私の提言

優秀賞


精神・発達障がい者の就労を通じて、働くことを軸とする安心社会の考察

山口 隆寿

はじめに

 私は大学卒業後、流通系企業・金融機関に一般就労していたものの、当時気付かなかった発達障がいに起因する業務不適応でうつ病を発症、休職の後、退職に至っている。退職後は一時引きこもりに近い状態となったが、精神障害者手帳取得・職業訓練受講・就労移行支援事業所への通所を経て、一昨年より契約社員としてコールセンターでデータ入力業務で勤務、その後縁あって転職し本年4月より現在の職場で正社員として就業している。この論文では、私の経験を振り返りながら、精神障がい者の就労環境や安心して自立できる社会について当事者・企業側・支援者(就労支援)・行政の分野で必要であろう点を考察・提言してみたい。

1.当事者に求められるもの

 まずは自分の障がい・特性についての理解を深める事と、出来る事・得意な事と苦手な事をしっかり把握して、自分の適性に合った業種を選択する事が個人的には望ましいと考える。好きな事や趣味の分野を活かした仕事に就きたいという当事者も確かに存在するし、その選択を否定するつもりは毛頭ない。しかし好きな事が得意な事と必ず一致するとは限らず、健常者ですらこういった選択で成功する事は至難の業である。更に中高年の就活となると、ただでさえ若年者と比べて困難であり、おまけに畑違い・未経験の職種で適合する事は体力的・精神的にも容易いことではない。
 過去に就業経験がある当事者はほぼ何らかの失敗を経ていると思われるので、辛い作業ではあるが、「なぜ前職・前々職で失敗したのか、退職に至ったのか」をしっかり分析して、自分の適性をしっかり見定めて欲しい。精神科・心療内科では知能指数や性格など、詳細な精神検査を受ける事が可能であり、受診に抵抗がある場合は障害者職業センターでも簡易的な検査を受ける事が出来るので、大いに活用すべきであろう。
 次に、当事者に限った事ではないが、しっかりとした就業意識である。過去に私は様々な企業で勤務してきたが、派遣や契約社員など非正規雇用の労働者の中には、モラルが欠如している者も少なくない。当日欠勤の常習はまだましな方で、無連絡の遅刻・無断欠勤・連絡不通後の解雇や退職など、常識を疑うような事例も数多目にしてきた。上記は極端な例であるが、理由なしに欠勤・遅刻しない、どんなに遅くとも5分前には出勤し、仕事の準備をする、この位は当然であろう。また仕事においてもしっかりとした目標を持ち、さらに「自分の仕事に責任とプライドを持つ」「ホウレンソウの徹底」「ミスを減らす努力」「仕事のペースを上げる工夫」「質問事項はメモを取る」「状況に応じて積極的に新しい仕事を習得する」など、一般的な事であるが社会人として求められる事をクリアしなければならない。「障がい者だから」という点を逃げ道に使う事は、私は卑怯な考えだと思う。A型・B型のように高度な配慮のある事業所ならまだしも、企業で働く以上は誰もが同じ労働者。その気概を忘れずに、前職も現職でも仕事をしている。
 最後に、自分の将来目標をしっかり見定める事である。抑うつ・躁鬱の当事者だと体調が優れない状態では、中々将来どころか1年後、はたまた目先の事すら考える事がままならない事もあるのは理解できる。しかし短絡的、刹那的な考え方のままでは生活どころか精神的に余裕を持つ事すら困難ではないか。プライベートで「将来、家庭を持ちたい」「車を買いたい」「一人暮らしをしたい」など、具体的かつ実現可能な目標を設置することで、貯蓄や生活の安定・ひいては就労意欲の向上など、前向きな状況に繋がるのではないかと考えている。
 これは、就職先での最終目標・勤務期間というワークスタイルとも関わってくる。とりあえず短期間の就労を考えているなら、次はステップアップしてフルタイムで長期の勤務に挑戦、はたまたフルタイムの契約社員なら正社員登用を目指すなど、長期的な視野でしっかりとしたビジョンを描いていくことが、社の内外に関わらず、自らの社会人としての勤労モチベーションの醸成には不可欠である。
 そのためには、A型・障害者枠での契約社員雇用・正社員、様々な勤務形態のいずれにおいてもただ漫然とこなすだけでなく、向上心を持って日々努力する事が、雇用確保や将来の希望実現に繋がってゆくのだ。日々精進しながら、このまま社内でステップアップを目指すのか、またハイリスクでも転職にチャレンジするのか、最終的に選択するのは当事者自身であり、その選択には責任も当然伴う。勿論どちらでも構わないし、後悔しないようスキル・年齢・キャリア・希望月収等自己の要素を踏まえて、ベストな判断が出来るようしっかり考えて欲しい。
 余談であるが、一番良くないのは安易な選択・自己分析不足・自己過信・やる気の無さなどから転職を繰り返す事である。正当な理由もなく転職を繰り返している求職者は、障害の有無にかかわらず、企業受けが非常に悪い。繰り返しになるが、毎日楽しく働ける企業などというものは存在しない。労働者は皆ストレスや苦しさと向き合いながら、日々仕事を頑張っているのである。加えて障がい者の場合、特性的に潰しが利かない・就業困難業務あり・コミュニケーション下手などネガティブな要素も抱えている場合があり、転職を繰り返していると更にこらえ性がないという評価も受けるため、どんどん選択の幅が狭くなる。これが中高年であれば尚更である。一度就職出来たら、機が熟す(転職計画が具体的な形になり始めたなど)まで、最低2年は頑張って欲しい。時として理不尽な指示や人間関係が良くない職場もあるだろうが、辛抱するのも仕事のうち。ただ精神的にきつくなったら、医者や支援者・家族などしかるべき人に相談して欲しい。孤独感・絶望感が強くなると、気持ちの切り替わりや立ち直りにも時間がかかり、ひいては就業そのものが辛くなってしまう。

