私の提言

佳作賞


非正規雇用労働を巡る諸課題に関する一考察
-均等・均衡処遇の実現を目指して-

木本 昌士

第1章 はじめに

 近年、各方面において議論が進みつつある「同一(価値)労働同一賃金」の概念であるが、その歴史は古く、第二次世界大戦後(1946年)にはILO憲章1で最も重要な原則として採択されている。我が国においては、派遣労働者やパートタイム労働者等の非正規雇用労働者(以下、非正規労働者)と正社員の所得格差が社会問題化して久しいが、有効な処方箋を見出すことが出来ず、更に拡大傾向にあって遅々として是正が進展しない。
 安倍政権が進める「ニッポン一億総活躍プラン」では、非正規労働者の待遇改善、最低賃金の引上げ等の政策方針が掲げられ、“同一労働同一賃金の実現に向けて躊躇なく法改正の準備を進める。非正規という言葉を無くす決意で臨む。”との強い意志が表明されている。これまでにも官製春闘を主導し、最低賃金の引き上げ(毎年3%程度、将来1,000円へ)、更に第3次安倍再改造内閣では目玉として「働き方改革担当大臣」が置かれる等、景気回復の起爆剤に利用したい政権の不退転決意がうかがえる。
 日本労働組合総連合会(以下=連合)は「底上げ・底支え」「格差是正」の実現と、歪んだ雇用と労働条件の回復を基軸として、「働くことを軸とする安心社会」をテーマに掲げ、雇用形態にかかわらない均等待遇原則の法制化を重点政策の1つに挙げている。その意味においては、政府に先手を打たれ、またお株を奪われた格好とも言えるが、むしろこれを好機と捉えるべきであろう。当事者にとっては待ったなしの状況にあり、政・労・使が互いに歩み寄り、早期に打開策を打ち出す必要がある。均等・均衡処遇の実現化を思慮する上で、同一労働同一賃金が適時適策なのか。どうすれば実現出来るのか。本稿においては、このような観点からのアプローチを試みたい。

第2章 処遇格差の現状

 総務省「労働力調査」によれば、1989年に19.1%であった非正規労働者は2015年には37.5%に急増している。就職氷河期に学校を卒業した者は、現在35~44歳の壮年層に達しており、いわゆる不本意非正規が多く2、男性に限定すれば4割を超える。努力しても正社員に就けない厳しい現実があり、未だに派遣労働者や契約社員として働く不安定な身分の者が多い。加えて、25~34歳(青年層)、45~54歳(リストラ層)にも広がりを見せている。
 背景には新自由主義という名の行き過ぎた構造改革があり、自己責任論に終始するのはナンセンスである。周知の通り、非正規労働者は勤続年数を重ねても職業スキル向上の機会に恵まれず、正社員のような右肩上がりの生涯賃金カーブは期待できない[図1]。終身雇用制が崩れる中、一企業が人材を育成するのではなく、“市場を通じて企業内訓練の機会を高めるという視点が重要”としてジョブ・カード制度をもっと有効に活用すべき(原20163)との指摘もある。現にキャリアコンサルタントの国家資格化等の諸策が講じられているが、企業規模間格差、男女間格差、地域間格差、更には少子高齢化、こどもの貧困問題等が絡み合った格差社会が形成されており、もはや労働者個人の努力では如何ともしがたい。

