同志社大学「連合寄付講座」

2016年度前期「働くということ-現代の労働組合」

第10回(6/17

進行するグローバリゼーションにどう対応するか
―国際労働運動の役割と取組み―

ゲストスピーカー:西原浩一郎 金属労協(JCM)顧問

 本日は、国際労働運動のお話しをしたいと思います。まずは基本的なことについてお話ししたいと思います

1.はじめに

 私は自動車総連の出身ですが、自動車総連は、連合を通して、各国のナショナルセンター(全国中央組織)で構成する国際労働組合総連合(ITUC)に加盟しています。ITUCは、世界の貧困問題や労働者の権利保護など中心に、国連や各国の政府等に対して様々な働きかけを行う組織です。ITUCには現在、世界163ヶ国の334の労働組合が加盟しており、組合員数は1億7千600万人にのぼります。
 また、自動車総連は、日本の金属産業の労働組合が加盟する金属労協(JCM)にも加盟しており、さらに、そのJCMが加盟しているのがインダストリオールという国際産業別組織です。この講義では、インダストリオールの取り組みを中心にお話ししたいと思います。
 はじめに、グローバリゼーションとは一体何でしょうか。一般的には、世界的に国同士のつながりが強化され、相互に作用する関係が深まり、その影響が拡大している過程のことです。別の言い方では、社会や経済の関係が国家の枠組みを越えて、様々な変化やつながりを引き起こす現象のことだとされています。
 そして、特に労働組合は、経済のグローバリゼーションについて、大きな課題意識を持って活動しています。現在は、ヒト・カネ・モノ・情報が、国の枠を越えてグローバルに広がっています。こうしたグローバリゼーションの動きは、市場や産業構造に大きなインパクトを与えます。
 私の経験で、特にグローバリゼーションを実感したのは、かなり昔の話になりますが、ヨーロッパのアイスランドで火山が噴火したときです。そのことによって、私が働いていた日産自動車の日本工場の生産が止まりました。なぜでしょう。それは、アイスランドから電子部品を空輸しており、火山噴火によって飛行機が飛べなくなったからです。車は約3万点の部品から構成されていますが、そのうちの一つでも欠けると製造することができません。アイスランドの火山によって日本の工場の生産が止まる。これは、まさにグローバリゼーションといえます。
 また、タイの洪水の時には、日本の自動車産業で多くの工場が生産をほとんどストップするという事態に陥りました。今やこうした海外での災害に対してどのように対処するかが非常に大きな問題になっています。
 なお、経済のグローバリゼーションは、技術革新や情報革新を起こして、経済成長を促し、富や雇用を拡大してきました。結果として、途上国の貧困減少にも寄与してきました。しかしながら、一方で、グローバルな企業競争の激化や、何事も市場に任せれば上手くいくという市場原理的政策中心のグローバリゼーションの進行が、各国で社会的・経済的格差を広げ、非正規労働を拡大し新たな貧困を生んでいます。世界の労働組合は、国を越え、連携・協力して、グローバリゼーションがもたらす影の部分、すなわちその影響が働く人に不公正な現実を生んでいることに焦点をあて、その是正・改善に取り組んでいるのです。

2.企業行動に関する国際ルール

〇中核的労働基準
 まず、皆さんに覚えていただきたいのが、ILO(国際労働機関)の中核的労働基準です。ILO は、労働問題を取り扱う国連の専門機関のことです。現在、全体で189の条約が定められていますが、その中で、特に労働に関して最も基本的な最低限守らなければならない4原則8条約を中核的労働基準として定めています。この8条約には2つの側面があり、ひとつは、「人としての尊厳を守るための労働者の基本的人権」で、もうひとつは、「労働者と使用者が対等に交渉して適正な賃金や労働条件を決定するためのフレームワーク」であるということです。そして、ILOは、政府、労働組合、経営者の三者構成の機関です。三者それぞれの代表者が加盟各国から集まり、条約について論議・決定しているのです。三者構成であることは、非常に大きな意義をもっているといえます。