2.雇用者に求められるもの

 今年の4月から「障害者差別解消法」が施行された。とても喜ばしい事であり、更なる障がい者雇用が進む事を期待しているところだが、いざ勤務してみると様々な障がい者ならではの納得し難い「区別」がまだ存在している企業もある。私が以前勤務していた企業では、派遣労働者の勤怠管理を行っていたのだが、「外線電話応対免除」「同じセクション以外の雇用者との対応免除」などはまだしも、「土曜出勤NG(当時はシフト制の職場でした。尚、数ヵ月後に解禁されました)」、「社内メール禁止」、「就業可能な業務に制限あり」など、配慮を通り越して理解し難いルールも存在していた。特に社内メール禁止の対応は、業務上必要な情報が常に自力で入手できないという屈辱的な状況で、社内の後輩にメールを確認してもらう毎日だった。派遣会社に問い合わせが必要な状況が発生しても自力で外線をかけることが許されていない。このような状況の上、おまけに入社後半年経っても上長との面談もなく、自分の社内の存在価値が見失われてしまった。その後、結局退職に至るわけだが、必要な事の一つ目は、「必要な配慮は有り難い」が、「差別的な扱いは止めて欲しい」ということである。どうしても上記のような区別が必要ならば、明確かつ納得できるような合理的な理由を示して欲しい。
 二つ目は、障がいへの理解を深めて欲しいという点である。少なくとも採用担当者や上席管理者クラスは都道府県・政令市などが主催する障がい理解研修会などに参加して、受け入れ可能な業務、特性・配慮の必要性等をある程度知っておいて欲しい。また、これは本人の同意が必要でセンシティブな問題であるが、部内の同僚レベルでは、「○○さんは、△△の業務が苦手なので、社内で配慮しています」など、簡単に伝えてはどうだろうか。勿論、聞いた側も他言無用、差別禁止や揶揄禁止は当然である。当事者にとっても何らかの配慮を受けたいと考えているなら、情報は部内・課内においては共有した方が支援や協力をより受けやすくなると思われる。精神・発達障がいの当事者は視覚・聴覚・肢体障がい者と異なり障がいが見えづらく、健常者からは障害の内容を判断しづらい。その分、周りの人に障がい・必要な配慮の内容を伝える努力を行わなければ、管理者はともかく同僚からの必要な支援やフォローは確保できないかもしれない。
 三つ目は、「指示ははっきりとわかりやすく、ルールの明確化、駄目出しはきっぱりと」。発達障がい者はあいまいな指示の内容・意味を察して考えるのが不得手である場合が多い。明確でわかりやすい作業工程と指示系統がしっかりあれば、健常者と差がない質の高い仕事が出来る可能性は十分秘めている。また、駄目な時はきっぱり言ってもらえると、後腐れなく反省して次頑張ろうと気持も切り替わる。
 四つ目は、キャリアアップの明示である。いつまでも同じ時給で働き続けたい雇用者はあまりいないだろうし、働く以上は上を目指したい、将来についても考えたいと思うのは、社会人であれば当然ある。管理者は「どのぐらいの評価で○年働いたら正社員登用試験を受けられる」「評価が○つ上がったら、時給が○○円アップする」など、具体的な例を示して部下のモチベーションアップを図る必要があると考える。特に障がい者のキャリアアップは企業としては難しいだろうが、やはり一労働者である以上は、「にんじん」が欲しいのだ。企業としての支援や人材育成体制構築が得られず、昇格が難しいようならその旨納得のいくように説明して欲しい。障がい者も一人の労働者である。企業はその事を忘れないで欲しい。

