『私の提言』連合論文募集

第4回入賞論文集
佳作賞

世代と時代の間の中で

広本 秀一
(自動車総連 ホンダロック労働組合 中央執行委員長)

はじめに

 今回初めて応募し、『私の提言』という大変重い夏休みの宿題に取り組むにあたって、これまで組合役員として自分自身が経験してきたこと、また自分たちの身の周りで起きているとても身近なことを通して感じることなど、いつもはあたり前として思い込んでいるもの、もしかしたら自分の中でそう決めつけているかもしれないことなどを今回改めて考え直し、日頃の自分たち労働組合の活動や、自分の考えについても整理すべきではないかと考えました。
 これからいくつかの事例や、他の機関から発表されている報告書、また自分たちの日常活動にも触れながら、反省と意見、そして主張を交えながら今回の論文をまとめていきたいと思います。
 『私の提言』というテーマに対してはあまりにも未熟で、提言というよりも私なりの主張という内容になろうかと思いますが、読み進めて頂ければ幸いです。

 論文の冒頭、第一章で、まず私の愛すべき故郷、そして今住むこの街についての紹介と、昨年末から今年始めに起きた大変な状況について、その場にいた証言者の一人として意見をまとめています。
 その後、第二章では自分達の活動の紹介もしていきながら、たくさんの反省と突き詰められている様々な課題、悩み、やらなければいけない問題について整理していきます。
 続いて第三章として、大変興味深いタイトルのついた報告書を引用させて頂きながら問題を共有し、この報告書が意味するもの、そこから私たちも一緒に考えなければいけないことを提起していきたいと思います。
 最後に、これまでの内容から自分たちは今何をしなければいけないのか、何を求めていかなければいけないのか、ということに対しての意見をまとめていきたいと考えています。
 そして、今回のタイトルに定めた「時代と世代の間の中で」について自分なりの整理をして、最後のまとめとしています。

第一章 宮崎の新しい風について

 私の生まれた故郷ここ宮崎は、初代連合事務局長の山田精吾さんの生まれ育った、大変に自然豊かな場所で、南国特有の気候も、そして人も大変おおらかな場所でありますが、昨年末から今年始めにかけて大変な賑わいをみせました。それは行政のトップである人物の不祥事に始まり、やがては大きなうねりとなり、大きな「東風」になって世の中に大きな旋風を巻き起こしたのです。
 2007年1月21日、世の中の皆さんがあっと驚くようなことが起きたのではないでしょうか。
 現職知事の辞任を受けての選挙において、選挙前には前知事の不祥事を受けての知事選であり、投票率なども懸念されましたが、投票率も前回の知事選挙を5%以上も上回り、大方の想像を覆し、有効投票総数の44%もの26万票余りを獲得した圧倒的な勝利で「東国原英夫」知事が誕生しました。
 宮崎県民以外の皆さんからは、たくさんの意見やアドバイスも頂きました。その中には、あんな人を選ぶ県民性を疑うなどという辛辣な意見もありましたが、この知事選挙を身近な場所で見ていた私たちは、やっぱり知事に選ばれる人が勝ち、負けるべき人が負けた、ただそれだけのような気がしてなりません。今回の選挙期間中にも組織の推薦候補の当選に向けた活動を展開してきたつもりですが、正直勝てたなと思う場面は一度もなかったように思います。今回の知事選挙においては、本当に宮崎を好きで、どうにかしなくてはいけないと思った方が候補者の中にどれだけいたか、またストレートなメッセージと分かりやすい言葉で、他人事でなく、自分の思うことを正直に施策としてどれだけ県民に訴えることができた候補がいたのかということに尽きると思いますし、そのような面からも今回の選挙は始まった時点から勝負はあったようなものだったと思うのです。
 知事就任から最近時までの驚異的な仕事ぶりで宮崎を強烈にアピールしている知事を見てそう評価するのではありません。
 今回の選挙については、マスコミの色々な場面で、勝因や他の候補者の敗因分析をしてもらい、ここ宮崎にいる私たちよりも他の皆さんが選挙結果については詳しいという妙な事象も見受けられることもありました。
 今回の選挙において、真っ向から勝負を挑んで負けたチームの一員としては、候補者を選ぶ時点から、もっと言うならば選んでくる、その過程やいきさつにしても、もう少し説明が必要ではなかったのか、また今どんな風が宮崎に吹いているのか、県民はどんなことを求めているのかということを理解していない、そういうところも辛苦をなめてしまった要因の一つではなかったのではないかと反省をしています。
 非常に保守的な県民性を持つここ宮崎では、その後の県議会選挙、参議院選挙においてもその兆候は変わりありませんでした。保守最大党派の方はこぞって、無党派層の動きが読めなかっただとか、風向きが変わった、そういうような言い方しかしていませんが、勝負に負けたチームが、愚直に県民の皆さんの声を聞く事はありませんし、その批判を自ら受け止めようとはしていません。
 私が今回の選挙を通して思ったことは、支援推薦を決定するにあたっても、自分たちの都合だけを優先し、有権者の目線を掴み切れていないようでは、風の流れを食い止めることも、変えることもできないということであり、そよそよと吹く風は、県民というそれぞれの風であることをしっかりと認識すべきであり、この風は何故、何処から吹き始めたのかを目線、視点を変えて分析しなければいけないのではないかと感じました。
 ある時期『鈍感力』という言葉もはやりましたが、今はこの『鈍感力』よりも、しっかりとした『敏感力』と見極める視点も大切なような気がしてなりません。

