『私の提言』連合論文募集

第6回入賞論文集
奨励賞

意識改革を進めるために
―能力主義の賃金制度と教育の必要性―

福山 一枝
(UIゼンセン同盟 ボンオーハシ労働組合 書記長)

 ボンオーハシは長岡では老舗のパン屋であり菓子屋であった。しかし、経営が悪化し会社更生法の適用になった。現在は親会社の原信ナルスHDのお力添えにより、再生に向け取り組んでいる状況だ。
  2年前に派遣の事務員で入社した。その後、ご縁があり正社員に採用していただいた。派遣社員の頃はある意味、部外者の目でボンオーハシという会社を見ていた。日々の仕事の中で、おかしいと感じることがあり、部外者であるが故に、感じたことを率直に上司に話すことができた。また、それを冷静に聞いてくださる上司だったからこそ就職するに至ったのだが。
  正社員になった後は自分の今いる会社を、労働条件を、良くするためにはどうしようかと思うようになった。なぜなら、この会社の人たちは長年にわたり昇給も賞与もなく、年間休日も少ないことに甘んじながら、ひたむきに働いている印象を受けた。もっと主張してもいいのではないか、そう思えた。
  そして、労働組合が存在すると聞き、どのような活動をしているのだろうと興味を持った。事務所に来る執行委員長に意見をぶつけてみた。ずっとこの会社にいた人にとっては「当たり前だ」とか「仕方がない」と思っていたことを「おかしい」と主張する私の発言は異端児的であったのかもしれない。
  そんな時、たまたま執行委員をしていた人が工場長に昇格した。そのため、私が代わりに執行委員を引き受けることになった。私はこの会社に勤務する前は、大手の流通関係の会社にいた。特別、組合活動に積極的ということもなかったのだが、そんな私が組合の執行委員になるに至ったいきさつだった。
  UIゼンセン同盟に加入し、2年目の当組合はまさによちよち歩きで、今年の春に初めての団体交渉を行った。今までは会社再生中ということで団体交渉をすることも諦めていたのだ。
  しかし、それでは労働条件を良くすることなど無理な話だ。まずは組合の執行委員の意識が変わらなければならないと感じた。
  会議の度に、諦めないで交渉しようと働きかけた。会社側が受け入れるかどうかは別問題で、組合は団体交渉の申し入れをしていかなければならないのだから。そして春闘を迎えた。

