私の提言

奨励賞

介護離職を防ぎ介護と仕事の両立をするために
~求められる制度改善・働き方改革と職場での受け入れ方~

秋庭 くるみ

はじめに

 現在の日本社会における大きな課題の一つに、少子高齢化がある。平成19年に高齢化率が21%を超え、超高齢社会に突入した。介護サービスや介護従事者の不足が懸念される中で、高齢者はさらに増えていく。いかに労働者が仕事や自身の生活、家族を守りながら、高齢者と共に生活していくかが問題となる。
 また介護は一概に高齢化によるものとは言えない。不慮の事故により突然障害を持つことになったり、難病を患うことにより身体に不自由を負うことになったりすることもある。一度介護状態に陥ると、それがいつまで続くかはっきりしないため、将来の見通しが立たない。育児であれば子供の成長に合わせて見通しがある程度立つが、介護は育児とは異なり、年齢や性別に依らず、且つ予測不可能なものなのだ。
 働くということを考える上で重要になってくるのは、介護を理由に現職を続けることが困難となり、また、職場とも上手く連携が取れないまま退職してしまう介護離職の問題である。現行の制度利用に関する問題や、労働者自身のみならず、会社や上司等が介護や就労に伴う各種制度について認識が低いこと、日頃の社員同士におけるコミュニケーション不足等もその原因と考えられる。
 したがってこの論文では、介護と仕事の両立における実態を考察し、『働くことを軸とする安心社会』の実現に向けて、雇用者側及び労働者側双方に求められる取り組みを提言する。本論文の構成は以下の通りである。第1章では、各種データに基づき、現在の介護と労働に関する実態を把握する。第2章では、今話題となっている働き方改革について考察し、介護と仕事の両立を考える。第3章では、心理学の視点から、職場におけるコミュニケーションのあり方を考察する。第4章では1〜3章の内容を踏まえ、また、筆者の介護経験を交えながら、提言を明確にする。

1. 介護と労働

 近年、高齢化に伴い、働き盛りの年齢の労働者が介護を担い、両立しながら仕事を続けていることも多い。ここでは、介護者の就業に関する実態を把握すると共に、介護と仕事を両立する上で理解しておきたい各種制度について触れていく。

(1) 介護離職の実態
 総務省統計局(2013)の調査によると、介護をしている雇用者は239万9千人である(※⑥)。年齢階級別構成割合を見ると、40歳代から60歳代が全体の8割以上を占めている。この年代は社内において課長や部長クラスの役職を任され、経験も豊富なため重要なポジションに就くことも多い。これまでは家庭内での介護の役割は主に専業主婦の女性が担っていたが(※①)、女性も社会に進出するようになり、合わせて少子化や核家族化が進んだため、性別や子・兄弟等の立場に関わらず、介護を担うようになっている。

 また、介護をしている者の有業率は、男女共に介護をしていない者に比べ低く、過去5年間に介護・看護のために前職を離職した者は48万7千人にのぼるという。このうち女性は38万9千人で、約8割を占める。

 仕事と介護を両立することに対しての具体的な不安としては、「公的介護保険制度の仕組がわからないこと」「介護がいつまで続くかわからず、将来の見通しを立てにくいこと」「仕事を辞めずに介護と仕事を両立するための仕組みがわからないこと」が多く挙がっている(※②)。労働者が介護に関して利用できる制度を知らなかったり、不安を打ち明ける場が十分に用意されていなかったり話し難かったりすることが、介護離職に至る要因にあると考えられる。

