私の提言

奨励賞

就職ミスマッチ改善に向けた周職制度導入と集職プラットフォーム形成の提案

中島 寛享

はじめに

 就職は一つの大きな節目だ。その選択によって人生は、決定的にはならないとしても大きく変化するのは事実だと思う。日本では新卒採用という採用の仕方をする。世界的に見てこれは特殊である。欧米では即戦力となることを前提に人材採用を行う。こうした背景から、学生は在学中に何とかめぼしい企業でのインターンに潜り込み、経験と実績を積んでおくことが必要とされる。あるいは卒業後に何年間か低賃金でインターンの経験をして実務経験とスキルの習得をしなければなかなか就職できないそうだ。こうした制度下ではコネがものをいうことも多いらしく、人脈のある富裕層の方が容易に企業とのコネクションを持ちやすく、良い企業に就職することができる。こうして格差の拡大につながっていくと言える。一方で、日本の就職制度は大学などで公的に企業説明会が行われたり採用情報が欧米よりもオープンに公開されたりしており公平性は高いと考えられる。本来、学生にとっては公平性の高い状況で自分に合った職を見つけることができるチャンスであるはずだ。
 しかし、こうしたチャンスを十分に生かせていないのが現状だと思う。相次ぐ就職活動解禁時期の変更やその解禁時期を守る企業が一部しかいないというルールの形骸化が指摘される中で学生の不安は助長される。また、企業は卒業年度ごとに採用活動をすることが多く、その年度の採用活動期間はまちまちではあるものの半年程度と随時必要に応じて採用を行う諸外国と比べて限定的である。よって、就職活動に励む就活生は決められた期間の中で内定先を得ようと焦りを強く感じる状況にある。こうした背景から就職活動はチャンスというよりもレースという状況になってしまっている。時間的切迫や精神的焦りの中で意思決定を行うため結果としてミスマッチも多い。本稿では就職活動を経験し、これから働き始める者として新卒採用の問題点を学生と企業の両側の視座から指摘した上でその改善のための提言を試みる。

新卒就職のミスマッチと企業の新人教育における負担の大きさ

 マイナビの2017年卒学生を対象に行った調査[1]では「なにがなんでも就職したい」と87.6%が回答した。2001年卒は74.4%であったのが徐々に増加していき90%「程度で安定している(図1)。図1からは就職に対する焦りと執着を感じる大学生の姿が想像される。その結果、時間に追われる形で強引に決めた就職先とのミスマッチに悩むことも多く、厚生労働省の調査[2]は平成24年3月新規大学卒業者が3年以内に離職した比率は32.3%に達すると報告している(図2)。また、離職する人の理由としては体力的限界などのやむを得ない理由がある一方で「思い描いた仕事と違う」や「社風が合わない」といったミスマッチによるものも挙げられる。これらは就職までに時間をかけて企業分析やOB訪問を行えばある程度は解決できるものでもあるが現状の制度では時間的にも難しいところがあり、やはり働いて現場に行ってみないとわからないこともあるのが実情だ。
 近年、就職前の企業理解を目的としたインターンを実施する企業は増加傾向にある。2016年卒学生を対象に実施されたマイナビのライフスタイル調査[3]では全体の55.8%の学生がインターンシップに「参加した」と回答した。参加した社数は1社が47.5%、2社が24.6%、3社が13.2%という結果だった。また、参加時期は2014年8月が51.0%、同年9月が37.8%であり、ほとんどが卒業前年度の夏季休暇中に参加したことが分かる。期間は58.0%が1日であった。3か月以上は2.4%に留まる結果だった(図3)。期間としては1週間未満がほとんどであり社風と自分の合致を測るには短期間すぎるために不十分であると考えられる。インターンの形式に注目すると学生だけで行うグループワークや座学で終わってしまうケースも多く、現場を知る機会としては不十分と言える。現在のインターンは企業の広報活動の一環として行われており、多くの学生に参加を認めているために負担も大きいし、インターン参加者全員を現場に派遣するのは現場の負担も大きくなるため実現が難しい。
 日本の新卒採用は即戦力というよりも長期的な育成を前提として行われている。新卒入社する社員にとっては丁寧に基礎から訓練してもらえるためにありがたい仕組みとも言える。しかし、育成する企業としてはそのコストは大きなものになるし、せっかく研修を提供してもあっさり転職されてしまうというリスクもある。新人教育以外の研修も含む場合であるが、産労総合研究所の調査[4]では1社あたりの教育研修費用総額は、2014年度は予算額5,458万円、同実績額4,533万円であった。2015年度は、予算額5,651万円であった。また、業種別にみると2014年度実績額は、製造業5,403万円、非製造業3,984万円であり、製造業が1,400万円以上も上回った。また、その研修のための講師を組織内部で確保することが難しかったり育成に時間がかかったりするという問題もある。企業の研修の内容をみると新人研修の実施率は88.9%に達していた(図4)。また、研修の目的としてはメンタルヘルス・ハラスメント教育やスキル習得のための技術的な教育、グローバル人材教育と多岐にわたった(図5)。新卒研修のプログラムの中には、ビジネスマナーやWordやExcel、PowerPointなどのソフトを用いた資料作成など基本的で共通したものがある。また、同業界であれば初歩的な習得すべき知識はどこも共通なケースも多いはずだ。金融であれば株式指標の読み取り方や法規制、簿記についてはどこの企業で働くにしても必要となり、しかも同じ内容を習得することとなる。
 以上のように企業の業務や社風を十分に知る機会がないこと、企業側もそうした機会を提供するには負担は大きく、さらに入社後の研修は転職されるリスクを抱えながら大きな投資が必要とされるという現状がある。本稿では、こうした背景からこれから就職する学生のミスマッチの不安や企業側の採用活動に対する負担やリスクの低減に対してアプローチしたい。

