同志社大学「連合寄付講座」

2013年度「働くということ-現代の労働組合」

第10回【特別講義】(6/21

仲間をつくる、ワークルールを創る―これまでの講義内容から―
働き方を変える、制度・政策を変える―これからの2回の講義―

ゲストスピーカー:高木郁朗 教育文化協会理事

 私は大学を卒業してから長い間労働組合と付き合ってきて、労働組合のリーダーやスタッフ、組合員と様々な話をし、聞いて、文章にまとめる仕事をしてきました。その人生に悔いはなかったし、もう一度やれと言われれば、やってみたいと思っています。

 今日の講義は、「これまで」の講義と「これから」の講義をつなぐ役割を与えられています。「これまで」の講義では、労働相談や仲間づくり、組合づくり、雇用や生活の守り方、労働時間やメンタルヘルス、ジェンダー、非正規労働者問題について現場の方から話があったと思います。これらをまとめて言うと、働く上でのルールづくりとなります。これがなければ働くことが本当に惨めになってしまいます。
 そして、「これから」の講義は、お二人の講師が登場されて、ワークライフバランスという働き方の話と、現在、労働組合が取り組んでいる制度や政策の具体例の話になると思います。
 今日の課題は「これまで」と「これから」のこの2つの間をつなぐということで、労働組合と政治の関係を中心に話をしたいと思います。

人はパンのみにて生きるにあらず

 ある大学で学生に「何のために就職するのか」をアンケート調査しました。1位は賃金を得て生活をするため、2位は自分の能力を発揮するためでした。共通することは、自分または自分を含む家族のためだと思います。しかし、「働くということ」はそれに留まりません。人間社会における特徴の1つに、社会的分業を通じて互いにつながって社会の必要を満たしていくことがあります。「働くということ」が社会のニーズや必要性を満たしていくといった社会的意義を持っていることをぜひ忘れないでほしいと思います。
 もう1つ重要なことは、働くということを通じて人と人との関わりが生まれることです。就活時に自分が働こうとしている分野がどういう意味を持っているのかをぜひ考えてもらいたいと思います。しかし、それだけで上手くいくかというとそうではありません。
 例えば、介護労働者の離職が後をたたず、そのために在宅介護、訪問介護などは事業が成り立たなくなってきています。辞める原因の1つに「燃え尽き症候群(バーンアウトシンドローム)」があると言われています。介護労働は本当に社会価値のある仕事ですが、これをやりたいと思って職についても1年くらい経つと、賃金の低さ、不規則な労働時間、仕事の多さなど、労働条件が悪すぎるため燃え尽きてしまうのです。これは介護労働に関するルールがしっかりできていないためといえます。

ルールは集団的労使関係で

 どのように賃金や労働時間などのルールをつくるのでしょうか。今の流行りは、労働者は多様だから企業は労働者と個別に契約を結べば良いという個別的労使関係の考え方が中心です。しかし、これまでの講義からそうではないことを学んでいただいたと思います。
 これまでの講義で、賃金や労働時間のルールは団体交渉を通じて形成され、ある企業の労働者全体に適用されることを学んでいただいたと思います。これが集団的労使関係です。一人ひとりの条件が違うのだから各自で契約を結べば良いのではなく、ある労働者の集団についてしっかりと集団的なルールが作られなければならないと思います。例えば、本来、初任給20万円支払うのに、ある人が初任給は15万円で良いと申し出たとします。両者が同じ能力だった場合、企業は15万円の方を雇います。個別の条件で契約すると、20万円で自分の暮らしを立てていこうとしている人たちがとても大きな迷惑を被ることになります。これについて、1930年代に経済史学者のポランニーが、競争で個人が勝手に契約を結んで働くことは、結果として仲間の労働条件を悪化させることになり、そうならないために集団的労使関係でルールを決めておくことが必要だと言っています。

共助(助け合い、共済)―労働組合のもう1つの活動―

 労働組合において、もう1つの重要な活動は、共助、助け合い、共済と呼ばれるものです。人生において誰にでも病気や失業、介護、出産、死亡といったリスクはあります。労働組合は積立金を持ち、リスクの緩和に役立てていました。ただし、かつて日本では組合が弾圧されたため、企業に企業内福利として共済をやらせることが多くありました。しかし、現在、労働組合の活動をみると、共済が活動量としては大きな比重を占めています。この共済機能をより社会的に発揮するためにつくられたのが労働金庫や全労済です。例えば労働金庫は必要な時に労働者にお金を貸し出します。こうした生活を良くするための助け合いの組織づくりが様々な分野で行われています。