(2)介護と労働に関する制度
 労働者の仕事と育児や介護が両立できるように支援する法律として「育児・介護休業法」がある(※③)。ここではそれぞれの制度内容について簡単に触れておきたい。
 まず「介護休業」は、労働者の申し出により、対象家族1人につき通算93日まで、3回を上限として取得することができる。取得には、介護休業開始予定日の2週間前までに、書面等により事業主に申し出る必要がある。実際に「自分が介護を行う期間」だけでなく、「今後、仕事と介護を両立するための体制を整えるための期間」として利用することも可能だ。地域包括支援センターやケアマネージャーへの相談、介護施設の見学、市区町村窓口での申請手続きなど、介護サービスを受けるための準備期間としての活用が期待される。だが一般には介護に専念するための期間として捉えられていることも多い。休業期間を延長すると、従業員自身が介護へ専念してしまい、職場復帰が難しくなることも懸念される(※②)。そのため、実際に介護をするだけでなく、先述のような介護に関する準備や、場合によっては看取りのための期間として利用するものだという目的を、企業や役職者が十分に理解し、従業員に伝えることも必要である。
 しかしながら介護休業中の給与は基本的に無給となる。ただし、会社によっては支給される場合もあるため、個々で自社の就業規則を確認する必要がある。また、雇用保険の被保険者が介護休業を取得した場合、介護休業給付金が支給される。これは要介護状態の同一対象家族について、93日を限度に3回までに限り、賃金月額の67%が支給されるものであり、公共職業安定所(ハローワーク)で支給申請の手続きを行う必要がある。介護休業給付は非課税で、無給であれば所得税や雇用保険料が控除されることもない(※④)。
 一方「介護休暇」は、対象家族が1人であれば年に5日まで、2人以上であれば年に10日まで、半日単位で取得できる。対象家族が要介護状態にあること等を明らかにして、事業主に申し出ることが必要である。介護休暇の取得は緊急を要することも多いため、当日の電話等による口頭の申し出でも構わない。ここでいう「要介護状態」とは、負傷、疾病または身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態をいう。また「対象家族」の範囲は、配偶者、父母、子、配偶者の父母、労働者が同居し且つ扶養している祖父母、兄弟姉妹及び孫となる。介護休暇も基本的に無給となるため、年次有給休暇の取得を優先する場合も多い。
 現状では、先述した介護をしている雇用者のうち介護休業制度等を利用している者は、37万8千人で、全体の20%に満たない。

(3)制度を利用しやすい環境の整備
 以上のように、介護に伴う休暇の申請は可能であるが、休業中も各種手当等がある育児休業に比べ、休暇休業中の給与は基本的になく、また、いつまで介護状態が続くか分からない状況の中では、経済的にも精神的にも少々厳しいものと言えるのではなかろうか。実際、筆者自身も介護に伴い休暇制度を利用するか悩んだこともあるが、今のところ、必要がある日は年次有給休暇を消化するようにしている。
 企業により就業規則や手当の充実度は異なるであろうが、いずれにしても、現行の制度について従業員が十分理解し、また、利用しやすい環境づくりが必要である。筆者も一昨年、就職活動をしていたが、説明会や企業紹介でよく「女性も働きやすい」「子育てをしながら働いている人も多い」等の文句は耳にしたが、介護に関して触れるところも、就職活動生が質問する場面にも出会わなかった。そして休暇の制度に関してはどこか質問し辛い雰囲気もあった。確かに、就職活動生の大半を占める20代には、介護と聞いてもまだあまり実感が湧かないかもしれない。だが、要介護者が増加し、性別、役職に関わらずいつどこで自分も介護に関わることになるか分からない現代において、各種制度や事例を理解した上で職業を選択したり、仕事に向き合ったりすることは重要なことであろう。万が一の時に、そのような環境が用意されていると知っているだけでも、安心して働くことができる。加えて、介護は不測のうちに起こる場合も多いため、一時金や手当の制度がさらに充実されていくために労働組合等の活動にも期待したい。