第二章 自分の活動を振り返ること

 ここからは、自分たちの日頃の活動について、そして自分の足元についてどんな状況になっているのか、歴史も振り返りながら話しを進めていきたいと思います。
 弊社の創業は昭和37年の4月、組合の結成はその翌年の昭和38年、来年で結成45年を迎えることになります。これまで歩んできた道のりも、それぞれの時代に歩調を合わせるように、その時々で様々な苦闘と苦難な経験を繰り返してきました。諸先輩方の活動とその歴史が、今の私たちの礎になっていることは間違いありません。
 これまでの自分たちの歴史を紐解いてみると、会社創業から業績が安定するまでの大変厳しい企業環境の中での活動、更には業績不振に伴い、大切な仲間を失ってしまうという言葉にはできないような辛い時期など、たくさんの歴史を積み重ねながら今につながっています。
 今の私たちには、何か残すものがあるのだろうか、いくつかの制度は導入したものの、予測したような効果が出るのだろうかなど、いくつもの悩ましい現実を抱えています。
 急速に進展する海外展開などもあり、私たちの働く場所は急速に広がりを見せていますし、環境変化や、企業市民としての地域の中での役割、また従業員のココロの問題など、様々ないくつもの問題が、とても早い時間の上に折り重なるように横たわっているように思えてなりません。その中から自分たちはどんな行動を取らなければいけないのか、課題は何か、組合員の皆はいったい何を感じているのか、そこを本当に私たちは汲み取っているのかという、疑問に常にぶつかってしまいます。目先にある問題についてはしっかりと対処しているつもりでも、実を言うと、「こんな苦しい中で活動をしているのだ」という制約や縛りを自らが作り、自分たちの決めた枠の中でしか活動をしていないのではないかとも感じているのです。もしかしたら、そのことだけを組合員のみなさんに理解を求めているのではないかとも思っています。
 自分たちの活動を振り返るとき、結果どうなっているかというと、こういう意見があるからこうすべきではないかという活動よりも、こうなってしまった、あるいはやむを得ずこういう風になってしまったという様な、課題対策ではなく、問題対応に活動がシフトしてしまっているのではないかと切に感じています。
 IT環境を含めて、劇的に企業を取り巻く環境も様変わりしてきている状況の中にあって、私たちに届く情報やメッセージは年を追うごとに増え、また正確に伝わるようになりました。あらゆる情報やメッセージを仕分けし、どのように対処していくかという処理能力は早く、的確になされるようになってきたのではないかと思われますが、目の前にある「頭を出してきたモグラ叩き」は上手になっても、何故いっこうにモグラが減っていかないのかという、根本的な問題はいつの間には置き去りになってしまってきているのではないかと思えてなりません。
 それではこの先、どうやってこれらの問題に対峙していくのかという明確な意思表示をするには残念ながら至っていないのですが、自分たちは誰のために、そして何のために、あるいはどんなことを発信していかなくてはいけないのかという、強い意志だけは持ち続けていかなくてはいけないと思っています。それはどういうことか、今に流されることなく、守り続けていかなくてはいけないものは守り、変えていくところは大胆に変化をもたらし、たとえ小さな声にも耳を傾け、柔軟な発想と行動を取るという信念を持ち続けるということ、それを基本にしての活動を続けていかなければいけないのではないかと思っています。