3.支援者に求められるもの

 当然であるが、支援者とのコミュニケーション・面接・履歴書記載の指導は欠かせない。また、私が就労移行支援施設に通所していた際は、SST・WRAP・アサーションなどソーシャルスキル回復・向上のプログラムを受講し、精神的な成長・自らの障がいの受容など、その後の人生・就労に大きく役立った。この点は今でも非常に感謝に堪えない所である。
 是非お願いしたいと考える一つ目の点は、利用者と一緒に今後の人生設計を考えたり、苦しみを分かち合ったりといった思考の共有である。どの就労支援でも、入所後には利用者・支援者で個々の支援計画のアセスメントを行う訳だが、その際に今回の就職をどのような目的と考えているのか、しっかり擦り合わせをすると良いと考える。支援者の最終目標は当然就職して退所する事なのだが、正社員・非正規、障がい者雇用・A型・B型、また週の希望する勤務時間など、各々の希望は当然異なっているだろう。また、定年まで働きたいのか、ステップアップとして一定期間のみ働きたいのかで、就労の意味も大きく変化するだろう。そこをしっかり見定めて、利用者のベストな人生設計・適性に合わせた支援を行って欲しい。過去に転職・退職を繰り返していたような利用者は、就職失敗の分析を含めて、正しい職業観の生成を是非とも行って欲しい。
 思考の共有という面では、私の通所時は就活が困難を極め、実に30社以上の企業から不採用通知をもらってしまい、振り返っても人生で一番の苦しい時期であった。当時の支援者の方は大変親身に励まして頂き、どうしたら採用に至るのかあの手この手で様々な手段を考え、悩みも聞いて下さった。彼がいなければ恐らく途中で就活自体も挫折し、安易に合格できそうな不安定な雇用での勤務を選んでいたかもしれない。利用者の苦しみ・不安・悲しみを分かち合うという事は、支援者にとっても過酷ではあっただろう事は理解できるが、私は今でも当時本当に救われたと感謝している。
 二つ目は、実習の機会が、より利用者に回ってくると有り難い。私も就労支援通所時、某企業の実習を体験する事が出来、当時はそのまま実習終了、採用に至る事はなかったが、2年後にハローワークで件の企業の求人を発見、奇跡的に御縁を頂き、今春から正社員として勤務している。私以外にも実習を経て採用に至ったという話はよく耳にするし、企業と当事者のマッチングを測るという意味でも大いに企業実習には意味がある。また採用に至らなくても、自分の適性やスキルに気付くというメリットもあり、より多くの利用者が企業実習を受ける機会を享受出来るよう、事業所・企業の受け入れ体制が整う事を期待している。
 最後は、利用者が就職してからもしっかり自活できるよう、生活に関わる諸問題を通所時のうちに可能な限り計画を立ててサポートしておくことである。私は当時の仲間とたまに会う機会があり、仕事の状況を尋ねたり、近況を伺ったりもするのだが、社保や年金の話になるとよく理解していないような返答が来てびっくりした事がある。働く以上は権利をしっかり行使して、利用者が経済的・社会的な不利益な状況を被らないよう、社会保険・年金受給などしっかりアドバイスを行って欲しい。これは個人の問題かつ就労支援から少し外れる話なので難しい側面もあるかと思われるが、出来れば給与(年金・生活保護)の使い方についても、収支のバランスを整える事の大切さを教授してほしい。場合によっては利用者自身が一番得になる生き方を選択・判断する事は難しいので、適切なアドバイスを行って欲しい。

