「働くことを軸とする安心社会」の実現に向けて
本日は3つの主要内容についてお話をしたいと思います。まずは、労働組合というのはどのようなものなのかについてです。それから、労働運動と労使関係についてです。最後に、ディーセントワークについてお話しします。
1.労働組合について
(1)労働組合・労働者とは
労働組合については、労働組合法第2条にその定義が書かれています。「労働組合とは労働者が主体になって自主的に労働条件の維持、改善や経済的地位の向上を目的として組織する団体」と書かれています。
ここで、いくつかの言葉が要点となります。まずは、「労働者が主体」についてです。言うまでもないことですが、労働組合は労働者によってつくられている組織です。労働者でない人はここに属しません。日本国内では約9割の人が雇用労働者でありますが、そうでない人もいます。例えば、農家や、町の八百屋さんや、クリニックなどの自営業者は雇用労働者でないため、労働組合法ではそうした人たちが範囲外となります。もう一つは経営者サイドの人たちです。グレーになるのは中間管理職です。みなさんは、新卒で入社して最初は平社員になり、それから、係長、課長、部長、取締役と出世していきます。取締役は管理職であることに異議がないと思いますが、ではどこまでが管理職で、どこまでが労働組合員になるのでしょうか。それは各会社の人事制度によって、組合員の線引きが行われるわけです。会社ごとに違うかもしれません。予算運用、人事考課などの業務を実際に担当する管理職もいれば、資格上は管理職であっても、実際に部下を持たない人もいます。管理職だから組合員にならないということは必ずしも絶対ではないことを注意してください。事例を取りあげると、マクドナルドの店長が労働者なのか管理監督者なのかということをめぐって裁判になったことがあります。労働者性の線引きが実は曖昧になっています。また、「主体」という言葉ですが、自ら結成することを強調していて、例えば会社からお金をもらって労働組合を立ち上げるというのは認められません。
次に、労働組合はどのような目的で行動しているのかについてです。「労働条件の維持、改善や経済的地位の向上を目的とする」ことが労働組合の主たる目的です。「労働組合は政治活動もやっているのか」という質問がありましたが、労働組合は労働条件の維持、改善や経済的地位の向上を実現するために政治活動を行うことがあります。それは本来の目的と反しないからです。反対に、政党の中で党員が多いから労働組合をつくろうということはできません。また、NPOなどが様々な労働相談を受けているなど、労働問題に深く関わっていたとしても、労働組合法では、それらは労働組合として認められません。
次に、労働組合は法的救済を受けることができます。団結権、団体交渉権、団体行動権の労働三権が憲法に定められているため、もし、そのどれかの権利が侵害された場合、法的救済を申立てることが可能となります。その時に、労働組合なのかどうかが審査されます。定義に相応しいかどうかで救済措置が変わります。管理職組合の「労働者性」が問われ、労働委員会で争われたケースもあります。
また、日本国内のみならず、世界中の労働の実態は常に変化しています。例えば、タクシー運転手を例にあげると、最近はウーバー(UBER)というサービスが海外で流行しており、伝統的なタクシーサービスに代替しようとしています。このように、IT技術の進化などにより、人々の労働は変化しており、あいまいな雇用関係が増えていく可能性があります。ウーバーは雇用関係を持たない人達ですが、しかし管理されているという点では雇用労働者に近いところもあります。
(2)連合の考え方(「働くことを軸とする安心社会の実現に向けて」)
それでは、労働自体が複雑化する中で、私たち連合(日本労働組合総連合会)はどのようなことをしているのかについてお話ししたいと思います。図1は、「働くことを軸とする安心社会」の実現に向けた政策パッケージで、5つの島を橋で繋いでいるイメージです。その5つの島が、安心社会を支える5つの主要課題「雇用」「教育」「家庭」「失業」「退職」を意味しています。
まず、真ん中は「雇用」の島です。島の中に橋がありますが、これは正規雇用と有期雇用、派遣などいわゆる非正規雇用の行き来をイメージしています。この島では、雇用政策と一体となった産業政策を推進し、良質な雇用創出を目指しています。また、公正なワークルールの整備を通じて、働く側が選択できる働き方の多様化を実現していきます。同時に、労働組合などの集団的労使関係システムの構築をめざしています。
それから左上は「教育」の島です。この島では、教育と働くことを繋ぐことを目的としています。全ての子どもたちに学ぶ機会を保障し、誰もが排除されないインクルーシブ教育を通じて、働くことの意義・生きる知恵を学ぶ機会を拡充していきます。また、「教育」と「雇用」を繋ぐ橋は一方通行ではなく、学ぶ場から働く場への円滑な移行支援はもちろんのこと、いつでも学び直しのできる環境整備も重要となります。