第三章 ある報告書から考えさせられるもの

 これまで自分たちの身近にある出来事や、日頃の活動の悩みや思いについて話しを進めてきましたが、自分たちの悩みや、思いといくつか重ね合わせることのできる報告書がありますので、この中の意見や提言をいくつか紹介し、自分なりに気がついた点などについても意見を加えていきながら、この章の話しを進めていきたいと思います。
 この報告書は、三菱電機労組出身の奥井禮喜氏が主宰するライフビジョン学会が、設立10周年を記念して2003年7月にまとめられたものです。
 この組織が設立された93年から今日まで、世の中は経済情勢や世界環境、政局など様々な変化があったにも関わらず、今読んでも私たち労働者、また労使関係においても、目に見えるような変化は無く、ある一面から見れば10数年経った現在においても、今なお現在進行形的に進んでいる、進化ではなく、時間と共に進行しているのではないかと思われることも多々見受けられます。
 私たち労働者と企業経営、労使間のテーマを取り上げた書籍や論文は、多数あることは承知の上ですが、同じ働くものの立場から、今自分たちのいる『働く現場で何が起こっているのか』という報告書のテーマ通りに、自分たちの現場で何か起きているのかを冷静に、そして真剣に考えることも必要ではないかと考える次第です。
 報告書の前文には、この様な文章が紹介されています。
*1「・・・バブル崩壊後、大部分の企業におけるリストラは、再構築というよりもコスト削減と減量経営に他ならなかった。(中略)勤め人は企業社会において孤立感と無力感にとらわれ、活力を出すには到っていない。勤め人の活力を引き出すことなしに低迷する現状の克服はありえない。」そして、*2「大衆社会としてのわが国の停滞は大衆の停滞そのものとしてとらえられる。(中略)大衆たる個人が活性化せずしては消費活性化もまたありえない。勤め人は大衆の1人であり、消費者の1人である。組織との関係では個人は微力である。しかし個人こそが組織を作っているのである。その視点が欠落した社会・組織は活性化することは考えられないであろう。」
 数ページに及ぶ前文の一部ではありますが、この様な分析がなされています。この中で紹介されている勤め人の活力について、そして個人の行動については大変に共感が持てるものです。私たちは社会の中の小さな存在であることには間違いないものの、同時に世の中の消費者でもあり、自分たちの活力や元気こそがこの世の中や社会を明るくしていく原動力なのです。
 がしかし、最近時において、自分たちは元気だ、頑張っている、そんなことを声高らかに話しをしている人を見かけることも、そんなことを言える状況にもないのではないかと思います。過労死や自殺者の増加、*3「自殺者は平成10年に3万人を超えて(平成10年の交通死亡者数の約4倍)以来、平成15年には過去最高の3万2109人となり、特に中高年の男性の自殺者は急増したまま推移し、平成16年には自殺者の72%が男性であり、年齢別にみても45才から64才までで全体の3分の1を占めるという実態が明らかになっている。」と、まだまだ勤め人には隠された、あるいは見つけにくい、そんな部分があるのではないかと思うのです。
 次に報告書の中から紹介するのは、私のような未熟な組合役員と組合員との距離について触れられたパートであります。ここからはそこに話題を移したいと思います。
 この中での組合役員の悩みというところでは、*4「組合役員の任にある方々からは、組合員との意識的なすれ違いを指摘する意見が多い(中略)ずいぶん犠牲的精神を発揮しているが、彼らの誠意が組合員に伝わっていないのである。」との意見が書かれていますので、この言葉を素直に受け取るならば、「その通り、オレたちの苦労なんて誰も分かってくれないし、理解しようともしてくれない」などと言って、近くの居酒屋でよくやるような愚痴にも似た話しになるのかもしれませんが、この報告書に書かれている慰めの言葉を別の角度から考えてみると、彼らの誠意=組合役員の行動や言動は組合員には伝わっていないのではなく、理解されていない、もっと言えば分かってもらえるような伝え方をしていないかもしれないし、どんな活動をしているのかも理解してもらえていないのではないかと思えるのです。それはどういうことを意味しているのかと言えば、組合員のニーズに合った活動として受け取ってもらえていないのではないかということです。やることなすこと全て組合員のニーズと合致すれば正しいのかと言えばYESとは言い難いのですが、意識の中に相互のズレ、乖離がないかということが気になります。
