同志社大学「連合寄付講座」

2012年度「働くということ-現代の労働組合」

第5回(5/18

ケーススタディ[2] 雇用と生活を守る取組み(産業空洞化への対応を中心に)

ゲストスピーカー:大喜多 宏行 日産自動車労働組合 中央書記長

 私は93年3月に同志社大学を卒業し、日産自動車株式会社に入社しました。会社では、国内営業部門の部署に所属し、お客様に日産車を購入してもらうための販売促進企画などを担当しました。その後、入社7~8年を経た後、組合の専従にというお話をいただき、以降、現在の立場に居ます。

1.日産自動車労働組合について
 日産労組の組合員は約2万7000人おり、私と同様に組合の仕事のみをしている専従役員は60人います。専従役員の給料は、組合員から徴収させてもらう組合費から頂戴しています。日産労組には、労組本部の他、6支部(本社、横浜、追浜、座間、栃木、NTC)、1地区(いわき)、1関連労組(日産九州)があり、それぞれに組合員の方はもちろん、専従役員がいます。
 日産労組は、日産自動車株式会社との間で労働協約を締結しています。労使関係においては、大前提として労使が対等の立場にあるということが、とても大切なことです。労働協約は、労使が対等な関係に立ち、健全な労使関係を確立し、会社の永続的発展、従業員の雇用の安定、および生活の向上をはかることを目的に締結されました。
 次に、日産労組の上部団体との関係について説明します。図をご覧下さい。一番下に日産自動車株式会社の労働組合である日産労組があります。そして、日産労組は日産労連という、販売会社や部品企業等を含めた日産グループとして各労働組合を集め活動をしている連合体の上部団体に加盟しています。さらに、日産労連は自動車産業全体のトヨタ自動車や本田技研工業を含めた各メーカー系列の労働組合の連合体で構成されている自動車総連に加盟し、そして、自動車総連は連合に加盟しています。連合を除くと、上から産業全体の連合体-メーカー系列グループの連合体-各企業の労組という、3層構造になっていることを理解してください。
 次に、日産労組の活動についてです。労働組合の基本的な活動目的は、雇用確保を大前提に、労働条件の改善と企業の発展の両立を実現させていくことです。この活動をわかり易く4つに分類すると、[1]労組と会社との関係の中で組合員のための活動をすること、[2]労組の自助努力として共済活動等で組合員のための活動をすることこと、[3]労組と会社との関係では解決できないことについて、国政や地方行政に働きかけることで組合員のために活動をすること、[4]これら3つの活動を支える土台となる活動として、教育・広報活動などに取り組むことです。いずれの活動も、組合員のことを中心に考え、組合員のために活動しています。
 こうした4つの活動を日産労組の具体的な活動方針に当てはめると、「魅力ある企業と職場づくり」が[1]に、「ライフサポート活動の推進」が[2]に、「政策・制度改革の取り組み」が[3]に、「生きいきとした職場・組合づくり」が[4]に、それぞれ該当します。どの活動においても、ベースにあるのは「職場原点」という考え方です。これは「どの活動も組合員の声が出発点」ということです。例えば、日産労組には、組合員の声を会社に伝える場として、職場労使意見交換会や事業所労使協議などがあります。こうした会社との協議・交渉の場において、組合員一人ひとりの意見・要望を「職場の声」として訴え、会社の様々な取り組みや施策に反映、具現化させていきます。労組として、組合員(職場)の声を会社に伝え、それに対する会社の考えや見解を得る、会社の考えや見解を組合員に伝え、再び組合員(職場)の受け止めや声を伝え、改善を図っていく、というサイクルを繰り返すことで、労組活動の充実や発展に繋がります。こうした活動は、地道で非効率のようではありますが、労働組合にとって最も重要な活動であり、かつ、基本的な活動でもあります。