 今年の春闘のポイントは以下の2点であった。

  1. 交通費の見直し
  2. 年間休日の見直し

 昨年は、ガソリンの高騰があり現状の通勤手当では持ち出しが多く、とてもやっていけない。もう、15年以上見直されたこともなかった。
  年間休日については、昨年、組合からの説明がないまま、会社側からの説明で現状を理解し協力して欲しい、との要請だった。みな仕方なく了承した形で、年間休日87日に決まった。今年はせめて以前の4週7休並みの、年間休日91日に戻して欲しいと交渉した。 
  工場は年中無休、交代休みでお盆休みも正月休みもない。そのうえ、変形労働時間制のため、日曜だろうが、祝日だろうが、休日出勤扱いにはならない。有給についてもなかなか取得しづらいとの声があった。
  3回の団体交渉を経て、交通費については一律500円のアップ、年間休日については現状維持の87日で妥結に至った。まだまだ、赤字の現状では休みを増やすことで残業が増えるようでは成り立たなとのことであった。
  はじめての団体交渉は厳しい現実だったと言える。しかし、少額とはいえ交通費をアップしてもらうことができた。
  また年間休日については、来年はこの条件では妥結できないこと、有給を取得することに組合も関与してゆくことを申し入れた。ここまでが今年の団体交渉のあらましである。
  現状、賃上げが難しい状況なのは理解している。一律のベースアップなど、できるほどの原資が無い。しかし、状況が良くなってからの交渉では後手に回り、翌年の春闘まで待つことになる。今のうちから、経営の状況が良くなり次第、昇給や賞与の支給を求めていかなければならない。
  私の提言として賃金制度の変更をすることを強く求めていきたい。それが従業員の意識改革につながり、会社が良い方向に変わることになると考えている。
  現在の給与は、基本給+調整給という形をとっていて、基本給が低く抑えられている。労使協議会の中で、親会社からも調整給という明確ではない賃金を含め、基本給の見直しを求められているとの話があった。今こそ制度変更の最大のチャンスだろう。
  今、会社を支えている人達は、何年も昇給することが無くても、ボンオーハシを見捨てず頑張ってきた人達だ。何年も昇給が無い間に、能力差が付いているにも関わらず、給与の見直しさえされない現実に甘んじてきた人達だ。問題は、いかにこの能力差を賃金で評価してもらえるようにするかだろう。向上心を持ち、やる気を起こす意識改革を進めるには、全員一律のベースアップでは不満は解消されない。能力主義的な賃金制度が必要だと痛感している。限られた原資をどう生かす賃金制度に変更していくかが重要だ。
  賃金制度が今のままでは、会社も従業員も良くならないのではないか。一生懸命やっている人も、時間だけ働いている人も給与が同じだとしたら、モラルの低下につながってしまうだろう。いや、みなそれなりに一生懸命働いている。おそらく自分がすごく怠けていると思っている人はいないだろう。必要なのは意識改革だ。今のままでいいと考えるのではなく、日々、どうしたら今より改善できるかを考える癖をつけることだ。
  問題に直面した時に、原因と対策を考えること、そして対策をきちんと実行する力をつけることだ。理想を言えば、問題が生じる前に防止することができるよう、先を読む力がつけば更に良いが。 
  また、日々の業務の中で、今より生産性をあげるためにどうしたら良いか工夫し、小さいことの積み重ねで良いので、実行していくことだ。そのためには、日頃からコミュニケーションを取り、意見を言いやすい職場にしなくてはならないだろう。
  大きな方向性を決める場合、トップダウンも必要だ。しかし、日々の改善は、やはり現場から上がってこなくては、真の改善にはならない。一人一人が、自分の仕事について真剣に取り組めば、自然と改善のための意見が出てくるだろう。
  では、どうすれば意識改革ができるのか。
一番簡単な方法は賃金制度の改革だ。
  今までのように、何年いても、どんなに一生懸命働いても、昇給も賞与も無いのでは夢も希望もない。きちんと評価されて、昇給していく能力主義を取り入れるべきだと考える。そうすることで努力した人、成果を上げた人が報われ、努力しなかった人との差がつくことで、モラルややる気の向上につながるだろう。
  能力主義を取り入れた場合、評価によっては、賃金が下がることもあり得る。もちろん普通評価以下の者に限られるだろうが。それについては、移行期間を設けてもらう必要がある。その間に、努力をすれば賃金が下がらないで済む挽回のチャンスを与えてもらわなければならない。そうすれば目標を持ち、努力するだろう。
  能力主義を進めるには、自己評価、上司評価など、評価に必要な項目の選定や、等級の設定が不可欠だ。親会社のものはあるだろうが、それを当社に当てはめるのは規模的にも、仕事の特性からしても無理だろう。当社に合ったもの、分かりやすくシンプルで、みんなが納得できる公平な評価表を作っていただきたい。
  そして評価項目は具体的にして目標設定がしやすいものにする。そうすることで、評価者も、公平な評価を下すことができるし、次のステップに向けての指導がしやすくなるだろう。一人一人のレベルに見合う具体的な指導をしてもらえば、ステップアップしようという意識が持てるはずだ。
  全員一律に「頑張りましょう」、「生産性を上げましょう」、と言うだけより何倍も、いや何十倍も効果があるだろう。重要なのはいかに一人一人の意識を変えていけるかだ。諦めや妥協の空気を払拭し、希望とやる気に満ち溢れた社風に変えていくことだ。
  また、能力主義の取り入れは社員だけではなくパートについても導入していただきたいと考えている。
  当社はパートも原則組合に加入している。昨年は2名の新入社員の採用があったが今年は採用者無しだった。先日の労使協議会の話の中で、当面社員の採用はしない。人員不足については、パート化を進めていく方針とのことだった。人件費を抑えるために、会社の方針としてはありがちなことだ。
  その中で生産性を上げるためには、パートの戦力化が重要になる。そのためには、社員同様、意識改革が必要だ。何年いても時給も変わらない、賞与も無いようでは、今以上に向上心を持てと言われても難しいだろう。
  パートであっても、責任と自覚を持ち取り組んでいただく。それについてはきちんと評価して、時給に反映されるようにしてもらわなければならない。有能な人材は、社員に採用する制度があっても良いと思う。
