同志社大学「連合寄付講座」

2016年度前期「働くということ-現代の労働組合」

第4回(5/6

総労働時間の短縮とワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取組み

ゲストスピーカー:藤本 英和 全国生命保険労働組合連合会(生保労連)中央副執行委員長

本日は、「ワーク・ライフ・バランスの実現」をテーマにお話ししたいと思います。

1.生保労連の紹介

①組織紹介
 はじめに、生保労連は、生命保険会社の営業部門・事務部門で働く労働者を組織する生保産業の産業別労働組合で、1969年に結成され、今年で46年目となります。組合員数約25万名のうち約8割が女性で、働く女性が多い組織といえます。
 現在、日本には40数社の生命保険会社があり、そのうちの16社19組合が生保労連に加盟しています。16社以外の会社の多くには労働組合がなく、生保産業唯一の産業別労働組合として活動しています。なお、損保系の生命保険会社は「損保労連」という別の産業別労働組合に加盟しています。
 生保労連に加盟する組合は、それぞれ会社が異なり、日頃の営業現場ではライバル関係になりますが、産業別労働組合では、同じ産業で働く仲間として、産業の発展に向けて力を合わせて取り組みを進めています。このように、ライバル同士が力を合わせて頑張ることができることも労働組合の魅力であると私は感じています。

②運動方針
 続いて、生保労連の運動方針についてご紹介しておきたいと思います。運動方針は、会社の経営方針や事業計画と近いもので、我々が活動していく上でのベクトルになります。
 生保労連は、「生保産業の社会的使命の達成」、「総合的な労働条件の改善・向上」、「組織の強化・拡大」、「生保産業と営業職員の社会的理解の拡大」の4つの柱を掲げて取り組みを進めています。特に、「総合的な労働条件の改善・向上」は、組合員の賃金や働く環境をより良くするための取り組みであり、今回お話しする「ワーク・ライフ・バランスの実現」に向けた取組みもこの中に含まれています。
 生保労連は、加盟する企業別組合に対して大きな方向性を示し取り組みを推進していくと共に、企業別組合の活動支援につながる情報共有や情報提供等を行っています。また、業界団体である生命保険協会とも定期的に意見交換を行っています。
 さらに、組織の外側への働きかけとして、個別の会社や企業別組合では解決できない国の政策・制度に関わる課題等に対して働きかけも行っています。
 また、生活設計に対する理解促進に向けた取り組みにも力を入れています。この中にも、夢や目標を持っている方が多くいらっしゃると思います。夢や目標を実現していくためには人生におけるリスクを想定し、準備しておくことが大切です。生活設計と深く関わる産業としてその重要性を伝えていくことも、私たちの役割のひとつだと考えています。

2.ワーク・ライフ・バランスとは

 それでは、本題であるワーク・ライフ・バランスについてお話しをしたいと思います。
 ワーク・ライフ・バランスの「バランス」ですが、その意味は、「つり合いが取れている状態、均衡」です。仕事だけでも生活だけでもなく、そのバランスを取ることが重要であることから、ワーク・ライフ・バランスと呼んでいます。皆さんも色々なアルバイトをされているかと思いますが、学業とアルバイトとのバランスを取ることはとても大切です。仕事も同じです。プライベートと仕事、育児や介護等と仕事、このバランスをしっかりとることが重要です。
 ワーク・ライフ・バランスは、1970年代に欧米で生まれた考え方で、日本では2000年前後から浸透し、近年は定着しています。なぜ、最近話題になっているのかについては、働きがいや生きがいといった視点はもちろん、男女共同参画の推進や多様な人材が活躍できる環境整備といった視点からも重要になっていることが、その理由のひとつだと言えます。
 生保労連では、約10年前からワーク・ライフ・バランスの実現を取組みの柱に掲げてきました。そうしたこともあり、生保産業のワーク・ライフ・バランスは、かなり前進してきていると認識しています。ただ、その一方で課題も多く残されていることから、新たな中期方針を2014年8月に策定し、2020年を目標とした取り組みを現在進めているところです。
 生保労連が考えるワーク・ライフ・バランスとは、単に早く帰ることや休みを多く取ることではありません。私たちがめざす姿は、仕事と生活が働く者にとって相互に良い影響を与えて、仕事と生活を好循環させていくことです。このめざす姿を実現するための基盤として、ワーク・ライフ・バランスに対する理解を促進することや、重要性への意識を醸成していくことが重要であると私たちは考えています。
 経営側は業績重視になりがちであることから、労働組合としては、労働者の視点に立って取り組むことが大切です。しかし、経営側を無視し、労働者の視点だけで取り組みを進めることもできません。労使が課題認識を共有し、連携して取り組みを進めていくことが重要です。
 また、ワーク・ライフ・バランスは、男女共同参画とも深く関わっていることから、生保労連では、女性の活躍促進に向けたセミナー等も行っています。

