JIL「労働組合の現状と展望に関する研究」(43)




整理解雇法理の過去-現在-未来


野川 忍

東京学芸大学教授

B5判/45頁 2001年12月 (社)教育文化協会発行 無料配布


 日本労働研究機構(JIL)は、1994年1月に「労働組合の現状と展望に関する研究会」(略称:ビジョン研)を設置し、1996年8月以降、順次、その研究成果を刊行してきております。
(社)教育文化協会はこのたび、日本労働研究機構(高梨昌会長、花見忠研究所長)のご厚意により、ビジョン研の研究成果を当協会の会員各位に頒布させていただくことになりました。ご尽力を賜りました皆様方には、この場をお借りしまして厚く御礼申し上げます。
本書には、ビジョン研の2001年5月31日報告(2001年11月刊行)を収録しました。どうぞご活用ください。

報告概要

解雇の意義と整理解雇法理の形成
 
(1) 継続的契約の解約の自由
   解雇は、法的には、労働契約の使用者側からの一方的解約のことをいう。
労働契約は継続的な契約であり、物の引き渡しと代金の支払いという一連の行為で完結する契約ではなく、それ自体の継続性が本質になっている。
その終了のさせ方は二つある。一つは、最初からいつ終わるかを決めておく方法、もう一つは、いつ終わらせるかを決めないでおく方法。いつ終わるかを決めないでおく方法の場合、終わらせ方は、どちらからでもいつでも「私はこの契約をやめます」という意思表示によって自動的にその契約は終わる。
解雇は、原理的にはいつでも自由に認められなければならない。この前提があるからこそ、それをどのように制約したらいいのかという問題になる。労働契約は、他の契約と異なり、契約を結ぶ一方当事者が生身の人間としての労働力を相手に委ねるものであり、また、労働者がその生計を維持し家族を養うという面もあるので、使用者は労働者を解雇する権利があるという原則を踏まえて、なおこれを制約する方法をどの国でも考えてきた。
(2) 解雇権濫用法理
   解雇を制約する方法は、大きく分けて二つある。一つは、立法によって解雇権を制約する方法。もう一つは日本のやり方で、解雇権濫用法理という判例法理によって解雇を制約する方法。日本にも立法による制約がないわけではないが(労基法3条、労組法7条1号、均等法8条参照)、一般的に解雇を規制する法律はなく、判例が法理を形成してきた。
解雇権濫用法理は、客観的に合理的な理由があり、社会的に相当性がある解雇は適法・有効であるが、客観的に合理的な理由がなく社会的な相当性がなないものは、解雇権という権利を濫用したものとみなす、という一般的なルールとしてでき上がっている。権利の濫用という概念は、民法1条3項の契約の一般原理として規定されている。
(3) 整理解雇法理の形成
   解雇権濫用法理は、労働者側、解雇される側に何らかの理由がある場合を想定して形成されてきたが、整理解雇は、解雇する理由が従業員側にではなくて会社側にある。そこで、整理解雇法理は、主として従業員側に理由がある解雇の場合とはちがうルールが必要であるとの認識から、解雇権濫用法理とは少し異なる形で形成されてきた。
大村野上事件判決で大体のアウトラインが形成され、のち、現在のルールができ上がった端緒、あるいは中心的な判決とされている東洋酸素事件高裁判決が出された。この事件は、整理解雇の典型例であり、経営悪化に伴う人員の縮小による事案である。
東洋酸素事件高裁判決では、「第一に、右事業部門を閉鎖することが企業の合理的運営上やむを得ない必要に基づくものと認められる場合であること、第二に、右事業部門に勤務する従業員を同一又は遠隔でない他の事業所における他の事業部門の同一又は類似職種に充当する余地がない場合」で、「第三に、具体的な解雇対象者の選定が客観的、合理的な基準に基づくものであること」、第四はないがそれに該当するのが、「なお、解雇につき労働協約又は就業規則上いわゆる人事同意約款又は協議約款が存在するにもかかわらず労働組合の同意を得ず又はこれと協議を尽くさなかったとき、あるいは解雇がその手続上信義則に反し、解雇権の濫用に当たると認められるとき」と述べている。
その後、先のルールはブラッシュアップされ、整理解雇の四要件ができ上がった、第一は、その後、人員整理の必要性がなければいけないと一般化された。具体的には、経営状態の悪さである。第二は、人員整理の手段として解雇を選択せざるを得ないのかどうか。これは、解雇回避努力義務と言われている。その内容は、解雇以外の選択肢、例えば配転、出向、休業、残業時間の制約、新規採用の停止などである。解雇を選択したことに説得的な理由があるのかということにブラッシュアップされている。第三は、被解雇者選定の妥当性。公平で差別のないやり方で、具体的に解雇される人を選定しているのかということ。第四は、労働者や組合に十分な情報開示をし、協議をしたかどうかという手続的な基準である。以上の四要件は、その後、非常に厳格に、機械的に適用されるようになった。
整理解雇法理の動揺
 
