同志社大学「連合寄付講座」

2011年度「働くということ-現代の労働組合」

第11回(6/24

課題への対応(2) 労働関係の法律ができるまで
―労働政策の実現―

長谷川 裕子(連合参与)

はじめに

 本日は私が携わった労働関係の法律を例にあげながら法律がどのような過程を経て成立するのか、また労働政策を実現するために労働組合はどのような取り組み(運動・活動)をしているのか等を中心にお話しさせていただきたいと思います。

1.法律ができるまで

 法律は急にできるわけではありません。例えば労働現場で問題が起こった場合労働者は、労働基準監督署や労働局等へ労働相談として持ち込んだり、裁判所、労働審判所、都道府県労働局に紛争解決として提起します。それどれの機関は取り扱い件数を毎年公表しますのでマスコミによってその実態が伝えられるなど社会問題化されることが多いです。労働相談は100万件もあると言われています。このような社会的な動きに対して厚生労働省は問題解決についての研究会を発足させ研究会において原因の究明とその後の対策として、どのような労働政策をおこなえばよいのかなどを検討します。法律改正や新たな法律を作成するとなると、その後労働政策審議会が開催されます。労働政策審議会は、公益代表(研究者)・労働者代表・使用者代表の三者で構成する三者構成方式と呼ばれ、他の審議会とは異なり、ILOの三者構成の形式を整えています。労働政策審議会で審議された法律案要綱を大臣に答申し大臣は法案要綱を法律案に整備して、閣議決定を経て国会に上程されます。
 国会は、衆議院の厚生労働委員会による審議を充分におこない、その後、本会議での採決を経て、参議院での審議に移ります。参議院厚生労働委員会での審議の後、参議院本会議での採決を経て、可決されればその法律案は成立し公布されます。労働関係の法律は、その後政令・省令の作成がおこなわれた後施行されるということになります。衆・参の厚生労働委員会はそれぞれ週2回(予備日1日)おこなわれています。法案の中でも重要法案というのは約40時間の審議をおこないます。それ以外のものは6時間~20時間の審議で本会議での採決になります。現在は衆議院は民主党が第1党、参議院は自民党が第1党という、いわゆる「ねじれ国会」のため法律がなかなか通りません。先に述べたように衆・参それぞれの厚生労働委員会での審議を尽くす必要があるため労働者派遣法などの法案も1年以上ぶら下がり法案になっているという状態になっています。
 冒頭に申し上げましたように、法律ができるというのは労働現場で様々な問題が惹起し労働現場が抱える問題や実態が表面化して初めて動き始めます。決して国会議員や研究者、官僚が勝手におこなっているわけではありません。また、労働関連法案は三者構成方式を取っているため、労使がまとまらないことには法律ができない仕組みになっています、これは労働関係法律は日々、労働者と使用者とが活用する法律であり、事業所や労働者に根付かない法律は役にたたないからです。労働関係法律の特徴を理解していただきたい点です。

2.求職者支援法(2011年)

(1)背景

 ここからは具体的な法案を例にとってお話ししていきたいと思います。国会は1月に召集され通常国会は150日の開催期間が設けられてあります。前半では予算審議をおこないその後関連法案の審議をおこないます。労働関連の法案は非予算関連法案ですので、大体5月の連休明けから審議が始まります。今年は求職者支援法が成立し、施行されました。
 この求職者支援法制定の背景ですがこの10年間で非正規労働者が非常に多くなりました。正規労働者とは雇用の期間の定めがなく週40時間労働をベースにし賃金も毎月決まった給料が支払われボーナス・退職金が出るような労働者のことをいいます。一方非正規労働者ですが、派遣社員や契約社員に代表される有期雇用されている人たちです。非正規労働者増加の背景にはリーマンショックによる景気の悪化や、グローバル化による正規雇用の減少と非正規雇用の増加にあります。最近では大学卒業後就職がなく非正規になるという人も増えております。リーマンショック後、派遣切りや雇い止めが横行していきました。
 私が受けた労働相談でも派遣を打ち切られ、収入が途切れ家賃が払えないためにアパートを追い出された人が多数存在しました。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。正規労働者の場合は解雇されても雇用保険の失業給付金が支給されます。しかし、非正規労働者の場合、雇用主や労働者の雇用保険の負担が大きく、雇用保険に加入していないケースが多いため失業給付が支給されず、契約が切られた瞬間に路頭に迷うという事態が起こります。

