同志社大学「連合寄付講座」

2011年度「働くということ-現代の労働組合」

第8回(6/3

ケーススタディ(6) 公共サービスと公務労働のあり方に関する取り組み
―公務関係労組の事例―
「公務とは何か?公共サービスとは何か?そして公共サービス労働組合とは何か?」

高柳英喜(自治労企画部長)

はじめに

 自治労は一般的には地方公務員の労働組合だと言われます。しかし、我々は自らについて公共サービス労働組合であるといういい方をします。「地方公務員」と「公共サービス労働者」には大きな違いがあるからです。あるいは「公務」と「公共サービス」には違いがあるわけです。最初にその違いから説明させていただきます。

1.公務(員)とは誰のことか?

 最初に「公務(員)」とは誰のことかということについてお話します。まず公務とは、「一般に、国・地方公共団体の事務を、これに従事する者の面からとらえていう場合に用いる」(『法令用語辞典』(学陽書房))と書いてあります。主な特徴として、「①公共の利益に奉仕、②公権力の執行権限、③租税でまかなわれる」(同書)。「公務の範囲・概念は、時代、地域、国家形態等によって異なり」(同書)ということも書いてあります。
 次に、公務員とは、「一般的には、身分上、国又は地方公共団体とつながりを有し、それらの事務に従事する者をいう」(同書)。指標として、「①国・地方公共団体の事務(公務)に従事、②原則として、国・地方公共団体から給与、③国・地方公共団体の任命権者から任命」(同書)と書いてあります。よくみると、「つながりを有し」という曖昧な言い方をしています。つまり、簡単に言うと、公務員とは、国や地方自治体から仕事を任されて、その対価を何らかもらっている人を指すわけです。
 このように、公務員といえば、キャリア官僚や市役所の職員のイメージがあるかと思いますが、法律上の定義は曖昧であり、その範囲は大変広いということをまず理解してください。

2.公共サービスとは何か?

 次に「公共サービス」という言葉について考えてみたいと思います。今でこそ、公共サービスという言葉は一般的に使われていますが、かつては、公共サービスという言葉は、一般的ではありませんでした。法律上、公共サービスという言葉を初めて使ったのは、「競争の導入による公共サービスの改革に関する法律」、一般に「市場化テスト法」という法律です。この市場化テスト法は、2006年の6月2日に成立した法律です。この法律では公共サービスをどのように定義しているのでしょうか。「市場化テスト法の第二条では、「この法律において『公共サービス』とは、次に掲げるものをいう」として、「国の行政機関等の事務又は事業として行われる国民に対するサービスの提供その他の公共の利益の増進に資する業務」と書いてあります。
 もう一つ2009年5月21日に成立した「公共サービス基本法」という法律があります。この法律では、公共サービスとは、「国民が日常生活及び社会生活を円滑に営むために必要な基本的な需要を満たすものをいう」。「国又は地方公共団体が行う……公共の利益の増進に資する行為」というようなことが書いてあります。
 要するに「公共の利益の増進」という言葉がひとつのキーワードとして使われており、「国の行政機関等の事務又は事業」ということが両方の法律で共通している点なのです。さて、国や自治体は法律で決まったことを執行するわけであり、これをみなさんは学校で、三権分立のうちの「行政」であると教わったと思います。国や地方公共団体の事務や事業ということならば、普通は行政サービスと呼ぶはずです。それなのにどうして行政サービスの改革、行政サービス基本法といわないで、公共サービスというようになってきたのでしょうか。
 言葉が変わってきた理由は、行政が行政自身で実施しないサービスが増えているからです。市場化テスト法でも、「その内容及び性質に照らして、必ずしも国の行政機関等が自ら実施する必要がない業務」と示されており、国や自治体が、自ら実施しなくてもかまわないサービスがあるわけです。公共の利益に関する業務や「国民が日常生活及び社会生活を円滑に営むために必要な基本的な需要を満たす」(「公共サービス基本法」)業務を、必ずしも公務員が実施しなくてもいい、すなわち、公務員でない人たちが実施することでもよい、というのが、昨今のトレンドなのです。