 自分たちの活動状況の中でも、手探り状態である悩みのようなことを書き記しましたが、実を言うと、この状態と全く同類のことが自分たちの中でも起きているのではないかと感じているのです。
 報告書の中では、*5「彼らは組合(役員)と組合員との間に何らかの齟齬、理解不足、そして距離が現実に存在している。(中略)現実に役員が組合員との間で十分なコミュニケーションがとれていない。」などという指摘もあります。
 続いて、この報告書の中にはもっと手厳しい提言がされていますので、最後にこの部分について自分の考えと合わせて紹介していきたいと思います。
 組合に対する組合員の無関心が意味するものという章においては、*6「組合員の無関心とは換言すれば、『無関心という意思表示』をしているのである。(中略)組合組織による組合員の意識変化に対する無頓着。これは『組合(役員)の組合員離れ』であるとも言える。組合活動は大衆運動である。組合員からの評判が芳しくなければ力をもたない。(中略)組織はあるが運動がないという状況になっていたのである。第一に(中略)組合自身が常に問題意識を維持して、『何をなしうるか』『何をなさねばならないか』を切実に追求しないかぎり、現状に埋没してしまいやすい。第二に変化する環境・状況を泳ぎ抜くためには、常に現在の組合の自己認知を深めて、もって必要な変化を取り込み、自己否定を起こさなければならないが、大部分の組合活動は前年踏襲型であり、新規事業を発掘せずに来た。第三に、環境・状況に対応したコンセプトが発見されなかった。組合員の無関心、意識の多様化を口実にして、組合が組合員の意識に踏み込んで行く作業を十分にやらなかった。(中略)大胆に指摘すれば、組織維持論があっても運動論がないのである。運動論を構築するために何よりも組合員そのものに注目しなければならない。」
 この中での指摘と提言はいくつかのキーワードに集約されるのではないかと思われます。
 まず一つ目には、組合員の無関心について、その理由に挙げられている役員の意識についての無頓着さ、感受性の低下についてです。
 二つ目には組合の新たな取り組みについて、これまでを踏襲することにこだわり、新たな発想をもっていないということ。
 三つ目には、組合員の意識に十分に踏み込んで行こうという気概の欠落があるのではないかということ。
 この挙げられた三つを、もっと要約して簡潔にまとめるとすれば、より柔軟な頭と意識で時代に即したやり方を見つけきれていないのではなかったのか、更には「これまでの」という呪縛にも似たような、ある意味活動として一辺倒な部分があったのではないかと思うのです。私たちの組織にも同じようなことが言えるのですが、労働界全体として、土台は硬くていいのですが、やがて土台を基礎として進めてきた活動全般が、硬いまま硬直した土台の上で高さばかり高くなり、本来併せ持ち合わせていなければいけない柔軟性や機動力が欠けてきているのではないかと思うのです。
 これまでも自分たちの活動と組合員の『意識』に乖離があるのではないかという悩みについても提起してきました。
 『意識』という言葉について辞書を引いてみると、いくつかの意味を含んでいる言葉だということが分かります。その中のひとつには、(認識し、思考する心の働き)また、(今していることが自分で分かっている状態)更には、(対象をそれとして気にかけること。感知すること)と記されています。
 組合員である皆さんは、最初にある解釈が、また大衆であり消費者である自分は、二つ目の解釈が、組合役員である自分には最後の解釈が当てはまるのではないかと思われます。何を指すかというと、それぞれ自らに都合のいい部分の『意識』を持ち、それぞれ正当化しているのではないかと考えられます。
 あたり前のことではありますが、相手のことを思いやる気持ちがあるか、自分の価値観だけを押し売りして、相手に分かってもらっていると錯覚してはいないか、ということを今の活動の中で見つめ直さなければいけないのではないかと思います。自分たち労働組合の原点は何か、また職場の原点は何かを今一度正面から見つめ直すことも必要ではないかと思います。
 製造業である私たちの職場では、より現場の声を、また別の場所では違う声もあるかもしれませんし、それぞれのそして様々な意見を聞くこともこれから益々重要になってくるのではないでしょうか。
 映画の中ではこんな台詞もありました。
 「事件は現場で起きている」と。

