JIL「労働組合の現状と展望に関する研究」(52)


変わる企業年金


平岡真一
日立製作所労政部給与企画グループ部長代理
B5判/59頁 2003年4月 (社)教育文化協会発行 無料配布


 日本労働研究機構(JIL)は、1994年1月に「労働組合の現状と展望に関する研究会」(略称:ビジョン町)を設置し、1996年8月以降、順次、その研究成果を刊行してきております。
(社)教育文化協会はこのたび、日本労働研究機構のご厚意によりビジョン研の研究成果を当協会の会員各位に頒布させていただくことになりました。ご尽力を賜りました皆様方には、この場をお借りいたしまして厚く御礼申し上げます。
本書には、ビジョン研の2002年9月17日報告(2003年3月刊行)を収録しました。どうぞご活用ください。


報告概要
1. 企業年金の課題

 企業年金の課題は人事・財務・経営戦略の大きく3つに分類できる。まず人事戦略については他の人事施策とのアンマッチ解消である。例えば、資格・賃金制度など人事諸施策について、実力・成果主義、あるいは時価主義への改革を行っているが、退職一時金や企業年金などの退職給付は長期精算の制度であることから改革が遅れがちになっている。
財務戦略は退職給付会計の導入に伴って明確になってきた部分で、退職給付に関わる費用の適正化を図り、その経営に与えるインパクトをできるだけ小さくしたい。
経営戦略では、これまでのように一つの企業が従業員を新規採用から定年まで一貫して雇用することが前提として置きづらくなってきた。個人の流動性の問題や、一方で企業側から見るとアライアンス、あるいは分社など事業の再編が待ったなしの状況の中で長期精算の退職給付は阻害要因になりがちで、これにどう対応していくかである。


2. 過去の退職給付制度改訂の流れ
   厚生年金基金を1968年に設立してから30年間は予定利率以上にまわる運用実績を使って給付の改善をしてきたが、最近の低成長経済、低金利という外的環境の変化で基金財政が悪化し、1998年には厚生年金基金の制度改訂を行った。基金の資産運用が思わしくない中で安定的に基金を存続し資産運用の効率化を計るため、加算部分の予定利率を5.5%から4.5%に下げ年金の水準を抑制した。
2000年には退職一時金、年金制度改訂でポイント制を導入した。勤続、年齢などに基づく一律的なポイントは置かず、属する資格に応じた標準値を置き、それに賞与の査定を反映し短期的に本人の貢献、成果に応じてポイントを積む仕組みになっている。また、従業員が在職時から退職給付の存在を意識するインセンティブの強い制度にするため、ポイントを賞与明細に表示している。
同時に退職一時金の支給体系の変更を行った。これまでは早期の退職を抑え、ある年齢以上での異動を容易にする勤続を考慮したS字カーブにしていたが、新制度のカーブは退職一時金は貢献、成果に対する後払いであるという考え方から在職時その時点の貢献、成果を反映させる観点を重視した。支払いは退職時だが金額の確定はその時点で行われるため確定拠出年金に近い制度になった。

3. 確定拠出年金導入の狙い
   確定拠出年金導入には人事戦略面と財務戦略面の狙いがある。人事戦略面では退職給付について国任せ、企業任せではなく従業員が自分で管理する考え方を持ってもらうこと。
財務戦略面では退職給付債務を圧縮し短期的に精算可能な制度にすること。確定拠出年金は退職給付債務にならず、会計上は極めて短期的に債務処理していくことが出来る。また同時に老後生活保障機能との両立をしたい。退職給付債務のことだけ考えると、前払いのような形をとってしまえばその時点で費用処理して企業の責任は終わりだが、従業員の老後生活の保障という観点からは心もとない。この異なる2つの二一ズを満たすには60歳まで途中引き出しが出来ない確定拠出年金は有効な選択肢であると考えた。

