同志社大学「連合寄付講座」

2010年度「働くということ-現代の労働組合」

第5回(5/14

誰もが安心して働ける職場づくりにむけて
―石油産業のワークルールに関する取り組み―

小柳正治(JEC連合会長)

はじめに

 今日は「誰もが安心して働ける職場づくりにむけて―石油産業のワークルールに関する取り組み―」というテーマについてお話をさせていただきたいと思います。近年、グローバリゼーションという言葉をよく聞きます。グローバリゼーションの進展によって、社会の様々な面において大きな変化が起こっており、くわえて変化の振幅も大きくなっています。しかし、時代変化の中で変えてはならないものと、柔軟かつ創造性をもって機敏に対応する両者の能力が求められています。その前提・基盤は、やはり目的・信念を明確に持つことにあると、私は思っています。時代の中で様々なパワーバランスが働き、それぞれの立場によって明暗が分かれますが、信念と情熱、計画性と継続性があれば道は開けるのです。したがって、様々なことが、社会とのつながりの中で継続的努力によって結実し、物事が出来上がってくるということを、皆さんに伝えたいと思います。

1.歴史・経済的背景と労働組合の変遷

 ここではまず日本の社会・経済発展の歴史、および労働組合の変遷を簡単に見ておきたいと思います。1955年から1969年までの間は、日本の高度成長期でありました。この時期には安保闘争や公害、東海道新幹線開業、そして東京オリンピックなどの出来事がありました。生産方式からみると、この時期はやはり大量生産が主流であり、それにともない大量販売、大量消費が特徴でした。労働組合はこの時期において大規模かつ長期的なストライキを数多く実施し、春闘は1955年からスタートしました。これらの労働組合の活動は大幅な賃上げに繋がっていったのです。そして当時の組合の組織率は、1949年で55.8%でありました。かなり高い数字であったといえます。
  1970年から1985年までの間は、日本はオイルショックの影響を受けましたが、引き続き経済成長を遂げていました。1974年のGDPの成長率は22%でした。エネルギーの影響により、生産面においては、市場の激しい変化に対応すべく、フレキシブル生産が始まり、企業間の競争も激しくなっていきました。そして物価の上昇率も激しく、25%前後でした。したがってこの時期の賃上げ率も高かったのです。1974年の賃上げ率は戦後最高の32.9%でした。労使関係にも変化があり、労使対抗路線から労使関係安定化へ変わりつつありました。
  そして1986年から2000年までの間、日本の経済環境は急に厳しくなりました。それは主に円高の影響やバブル崩壊などが主要な原因です。特に1990年代の初め、バブル崩壊からの長い間は、「失われた10年」と呼ばれています。企業の経営状況の悪化等によって、リストラが多くおこなわれました。2001年から現在まで、グローバル化は一層発展し、戦後に形成された世界の経済秩序は打破されました。例えばBRICsの台頭などがあります。国際競争も一層激しくなり、競争と利益優先主義が急速に世界中で広がりました。日本においては格差拡大や貧困、非正規労働者の増加などの問題が出てきました。さらに2008年のリーマンショックの影響を受け、多くの社会問題が発生しました。労働組合運動を見ますと、組織率は18%前後となっています。この時期においては、賃上げより雇用を守ることの方が重要になってきています。

2.石油と我が国の石油産業

 石油は皆さんにとってあまり馴染みのないものかもしれませんが、実際に国家安全保障には重要な役割を果たしており、皆さんの暮らしにも深いかかわりがあります。石油産業はその事業を上流、中流、下流の3つの段階に分けています。上流は原油の開発、探鉱、生産で、中流は石油の精製・元売り、そして下流は石油製品の販売です。この3つの段階はいずれも非常に重要です。
  我々の暮らしからみると、2005年、一次エネルギー(石油、石炭、天然ガス、原子力、水力・地熱、新エネルギー等がある)の中で石油は46%、供給の大宗を占めており、自動車、飛行機、船舶、産業用の燃料、業務・家庭用暖房、また化学製品の原料となっています。現在、世界の原油確認埋蔵量の可採年数は大体50年となっており、50年後には世界の原油が枯渇すると言われておりますが、採掘技術の進歩や原油に変わる燃料があることから、150年くらいは心配ないと思います。一次エネルギーの供給の内訳の推移を見ると、石油は1990年に56%、2006年に44%を占めていましたが、2020年には40%、そして2030年には38%を占めると予測されています。つまり、石油埋蔵量の減少によって、原子力や新エネルギーなどの開発と利用を拡大していかなければなりませんが、2030年になっても石油は一次エネルギー供給の大宗を占めることになるのです。
  しかし、このような重要なエネルギーでありますが、我が国は原油を99%以上輸入しています。上流部門である日本の原油開発企業は約20社ありますが、世界各地で139のプロジェクトに参加、その内の73か所で開発に成功し、自主開発原油の引取量は全輸入量の約19%を占めていますが、2030年には40%まで引き上げる計画にあります。ワーク形態を見ると、原油生産の約2割は陸上生産、8割は洋上生産です。特に洋上生産の場合、労働条件は厳しいです。ヘリコプターで労働者を生産現場へ移動させますから、普通は1週間2交代勤務となっています。
  中流部門、すなわち精製・元売り企業は18社あり、例えばJXグループ、出光興産、コスモ石油などで、約2万人の労働者を有しています。特に精製(製油所)の生産部門、そして備蓄部門は普通24時間連続運転になっているため、2交代あるいは3交代で勤務するのが一般的です。
  そして下流部門の流通・販売企業は約2万社あり、約22万3000人の労働者を有しています。しかし、これらの労働者のうちの多くは非正規雇用者です。下流部門の多くはサービスステーションであり、店長やメンテナンス担当は営業時間帯の勤務となりますが、オペレーターや給油担当はアルバイトなどの非正規社員が多いので、交代短時間勤務が一般的です。

