現代生活で避けられない『お金』とのかかわりと、身に付けておきたい金融知識
~金融知識を広める活動が私のライフワーク~
杉浦 詔子
1.安心社会に必要なものとは
私たちは、一生涯安心して暮らして行くために、何を必要としているのでしょうか。働くことを軸として、安心して暮らせるとはどんなことなのでしょうか。私は、働く人の暮らしを支えているものが何であるかを考えてみました。
私たちが毎日安心して働くための基礎となるものは、衣食住です。働きに行くために着る服があり、働く力がでるように食べることができ、そして働いたあとにゆっくりとその疲れをいやして明日への活力を生み出すことができる住まいがあること、これは最初に私の頭に浮かんだことでした。
そして次に頭に浮かんだことは、仕事があり、家族や仲間がいることが安心して働けることだと思いました。働きたいと考える誰もが働くことができる雇用があり、職場でともに働く仲間がいて、そして、家族や友人など自分を理解してくれる仲間がいること、これも安心して暮らせることにつながっています。
アブラハム・マズロー(1908-1970)は「欲求の五段階」にて、1段階目~2段階目では自分の命を守り、安全に暮らすことを求め、3段階目~4段階目では集団に帰属したい、愛されたい、認められたいということを求めるものだと唱えました。私が想像する「働くことを軸とする安心社会の実現」とは、私たちが古くから社会に対して求め続けていることを、目まぐるしく変化する現代の社会、今後さらに変化を続けてゆく未来に向かっても、実現し続けることなのだろう。
現在、仕事内容や雇用形態、家族のあり方は目まぐるしく加速度的に変化しているように私には映ります。戦後の日本の働き方は一家の主となる男性が会社で働き、妻である女性は専業主婦として子どもを産み育て、地域で活動していました。それが現在では、共働き世帯が専業主婦世帯の倍近くになるまで増えてきています。
(図1)のように、増加の一途をたどる共働き世帯の推移に鑑みると、男性や女性という性別に限らず現在仕事をしていない方でも、今後仕事に就いていこうと考えている方は多いのではないかと思うのです。
働く形態は異なったとしても、働く仲間は今後も増えていくことが予測されるので、仲間同士で力をあわせて、雇用を守り、労働条件を改善し、賃金を増やすための活動、つまり労働組合活動は大切な活動であると改めて認識ができます。
労働組合は闘うことによって少しずつ勝ち取ってきたものは多数ありますが、やはり生活に直結するものが「賃金」だと思うのです。
もし今、急に働けなくなって、賃金を得ることができなくなったと仮定したら、私たちの生活はどうなってしまうのでしょうか。例えば、事故や病気などで入院して治療せざるを得なくなった場合、または育児や介護などで、働きたくても働けない場合なども想定されます。このような、万一の事故や病気のときでも、しっかりと保障され、必要に応じて仕事を休業し、治療に専念することができる。そして、治療後は職場に復帰し、再びみんなと一緒に働くことができるなら、本当に安心して働くことができますね。
国民皆保険である日本では、病気やケガという予測できない状況になったとき、誰もが治療することができるように、治療費の一部を負担してくれる社会保障制度や労働保険などがあり、広く一般的に活用されています。これらの社会保障制度に加え、労働者が治療に専念することができるように、生活に最低限必要な収入が保障される制度があると、より望ましいと考えます。収入保障の制度については、国の制度を改善すべく、あれこれと政治に対して求めることもひとつの手段として間違いではないと思いますが、国や地方公共団体の支援を求めること以外に、まず、今の私たちが仲間同士で、お金のことについてもっともっと真剣に考えていくこと、それが私たちにできることであり、必要とされていることだと思います。それを実現するには、まず私自身がお金のことをしっかり学んで、働く人に啓蒙できるようにならねばならないと考え始めていたのです。
2.働く人の金融リテラシーの向上
私は、お金のことを学ぶため、まずはファイナンシャルプランナーの資格を取ることにしました。大学を卒業してから、10数年経過してからの勉強であり、戸惑いもありつつも何とか合格することができました。しかし資格を取得した後に、いったいどのように資格を活かせばいいのか、働く人への啓蒙はどうやって行ったらいいのか、その方向性が見つからず、悩むばかりでした。ちょうどその頃、労働組合の先輩が私に声をかけてきたのです。
それは、「組合の執行委員をやってみないか?」というものでした。声をかけて頂いた2010年、私は正社員として会社で働きながら、3人の息子の子育てもしていたため、その上に組合活動など私にできるのだろうかという大きな不安がありました。組合の先輩からは、「労働組合は、会社と闘っている古いイメージがあるかもしれないが、共済活動やろうきんなど、組合員の生活に密着した取り組みも行っているので、きっといい経験になるよ。」という話を伺い、1~2年だったらできるかもしれないと、思い切って役員を引き受けることにしました。
