同志社大学「連合寄付講座」

2010年度「働くということ-現代の労働組合」

第15回(7/23

修了シンポジウム
「労働を中心とした福祉型社会」をめざして~連合会長を囲んで

パネリスト: 古賀伸明(連合会長)
  藤崎聡さん(同志社大学4回生)
  谷圭菜さん(同志社大学3回生)
コーディネーター: 石田光男(同志社大学社会学部教授)

Ⅰ.古賀会長の講義

はじめに

  今日は本年度の連合寄付講座の最終回です。連合は現在置かれている時代状況、あるいは環境についてどう認識しているのか。そしてそのような状況の中で、連合としてはどのようなスタンスで、どのような社会をめざしているのかについてお話をさせていただきます。
 現在の日本社会の課題、あるいはキーワードが何かと問われますと、やはり「持続可能性」と「コミュニティの再構築」の2つを挙げたいと思います。この意味では、様々な社会政策や経済政策について、働く者のみならず、日本社会の全体を分担していくことが必要です。例えば都市と地方、働く者の中でも例えば正規と非正規、といった分担型の政策をとっていたことは、修正していかなければなりません。歴史家ジョバンニ・ポテロは「偉大な国家を滅ぼすものは決して外面的な要因ではない。それは何よりも人間の心の中、そしてその反映である社会の風潮によって滅びる」という言葉を残しています。我々自身が社会を構成する一員であると同時に、新しい社会づくりを担う一人でもあり、その役割と責任があると、自覚すべきではないかと思います。決して外的な要因によって、日本社会、あるいは組織が滅ぶのではありません。そこにいる、一人ひとりの心や意識の積み重ねが大事だと、この歴史家ジョバンニ・ポテロは言っていると思います。

1.時代認識・・・この時代をどう捉えるのか?

  連合は1989年11月に結成されました。したがって昨年の11月に結成20周年を迎えたことになります。1989年11月には非常に大きな出来事がありました。ベルリンの壁が崩壊した年月でした。ベルリンの壁の崩壊は、東西ドイツが融合して1つのドイツになっただけではなく、1990年代に入り、ソ連邦をはじめとする、いわゆる共産主義、社会主義国家が崩壊しながら、市場経済の中にどんどん入っていくという世界の動きを象徴しています。もちろん、現在でも共産主義国家、社会主義国家はあります。しかしそのほとんどは世界の単一市場の中で、いわゆる資本主義市場経済のなかで動いています。したがってベルリンの壁の崩壊は、まさにアメリカとソ連邦との東西冷戦が終焉していくきっかけとなりました。このような大きな転換期の中で、連合は結成されたのです。
 日本に目を向けますと、現在日本の株価は1万円前後ですが、1989年の12月には3万9000円弱という高水準となっていました。まさにピークの時期でした。そして1990年代に入りますと、急速にバブルが崩壊していったのです。したがってその時期は「失われた10年」という日本社会、日本経済のスタートとなった時期です。20年経った現在、2008年のリーマンショックによるアメリカ発の世界同時不況がおこりました。これは決して景気循環の一局面ではなく、まさに競争、効率、経済性を徹底して追求する価値観の政策がもたらした、金融資本主義の暴走によってこのような状況を生み出したのです。もちろん、私は競争、効率、経済性の追求を否定するつもりはありません。しかしそれだけの価値観によって作られた政策の中では、人々が幸せになれないということを、世界各国に考えさせ始めたのです。世界の経済政策を議論する場は、G7からG8へ、そしてG20まで変わってきました。我々が一番注目したのは昨年9月に、ピッツバーグでおこなわれたG20首脳会議です。この会議の首脳声明が8つの大きなパラグラフでまとめられました。その5つ目に、「質の高い仕事を回復の中心に置く」と明確に記されたのです。働く・労働の質に世界中は注目をせざるを得ない、あるいはするようになったわけです。
 1944年のILOのフィラデルティア宣言には主に2つの項目がありました。1つは「労働は商品ではない」です。もう1つは「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」ということです。したがって我々自身がディーセントな働き方を徹底して追い求めなければなりません。今までの延長線上ではなく、社会性や協同、労働の尊厳、人間の尊厳などを考慮し、競争、効率、経済性といった要素とバランスのとれた社会を構築し、新しい政策を作っていかなければなりません。今、私たちはこの決定的な時期に入っているのです。昨年の総選挙で実現した政権交代は、新しい社会をつくりたいという国民の一人ひとりが動かしたのではないかと思います。