3.誰もが安心して働ける職場の姿とは

 「誰もが安心して働ける職場」とはどういう職場なのでしょうか。それにあたっては、以下の3つのレベルで見るべきだと思います。第一に、社会・経済・政治の安定です。社会環境の安定は不可欠です。社会環境を安定させるためには法律の整備が必要であり、法律が整備されてはじめて雇用環境が安定的なものとなります。ここには連合の役割が非常に重要になってきます。
  第二に、健全な産業・企業の発展です。雇用を守るためには、企業が健全に発展していかなければなりません。産業・企業の発展には健全な産業政策が必要になってきますし、産業の発展にむけた政策の策定には、産業別労働組合の役割が重要になってきます。
  第三には、安心して働ける職場です。すなわち、労働者に良い労働条件を設定する必要があります。労働者にとって良い労働条件の設定のためには、健全で緊張感のある労使関係の中で、団体交渉をおこなわなければなりません。要するに、「誰もが安心して働ける職場」づくりのためには、本人・家族も含め、安心・安全・安定・公正な働き方ができるようなルールが必要となります。なお、ワークルールの設定には、労働者が当事者として参加しなければなりません。
  「安心し・働きがいのある職場」は、本来企業が努力して確保すべきですが、企業間競争が激しいために、多くの経営者は、いかにコストを下げて企業収益を上げるかを大きな目標として設定しています。こうしたなかで、弱い立場にある労働者の代表として、憲法でその存在が認められている労働組合がその役割を担い、経営者と交渉・協議して、労働条件の整備を実現しなければなりません。もちろん、労働組合(企業別労働組合)にとって、様々な知識、情報、事例、意見交換、特に同じ産業における労働に関する情報の共有、そして経営側との交渉スキルが必要とされます。
  そのため、産業別労働組合は、産業内における情報の共有や企業別労働組合の活動への指導などを、責任を持っておこなわなければなりません。JEC連合は石油や化学産業の産業別労働組合として、経営・雇用対策ガイドライン、安全衛生対策指針などを策定して、産業内の各企業別組合の活動を指導しています。石油産業の企業で働く人々の「安心・安全・安定・公正」なワークルールを実現・確保等を通じて、「誰もが安心して働ける職場づくり」のために努力しています。
  ところが、周知のように、我々の雇用・職場環境が劣化してきています。1990年代半ばまで、日本の労使関係の仕組みは、労働者の経済生活の安定と経営の柔軟性とを両立させ、日本社会は「一億総中流」の社会であると言われてきました。長期雇用システムの形成によって、雇用の安定、勤労者の経済生活の安定、そして生産性向上の成果配分が実現されたのです。しかし1990年代半ば以降になると、日本の雇用社会のバランスが崩れてしまいました。バブル崩壊と市場のグローバル化との影響を受け、日本経済は長期低迷期に入ってしまい、社会には様々な変化が発生してきました。例えば労働市場の規制緩和や、賃金分配領域における成果主義の導入・個別管理、そして企業統治における株主重視経営などです。
  これらの変化の中で最も大きな変化はやはり正社員の減少・非正規労働者の増加です。若年・壮年男子の非正規労働者の割合は、1997年の23.2%から2008年の34%に上り、正規労働者は約441万人減少しました。若者はキャリア形成を望んでいながら実現できません。壮年労働者は生計の担い手でありながら、正規雇用につけません。そして雇用不安で離婚率が高まり、母子家庭、シングルマザーが増加しています。さらにリーマンショック不況の影響を受けて雇用の不安定性も顕在化し、派遣切りも多発し、労働者は非常に厳しい現実に追い込まれていますが、社会的セーフティネットが整備されていないため、失業対策がうまく機能していません。このような厳しい現実のなかで、労働組合は労働者とともに、国レベル、産業レベル、そして企業レベルの労働条件を改善し、「安心・安全・安定・公正」な職場をつくり、より良い生活を実現していかなければなりません。