ワークルールと共助の大きな問題 ―組合員の外には利益が及ばない―

 ワークルールを作ることと共助機能の発揮は大きな労働組合の活動分野です。これらには共通する大きな問題点があります。それは組合員の外に利益が及ばないことです。労働組合にとって重要なスローガンに、One for all, all for oneがあります。これを日本の労働組合運動や生活協同組合運動の育ての親である賀川豊彦が「一人は万人のため、万人は一人のため」と訳しました。労働組合にとって、One ・allはいずれも組合員を意味します。逆に言えば、組合員以外は適用されないということです。つまり、組合員の利益は守られるが、組合員でない人の利益は守られないという問題があります。これをメンバーシップの論理と言います。

メンバーシップの理論の限界と限界の克服

 メンバーシップの論理だけでは困ることとして、社会的正義に反することになることがあります。例えば、協定によって正規従業員に対して毎年定期昇給が行われるというルールが適用された場合、組合員でない非正規従業員にはルールが適用されず、不公正な賃金格差をつくることになります。また、医療保険はどんな人も適用されることになっていますが、共助だけだと、その枠に入っている組合員は医者にかかれるけれども、非組合員はかかれないことなります。これでは社会的正義に反すると私は思います。例えば、アメリカの哲学者ジョン・ロールズは正義の第1原理は自由で、第2原理は本人の努力によって追い付けない格差・不平等は社会的不正義であると述べています。
 社会的不正義の結果、組合員自身の状態が悪化することがあります。例えば重層的な下請け関係にある運輸業では、下請け企業に労働組合がなかった場合、その企業の労働条件は、とても低いものになりがちです。そして、その企業に仕事が流れてしまい、逆に組合員の仕事がなくなり失業が発生してしまうことがあります。このように、メンバーシップの理論だけでは、自分たちの労働条件が結果的に悪くなることもあります。現実にトラック労働者の賃金の減少が起きています。
 メンバーシップの限界を克服するにはどうしたら良いのでしょうか。1つ目は組織化活動を行って組織率を高めることです。北欧諸国の労働組合の組織率は60~70%となっており、成功しているといえます。一方、アメリカとフランスの組織率は10%未満で成功していません。日本の組織率は17%を超える程度です。
 2つ目は労働組合と経営者の間で締結した協約をできるだけ広く適用すること、つまり労働協約の拡張適用です。日本では、労働協約の拡張適用は利用しづらいためほとんどありません。日本の労働組合は労働協約を拡張適用できるよう努力していますが上手くいっていません。フランスの組織率は10%未満ですが、労働協約の適用率は60%以上となっており、拡張適用が進んでいると言って良いと思います。一方、日本では労働組合の組織率と労働協約の適用率はほとんど変わりません。メンバーシップの範囲にとどまっていると言えます。こうした状況では労働組合の第三領域として、制度や政策面で活動することが大変重要になります。

制度をつくる基本は政治である―労働組合と政治の関係史―

 制度や政策の作り方は様々ありますが、基本は政治です。労働組合と政治はとても強く結びついていることを忘れてはいけないと思います。歴史を振り返えると、現在世界の多くの国の国民が普通選挙権をもっていますが、それを与えられるように推進していく原動力となったのは労働運動でした。発端は1830年代のチャーチズムという労働運動で、ついで1867年にイギリスで労働組合会議が作られたことでした。
 各国のナショナルセンターは政策実現に力を注いできました。日本では、ナショナルセンターはかつて分裂などして力が弱かったのですが、1989年に連合が成立し、大きなナショナルセンターを作ることが出来ました。
 ナショナルセンターはどのように政策実現をしてきたのでしょうか。1つは議会制民主主義、つまり議会を通じて政策を実現するというやり方です。国によって方法は違っています。イギリスでは労働組合が労働者政党を作った歴史があります。またアメリカでは、労働組合が2大政党のうちでより自分たちに親しい立場をとる民主党を支持してきています。日本は1980年代まではイギリス型でしたが、現在はアメリカ型になっています。
 2つ目は政府と直接交渉して必要な政策を実現していく方法です。例えばドイツでは、議会とは別に、労働組合と財界、政府の代表が共通のテーブルで雇用政策をどうするか議論しています。これをソーシャル・パートナーシップと言います。
 3つ目はこの両方を混合したもので日本がこれにあたります。しかし例えば、2012年の衆議院総選挙で自民党が政権を奪回して以降、政策づくりに関する機関は圧倒的に経営者団体の代表によって占められています。また審議会が大きな影響力を持っています。日本は、このようにソーシャル・パートナーシップ制度とは異なった政策を決める方法を有しています。

