JIL「労働組合の現状と展望に関する研究」(55)


コーポレート・ガバナンスの変化と労使関係


荒木尚志
東京大学大学院法学政治学研究科・法学部教授
B5判/45頁 2003年9月 (社)教育文化協会発行 無料配布


 日本労働研究機構(JIL)は、1994年1月に「労働組合の現状と展望に関する研究会」(略称:ビジョン研)を設置し、1996年8月以降、順次、その研究成果を刊行してきております。
(社)教育文化協会はこのたび、日本労働研究機構のご厚意によりビジョン研の研究成果を当協会の会員各位に頒布させていただくことになりました。ご尽力を賜りました皆様方には、この場をお借りいたしまして厚く御礼申し上げます。
本書には、ビジョン研の2003年4月17日報告(2003年9月刊行)を収録しました。どうぞご活用ください。


報告概要

1. コーポレート・ガバナンスをめぐる議論の視点

 コーポレート・ガバナンスの議論には2つの視点がある。一つは、企業は誰の物かである。アメリカに代表されるシェアホルダー・モデルは、企業の所有者である株主の利益を上げることが企業の任務であるという考え方である。最近は、従来から主張されている株主価値の最大化を最も重視する古典的なものと、ステークホルダーモデルに近い、より洗練されたモデルも主張されるようになってきている。
もう一つは、ドイツに代表されるステークホルダー・モデルで、法律上の企業の所有者は株主かもしれないが、実際の企業運営では様々な利害関係者に配慮しなければならないという考え方で、株主価値に一元化されない多様、多元的な価値を考えることから多元主義モデルとも言われる。
コーポレート・ガバナンス論のもう一つは、経営をうまくやっていくためにそれをいかに監視していくかで、違法行為をさせないように経営責任を確保することと企業業績をあげるためにいかに効率的に運営してもらうかという議論がある。
日本のコーポレート・ガバナンスは、伝統的に従業員価値を重視しているが、ドイツのように制度化されたステークホルダー・モデルではなく、慣行に依存したモデルである。ところが、1990年代後半から会社法がアメリカのシェアホノレター・モデルを意識したものへ改変されており、これが雇用・労働関係へどういった影響を及ぼすのか。労働法制などで何らかの対処が必要なのか問題を提起したい。


2. 各コーポレート・ガバナンス・モデルの特徴

(1) アメリカ・モデル(株主価値最大化モデル)

 アメリカは随意的雇用制度が原則である。判例法や差別禁止法制などの制限はあるが、経済的な解雇に関する制約は諸外国と比べて極めて弱い。
アメリカでは、日本のQCサークルのような従業員参加プログラムを企業が作ることは不当労働行為になるため、従業員の声を経営に反映させるチャンネルは労働組合しかないが、労働組合は対抗的な労使関係でないと御用組合とみなされる傾向が強く、敵対的な労使関係となりがちである。そこで企業が従業員に経営について関心を持ってもらう唯一の手段が、従業員自体に株主になってもらうことだが、必ずしもうまくいっているとは言えない。
このモデルは株主自体が多様化しているため、株主の価値を最大化することによってさまざまな人たちの利益を多元的に実現できると主張されるが、ヨーロッパや日本で守るべきだと考えられている労働者の価値をそれて保障できるかというと疑問である。

(2) ドイツ・モデル

 解雇制限法で解雇は社会的正当事由がなければ無効であると定められている。労働組合とは別に作られる従業員代表組織の事業所委員会が解雇手続に関与することや株主代表と従業員代表で構成される監査役会が取締役を選任することなど、ドイツでは企業経営に従業員の声が反映されるチャンネルを法律が担保している。また、事業所委員会は共同決定権を持っており、労働時間に関すること等の共同決定事項については経営者と事業所委員会との合意が成立しない限り企業は一方的な措置はとれない。従って、従業員、事業所委員会の合意を得ることを心がけた経営が要請される。以上のような特徴から、ドイツのコーポレート・ガバナンスは法制化された多元主義モデル、ステークホルダー・モデルということができる。

(3) これまでの日本のコーポレート・ガバナンスの特徴

 日本では、企業の株式の持ち合いが多く、物言わぬ安定株主と言われ、バブル崩壊までは株主のことをあまり考えずに長期的視点に立った経営ができた。
日本の経営者は内部昇進の取締役、従業員兼務取締役が多い。従業員の処遇という面もあるため取締役が諸外国と比較して多人数になり、取締役会が機能しないと言われる。
雇用については、長期雇用システムで、判例法によって解雇は難しく、特に整理解雇が厳しいという理解がされている。また、労使関係は協調的だが、これは労使協議によって形成されたものである。
同じく従業員価値を重視するドイツとの大きな違いは、ドイツが従業員重視のコーポレート・ガバナンスを法律で担保しているのに対して、日本ではコーポレート・ガバナンスを特徴づける株式持ち合い、安定株主、経営者の内部昇進、解雇の制限、協調的労使関係を支える労使協議、これらの制度がいずれも法律で担保されたものではなく、慣行に依存しているという点にある。