4.行政に求められるもの

 一番として問題にしたいのは、やはり正規雇用者が圧倒的に少ないということである。私の勤務先は大手企業の特例子会社という事もあり、大半が正社員として勤務しているが、当時就労支援事業所に通所していた仲間の状況を伺うと、正社員で勤務しているという話は殆ど聞く事がない。民間企業の障がい者法定雇用率は2%と定められているが、正規・非正規の区別は問われておらず、内容としては十分であるとは言えない。言うまでもなく、給与面のみならず福利厚生・昇格昇給・賞与など、契約社員と正社員には業務内容が同じであっても、非常に大きな格差がある。実際に当時の利用者とも話したが、将来的な社員登用を希望していても、前述したように障がい者雇用においてキャリアアップの道が用意されている企業は非常に少ない。平成30年度からは法定雇用率に精神障がい者も算入されるようになるのは一歩前進ではあるが、将来的には障がい者雇用率に別途正社員の割合も定めていく必要があるのではないか。また見返りとして正社員登用・雇用の際に、助成金交付などの公的支援もあっても良いかもしれない。
 もう一つは、職業訓練・教育の更なる充実である。私も過去にOA事務の訓練を3カ月受講した事があり、officeの技術習得に繋がり後の就労に大変役立った。しかし、在住する札幌市内、それも中心部で障がい者を対象に行われている訓練は数も少なく、事実私も隣の市まで通っていた。現状求人が多い介護・接客・調理補助・重機運転系(フォークリスト・ショベルカーなど)、ボイラー技士等の技術習得、求職者の多い簿記や高度なPCスキル習得など、より社会のニーズに対応した講座が増えると、障がい者の活躍の場も拡大できるのではないか。
 最後はカラ求人を繰り返す企業への警告・指導である。当然ではあるが求職者は皆必死に仕事を探している。採用する気のない求人は応募者にとっても履歴書作成や写真焼増の時間と費用の無駄でしかないし、税金の無駄遣いとしか思えない。私は現在の勤務先に内定後に所用でハローワークに数度足を運んでいるが、3年前の就活時からまだ求人募集している企業が数社あり、非常に驚愕した。採用する気がない求人は、半ば詐欺のようにも思えるが、度が過ぎるカラ求人は一定期間求人受付不可など、ペナルティもあっても致し方ないと考えている。

5.最後に

 ここ数年障がい者の雇用は法定雇用率の引き上げもあり、大幅に高まっているように思える。かつては「授産所」「福祉的就労」位しか選択肢がなかった時代もあるが、同時期に就労支援に通っていた仲間の大半は障害者雇用の枠で一般企業での就労を勝ち取っている。しかし世の中はまだまだ偏見や差別的な視点で考える人間も少なくなく、「障がい者が働いても世の中にプラスにならない」という残念な考え方の人もいるようだ。例え障がいを持っていても、日本国民である以上は勤労・納税の義務もあるし、社会参画する権利も保持しているはずなのだが。そもそも、障がい者が皆障害基礎年金や生活保護頼みの世の中になったら、社会保障だってパンクしてしまう事には考えが及ばないのだろうか。そんなに経済性と効率のみを重視したいのなら、仕事は皆ロボットにやらせれば良いと思うのだが、果たしてそれが理想の社会と言えるのか甚だ疑問である。
 結局は精神・発達障がい者は個人のスキルにばらつきもあるので、現在就労している当事者は、自分に合うワークスタイルをしっかり見つけなければならない。その中で自分なりの幸せや喜びを勝ち取れれば言う事なしである。ただ何にせよ、企業の中で障がい者であってもキャリアアップの道はしっかり開けているのが理想であり、更に向上心やモチベーションを仕事につなげながら、最終的には安定した雇用をつかんで欲しい。また、世の中にもっと精神障がい・発達障がいに対する理解が広まる事、そして更なる障がい者の雇用が拡大する事を切に願っている。それこそが私の考える「働くことを軸とした安心社会」である。



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