これをきっかけとして、私は労働組合の執行委員となり、共済推進を活動の中心としながら、組合員に金融知識を広めていくという、自分の活動の方向性がうっすらと見え始めました。そのスタートは、多くの組合員とお金に関する話をすることでした。しかし、組合員の中には、学生時代から今まで金融教育を受けたことがないという方がいたり、お金の話を他人にするのはタブーであると言われているという方などもいました。その中には、「私はお金がないから、そういう話はもっとお金のある人にしてくれないか。」という批判的な意見もありました。
このように多くの方の意見を聞くことで、金融教育は資産を持つ富裕層だけに必要なものではなく、働く人とその家族も含めて誰にでも必要な知識なのだと、感じるようになりました。
3.私が取り組んできたこと
私は自分自身を「働く人の夢をかなえるファイナンシャルプランナー」と呼ぶことに決めました。働く人がお金とどう向き合い、どう付き合えばいいかを理解し、適切に判断して実践ができる、すなわち働く人の金融リテラシー(金融や経済に関する知識や判断力)の向上をめざして、執行委員として以下のような取り組みを行ってきました。
- 各種制度をより知ってもらうため「ちょっと得するマネー講座の連載」
- 新入社員に、労働組合加入と共済加入を考えてもらう取り組み
- キャリアとマネーの考えを若年層に広める「キャリア&マネーセミナー」の開講
- 結婚や出生時には保障を考えてもらうパンフレットの作成と配布
- 退職後のお金の受け取り方や使い方を考えるための、年金セミナーの実施
- その他個別相談
取り組みのいくつかについて具体的にお伝えします。
(1)ちょっと得するマネー講座の連載
連載の始まりは、労働組合のホームページに「ろうきんコラム」を載せたことでした。コラム連載は2011年1月から2012年6月までで、可処分所得や生涯賃金の考え方や、ちょっと得する税金や保険の話を掲載しました。(図2)は年末調整の簡単な仕組みとちょっと得する申請方法を掲載したコラムからの抜粋です。いつもは辛口である組合員からの評判が良かったためお示ししました。
このコラム連載がきっかけで、「新しい取り組みで、生活に直結するマメ知識が得られるコラムなので、労働組合新聞に寄稿してみないか。」とお声かけを頂き、「ちょっと得するマネー講座」という小さな記事を書くことになりました。
労働組合新聞は組合員の自宅に届くため、組合員の家族にも読んでもらうことができるようになり、組合員の家族にもお金のことを知ってもらう素晴らしい機会になったと思います。現在では、不定期の掲載となりましたが、年末調整時期など、組合員がお金のことを考えるような時期になるとお声をかけて頂いています。
(2)新入社員向けの取り組み
新入社員は、入社したときに労働組合の説明を聞いて、組合に加入します。これが労働組合との最初のかかわりです。これにより、労働組合は毎年新たな仲間を増やし、組合活動を活性化させていきます。
私は仲間づくり活動を、金融知識を知っていただくための最初のコンタクトの機会と捉え、会社員として必要な保障を自分でしっかり確保しておくことが会社員としてのスタートであると伝えてきました。具体的には、生命共済や火災共済、傷害保険などの共済制度について制度の解説を行い、万一に備えることの必要性を新入社員に伝えました。
新卒で入社する新入社員には、これまで保険や共済をふくめた金融のことを学んだことがない方もいますので、知識が全くない方でも、すぐに保障の必要性を理解できるようにと、パンフレットやチラシ、共済への加入様式まで独自に作成していただきました。NTT労働組合の共済事業を行っていた電通共済生協様には、当時はかなり無理を言い、お手数もおかけしましたが、この取り組みが毎年継続されているので、保障の大事さを伝える最初の機会として重要視されているのだと解釈しています。
(3)キャリア&マネー講座の実施
NTT労働組合では、組合加入の翌年度に、ユースコースという組合員教育の機会が設けられています。この教育の機会にキャリアとマネーについて若年層の組合員に考えてもらうことを提案しました。「キャリア&マネーセミナー」は自らが企画したもので、毎年ユースコースを実施する分会組織のいくつかに提案をして、依頼を頂けたら、講義に伺うという仕組みで運営しています。
セミナーの具体的な内容は、[1]子どもの頃の夢と今までの教育費について振り返り、[2]現在の自分が求めるキャリアについて考え、[3]将来に向けたマネープランニングを行う、という構成になっています。子どもの頃の夢を仲間同士で話し合う若年層組合員の楽しそうな姿と、真剣に将来のマネープランニングに向き合う姿を見ると、今年もセミナーが実施できて良かったなあと感じます。
(図3)はキャリア&マネーセミナーのレジュメから抜粋した1ページです。セミナーでは、年代別の金融資産の保有額を説明しますが、平均の貯蓄額と自分の貯蓄額を比較して、驚く組合員がいらっしゃいます。また、支給される賃金のうち、1割から2割は税金や社会保険料などとして、賃金から天引きされていることなどを説明すると、金融知識として関心を持つだけにとどまらず、社会や政治へも関心が広がっていくことを実感することもあります。
その他にも多数の取り組みを行ってきましたが、いずれも働く人がお金との付き合い方を考えるためのきっかけ作りとなる活動と言えます。
