『私の提言』

講評

「第13回私の提言」運営委員会
委員長 南雲 弘行

 本提言募集事業は、「山田精吾顕彰会」による論文募集事業を継承して、2004年から「私の提言・連合論文募集」として衣替えし、第8回から「私の提言・働くことを軸とする安心社会」として、連合が目指す社会像実現のための提言を組合員のみならず幅広く募集を呼び掛け、実施してまいりました。「山田精吾顕彰会」から数えて19回目、連合の事業となってからは13回目の募集となりました。

 今回は55編の応募を、連合の組合員、組合役職員、OB、専門家、大学生と幅広い各層からいただきました。「働くことを軸とする安心社会」の実現に向け、少子高齢時代における就労環境支援、格差・貧困、労働組合への参加、非正規労働、同一労働同一賃金、障がい者支援など、今の社会状況を映し出すテーマが取り上げられました。また、今回の募集にあたり学生特別賞を新設し、大学生・大学院生の若い皆様から13編のご応募をいただいたことは喜ばしい限りです。より多くの応募を得るために教育文化協会HP、連合HPはもちろんのこと、公募ガイド、Webにも掲載し、こうした広告効果から過去最多の応募となりましたが、一方、単組(企業)で働く組合員からの応募(特に30歳~40歳)が少ないことなど、次回への課題も浮き彫りとなりました。

 提言を評価する任務を与えられている運営委員会としては、連合が提唱する「働くことを軸とする安心社会」の実現に向け、(1)完成度、(2)具体性、(3)独自性、(4)社会性、(5)実現性の観点から「個々の経験を踏まえたオリジナリティある提言になっているか」などを念頭に議論し最終選考にあたりました。
 各賞に値する提言とは何か、最後まで議論は尽きませんでしたが、厳しい労働環境に置かれた自らの体験に基づく分析から、障がい者就労、労働教育、多様な人材活用、組織力の強化などに対する問題意識や着眼点、オリジナリティがあり具体的な提言となっているとの判断により、委員の総意で今回は「優秀賞」1点、「佳作賞」2点、「奨励賞」2点、「学生特別賞」1点を選出しました。

 しかし、男女、年代、職業、地域に関わらず、厳しい労働環境に対して何とかしなくてはならないとの強い思いをそれぞれに感じることは出来ました。
 運営委員の橋元秀一さん、大谷由里子さん、菅家功さんに寸評をいただいておりますが、最終選考にあたっての議論経過を紹介させていただきました。

 最後に、今回の55編の提言に託した応募者それぞれの思いを受け止め、いかにして連合運動に生かしていくかが、われわれの使命であり、応募いただいた皆様に対する感謝のあり方であろうと思います。「全ての働くもの」が安心して働き続けられる政策実現のため、より多くの皆様からの提言をお待ちいたしております。関係者の皆様に改めて御礼申し上げます。


寸評

國學院大學 橋元 秀一

 応募作品は過去最多の55編にのぼった。多彩な論点に渡ったが、障がい者雇用、高齢者雇用、非正規労働者問題、キャリア教育を含む若者の就職問題に関するテーマが多く寄せられた。自らの体験や思索の中から、印象深い事象について論じる作品も少なくなかった。これらの場合はエッセー風の記述が多く、中には貴重で鋭い指摘や問題提起が見られ、提言としてまとめていればと惜しまれるものもあった。また、学生の応募作品が13編を占め、これまでにない数であった。博士号取得者の就職問題への対策を提言するものもあったが、文献から真面目に学び執筆していたものの自説を積極的に提起する面での弱さが目立った。

 優秀賞に選ばれたのは、山口隆寿氏の「精神・発達障がい者の就労を通じて、働くことを軸とする安心社会の考察」であった。この作品は、自らの「経験を振り返りながら、精神障がい者の就労環境や安心して自立できる社会について当時者・企業側・支援者(就労支援)・行政の分野で必要であろう点を考察・提言」したもので、それぞれの主体に求められる課題や対応策を具体的に分析している。本年4月より障害者差別解消法が施行され、平成30年度より法定雇用率の算定対象に精神障がい者も加えられる。社会的重要施策となっており、時機を得た提言であった。ただ、労働組合への提言としての記述が不十分である点は否めない。こうした問題にも労働組合が期待されるようにならなければならないという問題提起であろう。当事者を含む問題状況が抱える課題を丁寧にふまえつつ、大切な論点をおさえた具体性のある提言として高い評価を得た。

 佳作賞は、2作品である。木本昌士氏「非正規雇用労働を巡る諸課題に関する一考察―均等・均衡処遇の実現を目指して―」は、均等・均衡処遇をめぐる今日の重要問題を論じ、3つのキーワードを提示している。自組合での取り組み事例を主要分析に据えた考察としていれば、取り組みを前に進める上でより具体的で実践に有用な提言となったのではないかと惜しまれる。田村美都子氏「連合は最低賃金の引き上げを通じて存在感を高めよ」は、連合の社会的存在感を示す効果的取り組みとして最低賃金引き上げを取り上げ、社会運動につなげるための具体的な方策を提言している。これまでできなかった要因分析に踏み込んでいれば、さらに有用で効果的な提言となりえたのではなかろうか。学生特別賞として、中島寛享氏「就職ミスマッチ改善に向けた周職制度導入と集職プラットフォーム形成の提案」が選ばれた。具体性や実現可能性に甘さがあるもの、学生らしい大胆な提案であろう。

 奨励賞となった横田渉氏は、学生のキャリア教育の第三者主体による新たな方法の構想を提示し、「連合労働塾」といった中高大学生に親しみやすい情報発信を期待している。杉浦詔子氏は、「働く人の夢をかなえるファイナシャルプランナー」と呼び、自分にできる組合活動を創造してきた。金融知識を広める活動を「私のライフワーク」として、その大切さを提言している。

