同志社大学「連合寄付講座」

2012年度「働くということ-現代の労働組合」

第4回(5/11

ケーススタディ[1] 長時間労働の是正に向けたワークルール確立の取組み

ゲストスピーカー:津田 栄治 生保労連 中央書記長

はじめに
 みなさん、こんにちは。生保労連・中央書記長の津田です。本日は「長時間労働の是正に向けたワークルール確立の取組み」というテーマで話をします。生保労連と私の出身である住友生命労働組合では、「ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取組み」の一環として、長時間労働の是正に取り組んでいます。そこで、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて私たちがどういう形で労使協議を行っているのか、具体的に取組みをどう進めているのかといった点を中心に話したいと思います。

1.生保労連について

(1)生保労連の概要
 まず、生保労連の概要を紹介したいと思います。生保労連の正式名称は、全国生命保険労働組合連合会といいます。組合員数は約25万名です。そのうち、約8割は営業職員の組合員です。営業職員には女性が圧倒的に多いですから、生保労連は女性組合員の非常に多い組織ということが特徴としていえます。また、生保労連には、パート労働者や有期契約労働者の組合員が1万名強います。元々、この方たちは労働組合に加入していませんでしたが、同じ職場で共に働く仲間ですので、この方たちの組合員化をはかろうということで、数年前から取組みに本腰を入れ、現在、私たちの仲間に加わっています。

(2)生保労連の2011年度運動方針
 次に、生保労連の2011年度運動方針を少し説明します。運動方針というものは、会社で言うところの事業計画や経営計画に相当します。生保労連では、大きく4つの柱を立てて取り組んでいます。
 1つ目は「生保産業の社会的使命の達成」です。これは、「万が一の時に経済的に困る人を少なくしたい」「そのために生命保険を広く普及させなければならない」という、生保産業としての「使命」を果たしていこうというものです。また、いざという時に、お客様に保険金や給付金を確実にお支払いすることを、責任を持って実行していこうということでもあります。
 2つ目は「総合的な労働条件の改善・向上」です。いわゆる「春闘」を中心に、賃金・処遇の改善や長時間労働の是正という、労働組合としての本質的な取組みを行っていこうというものです。
 3つ目の「組織の強化・拡大」は、まさに読んで字のごとくです。4つ目は「生保産業と営業職員の社会的理解の拡大」です。生保産業に集う仲間で活動している組織ですので、生保産業そのものについて、さらには組合員の約8割を占める営業職員の活動について、広く世の中のみなさんに理解してほしいとの思いでPR活動を行っています。また、近年は社会貢献活動にもより力を入れて取り組んでいます。

2.生保労連の「ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取組み」について

(1)取組みの概要
 それではここで、生保労連の「ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取組み」について紹介したいと思います。生保労連では、2008年から「最重要課題の一つ」と位置付けて、系統立てた取組みを始めました。もちろん、それ以前から取り組んではいましたが、「最重要課題として位置付けたのは2008年から」ということです。2008年1月に、生保労連として「ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた宣言」を採択し、それを受けて、向こう3年間で達成すべき目標等を盛り込んだ「第一次中期方針」を策定しました。当「中期方針」に基づき、2011年までの3年間、「総合生活改善闘争」「情報共有の充実」「研究・調査の実施」「意識改革の推進」等の取組みを展開してきたところです。そして、2011年度からは、「第二次中期方針」に基づき、一層強力に取組みを推し進めているところです。
 なお、実態改善に向けた具体的な取組みは、産業別労働組合である生保労連ではなく、生保労連に加盟している各企業別の労働組合で行っていくことになります。生保労連の役割は、各企業別労働組合での取組みが進めやすくなるよう、経営者団体との協議や情報の共有化等を通じて、各企業別労働組合の取組みを側面的に支援することにあります。

(2)取組みの成果と課題
 さて、「第一次中期方針」策定から4年間を経た後の主な成果と課題ですが、労働時間や休日・休暇についてはかなり改善されてきました。しかし、営業現場や総合職においては、まだまだ改善の余地が大いにある状況です。一言でいうと、「職場・職種間の格差が大きい」ということです。それから、育児・介護・看護等の両立支援制度については、先進的な企業に対する国や自治体の表彰制度がありますが、その表彰を受けた会社が生保業界から多く出てきています。しかし、実態として、それらの制度を十分に活用できているかといえば、これはまだまだです。制度をいかにして活用するか、出来るかということが、今の生保業界・生保労連の抱えている課題です。