3.「ワーク・ライフ・バランス」の実現に向けた課題 ~総労働時間の短縮を中心に~

 続いて、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて、労働組合がどのような役割を果たしているのかについてお話ししたいと思います。
 はじめに、ワーク・ライフ・バランスの実現がなぜ必要なのか、皆さんにも少し考えていただきたいと思います。皆さんは近い将来、社会に出ることになりますが、皆さんがこれから働き始める時代は、私の新入社員の頃から激変しています。価値観やライフスタイルも多様化してきています。私の頃は、長時間労働による健康への悪影響についてはほとんど指摘されませんでしたが、近年はそれが声高に叫ばれています。
 また、企業も社会的責任が重視されるようになりました。利益を上げるだけでなく、会社が社会に対してどれだけ貢献できるかが問われるようになり、また、それによって企業のイメージが大きく変化し、人材の確保にも影響します。
 そして、社会も大きく変化しています。特に、少子高齢化が進み、働く人の数が減っていきます。これまでのように、長時間働くことのできる男性社員だけを重用していただけでは立ち行かなくなってしまいます。働く者にとっても、会社にとっても、社会にとっても、ワーク・ライフ・バランスを実現しなければ、世の中全体がうまく機能しない状況になっているということです。
 仕事が好きだから「放っておいて欲しい」とおっしゃる人もいるでしょうが、働く者にとって、会社にとって、社会にとって、「あなただけの問題ではない」という世の中になっていることを認識しなければなりません。長時間労働による健康被害で過労死するといったニュースを最近よく見かけます。「ずっと仕事をしていたい」という人でも、こうしたことは起こりえます。また、過労死によって会社のイメージが悪くなると、そこで働く人達にも迷惑をかけてしまいます。社会全体が、ワーク・ライフ・バランスの実現をしっかり意識していくことが重要といえます。

 次に、ワーク・ライフ・バランスの取り組みの中でも特に重要な「総労働時間の短縮」についてお話しをさせていただきます。総労働時間の短縮には2つの視点があります。「働く時間を短くすること」と「休みを取ること」です。労働組合は、この2つの視点から総労働時間を短縮しようと取り組みを進めています。
 連合がまとめた一般労働者、いわゆる正社員の方の労働時間のデータによると、標準的な労働時間は、1日8時間×1ヶ月約20日間×12ヶ月=年間約1900時間とされており、連合では1800時間を目標に取り組みを進めています。
 日本全体の平均総労働時間は減っており、直近では1900時間を下回っている状況です。その理由は、パートタイム労働者の割合が年々増加しているからです。パートタイム労働者は2014年時点では全体の約3割を占めています。元々労働時間が短い当該層の割合が増えているので、全体の総労働時間も当然減ることになります。
 一方、正規労働者の総労働時間については減っていません。2014年時点の総労働時間は2012時間で、労働組合が目標とする1800時間を大きく上回っています。
 平均年次有給休暇の取得状況を見てみると、こちらも概して増えておらず、日数で9日前後、取得率で50%を下回る状況が続いています。この数値は、海外と比較しても低位にあり、政府の目標である「2020年までに取得率7割」からも遠い水準です。

