JIL「労働組合の現状と展望に関する研究」(45) |
日本労働研究機構(JIL)は、1994年1月に「労働組合の現状と展望に関する研究会」(略称:ビジョン研)を設置し、1996年8月以降、順次、その研究成果を刊行してきております。
(社)教育文化協会はこのたび、日本労働研究機構(高梨昌会長、花見忠研究所長)のご厚意により、ビジョン研の研究成果を当協会の会員各位に頒布させていただくことになりました。ご尽力を賜りました皆様方には、この場をお借りしまして厚く御礼申し上げます。
本書には、ビジョン研の2001年9月20日報告(2002年3月刊行)を収録しました。どうぞご活用ください。
報告概要
1. 雇用労働市場規制の根拠 労働市場は、その程度は別として、ルールや規制なしでは成り立たない市場だと思う。その根拠は以下のとおりである。
第1に原則は市場による決定である。つまり雇い主の都合と労働者の都合から市場は調整される。労働者と企業のそれぞれの都合は違う。だからこそ両者の都合を折り合わせる市場として、労働市場がある。よって賃金などの労働条件といったものは、基本的に市場の決定にゆだねられるべきである。よって政府が一方的に労働条件を決めるようなことはできない。もしそういったことを市場経済のもとで行うとかえって混乱が起こる。雇用労働といっても、市場の決定が大原則である。
第2に経済学者が考えている市場の均衡が成り立つ条件を整えるには、労働市場において一定の規制やルールが必要であることも否定できない。いろんな条件が考えられるが、基本的に完全競争*1と完全情報*2が、市場が成立する、あるいは市場の均衡が成立するための条件である。それゆえどのような社会にも雇用・労働市場規制が存在する。規制として以下のことがあげられる。
*1 売り手と買い手の競争上の地歩の均等化(辻村、1977)。
*2 現在情報、将来予見可能性。
(1) 集団的労使関係(交渉上の地歩の均等化) 労使のあいだの交渉上のポジションの均等化を目的として、労働側が労働組合という組織をつくる。労使の交渉は集団的に団体交渉という形で行われる。そういったことを法律的に担保するものとして、労働組合法や労使関係調整法がある。
(2) 最低労働基準 組合があれば(1)のように交渉上のポジションを均等化することができ乱では組合がない場合どうするのか。最低生存費ぎりぎりの賃金で契約が成立してしまう可能性がある。そこで労働条件が自由に決められるとしても、一定の水準以下の労働条件については、たとえ当事者が合意しても法律でこれを禁じることが必要になる。たとえば労働基準法では、どんなに労使が合意していても、労働時間については規制を設けることになっている。あるいは最低賃金法では、どんなに労使が合意しても、一定の水準以下の賃金の契約は、法律によって認められないことになっている。
(3) 安全衛生(情報不完全下で完全にリスクを織り込んだ契約困難) 情報が完全であれば、必ずしも国が安全・衛生についての規制を定める必要はない。すなわち労働者が将来にわたってどういうリスクがあるかを十分にわかっていれば、そのリスクにプレミアムをつけた賃金で契約しようとするだろう。しかし一般的に、その仕事をするうえでのリスクがどのくらいあるのか、あるいは安全上のリスクがどのくらいあるのか、といったことについての情報は、労使間でかならずしも均等ではない。本来はリスクプレミアムつきの契約をするべきだが、実際上はなかなか成り立ちにくい。それで労働安全衛生法のような法律が必要になるのである。
(4) 長期雇用保障の担保(将来予測不完全下でのホールドアップ問題解決) 一般的に、労働者が企業特殊的な能力、その会社でしか役に立たないような能力を身につけることは、その人がその会社を去ることになれば、その能力を使えなくなるのでリスクが大きい。したがってその会社でしか役に立たないような能力を労働者に身につけてもらうには、何らかの形で長期の雇用を法律的に担保しなければ、長期にわたる、特に企業特殊的な技能の蓄積が妨げられる。こういったホールドアップ問題を解決するという視点から、長期雇用保障を維持するための規制が必要になる。具体的には解雇規制等の合理性を指す。