図1 就職希望度
出所 2017年卒マイナビ大学生就職意識調査より筆者作成
図2 内定率と離職率
厚生労働省「新規学卒者の離職状況(平成24年3月卒業者の状況)」より筆者作成
図3 インターンシップ実施期間
出所 マイナビ大学生のライフスタイル調査より筆者作成
図4 新入社員教育実施率
出所 産労総合研究所「2015年度教育研修費用の実態調査」より筆者作成
図5 教育研修の内容
出所 産労総合研究所「2015年度教育研修費用の実態調査」より筆者作成

周職制度の導入と集職プラットフォームの形成

 本稿では前述の問題意識に対して「周職」制度の導入を提案する(図6)。大学卒業後にいくつかの職務や職場環境を体験した上で正式に自分が就く仕事を決定して正式に就職する制度である。
 同じ業界に属する複数社が集まってコンソーシアムを形成する。例えば消費財メーカーであれば消費財を製造販売する企業が集まって消費財コンソーシアムをつくる。新卒採用はこのコンソーシアムを単位にして行う。例えば消費財コンソーシアムで1000名採用、自動車コンソーシアムで2000名採用という形で採用するということである。大学卒業後にはこのコンソーシアムが提供する「集職プラットフォーム」で「プレ社員」として研修を積む。コンソーシアム参画企業が共同で研修のための場所などを準備して集職プラットフォームの拠点を準備する。そこで名刺の渡し方やメールの仕方、営業時のマナーやシミュレーションなどの初歩的なところはどの企業も関係なく習得する必要があり、合同で行うことで研修の効率化とそれに伴うコストカットも可能になると考えられる。また、同業界でコンソーシアムを組んでいる場合、その業界特有の法的な規制や現在のトレンド、これまでの業界の動向も共通して教育することが可能であり業界人の仲間入りをする基礎固めをすることができる。技術職や研究職であれば企業での研究の意義や基本的な取り組み方、プロジェクトの進め方などを合同で行うことができ、標準化したルールや方針をこの段階で共通して教えておくことができるので共同研究を行うことになった際にはスムーズに進めることが可能になると推測される。
 基本的な研修を終えたプレ社員はコンソーシアムに属する企業に数か月単位で仮配属されて実務の現場で働く。これを複数の企業、職場を周った上で最終的に就職する企業を決めてその企業の「社員」となるのだ。この職場や職務を周ることを「周職」と呼ぶことにする。具体的にその流れを説明すると、プレ社員が研修を終えるとその終了をコンソーシアム全体として認証する。すると企業への周職が可能な状態になる。そして職場を周る「周職者」の受け入れが可能な企業の部署に応募して面接などで選考した上で部署に配属される。数か月間、その部署で働いた上で上司やメンターから評価を受ける。ここでの評価は周職者にもフィードバックする。評価者から見てどんな適性がありそうなのか、どんな強みがあるのか、チームの中で貢献などを具体的に周職者本人にフィードバックすることで次に行く職場決めの参考にしたり自分の働き方を反省したり、あるいは自分のスキルアップに活かしたりすることができる。
 仮配属が終わると再び集職プラットフォームに戻る。そこで、前回の仮配属での反省をしながら自分なりの仕事の仕方や働き方について考える。フィードバックを通じて自分の強みもわかるのでそれらを基に次に行く職場を探して、募集があれば応募して同様に周職を継続していく。このプラットフォームにいることで企業からの応募情報を得ることができ次の実務経験をできる職務や職場を知ることができる。こうした職に関する情報が集まってくる場所という意味でプラットフォームと捉えることができる。こうして一定期間の周職が終わった段階で基礎的な業界知識や技能、社会人としてのマインドセットを評価してプレ社員修了の認定を行う。そして正式に、志望企業に応募して就職することで社員になる。