最後に

 組合の組織率は18%台後半の数字で推移しています。この数字をどう見るか、色々な意見があるとは思いますが、先に行われた参院選では連合組織内比例代表候補だけで、一部の政党よりも多い票を獲得しました。ひとつの組織でひとつの政党を作り得る程の力を現実的には持っているということになります。
 あとどれくらい組織率を上げればどれくらい得票が伸びるのかということは私の知り得るところではありませんが、組織率に関しての個人的な意見としては、緊張感を持って組織運営を進める上では妥当な数字ではないかと思います。組織率が低く伸び悩んでいるときには、必死に何故なのかという問いかけをしながら、活動を模索していきます。そうしなくてはいけないからです。もしある時期、組織率が上がった時に何故組織率が上がってきたのかということを冷静に分析し、次に活かせる活動につながっていけばいいのですが、残念ながらそういう状況にあるとは思えません。
 この論文の中では数年前に発表された報告書を引用させて頂きましたが、自分たちが組合役員をやる前から、これまで諸先輩役員の皆さんの苦労や世の中はそう大きく変化していないのです。
 しかしながら私はこの事を悲観的に捉えている訳ではありません。
 将来に向けて何を伝え、残していくのか、その議論の積み重ねが今日を創り上げているのだと確信していますので、何の焦りもありません。
 成果主義や色々な制度が導入され、私たちの働き方にどのような変化が生まれてくるのかなど、もう少し時間をかけて見極めなければいけないことも多々あることも事実です。
 私たちの組合には、こんな言葉が残されています。
 『苦難な時ほど、一人が百歩進むよりも百人が一歩進むことが大切だ』と。
 これこそが然るべき私たち活動の原点であると思っています。
 いつしか、一人先に走る者を皆で追いかけようとする風潮が生まれ、走り出したその中から少し遅れる者が出て、更には段階的に順番がついていってしまう、そんな状況になってきているのではないかと思います。先頭から後方までの位置付けを、流行の言葉で表せば、『格差社会』とも言うべきなのでしょうか。今は先頭集団をいかに早く走らせるかという行動はたくさん見られますが、後方の集団にもしっかりと目を配る活動が必要ではないかと思うのです。
 先頭から後方まで相当に長い集団をしっかり見届けようとすることは大変に難しいことですが、参考とした報告書の前文にもあったように、勤め人の活力を生み出すことが停滞する現状を打破する手段だと思います。
 この論文のタイトルには『世代』と『時代』という言葉を使いました。労働運動が始まっていくつかの大きな転換期を超えて現在があると思いますが、目まぐるしく動く環境の中で、自分たちは今どこに向かおうとしているのか、また世代を超えて自由な発想や柔軟な活動が出来ているか、本当の意味で今の時代にあった運動論を掲げて活動をおこなってきているか、を自らに問う意味も含めてこのタイトルとしました。
 世代という言葉を英訳するとgeneration、同じように時代を訳するとAge、ということになるのでしょうか、『世代』も『時代』もある一定の期間を指すことにも用いられますが、時代という英訳にはこんな単語も出てきます。Periodです。私たちの活動はこの単語のように細かく区切った活動の繰り返しではありません。一定期間のみを切り取ってまた新たな活動をスタートさせていくこともある時には必要なことかもしれませんが、常に私たちは、その時その時で進むべき道を選択し、進むか、あるいは方向を転換するかという大きな選択もしなくてはいけません。
 様々な時代を生きてきた人たちの中で、世代を超えて何かを導きださなければいけないという大きな使命を受けた私たちには大きな責任と勇気が必要です。常に前を向き、しっかりと後につなげていくためにも、自分たちだけの力だけを信じるのではなく、皆と手を取り合って、今こそ百人がしっかりと一歩を踏み出していけるような活動を続けていきたいと考えています。

【参考文献】

* 1、2、4~6 ・・・ ライフビジョン学会報告書より
ライフビジョン学会10周年記念事業
働く現場で何が起こっているのか
-人事(システム)崩壊の危機を克服するために-
* 3 ・・・ 総務省行政評価局  平成17年12月
自殺予防に関する調査結果報告書による

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