3.住友生命労働組合(住生労組)について

(1)住生労組の概要と2011年度運動方針
 次に、私の出身である住友生命労働組合(住生労組)の概要について紹介します。組合員数は約3万7千名で、生保労連の加盟組合の中で4番目に大きい組合です。
 住生労組の2011年度運動方針についてですが、1つ目の「より身近な組合を目指して」とは、組合活動では現場で起こっていることや組合員一人ひとりの考え方が、しっかりと組合本部に届くことが大切だということです。また逆に、組合本部から「会社はこんなことを考えている」という情報を一人ひとりの組合員にしっかり伝えていくことも大切であり、そういう姿を目指していこうというものです。2つ目の「より豊かな未来を目指して」とは、賃金はもとより、労働諸条件の改善や福利厚生制度の充実等、幅広く労働条件を良くしていこうというものです。
 しかしこれは、ただやみくもに会社に対して要求をしていくということではありません。むしろ、住生労組としては、しっかりと経営チェックをして、必要な提言を行っていく。あるいは、組合員の大半を占める営業職員のみなさんが、お客様と接する中で抱える課題について自ら知恵を出し合って解決していく。そして、そのために会社がどう対応すれば良いのかということを組合から会社に提言する。こうした形で取り組んでいるところです。

(2)活動スケジュール
 下記の図表は住生労組の主な年間活動スケジュールです。


出所:講義資料より

 本部の役員が出席する主な会議のみを抜き出しています。「支部」「地区」「本部」と記載している所を見て下さい。住友生命は4月から3月が事業年度ですから、住生労組の活動は4月の事業年度スタートの翌月の5月に全国各地で支部総会を開き、支部の委員長を選出してスタートします。その後、7月上旬に「定期大会」を開いて、本部が新体制になって活動をスタートさせます。定期大会は年に1回開かれる組合の最高決議機関であり、全国の支部から代表者が集まり、本部の役員を選出して1年間の運動方針を決める場です。本部としては7月の定期大会で決定した運動方針に基づいて活動します。10月に「分会長会議」、12月に「全支部オルグ」とありますけれども、これらは現地で開催される場に本部の役員が出向いて、現地の声を聴く活動です。また、12月の中央委員会において、春闘で会社に何を要求するのかを決めます。そして、会社との春闘交渉に入り、3月までに春闘交渉の決着をつける。これが1年間のおおよその流れです。
 住生労組の活動では、もう1つ大きな流れがあります。それは課題を発見して解決に至るまでの流れです。図表の下段「会社との主な協議会」の部分を見て下さい。住生労組では、組合員に関わる様々なテーマごとに、会社と本部役員が意見交換をする協議会や懇談会を開いています。各協議会では、組合側から現場実態に即した問題提起や課題解決策の提言をしています。会社側からは担当の役員や部長クラスの方々が出席し、相当深い議論をします。組合から会社に「こういう課題があるからこうして解決しましょう」と提示をし、会社の方から「これはちょっと難しい」「それは確かにその通りだ」等といった答えが返ってきます。こうしたやりとりを経て、具体的な解決策として、制度の改正や業務運営の見直し等が、会社から組合に提案されてくるという流れです。この、会社からの提案を組合が受ける場、それから最終的に合意するまでの場が交渉委員会というものになります。
 住生労組としては、「協議会や懇談会で会社とどこまで本音で議論できるかが非常に大切だ」との認識で取組みを展開しています。

4.住生労組の「ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取組み」について

(1)働き方の革新の取組み
 次に、住生労組の「働き方の革新の取組み」についてです。長時間労働の是正をはじめとした取組みを、住生労組では「働き方の革新の取組み」として、1994年から進めてきました。具体的には、毎週水曜日は18時までには全員帰るという「スーパーウエンズデー」を運営しました。また、全職員の最終退館時刻を21時迄にする取組みも行ってきました。組合としては、これらの運営状況を随時確認してきましたが、なかなか改善が見られなかったというのが実態です。
 そうした中で、「ワーク・ライフ・バランス」の必要性が社会全体に拡がり、会社としても「従業員にもっと活き活きと働いてもらうためには長時間労働はマイナス」という認識をより強く持つようになってきました。そして、2009年からは「リミット20」と題し、会社全体としてどんなに遅くても20時には退館するよう運営しています。さらに、月に1回「アクティブ19デー」を各所属で設定し、遅くとも19時には退館する運営もしています。
 もちろん、これらの取組みは「早く帰ろう」という掛け声だけでは上手くいきません。この点については、会社も本腰を入れて取り組んでいます。まさに会社をあげて既存の業務を全て洗い出した上で、「必要性の低い、重要度の低い業務については思い切ってカットする」という取組みも並行して行いました。ここまで取り組むとさすがに効果が出てきまして、かなり状況が変わってきました。とはいえ、決して褒められた状況ではないのですが、現在は19時か20時には、ほとんどの方が退館するようになっています。土曜日も、余程のことがない限り出勤していません。
 取組みの経験上、改善に向けたポイントは会社自体、あるいは上司の方の意識改革だと考えています。労働組合としては、従来から所属単位や個人単位で時間外労働がどれだけ発生しているのか、常時チェックしてきました。3ヶ月単位でみて一定水準の時間外労働をしている方がいる、あるいは時間外労働が非常に多いという部署があれば、組合本部の役員が実際にその部署のある支社に行き、支社長や部長、課長に会って改善するよう要請してきました。率直に言って、以前は「労働組合が勝手なことを言っている」というような対応が多かった印象でしたが、現在は会社も労働組合の取組みを後押しする状況になってきています。また、以前は時間外労働の短縮を主目的に取組みが行われてきましたが、現在は有給休暇をどうしたらしっかりと取得出来るかについても、会社が重い腰を上げて動き出している状況にあります。