 次回、さらに多彩な提言が寄せられることを期待したい。その際、提言として論点や主張を明確にすること、既存の労働組合運動の枠にとらわれず、求められる課題に率直にあるいは斬新な発想で切り込むことに留意していただければ幸いである。


寸評

志縁塾 代表  大谷 由里子

 今回は、応募者も55人と過去最高でした。嬉しい悲鳴と同時にやはり運営委員の意見も割れて審査にも時間がかかりました。どの提言からも熱い思いが伝わりました。そんな中で、優秀賞には、NTTクラルティ部会の山口隆寿さんの「精神・発達障がい者の就労を通じて、働くことを軸とする安心社会の考察」が選ばれました。

 山口さんの提言は、タイトルの通り、障がい者雇用に対する考察で、非常にまとまっていて、社会性のあるものです。ただし、委員の中では、「実現性はあるか」という意見と、「実現性があるかないかではなく、実現するかしないかが大切じゃないか」という意見に分かれたのも事実です。もちろん、わたしは、連合は、「やれることを大切にするのではなく、やらなければならないことを大切にするべき」だと感じているので山口さんを推しました。結果、自治労の田村美都子さん、ダスキン労組の木本昌士さんの提言が佳作賞となりました。田村さん、木本さん共に労働組合のことはよく理解されていて、田村さんの提言は賃金、木本さんの提言は非正規雇用に関する内容で、提言としては完成度の高いものでした。独自性という点で、山口さんが優秀賞になりましたが、3名とも甲乙つけがたい提言でした。

 今回から、学生特別賞が設けられたこともあって、学生からの応募も13編ありました。どれも20代とは思えないくらいレベルが高く、こちらも選考に悩みました。その中で学生特別賞に選ばれたのは、中島寛享さんでした。中島さんは、就職ミスマッチの改善を提言されています。学生ですが、キャリア教育を述べた横田渉さんの提言も奨励賞に選ばれました。また、提言としての、完成度は改良の余地があるけれど、お金の教育は必要ということで、NTT労組の杉浦詔子さんの提言も奨励賞になりました。

 選考からはずれたけれど、注目されたものに東京大学の学生、下山明彦さんの「ポスドクからの卒業~安心して研究の出来る社会へ」という提言がありました。平成28年度大学院修了者6,998人のうち、進学準備中でも就職準備中でもない人たちが3,592人いる。うち、1,441人がポストドクターといって、大学教員になることなく任期制の研究者の職に就いている実態を扱った提言でした。運営委員の中でも大学の先生メンバーは、そのことをよく御存知で、「こういうことも理解して欲しい」と、かなり推されました。が、今回、賞から漏れました。こうして、賞に入らなかった提言にも斬新なもの、切実なものも多数あって、たくさんの人の目に触れないことはとても残念で、今後の課題だと感じています。

 残念だったのは、いちばん現場を知っているはずの30代、40代の応募が少なかったことで、次回は、30代、40代のメンバーからの応募も期待したいと思っています。


寸評

連合総研 専務理事  菅家 功

 「私の提言」運営委員会への参画は今回で3回目となりますが、毎回、応募数が増しており昨年はこれまで最多の31編の応募がありました。しかし、今回はこれをはるかに凌ぐ55本の提言の応募があり、これまでのペースで増えれば良いとの感覚で選考にあたっただけにうれしいと同時に、正直言って、大変な思いをしながらの作業でした。

 全体を見ての特徴ですが、本数の多さもさることながら大学生、企業・公法人に所属する社会人、現役組合員と役員そしてそのOB・OGと年代も含めて、各界・各層からの本当に多様な提言が寄せられました。また、今回から新たに「学生特別賞」が設けられましたが、この賞の趣旨は社会人経験のない学生の皆さんに多く応募していただき、顕彰の機会を新たに設けるというものです。しかし、今回多数寄せられた大学生からの提言はそうした「特別」扱いが必要のない、レベルの高いものであったことも特徴の一つと言えます。実際、「学生特別賞」1編に加えてもう1編が「奨励賞」を受賞したことはその証左です。

 優秀賞に選ばれた山口隆寿さんの提言は、自らの経験を通して精神障がい者の就労環境の改善について、当事者、雇用者、支援者そして行政のそれぞれに求められる課題を具体的に整理し、解決に向けた道筋を論理だって提言しています。

 佳作賞には、田村美都子さんと木本昌士さんの提言が選ばれました。お二人は現役の組合役職員ですが、それぞれ最低賃金の引き上げと非正規労働者の均等・均衡処遇の実現という、いま最もホットな課題について真正面から向き合うものとして評価できます。

 奨励賞に選ばれた杉浦詔子さんの提言は、分会役員としての日常活動と自身がライフワークとして掲げている金融教育とが見事にマッチングした活き活きとした提言です。もう一つの奨励賞は大学生の横田 渉さんの提言です。連合でも重視されている労働教育と労働者教育活動ですが、学生としての経験も踏まえて中学・高校の労働教育のプログラムを講座の中身も含めて具体的にしっかりとした文章で提言しています。

 最後に、学生特別賞は中島寛享さんの提言が受賞しました。学卒者の就職活動のさまざまな弊害(早期の離職も含め)が指摘されているなか、企業と個人が相対する現状を改め、業界単位で企業と新卒者が集団で向き合うユニークな「周職・集職」制度を提案しています。

 選考に当たって評者は、連合運動に対する「提言」となっているかどうかを重視するようにしています。今回受賞された提言はいずれも、自らの経験や普段感じている問題意識を基礎に、連合運動に対する期待を強く感じさせるものです。


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