(5) 公的職業紹介(情報探索資源の供与、投資費用の貸与でも可) 職業情報が不十分な場合、公的にそういった情報を提供するサービスが必要になる。
(6) 差別禁止(情報の不完全性による統計上の差別防止) もし採用担当者が求職者の職業能力について確実で完全な情報を入手することができたり、あるいは将来離職する可能性等がわかれば、女性や高齢者という理由で採用しないといった統計的差別はなくなる。そういう情報が得られない場合、次善の策として、雇い主は、女性、高齢者といった統計的に見てリスクの大きい労働者を採用しない。そこで企業が性、年齢、人種による差別的な扱いをしないようにするためのルールが必要になる。
(7) 紛争処理(市場決定不成立の場合の制度的決定、決定の履行担保) 契約が履行されなかったり、市場決定が不成立であった場合に起こる労使間の紛争をどのように処理すればいいのか。こういった問題の解決には、企業外で紛争処理のためのルールを決め、しかも決められたルールの履行を制度的に担保しなければならない。
2. 環境変化 上述したように雇用とか労働市場においては一定の規制が必要である。規制がなくて機能する市場はない。問題は規制の有無ではない。どの程度の規制が適切であるのか、あるいはどういった種類や形式の規制が必要なのかが問題なのである。
雇用の分野における規制改革の背景は、労働市場の規制を必要としている外部環境自体が少しづつ変化しているのではないかということである。
(1) 交渉上の地歩問題が小さい労働者、情報の不完全性が少ない労働者の増加 新しい労働者像、新しいタイプの労働者がでてきているのではないか。その例として専門職の人たちをあげることができる。こういった人たちは、生産現場でのアセンブリラインで働いている労働者と比較して、企業に対してバーゲニング・ポジションがそんなに小さいとは言えないのではないか。あるいは自分の仕事やそれぞれの企業の実態についての情報の不完全性が、必ずしもそんなに大きくない種類の労働者ではないだろうか。広義に言えば、上層ホワイトカラー層、比較的専門性の高い、あるいは管理職層のホワイトカラー層といったような人たちには、必ずしも従来型の規制がなじまない部分があるのではないか。
(2) 雇用保障のあり方の変化 人口の高齢化にともない、個人の職業人生は長くなっていく。年金は、2階部分も含め65歳支給で決まっているので、少なくとも60代半ばぐらいまでは現役で働くという形で、個人の職業人生は長くなっていく。これと同じように企業が従業員に保障できる雇用期間も長期化するかというと、それはむしろ逆である。グローバルな競争がますます先鋭化し、国内的にも規制緩和により、企業間の競争が激しくなっていく。そうすると一つの企業や産業に所属している従業員に対し、保障できる雇用期間というのは残念ながら短くなっていく。
個人が長い職業人生を全うするためには、雇用を守りきれなくなった企業・産業から、人材を必要とする、あるいは雇用を増やそうとする企業・産業へと移動する形で雇用を保障しなければならない。すなわち一社雇用保障体制から、労働市場を通じた雇用保障体制への転換を図っていかなければならない。
3. 検討課題 こういった環境変化を受けて、具体的に規制改革のなかでどのようなことが検討課題になっているのか、そのことが「重点6分野に関する中間のとりまとめ(案)」の人材(労働)分野にある。具体的な施策は3つに大別される。
(1) 労働市場の強化(特に労働市場をつうじた雇用保障のために) 円滑な労働移動を可能とする規制改革。これは労働市場をつうじて雇用保障をしていくために、労働市場を強化する規制改革である。
1) 職業紹介規制の緩和(特にまだ残っている料金規制など) 日本では職業紹介が民間の事業所にも解放されたが、料金についてはまだ規制が残っている。原則として求職者から料金を徴収してはいけないことになっている。現在、料金を徴収できるのは、芸術家とモデルから等に限られる。しかし仕事を探す求職者の交渉力を高めるという意味からも、求職者側から料金をとることを考えてもいいのではないか。