2.自動車産業の状況
 次に、自動車産業の状況について紹介します。一言で言いますと、「今の国内自動車産業は海外への輸出に頼らざるを得ない状況」に陥っています。国内生産・販売・輸出の推移をみますと、2006年度に国内生産の内訳として、輸出向けが国内向けを上回り、以降もその状況が基本的に継続しています。国内市場(販売)は少子高齢化などを背景に縮小傾向が続いています。もし、産業の空洞化が進み国内生産が維持できなくなった場合には、組合員の雇用が失われることになります。こうした事態は何としても避けなければならないという危機感を持って私たちは日々活動しています。
 具体的な産業の空洞化の話に入る前に、自動車産業の「六重苦」という言葉を紹介します。六重苦とは、[1]円高、[2]税金(高額な法人税)、[3]自由貿易協定(TPP等)締結の遅れ、[4]労働規制(労働者派遣法の見直し)、[5]温暖化対策(CO2の25%削減)、[6]電力供給問題です。
 円高についてですが、現在の円高水準は、輸出コストや人件費を海外と比較すると、会社の立場では、「経済原理から国内で生産する理由が見当たらない」状況にあります。これは輸出の多い製造業に限っての話ではありますが、超円高の水準(76円/1$を想定)が半年間程度維持された場合、生産工場や研究開発施設を海外に移転すると考える会社は、約半数に達するという調査結果もあります。
 次に、自由貿易協定の締結の遅れですが、よく比較の例に出てくるのが韓国です。韓国は既に米国やEUと自由貿易協定を締結しているため、現地(輸出先)では同種の自動車であっても関税の影響から日本産よりも韓国産の方が安くなるため、日本車が売れないという状況になりかねません。そのため、自動車のような輸出産業からすれば自由貿易協定の締結は非常に望ましいことですが、逆に、輸入産業や国内の農業などは関税によって守られている側面もありますので、締結に反対しています。こうしたメリットとデメリットの間に挟まれ、現在の日本政府は悩んでいる状況にあると言えます。
 そして電力供給の問題です。東日本大震災に伴い、自動車産業は政府から要請のあった「他の産業が働いている木曜日・金曜日に自動車産業が休み、その代わりに土曜日・日曜日を労働日とすることで日々の消費電力を抑えたい」との電力需給対策を承諾し、東京電力・東北電力管内に関わらず、全国で要請通りの対応を労使で話し合い、実施したところです。これは、安定的な電力供給を受けることが、国内自動車産業にとっては大変重要なことであるためです。

3.日産自動車の状況
 現在、「日産は好調だ」と世間的には言われていますが、その背景にはグローバル市場の生産・販売の伸びがあります。日産自動車は今、「日産パワー88」という2016年度までの中期経営計画に則り事業展開しています。しかしながら、この中での日産労組としての問題意識は、グローバル生産が伸びている中、国内の生産と販売の比率がどんどん下がっているということです。今も世界で生産している4分の1に満たない水準が日本の生産で、販売にいたっては1割強程度です。仮に2016年に中期経営計画が達成された場合には、国内生産比率は現在の23%から13%に、販売の比率は13%から8%に、それぞれ低下してしまうという状況が現実問題として想定されます。このように、グローバル連結での業績は良いのですが、日本単独の業績は厳しく、3年連続で赤字という状況です。こうした傾向にあるのは日産自動車だけでなく、他の国内自動車メーカーについてもほぼ同様のことが言えると思います。

4.産業空洞化への対応
 次に、本日のメインテーマであります産業空洞化への対応です。ここでは、[1]国(政府)レベル、[2]自動車総連(産業別組織)レベル、[3]日産労組レベルという3つのレベルに分けて説明します。

