JIL「労働組合の現状と展望に関する研究」(49)




中国経済の「いま」と「ゆくえ」~日本への影響~

今井健一
日本貿易振興会アジア経済研究所研究員
B5判/46頁 2002年9月 (社)教育文化協会発行 無料配布


 日本労働研究機構(JIL)は、1994年1月に「労働組合の現状と展望に関する研究会」(略称:ビジョン町)を設置し、1996年8月以降、順次、その研究成果を刊行してきております。
(社)教育文化協会はこのたび、日本労働研究機構のご厚意によりビジョン研の研究成果を当協会の会員各位に頒布させていただくことになりました。ご尽力を賜りました皆様方には、この場をお借りいたしまして厚く御礼申し上げます。
本書には、ビジョン研の2002年3月15日報告(2002年8月刊行)を収録しました。どうぞご活用ください。

報告概要

1. 中国の経済発展と急速な変化
1) 歴史的観点から見た現代中国の発展
   現在、中国経済が急速に発展し非常に注目されているが、歴史的観点から言えば中国は一貫して非常に大きい存在であった。19世紀から20世紀、1970年代末までの時期は長い中国の歴史から見ると短い混乱の時期で、むしろ今の中国の発展は、本来あるべき大きな存在へ回復していくプロセスと考えたほうがいいのではないか。その前提となるのは、中国が世界で最も大きい市場を持っていること。このように考えると現在の発展は、かなり自然なプロセスに思える。
2) 中国経済の最近の急速な変化
   1993年に「社会主義市場経済」の方針が出て中国経済は市場経済化が急速に進展した。
朱鋸基首相の行った重要な経済政策は以下の四つ。
  ●金融制度改革(1995年)
最も影響が大きい措置は、国有四大銀行の商業銀行化。国有銀行は収益を追求し、そこに行政は介入してはいけないことを法律で決めた。この法律が出来るまでは行政がかなり随意に介入していて、国有企業が倒産しそうになると国有銀行に行政から話をつけて融資させていた。これが出来なくなった。これは、非常に大きな変化で、国有企業は資金繰りが一気に苦しくなり非常に厳しい競争にさらされるようになった。
●株式市場の整備(1995年頃)