【4原則・中核8条約(中核的労働基準) 】
労働において最も基本的な最低限守るべき基準
  • 結社の自由および団体交渉権
     87号(結社の自由及び団結権の保護に関する条約)
     98号(団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約)
  • 強制労働の禁止
     29号(強制労働に関する条約)
     105号(強制労働の廃止に関する条約)
  • 児童労働の実効的な廃止
     138号(就業の最低年齢に関する条約)
     182号(最悪の形態の児童労働の禁止及び撤廃のための即時行動に関する条約)
  • 雇用及び職業における差別の排除
     100号(同一価値の労働に対する男女労働者の同一報酬に関する条約)
     111号(雇用及び職業についての差別待遇に関する条約)

 この中核的労働基準で、最も重要なのは、「結社の自由及び団体交渉権」です。
 87号は、労働者や経営者が、事前に許可を受けることなく団体を設立し、加入する権利を規定するとともに、政府によって解散させられたり、活動を停止させられたりしてはならないことが定められています。しかし、中国、タイ、インド、ミャンマー、ベトナムなどのアジアの国々は、この条約を批准していません。
 98号は、例えば、労働組合への加盟や組合活動への参加で、差別的な扱いを行ってはならないことが定められています。解雇や労働条件の引き下げなどの、労働組合からの脱退を雇用の条件にすることもいけません。そして、団体交渉によって労働者と雇用者が話し合い、合意して賃金や労働条件の改善をはかることを奨励しています。
 続いて、「強制労働の禁止」ですが、29号は、処罰の脅威、つまり、脅迫して労働を強制したりすることは一切禁止するということです。ただし、「兵役」と「災害等による緊急時」については例外となっています。ヨーロッパでは、日本のサービス残業が強制労働にあたるのではないか、といった論議も行われています。
 105号は、労働を政治的な理由や教育などの手段、ストライキ参加などに対する制裁に用いてはならないということを定めています。実は、日本は批准していません。なぜなら、日本は公務員のストライキを禁止し、違反すると懲役になるからです。日本はこの法律があるため、105号を批准していないのです。
 「児童労働の実効的な廃止」について、138号は労働の最低年齢に関する条約です。労働の最低年齢の基準は15歳です。ただし、発展途上国では14歳まで認められています。軽作業の場合は13歳(途上国では12歳)、健康や安全に被害を及ぼすと考えられる場合は18歳となります。
 182号は最悪の形態の児童労働に関する条約で、つまり、武力紛争への強制的な参加、麻薬の製造・販売、売春などを指しています。
 最後は、「雇用及び職業における差別の排除」です。100号は、同一の仕事においては男女によって差別せず、同等の報酬を与えなくてはならない、といった、同一価値労働同一賃金について定められたものです。111号は、労働に関して、例えば人種や肌の色、性別、政治的見解、出身によって差別することを禁じています。ちなみに、日本は111号も批准していません。なぜ批准しないのか、私は政府に問いかけてみましたが、関係する法律が多いため、整合性を慎重に整理をしているとの回答で、その状況が何十年も続いています。ILO加盟国の4分の3はこの条約を批准しており、日本は少数派となっています。

〇ILO多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言
 多国籍企業とは、様々に定義されていますが、一般的には、複数の国に活動拠点を設けて世界的に事業活動を展開している営利企業を指しており、企業の規模も重視されます。日本の自動車メーカーはすべて多国籍企業に該当します。

【ILO多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言(1977年採択)】
  • 国際的な労働基準の遵守、事業を行う国の開発目標等との調和
  • 雇用促進と安定、機会と待遇の均等
  • すべてのレベルの労働者に対する適切な技能訓練や昇進機会の増進
  • 労働条件と賃金の改善、高い労働安全衛生水準の確保
  • 健全な労使関係の促進

〇労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言
 労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言は、先ほど説明した中核的労働基準について、その重要性から、批准・未批准に関わらず、尊重・促進・実現する義務があることを宣言しています。日本の場合は、105号と111号の2つの条約を批准していませんが、尊重・促進・実現していく義務があるのです。

【労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言(1998年採択)】
すべての加盟国は、4原則を「労働者の基本的な権利」として、関連するILO条約(中核8条約)の批准
  • 未批准に関わらず、尊重・促進・実現する義務があると規定