  能力主義の賃金制度を取り入れていく中で、気がかりなことは評価者訓練だ。新しい制度を導入しても、評価する側の訓練をしっかりやらないと、不満や不安を招くだろう。それについては、一人の判断に任せるのではなく、一次上司、二次上司のダブルチェックで、人事考課の判断をしていただきたい。
  当然、制度変更することになれば、労使間できちんと協議をし、また、全社員への説明も不可欠だ。ただ言えることは、今のままでは「赤字を減らそう」、「黒字化しよう」、と旗だけ振っていても、全員の意識を変えることはできない。自分の仕事に対する取り組みが、賃金という形で、きちんと反映されれば、必ず意識が変わる。
  何年も我慢し続け、諦めムードが払拭されない人々の心を動かし、活気のある職場に変えたい。もともと、流通にいた私にとって、工場の人々は寡黙な人が多いという印象だった。みんないい人なのだが、必要なコミュニケーションをとることすら苦手な人もいた。 
  最近は毎日、朝礼を行うようになり、コミュニケーションを取ること、人前で話すことにも慣れてきたように思う。
  縁あって、ボンオーハシに就職した私が、みんなの代弁者として、少しでも労働条件を向上させることができたら、とても喜ばしいことだ。
  そのためには組合任せではなく、一人一人が向上心を持ち、意見を出し合えるような職場にしていきたい。
  賃金制度の変更が、簡単なことではないのはわかるが、いち早く取り組み、改革を進めていただきたい。結果的には、それが従業員の意識改革につながり、ひいては会社の業績にプラスに働くことは間違いない。
  今年の4月から、毎月労使協議会を実施している。本来なら、毎月行うべきものなのだが、昨年までは機能していなかった。
  毎回、組合からの要望や質問、意見などを議題とし、会社側からは、現状数値の説明や、組合への要望など、有意義に話し合われる。
  また、その内容については、議事録を作成し、各工場で組合員に伝えている。組合の活動を全員に理解して貰いたいと考えている。
  活動内容が分からないと、組合費だけ取られて、何をしてくれているのだろうと思っている人もいるだろう。何を隠そうこの私も、自分が執行委員になり、活動を始めるまでは、組合費を取られているが、何をしてくれているの?と疑問を持っていた一人なのだ。だからこそ、活動の内容や取り組みが、組合員に見えるようにしていくことが大切だ。労使協議会の議事録を、伝えてゆく努力を惜しまないことだ。そうすれば、共通の理解と認識が生まれ、改善のための意識改革を、定着させることができると思う。
  もう一つ、意識改革につながる重要な事は、教育だと考えている。
  パンもケーキも、いわゆる職人の世界だ。しかし、見て覚える、見て技術を盗め、では昨今のスピード時代にそぐわない。一人前になるまでに何年もかかってしまう。
  ポイントを解りやすく、より具体的に、段階を踏んでの教育が必要だろう。マニュアル化できるところは、マニュアルを作り、誰が携わっても、一定レベル以上のものを製造できるようにしなければならない。
  今年の会社方針として、マルチ化が挙げられている。マルチ化するからには、やはり、教育が重要だ。ある程度短期間に、ほかの仕事も覚えるためには、教育の仕組み作りができていないと、スムーズには進まないだろう。
  教育の仕組み作りは一朝一夕にできるものではない。それこそ経験豊富な技術を持ったリーダーが協力して、仕組み作りをしていく必要があるだろう。
  私は前職で包装教育に携わった経験がある。まずはポイントとやり方を教え、繰り返し練習をする。最初は時間がかかっても良いので、お客様にお渡しできるレベルの包装になるまで、細かくアドバイスする。
  綺麗に包めるようになったら、次はスピードアップだ。レベルに応じて級を設定し、ステップアップの目標にした。
  級の設定は、これができたら終わりではなく、向上心を持ち続けるための手段でもある。一つの級が上がるためには、到底無理な目標ではなく、少し頑張れば到達できる目標に設定するのだ。なぜなら、目標が遠すぎると、諦めてしまう人も出てくるからだ。また、級の取得は、賃金評価の際も考慮される仕組みであった。単に他者との比較ではなく、自分のスキルアップのために努力し、仕事に生かすことで、やりがいを持つことにもつながっていた。
  私の経験が、今の会社の教育に直結する部分は少ないかも知れない。職人の技は、簡単にマニュアル化できないことも多いだろう。しかし、最初からできないと決めつけたら何も進まない。最初は試行錯誤で構わないと思う。教育する立場にある人達は、本気で取り組んでいただきたい。自分が、仕事を始めた頃にぶつかった壁はどんなことだったか、コツがつかめたきっかけはなんだったのか、是非、思い出して教育に生かしていただきたい。
  そして、できるようになったことは褒めて認めてあげて欲しい。なかなかうまくできない時も、根気よく声かけをして、時には叱り時には励ます。怒られてばかりでは委縮してしまうだろうし、仕事にやりがいが持てなくなると思う。人を育てることは、子育てに似ているのかもしれない。
  入社して二年弱、組合の執行委員になって一年ほどの私が、このような提言をすることはおこがましいとも思うのだが。
  二十歳で社会人になり、六十歳の定年まで働くとして、今まさに、社会人人生の折り返し地点にいる。ボンオーハシに就職して良かった、いい仲間に恵まれ、充実した仕事ができた、と振り返られるようにしたい。まだまだ、未熟だからこそ、改善の可能性が大いにあるのだ。
  一人一人の意識改革を進め、団結して良い会社にしていきたい。みんなが退職する時に充実感を持って、定年を迎えられるような会社にできればなによりだろう。
  今回、たまたまUIゼンセン新聞の片隅の論文募集を目にした。これをきっかけに、自分の思いを綴ることで、考えていたことを文章にし、整理することができた。今後の組合活動の中で揺るぎない信念を持ち、取り組んでいく糧になったように思う。そんなきっかけをいただいたことに大変感謝している。
  一人の力は小さいが団結して大きな力に変えていきたい。これからも、向上心を持ち続け仕事に、組合活動に取り組んでいきたい。


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