2. 働き方改革

 政府が掲げる働き方改革の一つとして注目されているものに「テレワーク」がある。ここでは介護と仕事を両立する上で期待できる一つの新しい働き方として、詳しく見ていく。

(1)テレワークとは
 テレワークとは「ICT(情報通信技術)を活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方」のことである(※⑩)。女性・高齢者・障害者等の就業機会の拡大や、出産・育児・介護と仕事との両立支援のほか、家族と過ごす時間や自己啓発等の時間増加、地域活性化の推進への効果が期待されている。
 主な形態としては、「雇用型」と「自営型」がある。前者は企業に勤務する被雇用者が行うテレワークのことであり、自宅を就業場所とする「在宅勤務」、施設に依存せず喫茶店・図書館のほか、移動中に行う等、時間や場所に関係なく仕事可能な状態である「モバイルワーク」、複数の企業や個人で利用するサテライトオフィスやテレワークセンター、スポットオフィス等を就業場所とする「施設利用型勤務」に分かれる。自営型は自営業や自由業、家庭での内職を本業とする働き方のことを指す。テレワークを導入する企業は増加傾向にあるが、大半は週2日以下の「部分テレワーク」である。
 また国土交通省の調査によれば、テレワーク制度のある業種は情報通信業が最も高く、ソフトウェア等の研究開発やブログ・記事作成、WEBコンテンツ作成等のライティング職、プログラマーのテレワーカーが多い。一方雇用型において、テレワークが可能と思われる、事務・企画のテレワーカーの割合は低い。加えて役職別に見ると、雇用型では部長クラスのテレワーカーが多く、職位が高いほどテレワーカーの割合が高くなる傾向がある(※⑤)。今後、テレワークが広く浸透していけば、介護者が部長等の役職に就いていたり、働き盛りの世代であったりしても、離職せずに働き方を変えて継続可能な仕事や職場環境を整えていくことが一層可能になるかもしれない。

(2)テレワークの新しい形
 最近では本社オフィスを廃止して「完全テレワーク」を導入するベンチャー企業も現れている(※⑧)。2011年設立のソニックガーデンでは、オフィスで働く人とテレワークの利用者が混在するとテレワーク組は疎外感を感じがちで、チームワークに響くという考えから、昨年、本社オフィスを廃止した。各自のパソコン画面には仕事中の全員の顔が映し出され、社内で交わされるチャットでの会話内容も、全員が見られるようになっており、従業員の働き方や意向に合わせ、サテライトオフィスも設けている。正社員や業務委託など契約は様々であるが、勤務時間や勤務日は各自が自由に決められるため、自己の生活と仕事との折り合いも付けやすい。
 一方でテレワークは、社員同士の直接的なコミュニケーションが希薄になるのではないかという懸念もある。だがこの会社では、顔を合わせての交流も重視している。5、6人ずつのメンバーが半年に1回ほど、1泊2日の合宿で各自の夢や悩み事について社長と語り合ったり、家族を招いての社員旅行を毎年実施したりしている。社内でのコミュニケーションに悩む者も多い今、個々で仕事と向き合いながらも、適度に交流を図ることで、新たな働きやすい環境が作られていくのかもしれない。
 このようなテレワークのあり方が、情報通信業等に限らず、幅広い業種で導入されていけば、今の会社を離れることなく、違った働き方で続けていくことができるようにことも期待できる。企業側としても働き盛りの人材や、将来が期待される社員が介護を理由に離職や休業をしてしまうのでは不利益を被ることも多い。自社の内容や方針に合った新しい働き方の追究が求められる。また、テレワークの懸念事項としてよく挙がる業務効率や残業についても、企業側、管理者側が個々の仕事内容や時間等を把握するシステムを確立し、社内で浸透させていけば解決も早いのではなかろうか。

3. コミュニケーションの重要性とそのあり方

 前章でも少し触れたが、仕事をする上で他者とのコミュニケーションのあり方は重要である。近年の就職活動においても、いかに円滑なコミュニケーションを取れるかが、注目される点となっている。ここでは心理学の理論に基づき、対人場面における自己表現の可能性について探る。