〇自動車総連の海外日系事業体の組織化に対する考え方
 そして、自動車総連の海外工場などにおける組織化に対する考え方について少しお話ししたいと思います。海外の事業体で働く人たちが、労働組合をつくりたいと考えると、現地で組織化に向けた様々な活動が行われます。こうした動きに対する自動車総連の考え方を、3つの原則に取りまとめています。
 1つ目は、未組織労働者は組織化されるべきであるということです。
 2つ目は、海外日系事業体の組織化は、政府や経営者など、第三者の影響を受けることなく、現地従業員の自由な意見に基づき、民主的な方法で決定されるべきということです。
 3つ目は、組織化が実現される際は、当該国のインダストリオール加盟組織による組織化が望ましいということです。
 最も尊重されなければならないのは2つ目です。これは、自動車総連が、日本の経営者、現地のマネージャー、現地の労働組合それぞれに対して主張していることです。

3.インダストリオールの主要目標について

(1)目的
 これからが本題です。冒頭にご紹介したインダストリオールの主要目的は何なのかということについてです。
 ひとつは、より強力な組合をつくるということです。様々な国からインダストリオールへの加盟申請が寄せられますが、加盟を認める際に最も重視するのは、その組合が、真に組合員を代表し、政府や経営者から独立・自立し、民主的な運営がなされているか、ということです。その辺りを見極めた結果、加盟を見送るケースもあります。
 そして、もうひとつは、ILO中核的労働基準を経営側に浸透させていくということです。特に重視しているのは、結社の自由と団体交渉を承認させるということです。そして、海外で重要なのは児童労働の撲滅に向けた取り組みです。南アジアでは児童労働が非常に多く見受けられます。インドやバングラディシュで見られる最も危険な児童労働の一例は船の解体で、大きな船を、子どもたちがヘルメットなどの安全器具を使わず裸足で解体しているのです。とても過酷な労働だといえます。
 ここで、皆さんに知っていただきたいキーワードは、「ディーセントワーク」です。「ディーセント」とは、英語で「まともな、適正な」という意味です。これは、1999年のILO総会で掲げられたもので、日本語に訳すと、「働きがいのある人間らしい仕事」です。つまり、働く人の権利が保障されていて、十分な収入、適正な社会保障が与えられる生産的な仕事をめざしていこうということです。グローバリゼーションが拡大する中、すべての働く者のディーセントワークをいかに実現させていくのかが、最も大きな目標であるといえます。

(2)活動
 続いて、労働者がグローバル資本に立ち向かうための活動についてお話ししたいと思います。多国籍企業の力は非常に強大です。労働組合より資金も情報も持っています。それに対して、それぞれの国で労働者がバラバラに要求しても難しいことから、各国の労働者が力を合わせて、貧困や失業、不平等といったことにしっかりと対応していく必要があるのです。リーマンショック後の金融危機では、製造業も極めて大きなダメージを受けました。インダストリオールは、こうした危機に対応していく役割も求められているのです。
 また、労働組合の女性参画を進めていくことも重要です。インダストリオールでは、執行部の女性役員比率や大会参加者の女性比率を定めています。JCMの執行部も、これまで男性ばかりでしたが、私が議長に就任した際、初めて女性を登用し、13人中3人が女性になりました。女性の視点を、女性に関する問題だけではなく、すべての活動に取り入れていくことで、JCMの活動は強化されたと感じています。
 また、安全な職場づくりも大切です。国際社会で起きている労働災害は非常に大規模です。2013年に、バングラディシュで世界的なブランドの縫製工場が入居するビルが倒壊しました。これは、工業用ミシンの振動も影響したといわれています。この事故は、1,100人以上の労働者が亡くなり、2,500人以上の労働者が怪我を負いました。そして、そのほとんどが女性でした。
 インダストリオールは、現地の労働組合を支援し、ILO を通じて、現地経営者と安全協定を結びました。そして、現地に専門家を派遣して安全性をチェックし、その結果、いくつかの工場を閉鎖しました。死傷者に対する補償問題は、現地の経営者にほとんど資金がないため、欧米のブランド企業からお金を集め、それを原資に補償を行うスキームを採りました。こうした取り組みに対して消極的な企業もいくつかあり、各国労組が連携して国際的なキャンペーンも展開しています。