(2)求職者支援法の意義

 そこで雇用保険に加入していなかった人や長期的に非正規労働に従事していた人を救うため生活費の支給と職業能力開発がセットになっている、雇用保険とは別の制度を作っておくべきではないかということが議論されました。この制度導入については連合や民主党では以前から議論され政策提言もされていましたが自民党政権時には目も向けられずに法制化されてきませんでした。リーマンショック後、非正規労働者の実態が明らかになり非正規労働者への支援が必要だということが指摘されました。そもそもこれまでの失業者対策は正規労働者中心でしたので、雇用保険に加入していた場合は失業給付を支給しますが、雇用保険に加入していなかった場合は生活保護に頼らざるをえないといったように、雇用保険と生活保護の中間が抜けた雇用政策でした。今回の求職者支援法は再就職への道を閉ざすことなく生活保護への転落を防ぐ第2のセーフティネットとなり得る画期的な法律であると言えます。ヨーロッパでは、長期失業者対策として、雇用保険とは別の「扶助制度」として早くから対策が講じられていました。

3.雇用保険改正(2010年)

(1)背景

 皆さんは雇用保険(失業給付)とはどのようなものかご存知ですか。雇用保険が関係してくるのは、解雇されたとき、雇い止めをされたとき自己都合で退職したとき、という3つのケースが挙げられるかと思います。その場合は失業給付を受けながら次の仕事を探すということになります。
 ではなぜ非正規の人たちは雇用保険に加入できなかったということですが雇用保険の加入条件が非常に厳しい点があげられます。これまで日本の労働政策は正規労働者中心に作られており、1年間継続して働き雇用保険の保険料を払っていれば、失業時に給付が受けられるという仕組みになっていました。ところがリーマンショックが起こり派遣村へ来た人の中には1年間継続して働いていないため雇用保険に加入していない人が多かったのです。このような状況・実態を受け非正規労働者の働き方を考慮した制度作りが提唱され2010年に雇用保険法の改正がおこなわれました。

(2)雇用保険の仕組み

 雇用保険は大きく失業等給付と雇用保険二事業に分かれます。失業給付は失業・解雇時に支給されるのが基本手当ですが働いていた時の賃金の50~80%の支給がおこなわれます(限度額有)。他にも高齢者求職者給付金や日雇労働求職者給付金などがありますが基本的には基本手当が失業給付だと思ってください。
 次に雇用保険二事業ですがこれは雇用安定事業と能力開発事業の二つになります。雇用安定事業とはリーマンショックや東日本大震災に影響を受けた事業所の雇用継続のケースに良く効いている制度で企業は事業危機事態が起こると合理化や企業の縮小を考えます。これは労働者にとっては雇用問題になります。雇用維持・確保について、非常に不利な方向に進むため国が企業に助成金を与えて労働者の継続雇用を守るというのが雇用安定事業の趣旨・目的です。一方能力開発事業は転職の際に新たなスキルを身につけなければならないという場合等に給付されるというものです。

(3)改正雇用保険法のポイント

 昨年の雇用保険法改正の主な内容は雇用保険の加入要件である「6ヶ月以上の雇用見込み」を「31日以上」に変更し、すべての労働者が加入しやすい要件に変更しました。また所定労働時間について「週30時間以上」を「週20時間以上」に短縮し、その要件を満たしている人は強制的に加入しなければならないこととしました。しかし社会保険(健康保険、厚生年金)に関しては依然「週30時間以上」という要件は残ったままです。そのため雇用主が有期雇用の人たちの週労働時間を30時間未満に設定し社会保険料を払わなくて済むようにする事例も見うけられます。連合は、社会保険に関しても「週20時間以上」への変更をすべきと主張しており、現在その議論がおこなわれています。

(4)今後の課題

 女性には、マルチジョブホルダーという、掛け持ち労働者が男性より多く存在します。シングルマザー等に多い働き方です。そのような人たちは所得や労働時間の捕捉が難しいために雇用保険・社会保険に入れず給付が受けられないというような事態になっています。このような人たちのための政策が今後の課題としてあげられています。
 いずれにしましても2010年の雇用保険法の改正2011年の求職者支援法の施行によりこれまで正規労働者中心の法整備から非正規労働者へ目を向けた法整備が少しは進んだと思います。これらの動きは政権が民主党へ変わったことや非正規の増加によって招来への不安が拡大したことがあげられます。皆さんが働く時にこれらの社会・労働保険制度は重要になってきますので覚えておいてほしいと思います。