次に、右上は「家庭」の島です。この島では、子育てや介護を社会全体で支え、男女平等参画社会を構築することを目的としています。最近は、男性の家事・育児や地域づくりの参加促進、介護を支えるサービス、所得保障の拡充が政策的な課題となっています。具体的な例を申し上げると、男性の家事・育児参加促進で、「イクメン」という言葉が流行っています。連合では、「イクメン」をサポートするために、男性の育児休暇取得などの新たなワークルールを積極的に促進しています。また、「高齢社会」と呼ばれる日本では、介護問題が家族のみならず、社会全体の課題になっています。介護活動を支えるため、フレックスなワークスタイルの定着やヘルパーの教育、雇用や医療・介護施設の整備などが重要になっています。
そして、「失業」の島です。「失業」と一言で表現していますが、「企業倒産」などによる失業と「キャリアアップ」をめざした自発的離職をまとめて「失業」としています。彼らの復職・就労支援をするため、(1)全ての雇用労働者に雇用保険・健康保険を適用、(2)雇用保険の給付対象とならない人への支援制度拡充、(3)生活保障制度の確立、(4)住居と医療の保障、の4つのセーフティネットを構築し、失業から就労へと繋ぐことを実現していきます。
最後に、「退職」の島です。ここで掲げている目標は、「生涯現役社会をつくる」ことです。定年退職後でも、社会的貢献や文化活動など幅広く活躍できるようサポートしていきます。また、それを実現するために、信頼できる年金制度の整備と、地域での医療・介護へのアクセスを保障していきます。
このように、色々なところへの架け橋をイメージしているのがこの「安心社会」だと理解してもらえればと思います。
2.労働運動と労使関係
(1)働くということについて
それでは、「働くということ」について少し考えてみましょう。第二次世界大戦中に採択された「ILOフィラデルフィア宣言」が「働くということ」の根源をなしています。その中では、①労働は商品ではない、②表現と結社の自由は、不断の進歩のために欠くことができない、③世界のどの片隅にでも貧困があれば、それは全体の繁栄を脅かす、④欠乏に対する戦いは、(略)労働者及び使用者の代表者が政府の代表と同等の地位において遂行する、ということが掲げられています。特に重要なのは、「労働は商品ではない」ということです。もしかすると、経済学部の学生であれば、「労働は供給と需要の関係があり、商品ではないか」と考えるかもしれません。
労働と賃金は、交換関係にあるという意味では取引関係にあります。しかし、労働は人間の営みであり、カネやモノとは本質的に異なります。労働者には人権というものがあり、単なる商品でないということです。それから、労働市場の特殊性という特性があります。労働市場にはストックが効きません。労働については、人間の日常生活を損ねる方法で取り扱うことができません。例えば、最初の3日間を一睡もせず働いて、後の4日間を休めば大丈夫、ということにはなりません。人間は毎日食事をして、睡眠を取ってはじめて働けるようになります。それが、労働はストックが効かないということです。また、長時間労働もさせられません。機械であれば、24時間稼働しても疲れませんが、人間には休養が必要です。さらに、労働者の最低水準の生活を保障する必要があり、法律でも、最低賃金以上の水準で雇うよう規制しています。
そして、人間は、労働経験を積むにつれて労働能力が上昇するので、その能力に見合った賃金を支払うことが要求されます。そもそも、企業の価値は、つくっている商品の価値だけではなく、そこで働く人が価値創造をしているのです。労働力は企業の資源であり資本であって、人的資源や人的資本と呼ばれています。こうしたことから、「労働は商品ではない」ということがいえるのです。
次に、1948年12月10日の第3回国連総会で採択された「世界人権宣言」をご紹介したいと思います。その第1条では、「すべての人間は生まれながらにして自由であり、かつ尊厳と権利について平等である。人間は理性と良心を授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。」と書かれています。世界各国の憲法や諸法律は、この世界人権宣言に基づいて定められています。さらに、「宣言」の第23条では、「人権としての労働の権利」が書かれています。
世界人権宣言は、条約ではありませんが、普遍的原理ととらえられ、そこから人権に関する条約が締結されています。日本の憲法や労働法についてもこうした普遍的原理を踏まえたものとなっています。私たち労働組合も、もちろんこちらの原理に沿って活動しています。
(2)労働組合の組織率について
近年は労働者の組織率が年々低下しています。図表2で、上の折れ線グラフが組織率を表しています。ご覧の通り、年々低下傾向にあることが分かります。その理由として主に2点挙げられます。
まずは、産業構造の変化によるものです。近年、第三次産業(所謂サービス業)に従事する労働者が急増している中、彼らの組織化が大きく遅れていることが全体の労働者組織率に影響していることが考えられます。
それから、雇用形態の変化によるものです。図表が示しているように、1998年から毎年、パートタイマーが増えています。今や、日本国内の総労働人口の4分の1を占める割合に上っています。彼らの組織化が遅れていることが大きな要因だと考えられます。