(2)2012春闘における取組み
 それではここで、直近における会社との具体的な協議内容について、少し紹介したいと思います。今年の春闘では「ワーク・ライフ・バランスの推進につながる福利厚生制度の活用促進に向けた環境整備」を会社に強く要求しました。協議の結果、会社からは「働きやすい職場環境のさらなる向上に向けた諸方策を講じる」との回答を得ていますが、その内容が大きく次の3点です。
 1つ目が「振替休日のさらなる取得促進に向けた諸方策」です。生保会社は営業会社ですから、お客様との関係において、どうしても休日に出勤せざるを得ない時があります。その場合には、振替休日を取得するルールになっているのですが、休日出勤をするということは、平日も忙しいということですから、振替休日を取得しようと思ってもなかなか取得することが難しいのが実状です。そこで、この実状をそのまま放置しておけば、一向に改善がはかれないということで、会社として、支社長の責任において確実に振替休日を取得させる旨を約束してきました。具体的には、振替休日を取得出来ない部下がいれば、その支社長の評価を下げるという方策を示してきました。
 2つ目が「休暇のさらなる取得推進に向けた諸方策」です。「休みたい時に休みなさい」と言われた所で、組合員はなかなか休めません。そこで、会社としていくつかの休暇取得パターンを事前に提示して、その中から、本人が休むパターンを選択するというものです。この方策は、決して理想形であるとは言い難いと思いますが、改善に向けた第一歩という点では評価出来るのではないかと思っています。
 そして、3つ目が「日々の勤務管理のさらなる適正化に向けた諸方策」です。これは、基準に抵触する残業申請があった場合や、累計の残業時間が一定時間を上回っている方がいる場合に、所属長のパソコン上に警告メッセージが表示されるというものです。
 以上が、今春闘の取組みの成果ですが、長時間労働の是正や休暇取得促進をはかるためには、組合員に対して「こういうことが出来るようになりました」であるとか、「こういうことをしましょうよ」と声を掛けるだけでは足りません。それだけではなくて、「強い立場の所属長や支社長がその必要性を認識して、部下に働きかけない限り進まない」ということを、組合の方から会社に強く訴えかけた結果、こうした対応を引き出すことが出来たものと考えています。

おわりに

 最後に、ワーク・ライフ・バランスを推進する上で重要な点について、私見ではありますが、少し触れたいと思います。それは、何はともあれ「お互いさま」の精神がなければ実現しないものだということです。職場には様々な考え方を持った人達がいます。「バリバリ働きたい」という人もいれば「仕事と私生活のバランスを大切にしたい」という人もいます。また、当然のことですが、家庭環境等も区々です。「共働きで二人ともバリバリ働いている」「お子さんが小さい」「親の介護が必要」「働きたいけど、身体が弱くて働けない」など、本当に様々です。そして、こうした状況というのは、いつ、誰の身に起こるか分からないものです。だからこそ、働く者同士、あるいは職場全体、ひいては社会全体として、人ぞれぞれの考え方や事情を理解し合って協力して取り組むことが重要だと思います。
 さらにもう一点、みなさんにぜひ考えてみて欲しいことがあります。それは「サービスの背後には、必ず働いている人が存在する」ということです。私たちは消費者でもあり労働者でもあります。消費者としての立場からは、便利なサービスを求めたいものですが、そのサービスは、必ず誰かが担っているわけです。例えば、深夜に消費者から苦情があるとします。もちろん、消費者の気持ちとしてはよく分かるわけですが、これに対応しようとすれば、当然深夜に働く人が必要になるわけです。そこで、もし仮に消費者が「翌朝で良い」と言えば、深夜に働く必要はなくなります。当然のことながら、病院などのようにどうしても必要な場合もありますが、こうしたサービスまで求める消費者というのは、労働者の立場で考えてみると、いささか行き過ぎではないかと感じる部分もあります。国民全体が少しずつ配慮することで、社会全体としてのワーク・ライフ・バランスの進捗度合いが早まっていくのではないかと考えていますが、みなさんはどう思われるでしょうか。最後にみなさんへの問題提起をさせていただいて、本日の話を終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

以 上

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