(1)自己開示の機能
 社会心理学の理論に「自己開示」がある。安藤(1986)は自己開示を「特定の他者に対して、言語を介して意図的に伝達される自分自身に関する情報、およびその伝達行為」と定義している。すなわち、自己の内面を打ち明けることで、受け手に望ましい印象を与えようとすることには特に重点を置かず、誠実に、プライベートな情報を含んだ内容を伝達する言語行動である。
 自己開示は個人の心理的過程、あるいは他者との関係において様々な機能を果たしている。例えば自己開示をし、感情を表出することで心的緊張を和らげたり、相手に伝達するにあたり、自己を客対視し、問題に対する自分の意見や感情をより明確にする機会になったりする。
 また人は自分の能力や意見の妥当性を、他者との比較を通して評価しようとする欲求を持っているため、自己開示により他者からのフィードバック等を受けた結果、自己概念を安定させることも期待できる。さらに、自己開示の受け手が、同じ程度の深さの自己開示を送り手に返す現象がある。これを「自己開示の返報性」と呼ぶ。仕事や日頃の悩み、恋愛相談などを友人や職場の同僚に話す場面を想像してみて欲しい。自分が誰かにプライベートな相談をした時に、相手も「実は私も……」と逆に悩みを打ち明けられたというような経験はなかろうか。これがある種の返報性の現象である。自己開示は、その送り手と受け手の双方にとって報酬として機能するのだ。受け手にとっては、自分が特に自己開示の対象として選択されたという事実が、自分に対する送り手の好意や信頼感を示すものと解釈され得るし、その内容そのものが、自分の意見の妥当性を高めてくれるものであれば報酬としての意味を持つことになる。そして報酬を受けたからには、自分もそれと同等の価値をもったもの、すなわち同程度に内的な自己開示を相手に返すべきであるという心持ちとなる傾向がある。また送り手も、先述のように自己開示により、自己明確化や社会的妥当化が可能になる(※①)。
 さらに、内面性の高い話題は、相手との親密度が中程度の時に返報性が最大になり、関係の初期や非常に親しい間柄では、その程度が低くなるという(※同上)。すなわち、いきなり誰でも良いから他者に打ち明けるというわけではなく、相手との日頃の関係性や交流のあり方が、自己開示にも影響すると考えられる。
 では、どのように自己開示をし、また、それを受け入れれば良いであろうか。次項で考えていく。

(2)アサーションの必要性
 対人コミュニケーションにおける心理学のもう一つの考え方に「アサーション」がある。アサーションは平木(2008)によると、「自他尊重の自己表現」であり、具体的には「自分の考え、欲求、気持ちなどを率直に、正直に、その場の状況にあった適切な方法で述べること」である。またそこには、「一人ひとりの自己表現を大切にすること」や「自分も相手も大切にするコミュニケーション」といった意味も含まれる(※⑦)。
 では職場のコミュニケーションにおいて、このアサーションがどのような機能をもつのであろうか。平木によれば、職場のリーダーに求められるのは、監督・評価・助言・問題解決・課題達成のためのアサーションだけでなく、人を繋ぎ、所属感を高め、安心感をもたらす人間関係づくりのアサーションで、職場の規範となる必要がある。優れたリーダーは、仕事ができるだけでなく、個人に合った仕事の仕方や特徴の生かし方を見極める能力があり、同時に一人ひとりに適切な言葉かけや関わりができる人である。人間関係維持のためのアサーションには、自分や他者の気持ちや考え、存在そのものを受け止め、応答し、協力、恊働しようとする姿勢と言動があるのだ。アサーションを身につけている人は、ありのままの自分に自信をもち、周囲の人々と協力して状況をよりよくしていく意欲を持つことができる(※同上)。結果、仕事における課題達成はもちろん、個人の成長や能力の向上にも繋がっていくのである。そしてアサーションは、リーダーに限らず、リーダーを筆頭としながら、共に働く職場の人間一人ひとりに求められるものではなかろうか。