一般の労働者から料金をとることは問題があるかもしれないが、専門職層のホワイトカラー、ヘッドハンティングの対象となるような一定以上の収入を得られる経営管理者層、プロフェッショナル等の求職者からは、手数料を徴収してもいいのではないか。I LO条約でも労働者の利益になる場合、料金の徴収を認めている。このような形で職業紹介についての規制を緩和し、特に中高年ホワイトカラー層についての職業紹介をもう少し活性化する必要があるのではないか。
2) 能力開発プログラムの充実 能力開発に対する個人への援助、これはぜひやるべきである。原則として雇用保険からの助成ではなく、貸し付けで行うべきである。そのメリットは2つある。
第1に、後で返してもらうことが可能であり、上限30万円ではなく、もっと多額の援助を行うことができる。
第2に、後で個人が返却しなければならないので、役に立たないプログラムは受けないようになる。その結果、役に立たないプログラムは市場で淘汰されていくので、現在のように厚生労働省が助成するプログラムを指定する必要がなくなる。
3) 採用における年齢制限撤廃(少なくとも定年の法定下限である60歳まで) どんなに能力開発や職業紹介などの機能がうまく働いても、一定の年齢になれば雇ってもらえなくなるのであれば、それらの措置はすべて絵にかいた餅である。ところが現在、日本の企業が中途で人を採用する場合、多くの企業が採用・募集に年齢制限をつけている。年齢で人を制限したのでは、労働市場をつうじた雇用保障は実現できない。募集・採用における年齢制限の緩和や年齢差別の撤廃はとても重要である。
(2) 個別の雇用制度に関する規制緩和(とくに新しいタイプの労働者像に対応して) 就労形態の多様化を可能とする規制改革。これはとくに新しいタイプの労働者像に対応した部分もあるし、それだけではなく個別の雇用制度に関する規制緩和の部分でもある。
1) 有期雇用契約の拡大(とくに適用範囲拡大、認定の緩和) 雇用契約は、従来は期間の定めのない契約か、1年未満の契約に限られていた。これが数年前の規制緩和によって、60歳以上の高齢者と一定の条件を満たした高度な専門能力を持った人については、3年を上限として有期の雇用契約を認める形に緩和された。これを民法の定める上限である5年程度まで期間を延長したほうがよい。また専門職の定義も現在よりもう少しその範囲を拡大したほうがよい。
2) 労働者派遣の拡大(とくに派遣期間の制限緩和、職種の一層の拡大) これは労働者派遣の問題であり、1998年の法改正で、いわゆるポジティブ・リスト方式からネガティブ・リスト方式へと変わり、対応職種が拡大された。しかし労働者派遣で雇ってもよい職種は従来の26職種に加えて新たに開放された職種については、雇っていい期間は1年に限定された。これは雇い主からすれば使いにくいし、働くほうにとっても1年たったらやめなければならないため非常に評判が悪い。少なくとも3年に延長したほうがよい。また、製造業分野でものづくりにたずさわる労働者については、当面派遣の対象としないことになっているが、この点についても、もう少し考えた方がよい。
3) 裁量労働の拡大(とくに職種の一層の拡大) 裁量労働制はいわゆる専門業務型の裁量労働と、企画業務型のそれがある。企画業務型についても問題は大きいが、とくに専門業務型は対象業務が11に限定されていて、これを年度内に拡大する方向でやってほしい。
(3) 社会保険制度等の無差別適用(雇用形態等によらない適用) 特に新しいタイプの労働者に対応した規制改革。これから雇用形態が多様化してくるときに、現在のように常用フルタイムの労働者を念頭においた社会保険制度では、社会保険システム自体が空洞化してしまうおそれがある。雇用形態によらない、もちろん労働者側の定義とか、厚生年金、フルタイムの労働者であっても、標準報酬月額の下限というのは定められているわけだから、その収入による例外、あるいは労働者の定義による雇用保険からの例外はありうるが、それ以外の雇用形態などによる社会保険からの除外はなくしていく方向で検討してほしい。
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