3. 日本のコーポレート・ガバナンスの変化

(1) コーポレート・ガバナンスをめぐる環境変化

 株主については、株式の持ち合いの解消が進んでいる。また、外国人株主が急増、商法改正による株主代表訴訟がしやすくなり、物をいう株主が増加している。
これまで物言わぬ株主に代わって企業経営がおかしくなると経営陣に人を送り込んで立て直しを担当してきたメインバンクもその機能も低下させており、株主が株主として物を言わなければならない状況が生まれている。
経営者については、内部昇進だった経営陣に変化を迫る制度変更が進展した。
特に重要なのが委員会等設置会社の導入である。従来、日本の商法は、企業不祥事のたびに監査役の権限や独立性を強化してきたが、監査役の権限強化によって対処することの限界も指摘され続けてきた。そこで参考にされたのがアメリカ流のコーポレート・ガバナンスである。

(2) 委員会等設置会社

 平成14年の商法等の大改正でアメリカ流のコーポレート・ガバナンスを可能とする委員会等設置会社の設置が認められた。委員会等設置会社は、取締役の選任・解任の議案を決定する「指名委員会」、取締役・執行役の職務執行を監査する「監査委員会」、取締役・執行役の報酬の内容を決定する「報酬委員会jの3つの委員会を置かなければならない。そして、各委員会の過半数を社外取締役で構成する必要がある。つまり、これまで取締役会のメンバーは内部昇進の内部者だったが、委員会等設置会社では、取締役会の過半数が外部者になり、企業の運営(例えば余剰人員をどうするか等)について発言していくことになる。
代表取締役は置かず、業務を執行する執行役の中に代表執行役を置き、ガバナンスを行う者と業務執行する者を分離する。取締役会は執行役がきちんと業務遂行を行っているかを監督する任務に専念することが求められる。
また、今回の改正は、委員会等設置会社と従来型の監査役を置いた制度(監査役存置会社)のどちらかを企業が選択できる、すなわち2つのモデルの制度間競争を行うことになった点がポイントである。
日本経団連が2003年2月に公表した調査によると、委員会等設置会社選択を検討している会社はわずかしかない。選択しない理由には、3つの委員会と執行役制度をセットでしか導入できないこと、日本では社外取締役の適任者が少ないこと、社外取締役の設置要件が厳しいことなどが挙げられている。

(3) 雇用・労使関係

 失業率の高止まり、不安定雇用の増加に対して外部労働市場の整備が課題となり、有料職業紹介制度や労働者派遣の規制緩和が進んでいる。
国会に提案されている労働基準法改正案で重要なのは、解雇に正当理由が必要であると定めることである。従来、日本の雇用保障は判例法理に依存してきたが、これはルールの透明性の問題がある。判例法理が明文化されていないため、中小企業では労使ともに、判例法理を知らずに解雇問題が処理されがちであった。そこで判例法理を労基法上に明記し、ルールの透明化を図る法改正が提案されている。
労使関係で注目されるのは、労使委員会制度である。現在、企画業務型裁量労働制を採用する場合には、労使同数から成る労使委員会での全会一致が必要であるが、今回の改正案では決議要件を5分の4の賛成に緩和している。企画業務型裁量労働制だけでなく、労働時間制度に関する労使協定はすべて労使委員会の決議で代替することがすでに定められている。労使委員会は、労働組合組織率が低下する中で日本型の従業員代表制を考える上での一つの方向を示している。

4. 日本型コーポレート・ガバナンスの課題

 日本型コーポレート・ガバナンスを支えてきたのは株式持ち合い、経営者の内
部昇進、長期雇用慣行、労使協議などの慣行であった。しかし、最近の会社法制の動きは株主価値を重視するシェアホルダー・モデルを意識した制度改正である。これまでの従業員価値を重視したモデルに変更を迫る制度改正に対して、労働法制はどう対応するべきか。例えば、ヨーロッパのように従業員代表制を法制化するなどの措置をとるべきなのか、あるいは会社法制の中ではなく、労働法分野での措置をとるべきか。解雇ルールの法制化は後者の一例である。また、すでに施行されている会社分割制度では、労働契約承継法という制度を作ったのも後者の一例である。会社分割と営業譲渡いずれの場合にも雇用を保障しないアメリカの立場、いずれの場合にも雇用を保障するEUの立場に対して、日本の労働契約承継法は両者の中間的立場、すなわち会社分割の場合についてのみ雇用保障を法定した。また、現在、労働時間に限定された制度である労使委員会制度を拡充するべきだという意見も出てくるだろう。内部告発に関わる公益通報者保護制度の立法化も現在内閣府で行っている。
これらの雇用・労使関係に関わる制度整備をコーポレート・ガバナンスとの関係で議論する必要があろう。


目 次

報告概要

1. コーポレート・ガバナンスをめぐる議論の視点
2. 各コーポレート・ガバナンスモデルの特徴
3. 日本のコーポレート・ガバナンスの変化
4. 日本型コーポレート・ガバナンスの課題



報 告

1. コーポレート・ガバナンスをめぐる議論
2. 各コーポレート・ガバナンスモデルの特徴
3. 日本のコーポレート・ガバナンスの変化
4. 日本型コーポレート・ガバナンスの課題



討議概要

1. 委員会等設置会社は、なぜアメリカ型のコーポレート・ガバナンスだと言われるのか。
2. 企業別労働組合の経営チェック機能について
3. 雇用の流動化によるコーポレート・ガバナンスの変化について
4. 雇用・就業形態の多様化を反映した従業員代表を選出する必要について
5. 長期雇用慣行、雇用保障というのは望ましいことなのか。また、それを担保するために法制化する必要などはあるのか。


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