(3)職場での実践
 近年では「イクメン」といった言葉も流行し、育児に対しては女性への理解だけでなく、男性が育児に関わることも前向きに受け入れられるようになった。また、会社内のイベント等に子供を連れてきたり、一緒に参加できるような企画を考えたり等、同僚や上司も共に子供の成長を楽しみに見守るような雰囲気作りが進んでいる。一方、介護と聞くと「大変だ」とややネガティブなイメージが先行してしまいがちである。そのため、家族の介護をしていても職場でそのことを話題にしたり、事前に伝えたりすることはためらわれ、自身の中で抱えていることが多いのが現状である。
 だが、育児において「子供が急に熱を出してしまった」ということと同様に、「要介護者が急に具合が悪くなってしまった」など突発的な事態に直面することもある。また、そこから入院の必要が出てきたり、場合によっては命の危険に繋がったりすることもあり得る。
 自己の環境が突然変化し、誰かの助けを借りようとした時に、今まであまり話したことの無い人間にプライベートな相談ができるだろうか。先述したように、自己開示の返報性の考え方からすれば、自分が打ち明けることで、周囲にも同じような問題を抱えていたり悩んでいたりする人を発見できるかもしれない。過去の経験を分かち合えたり、今度は他者が同じような状況に陥った時に支え合うことができるようになったりすることも予想できる。
 大切なのは、職場環境の中で日頃からいかに自然なコミュニケーションが図られているか、何でも話すことができるような雰囲気が作られているかであろう。職場におけるコミュニケーションで重要なことは、自分の考えや希望、悩みごと等を、相手を尊重しながらも誠実に伝達し、その受け手も最初から否定するのではなく、相手を尊重し、受け止めた上でいかにして前向きに取り入れていくか、又は別の解決策を共に探っていくかであると思われる。そして開示される内容の深さに関係なく、各々が抱え込まぬよう、日頃から互いに言葉かけを行い、何かあった時に協力し合えるような環境を整えることが大切である。そして役職や経験といった力関係、上下関係がつきまとう職場の特性を超え、上司は部下を日頃から気遣い、適度に声を掛けることを意識することも必要だ。

4. 筆者自身の体験から

 今まで見てきたことを踏まえ、安心社会の実現に向けて重要になることは第一に、労働者自身がどのように介護と向き合い、その上でどのような働き方を望むかということであろう。それらを自己の中で整理し、他者に伝える力も必要となる。第二に、労働者の希望をいかに会社側が自社の方針や働き方とすりあわせながらそれを受け入れていくか、そして第三に職場における社員同士が役職、立場に関わらず円滑なコミュニケーションを取り、それぞれの仕事との向き合い方を受け入れ励まし合えるような環境を整えることではなかろうか。

(1)仕事と介護を両立する生活
 筆者は現在、親の介護のため、毎日定時に退勤している。親の介護や入院時の見舞いをしていることについて始めから職場に話していたわけではなく、日頃から気遣ってくれていた上司に軽く打ち明けたことをきっかけに、周りの社員も気にして声をかけてくれるようになった。筆者自身、まだ入社2年目であり、ただでさえ知識と経験不足がある中、さらに迷惑をかけることになると後ろめたい気持ちになったり、中途半端に仕事に向かうよりは家族とより長い時間過ごし支えて行きたいと考え、介護休業を考えたりもした。
 だがそのような中、職場の上司が「仕事より大切にした方が良いものもある」と言葉をかけてくれ、気持ちが楽になった。毎日、定時になると誰となく声をかけてくれ、仕事が残っていたら他社員が補ってくれている。時間外の会議等は無理の無い範囲で出席し、欠席の場合は代理をお願いし、別日に共有や研修の場を設けてもらう。また、親の調子が悪いなど緊急の場合は、有給休暇や時間休暇を使って休みを取っている。
 もともと筆者の職場は、家庭を持ち、小さな子供がいる社員が大半を占め、正社員だが時短勤務にしていたり、子供の突発的な病気等で休みを取ったり、早退したりする社員も多い。それは社員の役職や性別に関わることなく行われている。小さな職場のため、一人でも欠けると他社員の負担が増えることになるが、それに対して文句を言うこともなく、“お互いさま”という心持ちで各々が欠けた社員の分も補い合っている。そして、社員が戻ってきた時には「お子さんの具合はいかがですか」「無理しないでいいよ」などという会話もごく自然に生まれている。必要以上の残業をせず、勤務時間内で精一杯の努力と成果を残す。帰宅後は家族との時間を有意義に過ごす。どちらも中途半端になって引きずるよりも、自分のできる範囲を定め、その中で最善を尽くすことで、負担を軽減して仕事にも介護にも臨むことができる。
 筆者の職場の上司は、最近よく話題に挙がる「イクボス」に当てはまるのだと感じる。イクボスとは、職場で共に働く部下・スタッフのワークライフバランスを考え、その人のキャリアと人生を応援しながらも、組織の業績は結果を出しつつ、自らも仕事と私生活を楽しむことができる上司(経営者や管理者)のことを指す(※⑨)。上司の考え方や働き方がイクボスの姿勢であるため、筆者だけでなく、他社員も自己の生活と両立しながら、また互いを理解し支え合いながら仕事に向かうことができているのであろう。

