同志社大学「連合寄付講座」

2009年度「働くということ-現代の労働組合」

第12回(7/3

直面する課題の解決に向けて~政策立案過程における労組の取り組み
労働組合の 「社会観」の提起

長谷川裕子 連合総合労働局長
当日配布資料

1.はじめに
  今日のテーマは雇用保険法です。何故このテーマを選んだかといいますと、皆さんに雇用のセーフティーネットとは何なのかということを知ってほしかったからです。2008年末の経済危機のときに、いわゆる「派遣切り」に遭った人々が集まって「派遣村」が立ち上げられたのはご存知だと思います。私はそこで労働相談を行いました。そのときに「30歳くらいの若い人達がポケットの中に200円しか持ってない」という実態を目の当たりにし、「日本のセーフティーネットはどうなっているのか」とがく然としました。そういうことも含めて皆さんにお話ししたいと思い、このテーマを選びました。

2.2008年9月以降の経済危機と連合の政策要請
  2008年9月のリーマン・ショック以降、景気が急激に悪化し、その影響で真っ先に解雇されたのは非正規の人たちでした。一般的に、失業した場合は、正規の社員であれば雇用保険の失業給付が受給できるわけですが、非正規の人たちの多くは雇用期間との関係で雇用保険が適用されていませんでした。このため、頼れるのは生活保護しかありませんでした。しかし、生活保護の申請には住所が必要なため、解雇と同時に社宅を離れなければならなくなった人達は、生活保護も申請できませんでした。したがって、賃金を得る機会もない、住む所もない、雇用保険の失業給付も生活保護も受けられない、そういう人達が出てきたというのが2008年末の状況でした。
  こうした事態の中で、連合が取り組んだことは次の二つです。一つは雇用をつくること、すなわち雇用の創出です。もう一つは雇用保険制度に加えて、生活保護制度における扶助制度の財源を使って、就労・自立支援と連携した就労・生活支援給付制度、いわゆる第二のセーフティーネットを新たにつくることです。以上の二つを軸に連合は政策要請を行いました。

3.2009年改正雇用保険制度の概要
  連合の政策要請によって2009年に成立した新しい雇用保険制度について説明します。まず、雇用保険制度はどういう制度なのかというと、一つは「失業等給付」であり、もう一つは「雇用安定事業」「能力開発事業」で構成される「二事業」です。「失業等給付」は失業した時に給付される手当であり、これは保険料を使用者と労働者が折半して負担しています。一方、「二事業」は、使用者だけが保険料を負担します。
  今回初めて創設されることになった「扶助制度」というのは、次のようなものです。つまり、雇用保険が適用されてない人、ならびに雇用保険は適用されていたが、失業等給付の期間終了後においても職につけない人に対して、再就職支援をしながら、生活費を支給するという制度です。後者の生活費は、単身者には毎月10万円支給されますが、10万円では東京では生活できないので、プラス5万円を住宅費等として貸付をします。なお、この5万円については、半分は返済しないといけませんが、残りの半分は就職したら返済不要という制度です。これらの生活給付は一般財源から出ます。

4.政府の雇用対策(2008年夏~現在)-連合の政策要請の実現―
  このように、連合は政府に対する政策要請を通じて雇用問題に対応してきましたが、直近の政策対応の中で重要なのは次の二つです。一つは正規労働者の雇用を守るために雇用調整助成金をフル稼働させることで、もう一つは非正規労働者に対するセーフティーネットをつくることです。

(1)正規労働者に対する雇用調整助成金の活用
  昨年秋の経済危機以降、多くの非正規労働者が雇用を失いましたが、正規労働者に比較的手がついてないのは、雇用調整助成金が活用されたからです。これは、申請の3か月前に前期よりも生産量や売上げが5%ダウンした企業に対して、政府が助成金を出すという制度です。例えば、今まで週5日働いていたところを、1日操業短縮したら、ノーワーク・ノーペイですから、その休業した1日は給料が出ません。そこで、政府はどうしたかというと、経営難の企業に対して雇用調整助成金を支給しました。企業はこの助成金を使って、休業した1日分の給料を支払うことができたのです。ただ、当初は支給要件について、売上高ではなく、生産量を判定基準としていたため、製造業にしか使えませんでした。しかし、連合の要請で売上高を判定基準にしたことで、サービス業を含むほとんどの企業で使えるようになっています。
  ただ、少し景気がよくなってきた時には、雇用調整助成金で雇用を維持することが本当にいいのかどうかという議論が必ず出てくるはずです。雇用調整助成金で生産性の低い産業に労働者を過剰に滞留させていくと、産業構造の転換ができないというマイナス面もあるからです。こうした批判が出た時に備えて、連合として理論武装をしておかなければならないと思っています。

(2)労働金庫の貸付制度
  先ほど、「扶助制度」(第二のセーフティーネット)について、雇用と住居を失った人たちは、単身者で10万円の生活費の支給と住宅費等として5万円の融資が受けられると言いました。しかし、この制度は、現時点では実施されていません。この制度が実施されない間、雇用を失った人たちは一体何によって救われているのかというと、民間の金融機関からの融資ではなく、労働金庫の貸付制度によって救済されています。貸付額は最大で186万円です。銀行はかつて経営難に陥っていた時に国民の税金で救済されたにもかかわらず、失業者に対する融資には協力的ではありませんでした。結局、この融資を引き受けたのは私たち労働者がつくった労働金庫だったのです。ですから、今、派遣切りに遭った人たちは何で救われているかというと、労働金庫の貸付制度で救われているのです。

5.労働政策と社会保障政策の融合をめざして
  わが国の労働政策の今後について考えた時に、労働政策と社会保障政策を融合させることが重要だとよく言われています。しかし、連合内部では、この点をめぐって意見が割れていました。具体的には、上に述べた就労・生活支援給付制度をつくる時の考え方に違いがありました。労働政策を担当しているセクションは、雇用保険が切れた場合や雇用保険に入れなかった時は、生活保護を受けるのではなく就労を促すという考え方で取り組んできました。これに対して、社会保障を担当しているセクションは、いったんは生活保護を受けてもらい、そこから就労に戻す、つまり福祉から就労へという考え方でした。このように、雇用のセーフティーネットに対する考え方が異なっていたわけです。お互い議論を重ねていくうちに至った結論は、「これまでは社会保障と労働政策は別々に検討されてきたが、今後は雇用政策と社会保障政策を融合した政策を立てなければならない」ということです。こうした問題意識から、連合では労働政策と社会保障政策のそれぞれの制度を活かしながら、整合性のある政策をつくっていくという方向で取り組んでいます。

6.おわりに
  私はこの10年間、連合で働いてきました。その経験から思うことは、「労働組合は闘う時は闘うべきである」ということです。そうしないと後で悔いが残ります。この間、労働関連法が改正される度に、賃金の引き下げ、ワーキング・プアの増加とそれに伴う格差の拡大等が進み、雇用は劣化の一途をたどってきました。こうした事態は、労働の規制緩和の結果だったと思っています。その意味で労働組合はもう少し闘うべきところがあったと反省しています。私は今59歳で、今年の10月で定年を迎えますが、最後の最後まで闘って、この間に負けた分を取り戻さなくてはならないと考えています。
  皆さんはこれから就職すると思いますが、就職する時は、会社の名前ではなくて、その会社がどのような労働条件なのか、また、その会社に労働組合が有るか・無いかで選んでください。労働組合のある会社は大抵、雇用保険に加入していて、労働条件がしっかりしているからです。そして、もしそういう会社に勤めたられたなら、是非、労働組合の活動をやってほしいと思います。

以上

ページトップへ

戻る