同志社大学「連合寄付講座」

2009年度「働くということ-現代の労働組合」

第14回(7/17

修了シンポジウム-ディーセントワークの実現に向けて

パネリスト: 髙木 剛 連合会長
  同志社大学3回生 高倉 梓さん
  同志社大学3回生 楢野 裕之さん
コーディネーター: 冨田 安信 同志社大学教授

1.はじめに
  今日は、連合の髙木会長をお招きしました。髙木会長は、大学を卒業された後、旭化成に入社されました。旭化成は繊維の会社であり、途中から繊維産業の産別労組であるゼンセン同盟に移られて組合活動に従事されました。2005年からは日本労働組合総連合会(連合)の会長に就任し、以後、会長としてお忙しい毎日を送られています。今回の髙木会長のお話しの中心は、「ディーセントワーク」についてです。連合がこの言葉を通じて具体的にどのようなことをめざしているのかを、同志社大学の学生代表二名(産業関係学科所属の楢野さんと高倉さん)からの質問を交えながらうかがいたいと思います。

2.高木会長による問題提起 ―ディーセントワークの実現の必要性―

(1)「ディーセントワーク」とは何か?
  日本は人口約1億2000万人ですが、現在、6500万人くらいの方々は何らかの仕事をされています。この6500万人のうち、働いたことの対価として賃金を受け取り生活している方は8割を超えております。そういう意味で、日本は雇用社会、すなわち雇用労働者が中心である社会と申し上げていいと思います。だから、憲法の条文(憲法第25条の生存権や第27条の勤労の権利)に謳われているように、できるだけ自分の仕事に誇りを持ち、あるいは生き甲斐を見出して働けること、つまり「ディーセントワーク」と言われるような中身で働けることが望まれているのだろうと思います。
  この「ディーセントワーク」という言葉を解説するのは大変難しいことですが、私なりの理解を簡単に申しますと、まず「ディーセント」(decent)という英語は、いろいろな訳語がありますが、「価値のある」とか、「意義深い」という意味の単語だと思います。したがいまして、「ディーセントワーク」とは、働く個人にとって、あるいは社会にとって価値のある仕事ということになります。具体的には、(ア)毎日の仕事を通じて自分自身の生きがいを見いだせる仕事、(イ)自らの知識や技能のレベルを上げながら一生懸命働いたら、それなりの報酬が得られて、その報酬で子どもに教育を受けさせ、育てることができる仕事、(ウ)職業人生には病気・ケガ等いろいろなリスクがありますが、そうした事態に対するバックグラウンド(保障)がしっかりしている仕事(例えば、健康保険制度)、(エ)退職した後も、年金等で老後もそれなりに生活がしていける仕事。以上のことが実現できている仕事を「ディーセントワーク」と言うのではないかと私は思います。

(2)「ディーセントワーク」という言葉が出てきた背景
  「ディーセントワーク」という言葉は、実は、ここ10年ぐらいで急に言われ始めた言葉です。何故、この言葉が出てくるようになったのか。その最大の要因は、グローバル競争が激化する中、規制をできるだけ少なくして市場で自由に物事の価値を決めた方がいいという「新自由主義経済」の考え方が世界規模で広がったためだと思っております。
  この「新自由主義経済」でいう「自由」とは、プラス面もありますが、他方で勝者と敗者、強者と弱者が生まれてしまうという問題が必ず起こってきます。また、この新自由主義の考え方は、例えば年金、医療、介護、子育て支援、失業保険等の社会保障に対して政府は余計なことはするな、自己責任に任せるべきだという、いわゆる「小さな政府」という考え方につながります。さらに、こうした考え方に基づく政治・経済の政策に後押しされて、企業経営は株主の利益を中心に考えるべきだという「株主利益至上主義」的な考え方が出てきます。
  わが国でも、特に小泉政権下で、この新自由主義的な考え方が広く支持されて、それに基づく政策が実施されました。その結果、非正規雇用の増加をはじめ、多くの仕事が「ディーセント」でない、アン・ディーセントな(undecent)状況になってきました。最近、ワーキングプアーという言葉をよく耳にしますが、年間2000時間働いても、年収が200万円に達しない人たちが増加しています。生活保護という制度がありますが、働いているにもかかわらず、生活保護受給者よりも収入が低いということが非常に大きな問題となっています。
  また、こうした低所得者層の増大は、犯罪や自殺、離婚が増加する等、社会の劣化を伴います。とりわけ深刻なのは、親の所得格差が、子どもの教育を受ける権利に影響して、次の世代にまで格差が継続されてしまうことです。
  このように、新自由主義的なイデオロギーの台頭に伴って、働く人たちの仕事がアン・ディーセントな方向に向かってきました。この傾向は、日本だけでなく、発展途上国を含めた世界規模で広がりをみせています。以上のような背景があって、「ディーセントワーク」を皆で確立していこうというスローガンを唱えざるをえなくなってきました。