●構造調整政策
余剰労働力のプールとして機能していた国有企業を、その重荷から解放した。就業者数が1997年から1998年で製造業部門だけで1,000万人以上減っている。
●規制緩和と民営化、WTOへの加盟
   この四つの政策により市場競争が激化し、結果として生活水準が上がり、市場経済への信頼度が形成されてきている。
競争が激しくなり製品の供給力は伸びてきているが、需要は供給ほどには伸びてきていない。その結果、1997年頃より中国は日本以上のデフレに入ってきている。これが市場競争を一層、強化している。そこで、財政出動で内需拡大をやり、成長率を1%~2%押し上げている苦しい状態だ。しかし、世界的にみれば非常に高い成長率を維持していて、沿海地域の深せんや上海ではマレーシアなど中所得国並みの所得水準に達している。10年後には、1人あたりGDPが5000ドルから8000ドルぐらい、今の韓国、台湾ぐらいの水準の中所得国数カ国分くらいの市場が沿海地域に出来上がるだろう。
3) 中国の貿易の状況
   中国の機械製品の輸出は、1998年時点で世界10位以内に入っており、多くの分野で急速にシェアが伸びてきている。しかし、その輸出の伸びを輸入の伸びが上回っていて、1998年以降、貿易黒字は一貫して減少している。また、直接投資収益がマイナスになっており、外国企業は中国で稼いだ金を中国外に送金している状況である。2000年時点の直接投資収益の対外純支払いは、2001年の貿易黒字とほぼ同規模になっている。中国で生産した利益を母国に還流しているわけで、中国は諸外国に輸出機会や投資による収益機会を提供している。
2. 日本の対中貿易と投資の状況
   フォードとの関係は東洋工業・マツダの経営状況が悪化する度に深化した。フォードとの歴史は経営再建の歴史であり、雇用の安定を目指す組合の取り組みの歴史でもある。
1) 日本の対中貿易の状況
   日本の対中貿易赤字は、最近、急速に増大しており2001年には268億ドル、前年比7.6%伸びている。輸出入とも伸びているが、輸入の伸びの方が大きいため赤字が拡大している。しかし、日本全体の輸出の伸びは2001年は前年比マイナス5%だったにもかかわらず、対中国は15%伸びた。伸びた主要製品は機械部品と高級素材で、特定の財に関しては大きな伸びを確保している。
2) 日本の対中投資の状況
   日本の対外投資先として、昨年の国際協力銀行(JBIC)のアンケート調査では中国が最も関心が高く、中国への投資額は、2001年は前年比で約4割伸びた。また、投資先の売上高と収益性の評価で初めてASEAN4カ国を上回った。しかし、中国からの直接投資受取は非常に小さく1998年以降は1億ドルに満たない。これは、中国の直接投資所得全体の支払からみても異常に小さい。この原因として考えられるのは、日本企業が日本に利益を還流せずに現地で再投資しているのではないかということ。また、日本企業の中国での収益性は日中投資促進機構の2000年の調査では、黒字企業が7割、赤字企業が3割。内訳をみると1999年のデータでは、輸出志向の企業は状況がよく、近年の日本企業の対中投資の多数を占める中国国内販売企業は赤字が4割であまり芳しくない。
3. 中国での大量生産の優位性と中国企業の台頭
1) 日本企業の大量生産機能の中国への移管
   1999年くらいから、大量生産の中国への移管が加速しており、特に電子機械、輸送機器で顕著になっている。例えば、2001年4月、東芝はカラーテレビの生産をすべて大連の工場へ移管することを決定した。各テレビメーカーとも同じような傾向で、日本国内でのカラーテレビ生産量は、1985年のピーク時の2割にまで落ち込んでいる。大量生産面では日本の優位性が失われているというのが一致した評価になっている。
中国での生産の品質は非常に顕著に改善している。これは、例えば、テレビやアパレルなど業種に限らず一致している。この2、3年で製品品質は、日本と同等か場合によっては日本より良くなっているという見方も増えてきた。
2) なぜ中国は、大量生産で大きな優位性を持っているのか。
   一つは、低コストで非常に柔軟な労働市場。労働コストは、社会保障関係費用などを含めておおざっぱにいって日本の一般労働者の20分の1。また、若い労働者が内陸部からどんどん出稼ぎにくるため、若年労働力の確保が非常にしやすい。エンジニアなどホワイトカラーも日本の4分の1から5分の1の賃金で優秀な人材を雇うことができる。さらに労働市場が非常に市場化していて解雇などに対して抵抗が少ない。よって、需要の増減や製品にあわせて労働力の調整がしやすい。行政機関が出稼ぎ労働者の公的な紹介システムを作っており、エンジニアなど高級な労働力に関してもインターネットによる人材募集ネットなどで、深せんなど中央から遠い地域でも人材確保に障害がない。
二つ目は原材料が非常に低コストで調達できること。日系企業では、機械を作っている企業は現地調達率が高く、ハイテク製品に近いほど現地調達率が低い。業種によってばらつきはあるが、今後、現地調達率を高めていく予定であることはどの業種でも一致している。
4. 中国企業の台頭
1) 中国企業の最終製品、部品分野での台頭
   中国の地場企業は、最終製品や部品の分野でもここ2、3年著しく台頭してきた。日本など海外の技術を積極的に吸収し、価格や中国国内でのマーケティングは外資系企業よりもいまや優れている。家電は、かつては日本の輸出品や日系企業製品がかなり強かったが、今は中国の優良企業が圧倒的なブランド力を持っている。現在、中国国内市場向け日系企業の収益率が低い理由には、この地場系企業の台頭が考えられる。
ここ数年、中国企業の海外進出も非常に顕著になってきており、特に白物家電の輸出は圧倒的に優位に立っている。
2) なぜ中国企業が急速に競争力をつけてきたか
  ●中国の国内市場が非常に大きいこと
国内市場の規模が大きいため、規模の経済を実現しており、生産設備の稼働率が非常に高く、コストが低くなり活発に投資できる。
●労働市場が非常に柔軟なこと
中国企業は競争的で低コストの労働市場をフル活用している。労務管理の特徴は、インセンティブとペナルティーが非常に明確で、例えば、査定で最下位の人を自動的にそのポジションから外す「最下位淘汰制」などがある。
●競争圧力の高さ
特に華南、華東地域は産業集積度が高く、外資系と地場企業が入り乱れて競争している。場合によっては日本の産業集積地より集積度が高い。
●学習能力の高さ
外国企業で採用されている合理的な制度や技術を積極的に吸収する。自分で持っていない技術は、買ってくるか盗んできて、それを組み合わせて一気に高いレベルに持っていく。この組み合わせ能力が非常に高い。
  以上の四つをあわせると、すでに存在している技術を使って大量に安い製品を作ることに非常に強い競争力を発揮することになる。
5. 中国企業の弱点
   一般的に、自前の開発力、技術力が外資系に比べ非常に弱く、新しい製品を作る革新能力は外資と比べ比較にならない。
また、組織が不安定な企業が多い。非常に優良な企業でも経営トップの1人か2人が優秀で成長してきた場合が多く、いったん、経営トップが状況の変化に対応できなくなると、突然、変調をきたす例が多く見られる。これは中国では非常に大きな問題と捉えられている。企業が組織として成熟しておらず、経営者個人に対する依存度が非常に高い。
6. 日本企業にこれから必要なこと
   中国の競争力は明らかに高く、日本から大量生産機能がますます移転していくことは間違いない。これまでは日本から部品を輸出し、中国で組み立て、製品にしていたが、今後は中国で組み立てるだけでなく、部品の調達も地場企業から行う動きが強まり、製造業基地としての日本の地位は、中国に比べ相対的に下がっていくだろう。
しかし、日本にとってマイナスだけかというとそうではない。日本企業が、中国に資本や技術を持っていき製造業機能が移転していく。日本が技術的な優位性を利用して中国国内で収益をあげる事が出来れば、最終的にその収益は日本に還元されるはずだ。そうすれば、当然、日本での新たな需要を産み、新たな産業が育っていくことになる。
   中国での投資収益を拡大していくために必要なことは、一つは現地調達化を一層進めること。もう一つは経営の現地化を進めることだ。後者は日本企業ではあまり進んでいないが、中国の市場に売り込んでいく能力を高めていくためには日本人だけではなく中国の人々の力を借りることが必要だ。

 

目 次

報告概要

1. 中国の経済発展と急速な変化
2. 日本の対中貿易と投資の状況
3. 中国での大量生産における優位性と中国企業の台頭
4. 中国企業の台頭
5. 中国企業の弱点
6. 日本企業にこれから必要なこと



報 告

1. 中国経済の最近の急速な変化
2. 日本の対中貿易と投資の状況
3. 中国の大量生産における優位性
4. 中国企業の台頭
5. 日本企業にこれから必要なこと



討議概要

1. 中国経済の弱点について
2. 政治体制と経済成長の関係について
3. 変動相場制への移行について
4. 日系企業の収益度の違いについて
5. WTO加盟後の産業政策について
6. 都市開発の資金調達方法
7. 商業銀行化した国有銀行の役割について
8. 高付加価値分野での国際競争力について
9. 沿海部と内陸部の格差について


戻る