(2)介護者に必要なこと
 筆者が在宅介護を始めるに当たり担当ケアマネージャーに言われたのは、介護者自身が“今までの生活を変えないこと”が重要であるということだ。たとえば仕事を辞めたり休職したりして介護に専念すると、介護者の逃げ場がなくなり、介護うつに陥ることもある。また、介護には介護保険や市区町村等による補助があるとはいえ、ヘルパーや訪問看護師の車代、介護に関わる消耗品の購入等、それなりのお金が必要になる。十分な貯金等がある場合は別だが、仕事を辞めることは収入低下のリスクをも背負うことになるのだ。
 平日の日中は介護者も仕事に出掛ける。その間、ヘルパーや訪問看護、デイサービスなどの民間のサポートを受ける。頻度や内容については、各事業所、また家庭の経済的負担や要介護者に必要な介護の程度によっても異なるであろうが、ケアマネージャーと相談しながらこれらの民間サービスを前向きに利用することも必要だ。そして四六時中介護に追われるのではなく、時には介護者も食事やコンサートに出掛けるなど、人と会うことや趣味を楽しむことも大切である。誰かを介護する上で、まず前提として自己を大切にすることも重要なことなのだ。そこにあまり後ろめたさを感じてばかりいると、心理的負担が大きくなり、介護者がパンクしてしまう。
 もちろんこれらはあくまで筆者の職場における体験である。職業や立場、会社の方針等により自由が利かなかったり、やむを得ず退職や休業を選んでしまったりすることもあるだろう。だが介護者が介護に追い込まれる前に、周囲が気付き、新たな働き方を受け入れ共に考えていく体制を整えておくことが求められる。

おわりに〜私の提言〜

 介護者が今後さらに増加することが予想される日本社会において、働くことを軸として、すなわち介護離職をせずにいかに両立できるかは、早急に対策が求められる課題である。
 そこで、第一にテレワークをはじめとした新しい働き方の導入と検討を、幅広い職種で行えるようにすること、介護に関わる制度や給付金の充実を図ることが必要だ。これは社内だけでなく、労働組合等の働きかけも重要になる。そして第二に他者に自己を開示することは双方にとって前向きなものであることを踏まえ、介護者自身が同僚や上司に打ち明けることをためらわず、また役職者を筆頭に日頃からコミュニケーションが図られる職場の環境づくりをすることが必要だ。イクボスの育成やモデルとなる企業の取り組みを共有する場を設けると共に、社員一人ひとりがお互いさまの精神で協働できるよう制度や働き方について話し合い、理解を深められるよう働きかけることが必要だ。これこそが『働くことを軸とする安心社会の実現』に向けての私の提言である。


備考、参考資料、引用等一覧

[参考文献]
  1. 安藤清志(1986)『対人関係に置ける自己開示の機能』東京女子大学紀要論集 36(2), 16-199
  2. 厚生労働省(2016)『平成27年度 仕事と介護の両立支援事業 両立支援実践マニュアル
    介護離職を予防するための仕事と介護の両立支援対応モデル』
  3. 厚生労働省(2017)『仕事と介護 両立のポイント—あなたが介護離職しないために』
  4. 厚生労働省(2017)『育児・介護休業制度ガイドブック』
  5. 国土交通省 都市局 都市政策課 都市環境政策室(2017)『平成28年度 テレワーク人口実態調査—調査結果の概要—』
  6. 総務省統計局(2013)『平成24年就業構造基本調査』
  7. 平木典子(2008)『アサーション・トレーニング 自分も相手も大切にする自己表現』至文堂
[新聞報道]
  1. 『朝日新聞』2017/7/24・朝刊「本社屋なし 全員テレワーク」p. 26
[インターネット文献]
  1. NPO法人ファザーリング・ジャパン「イクボスとは」 http://fathering.jp/ikuboss/about/
    (2017年8月3日閲覧)
  2. 総務省「テレワークの意義・効果」http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/telework/18028_01.html
    (2017年7月30日閲覧)

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