国一城の主(あるじ)なのです。中小企業の社長と同じような仕事をしていると言っても過言ではないと思います。早ければ20代後半で機関長に就きます。しかし、色々な業務を抱えているがゆえに、長時間労働になっているのが実情です。
(図表4)機関長の仕事
(図表5)機関長の働きがい
そのような中で、生保労連はまず、原因分析をしました(図表6)。機関長は営業職員から色々な相談を受けながらも、支社からは業績を上げて欲しい、営業職員の陣容を拡大して欲しいといった要請を受け、板ばさみになっている構図です。機関長には、長時間労働をしてでもそれらをクリアしないといけないという意識があるのではないか。そうであるならば、業績を落とさずに長時間労働という実態を変えることが重要です。
(図表6)機関長の長時間労働の原因
この解決のために、3つの切り口を考えました(図表7)。1つ目は、勤務関連のルールに関する取組みです。まずは労働時間の実態把握をしっかりやろうということです。取組みが進んだ会社では、防犯カメラに人感センサーをつけて、人が通ったら記録ができるようにすることで、勤怠表との相違があれば分かるようになっています。しかし、こういうルールを作るだけでは、ともすれば労働強化につながります。例えば、かつては夜10時までやって達成していた業績を、8時までで達成せよということになる。よって、業務に関する取組みも必要です。要するに、業務の見直し、効率化、削減です。また、意識に関する取組みも必要です。これまで営業の世界では「時間で稼ぐ」という意識がありました。もう1軒、2軒行けば契約が取れるかもしれない、と。しかしこれからは、限られた時間の中で営業活動を効率化していく、という意識への転換が必要だということです。電通で痛ましい事件があった後、生保業界でも勤務関連のルールに関しては、組合が言わなくても会社がかなり力を入れて取り組んできましたので、生保労連としては、業務および意識に関する取組みに注力したいと思っています。ただ、そうした取組みは、現場任せにするのではなく、会社も組合もサポートしていくことが必要であるという認識です(図表8)。
(図表7)解決の方向性
(図表8)機関長の「めざす働き方」
今後に向けては、この3つの取組みについて各組合と情報交換しながら、各社の先進的な事例について水平展開する中で、産業全体の底上げを図っていきたいと思います。これまで、現状・課題解決への方向性を話しましたが「言うは易く行うは難し」で、簡単にはできません。本当に根深い問題で、一朝一夕には解決しないと思います。打ち上げ花火のように瞬間的に取り組むのではなく、粘り強く継続することが肝要だと生保労連は考えています。
5.学生の皆さんへ
最後に、僭越ながら、私が社会に出てから感じるところをお伝えしたいと思います。会社に入って思うこととしては、人生、日々「勉強」だ、ということです。大学の講義も大事な勉強ですが、勉強というものは机上で行うものだけではありません。例えば、授業が終わって映画を見に行くとします。なぜこういうテーマの映画がウケているのかと考える。スーパーに買い物に行って、キャベツの値段が上がっている原因は何かと考える。旅行も良いと思います。京都にいると、中国や韓国などから観光客が沢山来られると思いますが、仮に減ったとしたら、対日関係はどうなっているのかと感じる。そういうアンテナを張っていると、私の場合は資産運用の仕事に活きてきます。日常生活の些細な事象でも、それはなぜか、と考えるプロセスが大事だと思うのです。
また、今しかできないことを「一生懸命」やることだと思います。私は太陽生命の一社員ですので、他の会社に行くわけにはいきませんが、皆さんは、例えばバイトでも就活でも、色々な会社に行くことができます。いろんな会社を見てください。海外旅行もいいですね。会社に入ったらまとまった休みはなかなか取れません。学生時代の個々の経験はただの点かもしれませんが、それはいつか繋がって線になり、後々活きてきます。
次に、労働組合の役員になって思うことをお伝えします。組合役員は会社の経営と対等の立場で議論することができるため、例えば私の場合、30歳そこそこで、社長や人事担当役員、人事部長などの経営陣を相手に様々な交渉をします。普通はそんな若輩者がそういう経験をすることはないため、非常に勉強になります。太陽生命でもそうですが、企業別組合は会社も組合も目指すゴールは同じです。良い会社にしたい、良い産業にしたい、それを通じて良い社会にしたい。ゴールは同じですが、アプローチする方法が労使で違うということであって、そのすり合わせを労使協議として行なう、ということだと思います。経営の考え方に触れることができ、大変勉強になります。また、組合役員になると、「企業人」から「社会人」に変わることができると思います。入社当初は、自分本位でものを考えていましたが、経験を積むと、会社のために、という観点になり、組合に入ると、全従業員のために、という観点でものを考えられる立場になりました。さらに、上部団体である生保労連にいると、他社も含めた産業の発展のために貢献したい、という考えで仕事をしています。もっと言えば、連合という立場になると、色々な産業の方と仕事をさせていただくことになって、社会という観点でものを見られるようになり、それがまた、私個人の成長にも繋がるという良い循環になると思います。組合の仕事をさせていただいて良かったと思っています。
以 上
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