(1) 適用事案の多様化
   ここ10年ほどの間に整理解雇法理が動揺してきた。その一つは適用事案の多様化である。経営危機、人員削減、整理解雇という類型ではなく、会社解散、事業の消失などの場合についても四要件が用いられている(以下の事案がその例)。
グリン製菓事件: 会社解散の事案。裁判所は整理解雇そのものではないと述べるが、四要件を適用して判断しようとする。
廣川書店事件: 顧客の便宜のために分室を有していたが、その顧客との取引がなくなり必要がなくなったので閉鎖された事案。経営が悪化して人員縮小しなければいけないという事案とは異なる。
ナショナル・
ウエストミンスター
銀行事件:
 国際競争力を高めるための事業再編に伴い、日本に置いていた営業部門を閉鎖した事案。この事案はそもそも経営悪化を乗り切るためではない積極的経営政策に基づいた解雇。第一次仮処分決定で東京地方裁判所は、このような場合にも整理解雇の四要件を用いる。

これらは、整理解雇の四要件が機能していた対象とは違う。整理解雇法理は本来、経営悪化を乗り切るための人員の削減に適用されてきたので、およそ経営上の理由による解雇であれば、おしなべてこれを適用することには問題があるとの意識が広まってきた。
(2) 四要件にたいする裁判所の対応の変質
   先の背景から、機械的に四要件を挙げてそれに当てはめるか否かで当該解雇の有効性を判断するのは問題であると述べる判決が出てきた。その典型が、ロイヤル・インシュランス・リミテッド・カンパニー事件である。この事件で裁判官は、整理解雇とは、どのような場合に解雇権の濫用であるかを判断する要素の1つに過ぎず、それを金科玉条のように整理解雇の四要件というのは疑問との問題提起をした。
その後徐々に、四要件を自動的にどんな場合にでも適用するものではないのではないかということを述べる判決が増えてきた。
例えば、角川文化振興財団事件。一見、整理解雇の四要件に沿っているようだが違う。解雇回避努力について、最初から業務の目的が限定されていて、そこで雇用または再雇用された労働者について、その業務自体がなくなってしまったという場合は、前提自体を変えてよいのではないか、整理解雇の四要件が使える場面は限定されているのではないかという問題提起をしている。
あるいはナショナル・ウエストミンスター銀行事件。この事件は三つの仮処分決定があるが、三つとも全く違う理由で、しかも結論も、第三次決定は第一次・第二次決定と異なっている。第一次決定では整理解雇の四要件を用いているが、第二次・第三次決定では用いていない。特に第三次決定で裁判所は、「いわゆる整理解雇の四要件は、整理解雇の範疇に属すると考えられる解雇について解雇権の濫用に当たるかどうかを判断する際の考慮要素を類型化したものであって、各々の要件が存在しなければ法律効果が発生しないという意味での法律要件ではなく、解雇権濫用の判断は、本来事案ごとの個別具体的な事情を総合考慮して行うほかない」と述べる。ではどうするか。裁判所は、雇用契約を解消することに合理的な理由があって、かつ「当該労働者の当面の生活維持及び再就職の便宜のために、相応の配慮を行う」こと、「雇用契約を解消せざるを得なくなった事情について当該労働者の納得を得るための説明を行う」ことを、判断の要素・基準として挙げている。
このような新しい基準を個別要素に則して挙げるという事案が出てきた。ナショナル・ウエストミンスター銀行事件の三つの決定に、裁判所の模索がよくあらわれている。
(3) 司法の模索
   第一次決定では整理解雇の四要件を使っている。従来型の判断手法をとって、解雇を無効とした。
二年目の賃金の*仮払いをもらうために労働者側が訴えたのが第二次仮処分。同じ事件を判断しているにもかかわらず全く違う理由付けをしている。この決定の特徴の1つは、新しい判断基準を示していること。「企業がある部門において発生した余剰人員を削減しようとする場合に、その余剰人員の削減に経営上の必要性があり、かつ、経営上の必要性が企業経営上の観点から合理性を有するものであれば、余剰人員の削減を目的としてその余剰人員についてする解雇は一応合理性を有するものと認める」、とまず述べて、そして合理性の判断基準について、「ある部門の余剰人員の削減についての経営上の必要性が企業経営上の観点から合理性を有すると認められるには、解雇によって達成しようとする経営上の目的とこれを達成するための手段である解雇ないしその結果としての失職との間に均衡を失しないことが必要である」と述べる。つまり、解雇による経営上の利益と解雇された労働者の不利益を秤にかけて、両者のバランスがとれていることがポイントであるとしている。そして本件では、両者の均衡がとれていないと判断され、労働者が勝った。
第三次に至っては、先のように、第二次仮処分決定とは違う判断基準を挙げ、今度は労働者が負けた。結論も理由づけも三つの判決が全部違ってしまうと、整理解雇について企業側も労働者側も予見できない。すると、今度は新しい整理解雇についてのルール、あるいは要件といったものを考えていかざるを得ないのではないかということになる。