4.労働者派遣法(2010年継続)

(1)背景

 2008年に起こったリーマンショックにより派遣労働者はいわゆる派遣切りにあい有期契約労働者も雇い止めされ多くの若い労働者が労働相談に来られました。業種別に見ますと自動車や電機等の製造業で働く人々でした。製造業はアジア諸国との競争激化のなか、人件費を抑えるため有期契約労働者と派遣労働者を多く活用していました。自動車産業は期間工を電機産業と下請け中小企業は派遣労働者を多く活用していました。このような状況下で非正規労働者は労働者全体の約33%を占めるようになっていったのですがこの人たちは人件費の調整弁として、真っ先に切られることになりました。その結果会社の寮からの強制退去や家賃が払えないことによる不動産業者からの追い出しなどが起こりました。労働相談の増加や生活保護の増加などがおこり、マスコミの取材などにより問題が表面化しこれら派遣労働者を保護する法律が必要なのではないかということになりました。

(2)連合の対応

 連合は1985年に派遣法が成立した時点から、労働者派遣は問題だと考えていました。そして、1985年の成立後労働者派遣法は規制緩和され法改正がおこなわれてきました。労働の規制緩和は労働者保護を撤廃して、使用者にとって使い勝手の良いように法律を変えていくことを意味しています。派遣法は雇用主は派遣会社であり派遣先は雇用主ではないことから派遣先企業は使用者としての責任を放棄しているという、これまでの労働法の中では考えられない雇用と使用の分離を法律で規定しています。これを認めている派遣法は問題があるということで連合は一般業務の登録派遣の禁止、登録派遣事業許可要件の厳格化などを主張していました。ただし連合のなかでも賛否両論がありました。特に電機産業等製造業はアジア諸国との競争に勝つためにコストの安い派遣労働者を使っており、労働者派遣法を規制強化して労働者を保護するとなると人件費コストが上昇することから、難色を示していました。しかしながら労働組合は労働者を守る組織であります。「労働者保護の規制を強化すべき」という視点でまとめた「労働者派遣法見直しに関する連合の考え方」(連合方針)をまとめることができました。

(3)派遣法の歴史的な経緯

 派遣法は1985年に成立して以来年々規制緩和されていき1999年には適用対象業務が原則自由化されました。そして2006年に労働ビッグバンが起こります。労働ビッグバンの主な内容はニートの戦力化女性・高齢者の就業率向上外国人労働者の受け入れなどによる労働力人口の確保そして労働時間の裁量化や派遣労働の期間制限撤廃による労働の弾力化をおこなった労働市場改革です。その後秋葉原事件やグッドウィルの派遣労働者へ対する不当な取り扱い年越し派遣村など派遣労働にまつわる諸問題が起こりました。これを受け、2009年に改正労働者派遣法を民主・社民・国民新党の野党3党で共同提出しますが衆議院解散に伴い廃案となってしまいました。その後民主党政権へと変わり、派遣労働者を保護するという形で派遣法が審議会を通過し国会上程されますが現在のねじれ国会の中で労働者派遣法がいつ施行に至るのかという見通しが立っていません。それは労働者派遣法が事業法であり労働者保護を強めることに事業主が大きな難色を示していることが影響しています。かつ労働者側も強化してほしいという意見と自由にしてほしいという意見があり調整が進んでいかないことも問題の1つに挙げられます。
 しかし雇用・労働の規制緩和は格差を拡大し貧困を作ってしまい、精神的なゆとりもなくしてしまいます。その代表例が秋葉原事件です。そのようなことを考えると派遣として働く人を守る労働者派遣法案を早く施行する必要があると思います。その法案設立のためには国民や報道機関が声をあげること、国会議員に関心を持たせること社会問題として提起することが必要不可欠だと考えています。

5.労働契約法

(1)背景

 労働基準法は使用者は○○しなければならないという法律であり、使用者と労働者の権利義務関係を書いているものではありません。日本の労働者は他国に比べると非常におとなしく労働裁判を起こさなかったのですが近年は労働裁判の申し立て件数が増えてきています。裁判になると法律を基に判決を下しますがここで問題になったのが使用者と労働者の権利義務に関係を規律する実体法が整備されていないことです。解雇に関しては、判例として定着している解雇権濫用法理を労働基準法に規定しましたが、その他労働契約に関しては法律に規定されていませんでした。そこで、労働者と使用者の権利義務関係を規律する労働契約法を作ろうということになりました。