【図1】正社員と非正規労働者の賃金格差(賞与を除く)
出典:賃金構造基本統計調査(2016年2月)産業計・企業規模計・男女計より 筆者作成

第3章 同一労働同一賃金の実現に向けて

 一般に欧米諸国では職務給をベースとして働き方に応じた報酬が支払われている。殊にEUにおいては「パートタイム労働指令(1997年12月)」等により、雇用形態を理由とした賃金格差を禁止している。一方、伝統的に職能給や終身雇用制、年功序列賃金制度(日本型雇用慣行)を採用している我が国では「同一労働同一賃金」は馴染まないとする見方が大勢を占めている。研究者の中でも“正社員・非正社員間の職務同一性の判定自体が困難な面がある4(土田)”、“法形式上はEUと同じように均等待遇を義務付けることは可能5(濱口)”、“合理的な理由があれば賃金に差をつけることが認められる6 (水町)”等、活発な議論が続けられており、今後の動向を注視する必要があろう。
 次に、最近の意識調査に注目したい。企業の人事担当者向けの調査「人事白書2016」7によれば、同一労働同一賃金に、賛成派(51.1%){賛成14.1%、どちらかと言えば賛成37.0%}、反対派(39.4%){反対13.6%、どちらかと言えば反対25.8%}、不明(9.6%)となっており、賛成派が半数を超えている。社会人経験が長くなるほど反対派が増えていることから、不本意な低賃金に苦しむ若年層(非正規労働者)と既得権益を守りたいベテラン層(正社員)の世代間ギャップの存在が明らかとなっている。また、Yahoo!JAPANが実施したインターネット調査8では、賛成(43.0%)、反対(48.2%)、不明(8.8%)となっており、国民の間でも賛否が二分され、議論が尽くされているとは言えない。政府はタウンミーティング等を実施してもっと世論を喚起させるような施策を講じるべきであろう。以下の表1は、政府・連合・日本経済団体連合会(以下、経団連)の見解を簡潔にまとめたものである。(紙面都合により一部のみを表示)

【表1】同一労働同一賃金に関する見解(筆者まとめ)
政府 産業構造改革、働き方や労働市場の改革、人材育成の一体改革に取り組む。ガイドライン策定等を通じ、不合理な待遇差として是正すべきものを明らかにする。司法判断の根拠規定の整備、事業者の説明義務の整備、労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法の一括改正等を検討。正規労働者と非正規労働者の賃金差について、欧米諸国に遜色のない水準を目指す。
連合
(主な労働者団体)
雇用形態間の合理的理由のない処遇格差を解消する法整備。産業特性や働き方の多様性に鑑み、法令化による画一的な決め方には馴染まない。正規労働者の処遇を下げて低位平準化を図ることは認めない。賃金や一時金に限らず、手当や福利厚生、安全衛生なども含む処遇全般を対象とし、同一の企業内で均等・均衡待遇の実現を目指す。
経団連
(主な経営者団体)
多様な賃金制度を運用している我が国企業に、欧州型同一労働同一賃金を導入することは困難。職務内容や仕事・役割・貢献度の発揮期待(人材活用)、様々な要素を総合的に勘案した日本型を検討すべきである。中小・零細企業は賃金引上げが難しく、生産性向上の支援が必要。雇用管理区分、人事賃金制度は時代により変化するため、国の政策とも時間軸をもって対応する。
出典:(政府)「ニッポン一億総活躍プラン」,2016年6月、「未来への投資を実現する経済対策」,2016年8月、(連合)「雇用形態間の均等待遇原則の法制化」,2016年6月、(経団連)「同一労働同一賃金の実現に向けて」,2016年7月

 過去の裁判例として、丸子警報器事件(長野地裁平成8年判決)や日本郵便逓送事件(大阪地裁平成14年判決)等があるが、最近では定年再雇用時の賃金引下げ9、雇用形態による各種手当の有無10を不合理な差別で違法であると認定した判決が記憶に新しい。最高裁の判断を待つまでもなく、企業の現行賃金制度が陳腐化し、法の趣旨に適っていないことは明白である。
 政府は一括法改正(労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法)によって欧米型の同一労働同一賃金を目指すとしているが、いかにも官僚主義的な発想であり、現実味が全く感じられない。連合と経団連では温度差はあるものの、親和性が認められる。(連合)同一企業内で均等・均衡待遇の実現を目指す。≒(経団連)職務内容や人材活用を勘案した日本型を目指す。あくまでも私見であるが、政府は過度に介入せず、連合と経団連が中心となって議論を進めるべきではないだろうか。その他、日本商工会議所は“非正規労働者の賃金是正は、内部留保のある大企業では簡単であるが、中小企業にとっては高いハードルである”と表明し、「現場の混乱」を懸念事項の1つとしている。
 東京商工リサーチが全国の企業を対象に実施した「2016年賃上げ、同一労働同一賃金」に関するアンケート調査では、同一労働同一賃金の導入に伴う懸念事項を「職務・職種の細分化」(36.2%)とする回答が最も多かった[図2]。このような現場の声も斟酌し、早期法制化に向けて“落としどころ(妥協点)”を模索するのが賢明であろう。