2.雇用社会・日本の安定

  日本は雇用社会と言われています。日本は、雇用され賃金を得て生活を営んでいる、あるいは雇用され仕事を通じて自己実現、および社会に参画・貢献している人々の比率が圧倒的に高い国です。現在、統計では5500~5600万人が雇用労働者と言われています。1億2000万人の人口で5500~5600万人、そしてその家族も含めて考えると、日本には非常に多くの人々が雇用と関わっていることがわかります。そしてこの5500~5600万人のうち、1700~1800万人が非正規労働者です。さらにそのうちの1200~1300万人がパートタイム労働者です。日本の正規労働者と非正規労働者との間には、労働条件や処遇に格差があり過ぎます。年収200万円以下の層が1000万人を超えています。
 我々は格差や二極化を是正すべきだと、運動を進めてきました。しかし、もはや格差や二極化を是正するというよりも、一部の貧困層に対してどうしていくかということを考えなければなりません。先ほど紹介した「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」ということです。そういう貧困層を踏み台にして社会が成長するはずがありません。この10年、日本では年収200万円以下の層だけが増えてきています。これは日本の働く者の賃金が下に向かって落ちていくことを意味しています。1999年から2008年までの10年間を見ると、正規労働者は300万人減り、非正規労働者は470~480万人増えたという統計があります。このような状況が深刻になっていけば、日本全体の社会保障システムが成り立たなくなってくると思います。そして非正規労働者は人材育成や能力開発から排除されがちですので、技術・技能の蓄積や伝承もできなくなってくるのです。したがってこれらの問題を労働現場だけの問題ではなく、日本全体の問題として捉えなければならないと思います。雇用や労働現場が不安定になると、日本全体が不安定になっていくからです。現在の民主党政権は雇用をベースにおいて政権の運営をおこなっています。まさに雇用を改善しないと、経済も社会も発展しないという骨格の中で国家の成長戦略が作られているのです。

3.連合が求める政策の基軸と「めざす社会像」

 先ほど紹介したように、我々は現在、大きな転換期に入っており、政策作りは今までの延長線ではなく、現状に応じた新しい政策を作っていかなければなりません。このなかで、我々は価値観の転換へ以下の5つの政策理念を持たなければなりません。すなわち、①連帯、②公正、③規律、④育成、⑤包摂です。1つ目は連帯です。人と人との支え合いによる協力原理を政策の中心に置く必要があります。人間は、社会的動物だと言われています。人と人との支え合いが不可欠なのです。2つ目は公正、3つ目は規律です。労働条件だけではなく、社会全体は本当に公正であるか、そして規律は本当に規範として守られているかを点検していかなければなりません。4つ目は育成です。競争と効率によって切り捨てていく資本主義よりも、むしろお互いに育んでいく資本主義といった社会の作りが大事ではないかということです。5つ目は包摂です。排除するのではなく、みんなを包み込んでいく社会を作らなければならないということです。この5つを政策理念として、我々は格差や二極化といった問題だけではなく、やはり厚みのある中間層を基盤とした社会の構築を大きな目標としています。今まで厚みのある中間層が日本の社会を安定させ発展させてきました。階層社会になって本当に良いのかといった問題を考え、社会をもう一度作り直すべきだと我々は考えています。
 そういう意味で我々が提唱しているのが、「労働を中心とした福祉型社会」の建設なのです。すべての働く者が働く機会を与えられ、公正な労働条件が担保され、そしてセーフティネットが張られた社会をめざしていこうということです。現在、日本ではこのような「労働を中心とした福祉型社会」を作らないと、日本社会全体の持続可能性が失われていくのです。したがって我々は今、この雇用を中心とした福祉型社会を作るためにはどのような政策を出していくべきかなどの問題を含めた、たたき台を作り、組織で討議しています。全国でシンポジウムや討論会を開きながら、働くことを軸とした、安心・希望を持てる社会の作りを提唱・提起していきたいと思います。

4.連合運動の力点

  ここ数年、我々は「すべての働く者」というワードを使っています。約18%の労働組合員だけの幸せを求めるのではなく、すべての働く者を視野にいれた運動を構築していき、すべての働く者の幸せを実現することによって、18%の組織されたメンバーの幸せにも繋がっていくということです。
 日本経済は戦後、右肩上がりの成長を経験しました。企業別労使が、増えたパイの配分を交渉し、その結果によってすべての国民の幸せに繋がり、日本社会の発展が日本経済の発展に繋がっていったわけです。しかし日本も間違いなく成熟社会に入って、過去のようにGDPが何パーセントも成長する時代は終わったと見なければなりません。このような状況の中で、労働組合はすべての働く者の幸せを追求しないと、組合員も幸せになれず、労働組合が孤立していくという可能性は十分あります。したがって我々の運動には、すべての働く者の連帯という発想を持たなければなりません。
 連合運動の力点としては、1つ目はやはり雇用です。我々は雇用を守り、雇用を創り出すことに役割を果さなければなりません。今の時代は過去のように、ある産業を発展させば多くの雇用が簡単に創り出せるような時代ではありません。雇用を守り、創り出すことは非常に難しくなってきています。しかしこのような時期こそ、すべての働く者に対して労働の機会を与え、働く機会をできるだけ創り出していかなければなりません。我々も雇用を守って、創り出していきますが、企業側も雇用に対して一定の責任を持ってもらわなければなりません。
 力点の2つ目は、地域に根ざした顔の見える運動で、社会連帯の輪を拡大することです。地域の働く者だけではなく、地域に住んでいる住民たちも含めて様々な活動をおこなっていくことです。コミュニティの再構築、そして社会連帯の輪を広げていくことは非常に重要になっています。
 力点の3つ目は、すべての職場で集団的労使関係を確立することです。集団的労使関係は極めて古典的な言葉ですが、健全な労使関係は社会を安定させるのです。したがってすべての職場で集団的労使関係を確立させることによって、日本の社会と発展に寄与していくということを、運動を通じてより強く出していく必要があると思います。