(2)経過

 使用者も労働契約法制定に賛成の意を唱えていました。むしろホワイトカラーイグゼンプションの導入を主張し、使用者がめざす労働契約法の姿と労働組合がめざす労働契約法とは異なっていました。公益委員もまた別の姿の労働契約法を考えており、三つ巴の状態となりました。特に公益委員意見については労使双方難色を示し審議会は途中2ヶ月間話し合いの場を持たない状態となりました。

 膠着状況を打開するために厚生労働省の役人も労使が納得するような法律とする必要があるという姿勢を示し労使が共に合意した内容について法制化することと、審議会に労働問題の専門家として双方が推薦する弁護士を専門員として参加していただき、労働契約法の制定に取り組みました。労働契約法は結果として19条からなる小さい法律となってしまいました。このような内容から当時は多くの労働関係者から批判がありましたが最近は、労使の権利義務関係を明文化したことを評価する意見が寄せられています。

(3)労働契約法のポイント

 この労働契約法のポイントは何なのかということです。
 民事上のルールの明確化です。労働契約の成立・変動・終了に関する要件と効果を規定したことです。また、労働契約の原則は労使の合意であり、均衡考慮、仕事と生活の調和、安全配慮義務規定を規定しました。特に労働契約締結時の労働条件については、労使合意を原則に、合理的な労働条件を定めてある就業規則がある場合には就業規則によるものと規定しました。その上で、労働契約内容の変更については、労働者との合意を原則にし、変更後の就業規則が合理的であり、従業員への周知、従業員への説明、労働組合等との協議がある場合は変更後の就業規則の定めるところによると規定しました。この就業規則による労働条件の変更については審議会で非情にもめたところです。さらに、出向、懲戒、解雇、有期労働契約についても定着している判例内容を法制化しました。

6.今後法改正等が予定されている課題

(1)高齢者雇用安定法

 日本は60歳定年制度をとっており60歳定年は解雇ではないと行政解釈がされています。60歳になると仕事を辞めることになりますが、年金受給資格は65歳からなのでその5年間をどのように生活するかを考えた場合その間の雇用を継続させることが重要です。定年延長をする、定年をなくす、再雇用制度を導入するこの3つの方法を使用者は選択することが求められています。しかし、実際は、雇用継続されない労働者がおり、このことが社会問題になっています。裁判所の判断も最近は変化してきています。そこで厚生労働省は、高齢者雇用安定法の見直しに着手します。働く希望のある人は全員再雇用することが叶うような法改正がおこなわれるかと思います。

(2)企業組織再編

 企業組織の再編、親子会社の分離統合、合併、事業譲渡などは、民間企業では頻繁に起こります。この時に従業員の雇用や労働条件はどうなるのかということは非常に重要なことです。他の企業に転籍させられたり、労働条件が引き下げられるということは良く起こります。企業組織再編における労働者保護の観点からの法整備がおこなわれることが必要だと思います。

(3)その他

 さらに、現在、有期労働契約や民法改正なども審議されています。これらの法律は働く者にとってとても重要な法律ですのでこれらの審議会の動向にも注目して頂ければと思います。

7.まとめ

(1)法律について

 以上労働関係の法律ができるまでをざっとお話してきましたが労働法は研究者や国会議員のみが法律を作るわけではありません。皆さんが日々働いている中でおきている問題を調査、研究して問題点を整理して、審議会や国会で充分に審議して労働関係の法律はできてくるということをぜひ知っておいてほしいと思います。またどの政党がどのような労働政策を持っているのかということも重要です。それは政権党の労働政策が法律に反映されることを意味しています。

(2)働くことについて

 働くということは非常に尊いことです。働かなければ賃金は得られませんし賃金が得られなかったら生活ができません。また、有名な大企業への就職を希望している人が多いかと思いますが中小企業でも自分らしく能力を充分に発揮できる企業は多く存在します。また企業規模に関係なく労働法は適用されます。何かあれば法に訴え労働者の権利を守ることが必要です。この機会に自分がどういう働き方をするのか自分がどういう生き方をするのかを考えていただきたいと思います。

以 上

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