 その他にも、様々なデータから課題を読み取ることができます。
 例えば、長時間労働と関連して、総務省のデータでは、男性正規労働者で週60時間以上働く人の割合は約15%と高い割合が示されています。週60時間とは過労死認定基準である月80時間の残業があるということです。また、厚労省のデータでは、約半数の事業所で違法な残業があり、16%の事業所で月100時間を超す残業があるといったことも明らかになっています。他の研究機関からは、裁量労働制(実労働時間に応じた残業代が発生しない労働時間制度)が適用される労働者の労働時間が長い傾向にあるといったことも発表されています。
 また、休暇取得と関連して、民間企業が欧米・アジア等の26の国・地域を対象に実施した調査によると、日本人で、有給休暇を全く取得していない人の割合が16%、有給の取得に罪悪感があるかという問いに「はい」と答えた人の割合が18%と、各国と比較して日本が最も高い結果となっています。こうしたデータからも、労働時間の短縮と休暇の取得促進に向けた取り組みが重要であるということがうかがえます。

4.生保産業における「ワーク・ライフ・バランスの実現」に向けた取り組み

①現状と課題
 それでは、生保産業の現状についてお話ししたいと思います。2014年度で見ると、年間総労働時間が1996時間、年間有給休暇の取得日数が11.8日となっており、先ほど申し上げた全体の傾向よりは、目標に近い水準といえます。
 ただし、総合職と一般職で比較すると、大きく差が生じているという実態があります。年間総労働時間については、総合職が約2000時間であるのに対し一般職が約1800時間、有給休暇の取得日数については、総合職が約10日であるのに対し一般職が約14日となっています。職場や職種によって実態が大きく異なることについては、生保労連として課題と認識しています。

 労働組合が果たすべき役割は、労働諸条件の維持・向上を含め、働く環境をさらに良くしていくことです。会社はトップダウンの組織であることから、簡単に表現すると、社長が決めた方針が部長・課長に伝わり、最終的に社員に伝わります。会社の方針や取り組みが、上から下に降りてくるということです。
 一方、労働組合は正反対の組織です。組合員の意見がすべての出発点となり、その声を労働組合がまとめて、経営側と協議を行います。
 例えば、組合員から、「早く帰りたいけどなかなか帰れない」「休みたいけどなかなか休めない」といった声が挙がります。すると、労働組合がこうした声を集約し、会社との協議を行い、様々な制度が整備されていきます。
 制度面が整備されると、次は、運営面の課題が出てきます。「今日中にやるべき仕事があるのに、強制的にパソコンの電源を落とされると困る」「作業を中断して帰れと言われても困る」といった声が挙がります。制度はあっても、仕事の量や職場の環境を改善しないと、根本的な解決にはつながりません。制度面だけでなく、こうした運営面の課題にも取り組んでいくことがとても重要になります。

②具体的な取り組み事例
 次は、こうした運営面の課題に対し、具体的に成果を上げた事例をご紹介したいと思います。
 例えば、制度を導入してからも、組合員からは、「早く帰れと言われても仕事が残っている」「そもそも上司にそうした意識がないから帰れない」といった声が挙がります。労働組合は、こうした組合員の声を材料に経営側と交渉していきます。
 そして、課長・部長等の管理職の意識を変えることも含めて、社長から直接ワーク・ライフ・バランスのメッセージを発信してもらうことや、管理職の評価項目にワーク・ライフ・バランスに関連する指標を入れること、組合員の声を反映し業務削減・効率化に取り組むこと等を実現させた組合もあります。
 もちろん、労働組合の意見が全て通るわけではなく、むしろ通ることの方が少ないかも知れません。労働組合と会社それぞれに理念があります。したがって、組合の主張を経営側に分かってもらえるよう、工夫をして交渉していくことがポイントとなります。
 例えば、管理職の評価項目にワーク・ライフ・バランスに関連する指標を入れることは、部下を早く帰らせる・休みを取らせることを定量化することになるので、上司が自分の評価を上げるため、強制的に圧力をかけて早帰りや休暇取得を推進する可能性を危惧する声もあり、経営側は消極的になりがちです。労働組合としては、定量化することによって生産性が向上し、会社の業績にも寄与することをデータで示すなどして、経営側の理解を得ていきます。
 また、運営面の取組みは継続が大切です。制度を設けて、運営をチェック・フォローする等、労使で「終わりのない取り組み」を行っていくことが重要です。
 ワーク・ライフ・バランスの実現のためには、労使連携して、Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)のサイクルで進めていかなければなりません。ワーク・ライフ・バランスの実現を通じて従業員の働きがいや生きがいを高めていくためには、従業員の声をいかに反映させるかが重要で、労働組合はその役割を担う必要不可欠な存在といえます。