4.海外現地労働組合の課題と取り組み
 これまでの話を踏まえて、ここからは、海外における健全な労使関係の構築に向けた取り組みについて考えていきたいと思います。
 皆さんも、多くの方は社会に出て企業に勤めることになると思いますが、海外との結びつきの強い会社は意外と多いと思います。なお、海外で日系製造業が雇用している労働者は2013年度で480 万人、現在では500万人近くになっているでしょう。労使紛争も多く、また、紛争まで至らなくても、現地の労働組合が日系の企業に対して大きな不満、不信感を持っているケースもたくさんあります。労使関係が健全でないまま成長できる企業はありません。そうしたことから私たちは、海外事業体で健全な労使関係を構築していくための活動を進めています。
 経済成長の過程で様々な歪みが生じ、それが経済格差につながります。これは、発展途上国だけでなく、今や日本・欧米でも見られることですが、グローバリゼーションの負の側面であると感じています。
 また、発展途上国では、物価が上がり、年金・健康保険などの社会保障制度が先進国ほど整備されていないことも労使紛争の背景にあります。なお、2011年には、インドネシアの金属労組を中心に、ストライキ・デモにより派遣労働に関する法律の改正を求め、彼等は勝利しました。インドネシアでは、仕事がコアとノンコアの2種類に分かれていました。コアは主要業務、ノンコアは補助業務のことです。派遣労働者はノンコアの仕事を担うことになっていましたが、コアの仕事との区分が曖昧で、その解釈をめぐって、日系の自動車メーカーや部品企業でも労使紛争が相次いで発生し、JCMも、現地労組をサポートしながら、日本本社の経営者に働きかけるなど、公正な解決に努めてきました。法的には現在、派遣労働者ができる仕事は清掃、警備員、食堂ケータリング、通勤バスの運転手、石油等鉱山の補助的業務の5種類に限定されました。
 途上国では、政府の労働組合・労働運動に対する抑圧的・弾圧的な姿勢も多く見られます。タイにある日系自動車部品企業では、「銃を持った警官の立会いのもとで団体交渉をしている」といった現地労組からの訴えもありました。カンボジアでは最低賃金の引き上げを求めるデモへの警察の発砲事件が起き、何人もの死傷し、JCMとして、日本のカンボジア大使館に抗議したこともあります。
 なぜここまでするのかというと、こうした国々では、政府が、労働組合は経済成長の為の外資導入の妨げになる、と考えているからです。経営者も、労働組合がない方が良いと考える傾向にあり、現地日本人経営者の現地労組への敵視・軽視の姿勢も散見されます。
 一方で、現地の労働組合が多くの問題を抱えているのも事実です。日本の組織率は18%弱まで低下していますが、タイでは3%しかありません。さらに、その中で、考え方の違いだけでなく、人間関係の対立があり、労働組合同士の対立も生じています。私たちも、現地の労働組合を支援しなければならないのですが、その執行部の考え方が本当に現地の労働者の声を真に反映しているのかについては、しっかりと見極める必要があると考えています。
 労使紛争については、組織化の際に起こることが非常に多いのです。極端な例では、フィリピンの日系自動車メーカーの現地資本の販売会社で、労働組合を結成するための選挙を行うことになりましたが、その選挙当日、経営者は、100人の人を社員として雇い、組合に反対する票を入れるよう命じたのです。彼らは、翌日にはいなくなりましたが、結果として、組合を結成することができませんでした。
 タイにある日系のオートバイ工場では、労使間で結んだ労働協約で、「作業内容を変更するときは協議をしなければならない」となっていましたが、会社は、座って作業していたものを立って作業するよう一方的に命じました。会社は、「これは作業内容ではなく、作業姿勢なので協議をする必要はない」と主張したのです。これは、公正な態度とはいえません。生産性は、労働者の理解と協力があって初めて向上するものです。日本ではあり得ない光景ですが、発展途上国ではこうしたことが起きているのです。

5.最後に
 基本的に日本企業は、比較的海外でも公正な労使関係に努めていると評価されていますが、それでも労使問題は起こります。皆さんが、将来会社に入って海外勤務されることがあったとしたら、現地には現地の文化や暮らしがあることを理解して、現地の人達と積極的にコミュニケーションを取るよう努力してください。
 現地の労使関係から目を背けず、健全な労使関係に向けて頑張ってください。働く人への誠実な態度と行動は、周りのみんなが見ているものです。
 ご清聴ありがとうございました。

以 上

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