【図2】「同一労働同一賃金」の導入により雇用現場で想定されること
出典:「2016年賃上げ、同一労働同一賃金」に関するアンケート調査 東京商工リサーチ調べ(転載)

 奥西(2008)11によれば、正社員と非正規労働者の賃金格差納得度の決定要因を分析した結果、賃金額や仕事内容よりもむしろ雇用形態間の区分意識、仕事の区分、キャリア展望が重要であり、正社員への転換、雇用安定感等の総合的な人事管理施策が必要と結論付けている。先行研究も踏まえ、「職務・職種の細分化」「正社員への転換(キャリア展望)」「雇用安定感」の3つを重要キーワードと仮定し、次章で運用事例の検証を試みる。

第4章 事例検証

 筆者が籍を置くダスキン労働組合および株式会社ダスキン(関係会社、FC加盟店を除く)労使の取り組みを紹介し、前章で示した3つの重要キーワードをもとにポイントを整理する。

【表2】雇用形態区分による処遇格差について
出典:(株)ダスキン人事制度より筆者作成

◆職務・職種の細分化

・雇用区分(働き方)を細分化し、人材活用に対応じた合理的な賃金体系を整備
・エリア専任職(限定正社員)を新設し、非正規労働者からの登用を促進

◆正社員への転換(キャリア展望)

・契約社員から正社員(総合職)への登用制度を整備(対象40歳未満)
・契約社員から正社員(エリア専任職)への登用制度を整備(対象59歳未満)

◆雇用安定感

・労働契約法の改正(2013年4月)以前に3年超で無期雇用転換制度12を導入

 過去、雇用形態・区分の相違に伴う処遇格差はどうあるべきかとの問題意識を共有し、労使プロジェクトを社内に立ち上げて研究と議論を重ねたものの、明確な答えを出すには至らなかった。労働組合としては、2007年にはパートタイム労働者を組織化の上、非正規労働者の一時金の確保、福利厚生の向上等、均等・均衡処遇の実現に取り組んできたところである。当然ながら会社側の協力が無ければ実現が難しい案件が多く、この点において、会社(人事部)の真摯な対応に感謝したい。一部に批判もあるが、労使協調(協働)路線と御用組合は似て非なるものと考えており、今後も是是非非の精神で労使交渉に臨んでいきたい。

第5章 法制化に向けて

 これまで見てきたように同一労働同一賃金の法制化によって、全ての労働者の均等・均衡処遇を実現することは一筋縄ではいかない。一番重要なことは政・労・使の歩み寄りであり、その意味では厚生労働省職業安定局が実施している「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」が重要な調整の場となる。これまでに連合、日本商工会議所、全国中小企業団体中央会、経団連の各団体に対してヒアリングを実施されているが、例えば派遣労働者、パート労働者、合同労組等の現場の生の声も聞くべきだろう。先述のタウンミーティングも有効と考える。最後に、筆者が考える均等・均衡処遇の実現化に向けた方向性を示すことにより、提言に代えさせて頂きたい。

イ)欧米型を理想としつつも、これに固執せず、労使慣行をベースとした日本型の同一労働同一賃金をめざす。

  1. 人材活用(転勤転属の有無、管理職任用の有無、勤続年数、所定労働時間、社内役職・職能資格、公的資格・国家資格等のスキル)に応じて雇用形態区分を明確化する。
    例)第1号被用者(仮称)・・・管理職任用あり、転勤あり、フルタイム勤務
      第2号被用者(仮称)・・・管理職任用なし、転勤なし、パートタイム勤務
      第3号被用者(仮称)・・・国民年金第3号被保険者、パートタイム勤務
  2. 労働条件明示(雇用契約書)の際に被用者区分を明示するものとする。
  3. 各種手当、福利厚生、労働安全衛生等に関しては、雇用形態区分に応じた漸減方式とする。(不支給は認められない)
  4. 同一企業内における格差是正を最優先として、法施行後、5年以内に業界団体内にて調整を図るものとする。