3.公共サービスの多様な提供主体

 図1の「公共サービス・公益事業の担い手と現状」は、公共サービスや公益事業に関係している人たちを図解したものです。ご覧いただければおわかりになるとおり、公共サービスや公益事業は大変幅が広いので、これに関わる労働者も大変多いわけです。
 公益事業というのは、労働関係調整法で定められた公益事業を示しています。電力会社、ガス会社、JR、私鉄、航空会社、NTT、日本郵政、それから病院等は公益事業です。公共性の高い仕事をしているわけです。その下に特殊法人等というのが出てきます。公社・公団、事業団や、NHK、日本政策投資銀行、日本赤十字、日本銀行、関西国際空港、JT等があります。この人たちは公共的な仕事をしていますが、公務員ではありません。さらにNPO、協同組合、ボランティア、公益法人、ここで働いている人たちは行政から委託されて公共サービスを担っているわけです。今回の東日本大震災で、全国からボランティアが被災地に入り活動しておりますが、彼らがおこなっていることはまさしく公共の利益の増進です。
 図の真ん中の公務員というのは幅広い職種です。自衛隊、警察、消防、あるいは清掃や学校給食に携わっている人、それから公営企業と言いまして上下水道に関する業務に携わっているような人たちもいます。地方公務員といっても役場でデスクワークをしている人たちだけではないのです。また、公務員身分を有する特定独立行政法人があります。国立公文書館や造幣局の人たちです。それから非特定独立行政法人・国立大学法人もあります。2000年までは国立大学の教職員は公務員でしたが、公務員ではなくなって、国立大学は独立行政法人になったわけです。
 要するに公共というものに関連した仕事あるいは事業は極めて多岐に渡っていまして、極めて多種多様な提供主体によってサービスが担われているということです。財務省や外務省といった省庁で働く官僚や、京都市役所や大阪市役所など地方自治体で働いている地方公務員は、公共サービスを提供する主体ではあるが、一部を占めるに過ぎないということなのです。
 自治労は一般的には地方自治体、地方公務員で組織している組合だといわれています。実際、過去は地方公務員を中心に労働組合を組織してきたわけですが、現在では、自治労は、組織化の対象を広げてきているのです。地方を中心に、独立行政法人、公団・公社で働いている、公務員ではないが、公共サービスを担っている人たちの組織化がメインになっているのが実態です。したがって、自治労は地方公務員の労働組合ではなくて、公共サービス労働者の労働組合であるわけです。

図1 公共サービス・公益事業の担い手と現状

出所:講義資料より

4.公務・公共サービスのアウトソーシングの潮流

 次に公務・公共サービスのアウトソーシングの潮流の話に移りたいと思います。図1の右下に企業・民間事業者とあります。この箇所は、独立行政法人や特殊法人を含む広い意味での公務員世界からのアウトソーシングによって、公共サービスの実施主体が企業・民間事業者にとって変わられつつあるということを意味しているのです。
 このアウトソーシングの潮流を強力に推進してきたのは、2001年4月から2006年9月まで、およそ5年5か月にわたって政権の座にいた小泉純一郎元総理です。そして竹中平蔵元大臣であります。彼らの特徴は、アングロサクソン的な政治・経済運営の手法、新自由主義といわれる政治手法であり、トリクルダウン理論という考え方です。トリクルダウン理論というのは、上層から下層へと富が滴り落ちるということ、すなわち、大企業や富裕層の経済活動を活性化させれば、その富が低所得層に向かって徐々に流れ落ち、国民全体の利益となる、という考え方です。
 では具体的に何をおこなったのでしょうか。基本は、富裕層や民間の大企業を優遇し活性化させ、逆に公共部門を徹底的に縮小させることです。具体的には、郵政民営化、道路公団など特殊法人民営化、市場化テストや指定管理者制度の導入、三位一体改革という自治体に対する補助金や交付税の大幅削減策、医療制度改革(窓口負担の増加)等、公共部門との関係ではこのような改革をおこなったわけです。

5.なぜ公共サービスのアウトソーシングが進んできたのか?

 それではなぜ公共サービスのアウトソーシングが進んできたのでしょうか。それは国、地方ともに財政が赤字になっていたからです。2010年度末の段階で国と地方の長期債務残高は863兆円に上っています。
 社会保障給付費と社会保険料収入の推移に関して、年金、医療、介護等の社会保障に関わる給付費は年々増加し続けております。一方、社会保険料収入は、全然増えていません。つまり、給付はどんどん増えるけれども、保険料は増えない。ここに税金を投入して賄っている。そうしますと財政赤字は増大する一方なのです。財政赤字が累増しますと、世代間の不公平拡大、金利の上昇による経済への悪影響、政策の自由度の減少が生じます。これは活力ある経済社会の実現に大きな足かせとなります。
 皆さんに関係のある話でいいますと、高齢化と社会保障財源の問題です。1965年は9.1倍と、約9人~10人で1人のお年寄りを支えていました。2010年の今は2.6倍です。3人もいません。2人強で1人のお年寄りを支えています。2025年になると1.8倍です。さらに、2050年にはほとんど「1人の現役が1人のお年寄りを支える」という世界になっています。
 このように財政赤字が増大すれば、政府が何をやるか。それは、社会保障サービスの切り下げ、年金支給年齢の引き上げ、年金の支給額を切り下げ、公務員の人件費(給料×人数)の削減などです。つまり、小泉元総理と竹中元大臣らは財政再建のために、なるべく政府支出を抑えようとしたわけです。

6.公共サービスの縮小と商品化が何をもたらしたのか?