(1)国(政府)レベルでの対応
 産業の空洞化と国内雇用の喪失、人口減少や少子高齢化による潜在成長力の低下に対する懸念等を背景に、2011年10月に新産業構造部会が、産業構造審議会の下に設置されました。当該部会には、委員として日産自動車の志賀COO(最高執行責任者)が参画しています。
 新産業構造部会では、大きく4つの課題認識が提起されました。それが、[1]名目GDPの急減、[2]人口減少と潜在成長力の低下、[3]産業構造の変化、[4]産業空洞化への懸念です。[3]産業構造の変化としては、日本の成長を自動車等の特定のグローバル製造業に依存する「一本足打法」から、多様な成長産業を有する「八ヶ岳型構造」の産業構造への転換ということを提起しています。
 [4]産業空洞化への懸念については、もう少し詳しく説明したいと思います。従来、日本の自動車産業は海外に工場を設けても、主要部品は国内で生産していました。しかしながら、昨今の円高の状況下では部品製造でさえも現地生産化していき、国内からの輸出は減っていく見通しです。このように、生産拠点をどんどん海外に移すことで、日本としての国際競争力の低下を引き起こす本格的な産業空洞化が懸念される状況です。こうした状況を踏まえ、新産業構造部会の場で志賀COOは、「余裕を持って産業転換できるような形を作ってほしい」「六重苦を何とかしてほしい」といった内容の発言をしています。六重苦の解消は、経営側のみならず、労働組合にとっても切実な願いです。
 2011年12月に公表された新産業構造部会の中間整理では、「仮に円高と産業空洞化を放置しておくとどうなるか」というリスクシナリオが示されています。中間整理では、企業の想定を超える急激な円高が進行し、それがさらに進むことになれば、「根こそぎ空洞化」になる恐れがあると指摘しています。根こそぎ空洞化とは、簡単に言えば日本国内から自動車などのモノづくり産業が鉄鋼等の素材産業も含め無くなってしまう懸念がある、ということです。当然、このことは労働組合にとって最も重要な国内の雇用にも影響が出ます。現在、日本で働いている労働者は約6000万人です。そのうち約550万人が自動車産業に関わりを持って働く労働者ですが、もし、国内の自動車産業が根こそぎ空洞化した場合には、サービス業による雇用吸収が追いつかず、390万人程度が失業する恐れがあるとも指摘されています。
 こうした状況を踏まえ、中間整理では「攻め」とともに「守り」の空洞化対策の必要性を答申しています。「守り」の空洞化対策の1つは、国として円高対策、国内立地支援等について、数年単位の対策として万全を期すとともに、車体課税の見直し等により国内市場の活性化をはかるというものです。そして2つ目は、法人実効税率の引き下げや経済連携(TPP、FTA)の推進を、時間軸を明確化して実行するというものでした。以上が国(政府)レベルでの対応の概要です。

(2)自動車総連(産業別組織)の取組み
 次に、自動車総連の取組みです。まず、円高是正に向けた要請書を異例なことですが労使連名で作成しました。そして、2度にわたり関係閣僚や国会議員、省庁を訪問し、それぞれに対して要請活動を行いました。要請活動の対象となった国会議員は、衆参あわせて約300名になります。そして、TPPについても、鉄鋼や電機などモノづくり産業に関わる労働組合組織が共同で、政府関係者に対して要請活動を実施しました。
 さらに、毎年、国内市場を活性化、或いは一定規模の市場を維持していくため、自動車関連諸税についても、税制改正要望をしています。2012(平成24)年度税制改正に際しては、産業労使の枠を超えて、国内産業空洞化の危機に直面しているとの共通の認識を従来以上に強くもって臨んだことが特徴です。なぜ、自動車関連諸税の税制改正が必要かと言いますと、例えば、同一のモノ・同一の行為に対して2種類の税が課せられているという不合理が放置されている状況にあるからです。自動車を購入する際、消費税に加えて取得税がかかります。また、旧道路特定財源(道路建設、維持の為に使う、として課税された財源)が一般財源(何にでも使ってよいとする財源)化されており、課税根拠が喪失しているにもかかわらず、以前と同様に自動車ユーザーに限定して取得税を課している状況にあります。こうした状況を改め、車を購入、或いは維持しやすい環境を構築し、国内市場を活性化させていかなければならないとの思いを持っています。
 自動車関連諸税についてはもう一つ、車体課税の税負担が、欧米諸国に比べて2.4~49倍という状況にあります。例えば、180万円の新車を購入すると、平均使用年数の11年間で、購入価格を上回る188万円もの税金を負担する状況になっています。自動車を保有し続けるだけでこんなにコストが掛かる状況を何とか打開したいとの思いから、多くの国会議員に対して要請活動を行いました。また、一般的な自動車ユーザーを対象に、労使で街頭などでの署名活動も行いました。
 これらの活動の結果、国内産業空洞化の懸念に対する理解が示され、「平成24年度税制改正大綱」において、国内市場活性化のために、エコカー減税の延長・拡充、グリーン税制の延長が、「第4次補正予算案」において、エコカー補助金の創設が、それぞれ盛り込まれました。
 また、自動車総連では、小さなお子さん達にモノづくりに親しんでもらいたい、車に興味をもってもらいたいとの思いから、車の魅力を伝える取組みとして、労働組合として初めて東京モーターショーにも出展しました。
 以上のように、自動車総連では、産業別労働組合としてできることに懸命に取り組んでいます。端的に言いますと、車に乗り易い世の中を作るための国や行政への働きかけ、車の魅力を伝えるためのユーザーへの働きかけ、自動車産業の魅力を伝えるための広く国民への働きかけを行うことで、産業空洞化対策としての国内市場の活性化に取り組んでいます。