ロ)実効性を確保するため、企業に対して、賃金データの提出を義務付ける。

  1. 従業員雇用状況報告書(仮称)の提出を義務化し、雇用形態区分ごとの人数・賃金総額を把握する。賃金格差の合理的理由の説明責任を企業に負わせるのではなく、疑義が生じる場合は行政調査および行政指導を行う。
  2. 社会保障・税番号制度(マイナンバー制度)との連携を図る。
  3. 労働基準行政の充実化を図り、労働基準監督官を6,000名体制に倍増させる。事務要員も増加させる。(非正規労働者からの採用を想定)

ハ)中小企業の支援策を充実させる。

  1. 均等・均衡待遇支援助成金を創設する。
  2. 従業員300人未満の企業は当面の間、努力義務とする。

結びにかえて

 急速なグローバル化の進展により、日本型労使慣行もガラパゴス化がより一層進んでいるのかも知れない。働き方、労働意識それ自体がダイバーシティ化している昨今、30年後にはダブルワークやトリプルワークが一般化し、40歳定年制13が導入され、年功序列賃金制は完全に崩壊しているものと予測する。このような労働ビッグバン14を目前に控え、「誰か偉い人が考えるだろう」「私一人の力では何も変えられない」と言っている場合ではない。決して他人事ではなく、労働者個々がもっと参加意識を高める必要がある。
 高木(2016)15は、「若者の関心と政治や選挙に対する意識調査」の結果について、前向きに評価する連合に対し、“これでは労働組合のナショナルセンターとしては能天気(ノーテンキ)と評されてもしかたがない”と苦言を呈した上で、遠い存在になっている労働者が「参加意識」を持ち得るような新しい活動体制を構築すべきとの警鐘を鳴らしている。
 筆者は単組の役員として、非力ながら、これまで労使の安定に寄与してきたものと自負している。振り返れば何事に対しても無関心な組合員と対峙し、いかに関与率を上げていこうか。役員の自己満足に陥ってはいないだろうか。そのような自問自答を繰り返す日々であったように思う。今秋の定期大会で退任予定であるが、これから先も一労働者として連合運動に参画させて頂く所存である。


備考、参考資料、引用等一覧

  1. 1946年の「ILO憲章」で採択され、「同一価値の労働に対する同一報酬の原則の承認」を前文に挙げている。
  2. 35~44歳層の不本意労働者の割合 男性42.0%,女性12.3%
  3. 原 ひろみ「非正規雇用者の職業能力開発機会を確保するために何が必要か」DIO№317連合総研,2016年7月
  4. 同志社大学法学部・法学研究科教授 土田道夫 労働新聞「ぶれい考」(平成28年5月2日)
  5. JILPT主席統括研究員 濱口桂一郎 生産性新聞「日本の人事管理」(平成28年4月15日)
  6. 東京大学社会科学研究所教授 水町勇一郎 朝日新聞(平成28年6月29日)
  7. 出典:「日本の人事部 人事白書2016」
  8. Yahoo!ニュース 意識調査調べ「同一労働同一賃金」が日本で定着することを望みますか?」2016年6月16日〜26日実施
  9. 長沢運輸事件(東京地裁平成28年5月13日判決)
  10. ハマキョウレックス事件(大阪高裁平成28年7月26日判決)
  11. 奥西好夫「正社員および非正規社員の賃金と仕事に関する意識」日本労働研究雑誌№576,2008年1月
  12. 「ビジネス・レーバー・トレンド」JILPT,2014年6月号を参照のこと
  13. 東京大学大学院経済学研究科 柳川教授が提唱している。
  14. 2006年10月13日に経済財政諮問会議で初めて使われた。用語自体の使用頻度は急減している。知恵蔵2015
  15. 高木郁郎「3周期春闘を提言する-密室春闘から脱却するために-」「Int'lecowk」1062号P.7-P.10 国際経済労働研究所,2016年8月

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