5.ワーク・ライフ・バランスの実現に必要なこと(私見)

 早帰りデーや年休取得、PCシャットダウンといった制度を設けて運用していくためには、一人ひとりの意識改革がとても重要で、一人ひとりの意識を変えていくことが、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けたすべての出発点になります。例えば、自分が意識を変えて、計画年休を取得し、リフレッシュをはかります。もちろん、ただ休むだけではなく、仕事をしっかりとこなし、次の仕事の成果に繋げていくことが重要です。そうすると、周りの意識も変わるはずです。自分がしっかりと仕事をこなし、周りの人に迷惑をかけないよう配慮して休暇を取得すると、周りの人達も休暇の期間はサポートをしようという意識になります。そして、上司も、誰かが休暇を取得する場合を想定し、組織の目標の達成に向けて何をすべきかを考えるようになります。もちろん、自分が上司になった時には、部下も自分と同じようにワーク・ライフ・バランスが実現できるような環境を整備しようと考えるようになり、部下も上司の思いに応えようという意識に変わっていきます。
 自分の意識の変化が周りの意識を変化させて、お互い様意識が生まれます。休むのもお互い様、早く帰るのもお互い様です。そうすると、育児や介護に関わる人への配慮もできるようになるでしょう。こうしたお互い様意識が、ワーク・ライフ・バランスの実現には欠かせないものであり、必ず会社にも良い影響を与えます。私たち一人ひとりの意識が変わると、周りが変わり、組織が変わり、会社が変わり、最終的には社会が変わります。この意識改革が、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた大切なキーポイントであると私は思います。

 ワーク・ライフ・バランスを実現する上での理想は、仕事だけでなく、趣味や自己啓発、家族、育児、介護等のウエイトをコントロールできるよう、常に自分がその中心にいることだと私は考えます。
 ワーク・ライフ・バランスとは、自分のライフスタイルやライフサイクルに合わせて、その時々に応じてそれぞれのウエイトを調整していくことです。例えば、仕事に就き始めた頃は、仕事のウエイトが一番大きいかもしれません。ただ、常に仕事だけに重きを置いて生きていくことは不可能で、必ず仕事以外のウエイトを大きくしなければいけない時が出てくるはずです。その時に、自分で複数の要素のバランスを上手くコントロールできるようになりましょう。仕事と生活の2つの要素のバランスを取るのではなく、仕事と生活に関連する様々な要素を調和させていくこと、仕事と生活「調和」こそが、これからの重要な視点になってくるだろうと思います。

6.これから社会へ出る皆さんへ

 仕事では、嫌なことも含めて色々なことがあります。仕事をしていく上で、「あの時にやっておけば良かった」という後悔と「やめておけば良かった」という後悔のどちらが大きいかというと、「やっておけば良かった」という後悔の方が大きいはずです。私もかつて、営業所長としてやりがいを感じて満足もしていましたが、それでも労働組合の専従になったのは、「やっておけば良かった」という後悔だけはしたくなかったからです。
 皆さんもこれから仕事をされる中で、労働組合の活動に関わる機会があれば、是非、積極的に関わって欲しいと思います。そして「労働組合の役員にならないか」といった話を受けるかもしれません。そういう時は是非チャレンジしてみてください。
 これからの皆さんの人生が、実り多いものになるよう願っています。

以 上

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