(3)日産労組の取組み
 最後に、産業空洞化への対策といった観点での日産労組の取組みを紹介したいと思います。昨年、日産自動車九州株式会社が設立されました。これは、日産自動車株式会社の九州工場を別会社にしたということです。会社より、九州工場を母体とする新会社設立に向けた検討を開始する旨の話を受け、日産労組として、雇用問題に繋がりかねないとの問題意識から、即時に特別労使協議会の開催を申し入れました。
 会社は、[1]日本におけるモノづくり競争力を強化する、[2]国内生産100万台レベルの生産を確保・継続する、[3]九州工場の地理的な優位性を生かしたチャレンジが成功すれば国内生産の目標の維持や雇用の維持に繋がるとの理由から、日産労組とも新会社設立について協議を重ね、実現に向けた検討を進めると発表しました。
 九州新会社設立に関する会社との協議に際し、日産労組は「雇用確保の三原則」を掲げました。これは、雇用問題が発生した時に、我々日産労組はどういうスタンスを持って臨むかということを示したものです。その内容は、[1]雇用調整を採用抑制と自然退職との差で行うことは容認する、[2]社内外への応援・出向については、職場の理解と納得を前提に対応することとし、転籍については、これに加えて本人の同意を前提に対応する、[3]ただし、いかなる施策であっても、本人の意思に反して、結果として退職に追い込まれるような施策については認めない、というものです。
 組合員の雇用確保を大前提に、「人を大切にする」という理念を堅持して、新会社の設立が本当に必要なのか労使でしっかりと話し合うというスタンスに基づいて協議しました。特別労使協議会は、会社の提案内容について詳細も含めて確認した上で、労組が組合員へ報告し、組合員の意見を集約して会社に伝え改善や拡充に繋げるというサイクルで、計5回開催しました。また、特別労使協議会とは別に、労働条件を決める労使専門委員会を計4回開催しました。これらの取組みを経た後、組合員の雇用を守り、中長期的に日本のモノづくりを守っていくことに繋がっていく、空洞化対策に繋がるという観点から、日産労組として、九州新会社設立に理解を示す判断を下しました。そして、最終盤での協議において会社には、日本のモノづくりを守っていくという強い決意をもって経営責任を果たすとともに、組合員の新会社への転籍にあたっては、本人の同意をしっかりと得るよう要請しました。
 現在、私たちは「日産パワー88」という、中期経営計画に基づき業務を遂行しています。世界ベースでの占有率の目標を達成した場合、日本の総体的な位置付けは低下しますが、「国内生産100万台」を死守すれば、今の雇用は守っていくことができるというのが、会社のスタンスです。
 こうした会社のスタンスを踏まえつつ、日産労組としては、今後も日本でのプレゼンスを高め、競争力を発揮することが、日産自動車の真の発展に繋がるとの認識の下、様々な取組みを推進していこうと考えています。また、具体的な取組みを進めるに際しては、健全な労使関係に基づき、組合員の雇用・生活の安定・向上をめざしていきたいと考えています。
 以上で、本日与えられたテーマである、産業空洞化への対応を中心とした私どもの取組みに関するお話を終えたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

以 上

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