4. 確定拠出年金制度の概要
 
(1) 確定拠出年金の規模
   確定拠出年金は日立製作所の退職給付全体の約5分の1を占める。厚生年金基金が一時金換算で約6割、退職一時金が約4割で、その退職一時金の2分の1を確定拠出年金に移行した。この割合にした理由は2つあって、1つは確定拠出年金法の限度額が、厚生年金基金等の確定給付型年金制度を持っていると月額1万8000円のため、限度額いっぱいに設計してもこの程度の額しか作り込めなかったこと。2つ目は会社としては退職給付を自己管理する意識を持ってもらうことが大きな目的のため、安定性や初めは少し抑え目にしようという考え方から全体の5分の1程度で労働組合と合意に至った。
(2) 支給開始時期
   確定拠出年金は確定給付年金と違って財源が固定しているため終身年金にするのは難しいが、一方でこれまでの年金と違い60歳から70歳の間で本人が希望するときに受給を開始できるので、例えば日立製作所の場合は5年間の有期年金で60歳から75歳までの任意の時期に設定できる。公的年金支給開始の引き上げやそれに対応した再雇用制度など60歳以降のライフプランが各自でかなり違ってきているので、この点は労働組合などに受けが良かった。
(3) 確定拠出年金と退職金前払いの選択制
   確定拠出年金か退職金前払いの選択制にした。確定拠出年金は加入期間が3年を超えると退職時には引き出せず60歳まで運用を続けなければならない。これは大きな制約なので退職金前払いを選択肢に加えた。制度導入時50歳未満の人は確定拠出年金に86%入った。これは全体の平均で、例えば一般職だけとると約60%になっている。50歳以上の人は資産運用の期間が非常に短くなるので、確定拠出年金か従来の退職一時金での受け取りの選択制にし、確定拠出年金を26%の人が選択した。
(4) 資産運用と従業員教育
   確定拠出年金は企業あるいは運営管理機関が運用商品を提供して従業員が資産運用する仕組みで、法律では3種類以上の運用商品を提示するよう決められている。日立製作所の場合は19本の商品がある。その中のバランス型ファンドとインデックス型ファンドの7本は関連会社の日立投資顧問で商品開発している。
日立製作所の従業員教育への取り組みは大きく3つあり、1つは必要な知識をいつでも参照できるインターネットホームページの設置。2つ目は全従業員を対象にした説明会の開催、3つ目はコールセンターを設けた。
実感としては説明会で必要な知識を付与するのは難しいと感じた。全社6万人を700回ぐらいに分けて1回80分程度の座学を行ったが、その時点ではわかった気になってもおそらく直接資産運用には結びつかないと思う。ではなぜ説明会を行ったかというと確定拠出年金はいやでも個々人で資産運用を行う必要があるため従業員の自覚を促すことと、実際の資産運用で必要な知識がどこにあるのか、コールセンターとは何を教えてくれるのかなどを伝えていく場として説明会は有意義だった。しかし、厚生労働省の通達等にあるような教育項目を説明会で伝えていくのには限界がある。そこで投資に関する知識レベルがあまり高くない従業員の資産運用をどうサポートしていくかが非常に大切になってくる。
(5) 運営管理機関と制度のモニタリング
   従業員の資産運用の事務手続の代行、とりまとめ、手助けなどを行う運営管理業務は金融機関等がつくった専門の会社が請け負うことが多いが、日立製作所では自社で行うことにした。個人の運用の状況は運営管理機関に情報として蓄積され企業は知り得ないことになっていて、企業が持っている人事の情報とは結びつかない。私達が運営管理機関を自社で持つのは、個人の資産情報と企業が持っている人事情報を結びつけて分析し制度運営に反映させたいからだ。全体から見るのと職群別などで見るのとでは結果にかなり違いがある。
日立製作所の場合、想定利率2.5%のため従業員に拠出している掛金が2.5%で複利運用されるとこれまでの退職金水準になる。確定拠出年金は企業の責任は掛金を拠出した段階で終わるが、掛金を出しっ放しではなく本来労使が考えていたような姿になっているのかを常に検証していくことが必要だと思っている。

5. 今後の課題
   確定拠出年金の特徴のひとつであるポータビリティは、従業員の行き来の多いグループ企業が確定拠出年金制度を導入していないと生かせない。したがって日立のグループの中でできるだけ多くの会社に導入してもらい、制度や運用の商品、運営システムなどを共有化して日立グループの中では少なくとも同じ環境で運営できるよう環境を整えたい。
次に確定拠出年金制度の枠組みについて途中引き出しができないのはかなりの制約になる。一般職の選択率が低いのはこれが大きな原因だと思う。


目 次

報告概要

1. 企業年金の課題
2. 過去の退職給付制度改訂の流れ
3. 確定拠出年金導入の狙い
4. 確定拠出年金制度の概要
5. 今後の課題



報 告

1. 企業年金を取り巻く環境の変化
2. 日立製作所の退職給付制度改訂経緯
3. 確定拠出年金制度の導入と概要
4. 今後の課題



討議概要

1. 確定拠出年金の受け取り額について
2. 確定拠出年金の性質について
3. 退職一時金の支給体系の変更について
4. グループ会社間の年金制度の共通化について
5. 確定拠出年金とキャッシュバランス化
6. 退職一時金の算定基礎のポイント制化と懲戒処分などによる退職一時金の不支給について
7. 運用商品選択の仕方の「イレギュラー」とは何か。
8. 職種の違いによる商品選択の傾向について
9. 従業員の資産運用への関心を高めるにはどうしたらよいか。
10. モニタリングした情報の使い方について


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