組合が達成した労働条件をすべての労働者に広げる―制度・政策活動の内容[1]―

 労働組合はどのような政策を実現していく必要があるのでしょうか。大きな問題は労働協約や労使協定でメンバーシップだけに提供されているものを全体にどう広げるかです。そのためには法律を作って労働条件を普遍化していくことが重要です。ただ、労働法で決めている労働条件の水準と協約で決めている水準は違います。労働法の労働条件は人たるにふさわしい最低条件しか決めていません。法律以上のものを決めるためには、団体交渉で決めることが重要になります。例えば、育児休業制度をみると、最初はある公営の企業の労組が経営者側と団体交渉で育児休業協約を締結し、それ以降、公務員全体に拡大、最終的に1991年に育児介護休業法として法律化され、全体化していきました。同時に労働組合は休業手当などで法律を上回る条件をとっているところがあります。まだ不十分な点はありますが、団体交渉と制度はこのような関係にあるという典型的な例と言えます。

共助を社会保険制度に発展させる―制度・政策活動の内容[2]―
多段階のソーシャル・セーフティネット―労働組合が全体として求めてきた制度政策の体系―

 労働組合の活動に共助があることは先ほどのべました。ある労働者の間でお互い助け合いが必要な時にそれぞれが助けあうことを決めています。ただ、それ以外の人には適用されません。適用されない場合、どうするかが問題になります。社会保険料というかたちで共助の仕組みを持ちつつ、法律によって強制加入させ、条件に適合するすべての労働者、または国民をメンバーとするのです。こういう姿を社会保険制度と言います。
 ソーシャル・セーフティネットとは、リスクが起きた時に、例えば失業して、仕事がなくなったとしてもセーフティネットに引っ掛かって落ちてしまわないようにする装置です。ソーシャル・セーフティネットには雇用条件のミニマム規制と、生活保障のミニマム規制があります。人生の中で生じるリスクに対応する制度は、元々、労働者・労働組合が作る共助制度の中にありましたが、全体に適用していくために制度的なソーシャル・セーフティネットになりました。これを私は多段階のソーシャル・セーフティネットと呼んでいます。たとえば失業してももう一度しっかりと働いて収入を得ようという方向に戻ることができる仕組みを労働組合が作ってきました。

民主主義を深化させる―制度・政策活動の内容[3]―

 労働組合の政治活動には、民主主義を深めるという、もう1つの重要な意味があります。例えば議会制民主主義は政権交代が行われてこそ本当であると言えます。日本において、連合はこの政権交代実現に大きな役割を発揮してきました。つまり、政権交代を実現したことで議会制民主主義を深化させたという積極的意義を持ったと言って良いと思います。ただ、こうした制度・政策活動を労働組合が熱心に取り組めば、それで全部実現できるわけでないことは理解いただきたいと思います。

制度・政策に影響を与える要素

 制度・政策に影響を与える1つは政権の政策・性格です。先の民主党政権と現安倍政権で政策に対して助言を与えているのが誰かということです。労働組合にとって、同情的な政権か敵対的な政権かは大きな違いです。これは日本に限ったことではありません。アメリカではレーガン政権時代に、イギリスではサッチャー政権時代で、労働組合に大きな衰退が見られました。政権の政策・性格がとても大きな影響力を与えることは良い面も悪い面もあります。例えば、男女雇用機会均等法は国連が中心になって世界的に男女平等を進める気運の中で、日本でも労働組合が大きな努力をして作り上げました。
 また、とても強い力を持ったナショナルセンターの存在や労働組合の発言を直接政府に届けるソーシャル・パートナーシップの制度ができていくかどうかも大きな要素になると言って良いと思います。最後に、組合の政策要求は国民的支持を得なければ実現できないため、世論動向も大きな要素として働いていると言えます。

グローバリゼーションと労働組合―制度・政策活動が直面する現時点の最大問題―

 制度・政策活動が直面する現時点での1番大きな問題はグローバリゼーションです。組合間に意見の違いがあるという問題もありますが、これは話し合って解決させていくほかはありません。出来るだけ意見を一致させ、統一した制度を実現する活動をしていくことが必要になると思います。グローバリゼーションは、例えば経済にかかわる基準を1つとっても、一国の政策だけでやっていくわけにはいかないという問題があります。ですから、政策活動を進めるにあたっても労働組合の国際的な活動は非常に重要になると思って良いと思います。

まとめ

 結論として、労働組合には、団体交渉を中心にワークルールをつくる、共助の仕組みをつくる、政治活動をつうじて制度・政策、ひいては社会のあり方を変えるという3つの分野があることをぜひ皆さんに覚えていただきたいと思います。そして、政治活動あるいは政策活動の内容としては労働条件のミニマム規制、社会保険制度を中心にしたソーシャル・セーフティネットと民主主義の深化、この3つの分野があることも覚えてほしいと思います。労働組合の活動について幅広い関心を持っていただく必要があると思います。例えば世間で労働組合が政治活動をするのはおかしいと言われた時に、政治活動をしないと労働組合の求めている目標が達成されないことを皆さんが反論できるように幅広い関心をぜひ持っていただきたいということを申し上げて、これで終わりたいと思います。本日は大変ありがとうございました。

以 上

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