(3)ディーセントワークに向けての取り組み
①労働者派遣法の見直し
  今、連合が一生懸命取り組んでいることのひとつは労働者派遣法の見直しです。もちろん、派遣という就労形態がなくなったらいいということではないと思っています。たとえば通訳等、そうした働き方に適した仕事がありますし、そういう雇用期間や労働時間を区切った働き方を望むニーズもあるからです。しかし、形態は派遣でも、日雇い派遣のような、雇用期間がきわめて短いものは、あまりいい働き方とはいえません。登録型派遣も同様に、仕事の中身や就労条件が非常によくありません。ですから、今の日本の経営者たちの派遣労働の使い方を踏まえると、止めさせたほうがいいのではないかと思っております。
  ただ、連合内部でも、そこまで言わなくていいのではないかと言う意見もあり、必ずしも意見が一致しているわけではありません。そういう意味では派遣という働き方を全て否定するわけではありませんが、今の派遣労働は働く条件の設定としては明らかに問題があるものが多いので、その改善が必要だと思っています。連合の基本方針としては、派遣を特定業種のみに限定した、1999年の法改正以前の状態に戻すべきだと主張しています。

②最低賃金の引き上げ
  最低賃金は、2007年度14円、2008年度16円と、これまでに比べると大幅に引き上げられました。しかし、まだまだ不十分なのが現状です。重要な課題の一つとして、生活保護との逆転現象を、数年以内に直していきたいと思っております(2008年度703円、2009年度713円。いずれも全国の加重平均の金額)。

③労働時間規制の強化
  労働時間については、過度な時間外労働、たとえば、連日、徹夜で労働させるということ等に歯止めをかけることが必要です。具体的な取り組みの一つは、時間外労働の割増率を引き上げることです。現在、日本の時間外割増率は先進国の中で一番低い状況にあります。例えば、平日の時間外割増率は、世界の相場では一時間当たり50%増しであるのに対して、日本のそれは25%増しにとどまっています。最近、労働基準法の改正案が通りましたので、これを活かして、日本の時間外割増率を何とか世界標準にまで近づけたいと思っております。

3.学生パネリストからの質問に対する高木会長の回答

(1)連合による「同一価値労働・同一賃金の原則」のとらえ方

高倉さん 正規労働者と非正規社員の格差を埋めるためには、欧米のように同一労働・同一賃金にするべきだという意見がありますが、日本人は仕事の中身そのものよりも、どれだけ努力したかという点を大切にしていると思うので、海外の制度をそのまま日本に取り入れるのではなく、もっと日本の実情に合った方法をとるべきではないでしょうか。

髙木会長 高倉さんのご質問に関してですが、同一価値労働・同一賃金という考え方の原則に、洋の東西はないと思っております。確かに雇用形態の違いによって責任の重さに若干の違いがあるので、フルタイマーの人の賃金とパートタイマーのそれとの比率を100対100にしろとは言いません。しかし、せいぜい100対80くらいの格差が限界だと思います。同じ仕事をしていて、ほぼ同じような仕上がりだとした場合、雇用形態の違いによって賃金に差がつくのはなぜか、ということについて納得性のある答えは出せないからです。そういう意味では、ある程度は日本の風土に合わせていく必要があるかもしれませんが、原則的な考え方はどこの国であろうと一緒だと思っています。

(2)海外の労働運動から学ぶべきこと

楢野さん 私達が所属する産業関係学科では海外の労使関係について学ぶ機会があったのですが、海外から日本が学ぶべきことはあるのでしょうか。

髙木会長 今、ヨーロッパ等で実施されているシステムの中で日本が学ばなければならないのは、特にドイツ等で行われている労働者が経営に参加する仕組み、いわゆる労働者代表制だと思っています。ドイツでは、共同決定法によってこうした権利が法的に守られています。もちろん、日本にも労働基準法という法律があります。例えば時間外労働は、労働者の代表と経営者との間で協定を結んで、その協定に従って時間外労働をすべきというのが基準法上のルールになっています。労働組合がある企業では、組合の代表者がその協定の当事者になります。しかし、労働組合がない企業では、人事部長が労働者代表をやっていて、社長と人事部長との間で合意するという企業もあります。これで労働者の意見を反映した協定と言えるでしょうか。特に日本の中小企業には、労働組合がないところが非常に多いので、そういうところにドイツの労働者代表制のような仕組みをつくったらよいと思っています。

4.おわりに

  この講座を受講いただきありがとうございました。学生の皆さんは、これから多くの方が就職されると思います。景気が悪い時は簡単ではありませんが、自分はどういう仕事をしたいのか、自分として誇りをもてる仕事かどうかということにこだわってください。そして、皆さんが就職される企業には、おそらく労働組合があると思います。一度は、組合の役員の仕事を経験してみてください。また、労働組合がない企業へ行かれた場合は、是非、「労働組合をつくってやろう」という呼びかけ人になっていただきたいと思っております。
 長い間、この講座をお聴きいただきまして、本当にありがとうございました。

以上

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