図6 周職制度と集職プラットフォームの構想

期待される効果と従来制度との比較

 周職によってプレ社員は企業ごとの社風や業務内容を肌で感じることができる。こうした経緯を経ることで明らかなミスマッチを是正できるようになると期待できる。また、周職での受け入れ先のメンバーからのフィードバックを活用することで自分自身のキャリアを見つめ直すことができる。自分のできている点、不足している点についての他者からの客観的な評価と自己認識を比較することで自己理解を深めることができると考えられる。
 また、一般的なジョブローテーション制度にも指摘できる問題であるが、受入先が繁忙期であったり人員が足りなかったりする場合、周職に来るプレ社員を受け入れることが難しいことがある。そしてプレ社員は希望する部署の募集枠が少なくなったり受入を無理やり行ってもあまり有意義な経験ができずに終わったりする恐れがある。しかし、複数社のコンソーシアムで協働して行うことである会社の部署は受け入れができなくとも他の会社の同じ業務内容の部署であれば受け入れが可能な場合もあり得る。そうすれば、希望した部署へ周職に行く確率は高まるため、自分のキャリアデザインに合った経験を従来のジョブローテーションより積みやすくなることが期待できる。

周職制度と集職プラットフォームの課題

 集職プラットフォームを立ち上げるにあたって競合他社と協力する必要があるため、内部情報の漏えいなどのリスクが生じる。そのため、プレ社員にどの程度踏み込んだ仕事まで任せるかといった仕事の割り振りや周職中に勤務した企業と別の競合他社に就職した場合の守秘義務などの問題が課題となる。逆に、これまで一定の距離感を取ってきた競合他社と親密なコミュニケーションを行うようになり、同業界で秘密裏に価格操作を行うなどの顧客が損失を被るような事態には注意が必要となる。
 コンソーシアムを形成するにあたってある程度多数の企業を巻き込む必要もある。多くのプレ社員に現場経験を積ませるためには多くの企業側の受入可能枠が必要となるからである。コンソーシアムを同業界で組むことが難しい場合には、取引関係のある会社同士で組む垂直統合型の集職プラットフォームや競合関係の比較的弱い外国市場で展開する同業他社と組む多国籍型の集職プラットフォームを立ち上げるのもオプションとして挙げることができる。
 また、同業界で数社が集まった際にはプレ社員の最終的な希望就職先にも偏りが生じる問題は十分に有り得る。その際には、周職中の実務経験と受入先のフィードバックを基に合否の判定ができるために従来の面接を中心とした新卒採用を行う場合よりもミスマッチは生じにくいし納得感のある根拠を希望者に対して示すことができると考えられる。

労働組合に期待される役割と変化

 労働組合は企業ごとに立ち上げられる。企業別組合が集まって産業別労働組合、そして連合という全国的中央組織へと大きな組織になっていく。しかし、同じ業務を行い連絡もとりやすく集まるのも容易な企業別労働組合が活動の中心になりやすい傾向にあると考えられる。集職プラットフォームが形成されることで個別の企業内だけでなく産業内でのコミュニケーションは従来よりも活発に行われるようになると考えられる。そうなれば労働組合での議論もより視野が広がり活発なものになっていくことが期待できる。労働組合は個別の企業での労働環境の維持や改善にとどまらず、業界としてのあるべき働き方の模索や産業全体として国や行政への改善要求を行いやすくなると予想される。このようにより大きく広範囲な意味で働き方やそのあるべき姿を模索する役割を労働組合が担うことを期待されるであろう。
 連合[5]は、「連合はすべての働くものの拠りどころとして、その力を結集し、働くことを軸とする安心社会を築くために全力をあげる」と宣言している。また、「すべての労働者とは、正規、非正規、あるいは組合員、非組合員を問わないすべての現役の労働者であるが、労働の第一線から退いた退職者、これから労働の世界に入ろうとする子どもたち、そして労働者の家族も含めば、日本の国民のなかの圧倒的多数派である」としており、働きはじめる第一歩、あるいはその準備である入社初期や就職活動は重要な位置づけにあると言える。また、本稿で提案した周職制度の導入は連合が目標としている「安心の橋」を架けることに相当する。教育と働くことをつなぐ橋Ⅰの役割をより強く果たすことが可能になると思われる。また、ミスマッチによる失業を防ぐことにつながり橋Ⅳの役割も果たすことが期待される。

図7 安心の橋
出所 日本労働組合総連合会

おわりに

 就職は社会人としてのキャリアを始めるスタートラインである。その一歩目でつまずくのは大きなハンデとなると同時に精神的にも大きな負担となる。そしてこうした就職のミスマッチは現実に生じてしまっていることを確認した。この現状に対して就職活動中の学生や無事内定を得て卒業間近の学生は、働き始めることに不安を感じているに違いない。大学卒業後の人生で大きなウエイトを占める「働くこと」に対して大きな障害があるのが現状だと思う。こうした問題に対して周職制度を導入することでミスマッチを是正してキャリアのスタートをスムーズに、自信をもって行うことが可能になるはずだ。こうして安心して働きはじめることが可能になり、働くことを通じて自己実現をしていくことがこれまで以上に可能になっていくと考えられる。


参考文献
[1]2017年卒マイナビ大学生就職意識調査、マイナビ
[2]新規学卒者の離職状況(平成24年3月卒業者の状況)、厚生労働省
[3]2016年卒マイナビ大学生のライフスタイル調査、マイナビ
[4]2015年度教育研修費用の実態調査、産労総合研究所
[5]日本労働組合総連合会 http://www.jtuc-rengo.or.jp/kurashi/anshin_shakai/

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