4.石油産業のワークルールに関する取り組み

 働くことに関してですが、日本国憲法の第3章には「国民の権利及び義務」が定められており、第27条には「全ての国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」と規定されています。ワークルールは働き方のルールであるため、労働者にとっては非常に身近でかつ重要なルールです。近年、社会的なワークルールに関して、多くの取り組みがありました。具体例としては、①労働関係法令の遵守の徹底、②快適な職場づくり、③65歳までの雇用確保、④改正男女雇用機会均等法の実効性の確保に向けた定着・点検活動、⑤改正育児・介護休業法の施行に向けた労働協約化の推進、⑥裁判員休暇(有給)制度に関する労働協約の締結、⑦障害者雇用の促進-などです。では、石油産業のワークルールは、世間一般と比較してどうなのでしょうか。
  石油産業は製造業に分類されますが、労使交渉における目標水準は、多国籍企業であるエクソンモービルやシェル、商社ならびに電力会社に置いてきた経緯にあり、結果として相応に高い水準にあると言えます。表1は厚生労働省が発行した平成21年版の賃金センサスの資料「所定内給与・年間賞与等における産業間の比較」です。この資料を見ますと、石油業における給与額と賞与額は、両方とも比較的高い水準となっていることが分かります。

 このように、石油産業の賃金水準は比較的に高い水準にあります。他方、ワークルールづくりの仕組みについてですが、まず、どの企業にも就業規則はあると思いますが、労働協約は、労使が団体交渉によって取り決めた労働条件やその他の事項を書面に作成し、両当事者が署名又は記名押印したものであり、これはワークルールの基盤となっています。就業規則は経営側によって作成されますが、就業規則及び付属規定のいかなる事項についても、労働協約に抵触する事項を設けてはいけません。つまり、労働協約が優先されているのです。そして毎年春になると、「春季生活改善闘争」、いわゆる春闘がおこなわれます。春闘における労使間の団体交渉を通じて、労働組合は賃上げを要求します。また、労使協議会もあり、主に労働会議と生産会議から構成されています。労働会議においては、労働条件、給与、およびその他の労働関係事項について協議をおこないます。一方、生産会議においては、生産能率の向上やその他の生産に関する問題について協議します。これらの会議は定例的に開催されています。

5.石油産業のワークルールの課題と将来の姿

 石油産業のワークルールは、特に給与面から見ると、比較的に高い水準にありますが、ワークルールづくりには多くの課題が存在しています。その中の1つは、上流・中流・下流領域における就労形態の違いにより、労働条件や水準が大きく異なることです。例えば、上流領域において海外、洋上作業における勤務が過酷であり、労働条件にバラつきが大きいのです。また、下流のサービスステーションにおいては、非正規雇用労働者が多く存在し、雇用は不安定の状態にあり、労働条件も低いのです。
  これらの課題の解決に向けて、労働組合は「公正で安定し柔軟な雇用社会」の実現をめざしてこれからも頑張らなくてはなりません。そのためには、①経済の安定成長回復による雇用機会と賃金の改善、②正規労働者と非正規労働者間の均等待遇・均衡処遇の実現、③労働市場の安全網(セーフティネット)の設置、④求人求職マッチングと人材育成の仕組みの整備、⑤透明で整備されたワークルールの実現、⑥ワーク・ライフ・バランスの実現、⑦会社統治における従業員の発言権の強化、⑧紛争の防止・解決の仕組みの整備-を進める必要があります。
  この様な「公正で安定し柔軟な雇用社会」を実現するためにも、現在、労働組合は組織化に努力しなければなりません。

6.終わりに

 イギリス人作家、ケン・フォレットは次のような話をしています。それは、「職は人間に生活の手段を与えるだけではない。自らに対する尊厳、誇りを確立していく手段でもある。だからある人から職を奪うと、その人が自分に自信を持つ機会さえ奪うことになる」ということです。
  働くということは本当に素晴らしいことです。働くことによって、個人は生産やサービスの提供を通じて社会に貢献し、社会全体の仕組みを支えることになります。そして働くことによって、企業の収益も増加し、個人の収入も増加します。これによって様々な消費が生み出されるのです。税収の増加によって政府は社会のインフラ整備をおこなうことができ、経済成長を促進し、人々の生活水準も向上し、社会が豊かになっていきます。そうなると働く場がさらに増えて雇用が生み出されることになり、質の高い労働の提供もでき、生産性はさらに向上していく。このようなサイクルで回っていくと、社会は「誰もが安心して働ける」雇用社会となると思います。
  クオリティーの高い労働をするために、労働者は自らの働く場を自らが改善しなければなりません。クオリティーの高い労働が実現できれば、付加価値の高い生産とサービスの労働提供もでき、安心・安全・安定・公正なワークルールも確保できます。そうなると、日本は力強い魅力ある国になり、国民全体の幸せが実現できます。そして国際貢献が果たせる国にもなります。
  学生の皆さんには是非とも、将来の日本を牽引するという気概を持っていただきたいです。日本の労働組合も、グローバル対応が可能な力強い労働組合として、交渉相手である経営側や政権と切磋琢磨しながら、働く者の立場から、社会的役割・責任の持てる組織としてさらなる努力を重ねていきたいと思います。皆さん、共に将来を拓きましょう。

ページトップへ

戻る