5.政権交代と連合運動

  昨年、国民の一人ひとりの一票で、政権交代が実現しました。これは日本の歴史上、初めてのことです。しかも我々が長年ずっと支援してきた政党が政権与党になったわけです。先ほど申し上げたように、高度成長時代においては、労働組合は、組合員のために、パイの配分について経営側と交渉すれば日本全体の幸せ、そして日本社会の発展に繋がったのです。しかし、今はそのような時代が終わり、成熟社会になったわけです。このような社会において、国の政策は国民の働き方、暮らし方、生き方に深く関わっているのです。そして国の政策は政治のプロセスを通じて作られています。したがって、労働組合が政治運動や選挙に参加していることは、政治運動をやりたいからなのではありません。政治運動を通じて、我々がめざしている新しい社会を実現しなければならないのです。現在の政権与党と互いに信頼して、政策について議論し、政策を作っていくことは、労働組合にとっても政策実現能力の強化となると思います。

Ⅱ.パネリストの学生と古賀会長との質疑応答

石田先生:ご講義ありがとうございました。さる7月16日の講義において、学生達とこれまでの講義全体を通して感じた感想や疑問について、議論をしました。その際に出た質問を以下に簡単にまとめました。

 2つ目は「グローバライゼーションと日本の雇用」についてです。近年、収益の多くを海外市場で確保する企業が増加していると思われます。そのため、日本企業の海外進出が進み、製品を海外の現地工場で生産する企業が増えつつある現状だと考えております。この点について、グローバル競争に曝されている企業にとって、海外進出を進めることは、避けられないことだと思われます。しかし、企業の海外進出が進むということは、国内の雇用が縮小していくことを同時に意味していると考えられます。企業活動がグローバル化していく中で、国内の雇用をどのようにして守っていくのか。この点に関して古賀会長のお考えをお聞きしたいとの質問がありました。
 そして3つ目は「政治と組合」についてです。昨年9月の政権交代によって、労働者代表である組合の意見が、より直接的に政府に反映されるようになったと思われます。今年度の連合寄付講座においても、この点について、多くの講師の方からお話をうかがいました。学生からも政治と組合の関係について以下のような質問が出ました。例えば消費税の問題とか、今回の「ねじれ国会」について、古賀会長のお考えをお聞きしたいと思います。
 他に、例えば労働組合の組織率とか、正規労働者と非正規労働者の均衡処遇の実現に向けた取り組みについても、学生から質問がありました。
 以上は今までの講義を聞いた学生たちからの質問の全体状況のまとめですが、これから2人の学生代表、4回生の藤崎さんと3回生の谷さんが古賀会長に直接に質問を出して、古賀会長のご意見をお伺いしていきたいと思います。

(1)「労働を中心とした福祉型社会」について

藤崎さん:「労働を中心とした福祉型社会」についてお聞きします。「労働を中心とした福祉型社会」を実現していく上で、連合がカバーしていない労働者を連合はどのように位置付けているのでしょうか。

古賀会長:先ほど「労働を中心とした福祉型社会」の骨格を簡単に紹介させていただきました。まず、「労働を中心とした福祉型社会」のコンセプトを共有化しなければなりません。先ほどの石田先生の話の中にもあったように、経営側と、あるいは国民全体と共有化しなければなりません。したがってさきほど申し上げたように、全国でシンポジウムや討論会を開催して、国民に、我々が提唱している「労働を中心とした福祉型社会」はどのようなものかを、理解していただき、共有していただかなければなりません。
 私は経営側にしても、全国民にしても、「労働を中心とした福祉型社会」についての大まかな理解はそれほど異ならないと思います。ただし、具体的な内容になると、様々な立場があるから様々な意見も出てくると思いますが。実際に「労働を中心とした福祉型社会」と関わってくるもののほとんどは国の政策と関わるものだと思います。例えば派遣労働に問題があれば派遣法を改正しようということになると思います。そしてパートタイム労働に問題があればパートタイム労働に関する法律を作ろうということでしょう。その他、セーフティネットの構築や、ワーク・ライフ・バランスの実現などもあります。労働組合員であろうがなかろうが、国の政策として実現していく必要があります。。労働組合がなくても、国の政策として確立できれば、土俵が一緒になってくるのです。もちろんこれらの政策の実施について組合がしっかりとチェックしていく必要があると思います。