4.働きがい、そして自己実現に向けて
私が金融リテラシー向上のための活動を継続してきたのは、働くことを軸とする安心社会の実現が、企業や社会に対して欲しいもの要求することだけでは難しく、私たち働く人やその家族の誰もが金融リテラシーを身に付け、それを有効活用できるようになることで実現するから、活動を継続してきたのです。働く人は働くだけでなく、日々の生活の中での暮らしの豊かさや、働きがいなども感じて欲しいと願う気持ちが、私の根底にあるのです。
しかしながら、働く人やその家族のひとりひとりの金融リテラシーを向上させることは決して簡単なことではありません。
まずは、ひとりひとりが金融知識を持つことが大前提となります。私たち大人は、子どもに向かって、「お金は大事にしようね。」「使うときは良く考えて。」などのアドバイスをすることが時にあります。しかしながら、大人の方々に「お金は大事なので、金融知識を学びましょう。」と私が言うと、学ぶことは大変そうだと思う気持ちや、少し恥ずかしいという気持ちがあるのか、「賃金が低いからいいわ。」とか、「貯蓄額が少ないからいいわ。」と言って学ぶことを避ける方もいらっしゃいます。よくよく考えると人間の赤ちゃんは生まれると恥ずかしがったりはせず、泣いてミルクやおむつを要求し、しばらくすると立ち上がろうという行動をします。赤ちゃんは転んでも転んでも何度も立ち上がり、ひとりで歩けることを目指してチャレンジをくり返します。私たち大人が金融知識を得ることは、これと同じで、最初は難しいものだからと尻込みするかもしれませんが、金融知識に触れる機会があれば、一歩ずつでも理解を進めることができます。いずれは実践してみようかなぁという気持ちにもなるかもしれません。
私たちは自ら行動して、いろいろな金融知識に触れながら、自分が興味を持てる分野を見つけることも必要なのだと思います。
例えば、金融商品とひとくくりに言ってもその中身は、預貯金や財形貯蓄、株や投資信託、生命保険や損害保険など多岐にわたっています。これらの金融商品そのものに興味を持ったことをきっかけとして学びを深めることもそのひとつだと思います。また、金融商品そのものではありませんが、節約や断捨離などを行い、家計を健全化してスマートに生活することや、将来に向けて生活設計をすることも、金融リテラシーを向上させます。
目まぐるしく変化する現代社会において、お金との関わりを避けることは難しくなっているばかりか、そのお金の形態の変化も見逃すことはできません。例えば、従来からある現金での支払い以外に、クレジットカードや仮想通貨などで、スマートフォン1台あれば支払いが完了できるような仕組みも生まれ、お金は形を変化していきます。私たちは、その流れについていくために金融教育を受ける機会も必要だと感じることでしょう。
このような金融教育を積極的に取り入れることも、今後の労働組合に求められる活動だと考えています。1回の研修で組合員全員が十分な金融知識を持てるとは限らないので、新入社員時代、入社2~3年目の若年層時代、生活が安定してくる中堅層時代、そして定年退職前になど、いくつかの節目節目で金融リテラシー向上施策を盛り込んでみてはどうでしょうか。もう既に取り組みが開始されている労働組合があるならば、そこをお手本として学んでみるのもいいでしょう。
金融リテラシーが高く、お金に対してひとりひとりが真剣に向き合うことのできる社会は、自立している豊かな社会であるともいえます。少し堅苦しくはなりますが、この提言の最初の方で書いたマズローの「欲求の五段階」の5段階目である自己実現ができる社会、つまり「働く人の夢が叶う未来」はその先にあると思うのです。
労働組合の執行委員が、組合員への金融教育を行うのはとても難しいと感じる場合には、ファイナンシャルプランナーに相談するなど、外部の力も借りることが可能です。労働組合は、内外の多くの知識を集約し、組合員への金融教育について真剣に取り組んで欲しいと思います。
そして、この提言には、さらに付け加えることがあるのです。それは昨今、日本の労働者の家族の形態が大きく変化しているということです。日本の高度成長期には「夫が会社員で妻が専業主婦、子供は2人」という家族形態が標準であり、現在の社会保障制度も、これを標準的な世帯として計算されています。ところが現在は「独身で一生涯過ごす。」「結婚しても子どもは求めない。」、離婚や再婚などにより「ステップファミリーで暮らす。」「両親が男女の性ではなく同性である。」など多様化しているのです。このような多様性も受け入れて、どのような支援制度が今後必要とされるのか、どのような保障制度や金融商品が必要なのか、ライフプランはどのように考えていけばいいかなども、労働組合に求められる活動の一つとなっていくと私は考えます。
ますます、多様化する家族形態と、加速度的に変化する社会情勢のなかで、私たちが安心して働くことができる社会を目指すには、私たちひとりひとりが多様性を受け入れることと、金融に関する正しい判断能力をつけていくことだと私は考えます。これらについて真剣に考え、私はライフワークとして金融知識を広めるための取組みを継続していくこととします。そして、労働組合へも働きかけ続けます。それが、私の提言です。