 しかし、公共サービスの縮小と商品化は、実際には何をもたらしたのでしょうか。たとえば、市場化テストの結果はどうだったのでしょう。社会保険庁関連業務で国民年金収納事業がありました。社会保険庁で重大な問題だったのは、国民年金の保険料の徴収率が下がり、年金財政の空洞化が進んできたということです。そこで、徴収事務を官と民で競争させ(市場化テスト)、徴収率のアップを図ったわけです。結局は民間事業としてやることになりましたが、まったく徴収率は上がりませんでした。
 それから「官民が競争してサービス向上をめざす」といわれておりましたが、現実には、官は競争に参加せず、事業をとるために民間と民間が競争しているのです。その結果、サービスの質を度外視した安売り競争になってしまっているわけです。実際に1円入札というのがありました。
 この安売り競争がどういう意味で深刻なのでしょうか。これは自治労の一大課題なのですが、公共サービスの安売りをした場合、しわ寄せがいくのは人件費なのです。それでも公務員は人事院勧告があって、まだ守られている方だといっていいでしょう。しかし、問題なのは、公務員以外の非正規の人たちです。特に、国や自治体の行政機関で働く臨時職員や非常勤職員たちです。例えば、就職相談員、消費生活アドバイザー、図書館司書といった職種で、専門性が高いのですが、非常勤なので、極めて不安定な雇用、劣悪な労働条件に置かれているのです。こういう人たちを官製ワーキングプアと呼びます。
 こういった労働実態というのは問題だということで、自治労委員長が非正規職員の賃金をアップさせるためには、「正規職員が非正規職員と賃金をシェアすべきだ」ということを提起したわけです。もちろん、正規職員の身を削ることにもつながりますので、自治労の内部にも様々な議論があり、これはそう簡単には進んでいません。しかし、やはり真剣に議論すべき問題であり、現に取り組みを進めている組合もあります。これからの自治労運動においては、こういうことが極めて重要だと考えています。

7.東日本大震災と公共サービス

 小泉・竹中路線は、社会保障費の自然増分のうち2200億円を削減しました。その結果、実際に7年間で総額1兆6200億円の社会保障費が削減されました。抑制対象は、医療、介護、障がい者、母子、生活保護、年金、雇用保険などすべての分野に及びました。一方、地方に対しては平成の大合併がおこなわれました。自治体の数が3232から1727にまで減りました。朝日新聞(2011年5月30日)の記事を見てみると、「震災で問われる合併」ということで、良い例も載っているのですが、合併で役場が遠くなって被災者に公共サービスが供給されない実態がありました。深刻なのは、大震災で問題が顕在化した、医療の問題です。救急車にたらいまわしにされたとか、産婦人科がいなくなったという話が元々ありましたが、大震災によって、例えば、福島の被災地の病院では医師や看護師が退職していなくなったということがありました。その結果、近隣自治体の病院が大変なことになったということが実際に起きたわけです。医療費の削減というのはそういうところにも影響を与えてしまっているということです。
 地方公務員、自治体職員の本義というのは住民の生活と生命を守ることです。ですから、自分が被災者であっても住民にサービスを提供しなければならないわけです。一方、最近の労働組合は賃金・労働条件だけではなくて、いろんな社会貢献活動もしております。そこで、いま申し上げた医療をはじめ公共サービスが、震災によって危機的な状況に陥っている事態、それを支える自治体職員も人手が足りないといったことを踏まえて、自治労としては4月から岩手・宮城・福島に継続的に人的な支援活動をおこなってきているわけです。

8.まとめ―国民の安心・安全と公共サービス・公共サービス労働者

 公共サービス基本法は、私どもの働きかけなどもあり、2009年に制定された法律です。基本理念として、「公共サービスに関する国民の権利であることが尊重され、国民が健全な生活環境の中で日常生活及び社会生活を円滑に営むことができるようにすることを基本として、行われなければならない」とされています。また、「安全かつ良質な公共サービスが、確実、効率的かつ適正に実施されること」が重要だということを基本理念としている法律です。
 それからもう一つ。「公共サービスの実施に従事する者の労働環境の整備」という11条なのですが、「安全かつ良質な公共サービスが適正かつ確実に実施されるようにするため、公共サービスの実施に従事する者の適正な労働条件の確保その他の労働環境の整備に関し必要な施策を講ずるよう努めるものとする」。つまり、安全で良質な公共サービスを国民に提供するためには、提供する従事者自らの適正な労働条件や労働環境が整備されていなければ実施できないということを書いている条文です。明日にでもクビになるかもしれない、月に5万円や6万円しかもらえないというのでは、良いサービスは提供できません。つまり、我々がめざしているのは、安全かつ良質な公共サービスを国民に提供するために、公共サービスに従事する者の労働環境を整備することなのです。
 以上を最後に申し上げて、私の話とさせていただきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

以上

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