(2)グローバル化の進展と雇用について

谷さん:グローバル化の進展によって企業のグローバル競争が激しくなっています。企業が海外に進出していく中で、国内の雇用をどのようにして守っていこうとお考えでしょうか。

古賀会長:根源的な質問だと思います。グローバル化が進展していく中で、日本企業はいかに多くの外貨を稼いでいくか。そして人件費の高い日本と人件費の安い外国と、どのように調整していくのか、これらの問題は我々にとって非常に重大なテーマとなっています。ただし、私は白か黒かを決めるテーマではないと思います。どうやってバランスを取っていくかを考えるべきだと思います。確かにグローバル化が激化していく中で、企業は海外展開していかなければなりません。しかしいくら海外展開しても日本において働く者の生活を無視しては企業が生き残っていけないと思います。やはりバランスをいかに取っていくかは重要になってくると思います。ここはまさに智恵が要るところで、会社だけではなく、労使双方とも、国民全体においても、智恵を出し合わなければなりません。

(3)組合活動のやりがいについて

藤崎さん:今まで、古賀会長は様々なポジションで組合の活動を行われてきたと思いますが、組合活動のやりがいについて教えていただきたいです。

古賀会長:単組から言えば、やはり仕事だけをやるという狭い範囲にとどまらず、視野が広がるなかで、会社全体はどうしていくかとか、産別であれば産業全体はどうしていくかとか、このようなことを自分自身で考えたり、実行したりすることは、労働運動の1つのやりがいではないかと思います。そして連合から言えば、先ほど申し上げたように、社会について考えます。どのような社会を作っていくべきか、様々な方の意見を聞きながら、議論しながら我々の目標をめざして、考えを組立てていくこと、そのプロセスの中に、楽しさ、やりがいがあると私は思います。

(4)民主党の消費税政策について

谷さん:民主党の消費税政策に対する連合の考えを教えてください。

古賀会長:消費税について私なりの見解を申し上げたいと思います。今回の参議院選挙で変なところから消費税が争点になりました。一言で言えば、菅総理大臣の発言がマスコミに面白く捉えられたから、消費税の問題は争点となりました。総理としては具体的なことについて発言すべきではないと、私は総理に直接に申し上げています。さて、消費税については連合としてどのような考えを持っているのでしょうか。これから少し申し上げたいと思います。
 現行の財政の問題、そして少子高齢化の社会の中で、社会保障を考える際に、私は負担と給付との関係をより突っ込んで考える時期が来ていると思います。自分たちが何も負担せずに、国に要求するばかりではいけません。先ほど紹介したように、やはり社会参画の1つです。互いに支え合って、社会不安を払拭していくという時期が来ていると思います。しかしここにはやはり順番があります。なぜ日本の国民が負担と給付の関係について前向きになれないかというと、やはり政治に対して信頼がないからです。したがって、政治の透明性、税金の使い道に関する情報の開示、ムダの徹底的な排除を常にやらなければなりません。そして政策の具体的な設計図も政府が出さなければなりません。この設計図があってはじめて、国民がその内容について議論でき、どれぐらいの財源、どれぐらいの負担が必要かは明らかになってくると思います。このような順番がきちんとあってから、国民の納得もあって、財政の問題も解決されてくるのではないかと思います。

Ⅲ.古賀会長から学生へのメッセージ

 皆さんに3つの提言を申し上げたいと思います。1つ目はコミュニケーションについてです。現在の学生は、よくコミュニケーション不足だと言われています。コミュニケーションとは、価値観の違う人と会話をして、その価値観の違いを少しずつ埋めていく作業、埋めきれなければ互いに違いを認め合う関係を作る作業だと私は思います。だがこの作業は苦しいですから、苦しさを避けて表面だけの話になって終わってしまうのです。しかし学生でも、社会人でも、組織で生きていく人間ですから必ず付きまとうことです。したがって、話し合うという習慣をぜひつけていただきたいと思います。
 2つ目は1人の人間は弱いということです。しかし我々は1人で生きているのではありません。まさしく支え合っているのです。「共生」というのは、自立した人間がいるから「共生」が成り立つのです。お互いに自立しながら共生していくことが大事です。
 そして3つ目は、自分なりの考えを持つことです。自分なりの考えを持って議論することは非常に大事ですので、皆さんにぜひ意識してもらいたいと思います。

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