*三つも決定がある理由: 東京地裁が出す賃金仮払い命令は最近では1年に限定されており、1年経って仮払いの期間が終わる前に、労働者が再度仮処分を申請する、というわけで都合3回の決定が出されている。
新たな法理に向けて
 
(1) 解雇ルールの検討
   日本に解雇を一般的に規制した法律がないことは問題である。実質的な意味での手続的規定もなければ、差別的解雇を禁止する規定もない。裁判所に行ってみなければどうなるかはわからない。それでは今後、会社の経営上あるいは労働者の立場としても、予見可能性のない状態は大変不安定なので、解雇について一定のルールがあるのがベターではないか。
解雇ルールを検討するとすれば、一つは差別禁止。それから手続の整備。欧米、特に大陸ヨーロッパでは、労働者代表・労働組合を中心とする労働者代表機関との協議、解雇についてのルール作り、事前の告知などの手続が組み込まれているが、それらを日本的にアレンジした手続規制をするということが考えられてよい。
もう一つは、解雇は無効だから復職をさせる、復職させても果たしてそれ以後、労使にとってハッピーな状況が生まれるだろうかということと関連する。実際に、解雇無効の判決の後、多くの場合は現実には復職していない。復職した場合でも、かえって陰湿ないじめや人権侵害が起こることもあり得る。雇用の維持を考えれば、解雇権濫用→解雇無効→復職、ではないルールが考えられてよい。具体的には、転職のためのコストを会社が負担するということである。
(2) 四要件の再構成~信義則法理の再評価~
   判例法理によって解雇を規制する方法を維持しながら、四要件をどのように見直し、再構成していくのか。
民法の一般原理に、信義誠実の原則(1条2項)がある。これは、契約を結んでいる相手方との信頼関係に配慮し、信頼関係が崩れるような権利の行使の仕方はいけないという一般原理。これを解雇の効果に使うことは考えられないか。つまり、今まで信義誠実の原則は解雇してはいけないという解雇の要件に多く使われていたが、そうではなく、労働者に企業固有のノウハウを身につけさせ、ほかの企業ではあまり役に立たないような人間に育て上げて、それでも解雇するならば、ナショナル・ウエストミンスター銀行事件第3次決定が述べるような配慮を示さなければならない、といった使い方ができるのだはないか。そのうえで四要件を再構成していく。
既存の四要件で今後も使えるのは、被解雇者選定の妥当性。そこに差別や不当な動機・目的があってはいけないと読み込むことは可能。もう1つは、労使協議を中心とした手続。解雇ルールをきちんと作り、それに従って解雇を行う慣行を形成することを促すような要件として再構成すべきではないか。
経営上の必要性については、企業の経営判断に対して司法が介入する度合いはできるだけ少ないほうがよいと考える。解雇回避努力義務については、今後、労使関係が個別化し、個々の労働者と使用者との契約が重視されていくことを考慮すると、配転・出向を安易に許すルールではない方がよいので再検討すべきであり、また、それに代えて、転職への配慮をつけ加えるという方向が、再検討の選択肢として考えられるのではないかと思う。


目 次
報告概要

1. 解雇の意義と整理解雇法理の形成
2. 整理解雇法理の動揺
3. 新たな法理に向けて

報告

1. 解雇とはなにか
2. 解雇の制約
3. 整理解雇とはなにか
4. 整理解雇法理の形成と運用
5. 整理解雇法理の動揺
6. 裁判所の模索
7. 解雇ルールの検討

討議概要

1. 四要件の法制化
2. 手続における労組の関与とその責任
3. 整理解雇法理を再検討する際の射程
4. 立法によるルールと労使間の自主的なルール
5. 解雇された労働者への配慮および救済

レジュメ
用語解説
労働組合からのコメント
参考資料(週刊労働ニュース2001年1月15日号)
ことわりがき


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