図表2で、下の折れ線グラフがパートタイマーの組織率を表しています。年々上昇していますが、今でも約7%で、まだまだ低い水準であります。パートタイマーをどのように組織化していくのかが、連合にとって重要な課題となっています。
(3)労働組合の取り組みについて
①自由と民主主義・労働組合主義を基調とする運動
続いて、労働組合の運動について話をしたいと思います。労働組合はある目的を持って活動しています。労働組合は運動体であり、そこにはそれぞれの思想が存在します。実は、日本の労働組合では、常に左右のイデオロギーが対立しています。日本の労働運動は左右のイデオロギー対立の歴史だったと言っても過言ではありません。私たち連合の労働運動は自由と民主主義を基本としています。それは、政治、経済、社会に対して民主主義の徹底を求め、言論、結社の自由を保障し、人間が生まれながらにして持っている基本的人権を尊重し、専制政治や独裁政治に対しては毅然として闘うという運動思想を意味しています。また、私たちは労働組合主義―労働条件の維持・向上―を主たる目的とし、経営や政党などの支配介入を受けない自主的組織となることを信条にしています。さらに、社会の不条理に対抗し、社会の堕落・荒廃を防ぎ、社会をより良い方向へ改革しようとする社会正義を貫いています
それでは、労働組合主義に基づく運動とは具体的にどのようなものでしょう。それは、主に3つの運動から成ります。まずは、「Labor Movement」です。これは生活諸条件改善のために、経営者との交渉によって獲得するものです。それから、企業との交渉のみならず、法律・産業改革などをめざし、政府に実現を求める「Political Movement」です。例えば、今年は長時間労働の是正を政府に主張しています。最後は、「Co-operative Movement」です。冒頭に紹介した安心社会の実現は、協同組合や共済活動なしでは考えられません。例を申し上げると、日本の労働者は定年退職後、年金と貯蓄で生活していますが、公的保障だけで十分とは言えません。そこで、労働組合の共済活動を通じて、前もってお金を積み立てるのです。もしもの場合に備えて、労働者の支えとなる活動を労働組合が行っているのです。
②労使関係の3つの機能
労働組合は、労使関係における3つの機能を持つことを強調しておきたいと思います。まずは、「労働条件の決定」です。労働条件の決定は、労働者と使用者間の個別合意、い
わゆる個別労使による労働条件決定と、たくさんの労働者、もしくは産業などを含む社会横断的労働条件決定の2つのパターンがあります。日本では、個別労使による労働条件決定が圧倒的に多いですが、欧米ほど多くないものの、社会横断的労働条件決定もあります。例えば、各地域の最低賃金や、特定の業界の環境整備などです。それら諸条件の決定に労働組合が関わっているのです。
2つ目の機能は、「労使コミュニケーション」です。つまり、労働組合の発言という意味です。先ほどの労働条件の決定とも関係しますが、労働組合が、企業・事業所もしくは全国・産業レベルでの意思決定において、発言を通じて実現をはかることを意味します。その裏づけは数です。数と団結力が労働組合の力の源泉になります。問題が発生したときの対応行動として「退出」と「発言」があります。「退出」はそこから出て行くこと。雇用であれば退職を意味します。これは個人にとっては問題から離れるのですが、本質的な解決にはなりません。これに対して、「発言」は問題の解決を求めることを意味します。
3つ目の機能は、「紛争解決と予防」です。集団的または個別的労働紛争の解決・予防には、労働組合が介入しています。集団的紛争は、労働組合と経営側の間の紛争です。労働組合はストライキする権利を持っているので、ストライキを通じて紛争解決をはかることができます。ただし、最近の日本ではストライキは非常に減っています。一方、個別的紛争は、例えば不当解雇など、個別の労働者に対する待遇に争いが生じた場合の紛争のことで、これが増加傾向にあります。個別紛争が発生した場合、労働組合もその解決に関わります。しかし、個別紛争が起こらないよう予防することがもっと重要です。
3.ディーセントワークについて
最後に、ディーセントワークについて話をしたいと思います。ディーセントワークとは、「働きがいのある人間らしい仕事」ということです。具体的には、以下のようなことになります。一見、当たり前のような内容になっていますが、当たり前になれないこともあることが現実です。
図表3は日本におけるディーセントワークの推進をイメージしたもので、本日の講義の内容をほとんどカバーしたイメージです。要点を再度強調しておくと、現在の連合は、「働くことを軸とする安心社会」をめざして取り組んでいます。そのあるべき姿は、ただ成長一筋に求めることではなく、公平・公正のワークルールを築くことが重要であると考えます。雇用の量だけでなく、質も重要です。良質な雇用を維持・拡大するため連合は様々な主張をしています。
ご清聴ありがとうございました。
以 上
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